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理解できない

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だれでも歓迎! 編集
 夕暮れの街を、かがみと二人、並んで歩く。
 駅へと伸びる大通り。
 人通りは、皆無ではないけど多くもなく、代わりに交通量がそこそこ多い。かといって会話に
 支障が出るほどの騒音もない。
 これなら、かがみも文句はないと思う。

 “――場所、変えない?”

 そう提案したのは私の方だった。
 かがみはあのまま教室を使いたかったみたいだけど、さっきの白石君みたいにまた人が来る
 かも知れないと、そう言うと渋々納得してくれた。
 言い訳だ。
 本当は、嫌だった。
 夕日の差し込む教室――そんな出来すぎの舞台でかがみと二人きりになるということが。
 もし本当にアレが最終ステージだとすれば、その先にはエンディングしかないことになる。
 つまり、私とかがみの間で何かが終わってしまう。
 そんな気がした。
 そんな気がして、嫌だった。怖かったんだ。
 もちろん実際にそんなことがあるわけはないし、そもそも場所を変えたところでかがみの言う
 “話したいこと”の内容が変わるわけでもない。だから、要は気分の問題だ。

「人に聞かれたくない話は外を歩きながらってのが、私の持論でね」
「……ソレはアレか? つまり私はアンタに殺されるのか?」
 できる限りの明るい声で言う私に、かがみは冷たい声で返してくる。
「へ?」
「デスノでしょ。無理やり読まされたから知ってるわよ」
「……そっか」
 無理やり、か。
 わりと喜んでくれたと思ってたんだけどな。面白いって言ってくれたし。
 でも――やっぱり――そうじゃなかったのか。
「? こなた?」
「あ……ごめん。なんでもない。――ごめん」
 気遣わしげなかがみの声に、慌てて首を振る。
「それより、話ってなんなの?」
 そして切り返す。
「あ……あぁ、うん……」
 するとかがみは、目を逸らして押し黙ってしまった。
 さっきからずっとこんな感だ。話があるって自分から言ってきたくせに、なかなか切り出そうと
 しない。教室を出たときからしきりに周りを気にしているし、よっぽど言いにくい、かつ人に
 聞かれたくない話なんだろうか。だとすればそれはなんだろう。

 ……もしかして。

 そんな思考が浮かぶ。
 二次元、というかフィクションに毒された私の脳が、とある馬鹿げた可能性を提示する。
 そんなわけないのに。
 かがみがそんなことを、言うはずがないのに。想ってるはずがないのに。
 確かに、隣を歩く顔は、その頬には、薄っすらと朱が差しているように見える。
 だけどそんなのは夕日のせいだ。そうに決まってる。
 空も、街も、人も、車も、オレンジに染まっている。だからかがみも。そして、たぶん私も。
 それだけの話だ。

 ――でも。

 もし。
 仮に。
 そうだとしたら。
 私はどうするだろう。
 どんな反応をするんだろう。どんな顔をするんだろう。どんな返事をするんだろう。
 なんだか無責任な言い草だけど、自分でもさっぱりわからないんだから仕方がない。
 本当に見当もつかないんだ。
 仮にかがみにそれを言われたとしたら、私がどうなってしまうのか。
 胸に手を当ててみる。
 ――うわ。
 なに、これ。なんか凄いドキドキ言ってるよ。
 驚いて慌てて手を下ろす。
 無駄だった。
 痛いぐらいに暴れてる心臓が、まるで耳元にあるみたいに喧しい。
 どうしよう。困る。こんなの、困る。こんなにうるさかったらかがみにまで音が届いちゃう。
 ちらり、見上げた。

