「――どうして、来たの? どうして……」
その人は悲しげに声をこぼした。
初めて聞くはずのその声は、なぜだかとても、懐かしかった。
その人は悲しげに声をこぼした。
初めて聞くはずのその声は、なぜだかとても、懐かしかった。
立ち枯れの花
何が起こったのかを一言で説明するのは難しい。だから順を追って話そうと思う。
五月の下旬。
場所は学校の、三年B組の教室。時間はお昼休み。
私、泉こなたは親友のかがみ、つかさ、みゆきさんの三人と一緒に昼食を食べていた。
五月の下旬。
場所は学校の、三年B組の教室。時間はお昼休み。
私、泉こなたは親友のかがみ、つかさ、みゆきさんの三人と一緒に昼食を食べていた。
「そういえば、もうすぐこなちゃんのお誕生日だね」
「納豆の糸とお餅はどちらがより伸びるのか」について熱く語り合っていた最中、
何からどう連想を働かせたのか、つかさがそんなことを言い出したのが、たぶん始まりだ。
何からどう連想を働かせたのか、つかさがそんなことを言い出したのが、たぶん始まりだ。
「あー、そだね。……十八歳かー」
「考えてみれば、あんたって何気に一番年上なのよね、この中じゃ」
「では、私が最年少ですね」
お箸をくわえながら器用に喋るかがみに、みゆきさんが柔らかくうなずく。
「どー考えても逆よね」
「むぅ」
実はけっこう気にしてるんだけどね、この見た目のことは。
しかし表には出さない。
「ねぇこなちゃん、プレゼントは何が欲しい?」
「ん? う~ん……」
つかさに訊かれて、反射的に思い浮かんだのは近日発売予定のいくつかのソフト。
ど・れ・に・し・よ・う・か・な――と吟味しかけて、さすがに自重する。
「そだねぇ。イロイロあるけど、みんなのセンスに任せようかな」
「へえ。意外と殊勝なこと言うじゃない。てっきりいかがわしいゲームの名前でも出るものと思ったわ」
……鋭い。
「ふふん。コレが年長者の余裕というものだよ」
「一ヶ月ちょいしか違わんでしょうが。てか今一瞬固まったよな?」
私とかがみ、両者のボケとツッコミが冴え渡る。心地よいリズムだねぇ。
「そっかぁ。う~ん、何がいいかなぁ」
「こういうことは考えるのも楽しいのですけど、やはり迷ってしまいますね」
そしてそれぞれマイペースなつかさとみゆきさん。
和むねぇ。
ってか、当然のようにプレゼントをもらえることになっちゃってるね。嬉しいけど、ちょっとくすぐったい。
「私たちは去年、イヤリングと服をもらったよね?」
「『服』って言っていいのかアレは……」
「あ。あとお花ももらった……」
去年のつかさへのプレゼントを思い出し、そーいやアレ、着て見せてもらってないね、
などと思っていると、そのつかさの表情が急に曇った。
「つかささん?」
「……ごめんね、ゆきちゃん。イヤリングは大事にして、ときどきつけてるんだけど……お花の方は
枯らしちゃったの……」
「あー、私もだわ。ごめんみゆき」
かがみも自己嫌悪っぽくぼやく。
真面目だねぇ二人とも。
「あ、そんな。それは仕方がありませんよ。花の命は短いものですから」
そんな二人を、みゆきさんも丁寧になだめる。
花の命、か……
「うん……そういえば、小学校のときに朝顔の観察とかあったじゃない? あれもすぐに枯らしちゃって、
お姉ちゃんのを写させてもらったり……えへへ」
「あー、あったわねぇ」
「ありましたね。私も、最初は上手に育てられませんでした」
「へぇ。みゆきでも失敗したんだ」
「ええ。母に言われたとおりに世話をしたのですが……」
「あ、ああ、そう。――こなたはどうだったの……って、どうしたの?」
「え?」
「なんか元気ないじゃない。そういえば急に黙っちゃって」
かがみの不思議そうな顔。
珍しく真正面から目を覗き込まれて、思わず固まってしまった。
「こなちゃん?」
「泉さん?」
つかさとみゆきさんも気遣わしげな顔を向けてくる。
「あー……、うん。私もやったよ。観察」
とりあえず、話を戻す。
「ただ、あんまりいい思い出じゃないんだよね」
そして口が滑った。
「なに? おじさんに丸投げしたのが先生にバレて怒られた、とか?」
ニヤニヤと、かがみ。
その顔を見て、私は――
「考えてみれば、あんたって何気に一番年上なのよね、この中じゃ」
「では、私が最年少ですね」
お箸をくわえながら器用に喋るかがみに、みゆきさんが柔らかくうなずく。
「どー考えても逆よね」
「むぅ」
実はけっこう気にしてるんだけどね、この見た目のことは。
しかし表には出さない。
「ねぇこなちゃん、プレゼントは何が欲しい?」
「ん? う~ん……」
つかさに訊かれて、反射的に思い浮かんだのは近日発売予定のいくつかのソフト。
ど・れ・に・し・よ・う・か・な――と吟味しかけて、さすがに自重する。
「そだねぇ。イロイロあるけど、みんなのセンスに任せようかな」
「へえ。意外と殊勝なこと言うじゃない。てっきりいかがわしいゲームの名前でも出るものと思ったわ」
……鋭い。
「ふふん。コレが年長者の余裕というものだよ」
「一ヶ月ちょいしか違わんでしょうが。てか今一瞬固まったよな?」
私とかがみ、両者のボケとツッコミが冴え渡る。心地よいリズムだねぇ。
「そっかぁ。う~ん、何がいいかなぁ」
「こういうことは考えるのも楽しいのですけど、やはり迷ってしまいますね」
そしてそれぞれマイペースなつかさとみゆきさん。
和むねぇ。
ってか、当然のようにプレゼントをもらえることになっちゃってるね。嬉しいけど、ちょっとくすぐったい。
「私たちは去年、イヤリングと服をもらったよね?」
「『服』って言っていいのかアレは……」
「あ。あとお花ももらった……」
去年のつかさへのプレゼントを思い出し、そーいやアレ、着て見せてもらってないね、
などと思っていると、そのつかさの表情が急に曇った。
「つかささん?」
「……ごめんね、ゆきちゃん。イヤリングは大事にして、ときどきつけてるんだけど……お花の方は
枯らしちゃったの……」
「あー、私もだわ。ごめんみゆき」
かがみも自己嫌悪っぽくぼやく。
真面目だねぇ二人とも。
「あ、そんな。それは仕方がありませんよ。花の命は短いものですから」
そんな二人を、みゆきさんも丁寧になだめる。
花の命、か……
「うん……そういえば、小学校のときに朝顔の観察とかあったじゃない? あれもすぐに枯らしちゃって、
お姉ちゃんのを写させてもらったり……えへへ」
「あー、あったわねぇ」
「ありましたね。私も、最初は上手に育てられませんでした」
「へぇ。みゆきでも失敗したんだ」
「ええ。母に言われたとおりに世話をしたのですが……」
「あ、ああ、そう。――こなたはどうだったの……って、どうしたの?」
「え?」
「なんか元気ないじゃない。そういえば急に黙っちゃって」
かがみの不思議そうな顔。
珍しく真正面から目を覗き込まれて、思わず固まってしまった。
「こなちゃん?」
「泉さん?」
つかさとみゆきさんも気遣わしげな顔を向けてくる。
「あー……、うん。私もやったよ。観察」
とりあえず、話を戻す。
「ただ、あんまりいい思い出じゃないんだよね」
そして口が滑った。
「なに? おじさんに丸投げしたのが先生にバレて怒られた、とか?」
ニヤニヤと、かがみ。
その顔を見て、私は――
☆
たぶん、ここが分岐点。
ここで、「まぁ、そんなトコ」みたいに言って流しておけば、あんなことにはならなかったと思う。
しかし私は話してしまった。
そうした理由はわからない。ただ、なんとなく、だ。
なんにしても、話してしまった。
立ち枯れの花にまつわる、あの憂鬱な思い出を。
ここで、「まぁ、そんなトコ」みたいに言って流しておけば、あんなことにはならなかったと思う。
しかし私は話してしまった。
そうした理由はわからない。ただ、なんとなく、だ。
なんにしても、話してしまった。
立ち枯れの花にまつわる、あの憂鬱な思い出を。
☆
あれは小学校の……何年生だったかなー? 一年生? 二年生?
