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届いたとしても

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 しっかり考えて行動しないと後先取り返しのつかない事になるのは分かりきっていた。
 それでも我慢出来なくなって。
 自らの欲望に身を任せた結果が最悪の形となってこなたと私の心に傷を残した。





 届いたとしても





 どのくらい走っていたのだろうか。心拍数は平常の倍速ぐらいの速さで肺は焼け付くように痛み、呼吸はかなり荒くなっていた。
 それでも私は足を止めなかった。足が地面を強く蹴りだす度に雨上がりの帰り道は泥水が跳ね、一部が革靴や白色のニーソックスに飛び散る。
 大分前からこなたが私を追ってきていない事は分かっていた。それにもしそうなら私の脚力では振り切れそうにないだろう。
 私はこなたから逃げているのではない。
 私の心の中で止め処なく増幅する不安や焦り、罪悪感といったものから逃げようとしているのだ。
 どれだけ長く走っても、どれだけ速く走っても逃げようはないのに。逃げたら全てを失ってしまうのに。
 そんな事、痛いくらい分かっているのに。
 人目も気にせず走り続ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 家に着いた頃には、喉はカラカラに渇いており全身の至る箇所の関節が苦痛の声を上げていた。
 軋む身体を気力で動かし玄関の前に移動してドアノブに手を掛ける。幸いにも鍵は開いており他に無駄な動作をせずに済んだ。先に帰っていたつかさのミスが今は有り難い。
「はぁ……ごほごほっ!」
 呼吸を落ち着けようと大きく息を吸い込んだが、逆効果だったのか途端にむせ返ってしまう。雨に打たれたがまずかったのか頭がくらくらして意識の確立がままならない。
 早く休みたい。今の私には休息と冷静になる事が必要だ。己の欲求を満たすべく私は自室へと疲労の所為で重い足取りで向かう。
 つかさは私の言った通り勉強しているのか居間には姿が見えなかった。他の家族はまだ帰宅しておらず、私が部屋に入るまで誰とも会う事はなかった。余計な心配は掛けたくないし今の私ではまともに会話を成立させる事さえ難しいだろう。
 一安心して自分の部屋に入る。鞄を床に放り投げ倒れ込むようにベッドに身をあずけた。
「はぁ……」
 これで何度目の溜息になるだろうか。疲れていると思っていたのに不思議と目が冴えている。
 私はこなたに告白した。しかし未だに実感が湧かないでいた。
 何かが違う。何かが足りないのだ。
 その隙間を埋める何かはすぐに見付かった。こなたの返事だ。こなたが私をどう思っているのかを聞かせて貰っていない。
 しかし違和感の正体はそれではなかった。そう考えてから重大な事に気付く。
 返答を聞く前に逃げ出したのは他ならぬ私だという事に。もし断られてしまったらという恐怖感を目前に逃亡してしまったのは私だ。
 それなのに私は、こなたに告白したと勘違いしていた。自分の気持ちを伝えただけで満足してしまっていた。
 こなたの返事を聞くのが怖かった。
 私は告白なんかしていない。自己満足の為、自分の気持ちを強引に押し付けたに過ぎない。
 自責の念が身体の奥底から込み上げてくる。
 涙腺が決壊した。
「うぁ……」
 声にならない嗚咽が喉から漏れる。
「うぁぁぁ……!」
 私は枕に顔を埋め、泣き叫んでしまいそうな衝動を抑えるのに必死だった。