 目が合った。

「――っ!?」
 死ぬかと思った。
 一瞬、本当に心臓が止まるかと。
 だけどそんなのは、一瞬だけだった。次の瞬間には収まってしまった。代わりに灰色の何かが
 心に満ちる。
 かがみが、普通の顔をしていたから。
 話の切り出し方について迷っているのか、私の挙動を不審に思っているのか、少しだけ眉が
 寄っていたけど、それ以外は至って普通。ツンもデレもない、素のままの表情。
 私の考えていたようなことを言おうとしてる人間が――他の人ならいざ知らず、かがみが――
 こんな顔をしていられるわけがない。
 頭がゆっくりと冷えていくのを感じた。
 馬鹿みたいだ。
 いや、馬鹿だ。
「……ねぇ、かがみ」
 一つ、わかったよ。
「ん……?」
 私が、かがみを好きだってことが。
「話があるんだよね?」
 それが、いわゆる恋かどうかはわからないけど、少なくともかがみにも同じように想って欲しいと
 望んでるってことが。
「……うん」
 それがわかったら――なんだろうね。逆に落ち着いちゃったよ。
 冷めた、っていうのか。
 だから、もう面倒くさい。
 なんだかわからないこの状況を、早く終わらせたい。
「それってさ、私に何かを言っておきたいの? それとも何か訊きたいの?」
「あー…………うん。両方、かな」
「それは、別々のこと?」
「え? ……いや、言った上で、聞きたい……んだけど」
「そか。じゃあ――つまり、私に何か知らせることがあって、それを私がどう思うか訊きたい、とか?」
「う、うん。そうね。そういうこと」
 急に饒舌になった私に戸惑っているのか、かがみの声は上滑り気味だ。
 そんな姿に、また一段と心が沈んでいく。
「勉強とか進路とか、そういう話?」
「え? あぁいや、そういうんじゃないの」
 そういえば急に静かになったけど、心臓。動いてるよね。
 胸に手を当てる……うん。動いてる。
「じゃあ、つかさやみゆきさんは関係ある?」
「え? いや、つ、つかさは――……いや、ううん。二人とも関係ない。私とあんたの問題よ」
「……」
 足が止まる。
 かがみも止まった。
「ってゆーか、ごめん。ちょっと待って」
「……何が?」
 見上げると、かがみは両手をせわしなく動かして、焦っていた。
「いや、だから、話があるって言ったのは私なのに、こんな調子で。……ただ、その、ね? やっぱ
歩きながらじゃ喋りにくいってゆーかさ」
 ぎこちない笑顔が、明らかに紅潮している。夕日のせいなんかじゃない。
 でも、そうとわかっても心臓は静かなままだった。
「……どこか入る?」
「いや、だから人目は……」
「……」
 鼻から小さく息を吐いて、視線を少しスライドさせる。
 かがみの背後、やや斜め。道路を挟んで建っている中古車屋のさらに向こう側。
「確かアッチに、公園あったよね。そこでいい?」
「う、うん」
 面倒くさいなぁ、もう。



「――はい」
「ありがと」
 差し出されたミルクティーの缶を素直に受け取る。
 奢ると言われた。いつもなら遠慮するところだけど、今日は素直にお言葉に甘えた。
 それぐらいなら、いいよね。
「……ふぅ」
 隣に座ったかがみは、自分の緑茶をさっそく開けて飲んでいる。
「こういう時ってさ」
 私はまだ開けないで、成分表示なんかを眺めてみる。
「ん?」
「マンガやドラマだったら問答無用だよね。いきなり缶を差し出しながら、『コーラと烏龍茶、どっちに
する?』とか、『ココアでよかった?』とか。普通買う前に訊くよね」
 両手で挟んでローラーみたいに転がしてみると、缶についていた水滴が黒く濁った。
 手が汚れてたみたいだ。
「……だから、買う前に訊いたじゃないの」
「そだね」
 制服のスカートで拭う。
「――話って?」
「え? ――あ、ああ。うん」
 訊くと、かがみはやっぱり辺りを見回す。
 そう広い公園じゃない。
 キャッチボールぐらいにしか使えそうにない広場と、ブランコと砂場。それと今私たちが使っている
 ベンチが一つ。全体を囲うように背の高い木が植えられているから人目にもつきにくいし、こうして
 二人きりに、あるいは一人きりになりたいときには打ってつけの場所だ。隣接するビルに遮られて
 夕日の赤が入ってこないのも、私としてはちょうどいい。