ん、まぁどっちだっていーや。
とにかくあの頃の私はまだ純粋なお子様でねぇ……
え?
ひどいなー。ホントだよ。
確かにお父さんの“英才教育”はもう始まってたし、コミケも体験済みだったけど。
少なくとも萌えのなんたるかを理解するにはまだまだ及んでなかったよ。
で、純粋なお子様だった私は毎日熱心に鉢植えの世話をしたわけです。
そりゃぁもぅ一生懸命だったよ?
自分のジュースを我慢して水の代わりにあげようとして怒られたりするぐらいにね。あはは。
だから……
そんなだったから、嬉しかったよー?
初めて芽が出たときは。
ん、まぁどっちだっていーや。
とにかくあの頃の私はまだ純粋なお子様でねぇ……
え?
ひどいなー。ホントだよ。
確かにお父さんの“英才教育”はもう始まってたし、コミケも体験済みだったけど。
少なくとも萌えのなんたるかを理解するにはまだまだ及んでなかったよ。
で、純粋なお子様だった私は毎日熱心に鉢植えの世話をしたわけです。
そりゃぁもぅ一生懸命だったよ?
自分のジュースを我慢して水の代わりにあげようとして怒られたりするぐらいにね。あはは。
だから……
そんなだったから、嬉しかったよー?
初めて芽が出たときは。
“おとーさん! おとーさん! 「め」! 「め」がでたよ!”
“おおー、よかったなぁこなた。明日にはもっと大きくなってるぞ?”
“そなの!? やったあ!”
“おおー、よかったなぁこなた。明日にはもっと大きくなってるぞ?”
“そなの!? やったあ!”
ええ、ええ。
ますます張り切りましたとも。朝早ーくから起きるようになったりね。今じゃ考えられないけど。
ん……でも、もしビデオがなかったら今でも同じぐらい早起きしてたかもね。早朝アニメのために。
……ああ、ごめんごめん。
それで、ね。
うん。途中で枯れたりはしなかったよ。
ますます張り切りましたとも。朝早ーくから起きるようになったりね。今じゃ考えられないけど。
ん……でも、もしビデオがなかったら今でも同じぐらい早起きしてたかもね。早朝アニメのために。
……ああ、ごめんごめん。
それで、ね。
うん。途中で枯れたりはしなかったよ。
“やっ……”
嬉しかったなぁ……
“やったあ~~~~~~~~っ!!”
飛び上がって喜んだからね。
……ふむ。
こうやって考えてみると、当時の私って意外とマットーな萌えキャラだったのかも。ロリだし。
……はいはい。
まじめに、まじめにね。わかってますよ。……ちょっとぐらいいーじゃん。
でも、いい話なのはここまでだよ。
ここからは号泣必至!
さぁハンカチの用意は済ませたか? 神様にお祈りは?
部屋のスミでわんわん泣いて顔中をくしゃくしゃにする心の準備はOK?
――っだあ! もぉノリ悪い!
まぁいいや。
それでね、花が咲いて……あ、ちなみに青だったよ。私の髪の色とおんなじ。
何日目ぐらいだったかなー?
さすがに一日二日ってことはなかったと思うけど、とにかくあっという間だったよ。
……ふむ。
こうやって考えてみると、当時の私って意外とマットーな萌えキャラだったのかも。ロリだし。
……はいはい。
まじめに、まじめにね。わかってますよ。……ちょっとぐらいいーじゃん。
でも、いい話なのはここまでだよ。
ここからは号泣必至!
さぁハンカチの用意は済ませたか? 神様にお祈りは?
部屋のスミでわんわん泣いて顔中をくしゃくしゃにする心の準備はOK?
――っだあ! もぉノリ悪い!
まぁいいや。
それでね、花が咲いて……あ、ちなみに青だったよ。私の髪の色とおんなじ。
何日目ぐらいだったかなー?
さすがに一日二日ってことはなかったと思うけど、とにかくあっという間だったよ。
“おとーさん……”
“泣くな、こなた……”
“泣くな、こなた……”
そ。
枯れたの。単純に花の寿命でね。ホント短いよねー。
もーわんわん泣いちゃってさ。
そしたらお父さんがね、急に花に手を伸ばしたんだよ。
枯れたの。単純に花の寿命でね。ホント短いよねー。
もーわんわん泣いちゃってさ。
そしたらお父さんがね、急に花に手を伸ばしたんだよ。
“おとーさんっ?”
“大丈夫だ”
“大丈夫だ”
びっくりしたよ。
だっていきなり花をこう、くしゃくしゃってね。
泣くのも忘れてただただびっくりする私に、お父さんは差し出したわけだよ。
だっていきなり花をこう、くしゃくしゃってね。
泣くのも忘れてただただびっくりする私に、お父さんは差し出したわけだよ。
“これ……”
“そうだ。種だよ、こなた”
“そうだ。種だよ、こなた”
ああ、うん。もちろん種から育てたわけだからね。形とかは知ってたよ。
“この花は死んじゃったけど、それで終わったわけじゃないんだ。こうやって、次の命が残ってる”
うーん。
お父さんも、あのころはまだ格好よかったかなぁ。今じゃ見る影もないけど。
ま、それはそれとして。
そのとき思ったんだよ。
お父さんも、あのころはまだ格好よかったかなぁ。今じゃ見る影もないけど。
ま、それはそれとして。
そのとき思ったんだよ。
お母さんみたいだ、って。
ほら、お母さんも私が物心つく前に死んじゃったわけじゃん?
