田村ひよりは働いていた。
粕日部にある小さな不動産屋。
ひよりは次に出す広告のレイアウトを調整していた。
ひよりが入るまでは代理店に頼んで作っていたのだが、
PCと編集ソフトが扱えるひよりが入ってきてからはひよりの仕事となった。
(まさか、学生時代の趣味がこんなところで役立つとはねぇ)
画像編集に使っているのは、学生時代の同人活動から使い慣れたソフト。
入稿もいつものデータ入稿と変わらない。
もともと同人誌を作るのが好きだったひより。
いまの広告作りもなかなか楽しい仕事だ。
自分で紙面の構成を考え、物件の写真の位置、配置などを考えて完成した広告をイメージする。
イメージどおりの広告ができるのが楽しかったし、それを見て客が足を運んでくれるのはもっと嬉しかった。
一度は漫画業界に進むことも考えた。
仲のよかったこうやパティはそれを薦めていたし、自分も漫画を書くことは嫌いではなかった。
でも、普通の仕事と漫画の道、どちらに進むのか迷った挙句、ひよりは普通の仕事を選んだ。
漫画に多く接しているから分かる。中途半端な気持ちで漫画書きという職業にはなれない。
同人活動と違ってその仕事には責任がある。落としてしまったらごめんなさいでは済まされない。
小さなアンソロジーに一つ二つ顔を出した程度で、ひよりはそれ以上先には進もうとしなかった。
趣味は趣味、仕事は仕事。はっきりと割り切っていきたかった。
「お疲れ様、ひよりちゃん。広告の方はできた?」
「あ、お疲れ様っす。こっちは今日中にはできちゃうそうですね」
「ありがとう助かるよ。明日まででいいから、ゆっくりやっていいよ。完成したら一度印刷を頼むよ」
50半ばの、薄くなり始めた頭を掻く気のよさそうな社長。
会社を大きくすることよりも毎日のんびりしている事に精を出す社長の下で、ひよりは働いている。
「ひよりちゃん。次の土曜って空いてるかな? 案内してほしいお客さんがいるんだけれど」
「あっ、スミマセン。その日はどうしても外せない用事が入っていて……」
イベントで本を売りなれているためか、本来の性格なのか、ひよりは客の受けがいい。
不動産の知識もそこそこ覚えてきたので、一度行かせてみたかったのだが……
「ん~、それじゃあしかたないか。またイベントかい?」
「い、いえ、今回は……」
ひよりは困ったように頭を掻く。
最初は隠していたつもりだったけれど、ひよりの趣味は入社三ヶ月もしないうちにバレた。
お陰で広告とイラストはひよりの仕事となったわけだが。
社会人となった今でも時間を見つけては本を書き、イベントにも参加している。
有給をきっちり使っても文句の一つも言わず送り出してくれる社長に、
ひよりはこの会社に入ってよかったと心から思う。
「その日は友達との約束が入っているんですよ。だから、ちょっと……」
「ふーん、そっか。いいよ、僕が行くから。ひよりちゃんは楽しんでおいで」
口だけのお世辞ではなく、心からの言葉。
一足先に帰る社長に深々と頭を下げる。
そこは自分の書く漫画の中の世界みたいに非日常があふれた世界ではないけれど、
こんな毎日が続けばいいなと、ひよりは思っている。
粕日部にある小さな不動産屋。
ひよりは次に出す広告のレイアウトを調整していた。
ひよりが入るまでは代理店に頼んで作っていたのだが、
PCと編集ソフトが扱えるひよりが入ってきてからはひよりの仕事となった。
(まさか、学生時代の趣味がこんなところで役立つとはねぇ)
画像編集に使っているのは、学生時代の同人活動から使い慣れたソフト。
入稿もいつものデータ入稿と変わらない。
もともと同人誌を作るのが好きだったひより。
いまの広告作りもなかなか楽しい仕事だ。
自分で紙面の構成を考え、物件の写真の位置、配置などを考えて完成した広告をイメージする。
イメージどおりの広告ができるのが楽しかったし、それを見て客が足を運んでくれるのはもっと嬉しかった。
一度は漫画業界に進むことも考えた。
仲のよかったこうやパティはそれを薦めていたし、自分も漫画を書くことは嫌いではなかった。