「――噂を聞いたのよ」

 かがみが口を開いた。
 顔を向ける。今度は目は合わない。
 正面に戻す。
「どんな?」
「その……驚かないで聞いて欲しいんだけど……」
 驚くようなことなのか。
 私が援交してる、とかかな。
 なるほど、そりゃ言いにくいし人にも聞かれたくないよね。馬鹿ばかしいけど。
「わかった」
 うなずくと、視界の端でツインテールが小さく揺れた。
「その……ね?」
「うん」

「私とあんたが、付き合ってるんじゃないか――って」

「……」

 風の音がした。
 遠くからは車のエンジン音。姿は見えない。公園を囲う木に遮られて。
 公園。広場。砂場。ベンチ。ブランコ。またエンジン音。背の高い木。緑の葉っぱ。風にざわめく。
 灰色のビル。電柱。電線。暗く沈んだ空。手にしたミルクティーのひんやり感。
 ミルクティー。
 品名、紅茶飲料。原材料名、牛乳、砂糖、紅茶、クリーム、塩化……ナトリウム。乳化剤、香料、
 クエン酸ナトリウム、ビタミンC。内容量、280グラム。開缶前によく振ってください。開缶後はすぐ
 にお飲みください。スチール。空き缶はリサイクル。
「……」
 プルタブを起こす。飲み口の黒い穴。甘いニオイ。スチールの歯ざわり。甘い味。粘つく砂糖の
 舌ざわり。気持ち悪い。私もお茶にすればよかった。私とアンタが付き合ってるんじゃないか。
「…………え?」
 首を回す。
 かがみはしかめっ面で、少しだけ頬が赤かった。
「だ、だから――私とあんたが、そういう、関係なんじゃないか、って……」
 そういう関係。
 付き合ってる。
 ウワサ。
 なにそれ。
 なにそれ。
 なにそれ。
「誰がそんなこと言ったの?」
「だから、噂で――」
「ウワサを、誰から聞いたの?」
「いや……壁越しに話してるのを聞いただけだから、誰とかはわかんないわ。向こうも私に聞かれた
とは知らないと思う。ただ、知らない声だった。男子だったけど」
 目を逸らしながら早口で、かがみは答えた。妙に棒読みに聞こえた。台本を読んでるみたいな。
 また正面に向き直る。
 告白されるんじゃないか。
 そう思った。
 でも違った。
 かといってぜんぜん外れてるわけでもなく、地味に掠ってて、だけどまるで逆だった。
 だからこそ、たちが悪い。
 好きなマンガが下手なキャストで実写化されてしまった、みたいな。
 うん。ドラマ版金田一の明智警視は最悪だった。その後のアニメ版にどれだけ救われたことか。
 手の中の缶を握り締める。
 力を込めすぎたか、中身が少しこぼれて手にかかった。舌で舐め取る。
 甘い。甘い。甘ったるい。
 か細い息が口から漏れた。
「……それで?」
「それで、って……だから、どう思う?」
 どう思う?
 って。
 そんなの……
「どう思えってのさ」
「ん……まぁ、そうね」
「そうねじゃないよ。なにそれ? なんでそんな――そんな話になるの? わけわかんないよ」
「それは――」
 言いかけて、かがみは口をつぐむ。
 だけど、目が。
 逸らされることなく私を見据えていた目が、その続きを雄弁に語っていた。