だから、この種も私と同じで、あの花には出会えなかったんだなぁ……って。
ほぉらコレがおまえのお母さんだよーって見せて上げられないのが悔しかったねぇー。
――ちょ、やだな。そんな顔しないでってば。
でね。
次の年になって、また植えて……ああ、思い出した。
今話したの、幼稚園のときの話だ。
小学校の入学式で、何かのきっかけでこのこと思い返した記憶があるよ。
えっと、それで……次の年になってまた植えて、また世話して、咲いて……そしてまた枯れて。
また、種だけが残って。
そしたらもー、なんかヤになっちゃったんだよね。
私もこうやって自分の子どもに会えなくて、子どもも私に会えなくて。
ずっとそんなのなのかなーって、思ったら、ね。
うーん。
ひょっとしたらあの瞬間からだったのかも知れないね。
私が三次元に絶望してこっちの道に走り始めたのは……って。
あれ?
どしたのみんな?
だから、この種も私と同じで、あの花には出会えなかったんだなぁ……って。
ほぉらコレがおまえのお母さんだよーって見せて上げられないのが悔しかったねぇー。
――ちょ、やだな。そんな顔しないでってば。
でね。
次の年になって、また植えて……ああ、思い出した。
今話したの、幼稚園のときの話だ。
小学校の入学式で、何かのきっかけでこのこと思い返した記憶があるよ。
えっと、それで……次の年になってまた植えて、また世話して、咲いて……そしてまた枯れて。
また、種だけが残って。
そしたらもー、なんかヤになっちゃったんだよね。
私もこうやって自分の子どもに会えなくて、子どもも私に会えなくて。
ずっとそんなのなのかなーって、思ったら、ね。
うーん。
ひょっとしたらあの瞬間からだったのかも知れないね。
私が三次元に絶望してこっちの道に走り始めたのは……って。
あれ?
どしたのみんな?
☆
語り終わってふと見てみると、三人が三人ともうつむいて肩を震わせていた。
「あれ? どしたのみんな?」
「こなちゃん!」
「こなたぁ!」
「泉さんっ!」
「へ? ――わぁ!?」
そして声をかけたとたん、一斉に抱きついてきた。
主にみゆきさんの豊かな胸に押し流されて机の上のお弁当たちが大変なことになる。
チョココロネもぐっちゃぐちゃ。
「な、ちょ、なに?」
「大丈夫だよこなちゃん! こなちゃん、こんなに可愛くて元気なんだもん! きっと素敵な人に出会えて、
赤ちゃんもいっぱい産めるよ!」
「へ? あ、そ、そう?」
いや、あの、つかさ?
ありがたいお言葉ではあるけど、あんまり大声で言うことじゃないと思うよ?
「ごめんっ、こなた! 私、卒業したらあんたを連れてドイツに移住する計画を立ててたけど、破棄するわ!
女同士で結婚できても子ども作れなきゃ意味ないもの!」
「は? え? かがみ?」
ドイツ? ってなに?
てか、なんでかがみの人生設計に私が巻き込まれてるの?
「そんなことはありません! 我が高良グループの技術の粋を集めれば女性同士でも子どもは作れます!
こんなこともあろうかと、密かに準備をしておいたのです!」
「な、ちょ、はいぃ?」
みゆきさんまでっ?
どんな技術? いやそれよりも、いったいどんな事態を想定してたの?
「ちょっとみゆきっ!」
っと。
かがみが私から離れ、みゆきさんのことも引き剥がしてくれる。
よかった、元のツッコミかがみに戻った。ついでにつかさもどうにかしてくれると嬉しいな。
「その話は本当なの!?」
戻ってなかった!?
「当然です。そもそも精細胞は減数分裂によって通常細胞の半分しか染色体を持っていませんから、
Χ、Υ、どちらかの染色体さえあれば精製は可能です。中略。そしてこのシステムの最大の特徴は
双方が女性であるが故に、どちらが妊娠・出産を担当するかも任意で選べるという点にあります。
すなわち、泉さんの身体に負担を強いることなく子どもを授けることができるのです!」
今、途中で「中略」って言わなかった?
「ゆきちゃん、すごぉい!」
つかさまで食いついた。
「というわけで、泉さん」
「や、どういうわけ?」
「任せてください。元気な赤ちゃんを産ませていただきます!」
無視された。
てか壊れた。
「ちょっとみゆき! なんであんたが産むことになってるのよ!」
「そうだよゆきちゃん! 勝手に決めないでよ!」
「そうは仰られましても。この中の誰がより安産型かを考えれば、当然の結論じゃないですか」
いや、あの。
そういう選択基準を持ち出す時点で既に間違ってる気がするのは私だけでしょうか。
「それを言うなら私たちだって! 四人の子どもを産んだお母さんの血を受け継いでるんだからね!」
「そうだよ! それと、私はお料理とか家事好きだし、いいお母さんになる自信あるよ!」
私だけですかそうですか。
「あれ? どしたのみんな?」
「こなちゃん!」
「こなたぁ!」
「泉さんっ!」
「へ? ――わぁ!?」
そして声をかけたとたん、一斉に抱きついてきた。
主にみゆきさんの豊かな胸に押し流されて机の上のお弁当たちが大変なことになる。
チョココロネもぐっちゃぐちゃ。
「な、ちょ、なに?」
「大丈夫だよこなちゃん! こなちゃん、こんなに可愛くて元気なんだもん! きっと素敵な人に出会えて、
赤ちゃんもいっぱい産めるよ!」
「へ? あ、そ、そう?」
いや、あの、つかさ?
ありがたいお言葉ではあるけど、あんまり大声で言うことじゃないと思うよ?
「ごめんっ、こなた! 私、卒業したらあんたを連れてドイツに移住する計画を立ててたけど、破棄するわ!
女同士で結婚できても子ども作れなきゃ意味ないもの!」
「は? え? かがみ?」
ドイツ? ってなに?
てか、なんでかがみの人生設計に私が巻き込まれてるの?
「そんなことはありません! 我が高良グループの技術の粋を集めれば女性同士でも子どもは作れます!
こんなこともあろうかと、密かに準備をしておいたのです!」
「な、ちょ、はいぃ?」
みゆきさんまでっ?
どんな技術? いやそれよりも、いったいどんな事態を想定してたの?
「ちょっとみゆきっ!」
っと。
かがみが私から離れ、みゆきさんのことも引き剥がしてくれる。
よかった、元のツッコミかがみに戻った。ついでにつかさもどうにかしてくれると嬉しいな。
「その話は本当なの!?」
戻ってなかった!?