でも、普通の仕事と漫画の道、どちらに進むのか迷った挙句、ひよりは普通の仕事を選んだ。
漫画に多く接しているから分かる。中途半端な気持ちで漫画書きという職業にはなれない。
同人活動と違ってその仕事には責任がある。落としてしまったらごめんなさいでは済まされない。
小さなアンソロジーに一つ二つ顔を出した程度で、ひよりはそれ以上先には進もうとしなかった。
趣味は趣味、仕事は仕事。はっきりと割り切っていきたかった。
「お疲れ様、ひよりちゃん。広告の方はできた?」
「あ、お疲れ様っす。こっちは今日中にはできちゃうそうですね」
「ありがとう助かるよ。明日まででいいから、ゆっくりやっていいよ。完成したら一度印刷を頼むよ」
50半ばの、薄くなり始めた頭を掻く気のよさそうな社長。
会社を大きくすることよりも毎日のんびりしている事に精を出す社長の下で、ひよりは働いている。
「ひよりちゃん。次の土曜って空いてるかな? 案内してほしいお客さんがいるんだけれど」
「あっ、スミマセン。その日はどうしても外せない用事が入っていて……」
イベントで本を売りなれているためか、本来の性格なのか、ひよりは客の受けがいい。
不動産の知識もそこそこ覚えてきたので、一度行かせてみたかったのだが……
「ん~、それじゃあしかたないか。またイベントかい?」
「い、いえ、今回は……」
ひよりは困ったように頭を掻く。
最初は隠していたつもりだったけれど、ひよりの趣味は入社三ヶ月もしないうちにバレた。
お陰で広告とイラストはひよりの仕事となったわけだが。
社会人となった今でも時間を見つけては本を書き、イベントにも参加している。
有給をきっちり使っても文句の一つも言わず送り出してくれる社長に、
ひよりはこの会社に入ってよかったと心から思う。
「その日は友達との約束が入っているんですよ。だから、ちょっと……」
「ふーん、そっか。いいよ、僕が行くから。ひよりちゃんは楽しんでおいで」
口だけのお世辞ではなく、心からの言葉。
一足先に帰る社長に深々と頭を下げる。
そこは自分の書く漫画の中の世界みたいに非日常があふれた世界ではないけれど、
こんな毎日が続けばいいなと、ひよりは思っている。
パトリシア=マーティンは激怒していた。
まったく、こっちの人間はさっぱり話が通じない。
向こうから渡された資料を机に叩きつける。
「あなたたちは一体何を考えているのですカ。これだけの予算でまともな作品が作れると思っているのですカ!!」
「しかしですね、一般的な作品ではそのような予算配分が通例となってまして……」
広告代理店側の人が困ったように笑う。
パティは現在、アニメのファンド化に関わっている。
大きな金が必要となるアニメ。その予算の出所をスポンサーだけに求めるのではなく、
その作品を愛する客側に出資を求め、得た利益を還元する。
多くの人がアニメ化を求める作品には多くの資金が集まり、それによってよりよい作品が作られる。
パティはそういった社会を目指しているのに……
「TV局と広告代理店に資金が流れすぎではないデスか。これでは現場に流れるのはせいぜい一割程度。
この金額でまともなアニメーションを作ることができると思っているのですカ」
「しかし、こちらとしましても。これぐらいの利益は正当な取り分として……」
「あなたたちはそんなにヤシガニアニメを作りたいのですか!!」
パティの剣幕に相手方は押し黙る。
二十半ばの小娘に、広告代理店側の中堅男性社員が飲まれている。
「失礼」と断って一口お茶を飲み、パティは自分の鞄から書類を取り出して、相手側に手渡す。
「これは我々で試算したものです。もし今の1.5倍予算を回していただけた場合、
背景もすべて国内で作れます。納期の確実性、作画のクオリティも確実となり、
終了後のDVDの売り上げ予想も試算の通り倍増する見込みデス。
信用のない制作会社に任せて納期を遅らせるよりモ、確実に高品質の作品を供給できる会社に任せたほうがよいと考えマス」
高品質のものを提供した場合の試算では、
