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残し物-7

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
「っ……コホ、コホ……」

暖房に熱され乾いた部屋に、時折こなたの咳き込む声が聞こえた。
子供ながらの軽い音をしていて、二三払うと息をついている。
文庫本のページを読み進める私は気になって、ちらちらとその様子を伺ってみる。
テレビに見入ったままの彼女は、肩を小さく上下させていた。


「…風邪、いよいよ酷くなってきたんじゃない?」

私は寝そべっていたベッドに手をついて、小一時間動かさずにいた身体を起こす。
読みかけの文庫本は開いたまま傍に伏せて、長い青髪を纏った背中に話しかけてみた。

少女は然したる反応も示さずにいて、テレビの画面と平行を保っている。
だが不意にもう一つ咳を払うと、ようやく顔を僅かに振り向かせた。


「……そうかな」


昨日の晩辺りからだろうか、こなたは以前に増して咳をするようになった。
時折苦しげに小さな身体を震わせて、吐き出す息は喉を蝕んでいた。
熱っぽい様子は伺えないものの、肩で呼吸を調える様はやはり痛々しく。
また、身体を弱らせた猫のようでもあり、不謹慎にも私の注目を奪っていた。


「何なら私と病院行く? 多分平日は空いてるわよ。」

「い…いいよ、これたぶん風邪じゃないから」

と言って、ふいと前に向き直ってしまう。
小さく2回の咳をついて、むっとテレビの画面を見上げた。
風邪じゃないなら何だと言うのだろう。
とくに医学をかじった事も無い私に、これぞと思いのあたる当てはなかった。



「………。」


代わりにふと、私はある事を推測した。
風邪をひいた事実を隠ぺいし、また否定しようとする幼きこなたの心境を。

これに確信をもつ私は、ほくそ笑まずにはいられない。
ベッドから降りると、ちんまりと座るこなたに這い寄った。

「ねぇ、こなた…。」

「………?」

振り向きもしないこなたの背後につくと、その小さく狭い首元に両腕を通し
頼りもない子供の背中に抱きつき、のし掛かるようにして凭れてやった。

「ひょっとして、病院行くのが怖いのかぁ?」


「……!」

私と頬を隣り合わせるこなたの顔が、ひとたまりもなくカッと赤くなる。
それは図星だからか、身体を密接しているのが恥ずかしいのか。

「ふぇ……ち、ちがうよ……。」

湯気を昇らせてしまいそうなそれは、最早私もテレビも視界から逸れていた。


「じゃあ、どうして嘘までついて病院に行こうとしないのかなー。」

すぐ傍で赤くなった頬をつついてやると、その度に小さく唸って鳴いた。
勿論にゃーと鳴く訳ではないが、戸惑いむくれる猫のようで可愛らしい。

「む……だって、風邪じゃないもん…」

それならと、わめくにゃんこに咳の事を尋ねる。

「米…そだ、米粒が喉にひっかかってるんだよ。」

だとすれば、その米粒はもう腐っているのではないだろうか。




─────


「とりあえず、暫くは安静にしておきなさいよ」

「……むぅ。」

半ば無理矢理ではあったが、無事こなたをベッドに寝かしつけた。
顎の辺りまで布団を被せ、さながら生き埋め状態である。
変わらず部屋は暖房器具が活躍を見せているし、これなら身体が冷える事も無いだろう。
唯一私にとっては、ジト目で見上げてくるこなたの視線が冷ややかだった。


横になったついでに体温を計ったのだが、数値は平熱を若干下回っていた。
熱に苦しむ様子はないように、彼女は発熱しないタイプなのかも知れない。
それでも風邪である以上、対処するに越した事はないだろう。
私はこなたの額を軽く撫でると、何ヵ月かぶりに台所へ向かった。


……………


「えーっと、雑炊…雑炊……」

まな板と包丁を前にしておいて、そっちのけで携帯電話を操作する。
料理らしい料理を手掛けた事も無いので、今更にレシピを検索しているのだ。
とは言え、流石に雑炊も作れないとは我ながら情けない。
我が父や母が知ろうものなら、たちどころに涙してしまうだろう。

「……と、これね。」

材料と、大まかな作り方を掲載したページに辿り着くと
画面を開いたままにして、まな板の傍に置いておく。
私は箇条書きにされたごく数種類の食材を引っ張り出し、調理の準備を整えた。

「………よし。」

グッと包丁の柄を握るその手は、きっと武者震いをしているに違いない。




……………


石油のストーブが、煌々としたオレンジの火を揺らし
充満する暖かな空気は、布団越しにも伝わっていた。
窓の外では小鳥がさえずる。外の寒さを嘆いているのか。
部屋はまるで冬らしからぬ、何とも穏やかな空気が流れていた。