「当然です。そもそも精細胞は減数分裂によって通常細胞の半分しか染色体を持っていませんから、
Χ、Υ、どちらかの染色体さえあれば精製は可能です。中略。そしてこのシステムの最大の特徴は
双方が女性であるが故に、どちらが妊娠・出産を担当するかも任意で選べるという点にあります。
すなわち、泉さんの身体に負担を強いることなく子どもを授けることができるのです!」
今、途中で「中略」って言わなかった?
「ゆきちゃん、すごぉい!」
つかさまで食いついた。
「というわけで、泉さん」
「や、どういうわけ?」
「任せてください。元気な赤ちゃんを産ませていただきます!」
無視された。
てか壊れた。
「ちょっとみゆき! なんであんたが産むことになってるのよ!」
「そうだよゆきちゃん! 勝手に決めないでよ!」
「そうは仰られましても。この中の誰がより安産型かを考えれば、当然の結論じゃないですか」
いや、あの。
そういう選択基準を持ち出す時点で既に間違ってる気がするのは私だけでしょうか。
「それを言うなら私たちだって! 四人の子どもを産んだお母さんの血を受け継いでるんだからね!」
「そうだよ! それと、私はお料理とか家事好きだし、いいお母さんになる自信あるよ!」
私だけですかそうですか。
「ちょおっと待ったあーーーーっ!!」
と、
バーン! と物凄い音を立てて教室の扉が開け放たれ、新たな人物が転がり込んできた。
口元の八重歯がきらりと光る。
「身体の丈夫さなら私だって負けないぜ!」
「なんでみさきちが……」
「話は聞いてたぜ、ちびっ子! お前の子はあたしが産む!」
聞いたって。明らかにさっきまでいなかったよね?
「駄目よ、みさちゃん」
あ、もう一人いた。
私の手をがっしと掴んで熱く語るみさきちをひょいとどかしてくれる栗色の影。おデコがきらりと光る。
ああ、峰岸さん。みゆきさんがアレな今、頼りになるのはアナタだけです。
「なんだよー。あやのには兄貴がいるじゃんかー」
「だから、傷心のお兄さんを慰めるっていう大事な役目が、みさちゃんにはあるでしょ?」
ん?
みさきちのお兄さんって、峰岸さんの恋人だよね?
それが傷心って……棄てる気か!? この人もか!
ああもう、なんなのこの状況。
「いやはや、センパイ方にこう言うのもアレっスけど、みんなわかってないっスねえ」
「うお、ひよりん。どっから」
「結婚っていうのは子どもを産んでハイ終わりじゃないんスよ? その後も一生添い遂げるには、
やっぱり趣味の合ったもの同士じゃないと。その点私ならバッチリっス!」
いや、そんなペコちゃん顔で親指立てられても。
「Wait! ソゥイゥコトならワタシも Bach-Goo デス! ソレにワタシのフルサトの Massachusetts デハ
既に同姓婚が認められてイルのでマスマス好都合デス!」
「パティ……」
だから、どっから。
てかパティってマサチューセツ出身だったの?
「逆に考えるのデス。設定が決まってナイなら自分で決めてシマエばイイ、ト!」
危険な発言しないでよ。ってかモノローグに返事しないでよ。
「はうぅぅ、どうしよう……私は何のツテもないし、身体も弱いからお姉ちゃんの子どもも産めないよぉ……」
……。
いや、もはや出現の唐突さについては何も言わないけど、内容がアレな割りに仕草だけが普段どおりの
萌えキャラなのはあざといと思うよ、ゆーちゃん。
「埒が明きませんね。こうなったら、次の学力テストの結果で泉さんの伴侶を決めましょう」
「乗りマシタ! モチロン english 限定ですヨネ?」
「ま、待ってよ不公平だよぉ。こなちゃんの好きなチョココロネを一番上手に作れた人にしようよ」
「いいアイデアね、妹ちゃん。乗ったわ」
「待つっス。泉先輩の好きなモノといえばやっぱり萌えっス。だから萌え絵コンテストで決まりっス」
「いやいやいや、できねーヤツのいる方法はダメだろ。早食い競争とかにしようぜ。ミートボールの」
「なるほど、それなら公平ね。でもポッキーにしない? こなたとポッキーゲーム♪」
「あうぅ、どの勝負でも勝てそうにない……そうだ! 逆に身体の小ささを生かして、手っ取り早く私自身が
お姉ちゃんの子どもになればいいんだ!」
げんなりする私を余所に、壊れてしまったみんなは輪になって何やら議論を始めてしまった。
しかもどんどんあさっての方向に……って、待てよ?
ひぃ、ふぅ、みぃ……
「……一人、足りない?」
いや、むしろいない方がこの場合は正常なんだけど、それはさておき。
首をかしげたその瞬間、力強い、でも優しい動きで誰かに腕を引っ張られた。反射的に見上げると、
「先輩……ここは、危険です……」
「み、みなみちゃん……」
現れなかった最後の一人、岩崎みなみちゃんその人だった。
そしてそのまま、みなに気付かれぬよう教室の外まで連れ出してくれる。
「あ、ありがと。助かったよ」
「どう、いたしまして……」
ああ、混沌渦巻くパンドラの箱の中に、最後に希望が残ってた。
いや、むしろこの場合はフツーに王子様かな。
気に入った。うちに来てゆーちゃんをファックしてもいいよ。ってか是非とも引き取って。
って、さすがにソレは失礼だよね。女の子、それの命の恩人に向かって。
「……いえ、嬉しいです……」
「え?」
私の手をしっかりと掴んでぐんぐん廊下を進みながら、振り返りもせずにみなみちゃんが呟いた。
「女らしくない方が、世間の目も誤魔化しやすいですから……」
「……」
え、ええっとぉ……
「み、みなみちゃん?」
「……はい」
「その……そ、そういえばさ、さっきはなんで私のクラスにいたの? ――あ、そっか。ゆーちゃんたちの
様子がおかしかったから、追いかけてきたんだね?」
「ええ……先を越されるわけには、いきませんでしたから……」
「……」
みなみちゃんは、右の手で私の腕をしっかりと握っている。
そして、
「ね、ねえ、みなみちゃん。そっちの左手に持ってるカギみたいなのって、何かな? ……かな」
「……みゆきさんの研究室の、合鍵です」
「……」
「……こんなこともあろうかと、密かに……」
「……」
「……」
「誰か助けてええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!!」
バーン! と物凄い音を立てて教室の扉が開け放たれ、新たな人物が転がり込んできた。
口元の八重歯がきらりと光る。
「身体の丈夫さなら私だって負けないぜ!」
「なんでみさきちが……」
「話は聞いてたぜ、ちびっ子! お前の子はあたしが産む!」
聞いたって。明らかにさっきまでいなかったよね?
