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交錯する気持ち

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 恋に障害は付き物とは良く言ったものだ。
 特に女同士の恋なんて茨の道になるに決まっている。
 それでも私を愛してくれたかがみと離れるつもりは、決してなかった。





 交錯する気持ち





 私とかがみが付き合いだしてから一ヶ月は経っただろうか。それを記念して、というわけではないが、私達は休日を丸一日費やして海に来ていた。
 夏にはかなりの人でごった返すであろう砂浜も冬となれば人気はまばら、辺りを見回しても私達以外の人影は殆どなかった。
 ここまで来た甲斐があったな、と彼方まで広がる蒼を見つめながら思う。
 海を見たいと言ったのは私で遠くまで足を伸ばそうと言ったのはかがみ。
 以前私の家の近くの商店街を一緒に歩いた時、かがみの何も握っていない手が寂しそうに揺れていたのに気付いた。それを察する事が出来たのは、恐らく私も同じだったから。
 しかし知人の誰かに見つかったらどう噂になるか分からない。私達を仲の良い友達と解釈する人もいればもしかしたらこの関係を見抜く人もいるかもしれない。
 そう危惧したのであろうかがみは、電車で片道約一時間程離れた海岸をデートの場所へと選択したのだ。これなら知り合いに見つかる事もないだろう。
 本当は地元の街を練り歩いたりしながら手を繋いだりしたいのだが、それはまだ叶えられない。
 それは、私達の関係が皆に認められてから。それまでは―――
「ねぇってば」
 私の思考を急停止させたかがみの声に気づいてその発信源へと向き直ると、かがみが私をじっと見つめていた。
「何?」
「私の話、聞いてた?」
 どうやらかがみは私に何かを話し掛けていたらしいのだが、物思いに耽っていた私には届いてなかったという事を投げ掛けられた台詞から瞬時に読み取る。
「ごめん、聞いてなかった」
 幾ら意識ここにあらずといった状態でも、かがみの話を聞いていなかった事には変わりはないのだから、非は私にあるわけだ。
「いや、何も言ってないんだけどね」
 それを認め素直に謝ったがかがみは軽い口調でそう言ってのけた。
 からかわれているようで私は軽く気分を悪くしたが、その後にかがみの無邪気に笑った顔が私の目に飛び込んできたからそれは見事に相殺された。むしろプラスになったといっても過言ではない。
「冬の海って初めて見たけど、綺麗だね」
 私は打ち寄せる波間を見遣った。するとかがみも倣うように私と同じかそれに近い箇所へと目を向けた。
「そうね、私も初めて」
 灼熱の太陽が照りつける真夏日に見た、記憶上の景色とは全く違って映る目の前の海辺。
 何処が違うのかと聞かれれば明確な答えは出せないかもしれないが、感覚的な違いを感じさせる風景を、私はかがみと一緒に眺めていた。