 ――あんたの、せいだ。

 錯覚かも知れない。
 被害――もしくは加害――妄想かも知れない。少なくともかがみは口に出しては言っていない。
 しかし、状況が。記憶が。
 これまで積み重ねてきた、かがみとの日常の風景が、そんな希望を否定する。
 何かとかがみをからかう私。
 何かとかがみに頼りきりな私。
 かがみに抱きつき、擦り寄る私。
 周りに人がいようがいまいがお構いなく。
 そんなつもりはなかった。
 ただ、面白かったから。楽だったから。ツンデレっぽいリアクションが萌えだったから。
 ただ、それだけだった。
 でも今にして思えば願望もあったのかも知れない。
 それに、他人がどう思うかなんてことも考えたことなかった。
 それに――それに。
 かがみも嫌がってたのに。
 やめろって、するなって、黙れって。毎回そう言っていたのに。
 それなのに私は、「ツンデレですね、わかります」なんていって、決め付けて。
 本当はそんなんじゃないのに。

 考えてみれば私は、かがみがデレるところなんてほとんど見たことがないんだ。
 憶えている範囲では今年のバレンタインにチョコをくれたことぐらいか。いくら「デレは脳内補完
 するのが作法」っていっても少なすぎるだろう。しかも私だけでなくみゆきさんにもあげてたし。
 それに、つかさ。
 つかさが作っていたからついでにやっただけだと、かがみは言った。
 いかにもツンデレらしいセリフだけど、それが強がりや照れ隠しじゃなく、真実だったとしたら?
 誤解されるのを本気で嫌がっていたためにああいう言い方になっていたんだとしたら?
 そうだとしても、かがみの言動にまったく矛盾はない。その他の、普段のかがみの行動を色々と
 思い返してみても、これといって理屈に合わない部分はない。
 強いていうなら、なんだかんだ言っても最後には結局付き合ってくれるってことぐらいかな。
 でもそれにだって説明はつけられる。
 確かに、私とかがみ、二人の間だけで考えれば少し不自然だ。
 だけどそこにもう一つ、別の要素を付け加えてみたらどうだろう。
 私とかがみの関係を語る上で、欠かせない要素。二人を繋いでいるもの。
 すなわち、つかさだ。
 私の、高校に入って最初にできた親友で、かがみにとっては、きっと誰よりも大切に思っている
 掛け替えのない半身。
 そしてつかさにとって、私は、かがみを介することなく友だちになれた初めての相手。
 はっきりそうと確かめたわけじゃないけど、会話の端々から想像するに、間違いじゃないと思う。
 そんな相手を無下に扱うなんていう選択肢を、あの妹想いのかがみが自分に許すだろうか。
 いや、しない。
 きっとしないだろう。
 だからかがみはなんだかんだ言いながらも私に付き合ってくれるし、渋々ながらも宿題も見せて
 くれる。すぐに赤くなるのは……まあ、そういう体質なのだろう。いわゆる赤面症だ。
 それだけのことに過ぎない。
 全ては私の、二次元に毒された馬鹿なオタクの幻想だった。
 そして、その幻想に縋り続けてきた結果が、これだ。

「……こ、こなた?」
 横方向から心配そうな声が降ってきた。
 私はいつの間にかうつむいていた。
「あの……」
「……かがみは……」
「え?」
「かがみは、どう思ったの? そのウワサ」
 我ながら力ない声だ。ちゃんとかがみに届くんだろうか。
 いや、本当は届かせたくないのかも知れない。答えなんか聞きたくないのかも知れない。
 だけどこれは、訊いておかなきゃいけないことだ。
 言葉にして伝えるべきことを、伝えるべき相手に、手遅れになる前に。
 そういうことなんだよね、峰岸さん。
 まぁ、“夢の峰岸さん”だけど。
 声は無事に届いたらしく、かがみが答えを返してくる。