アニメ終了後の関連商品の利益で現場に回した分の費用を回収して余りある結果が出ていた。
しかし、これはあくまでも試算だ。ファンド側の都合のよいようにデータが改ざんされているかもしれない。
かといって、その場で問題点を指摘できるほど、甘い資料ではない。
悩んだ挙句、広告代理店側の男は渡されたレジュメを置いて、息をつく。
「とりあえず、この場で結論付けるのは早急すぎるでしょう。また後日、機会を設けてという事でお願いできないでしょうか」
「分かりましタ。色よい返事をお待ちしております」
渡された書類をまとめ、パティは立ち上がる。形式的な握手をして、ビルを出た。
ビルを出るとともに、汐留の街を通り過ぎる冷たい風がパティを包む。
パティの足は駅へ向かず、近くの臨海公園へと向かう。
この時間は人通りも少ない。欄干を掴み、東京湾に向かって……
「この分からず屋~~~~~~~~~~~っ」
大声で叫んだ。
「まったく。シロートが分かったような口を利かないでほしいデス。
作品に対する愛もないのに、アニメの製作に関わるなんて信じられないデス」
パティはオタク文化を愛してこの国にやってきた。
他国の追随を許さない技術を持つこの国、だがその末端は常に苦しい状態に追い込まれていた。
パティにはひよりのように漫画を描く才能はない。なら、せめて作っている人を手助けしたかった。
パティが目指したのがこのアニメのファンド化だった。
アニメを見ているだけではない。少しでもアニメに出資してもらって、作る側に回ってもらおう。
そうすれば、製作側も視聴者側も意識が変わるんじゃないか、そう思っていた。
「でも、道は遠いですネ……」
ため息をついて柵にもたれかかる。
レインボーブリッジの向こうのお台場の夜景を眺め、大学時代を思い出す。
ひよりやゆたか、みなみとの別れは悲しかったけれど、パティはアメリカの大学を目指した。
自分のやりたいこと、自分の目指すこと。それを目指すには知識と力が必要だった。
経営大学院に進み、MBAの資格をとり、証券会社に入社した。
窓際部署のアニメファンドを自ら選び、率先して商品の開発を進めてきた。
しかし、現実は理想通りには進まない。
若いこと、女性である事が仕事をするのにここまでマイナスになるとは思っていなかった。
目標のためなら、どんな苦労も厭わない。
日本に来る時だって、必死に日本語を学んだ。MBAを取る為に寝食を忘れて勉強した。
でも、若さと性別だけは努力ではどうにもならない……
「ええい、マイナス思考に陥っちゃダメです。最高のアニメを、最高の萌えのため、絶対に負けてはいけないのデス!!」
やるぞーっと大声で東京湾に向かって叫ぶパティ。
あとは会社に戻り、報告書を書けば明日から休み。
もう一頑張り、気合を入れてパティは歩きはじめた。
まったく、こっちの人間はさっぱり話が通じない。
向こうから渡された資料を机に叩きつける。
「あなたたちは一体何を考えているのですカ。これだけの予算でまともな作品が作れると思っているのですカ!!」
「しかしですね、一般的な作品ではそのような予算配分が通例となってまして……」
広告代理店側の人が困ったように笑う。
パティは現在、アニメのファンド化に関わっている。
大きな金が必要となるアニメ。その予算の出所をスポンサーだけに求めるのではなく、
その作品を愛する客側に出資を求め、得た利益を還元する。
多くの人がアニメ化を求める作品には多くの資金が集まり、それによってよりよい作品が作られる。
パティはそういった社会を目指しているのに……
「TV局と広告代理店に資金が流れすぎではないデスか。これでは現場に流れるのはせいぜい一割程度。
この金額でまともなアニメーションを作ることができると思っているのですカ」
「しかし、こちらとしましても。これぐらいの利益は正当な取り分として……」
「あなたたちはそんなにヤシガニアニメを作りたいのですか!!」
パティの剣幕に相手方は押し黙る。
二十半ばの小娘に、広告代理店側の中堅男性社員が飲まれている。
「失礼」と断って一口お茶を飲み、パティは自分の鞄から書類を取り出して、相手側に手渡す。
