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「誘惑」~問題編~

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みなさん、どうもこんにちわ。柊かがみです。
秋ですね。
秋と言ってもいろいろな秋があるよね。スポーツの秋とか芸術の秋とか。
んー……でもやっぱり私は食欲の秋かな。
秋はなんでもおいしいから、ついつい食が進んじゃって……
……みなさんもそうじゃない?
けど、いくら食欲の秋とは言ったって、食べ過ぎには注意しなくっちゃね。
そう、特に「みんなのモノ」は…………






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「誘惑」~問題編~

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「それっ!2よ!これでどう!?」
「甘いね。かがみん。実はまだジョーカー持ってたんだよねぇ」
「そ、そんな~……また大貧民か……」

それは秋も段々深まった、とある休日のこと。
この日、泉家にてささやかなハロウィンパーティーが開かれていた。
……とは言え、もうとっくにハロウィンなんか過ぎてる。まあ、ハロウィンと言っても、それは単に集まる為の大義名分にしか過ぎない。
パーティの参加者のうち、誰も仮装なんかしてないのでも、それが解るってこと。


「ほら、かがみカード配って~」
「はいはい、解ったわよ」
こなたから手渡されたトランプのカードを慎重に切っていく。
パーティーの前座ということで大富豪をみんなでやっているんだけど、私はこの勝負で十二回連続大貧民という屈辱的な大敗を記していた。
なんとかこの連敗を止めたい。そういう訳で、トランプを切る作業もかなり慎重なものになる。

五分経って峰岸に、「柊ちゃん、そこまで慎重にならなくても……」と言われるまで、私はずっとトランプを組んでいた。
確かにそうなんだけど、こっちだって十三回の大貧民になる訳にはいかないのよ。
組んだカードを順番に配っていく。
こなた、みゆき、つかさ、峰岸、日下部、ゆーちゃん、みなみちゃん、そして私の八人。
この八人が今日のパーティーに参加するメンバーだ。
あと、田村さんも来る予定らしいけど、アニ研の打ち合わせがあって遅れてくるらしく、今この大富豪大会の場にはいない。
しかしまあ、みんなよくこれだけ集まったもんだわ。揃いも揃って暇なのかしら。……私も人のことは言えないけど。
カードを全て配り終わり、少ない自分の手札を確認する。八人もいるので、一人の手札の枚数はせいぜい六、七枚にしかならない。
つまり、戦略うんぬんよりこの最初の手札の強さで勝敗があらかた決するわけ。
私の手札は5、6、8、9、10、2、ジョーカー。
うん、この手札なら頑張れば平民くらいにはなれるかも。

どのタイミングでジョーカーを使おうかと考えていたその時、
「おい、柊、カードよこしな」
という大富豪、日下部の非常に憎たらしい一言でこのゲームにおけるカード交換を思い出さされた。
2とジョーカーは無残にも日下部の手に渡り、私には3と4という、どうしようもないヘボカードが回される。
絶対王政社会に置ける理不尽さというものは、こういうことをいうのだろうか。

一番強い手札が10ではロクに戦うことも出来ず、かくして私は十三回目の大貧民となった。トホホ……




いろいろとあった大富豪も一段落ついて、雑談タイムに突入する。
「それにしても、日下部先輩って大富豪強いんですね~。ほとんどトップを維持してましたし」
さっきの大富豪の結果を振りかえり、ゆーちゃんは少し尊敬したように日下部に言った。
「へへーん、どんなもんだい!柊はずっとド貧民ばっかだったけどな!」
「かがみんは悲しいくらい弱かったよね~」
「あんただって、ほとんど貧民と平民を行き来したクセに」
こなたはともかく、日下部め、覚えてなさいよ。今度パズルゲームでボッコボコにしてやるんだから。
みんなで話し合あって盛り上がっていた時、
「ところでつかささん、もうすぐパイが焼きあがるんじゃないんですか?」
と、思い出したかのようにみゆきが言った。
「あー、そう言えばもうそんな時間だね」
つかさがのんびりと答えた。

みゆきが言ったパイというのは、つかさが作っているアップルパイのことだ。
一時間ほど前に生地は既に出来あがっていて、今は一階のキッチンにあるオーブンで焼いている最中。
焼きあがったらパイを食べながら、わいわいがやがやと、お喋りして過ごすというのが今日のメインイベントだ。