「ムカついたわ」

 あぁ。
 やっぱり。
 そうなのか。
「……だよね。――うん。私も、ちょっとイヤかな。そんなふうに思われるのは」
 やっぱり場所なんて関係なかったな。
 どこに移ろうがやっぱりこれは最終ステージで、その先にはやっぱり“終わり”しかないんだ。
「そ、そう」
 うん……? かがみの声が、なんだか変だ。焦ってるみたいに聞こえる。
 まぁ、いいや。
 面倒くさい。
「珍しいよね」
「え?」
「かがみと私の意見が合うなんて、さ」
 そう。
 私たちはいつも正反対だった。私が夢中になることにはかがみはどうでもいいと言い、かがみが
 真剣になることには私は興味をもてなかった。
「そ、そうだけど……ちょっと待ってよこなたっ」
「何を?」
「何って、だから――」
 かがみが、その声が焦ってる。
 何を待てというんだろう。もう答えは出ているのに。
「とっ、とにかくこなた! こっち見なさい! 私の目を見て話しなさいっ!」
 面倒くさい、なぁ。
「……」
「っ……!」
 ノロノロと見上げたその顔は、声と同様に焦っていて、何か驚いていて、そして心配してくれていた。
 それは見慣れた色だった。
 怒っているときも、呆れているときも、いつでもかがみは、その裏にこの色を滲ませていた。
 好きだった。
 どんなにだらしなくしてても、オタクな趣味にお金と時間を浪費しても、見捨てないでくれるんだって、
 そんなふうに思えたから。そんなふうに、勘違いすることができたから。
「かがみは、優しいよね」
「な、何がよ」
 あぁ、また赤くなった。
 なのにぜんぜん嬉しくない。
「でもさ、もういいよ。そういうの」
 また勘違いしちゃうから。性懲りもなく、都合のいい解釈をしちゃうから。
「私のことなんか、もう構わなくていいよ。私ももう、なるべく甘えないようにするからさ」
「なっ――」
 なに、って。
「そしたらもう、ヘンなウワサ立てられることも、ないよね?」
「だっ――」
 だ……だ?

「――誰がそんなこと言ってるってのよっ!」

 かがみが突然立ち上がり、声を張り上げた。
 ……なんで?
「だ、だって、イヤなんでしょ?」
「そんなこと言ってないわよっ!」
「い――言ったじゃん! ムカついたって!」
 私も、座ったままで怒鳴り返す。
 え?
 なにこれ?
「言ったけどっ……でも嫌だなんて言ってない!」
「なに言ってんの? イヤだからムカついたんでしょ!?」
「それはっ――とにかく違うのよ! そんなことが言いたいんじゃなくて、私は――」
 視線が逸らされる。
 歯を食いしばって、身体の両端で、握り締められたこぶしがぶるぶると震えてる。――怒ってる。
 でも、何に?
 私の言葉に?
 どの部分に?
 私は何もおかしなことは言ってない。ヘンな噂を立てられるなら、どっちもそれが嫌だと思うなら、
 そうならないようにしようと、そう言っただけ。
 そうすれば私もかがみも……私と、かがみ?
 ――あ。
 そうか……
「――ごめん」
 うつむく。
「え?」
「そうだよね……急にそんなふうになったら、つかさとみゆきさんがヘンに思うよね」
 ホント、馬鹿だなぁ、私。
 特につかさは、かがみの何よりも大切な存在なのに。かがみのことを考えるなら、つかさのことは
 絶対に外せないって、わかってたはずなのに。
「そ――そうよ。変なこと言うな」
 声のトーンが落ちた。
 一安心……だけど困ったな。だったらどうすればいいんだろう。
 もっともらしい理由でもあればいいんだけど、どんな理由ならつかさは納得してくれるだろう。
 何を言ってもダメな気がする。ああ見えてけっこう頑固なとこあるから。
 いや、ダメだ。諦めるな。
 考えろ。
 考えろ。
 何か方法があるはずだ……って。マンガなんかじゃよく言うけど。
 実際は、現実は、三次元では、そうとは限らないよね。二次元だったらご都合主義が働いて、
 上手い具合に伏線が張られてたりするけど……

“――なんの伏線もなかったじゃんっ! そんな超展開私は認めないよ!?”