「これは我々で試算したものです。もし今の1.5倍予算を回していただけた場合、
背景もすべて国内で作れます。納期の確実性、作画のクオリティも確実となり、
終了後のDVDの売り上げ予想も試算の通り倍増する見込みデス。
信用のない制作会社に任せて納期を遅らせるよりモ、確実に高品質の作品を供給できる会社に任せたほうがよいと考えマス」
高品質のものを提供した場合の試算では、
アニメ終了後の関連商品の利益で現場に回した分の費用を回収して余りある結果が出ていた。
しかし、これはあくまでも試算だ。ファンド側の都合のよいようにデータが改ざんされているかもしれない。
かといって、その場で問題点を指摘できるほど、甘い資料ではない。
悩んだ挙句、広告代理店側の男は渡されたレジュメを置いて、息をつく。
「とりあえず、この場で結論付けるのは早急すぎるでしょう。また後日、機会を設けてという事でお願いできないでしょうか」
「分かりましタ。色よい返事をお待ちしております」
渡された書類をまとめ、パティは立ち上がる。形式的な握手をして、ビルを出た。
ビルを出るとともに、汐留の街を通り過ぎる冷たい風がパティを包む。
パティの足は駅へ向かず、近くの臨海公園へと向かう。
この時間は人通りも少ない。欄干を掴み、東京湾に向かって……
「この分からず屋~~~~~~~~~~~っ」
大声で叫んだ。
「まったく。シロートが分かったような口を利かないでほしいデス。
作品に対する愛もないのに、アニメの製作に関わるなんて信じられないデス」
パティはオタク文化を愛してこの国にやってきた。
他国の追随を許さない技術を持つこの国、だがその末端は常に苦しい状態に追い込まれていた。
パティにはひよりのように漫画を描く才能はない。なら、せめて作っている人を手助けしたかった。
パティが目指したのがこのアニメのファンド化だった。
アニメを見ているだけではない。少しでもアニメに出資してもらって、作る側に回ってもらおう。
そうすれば、製作側も視聴者側も意識が変わるんじゃないか、そう思っていた。
「でも、道は遠いですネ……」
ため息をついて柵にもたれかかる。
レインボーブリッジの向こうのお台場の夜景を眺め、大学時代を思い出す。
ひよりやゆたか、みなみとの別れは悲しかったけれど、パティはアメリカの大学を目指した。
自分のやりたいこと、自分の目指すこと。それを目指すには知識と力が必要だった。
経営大学院に進み、MBAの資格をとり、証券会社に入社した。
窓際部署のアニメファンドを自ら選び、率先して商品の開発を進めてきた。
しかし、現実は理想通りには進まない。
若いこと、女性である事が仕事をするのにここまでマイナスになるとは思っていなかった。
目標のためなら、どんな苦労も厭わない。
日本に来る時だって、必死に日本語を学んだ。MBAを取る為に寝食を忘れて勉強した。
でも、若さと性別だけは努力ではどうにもならない……
「ええい、マイナス思考に陥っちゃダメです。最高のアニメを、最高の萌えのため、絶対に負けてはいけないのデス!!」
やるぞーっと大声で東京湾に向かって叫ぶパティ。
あとは会社に戻り、報告書を書けば明日から休み。
もう一頑張り、気合を入れてパティは歩きはじめた。
岩崎みなみは落ち込んでいた。
深夜、新四号バイパスで起こった事故。
突然の急患搬送にみなみはくたびれ果てていた。
高校を卒業してから、みなみは看護師を目指した。
高校に入るまでは思っても見なかった夢だったけれど、そこで出会った一人の少女がきっかけで、この道を選んだ。
体が弱くて、怪我をしていて、落ち込んでいる人を救ってあげたい。
そう思って目指した看護師の道だったのに……
「また、救えなかった……」
みなみの目に涙がにじむ。
まだ、小学生だったのに。何にも悪い事をしてないのに。
みなみの目の前で、その少年は短い人生を終えていった。
少年の体は運ばれてきたばかりは暖かかったのに、さっき触れたときはマネキンのように冷たかった。