「すぅ……すぅ……」

泉こなたは布団に埋もれ、辛うじて外に出た小さな口で寝息をたてている。
幼い寝顔は安息に満ちていて、さながら部屋の平和を象徴していた。
時折窓から淡い日が射し、彼女の顔を照らしてみれば
霞んだ瞳をうっすらと覗かせ、またふと閉ざして眠りに落ちるのだ。


時間は平穏に経過していた。
ゆるりとした雰囲気、暖かで静かな部屋。
病を患い、床に伏せる少女でさえ恩恵を受け
その様子は柔らかなタッチで描かれている。


『ガッシャーン!!』


けたたましい騒音に、キャンバスは呆気なく破れてしまった。




「ふゎ…!」

驚いて目を覚ましたこなたは、すぐさま音のした台所の方角に目をやった。
生憎木製のドアに隔たれているが、事態は逐一伝わる事となる。

『しまったぁー、お皿落としちゃったわ…。』

「………。」

暫くして、カシャカシャと細かな音が聞こえる。
恐らくは食器の破片を片付けているのだろう。

少女は暫く呆気に取られていたが、やがて小さくため息をついた。


…ボコッ!

『うわぁっ、雑炊が爆発した!』


「……え?」


バコォッ!

『ど、土鍋が真っ二つに!』

ゴォォォ…!

『コンロが、コンロの火がぁ!』

ガッシャーン!!

『だから何で落ちるんだってぇー!!』


耳に入る情報から、台所はさながら地獄絵図と化しているに違いない。
泉こなたは頭まで布団を被り、震える術しか持ち合わせていなかった。


……………


数時間して、ようやくに完成した雑炊をこなたに振る舞った。
苦労してレシピを忠実に再現しただけあって、味見した分にはなかなかの出来だ。
これだけうまく作れたのだ、死んでいった食器たちも報われるだろう。
蓮華を口に運ぶ際、こなたは小さく震えていた。




─────


──昼の4時を過ぎた頃だ。
今は暖かな陽射しも薄らいで、ストーブの熱だけを頼りにしている。
上半身をベッドに寄りかからせていて、敷いた腕に突っ伏した状態で目を覚ました私。
知らずと眠っていた事に、疲労の程を思い知った。

「ん………」

霞んだ視界を指の背で擦ると、目前にこなたの寝顔が映し出された。
横になった寝顔がこちらを向いていて、すやすやと寝息をたてている。
気持ち良さそうな柔らかい表情が、再び私を眠りに誘いそうだ。
未だぼうっとする頭で手を伸ばして、その頬をそっとつついてみた。

「……むぅ…。」


「………」


この子の生み出す、まどろむような空気が好きになっていた。
ふにふにとしたその表情は、ムッとしていても何処か愛らしく
絶えず私は影響されていて、どうにも感情の緩みを制御できないでいる。
それが幾分楽しくもあり、こうして彼女に構ってしまうのだ。


「すぅ……すぅ……」


頬をつつきながら、私はまた腕の枕に顎を落とす。
いよいよ、二度寝への抵抗力を失ってきたのだ。
だんだんと目蓋が下がるのに任せて、私は意識を曖昧にしていく。
今度はとても、心地よい眠りになると思う。



願わくは、こんな毎日の永遠だった。




─────


仕事を終えて帰る途中、珍しい人物と出くわした。
男勝りなボックスカーから顔を覗かせたのは、桃色の髪が上品にウェーブする高良みゆきだ。
彼女も出張先からの帰りであって、珍しくこの辺りを通ったのだ、との事。
立ち話もそれなりに、「宜しければ」といって助手席のドアを開けた。


「悪いわね、こっちだと遠回りになっちゃうけど」

「構いませんよ、私もかがみさんとお話がしたかったものですから。」

そう言って、涼やかな笑顔で私のマンションへと車を走らせる。
紳士で頼れる高良みゆきは、とても男前に映って仕方がなかった。


……………


然して長くない道程の間、私もみゆきも世間話に口数を費やした。
挨拶代わりの時事問題に始まって、仕事のことやこなたの事。
みゆきは8割方聞く側に回り、節目を見つけて「~といえば」と話題を広げた。
気のおけない友の見本となるような存在であり、私はとても落ち着くのを感じていた。


次第に建物がまばらになってきた辺りで、みゆきは何度目かの話の切り替えをした。

「そう言えば、岩崎みなみさんを憶えていらっしゃいますか?」

人影もない道路を見据えたままで、横顔に街灯の明かりが走っていた。

「確か……私達の2つ下の娘よね。」

みゆきは小さく「はい」と頷いた。

「でしたら、彼女の実家で犬を飼っていた事はご存知ですよね」

言われれば、そんな話を高校時代にした気がする。
確かシベリアンハスキーとか言う大型犬で、彼女…岩崎みなみにひどくなついているとか。
普段クールな彼女がその飼い犬を枕に寝ていた所、みゆきのおばさんが目撃して……何とも懐かしい話だ。