 脳内に声が甦る。
 私の声だ。
 そうだね。あのときも、私の知らないところで物語が進行してて……って、そうだ。そうだよ!
 なんで忘れてたんだろう!
「かがみ」
 顔を上げる。
 見つけた。
 つかさは納得しないかも知れないけど、そんなことは関係なく、とにかく噂を消す方法。
「な、なによ」
「アレさ、もう返事、した?」
「は? な、何がよ」
「決まってるでしょ。ラブレターだよ」
 そう。
 それがあった。
 あったよ伏線。ははっ、なんだ。三次元もやればできる子だったんじゃん。
「……」
 って、あれ?
 かがみ、なんで、そんな。嫌そうな顔?
 かと思ったら額に手を当てて、ため息なんかついたりして。
「もう断ったわよ、そんなの……」
「……」
「……」
「……なんで!?」
 声が裏返る。
「いつ!? 昨日はまだって言ってたよね!?」
「だ、だからそれは……今日よ。今日の昼。そっち行かなかったでしょ」
 腕を組んでそっぽを向くかがみ。
 ああ、そっか。そーいやそーなのかなぁとは思った、けど。
「でも、なんで!? なんで断るのさ!」
「なんでって、そんなの……受ける理由がないからに決まってるでしょ。付き合いたいと思える相手
じゃなかったってゆーか……」
「なに言ってんの!? あるじゃん理由なら! 男子と付き合ったらヘンなウワサも晴れるじゃん!」
「なっ……そんな理由で付き合えるわけないでしょ! 相手にとっても失礼じゃない!」
「そんなの――」
 そんなの、気にすること……あるのか。
 かがみは優しいから。優しくて、真面目で、誠実なひとだから。
 だけど、だからこそ、そんなかがみが私なんかのために貶められるのは許せない。
「……別に、いいじゃん、そんなの。始めなんかどうでも。付き合ってるうちに好きになれるかも
しんないじゃん」
「それは……」
「そうだよ。それに、かがみいつも言ってるじゃん。カレシ欲しいって」
「――って! 言ってないわよ! 人を万年発情期みたいに言うな!」
 なんで、怒るの?
 言ってないよ。そんなつもりで言ってない。
「なんで、そんな、ムキになるの? もっと普通に、付き合ったらいいだけだよね? そしたらヘンな
ウワサも消えるんだよ? そしたら、私だって自然に離れていけるし、そしたらもう宿題見せる必要
もなくなるんだよ? ゲマズにもムリしてついてこなくていいんだよ? 良いコトづくめじゃん」
「それのどこがいいことなのよ! できるわけないでしょそんなこと!」
「なんで? 大丈夫だよ。私、かがみがいなくても、大丈夫だよ」
「なっ――」
 絶句。
 なんで?
 やっぱり私、そんなに信用ない?
「……あんた、マジで言ってんの?」
「当たり前だよ。私、かがみが構ってくれなくても、つかさに冷たくしたりなんか……」
「何の話だよっ!? つかさのことなんか関係ないでしょ!」
 関係、ない?
「なんで? つかさがいるから、つかさの友だちだから、かがみは私に……」
「なんでそうなるのよっ! あんた私を馬鹿にしてるのか?!」
「……」
 なに、これ。
 なんでこんなに、ぜんぜん通じないの?
 相手はかがみなのに。
 大好きなのに。
 だから考えてるのに。
 これ以上ないってぐらい、今までしてこなかった分も合わせて、真剣に思い遣ってるのに。
 それなのに……
「……してない。してないよ。馬鹿になんてしてない。むしろかがみが馬鹿にされないようにって、
ヘンな目で見られないようにって――そう思って言ってんじゃん!」
「それが余計なお世話なのよ! ……わかってない。あんたぜんっぜんわかってないっ!」
「わかんないよ……かがみが何を言ってるのか、ぜんぜんわかんないっ! 私とレズ友だなんて
言われて、それがムカつくんでしょ!?」
「れっ……!?」
 ああ、なんて言葉だ。
 なんでこんな言葉をかがみに言わなきゃなんないんだ。
「だから私は――」
「そんな言われ方されてない!!」
 私の言葉を遮って、かがみはさらに声を張り上げる。
 肩を怒らせて、両のこぶしを握り締める。ツインテールが跳ね上がる。
「私たちが凄く仲がいいって、そういうことをちょっと言ってただけよあいつらは!」
「はぁ!?」
 だけど続けて言ってきたのは、まさに「はぁ?」だ。
 もう、本当に、何がなんだかわからない。
「なにそれ? ぜんぜん違うじゃん」
「だ、だからそれは、言い間違いってゆーか……」
「言い間違いってレベルじゃないよ! ぜんぜん違うじゃん!」
 視界の端で髪がチラチラ暴れてる。
 私が上体と両手を振り回しながら喋ってるから、その勢いで。
 いつの間にか私も立ち上がっている。
「だから、それは――わざと、でもあって……」
「なに、それ」
 わかんない。ぜんぜんわかんない。
 このひとが何を言いたいのか。何を考えてるのか。
 いつもならすぐに見抜けるのに。少なくとも、そんな気になれてたのに。今は一ミリもわからない。
「た――試したかったのよ……」
 搾り出すような、声。
 視線は地面。
「試すって、何をさ」
「だから――私も最初は、付き合ってるんじゃないかって、さっき言ったみたいに言われたように
感じて、だから、つまり――」
 だから、とか。
 つまり、とか。
 さっきからそればっかりだ。しかも言うたびに中身がコロコロ変わるし。
「――でも冷静になって考えたら、そうじゃないって、わかって……そうしたらわからなくなって……
私とあんたって、なんなのかって……」
 何を言っているんだろう。
 本当に、このひとは、何が言いたいんだろう。
「……わかんない。わかんないよ。私、バカだから――私にもわかるようにちゃんと言ってよっ!」
「だからっ……!」
 怒声を磨り潰し、腰の両側でこぶしを握り締めて、全身全霊で彼女はうつむく。
 そうして“溜め”を聞かせた言葉を発しようと口を開いた――そのとき。