「かがみ、手……繋がない?」
 言い方が少し控えめになったかもしれない。紅潮する頬は気づかない振りをする。
「うん」
 断る理由がない、むしろ大歓迎であるとでもいうように、かがみは即行で了解の返事をくれた。しかし、それでもまだ恥ずかしさが残る私は少しずつ手を伸ばす。
 見られているわけでもないのに、外だと妙に羞恥心が込み上げてくるのはどうしてだろう。自分の部屋で二人きりだと平気なのになぁ―――
 そんな事を考えていると、かがみが私の指を絡め取った。
 伝達してきた穏やかな温もりに、冷えきっていた私の手はすぐに夢心地となった。同時に心の中の悩みも吹き飛んでいく。
「暖かい……」
 やっぱりかがみに触れられるとドキドキする。私を性的な意味で可愛がってくれる時の感覚も好きだが、やはり一番好きなのはこのかがみ特有の温もりだ。
 その時私は、指に何か冷たいものが触れたのを感じた。
 見なくともそれが何かは分かる。
「かがみ、指輪してくれてたんだね」
 今になって気づくのは迂闊だったが、私は嬉しい気持ちでいっぱいになって言った。
「当然じゃない」
 かがみが優しく微笑む。金属の感触が何故か暖かい。
「こなた。私達は付き合ってるのよ?」
 かがみが分かりきったことを確認するように聞いてきた。
「へ?うん」
「だからその、遠慮とかしなくて良いのよ?」
 何だかこなたはそんな感じがしたから、と付け加えるかがみ。
 どうやらかがみは私が恥ずかしくて大胆な行動に出ないのを、何かに遠慮しているからと勘違いしたらしい。
「遠慮なんかしてないよ。ただちょっと……恥ずかしいだけ」
 それは違うと伝えたいだけなのに、最後の方は何故か声が出てくれなかった。尻すぼみに声量が下がるのが何だか恥ずかしくて、私は目を逸らしてしまう。
「でも今日は誰もいないし……」
 しかしかがみの表情を見る限り、私が遠慮をしているのではないと理解したようだ。
 向き直ってそう確信した私は安堵の気持ちを伝えるようににっこりと笑った。
「遠慮なくかがみを独り占めしちゃおっかな」
 私の言葉を聞いたかがみの身体が一瞬ぐらついたように見えたけど、すぐに持ち直したので忘れる事にする。
 かがみはここのところ頻繁に、私の言動を見ては足から崩れかけたりと危なっかしい様子を見せるのだが何故だろう。
 前に考えても分からなかったから今は気にしないようにしているんだけど。
「かがみ」
「こなた」
 お互いの名を呼び合って、温かい何かを得る。
「キス、して」
 先程は疑問形で言った私だったが今度は自分の宣言通り、遠慮は完全に排除した。
 かがみは頷いて、壮大な夕日を背景に私の唇を奪った。
 舌で余す事なく唇を舐め回され、続いて口を押し開かれ口内に侵入してきたかがみの舌に歯茎を存分に堪能される。
「んっ……」
 相変わらず私は受身だったが、そんな事気にならないほどにかがみは私を求めてくる。私はそれが嬉しかったし何より自分も良い気分だった。
 舌と舌が絡み合うと弱い電流が走った。
「あふっ……」
 かがみも同様の現象が起きたらしく声を上げた。
 濃厚なキスをもっと続けて欲しかったが息継ぎの為か、かがみは触れ合わせていた唇を離す。
 唾液で生成された、透明で光を反射する糸が未練がましく私とかがみを繋いでいた。

「かがみ、今日帰り家に来て欲しいんだけど」
 二人きりの散歩や会話を楽しんだ後、私は今朝から話そうと思っていた事をかがみに言った。
「良いわよ」
 かがみは二つ返事で了承してくれた。
「ゆたかちゃんに話すのね」
 私の言葉に少し重さを感じたのか、かがみも少し神妙な雰囲気を纏った。隠す意味も理由もないから静かに頷いてかがみの言葉を肯定する。
 今や家族も同然の従姉妹のゆーちゃん。お父さんに打ち明けた時、ゆーちゃんは不在だったから私達の関係を知らないだろう。他の人みたく薄々気づいているのかもしれないけど。
「きっと大丈夫よ」
 まだ不安が残る私の胸中を察したのか、かがみが私の頭に優しく手を置いた。
 流れ込むように、私の身体に温かいかがみの気持ちが溢れる。
「さ、そろそろ帰りましょ」
 かがみが私に手を差し伸べた。
「うん、そうだねっ」
 私はその夕焼けに映える綺麗な手を精一杯の笑顔で握ると、勢い良く駆け出した。
 駅まで一度も振り返らなかったのは、熱くなり始めた目頭を知られたくなかったから。

 冬にもなると太陽が仕事を終えるのも大分早くなる。時刻は五時を回ったぐらいだろうが空には漆黒の色が滲み出ていた。
「結構遅くなっちゃったね」
 暗くなった空を見上げる私。
「ちょっといちゃつきすぎちゃったかしらね」
 街道沿いの明かりに照らされたかがみが楽しそうに言った。からかうような口調で私の反応を期待しているのかもしれない。
 しかし私も人間、学習する生き物だ。そう何度も同じ手段に同じ反応を返すわけではない。
「私はもっといちゃつきたかったけど」
 思いっきり口元を緩めてそう返す。
「続きはベッドの上で良いでしょ?」
 しかしかがみは表情を変える事なく、にやけたまま答えた。脳内に自室のベッドで身体を重ね合わせる、私達の姿が瞬く間に思い浮かぶ。
「なっ、ななななな……」
 特別な思い入れがあるわけでもないのに一文字をひたすらに繰り返す私。顔が真っ赤になっているのが手に取るように分かる。
「あははっ」
 かがみが含み笑いのような顔を破顔させた。
「むぅ~……かがみの意地悪ぅ!ツンエロ!」
 おちょくられている事を再認識すると無性に腹が立ち、私は腕を振り上げた。勿論本気で怒っているのではない事をかがみも分かっているのだろう、謝罪などは一切なしで楽しそうに笑っている。
 私もそれにつられて笑う。
「ほら、いつまでも拗ねてないで行くわよ」
 そう言って私を先導するかがみだったが―――
 今度は手を差し出してはくれなかった。
 了解していた事ではあるのだが、どうしても数時間前のかがみの姿と被ってしまい、寂しさを覚えてしまう。
「ま、仕方ないよね」
 しかし、ここで私が駄々を捏ねてもかがみを困らせるだけだ。
 誰にも聞こえないように呟いて、孤独感を胸の奥へと閉じ込めると私は歩みを速めた。
「もう少しの辛抱だよ」
「ん?何か言った?」
 自分にだけ聞かせるつもりだった声がかがみにも届いたらしい。何を言ったかまでは伝わっていないようだったが。
 かがみの手が何かを求めているように宙を彷徨っている様子を見て―――
「ううん、何でもないっ」
 私の心は快晴となった。