「駄目よ、みさちゃん」
あ、もう一人いた。
私の手をがっしと掴んで熱く語るみさきちをひょいとどかしてくれる栗色の影。おデコがきらりと光る。
ああ、峰岸さん。みゆきさんがアレな今、頼りになるのはアナタだけです。
「なんだよー。あやのには兄貴がいるじゃんかー」
「だから、傷心のお兄さんを慰めるっていう大事な役目が、みさちゃんにはあるでしょ?」
ん?
みさきちのお兄さんって、峰岸さんの恋人だよね?
それが傷心って……棄てる気か!? この人もか!
ああもう、なんなのこの状況。
「いやはや、センパイ方にこう言うのもアレっスけど、みんなわかってないっスねえ」
「うお、ひよりん。どっから」
「結婚っていうのは子どもを産んでハイ終わりじゃないんスよ? その後も一生添い遂げるには、
やっぱり趣味の合ったもの同士じゃないと。その点私ならバッチリっス!」
いや、そんなペコちゃん顔で親指立てられても。
「Wait! ソゥイゥコトならワタシも Bach-Goo デス! ソレにワタシのフルサトの Massachusetts デハ
既に同姓婚が認められてイルのでマスマス好都合デス!」
「パティ……」
だから、どっから。
てかパティってマサチューセツ出身だったの?
「逆に考えるのデス。設定が決まってナイなら自分で決めてシマエばイイ、ト!」
危険な発言しないでよ。ってかモノローグに返事しないでよ。
「はうぅぅ、どうしよう……私は何のツテもないし、身体も弱いからお姉ちゃんの子どもも産めないよぉ……」
……。
いや、もはや出現の唐突さについては何も言わないけど、内容がアレな割りに仕草だけが普段どおりの
萌えキャラなのはあざといと思うよ、ゆーちゃん。
「埒が明きませんね。こうなったら、次の学力テストの結果で泉さんの伴侶を決めましょう」
「乗りマシタ! モチロン english 限定ですヨネ?」
「ま、待ってよ不公平だよぉ。こなちゃんの好きなチョココロネを一番上手に作れた人にしようよ」
「いいアイデアね、妹ちゃん。乗ったわ」
「待つっス。泉先輩の好きなモノといえばやっぱり萌えっス。だから萌え絵コンテストで決まりっス」
「いやいやいや、できねーヤツのいる方法はダメだろ。早食い競争とかにしようぜ。ミートボールの」
「なるほど、それなら公平ね。でもポッキーにしない? こなたとポッキーゲーム♪」
「あうぅ、どの勝負でも勝てそうにない……そうだ! 逆に身体の小ささを生かして、手っ取り早く私自身が
お姉ちゃんの子どもになればいいんだ!」
げんなりする私を余所に、壊れてしまったみんなは輪になって何やら議論を始めてしまった。
しかもどんどんあさっての方向に……って、待てよ?
ひぃ、ふぅ、みぃ……
「……一人、足りない?」
いや、むしろいない方がこの場合は正常なんだけど、それはさておき。
首をかしげたその瞬間、力強い、でも優しい動きで誰かに腕を引っ張られた。反射的に見上げると、
「先輩……ここは、危険です……」
「み、みなみちゃん……」
現れなかった最後の一人、岩崎みなみちゃんその人だった。
そしてそのまま、みなに気付かれぬよう教室の外まで連れ出してくれる。
「あ、ありがと。助かったよ」
「どう、いたしまして……」
ああ、混沌渦巻くパンドラの箱の中に、最後に希望が残ってた。
いや、むしろこの場合はフツーに王子様かな。
気に入った。うちに来てゆーちゃんをファックしてもいいよ。ってか是非とも引き取って。
って、さすがにソレは失礼だよね。女の子、それの命の恩人に向かって。
「……いえ、嬉しいです……」
「え?」
私の手をしっかりと掴んでぐんぐん廊下を進みながら、振り返りもせずにみなみちゃんが呟いた。
「女らしくない方が、世間の目も誤魔化しやすいですから……」
「……」
え、ええっとぉ……
「み、みなみちゃん?」
「……はい」
「その……そ、そういえばさ、さっきはなんで私のクラスにいたの? ――あ、そっか。ゆーちゃんたちの
様子がおかしかったから、追いかけてきたんだね?」
「ええ……先を越されるわけには、いきませんでしたから……」
「……」
みなみちゃんは、右の手で私の腕をしっかりと握っている。
そして、
「ね、ねえ、みなみちゃん。そっちの左手に持ってるカギみたいなのって、何かな? ……かな」
「……みゆきさんの研究室の、合鍵です」
「……」
「……こんなこともあろうかと、密かに……」
「……」
「……」
「誰か助けてええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!!」
☆
「――見つけたわよ、こなた」
半ば引きずられるようにして一階まで降りてくると、昇降口の手前でかがみたちが待ち構えていた。
どうやら私たちが使ったのと逆側の階段を下りてきたらしい。
長い直線廊下の中ほどで、十メートルほどの距離を挟んで対峙する。
こちらは私とみなみちゃん。
あちらは、かがみを先頭にして、みゆきさん、パティ、みさきち、峰岸さんが続いている。
……三人足りない。
「……何の用ですか、柊先輩」
私をかばう形で一歩前に出て、みなみちゃんが硬質な声で問う。かがみの片眉がピクリと跳ねた。
「フン――話し合っても埒が明かなくてね、手っ取り早く奪い合うことになったのよ」
「ちょ、奪い合うって……」
「もちろん、あんたをよ。こなた。――ルールは一つ。『早い者勝ち』」
言い放ち、かがみは肉食獣の瞳を私に向ける。
みなみちゃんがさらに一歩、横に動いて私を隠した。
「……なら、私の勝ちですね」
「いいえ。残念ながら、あなたはフライングで反則負けよ。どきなさい」
「ルールは一つじゃなかったんですか?」
「随分と口が立つわね。それが本性ってわけ?」
「ちょっと待って!」
火花を散らす二人の会話に、耐え切れなくなって割り込む。
「ゆーちゃんと、つかさと、ひよりんはどうしたの?」
嫌な予感がする。
今あちらにいるのは、体力面で優れた者ばかりだ。……一人を除いて。
「……もう戦いは始まってるの」
その一人、峰岸さんがゆっくりと口を開いた。
「それじゃぁ……」
「うん。脱落しちゃった」
にっこりと、ふだんと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべながら、彼女はこともなげに言ってのけた。
それをみゆきさんが、艶然と微笑みながら引き継ぐ。
「ええ――こんなふうに、です」
同時。
「――ぐっ!?」
まず、やや気まずそうな顔で視線を逸らしていたみさきちが。
「ア――カハッ!」
続いて、青い瞳を妖しく輝かせていたパティが、胸を押さえて倒れこんだ。
「みさちゃ――んゔっ!?」
峰岸さんも。
「みんな!?」
「……毒?」
私の叫び声に隠れるように、みなみちゃんが小さく呟く。
毒?