「一時間くらい焼けば出来あがるんだっけ?」
今度はこなたが尋ねた。
「うん。そうだよ。焼き始めたのが丁度一時だから……あと五分くらいかな」
私は壁にかかった時計を見た。現在、一時五十五分。つかさの言うとおり、あと五分ほどで二時になる。
「あ、すみません、私ちょっとトイレに行ってきますね」
突然ゆーちゃんは立ちあがって、部屋を出て行った。すぐに部屋の外から階段を降りる音が聞こえてくる。
泉家のトイレは一階にしかないので、階段を降りないと行くことが出来ない。
昼間はいいけど、夜だとこの音は怖そうね。

「柊の妹のパイかぁ……きっとおいしいんだろうなぁ」
日下部がため息をつくようにして言った。
「あれ、みさきちってつかさの作ったお菓子、食べたことないの?」
「うん、ねーな」
「実は私も食べたこと無くて……」
おずおずと峰岸も手を挙げた。
「うそっ!ホントに?……じゃあ今日はきっと二人ともつかさのお菓子のおいしさにきっと卒倒するに違いないね」
「こなちゃん、そんな大げさに言わないでよ~」
つかさは顔を真っ赤にした。
「つかささん、決して大げさなんかじゃありませんよ」
みゆきが急に会話に割りこんできた。みゆきが話に割って入ってくるなんて珍しいわね。
「私、恥ずかしながら初めてつかささんの作ったクッキーを食べさせていただいたとき、あまりのおいしさに我を忘れて、何度もおいしい、おいしいと叫んでしまったんです。
フランスの一流のパティシエが作るモノにも匹敵するくらい……いえ、それ以上かもしれません。大げさなんかじゃなくて、それくらいつかささんのお菓子の味は絶品なんです!!」
みゆきは顔をほうけさせて言った。
みなみちゃんも、こなたもみゆきの話を聞いてうんうんとうなずいている。
「……私も、つかさ先輩のお菓子を初めて食べたとき、あまりにおいしくて顔が緩んでしまった」
つかさのお菓子を食べて顔を緩ませるみなみちゃん……うーん、見てみたい。
そう思っていると、部屋の外の階段からギシギシといった音がした。ゆーちゃんが帰ってきたのかな。
「急に席をはずしてごめんなさい」
思ったとおりだった。ゆーちゃんが扉を開け、部屋に入って来た。
トイレに行ったぐらいなのに、きちんと謝りを入れるのが礼儀正しいゆーちゃんらしい。
「みんな何の話をしてたの?」
「つかさのお菓子のおいしさの話だよ~」
ゆーちゃんの質問にこなたが答えた。
「つかさ先輩のお菓子は本当においしいから、私も期待してますね。……あ、もう二時回りましたね」
「あ、ホントだ」
ゆーちゃんに言われて、つかさは二時になったことに気がついたようだ。
「じゃあ、ちょっと焼けたかどうか見てくるね。ゆきちゃんもちょっと着いてきてよ」
「あ、はい、わかりました」
つかさとみゆきは部屋を出ていき、二、三分して戻ってきた。


「うん、ちゃんと出来てた。今日はいつもより上手く焼けたみたい」
自分でも満足のいくモノだったのか、つかさは少し微笑んだ。
「ええ、とっっっても、おいしそうでしたよ」
みゆきはつかさ以上の笑みを浮かべて言った。
「ってことは、いつもおいしいつかさのお菓子は今日は一段とおいしいモノになってるってわけだね。こりゃあ楽しみだなぁ~♪」
「泉さん……楽しみにするのはわかりますが……その、よだれが垂れてますよ」
「……そういうみゆきさんだって」
「え、みなみちゃんも垂らしてるよ?」
……といった風に、みんなよだれをだらしなく垂らして、お互いの揚げ足を取り合っている。かくいう私も、またよだれを垂らしていると思う。
でも決して変に思わないで欲しい。これはつかさのお菓子の腕前を知る人には、止める事の出来ない自然な反応なんだから。


「ねえつかさ~、パイも焼きあがったことだし早速食べようよ」
「ん~……そうしたいけど、お昼にみんなでピザを食べたばかりだし、もうちょっと待ってお腹に余裕が出来てからにしようよ。それにまだ田村さんも来てないことだし……」
急かすこなたを、なだめる様につかさが答える。
確かにお昼はお昼で、宅配ピザをたらふく食べたばかりなので、まだあまりお腹は空いてなく、正直今すぐに食べる気はあまりしない。
みんなも同様にあまりお腹に空きがなかったのと、つかさの言うように、まだ田村さんが来ていないことを踏まえて、後でパイを食べることが決まった。
二時五十分から、つかさが盛りつけなどの準備を行い、三時きっかりからメインイベントに入ることになった。
今は二時をちょっと過ぎた辺りなので、食べ始めるのはあと一時間ほど経ってからというわけだ。