「たっだいまー」
「お邪魔します」
 来客者を告げる音に続いて私の声、そして礼儀正しいかがみの声が我家の玄関に響く。
 時刻を確認すると既に七時前、通りでお腹が煩いわけだ。
「かがみ、ご飯食べてく?」
「良いの?じゃあご馳走になろうかしら」
 人間の三大欲求には逆らえない、というか逆らうつもりはないのだろうかがみは嬉しそうに微笑んだ。それが疲れている私を台所へと向かわせる原動力となる。
「おー、二人ともお帰り」
「お邪魔してます」
 居間に入るとパソコンの画面と睨めっこをしていたお父さんと目が合う。かがみが頭を下げるとお父さんは笑顔で応えた。
「ただいま、すぐ夕飯作るからね」
 前半はお父さんに、後半は二人に向かって言った。返事を確認してから私は冷蔵庫を開く。中の食材と相談した結果、今日の夕食はハンバーグとポテトサラダに決定した。

「あ、お姉ちゃんお帰りー」
 食事の仕度が完了したのを見計らったかのように、ゆーちゃんが自分の部屋から居間へとやってきた。
「おおゆーちゃん、ただいま」
 飛び込んできた明るい声とその持ち主に応えながら、私は麦茶を冷蔵庫から取り出す。それを机の上に運び、今度はコップを出すべく食器棚へと舞い戻る。
「あ、柊先輩いらしてたんですね」
「こんばんは、お邪魔してるわ」
 恐らく家の方に連絡を入れていたのだろう、携帯を操作していたかがみがゆーちゃんと言葉を交わす。
 これから重大な事をしなければならないのだが腹が減っては戦は出来ぬ、その前に腹ごしらえだ。私は両手に人数分のガラスコップを持ち、出来立てのハンバーグがメインとなって彩る机へと向かった。
「さ、ご飯にしよう」
 私の言葉を聞いてかどうかは分からないが、お父さんもパソコンを閉じてこちらへのそのそと歩いてきた。
「いただきまーす」
 リビングに四人の声が重なって響いた。
 それからは楽しい会話が弾み、のどかな感じで夕食の時は過ぎ去っていった。
「ご馳走様」
 そう言って一番に席を立ったのはお父さんだった。
「いつになく早いね」
「ちょっと原稿が遅れ気味でな、本当はもっとゆっくりしたいんだが……」
 お父さんの返答の後半に詰まった真意は分からない振りをする。
「お皿は私が下げといてあげるよ」
「すまんな」
 お父さんはそう言い残して歩き出した。自分の部屋に篭って集中するのだろう、
ノートパソコンを抱えて居間を出て行く。
「おじさん、忙しそうだね」
 ゆーちゃんが手を止めて口を開いた。
「いつのまにかギャルゲやってたなんて事にならなきゃいいんだけど」
 何の心配をしているんだとでも言うようなかがみの目線が私に向けられたが何となくスルー。気分転換とか言い訳して本当にやりかねないんだって。
 残った私達三人は楽しくお喋りしながら食事を終えた。普段なら洗い物を済ませるところだけど今日は大事な用事がある。
「ゆーちゃん、実はゆーちゃんに言っておかなきゃいけない事があるんだ」
「な、何?」
 珍しく真剣な表情を見せたからか、同時にかがみにも目を向けられたからか。
 ゆーちゃんはちょっと怯えた様子で聞き返してきた。
 私は大きく息を吸い込む。
「実は私達、付き合ってるの」

