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ファミリア

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だれでも歓迎! 編集
ミルク色をした白い車体を持つ電車が、ガタゴトと果てもないような
どこかへ向かっている。冬休みの真ん中の平日、快速でも特急でもない
各駅停車の私鉄は妙にすいていて、横長の日に焼けたカーキの座席が寂しげにあいている。
みゆきは向かいの窓から外を見ていた。今年の冬は少し暖かめで、グレーの
雲が空を覆ってはいたが、雪が降る気配はまだ見えなかった。
いつもだったら鞄に入れた文庫をのんびり読んだりするのだが、
そうしなかったのは隣に座るつかさに気を使ったからだ。
ぱらぱらと豆のように座る自分たち以外の乗客はみな座席に背中を預けて
眠っていたり、携帯電話をいじったりしていたが、つかさとみゆき
ただ隣り合い、何も言わずにずっと窓から遠くの地平線を見詰めていた。
つかさから急な電話があったのはつい一時間ほど前だった。
普段はあまり使わない携帯電話から連絡を受けて、駅前に向かうとつかさが
一人で立っていた。こなたもかがみもいなかった。
みゆきは聡明だった。だから、ここでだいたいの事情を察した。
つかさが次に言うことがなんとなくわかる気がした。
学校指定のダッフルコートに顔を半分埋めたつかさはひどく弱弱しく挨拶し、
申し訳なさげに、一緒に来て欲しいところがあると言った。
みゆきは小さく頷いて、冷たくなっているつかさの手をとった。
行き先は聞かなかった。つかさの言うとおりに切符を買って、二人そろって電車に乗った。
そのまま何も言わずに隣同士に座り、ずっとずっと窓の向こうを見ている。
規則正しいガタゴトという音を立てて、電車は同じ速度で走り続ける。
苦痛ではなかった。
どちらかといえば、みゆきは静かな空間のほうが好きだったから。
ただ、少しだけ胸が痛かった。
ちらりと見たつかさの顔は今にも泣いてしまいそうだったし、おそらくこれから泣いている彼女の顔を
見なければならなかったからだ。


四人の女の子がいる。その四人はとっても仲良しで、掛け値なし、嘘まじりっけなしの、
本当の意味での親友である。いつだって一緒に遊ぶし、テスト前には集まって勉強もするし、
たまにちょっといい感じの浮いた話があれば、励ますついでにからかったりもする。
高校を卒業しても、大学を出ても、社会に出て仕事に就いてもずっとずっとこの友情は終わらない
と四人とも信じていたし、それは遙か遠い未来にまで約束されたことだと確信もしていた。
しかしあるとき、その仲良し四人組のうち二人に変化が起きた。
少し前、つまり秋が終わりに近づいて、そろそろ空気が乾燥し、肌寒くなってきた頃。
小柄で元気な子と、勝気な子が交際することになったとあとの二人に告白した。
気弱で優しい女の子は、二人の新たな関係に祝福のことばを贈った。
『女の子同士だとか、そんなの関係ないよ』、『二人が幸せなら、それは絶対いいことだよ』と、
はじけるようなほほえみを浮かべて、胸に手をあて、心から安心できる優しい声で二人に言ったのである。
二人は恥ずかしそうに、でも嬉しさを隠そうとせずにありがとうと言った。
けれどあと一人、聡明な女の子は気弱な女の子の隠れた気持ちを知っていた。
直接ことばに出して言われたわけではなかったけど、他人の小さな機微を読むのに長けていた。
気弱な女の子は、今そこで幸せそうな顔をしている小柄で元気な子が好きだったのだ。
好きでいて、それでも笑って二人の幸せを願ったのである。
その子は、その後一人になってからどうしたのだろう。
恋焦がれる相手を奪った自らの姉を恨んだだろうか。
四人のソサエティを未来にまで残したくないと思っただろうか。
そんなことはない。絶対にノーだ。
みゆきは断定した。
二人に変化が起きて、四人の関係にひびが入るようなことはない。ありえない。
だって、気弱で優しくて、他のひとが幸せに慣れるなら自分の気持ちなど心の
奥底へ押しやってしまうようなその子は、他の人を恨むといったことを知らなかったから。
あんまりにも優しい、そういう人だから。
新しく恋人となった二人は、その子の言葉を喜んで受け入れた。
その子が本当は何を思っているか、わからないまま。