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一時間の間、ただ喋っているだけなのは退屈なので、またゲームでもして時間をつぶすことになった。
多数決の結果、UNOをすることに決まった。私は大富豪以外ならもうなんでもいいや。

適当にカードを組んでみんなに配っていく。
さすがにUNOでもボロ負けをすることはないだろうと思ってたけど、こなたと日下部が狙い済ましたかのようにドロー2やらワイルド4を出してきて、十枚以上手札に残したままあっさりと最下位になった。
こいつら二人は何か私に恨みでもあるんだろうか……

心の中でリベンジに燃える私が、二回戦目のカードを配ろうとした時、みなみちゃんは急に立ちあがり、
「……すみません、お手洗いに行きたいんで、次の私の分は抜かしといて下さい」
と言って部屋を出ていった。
私は言われた通りにみなみちゃんの分を飛ばし、七人分のカードを配り終えて、二戦目を始めた。

一回戦目で最下位だった私から初まり、全員のターンが一周する。
再び私に番が回ってきて、何を出そうと考えていると、
「ごめんなさい、今度は私がお手洗いに行きたくなりまして……」
今度はみゆきが立ちあがって、部屋を出た。
みなみちゃんとみゆきを除いた六人でゲームは再開される。

二回戦の結果も散々なモノだった。
今度はドロー2の嵐はなかった。しかし、最後の一枚になったにも関わらず、私はUNOのコールを忘れてしまい、バツとしてカードを十五枚も引かされる羽目になり、結局負けた。
えーと、三回戦がんばろっと…………


……っていうか、なんでさっきからずっと私ばかりがカード配ってるんだろう。
そう疑問に思いながら三回戦目のカードを切って配ろうとしたその時、突然ピンポーンとインターホンのチャイムが鳴った。
その音にみんなが一斉に反応する。
「田村さんでも来たのかな?」
峰岸が言った。あとこの泉家に来るような人物で考えられるのは、パーティに遅れている彼女だけだしね。
「ん~、それは違うね。ひよりんは三時前に行きますってさっきメールで言ってた」
「え、そうなんだ」
こなたは携帯を見て峰岸に答えた。
「とりあえず、出ないわけにはいかないから悪いけどちょっと行ってくるね」
「わかった、こなちゃん行ってらっしゃい」
こなたもまた部屋から出て行った。


「お姉ちゃん、どうする?今三人抜けちゃってるけどもう始めちゃう?それとも少し待ってからにする?」
「ん~、ちょっと待ってみましょう。もう少しすれば誰か戻ってくるだろうし」
「柊ちゃんの言う通りね」
峰岸以下、ここにいない三人を除いたみんなが私の提案にうなずく。
こうしてゲームは三人が戻ってくるまで中断することとなった。
そのまま何もせずボーっとしてるだけでは場が気まずくなるので、自然と会話が生まれる。
「それにしても柊は大富豪だけじゃなくてUNOも弱いな~」
「あの、みさちゃん、あんまり調子乗らない方が……」
「いやいやあやの、こういうのは弱っちい柊が悪いんだってば」
「おい峰岸、もっとコイツに釘差しといてくれ」
「あはは……」
峰岸は少し困惑したような顔になった。けど、ホントにコイツはちゃんと釘差しとかないとどこまでも調子に乗るヤツだからな。
「でもかがみ先輩……、ちょっといくらなんでも運が無さすぎと言うかなんというか……」
「むう、まさかゆーちゃんにまで言われるとは思わなかったわ」
「いえ!決してかがみ先輩が弱いって言いたいわけでは!」
ゆーちゃんは慌てた様子で両手を広げ、ブンブンと振った。
おそらく本当にそんなつもりは無かったんだろうけど、今その気遣いは心にグサグサと来る。



「それにしても……こなちゃんもゆきちゃんもみなみちゃんも遅いね」
つかさが呟くように言う。確かにこなたが下に行ってからもう五分は経った。玄関にちょっと行くぐらいでそんなに時間が掛かるものなのかしら?
こなたもそうだけど、その前にトイレへ行ったみなみちゃんもみゆきも戻ってこないのはどういうことなんだろう。
「様子見てきた方がいいんじゃねーか?もしかしたら変な業者に絡まれてるのかもしれねーぜ」
「そうねぇ……何かあったのかもしれないわね。私、下行って様子見てくるわ」
「わかりました。じゃあ私達は部屋で待ってますね」
「うん。じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
ゆーちゃんに見送られて、私はこなたの部屋を出た。