 風が吹いた。

 不意打ちのような突風に巻き上げられた私の髪が、そのうち一本が、目の中に。
 文字通りに物理的に、飛び込んできた。
「っ!?」
 とっさに手で押さえる。
 そんな私の様子に気付いていないのか、彼女は口を動かし続ける。
「――私はっ――」



 そして――言った。



 風はすぐに止んだ。
 だからはっきりと聞こえた。
 そのひとの、その言葉は、一音も損なわれることなく、私の耳と脳に届いた。
 閉じた目を見開く。
 無事だった片方だけを。

 そうして見た、世界は――
 そこに立っていた人間は――

 遠近感が薄れて、妙にのっぺりと感じられる背景は――
 吊り目でツインテールの、セーラー服の女の子は――

「え……?」

 まるで、二次元の、ようだった。


















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  • 続編を全裸で待機させて頂きますwww -- 名無しさん (2008-10-12 07:06:42)
  • 一言だけで申し訳ないッスが・・・GJとしか言えないです。
    続き待ってますね。
    -- kk (2008-10-12 00:41:55)
  • また続きが待ち遠しくて仕方がない作品に巡り合ってしまった… -- 名無しさん (2008-10-09 06:48:53)
  • 毎回楽しみにしております。すでに5回読み返していますが
    何というか文章って凄え!と再認識
    言葉の羅列なのにここまでの表現できるのかと -- 名無しさん (2008-10-08 21:47:52)
  • タイトル見た時点でハラハラしながら読んでたら・・・
    期待していいのだろうかw
    とにかくGJ!! -- 名無しさん (2008-10-08 19:31:30)
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