患者の死に毎回落ち込んでいては、この仕事は勤まらない。
そう、先輩の看護師にも聞いていたのに。
「看護婦さん。どうしたの?」
鈴を鳴らすような声にみなみは顔を上げる。
小さな、うさぎのお人形さんを抱えた小さな女の子がこっちを見上げていた。
パジャマ姿。みなみも何度か顔を合わせたことのある入院患者。
産まれた時から体が弱くて、この病院の外に出る事もほとんどない彼女。
みなみよりもこの病院にいる期間が長かった彼女に、教わる事も多かった。
「どうしたの、お腹痛いの? 私がさすってあげようか?」
背伸びしてみなみのお腹を優しくさする彼女。
堪えていた涙が抑えきれなくなり、みなみは彼女をぎゅっと抱きしめ、涙をこぼす。
ダメ、患者にすがりついて泣くなんて、看護師として、プロとして失格なのに。
「どうしたの、具合が悪いときはちゃんとお医者さんに言わないとダメだよ」
みなみの背中を優しく少女はさする。
太陽の光をほとんど浴びた事のない、小さな柔らかい手がみなみの背中をさするたびに、
みなみは少しづつ気持ちが楽になっていくように感じた。
少女から手を離して、ハンカチで涙を拭いた。
「あっ、そうだ。これ、あげるね」
少女はポケットに手を入れる。
きらりと黄金色に光る、小さな飴。
少女はみなみの手をぎゅっと掴んで、それを握らせる。
「これ……本当にもらっていいの?」
「うん。高町のおばあちゃんからいっぱいもらったんだけれど、私、食事制限であんまり食べちゃだめだから。
でも、とっても甘くておいしいんだよ。看護婦さんも食べてみてよ」
飴を包む薄いビニールを開いて、みなみは黄金色の飴を口に入れる。
べっこう飴の甘い、やさしい香り。
「ありがとうね」
みなみが少女の頭を撫でると、少女もこっちまで嬉しくなるような笑顔を返してくれる。
「あのね、看護婦さん。いつも怖い顔してるけど、看護婦さんが笑うとすごいいい笑顔になるんだよ。
だから、看護婦さんが笑っててくれると、私も嬉しいな」
遠くから少女を呼ぶ声。
母親の声に振り向いて、少女は走っていく。
途中、振り向いて振ってくれた手に、みなみも手を振る。
病弱だけれど、心優しい、みんなを幸せにしてくれる少女。
みなみは高校時代の親友を思い出していた。
勤務が終わって、家に帰って仮眠をとったら楽しみにしていた休みだ。
あと一頑張り。口の中の飴を転がして、みなみはナースステーションへと戻ってゆく。
深夜、新四号バイパスで起こった事故。
突然の急患搬送にみなみはくたびれ果てていた。
高校を卒業してから、みなみは看護師を目指した。
高校に入るまでは思っても見なかった夢だったけれど、そこで出会った一人の少女がきっかけで、この道を選んだ。
体が弱くて、怪我をしていて、落ち込んでいる人を救ってあげたい。
そう思って目指した看護師の道だったのに……
「また、救えなかった……」
みなみの目に涙がにじむ。
まだ、小学生だったのに。何にも悪い事をしてないのに。
みなみの目の前で、その少年は短い人生を終えていった。
少年の体は運ばれてきたばかりは暖かかったのに、さっき触れたときはマネキンのように冷たかった。
患者の死に毎回落ち込んでいては、この仕事は勤まらない。
そう、先輩の看護師にも聞いていたのに。
「看護婦さん。どうしたの?」
鈴を鳴らすような声にみなみは顔を上げる。
小さな、うさぎのお人形さんを抱えた小さな女の子がこっちを見上げていた。
パジャマ姿。みなみも何度か顔を合わせたことのある入院患者。
産まれた時から体が弱くて、この病院の外に出る事もほとんどない彼女。
みなみよりもこの病院にいる期間が長かった彼女に、教わる事も多かった。
「どうしたの、お腹痛いの? 私がさすってあげようか?」
背伸びしてみなみのお腹を優しくさする彼女。
堪えていた涙が抑えきれなくなり、みなみは彼女をぎゅっと抱きしめ、涙をこぼす。
ダメ、患者にすがりついて泣くなんて、看護師として、プロとして失格なのに。
「どうしたの、具合が悪いときはちゃんとお医者さんに言わないとダメだよ」
みなみの背中を優しく少女はさする。