踏み出す度にギシギシと音がする階段を降りて一階にたどり着く。
なんつーか、ホントにまともな工事をやったかどうか気になってくるぐらいだ。あちらこちらにボロがある私の家と違い、この家は建てられてから時間がまだそんなに経ったような感じがしないから特にね。
階段を降りきって、廊下を少し歩くと、すぐに玄関に出る。その玄関の前にこなたは結構大きめなダンボールと共に立っていた。
「何やってんのよあんた」
「あ、かがみん」
私の声に反応して、こなたが振り向いた。
「いやね、誰かな~と思って出たら宅配便でさ、この前通販で注文した漫画が届いたんだよね。で、判子押そうと思ってリビングを探したんだけどなかなか見つからなくてさ、みゆきさんに手伝ってもらってようやく見つけたんだよね。
まあそういう訳で少し手間どっちゃってさ、ゴメンゴメン」
リビングの方に目を向けると、みゆきがソファーに座っていた。
目が合って、みゆきはペコリと頭を下げる。
「じゃ、私は二階に戻るから」
こなたはそう言って階段を上っていった。
「みゆきはずっとリビングにいたの?」
私はリビングに入っていき、みゆきに尋ねた。
「はい。降りてすぐにお手洗いに向かったんですが、みなみさんは時間がかかるようでしたので、順番待ちにリビングに居たんです。そこへ泉さんが降りてこられまして……」
なるほど。しばらくトイレが空くのを待っていたらこなたが降りて来て、宅配便の受け取りの時、判子がないことに気づいたこなたと一緒に探してたってことか。
「あれ、じゃあみなみちゃんはまだトイレの中に居るの?」
「そうですね。まだ出てきてないですね」
みなみちゃんがトイレに行ってからもう十分以上は経っている。かなり長いわね。
「かなり時間、かかってない?」
「私がさっきお手洗いに行った時、みなみさんにドア越しに聞いたのですが、お腹が痛いとか言ってましたよ。それでちょっと時間がかかってるんじゃないでしょうか?」
「えっ?そうなんだ」
みなみちゃんが出て行く時、私が見た感じだと別にお腹が痛そうには見えなかったんだけどなぁ……。急に痛くなって来たのかしら?
などとしばらく考えていると、和室の奥にあるトイレの方から水が流れる音が聞こえてきた。
「……すみません、遅くなりました」
少しして、和室からみなみちゃんが謝りながら現れた。
「あ、みなみさん、お腹の具合は大丈夫ですか?」
みゆきはソファーから立ち上がって、心配した様子でみなみちゃんの顔を覗きこむ。
「あ、はい、多分なんとかなりそうです……」
「そうですか。それならいいんですが……」
みなみちゃんは少し恥ずかしそうにしながらみゆきに答えた。そして
「あれ……かがみ先輩はいつの間に……?」
と、トイレに入るまでは居なかった私に気づいて目線を移した。

私はみなみちゃんにここに来たいきさつを、ざっと説明した。
「なるほど、そういうことでこちらに来てたんですか……心配かけてすみません」
「いいっていいって。それより、本当にお腹の調子は大丈夫なの?」
「トイレにこもって、だいぶマシになったと思います」
お腹をさすりながらみなみちゃんは答えた。まあ顔色も悪くなさそうだし、本人がそういうのなら大丈夫だろう。
「……私は部屋に戻りますね」
みなみちゃんはすたすたとリビングを出て、階段に向かって歩いていった。
「みなみさんが出たことですし、私もお手洗いに行かせてもらいますね」
みゆきもまた、トイレに行くため、リビングを出て行った。

私一人だけリビングに残ってもしょうがないし、さっさと部屋に戻ることにしよう……と思ったけど、リビングはかなり寒くて、私もなんだかトイレに行きたくなってきたわね……
そのうちみゆきが出てくるでしょう。そしたら私もトイレに行こう。

リビングで少し待っていると、すぐにみゆきが出てきた。
「あら、かがみさん、部屋に戻られたんじゃないんですか?」
「いや、私もちょっとトイレに行きたくなってね」
みゆきに事情を説明し、入れ替わるように私はトイレに向かった。