「ねぇかがみ」
 こなたの声が聞こえる。
 私はこなたと並んで人通りの多い街道を歩いていた。不思議な事にあれだけ痛みを発していた身体はすっかりと健康な状態に戻り、疲労感も吹き飛んでいる。
 服装も胸の辺りに黄色のリボンが付いた服にジャケットを羽織り、お気に入りのミニスカートといつの間にか着替えていた。
「何?」
 私は茶色のラインをあしらったジャージに膝下丈の短パン姿のこなたの方を向いて言った。繋がれた手に込められた力が強くなる。
 こなたは笑っていた。
「かがみはどうして私の事好きになったの?」
 何だか少し違和感を覚えたが、あまり深く考えない事にした。
 はっきりとした理由なんてない。知り合ってから時間を共有していって、気付いたら想いを寄せていた。言葉にするのは難しい、一種の感覚的なものなのではないだろうか。
 こなたの優しさ、儚さ、強さ。良い面も悪い面も全て含めて泉こなたという人間が好き。
 明確な理由なんて必要ない―――
「おい見ろよ、女同士で手繋いでるぜ」
「えー?もしかして彼氏いないのー?」
「あれがレズってやつかよ」
 そうこなたに伝えようとした時、見知らぬ通行人の声が聞こえた。
 私の芯の弱さや思い込みが作り出した幻聴かもしれない。だがすれ違う人々から送られる冷たい目線は私の勘違いではなかった。
私は……」
 不意にこなたが私の返事を待たずに口を開いた。
「かがみとこうなって、後悔してないとは断言出来ない」
 胸に大きく痛々しい刺が突き刺されるとほぼ同時に、広がっていた街頭の景色が色を失った。広がるセピア色の世界は瞬く間に漆黒の色に染まっていく。
 空間の崩落が始まった。静寂の中音もなく崩れ落ちる世界。
 私とこなたを繋ぎ止めていた手が離された。笑顔を失ったこなたによって。
 私の中で何かが砕けた。
「……こなたっ」
 私は温もりが消えた手を必死に動かそうとした。しかし身体が言う事を聞かない。ピクリとも動かないのだ。
 どんどんと離れていくこなたは微かな光を纏っていた。その姿はやがてぼやけていき、周囲の時空も歪み始める。
 苦しそうな、私を恨んでいるような表情でこなたの身体が背景の闇と一体化していく。
「こなた!こなたぁ!」
 私の叫び声は何の意味も持たなかった。
 廃墟のような世界が反転する―――

「こなたっ!」
 ―――私は叫びながら上半身を起こした。周囲を見渡せば窓、机、扉。服装は気合の入った外出用の私服ではなくセーラー服。
「……夢か」
 目が覚めた今思い返せば幾らでも不自然な点は思い当たった。
 そこまで気が回らなかったのか、正夢を見ているようで認めたくなかったのか。
 今となってはどうでも良い事だ。今も思考力が低下しているらしく考える気にすらなれなかった。私はベッドから降りようとしたが……
「あいたたた……」
 全身に激痛が走った。仮眠を取る前の気だるさはなくなっていたが筋肉痛はまだ治っていないようだ。
 動けないと思うと一気にだるさや面倒臭さが私を支配する。結局ベッドから降りるに降りれず、私は上半身だけ起こしたままボーっとしていた。
「お姉ちゃん?」
 廊下から妹の声がする。
「何?入って良いよ」
 私がそう答えると、控えめに扉が開かれてつかさが室内に入ってきた。
「お姉ちゃん、何かあったの?こなちゃんの名前、凄く叫んでたけど」
「え!?」
 私の寝言は思ったよりも大きく、勉強中のつかさにも筒抜けだったらしい。
「えっと、ちょっと電話しててね、それでヒートアップしちゃったのよ」
「そうだったんだ」
 誤魔化せるか誤魔化せないかギリギリのレベルの嘘だったが、それでもつかさは納得してくれたようでそれ以上の追及はしてこなかった。
 ごめんねと心の中でわざわざ心配してくれた心優しき妹に謝る。
 本人にもちゃんと伝えていない想いをまだ言うわけにはいかない。
 私がもう一度、ちゃんとこなたと向き合って、想いを伝えたら―――
 つかさにも、勿論みゆきにも全てを伝えよう。私は心の中で誓った。
「それよりもつかさ、あんた私に用があって来たんじゃないの?」
「あ、うんっ。ちょっと分からない問題があって……」
 私は椅子に座るようつかさに促して、持ち込まれた数学の問題集のチェックが付いた設問に目を通し始めた。