太陽の光をほとんど浴びた事のない、小さな柔らかい手がみなみの背中をさするたびに、
みなみは少しづつ気持ちが楽になっていくように感じた。
少女から手を離して、ハンカチで涙を拭いた。
「あっ、そうだ。これ、あげるね」
少女はポケットに手を入れる。
きらりと黄金色に光る、小さな飴。
少女はみなみの手をぎゅっと掴んで、それを握らせる。
「これ……本当にもらっていいの?」
「うん。高町のおばあちゃんからいっぱいもらったんだけれど、私、食事制限であんまり食べちゃだめだから。
でも、とっても甘くておいしいんだよ。看護婦さんも食べてみてよ」
飴を包む薄いビニールを開いて、みなみは黄金色の飴を口に入れる。
べっこう飴の甘い、やさしい香り。
「ありがとうね」
みなみが少女の頭を撫でると、少女もこっちまで嬉しくなるような笑顔を返してくれる。
「あのね、看護婦さん。いつも怖い顔してるけど、看護婦さんが笑うとすごいいい笑顔になるんだよ。
だから、看護婦さんが笑っててくれると、私も嬉しいな」
遠くから少女を呼ぶ声。
母親の声に振り向いて、少女は走っていく。
途中、振り向いて振ってくれた手に、みなみも手を振る。
病弱だけれど、心優しい、みんなを幸せにしてくれる少女。
みなみは高校時代の親友を思い出していた。
勤務が終わって、家に帰って仮眠をとったら楽しみにしていた休みだ。
あと一頑張り。口の中の飴を転がして、みなみはナースステーションへと戻ってゆく。
小早川ゆたかは子供達と遊んでいた。
街中にある、小さな幼稚園。子供達はちょっとだけ大きなゆたかを中心にグランドで楽しそうに遊ぶ。
「いよっ、お疲れ様。ゆーちゃん」
「あ、こなたお姉ちゃん。おいでー、そなたちゃん。お母さんが帰ってきたよ」
同い年の子供達と一緒に遊んでいた青く長い髪の少女は、母親を見つけると目をキラキラさせて飛び込んでくる。
母親の胸に飛び込んで幸せそうな顔を浮かべる少女を見ると、やっぱり母親には勝てないな、なんて思う。
そして、幸せそうに娘の頭を撫でる母親の姿を見て、ちょっとだけ羨ましいなとも思う。
「ん? ゆーちゃん。どうしたの?」
こなたが不思議そうにゆたかの顔を見る。
はっと、自分が二人の姿をじっと見つめていた事に気づいて、ゆたかはちょっぴり赤面。
「え、えと。なんだかちょっとだけ二人が羨ましい……かなって」
恥ずかしそうに頬を掻くゆたか。それを見てこなたはにまーっと笑う。
「なればいいじゃん。お母さんに。ゆーちゃん、彼氏いないの?」
「か、彼氏なんて。い、いないよ!!」
「あー、ゆーちゃん先生嘘つき~っ」
「そうそう、お休みの日、カッコイイ男の人と歩いてるところ、私見たよ」
「あー、私も私も。ゆーちゃん先生、いつ結婚するの?」
子供達に指摘されてゆたかは真っ赤になる。
確かに休日にあの人と一緒に歩いていたけれど、あの人は彼氏じゃなくて……その……
「あーっ、もう。先生をからかうんじゃありません!!」
「うわー、逃げろ~」
蜘蛛の子を散らすように子供達は逃げていく。優しいゆたかはこの幼稚園に赴任してきた当初から子供達に人気だった。
しかし、その人気は先生としてではなく、同じ年の友達に近いものじゃないかとゆたかは時々不安になる。
「ゆーちゃん、人気だね~」
「もう、お姉ちゃんがそうやって呼ぶから、みんなも真似して言うんだよ」
「だって、ゆーちゃんはゆーちゃんじゃん。ねー、そなた」
「ねー、ゆうちゃん先生」
楽しそうに笑うこなたそなた母娘。
いろんな母親や子供に付き合ってきたけれど、どうしてもこの二人には勝てない。
「あ、そうだ。これ、ゆーちゃんのお話。知り合いの編集者の人に見せたら、
なかなかの盛況だったよ。これなら自費出版じゃなくてもいけるんじゃないかな?」
「あ、えと、あの『氷姫のお話』?」
「うん、そうそう。初めての持ち込みで採用されるなんて、ゆーちゃんすごいね」
『氷姫のお話』はゆたかの高校生時代に書いた作品だった。
ゆいの誕生日にプレゼントするために作った本だったが、久しぶりに出てきたそれをこなたが見つけ、