毒って言った?
「みゆきっ、あんた……!」
「おやすみなさい、かがみさん」
そして一人だけ変わらず立ち続けているみゆきさんを睨みながら、かがみも倒れた。
四人ともぴくりとも動かなくなる。
「……何をしたの、みゆきさん」
「少しばかり、眠くなるお薬を。……大丈夫ですよ? 死ぬことは、まぁ、たぶんありません」
「まさか、ゆたかにも……」
「ええ。皆さんは、自分が仕留めたと思ってらしたようですけれど」
「よくもっ……!」
みなみちゃんの気配が膨れ上がる。
一瞬、その緑色の髪の毛が逆立ったように見えた。
「あら? 泉さんより小早川さんの方が大事なのですか? なら、今ならまだ間に合うかも知れませんよ?」
それを前にしてなお、みゆきさんは余裕の態度を崩さない。
この上さらに、何かを隠し持っているとでもいうのだろうか。
「それはそれ! これはこれです! ゆたかの分まで、私は戦う!」
「よく言いました! 昔のあなたに戻りましたね、みなみさん!」
両腕を鳥の翼のように広げ、みゆきさんも高らかに謳い上げる。そして――
半ば引きずられるようにして一階まで降りてくると、昇降口の手前でかがみたちが待ち構えていた。
どうやら私たちが使ったのと逆側の階段を下りてきたらしい。
長い直線廊下の中ほどで、十メートルほどの距離を挟んで対峙する。
こちらは私とみなみちゃん。
あちらは、かがみを先頭にして、みゆきさん、パティ、みさきち、峰岸さんが続いている。
……三人足りない。
「……何の用ですか、柊先輩」
私をかばう形で一歩前に出て、みなみちゃんが硬質な声で問う。かがみの片眉がピクリと跳ねた。
「フン――話し合っても埒が明かなくてね、手っ取り早く奪い合うことになったのよ」
「ちょ、奪い合うって……」
「もちろん、あんたをよ。こなた。――ルールは一つ。『早い者勝ち』」
言い放ち、かがみは肉食獣の瞳を私に向ける。
みなみちゃんがさらに一歩、横に動いて私を隠した。
「……なら、私の勝ちですね」
「いいえ。残念ながら、あなたはフライングで反則負けよ。どきなさい」
「ルールは一つじゃなかったんですか?」
「随分と口が立つわね。それが本性ってわけ?」
「ちょっと待って!」
火花を散らす二人の会話に、耐え切れなくなって割り込む。
「ゆーちゃんと、つかさと、ひよりんはどうしたの?」
嫌な予感がする。
今あちらにいるのは、体力面で優れた者ばかりだ。……一人を除いて。
「……もう戦いは始まってるの」
その一人、峰岸さんがゆっくりと口を開いた。
「それじゃぁ……」
「うん。脱落しちゃった」
にっこりと、ふだんと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべながら、彼女はこともなげに言ってのけた。
それをみゆきさんが、艶然と微笑みながら引き継ぐ。
「ええ――こんなふうに、です」
同時。
「――ぐっ!?」
まず、やや気まずそうな顔で視線を逸らしていたみさきちが。
「ア――カハッ!」
続いて、青い瞳を妖しく輝かせていたパティが、胸を押さえて倒れこんだ。
「みさちゃ――んゔっ!?」
峰岸さんも。
「みんな!?」
「……毒?」
私の叫び声に隠れるように、みなみちゃんが小さく呟く。
毒?
毒って言った?
「みゆきっ、あんた……!」
「おやすみなさい、かがみさん」
そして一人だけ変わらず立ち続けているみゆきさんを睨みながら、かがみも倒れた。
四人ともぴくりとも動かなくなる。
「……何をしたの、みゆきさん」
「少しばかり、眠くなるお薬を。……大丈夫ですよ? 死ぬことは、まぁ、たぶんありません」
「まさか、ゆたかにも……」
「ええ。皆さんは、自分が仕留めたと思ってらしたようですけれど」
「よくもっ……!」
みなみちゃんの気配が膨れ上がる。
一瞬、その緑色の髪の毛が逆立ったように見えた。
「あら? 泉さんより小早川さんの方が大事なのですか? なら、今ならまだ間に合うかも知れませんよ?」
それを前にしてなお、みゆきさんは余裕の態度を崩さない。
この上さらに、何かを隠し持っているとでもいうのだろうか。
「それはそれ! これはこれです! ゆたかの分まで、私は戦う!」
「よく言いました! 昔のあなたに戻りましたね、みなみさん!」
両腕を鳥の翼のように広げ、みゆきさんも高らかに謳い上げる。そして――
「――なるほど」
声が挙がった。
私でも、みゆきさんでもみなみちゃんでもない、第四の声。
「つかさの仇は、あんただったってわけね?」
「え?」
「てっきり私が手にかけてしまったものだと思ってた――わ、よ!」
向こうの床で、菫色の何かが弾けた。
同時にみゆきさんの身体が「く」の字に折り曲がり、膝を付く。
入れ替わるようにして、足を蹴り上げた格好でかがみが立ち上がっていた。
「ば、馬鹿な……! 私のうな玉巻きを、食べなかったのですか……!?」
「お生憎さま」
足を下ろし、かがみは乱れた髪をかきあげる。
「ダイエット中なのよ」
「ふ、ふふ……なるほ、ど……」
最後に悔しげに笑って、みゆきさんも動かなくなった。
「今の動きは……」
「知ってるの? みなみちゃん」
「いいえ。知りません」
抑えた声で答えながらも、みなみちゃんはかがみから目を逸らさない。
「……さて」
かがみがこちらに向き直る。
「あとはみなみちゃん、あなただけよ」
「最初から一人でしたが」
「減らず口を……!」
激昂したかがみの足元が、爆発した。
否。爆発を思わせるほどの踏み込みで床を蹴り、さながら砲弾と化したかがみが突っ込んでくる。
そのまま間合いの直前で独楽のようにスピン。ツイン・ティルが渦を巻く。
「でえぇいっ!」
「そんな大技……っ!」
芸術的な軌道で放たれる後ろ回し蹴りを、みなみちゃんは両腕をクロスさせて受け止めた。
が、モーションの大きさに比例して威力も上がるのが“大技”なのだ。
完全に受け止めたと思われたみなみちゃんの右足が一歩、よろめいた。
「くっ……泉先輩! 下がって!」
私でも、みゆきさんでもみなみちゃんでもない、第四の声。
「つかさの仇は、あんただったってわけね?」
「え?」
「てっきり私が手にかけてしまったものだと思ってた――わ、よ!」
向こうの床で、菫色の何かが弾けた。
同時にみゆきさんの身体が「く」の字に折り曲がり、膝を付く。
入れ替わるようにして、足を蹴り上げた格好でかがみが立ち上がっていた。
「ば、馬鹿な……! 私のうな玉巻きを、食べなかったのですか……!?」
「お生憎さま」
足を下ろし、かがみは乱れた髪をかきあげる。
「ダイエット中なのよ」
「ふ、ふふ……なるほ、ど……」
最後に悔しげに笑って、みゆきさんも動かなくなった。
「今の動きは……」
「知ってるの? みなみちゃん」
「いいえ。知りません」
抑えた声で答えながらも、みなみちゃんはかがみから目を逸らさない。
「……さて」
かがみがこちらに向き直る。
「あとはみなみちゃん、あなただけよ」
「最初から一人でしたが」