「つまりこれは相加平均と相乗平均の関係を使うのよ」
「へ~、さっすがお姉ちゃん」
 その台詞はもう聞き飽きたわ。私の解説に偶に相槌を打ちながら問題が解けるごとに感嘆の声を上げるつかさ。本当に理解しているのかどうか心配になる。
 つーかどんだけチェックマークがあるんだ。数問かと思っていた私の予想と現実は掠りもしなかった。
「本当に理解してんの?」
「えっ!?いや、少しは……」
 その少しがどれぐらいなのかは分からないが一応理解はしているらしい。
「……ちゃんと後で復習しとくのよ」
 私はそう釘を刺して問題集の頁を捲ると、次のつかさが出来なかった問題を探す。
 うわ、応用問題は半分以上チェックじゃない。まぁ基本であれだから仕方ないか。
「この問題はね……」
 自分の復習や確認にもなると思って、私は一問一問丁寧に説明していく。
「つかさー、かがみー、ご飯よー」
 リビングの方から聞こえる、私達を呼ぶお母さんの声。
「もうそんな時間か」
 時刻を確認すると七時を回っていた。
「続きは夕飯の後ね」
「うんっ」
 つかさに続いて私も自室を出て、他の家族が集まっているリビングへと向かう。
 そうして普段通りに食事を済ませた。会話に支障も来さなかったし何ら普段の食卓と変わりはなかった。こなたはちゃんと美味しく食事を取れているだろうか。
 夕食後、残った問題を片付けて違う教科の勉強を少しやり、入浴を終えて就寝まで読み掛けのラノベを読み進める。欠伸が出始めた頃にそろそろ寝ようと本日二度目のベッドに横たわった。
 明日に備えて寝るべきなのだろうが、全く眠気は襲ってこなかった。今日の事、明日の事、そしてこれからの事を考えるとどうしても身体が寝る事を拒否してしまう。
 でも私には、自分の気持ちを伝える事しか出来ないのだ。
 だったら―――
「あれこれと考える事ないわね」
 私は色々と交錯する想いを断ち切るように呟いて布団を被った。
 明日する事は決まっている。なら迷う事はない。
 その結果がどうなるかは分からない。ならその後の事はその後考えれば良い。
 気持ちの整理がついた私は次第に瞼が落ちていった。

「こなちゃん遅いね」
「そうね」
 翌朝、私とつかさは駅でこなたの到着を待っていた。待ち合わせの時間はもうとっくに過ぎている。
 もしかして、避けられてる?私の頭をそんな疑問が過る。
 あり得ない事もないだろう。そうなってしまいかねない事をしてしまったのだから。
「お姉ちゃん、もう電車来ちゃうよ」
「しょうがないわ、私達だけで行きましょう」
 一体どうしたというのだろうか。こなたに何かあったのだろうか。
 原因が私じゃない事とこなたの身に何もない事を祈りながら、私は電車に揺られて学校に向かった。
「じゃ、また昼休み」
「うん、またね」
 学校に着きつかさに別れを告げると私は自分の教室に向かった。クラスメイトと軽く挨拶を交わし机のフックに鞄を掛ける。
 ―――こなた、本当にどうしちゃったの?
 その事しか考えられなくなり、私は携帯を取り出して電話帳を開いた。そこからこなたのメールアドレスを引っ張り出しそれに宛ててメールを作成する。
『今日休むの?』
 あまり長ったらしく文章を書くのも気が引けたので、短い言葉で話の旨だけを伝えるメールをこなたの携帯に送信した。すぐに返信が来るはずもないから私は一時間目の準備に取り掛かる。
 休み時間、携帯を確認するが新着メールはなし。次の休み時間も結果は同じだった。
 これはつかさに聞くしかないか。別れ際に昼休みにと言ってしまったが、私はつかさの所属するクラスに足を運ぶ。
 授業で分からないところでもあったのだろう、つかさはみゆきの席にノートを持っていって何かを聞いているようだった。
 やはりそこにこなたの姿はなかった。教室内を見渡しても蒼い長髪の女子生徒の姿は見当たらない。
「あ、お姉ちゃん」
 出入り口付近で突っ立って考え事をしていた私に気付いたらしく、つかさはみゆきと一緒に私の方に歩いてきた。
「こなたは?」
 ほぼ確信していたが念の為確認する。
「今日は休みだって」
「先生のお話によりますと風邪を引かれたようで」
 みゆきが委細を説明してくれた。風邪という事は恐らく昨日の雨に濡れたのが原因だろう。
「そう、ありがとう」
 私はそう言って教室から離れていった。
 私の所為だ。こなたは否定してくれたけど私はそうとしか思えなかった。
 単にそれを理由にこなたに会いたいだけなのかもしれないけど―――
 私は自分の教室に帰ると、荷物を持って下駄箱を目指した。
 こなたと向き合う為、授業中の学校を一人抜け出す。
 待っててこなた―――





 二人の証に続く














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  • (≧∀≦)b -- 名無しさん (2023-04-06 04:15:42)
  • この作者さんは、天下の鬼才ですね!
    -- チャムチロ (2012-10-16 22:33:52)
  • この小説神だよ兄貴!! -- ドズル・ザビ (2009-04-14 20:34:34)
  • ははは、読める!読めるぞ! -- ムスカ (2008-08-06 04:03:45)

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