「その犬がどうかしたの?」

私は再び、あくまで運転に集中するみゆきを見る。
少し見通しのよい道路に入ると、みゆきはチェンジレバーを一つ上げた。


「……実は、先月から行方が分からなくなっているんです」

トーンの落ちた声は、軽いエンジン音とは対照的だった。




「あ……そう、なんだ」

私も何処か目の下がる思いで、自然と前に向き直った。
みゆき程に交流があった訳ではないけど、やはりそういった類いの話は他人事でも気が沈む。
無表情に近い彼女の顔が歪む所は、あまり想像したくはなかった。

「老犬でしたので、悟る所があったのかも知れませんね…」

みゆきが、そうポツリと呟いた。

曰く、衰えゆく身体に己の死期を悟ったのではと言いたいのだろう。
飼い主を悲しませないよう、朽ちる様を見せまいと姿を眩ませる。
時たまに聞く、しかし俄に信じがたくもある話だった。


~~~~~

『…犬や猫は、なついていても
突然主人の前から姿を消してしまう事があるらしいね』

『………』

『そういう事なんじゃないかと、俺は思ってるんだ。』

~~~~~


「………」

幾本の街灯をくぐり抜ける車は、ゆらゆらと背中の色を変えた。


─────


部屋に帰ると、こなたは朦朧(もうろう)としていた。

咳も、息を荒げる様子も
昨日より目に見えて酷くなっている。
ベッドのシーツを握り締めて、力なく離してしまった痕がある。
布団も被らずに仰向けで、額に腕をあて熱い吐息を漏らしていた。

「待ってなさいよ、今救急車呼──」

携帯を耳元にかざそうとした腕を、精一杯伸ばした手によって掴まれた。


「……お願…い、へーき……だから……」


声を絞り出し、必死に訴えてくる少女。
憶測に過ぎない事を、私は今度こそ確信しようとしていた。













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コメント:
  • 続き読みたいです。 -- 名無しさん (2014-12-28 22:27:28)
  • 半年振りに読み返しましたが面白かったです。
    やはり続きが気になります。
    生存報告だけでもしていただけるとありがたいです。 -- 名無しさん (2009-06-19 23:16:38)
  • 投稿された日からずっと続き待ってます!! -- 名無しさん (2008-11-13 20:50:32)
  • 終わりなら終わりと宣言してほしい -- 名無しさん (2008-11-09 22:51:56)
  • 続きが…読みたいんです…… -- 名無しさん (2008-11-09 21:06:19)
  • いよいよ見え隠れしていた不穏な影(死?)が表に出てきて、こなた自身どうなるのか?そしてかがみは?
    といったところで終わっており、想像をかき立てられます。
    個人的に、今までのかがみとこなたの母子のような関係の結末を見たいので続編を期待してします。

    蛇足ですがこのシリーズのかがみは、しっかりもののキャリアウーマンで仕事が出来き、かつ面倒見が良く、
    やさしい性格の部分が強調されつつも、この話のように雑炊を作ろうとして食器・土鍋をご臨終させたり
    する様な抜けたところもあり、格好よさとともに非常にかわいらしいところもあって大好きです。 -- 名無しさん (2008-10-13 14:21:48)
  • 続きが欲しい・・・ -- 名無しさん (2008-09-04 03:46:07)
  • ぜ、ぜひつづきをおおお -- 名無しさん (2008-05-26 23:33:04)
  • つ………つ………
    続きが気になるーーーー!! -- 桜花 さくら (2008-05-08 17:50:45)
  • こなたの死が明白に暗示(要するに明示かwww)してあることで完結でいいのかな?作者さんのコメントをいただきたいところです。 -- 名無しさん (2008-05-06 22:56:43)
  • よろしければ続きをお願いしますm(__)m -- ハルヒ@ (2008-05-06 01:26:39)
  • 続きを読みたい話No.1ッス!! -- 名無しさん (2008-04-23 22:50:42)
  • うおぉぉお…グッジョブです!とても読みやすくて良い文章ですね。
    気が向いたときにでも続きを〜!
    -- 名無しさん (2008-04-13 16:57:46)
  • 続きか気になる -- 名無しさん (2008-04-13 04:13:41)
  • 続き楽しみにしています! -- 名無しさん (2008-01-27 11:59:50)
  • 続きがあるのなら期待して待ってます! -- 名無しさん (2008-01-23 20:40:23)
  • これで完結なのでしょうか -- 名無しさん (2008-01-15 23:59:01)
  • とてもGJですw
    めっちゃ続き楽しみにしてますwww -- 名無しさん (2007-12-26 02:50:47)
  • 続きをお待ちしてます -- 名無しさん (2007-12-25 00:56:03)

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