その子は、恨みはしなくてもきっと泣いたのだろう。
誰もいない自分の部屋で、姉に聞かれまいと枕に顔を押し付けて、肩を震わせて泣いたのだろう。
時間を経て、目から雫をこぼすことがなくなったとしても、その子の心に影が差さなかったなんて、
誰にも言えやしないのだ。
じゃあ、悲しみに溢れたその子は、その子の気持ちは、どこへ行く?
……それがたぶん、自分が呼ばれた理由。
知らない遠くへ向かっている理由。
胸にしめつけられたような痛みを感じて、みゆきは唇を噛んだ。
「ごめんね、ゆきちゃん」
つかさが不意に口を開いた。目線はずっと窓の外。
「いえ、かまいません。ちょうど時間もありましたし、たまに遠出するのも気持ちいいですし」
できるだけ明るく言った。
ちらりと目線を動かして、つかさはみゆきの横顔を見た。
しばらくそうして、目を伏せた。
「ごめんね。ありがとう」
みゆきは答えられなかった。
お礼を言われることなんて何もしてないと思った。
終点が近くなってきた。乗客は減っていた。
暖房が弱まった車内は少しだけひんやりしてきていた。
ミルク色の各駅停車はガタゴトと、みゆきとつかさを一応の終わりに連れ去ろうとしていた。

降りた駅は、みゆきが聞いたこともないところだった。
駅員に切符を渡して外に出た。
二時間近くを電車の中で過ごしたせいで少しお尻が痛い。
閑散としたところだった。ビルのような高いたてものが殆どなく、小さな傾斜の
下り坂に沿って木造の家屋がぱらぱらと立ち並んでいる、地方都市にもならない田舎だった。
グレーの空はそのままに、冷たい風がひんやりとジーンズを冷やした。
つかさはもう行くところが決まっていたのか、ブーツを鳴らして歩き始めた。

下り坂を降りて少し歩き、到着したのは、小さい波があとからあとから押し寄せる、
夏場に泳ぐにはちょうどよさそうな浜辺だった。
田舎ということと、そもそも冬に海に来る人間があまりいないこともあって、
みゆきとつかさ以外には誰もいなかった。
「……さむいね」
「そうですね。少し」
手袋を忘れた手が冬の冷たい気温にしびれはじめている。
温かいコートを着てきたからまだましだったけれど、目の前に広がる海原という光景と、
吹き付ける風が体感温度を下げている気がした。
こらえきれず、鞄からカイロを出した。
「つかささん。これ、どうぞ」
「あ、ありがとう」
さかさか、とカイロを振り、お手玉しながらつかさはどこか遠くを見ていた。
何か言わなきゃ、とみゆきは思った。
同時に、何も言っちゃいけない、とも思った。
「ねえ、ゆきちゃん」
「はい」
沈黙を破ったのはつかさだった。
「たぶん、だけどね。ゆきちゃん、知ってたんだよね?」
「……」
「わたし、が、こなちゃんを好きだったってこと」
イエスだった。だから、ここまでついてきた。
そして、つかさは自分が知っているということを分かっているのではないか、ということも、
薄々ながら気付いていた。だから今日、自分が呼ばれたとき、なぜ呼ばれたのかが
わかった気がした。自分は彼女に選ばれた。
しかし、いざそのことを正面から指摘されると返す言葉が見つからなかった。

「……あの、私は」
どう答えていいかわからず答えに窮していると、つかさは少しだけ笑って、みゆきの顔を見やった。
それは、ひどく寂しい笑顔だった。
「怒ってるんじゃないよ。確認しただけ」
「確認、ですか?」
「うん。あはは、知らなかったら困っちゃうところだった」
何を言っているのかよくわからない。
「知ってるなら、いいんだ。だからついてきてもらったの。私、ひとりじゃ……その、上手く言えないけど、
 たぶんつぶれちゃっただろうから」
「つかささん?」
「私ね」
カイロをぎゅっと握り締めて、つかさはまた海原に目を戻した。
「こなちゃんのこと、ずーっと好きだった。こなちゃんてああ見えて優しいし、面白いし、ちゃんとお料理だって
 できるし、……でもそんなのは、そのうちどうでもよくなって……好きになっちゃったの。
 たぶん、普通は男の子に向ける『好き』っていう気持ち、こなちゃんに向いてたの」
みゆきに話しているはずなのに、そのか細い声は自分に向けているようでもあった。
もしかしたら、自分の気持ちを整理していたのかもしれない。
「でも、こなちゃんはお姉ちゃんを選んだのね。ううん、選んだっていうのはちょっと違うかも。
 お姉ちゃんもこなちゃんが好きだったし、きっとそうなるようになってたんだと思う。
 私、お姉ちゃんも大好きだから、あのとき……」
言葉を途切れさせて、コートの袖で目じりを拭いた。
沈黙が落ちた。そのうち、顔を俯かせたつかさをみゆきは胸の痛みと共に見つめていたが、
堪えきれず、そっと近寄って肩に手をかけた。
「つかささん……」
つかさは優しい。
自分が焦がれた相手と、自分の姉が恋に落ちて、それを祝福できるほど優しい。
でも、胸に秘めたつかさの気持ちはどこへ行くのか。
どんどん大きくなるその気持ちをいつまでも隠しておくには、つかさの体はあまりに小さすぎた。
いつしかゆっくりと顔を上げて、つかさが消えそうな声で言った。

「ごめん、ゆきちゃん。……少し、離れてて」
「え?」
「お願い」
言われるまま、みゆきが数歩下がると、つかさはブーツを脱ぎ捨て、靴下も脱いでカイロも放り捨てて、
砂浜に放り投げた。裸足のまま、波打ち際に駆けた。
そのまま大きく、両手を開いた。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