「減らず口を……!」
激昂したかがみの足元が、爆発した。
否。爆発を思わせるほどの踏み込みで床を蹴り、さながら砲弾と化したかがみが突っ込んでくる。
そのまま間合いの直前で独楽のようにスピン。ツイン・ティルが渦を巻く。
「でえぇいっ!」
「そんな大技……っ!」
芸術的な軌道で放たれる後ろ回し蹴りを、みなみちゃんは両腕をクロスさせて受け止めた。
が、モーションの大きさに比例して威力も上がるのが“大技”なのだ。
完全に受け止めたと思われたみなみちゃんの右足が一歩、よろめいた。
「くっ……泉先輩! 下がって!」
「だが断る」
危機感のこもった警告の声を、私は無視し、腰を深く落とした。
「なっ!?」
足払い。
みなみちゃんの身体が大きく傾く。
「私はね――」
バランスを取ろうと投げ出された腕を捕らえ、重力と体重移動のベクトルに最小限の力で修正を施し、
そのスレンダーな長身を、予想外の出来事に目を剥くもう一人へと向かって、
「――守られるだけのお姫様じゃ、ないんだよっ!」
投げ飛ばす!
「そんな――」
「このっ――」
かがみと、みなみちゃん。
二人の身体は空中で激しく激突し、絡み合ってリノリウムの床を転がった。
それを見届け、私は大きく息をつく。
終わった……
「なっ!?」
足払い。
みなみちゃんの身体が大きく傾く。
「私はね――」
バランスを取ろうと投げ出された腕を捕らえ、重力と体重移動のベクトルに最小限の力で修正を施し、
そのスレンダーな長身を、予想外の出来事に目を剥くもう一人へと向かって、
「――守られるだけのお姫様じゃ、ないんだよっ!」
投げ飛ばす!
「そんな――」
「このっ――」
かがみと、みなみちゃん。
二人の身体は空中で激しく激突し、絡み合ってリノリウムの床を転がった。
それを見届け、私は大きく息をつく。
終わった……
「――納得いかねえっ!!」
まだだった。
みなみちゃんは完全に目を回したようだが、かがみはフラつきながらも立ち上がる。
「……やってくれるじゃない」
「格闘経験者だからね。公式で」
「そうだったわね……」
そうして。
私立陵桜学園高校、本館一階の昇降口前廊下には、私とかがみだけが残された。
みなみちゃんは完全に目を回したようだが、かがみはフラつきながらも立ち上がる。
「……やってくれるじゃない」
「格闘経験者だからね。公式で」
「そうだったわね……」
そうして。
私立陵桜学園高校、本館一階の昇降口前廊下には、私とかがみだけが残された。
「でも……これはつまり、私を選んでくれたと思っていいのよね?」
「違うよ」
「じゃあ、どういうことよ」
訝しむかがみに、ニヤリ、と笑みを作ってみせる。
「私が勝てば、私は私自身のもの――そうでしょ?」
虚勢だ。
かがみもまだフラついているけど、私も相当なダメージを負っている。
主に精神的に。前半で。
「……なるほど。あんたらしいわ」
「そうでもないよ」
「なんでもいいわ。……でも、結局こうなるのね」
言って、かがみの表情が、急に自嘲的なものへと変わった。
「何が?」
「結局、私とあんたになるってこと。日下部とゆたかちゃんで始まろうが、間につかさとパトリシアさんが
挟まろうが、最後には“かがこな”に行き着いてしまうのよね……運命、かしら?」
「楽屋ネタはやめようよ。――それと、一つ間違ってるよ」
「何がよ」
彼我の距離は、おおよそ四メートル。お互いに一歩で間合いに入れる距離だ。
恐らくは、次で全てが決まる。
「“かがこな”じゃなくて、“こなかが”だよ」
「……言うじゃない」
かがみが半身の体勢を取る。正中線を隠した、古武術の構えだ。
「まぁ、たまにはね」
対する私は、合気の極意。脚を肩幅に広げた自然体。
「……最後に一つ、訊いていい?」
息を吸って、吐く。
「……いいわよ」
かがみも。
「この展開、おかしくない?」
「今さらかよ」
「今さらか」
二人の呼吸が、重なる。
空気が、止まった。
「じゃあ……行くわよ、こなた」
「うん……来なよ、かがみ」
「こなた……」
「かがみ……」
「違うよ」
「じゃあ、どういうことよ」
訝しむかがみに、ニヤリ、と笑みを作ってみせる。
「私が勝てば、私は私自身のもの――そうでしょ?」
虚勢だ。
かがみもまだフラついているけど、私も相当なダメージを負っている。
主に精神的に。前半で。
「……なるほど。あんたらしいわ」
「そうでもないよ」
「なんでもいいわ。……でも、結局こうなるのね」
言って、かがみの表情が、急に自嘲的なものへと変わった。
「何が?」
「結局、私とあんたになるってこと。日下部とゆたかちゃんで始まろうが、間につかさとパトリシアさんが
挟まろうが、最後には“かがこな”に行き着いてしまうのよね……運命、かしら?」
「楽屋ネタはやめようよ。――それと、一つ間違ってるよ」
「何がよ」
彼我の距離は、おおよそ四メートル。お互いに一歩で間合いに入れる距離だ。
恐らくは、次で全てが決まる。
「“かがこな”じゃなくて、“こなかが”だよ」
「……言うじゃない」
かがみが半身の体勢を取る。正中線を隠した、古武術の構えだ。
「まぁ、たまにはね」
対する私は、合気の極意。脚を肩幅に広げた自然体。
「……最後に一つ、訊いていい?」
息を吸って、吐く。
「……いいわよ」
かがみも。
「この展開、おかしくない?」
「今さらかよ」
「今さらか」
二人の呼吸が、重なる。
空気が、止まった。
「じゃあ……行くわよ、こなた」
「うん……来なよ、かがみ」
「こなた……」
「かがみ……」
「――こなたあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」
「――かがみぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」
「――かがみぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」
二筋の咆哮が校舎を揺るがし、そして――
☆
「――ま、そんな感じかな」
全てを語り終え、私は顔を上げた。
遥かに澄み渡った青空と一面のコスモス畑だけがどこまでも広がる、不思議な世界。
たぶん、この世の風景じゃない。
そして、私の目の前にいる、この人も。
「そのまま結局負けちゃったみたいだね。よく憶えてないんだけど」
「そう……」
空と――そして私と同じ、真っ青な長い髪を風になびかせて、その人は悲しげに目を閉じる。
「意味がわからないわ」
「うん。私もわかんない」
「やっぱり、そうくんの教育方針が間違っていたのかしら……」
深い深いため息に、あははと笑って私は返す。もう笑うしかないよね。
いや、でも、そんなことより。
「……あの、さ」
「なぁに、こなた?」
「お母さん……なんだよね?」
期待を込めた私の問いかけに、だけどその人は静かに微笑むだけだった。
「お母さんなんでしょ? ねえ? 私がこんな、その……アレになっちゃったから、会えたんだよね?