トイレに入り、私は中をぐるりと見渡した。
泉家のトイレの内装はなかなか凝っている。
壁にはたくさんの可愛い小物が掛けられていて、棚に掛かってある小さなカーテンも便座カバーもオシャレなものが使われている。
そうじろうさんはともかく、こなたがこういった可愛らしい少女趣味な物を整えるとはあまり考えられないから、おそらくはゆーちゃんの趣味だろう。
ふと、トイレの排水溝の辺りに、トイレットペーパーが二列に別れていくつも積んであるのに目が行った。
棚に置ききれなくなったものがこうして積まれてあるのだろうか?まあいいや。
すぐに気にならなくなって、私は腰を下ろして一息つく。すると、リンゴの香りがふわりと私をつつんだ。
床に置いてあるこの芳香剤の香りだろう。良い香りだなぁ。
でも、きっとつかさの作るアップルパイはこれなんかより、もっともっと良い香りがするんだろう……ああ、ダメだダメだ。想像したらまたよだれが垂れてきた。
私はよだれを拭いて適当に用を足して手を洗い、トイレを出た。


欠陥工事が疑わしい階段を上り、二階のこなたの部屋の扉を開ける。
「おう、柊お帰り」
日下部がとても特徴的な八重歯を見せるように笑って私を出迎えた。
誰も下で何をやっていたか私に聞いたりはしなかった。
こなたかみなみちゃんかみゆきの内の誰かが、私に代わって説明をしておいてくれたんでしょう。

全員が部屋に戻ってきた二時三十分、UNO大会が再開された。
ゲームの詳細を説明するのはもう省かせてもらうわよ。とりあえず、また私が負けたってことは言っておく。

こうして、ゲームを再開してから十分ほどが経った時、異変が起った。
「……!どうしたのみなみちゃん!顔が真っ青だよ!」
突然、ゆーちゃんが驚きの声をあげた。ゆーちゃんの言う通り、みなみちゃんは顔を真っ青にし、体はガクガクと震えている。
「みなみちゃん、大丈夫!?やっぱりまだお腹痛いの?」
今度はこなたが言った。
「……いえ、大丈夫です」
大丈夫だと言いつつも、みなみちゃんのその消え入りそうな声は、ハタから聞いててあんまり大丈夫そうじゃない。
「またトイレに行ってきた方がいいんじゃない?無理はよくないわ」
峰岸も心配そうにみなみちゃんを見ている。みゆきがさっき、みなみちゃんの体調を説明していたみたいなので、みんな事情はわかっているようだ。
結局、みなみちゃんは峰岸の提案に従い、トイレに行くことにした。
心配になったゆーちゃんもまた、みなみちゃんに付き添ってトイレに行こうとしたが、ゆーちゃんに迷惑をかける訳にはいかない、と一人で行ってしまった。


「……みなみちゃん大丈夫かなぁ……」
つかさがポツリと言った。みんなには聞こえなかったのか誰も答えなかった。
なんとなく、楽しい雰囲気が覚めてしまった感じがする。……かといって、みなみちゃんを責めることは出来ないけど。
「……このままだと、みなみちゃんはパイを食べられないんじゃ?」
突然、こなたが口を開き、つかさに尋ねた。
「え、えーと……お腹痛いんじゃ食べられないと思うけど……」
つかさがオドオドとしながら答えると、こなたは口をニンマリとさせて言った。
「……ってことはさ、みなみちゃんが食べれない分、一人当りの量が増えるってことだよね」
「………………!!」
みんなは一斉にこなたの方に注目をした。
「な……!あんた何バカなこと言ってるのよ!!」
私は知らない内に声をあげていた。確かにつかさのパイを食べられる量が少しでも増えることは嬉しい。
けど、腹痛で食べられない人の分をしめしめと食べてしまうことが許されるとは思えない。
私に続いて、もう少し誰かがこなたを責めてもおかしくはないと思った。
が、つかさ除くみんなは、ただ押し黙っているだけで誰も何か言おうとしない。
むしろ、みんなを見てみると、嬉しそうな表情を浮かべている……
まるで、「食欲」と言う名の悪魔に取りつかれたかのように。


その異様な雰囲気に気づいたこなたは、
「ウソウソ、冗談だよ~」
と、焦った様子でみんなに言った。
こなたがそう言うと、みんなは魔法が解けたかのように異様な表情からまたいつもの表情に戻った。
……なんというか、後で食べる時に注意が必要そうね。こいつら、隙あらば容赦無く横取りしてくるに違いない。