つかさは叫んでいた。
海の向こうの、どこか遠く、はるか遠くにまで届きそうな声で。
小さな体を震わせて、風に髪をたなびかせて。
その目から小さな雫が零れ落ちた。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


ぼろぼろと涙をこぼしながら、つかさは叫び続ける。
辛い、悲しい、寂しい、痛い、苦しい……そんな気持ちの一切合財を、すべて彼方に押しやろうとしているようだった。
「つかささん……!」
駆け寄って、つかさの小さい背中を抱きしめた。
つかさの声は聞いたことがないほど力強く、そして悲しかった。
自分でも気付かないうちに、みゆきも涙をこぼしていた。
「ああ……う、うぅ……ああああああ……」
激しく肩を上下させて息を切らせていた。
のどがかすれて声が出なくなったのか、最後は小さな嗚咽をもらしていた。
膝から崩れ落ちたつかさの足に、小さな波が押し寄せてきていた。


誰かが置き忘れていたビニールシートに二人で座っていた。
夕日が落ちかけてオレンジに染まった海は本当にきれいだった。
「ごめんね。……本当に、ごめんね」
「……いいんですよ」
つかさは力なく、みゆきの腕にすがってまた少し、泣いていた。
その小さい背中をさすりながら、みゆきはそっと目を閉じた。
わかっていたのだ。つかさには、押し殺した気持ちを吐き出すきっかけが必要だった。
そうしなければ、さっき自分で言ったように、きっと押しつぶされてしまっていただろうから。
そして(そのために?)、気持ちをわかってくれる人が必要だった。
選ばれたのが、自分。
……いや、違う。選ばれはしたけれど、自ら彼女の気持ちを受け止めてあげたいと思ったのも
確かだったし、できることがあるなら何でもしてあげたいと思っていた。
「ひ、ぐ……ごめん、ねぇ……。頭、ごちゃごちゃになって、私、自分が、おさえられなくなって……」
「いいんです。つかささんは悪くありません。なにも」
そうだ。彼女は何も悪くない。誰も悪くない。
でも、誰も悪くなくても悲しむ人がいる。自分の親友が泣いているのを見るなんて、あまりに悲しすぎる。
みゆきはもう、つかさの泣き顔を見たくなかった。あの声も聞きたくなかった。
「あり、がと……ありがとう、ゆきちゃん……」
「……」
海に夕日が落ちかけていた。オレンジの光が視界いっぱいに広がった。
「つかささん。海、きれいです」
「あ……」
つかさが顔をあげた。
「きれい、だね……ほんとにきれいだね」
「はい」
冬の冷たい気温で冷えた体に、夕方の太陽が少しだけ暖かい。
浜辺に移った二つの影は、太陽が顔を隠すまで動かなかった。


ミルク色をした白い車体を持つ電車が、ガタゴトと二人の少女を帰るべき家に運んでいる。
夕日ももうほとんど見えず、ほんのかすかに光を残すだけだった。
快速でも特急でもない各駅停車の私鉄には、二人のほかには誰もいない。
少し開いた窓から入る風は冷たく、まだ冬が終わらないことを告げていた。
みゆきの肩に、ことりとつかさの頭が倒れこんだ。
疲れたのか、泣き跡の残る頬を少しだけ赤くして、小さな吐息を立てて眠っていた。
私は、このひとを支えてあげたい。
みゆきはそう思った。
また明日から、四人で笑いあう日が来る。
きっとまた、このひとは心の中で泣いてしまう。
だから、いつか遠い未来、笑って思い出せる日が来るまで、私はこのひとを支えてあげたい。
辛いときは、私に言ってください。話を聞くくらいなら、できますから。
泣きたいときは、私に言ってください。抱きしめるくらいなら、できますから。
私にできることはそれくらいしかありませんけれど、それであなたが前に進めるなら。
あなたが、また心から笑ってくれるなら……。
肩にかかるつかさの髪を、優しく撫ぜた。
ほんの少しだけ、つかさが笑ってくれた気がした。

電車はゆっくり、ゆっくりと、終点へ向かっていた。
ふと触れたつかさの手は少し白く、冷たかった。
みゆきはそっと、その手を握った。


おわり













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  • 感動しました
    他の作品でつかさはよく腹黒い性格で書かれてる事が多いけど、やっぱりこう言うつかさであってほしい -- 名無しさん (2010-05-18 01:06:18)
  • これは…せつなくて、悲しくて、でも凄くいい
    つかさとみゆきに幸あれ!!! -- 名無しさん (2008-08-27 18:02:39)
  • これはほんと凄いです。
    端的なのに詩情溢れる文章は、もう芸術品の領域。
    余計な文がなくて、隅々まで気を配ってあるのがわかります。

    『快速でも特急でもない各駅停車の私鉄』のリフレインとか最高。 -- 名無しさん (2007-10-23 11:09:36)

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