 話を聞き終えたゆーちゃんは他の人達とは違う反応を見せていた。
 何も言わずに、目には見えない空気しかない空間をただぼんやりと眺めていた。放心状態といった語がまさに適切だろう。
 それだけ衝撃が大きいのだろうか。
 私は居たたまれない気持ちになって口を開く。
「ごめん」
 まず出てきたのは謝罪の言葉。しかしそれを聞いてもゆーちゃんは微動だにしなかった。
「ゆーちゃんを騙すつもりはなかったんだよ。でも」
「やっぱりそうだったんだね」
 ずっと無言で私の話を聞いていたゆーちゃんが突然私の言葉を遮った。
「やっぱりって……分かってたの?」
 かがみの問い掛けにゆーちゃんは静かに頷く。
 確かに付き合い始めてからかがみの事を話す機会が多くなったりはしたが、私達は相当分かりやすい性格をしているらしい。
「私が気付いたのは一ヶ月程前かな」
 不意にゆーちゃんが語り始めた。そんな早い内に気付いていたのかと驚きと同時に、私の事を良く見ているなと関心の気持ちも抱く。
「お姉ちゃん達はその頃から付き合ってたの?」
「うん」
「じゃあ何でもっと早く教えてくれなかったの?」
「それは……」
 ゆーちゃんの問い詰めに私はすぐに返事をする事が出来なかった。上手く説明出来そうにないと思ったのもそうだが、話せば話すほど、底の見えない沼に足を踏み入れるように言葉の真実性を失ってしまう気がした。
 かがみも同じ気持ちらしく、何も言わずにスカートを強く握り締めている。
「早く話してくれれば、もしかしたら二人を素直に祝福出来たかもしれないのに」
「…………」
 ゆーちゃんの言葉が正しいからだろうか、私達は咄嗟に言い返す事は出来ずずっと押し黙っていた。
「遅かったの。何もかも」
 呟くようにゆーちゃんが胸中を漏らす。
「私が真実を知るのも」
 ゆーちゃんが私を潤んだ目で見てきた。
 それで私はようやく―――
「私が想いを伝えるのも」
 ゆーちゃんが私を祝福出来ない理由を悟った。

 ゆーちゃんが私に好意を抱いている。これは慢心でも何でもない、今間接的に告げられた間違いない事実。
 告白するのがこんなに遅くなければ、ゆーちゃんは苦しまないで済んだかもしれない。私の決断の遅さがゆーちゃんの心を締め付けてしまった。
 最も身近な家族の一員であるゆーちゃんには理解して貰いたかったのに。
 もうそれは叶わないのだろうか。
 ―――心に鬱積して膨れ上がる不安が。
「もっと早くから確信してたら諦めれたかもしれない」
 ―――それに気づいてやれなかった不甲斐なさが。
「今更膨れ上がった気持ちを消すなんて出来ないよ」
 ―――早く伝えれば良かったという後悔が。
「どうして……ずっと隠してたの?」
 全てが自責の念となり、私に襲い掛かる。
 私達はゆーちゃんの質問に答える事は出来なかった。食事時の賑やかなリビングは嘘のようにその姿を消して、代わりに重苦しい空気がいつまでも居座っている。
 かなりの時間が経っただろうが、私達は何一つ分かり合えないままだった。悪戯に過ぎ行く時を刻む時計の音が酷く耳障りだった。
「いい加減、お風呂入らないと……」
 ゆーちゃんがおもむろに立ち上がる。
「ゆーちゃんっ、待ってよ!」
「ごめんお姉ちゃん」
 虚ろな表情のままゆーちゃんが呟いた。涙を溜めて揺らめく瞳はまるで、不安定な情緒を示すようだった。
「……少し時間が欲しいの」
 確かにゆーちゃんの言う通り、今はとても会話を成立させられる状況ではない。ここは時間をおいてまた話をした方が良いのかもしれない。
「……分かった」
 そう思った私は弱く頷いた。
「じゃあ私、部屋に……」
 瞬間、ゆーちゃんの身体が揺らいだ。
「ゆーちゃんっ!」
 私は急いでゆーちゃんの身体を抱き留めた。かがみも慌てて駆け寄ってくる。
 熱があるのだろうゆーちゃんの顔は火照っていて、見るからに気だるそうだった。
「ごめんね……」
 ゆーちゃんは力なく言った後、余力を振り絞るように体勢を元に戻した。
「ゆたかちゃん……」
 かがみが心配そうな顔になるが、ゆーちゃんは目線を合わせない。
「大丈夫……?」
「うん……」
 素っ気なく答えて、ゆーちゃんは覚束ない足取りで居間を後にした。
 私達を拒絶するかのような後姿を、私達はただ眺める事しか出来なかった。















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