その後話題は変わり、みんなで救急車でも呼んだ方が良いんじゃないだろうか、と話し合っていると、例の階段を上る音が聞こえ、そして部屋の扉が開かれた。
「すみません、お騒がせいたしました……」
と礼をしてから、みなみちゃんが部屋に入ってきた。
「お腹の調子は……大丈夫なの?」
ゆーちゃんが当然の反応を示した。他のみんなも同じような反応をしている。
「……うん、もう一度お手洗いに行って、かなりマシになった」
みなみちゃんはゆーちゃんに、極めて変化の少ない微笑みを向けた。
他の人と比べると、あまり元気には見えない微笑みだけど、元々表情の変化に乏しいみなみちゃんが作った笑顔としてはいつもとなんら変わりはない。
どうやら、さっきの青ざめた表情も無くなっているし、本当に調子が良くなったみたいだ。……にしてはえらく帰ってくるのが早かったわね。みなみちゃんがトイレに行ってから五分も経ってないような……
まあいっか。元気になってくれればそれでよしだわ。パーティーも無事続けられるしね。

みなみちゃんが無事に調子を良くしたのをきっかけに、みんなにも笑顔が戻り、再びパーティーも良い雰囲気に包まれはじめた。
その良い雰囲気のまま時間は過ぎて行き、時計は二時五十分を示めす頃になった。
つかさがこの後の準備を始める時間だ。
「そろそろ時間だから、私用意してくるね」
と、つかさはみんなに告げ、時間通りに部屋を出た。
「いよいよだね~」
「そうですね、楽しみです」
「やっと食えるぜ~!」
みんな心待ちにしていたのだろう、話す調子や体の動きの一つ一つから、うきうきした様子が表れている。
もちろん私も私もその内の一人だ。一時間もつかさの絶品アップルパイを食べるのを我慢していたんだからね。
そのうきうきとした雰囲気のまま五分ほどが過ぎた頃、こなたの携帯に着信があった。
「あ、ひよりん家に着いたんだって。迎えに行ってくるね」
着信の後、携帯を確認したこなたはみんなに知らせるように言って、部屋を出て行った。

「すみません!遅くなりましたー!」
「あ、田村さんいらっしゃい」
ほとんど時間を空けずに、元気良く部屋に入った田村さんをゆーちゃんが出迎えた。
が、部屋に戻ってきたのは田村さんだけで、こなたの姿はなかった。
「こなたはどうしたの?」
「あ、先輩ならちょっとトイレ行ってから戻るって言ってましたよ」
私の疑問に、田村さんは簡潔に答えた。
すぐに階段を上る音が聞こえてきて、
「ごめん、トイレ行ってた」
と、田村さんに遅れて、こなたが部屋に戻ってきた。
「……これで、今日の参加者がみんな集ったことになりますね」
こなたも田村さんも腰を下ろした後、みゆきが部屋をぐるりと見渡して言った。
こなた、みゆき、私、日下部、峰岸、ゆーちゃん、みなみちゃん、田村さん、そして今、下で準備をしているつかさ。
みゆきの言う通りパーティーの参加者九人が、三時目前にここ泉家に揃ったことになる。


時刻はもう間も無く三時になろうとしている。
後少ししたら、つかさが準備の整ったことを知らせに来るだろう。
そう思った時だった。





「キャーーー!!!」
突然、下のキッチンから大きな悲鳴が聞こえてきた。
「何、今の……つかさの声?」
「つかさ?まさか!?」
その悲鳴に、私はいてもたってもいられずに部屋から飛び出していった。
「あっ!まってよかがみん!」
こなた以下、他のみんなも私に続くように部屋を出て行った。


一階にたどり着き、キッチンの方を見てみるとつかさが青い顔をしてへたりこんでいた。
「どうしたのつかさ!大丈夫!?」
「あ、お姉ちゃん……今ね、オーブンからパイを取り出そうとしたの。そうしたら……」
つかさはオーブンの方に目を移した。私もそれに習ってオーブンに目を向ける。
すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
オーブンの中にはパイを載せるためのトレイが入っている。
しかし、そのトレイの上にあるべきはずのパイはなく、その代わりにきつね色に焦げたパイの生地がこびりついている。
そして無造作にフォークが一本置かれてあった。
なんてことだ。これは、これは……つまみ食いだ。誰かが……全部食べてしまったんだ!















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  • UNOと言い忘れただけで15枚もw -- 名無しさん (2008-03-29 11:13:07)
  • ほのぼの話GJです。こういう日常でありそうな話がわたしはとても
    大好きです。
    -- 九重龍太 (2008-03-19 00:13:47)

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