ゆいの薦めもあって編集部に持ち込んだのだった。
「ねぇ、ゆーちゃん。ここをやめて。絵本作家になるつもりはない?」
「え……」
思わぬ誘い。ゆたかは目を丸くする。
ゆたかの目の前にいるのはただの専業主婦ではない。
最近若い女性に人気のコラムニスト、泉こなた。直木賞作家の父を持ち、出版社にもそれなりの力を持つ。
「ゆーちゃんは才能あるよ。編集部でもすごい人気だったし、これから伸びていくと思う。
ゆーちゃんがその気になれば、きっと人気の絵本作家になれる。どうかな」
絵本作家は幼い頃の夢だった。
病弱で外に出る事のできなかったゆたか。刺激の少ない生活の中では、ベッドの上で読む絵本だけが毎日の楽しみだった。
いつか自分も絵本を書いて、多くの人を元気付けたい、そう思っていた。
だけど……
「どうしたの、ゆーちゃん先生」
小さな女の子がゆたかの袖をひっぱっていた。
ゆたかの迷いに気づいたのか、不安そうに瞳を見つめる少女。
ゆたかはその子を抱き上げる。
「ごめん、お姉ちゃん。私にはこの子達がいるから」
「……そっか、仕方ないね。これで編集に恩を売れると思ったんだけどな」
「あ、で、でもね、空いた時間でいいなら絵本を書きたいと思ってるから。また新しいの書いたら、見てくれる?」
ゆたかの言葉に目をキラキラさせて集まってくる子供達。
「あ、ゆーちゃん先生、絵本書くの? 私も見たいな」
「えー、ゆーちゃん先生が? 俺も見たい、俺も!!」
集まってきた子供達に囲まれるゆたか。
もみくちゃにされるのは大変だったけれど、でもこの仕事でしか得られないものも大きかった。
街中にある、小さな幼稚園。子供達はちょっとだけ大きなゆたかを中心にグランドで楽しそうに遊ぶ。
「いよっ、お疲れ様。ゆーちゃん」
「あ、こなたお姉ちゃん。おいでー、そなたちゃん。お母さんが帰ってきたよ」
同い年の子供達と一緒に遊んでいた青く長い髪の少女は、母親を見つけると目をキラキラさせて飛び込んでくる。
母親の胸に飛び込んで幸せそうな顔を浮かべる少女を見ると、やっぱり母親には勝てないな、なんて思う。
そして、幸せそうに娘の頭を撫でる母親の姿を見て、ちょっとだけ羨ましいなとも思う。
「ん? ゆーちゃん。どうしたの?」
こなたが不思議そうにゆたかの顔を見る。
はっと、自分が二人の姿をじっと見つめていた事に気づいて、ゆたかはちょっぴり赤面。
「え、えと。なんだかちょっとだけ二人が羨ましい……かなって」
恥ずかしそうに頬を掻くゆたか。それを見てこなたはにまーっと笑う。
「なればいいじゃん。お母さんに。ゆーちゃん、彼氏いないの?」
「か、彼氏なんて。い、いないよ!!」
「あー、ゆーちゃん先生嘘つき~っ」
「そうそう、お休みの日、カッコイイ男の人と歩いてるところ、私見たよ」
「あー、私も私も。ゆーちゃん先生、いつ結婚するの?」
子供達に指摘されてゆたかは真っ赤になる。
確かに休日にあの人と一緒に歩いていたけれど、あの人は彼氏じゃなくて……その……
「あーっ、もう。先生をからかうんじゃありません!!」
「うわー、逃げろ~」
蜘蛛の子を散らすように子供達は逃げていく。優しいゆたかはこの幼稚園に赴任してきた当初から子供達に人気だった。
しかし、その人気は先生としてではなく、同じ年の友達に近いものじゃないかとゆたかは時々不安になる。
「ゆーちゃん、人気だね~」
「もう、お姉ちゃんがそうやって呼ぶから、みんなも真似して言うんだよ」
「だって、ゆーちゃんはゆーちゃんじゃん。ねー、そなた」
「ねー、ゆうちゃん先生」
楽しそうに笑うこなたそなた母娘。
いろんな母親や子供に付き合ってきたけれど、どうしてもこの二人には勝てない。
「あ、そうだ。これ、ゆーちゃんのお話。知り合いの編集者の人に見せたら、
なかなかの盛況だったよ。これなら自費出版じゃなくてもいけるんじゃないかな?」
「あ、えと、あの『氷姫のお話』?」
「うん、そうそう。初めての持ち込みで採用されるなんて、ゆーちゃんすごいね」
『氷姫のお話』はゆたかの高校生時代に書いた作品だった。