てことは、これからは一緒にいられるんだよね? いてくれるんだよねっ?」
「……いいえ」
そしてゆっくりとかぶりを振る。
「それはできないわ」
「なんで……」
全てを語り終え、私は顔を上げた。
遥かに澄み渡った青空と一面のコスモス畑だけがどこまでも広がる、不思議な世界。
たぶん、この世の風景じゃない。
そして、私の目の前にいる、この人も。
「そのまま結局負けちゃったみたいだね。よく憶えてないんだけど」
「そう……」
空と――そして私と同じ、真っ青な長い髪を風になびかせて、その人は悲しげに目を閉じる。
「意味がわからないわ」
「うん。私もわかんない」
「やっぱり、そうくんの教育方針が間違っていたのかしら……」
深い深いため息に、あははと笑って私は返す。もう笑うしかないよね。
いや、でも、そんなことより。
「……あの、さ」
「なぁに、こなた?」
「お母さん……なんだよね?」
期待を込めた私の問いかけに、だけどその人は静かに微笑むだけだった。
「お母さんなんでしょ? ねえ? 私がこんな、その……アレになっちゃったから、会えたんだよね?
てことは、これからは一緒にいられるんだよね? いてくれるんだよねっ?」
「……いいえ」
そしてゆっくりとかぶりを振る。
「それはできないわ」
「なんで……」
「だって…………――まだ、授業中だから」
☆
「――は?」
思わず疑問符をこぼした、その瞬間。
思わず疑問符をこぼした、その瞬間。
ガ ツ ン ッ !
頭頂部に重たい衝撃が降ってきた。痛い。ってゆーか、痛い! めがっさ痛い!
「目ぇ覚めたかぁ、泉ー?」
キィーンとやかましい耳鳴りに混ざって微妙に怪しい関西弁が投げかけられる。
痛む頭を苦労して持ち上げて見上げると、潤んだ視界の中に拳を握り締めた黒井先生が立っていた。
「……せんせぇ?」
「あぁ、先生や。センセがココにおるってコトは、つまり授業中や。――さっさと教科書開けっ!」
「さ、サーイエッサー!」
「目ぇ覚めたかぁ、泉ー?」
キィーンとやかましい耳鳴りに混ざって微妙に怪しい関西弁が投げかけられる。
痛む頭を苦労して持ち上げて見上げると、潤んだ視界の中に拳を握り締めた黒井先生が立っていた。
「……せんせぇ?」
「あぁ、先生や。センセがココにおるってコトは、つまり授業中や。――さっさと教科書開けっ!」
「さ、サーイエッサー!」
☆
「――それで、どんな夢だったのですか? もしよろしければ、お聞かせください」
「物好きね、みゆき……」
「いえ、最近夢占いの本など読みまして。興味があるんです」
「いや……とてもじゃないけどお聞かせできるようなモノでは……軽くR-18指定入ってる感じで」
「ちょ、学校でどんな夢見てんだおまえは」
お昼休み。
私はいつものように、かがみ、つかさ、みゆきさんの三人と一緒に昼食を食べている。
とりあえずの話題は未だかつてないほどに私のテンションが下がっていることについてで、
適当に話したりはぐらかしたりしていたところに――
「十八……」
つかさが小さく呟いた。
「物好きね、みゆき……」
「いえ、最近夢占いの本など読みまして。興味があるんです」
「いや……とてもじゃないけどお聞かせできるようなモノでは……軽くR-18指定入ってる感じで」
「ちょ、学校でどんな夢見てんだおまえは」
お昼休み。
私はいつものように、かがみ、つかさ、みゆきさんの三人と一緒に昼食を食べている。
とりあえずの話題は未だかつてないほどに私のテンションが下がっていることについてで、
適当に話したりはぐらかしたりしていたところに――
「十八……」
つかさが小さく呟いた。
「……そういえば――もうすぐこなちゃんのお誕生日だね」
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- 眠れない -- 赤座あかり (2015-01-07 21:43:52)
- うまい!座布団1枚! -- 病院坂黒猫 (2009-10-27 20:51:13)
- 最初は静かに、ガコンガコンと登っていって、
頂点からは一気に急降下、
右に左に錐揉みしながら振り回し、
最後には出発点に戻ってくる。
……もしかしたらコレって、真の意味での
「ジェットコースターノベル」
なのかもしれない。 -- 名無しさん (2009-10-13 20:26:07) - スゲェ! -- 名無しさん (2009-10-13 09:55:27)
- GJ!
なにこれ いちいち面白いw -- 名無しさん (2009-10-11 04:09:28) - 冒頭のシリアスな話からの落差がたまりません。GJ! -- 名無しさん (2009-03-16 15:31:53)
- どんな暗い話でも耐えられるように心の準備をしてから読み始めたのにww
でもこーいうネタは大好きだ!!GJ!
今からループに乗っかってきますwww -- 名無しさん (2008-10-12 19:48:32) - タイトルとキャラ壊れの注意書きから重い話だと思っていたのに、見事に裏切られたw もちろん、いい意味でw
しかも、無限ループのオマケ付きとは、GJ過ぎです! -- 名無しさん (2008-07-21 06:01:34) - 冒頭シリアスかと思ったら、なんだよこの壊れギャグwww -- 名無しさん (2008-07-07 23:25:22)
- GJすぎるwwwwwww
そして無限ループwwwww -- 名無しさん (2008-06-16 01:54:35) - シリアスとギャグとバトルの三つが同時に読めるとは
なんとお得な短編なんだwwGJ!! -- 名無しさん (2008-06-16 01:05:13) - 無限ループって怖くね?
GJでつ -- 名無しさん (2008-05-27 20:04:22)