ゆいの誕生日にプレゼントするために作った本だったが、久しぶりに出てきたそれをこなたが見つけ、
ゆいの薦めもあって編集部に持ち込んだのだった。
「ねぇ、ゆーちゃん。ここをやめて。絵本作家になるつもりはない?」
「え……」
思わぬ誘い。ゆたかは目を丸くする。
ゆたかの目の前にいるのはただの専業主婦ではない。
最近若い女性に人気のコラムニスト、泉こなた。直木賞作家の父を持ち、出版社にもそれなりの力を持つ。
「ゆーちゃんは才能あるよ。編集部でもすごい人気だったし、これから伸びていくと思う。
ゆーちゃんがその気になれば、きっと人気の絵本作家になれる。どうかな」
絵本作家は幼い頃の夢だった。
病弱で外に出る事のできなかったゆたか。刺激の少ない生活の中では、ベッドの上で読む絵本だけが毎日の楽しみだった。
いつか自分も絵本を書いて、多くの人を元気付けたい、そう思っていた。
だけど……
「どうしたの、ゆーちゃん先生」
小さな女の子がゆたかの袖をひっぱっていた。
ゆたかの迷いに気づいたのか、不安そうに瞳を見つめる少女。
ゆたかはその子を抱き上げる。
「ごめん、お姉ちゃん。私にはこの子達がいるから」
「……そっか、仕方ないね。これで編集に恩を売れると思ったんだけどな」
「あ、で、でもね、空いた時間でいいなら絵本を書きたいと思ってるから。また新しいの書いたら、見てくれる?」
ゆたかの言葉に目をキラキラさせて集まってくる子供達。
「あ、ゆーちゃん先生、絵本書くの? 私も見たいな」
「えー、ゆーちゃん先生が? 俺も見たい、俺も!!」
集まってきた子供達に囲まれるゆたか。
もみくちゃにされるのは大変だったけれど、でもこの仕事でしか得られないものも大きかった。
土曜日の駅前。
平日は制服姿の学生が集まる駅前に三人の影。
そして黒髪の女性が慌てて改札から飛び出してくる。
「遅いデスよ、ひより」
「ご、ごめん。昨日原遅くまで原稿を書いてたら遅くなっちゃって」
「でも久しぶりだね、いまでも本書いてるの?」
「いやー小早川さんもお久しぶり。本は趣味の範囲内だけどね。あ、岩崎さんも久しぶり~」
「久しぶり、田村さん。元気だった?」
「おおっ、元気だったよ。岩崎さんは……看護師の不養生なんてないよね~」
「ハイハイ、積もる話も多いですガ、時間も押していますし、話ながら行きまショウ」
仲良く連れ立って歩く四人組。
学歴も、仕事も、住んでいる場所も違う彼女達だけれど、
それでも彼女達は最高の親友同士。
平日は制服姿の学生が集まる駅前に三人の影。
そして黒髪の女性が慌てて改札から飛び出してくる。
「遅いデスよ、ひより」
「ご、ごめん。昨日原遅くまで原稿を書いてたら遅くなっちゃって」
「でも久しぶりだね、いまでも本書いてるの?」
「いやー小早川さんもお久しぶり。本は趣味の範囲内だけどね。あ、岩崎さんも久しぶり~」
「久しぶり、田村さん。元気だった?」
「おおっ、元気だったよ。岩崎さんは……看護師の不養生なんてないよね~」
「ハイハイ、積もる話も多いですガ、時間も押していますし、話ながら行きまショウ」
仲良く連れ立って歩く四人組。
学歴も、仕事も、住んでいる場所も違う彼女達だけれど、
それでも彼女達は最高の親友同士。
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- こんなにスムーズにイメージ出来るアフターストーリーは初めてでした。 -- 名無しさん (2009-11-15 21:26:20)
- >違和感ない
原作の外伝クラスにしっかり設定されていると思います、GJ -- 名無しさん (2008-12-31 22:02:30) - 思わず引きつけられる何かを感じます
原作と比べても違和感ありません! -- 15 (2008-12-31 09:06:21) - 個人的にこの話し、すごく好きです。
一年ズの未来になんの違和感もない。
作者様の創造力には感服します。 -- さすらいのらき☆すたファン (2008-12-29 18:29:49)