「よっ」
まつりがカードを切る。
「ほれっ」
私もカードを一枚捨て、新たに一枚加える。
「これならどうよ?」
「さあ?どうだろうね、手札決まった?」
「フフン、じゃ勝負といきましょうか!どうよ!フラッシュ!!」
「はいフルハウス私の勝ち~~~」
「うきゃーーーーっ!!!姉さん強すぎ!!!!!」
今現在、私は自室でまつりを相手にポーカーをやっていた……ただ今まつりを8度目の敗北の海に沈めた所だった。
8連敗を喫したまつりは両手で顔を抱え込み天を仰いだ。
「な ん で一度も勝てないワケェ~~~~!?」
「まつり自分の手札も見ずにズバズバ捨てすぎなのよ、どっかでもったいない手札捨てたりしてるわよきっと」
「今回はいい仕上がりだったもん」
「まあ今回は運が悪かったわね」
「うぅう~~~~……姉さん、もっかい勝負よ!」
「はいはい……」
再びカードを戻して混ぜる、そして5枚のカードがお互いに行き渡った。
普段は仕事やお母さんへの想いにつまっている私にとって、この時間は息をつける一時だった。
カードを手に取る前に、ドアの音がノックされた。
「ちょっと~、まつりお姉ちゃん騒がし……って、何やってんの?」
「うわ~~、トランプだぁ」
かがみとつかさだった。
「見りゃーわかんでしょっ!姉さんと意地をかけた真剣勝負よっ!」
「意地も何も勝負になってるの?」
かがみのオブラートに包まぬ言葉にまつりが「うぉっ」とのけぞった。
「こ、これからなるのよっ」
「ねぇねぇ、私もいれてほしいなぁ」
まるで場の空気を読まぬつかさの発言に私は思わず笑いをこぼした。
「いいわよつかさ、入んな」
私が開いてる所に手招きする。
「ちょ、ちょっと姉さん、私たちの勝負はどーなんのよっ」
「別に一対一の勝負じゃなくても勝負にはなるでしょ?」
「う……そ、それもそうね、いいわ、なら一番を取るだけよっ」
「かがみも入りなさいよ」
入りたそうにしているものの、自分から上手く言えないでいるかがみに私はもう一つの席を空けて言った。
「そ、そうね、暇つぶしにいいかもね」
おずおずと私が手を叩いた所に腰を降ろすかがみ。
「じゃー始めましょうかぁ!!」
一番気合が入っているまつりが再びに全員にカードを配り直す。
まつりがカードを切る。
「ほれっ」
私もカードを一枚捨て、新たに一枚加える。
「これならどうよ?」
「さあ?どうだろうね、手札決まった?」
「フフン、じゃ勝負といきましょうか!どうよ!フラッシュ!!」
「はいフルハウス私の勝ち~~~」
「うきゃーーーーっ!!!姉さん強すぎ!!!!!」
今現在、私は自室でまつりを相手にポーカーをやっていた……ただ今まつりを8度目の敗北の海に沈めた所だった。
8連敗を喫したまつりは両手で顔を抱え込み天を仰いだ。
「な ん で一度も勝てないワケェ~~~~!?」
「まつり自分の手札も見ずにズバズバ捨てすぎなのよ、どっかでもったいない手札捨てたりしてるわよきっと」
「今回はいい仕上がりだったもん」
「まあ今回は運が悪かったわね」
「うぅう~~~~……姉さん、もっかい勝負よ!」
「はいはい……」
再びカードを戻して混ぜる、そして5枚のカードがお互いに行き渡った。
普段は仕事やお母さんへの想いにつまっている私にとって、この時間は息をつける一時だった。
カードを手に取る前に、ドアの音がノックされた。
「ちょっと~、まつりお姉ちゃん騒がし……って、何やってんの?」
「うわ~~、トランプだぁ」
かがみとつかさだった。
「見りゃーわかんでしょっ!姉さんと意地をかけた真剣勝負よっ!」
「意地も何も勝負になってるの?」
かがみのオブラートに包まぬ言葉にまつりが「うぉっ」とのけぞった。
「こ、これからなるのよっ」
「ねぇねぇ、私もいれてほしいなぁ」
まるで場の空気を読まぬつかさの発言に私は思わず笑いをこぼした。
「いいわよつかさ、入んな」
私が開いてる所に手招きする。
「ちょ、ちょっと姉さん、私たちの勝負はどーなんのよっ」
「別に一対一の勝負じゃなくても勝負にはなるでしょ?」
「う……そ、それもそうね、いいわ、なら一番を取るだけよっ」
「かがみも入りなさいよ」
入りたそうにしているものの、自分から上手く言えないでいるかがみに私はもう一つの席を空けて言った。
「そ、そうね、暇つぶしにいいかもね」
おずおずと私が手を叩いた所に腰を降ろすかがみ。
「じゃー始めましょうかぁ!!」
一番気合が入っているまつりが再びに全員にカードを配り直す。
「カード交換していいの?」
「2回までね」
「うーーーーむ……」
「……」
「2回までね」
「うーーーーむ……」
「……」
「皆OK?」
「うん」
「うあー……だめくさ」
「私もいいわよ」
「うん」
「うあー……だめくさ」
「私もいいわよ」
まつりが手札を見せた、2と5が二枚ずつ、つまりツーペアだ。
「ねぇお姉ちゃん、これは何?」
と、つかさが自分の手札を見せた。
「ああそれはね、1スリーレオパレスっていってね、ノーペアの一つ上よ」
「あり得ない嘘教えんなっつーの、つかさのはスリーカードね、少なくともまつりお姉ちゃんよりは上よ」
「へー」
唯一勝てそうだったつかさにも敗れ、最下位がほぼ濃厚になったまつりはがっくりと項垂れた。
「じゃ私ね、はい」
かがみが出した手札はKが三枚、Jが二枚、フルハウスだ。
「うわーもう全然駄目じゃん私」
本日何度目になるかわからないまつりの嘆き。
「で、姉さんは?」
「ん」
私も自分のカードを披露する……スペード一色で揃えられた8,9,10、J,Q……。
「ストレートフラッシュ、惜しかったわねかがみ」
「……自信あったんだけどな」
頬をかきながらかがみが呟く。
「一回位負けてくんない姉さん」
「負かしてみなさいよ」
「お姉ちゃん達すごいねー」
つかさ、そう言ってるが果たしてわかっているのだろうか。
「もう一回、今度こそは……」
再び仕切り直して張り切るまつりを私は手で制した。
「まつり、ポーカーはまた後にしよう、今はつかさもいるんだからもっと簡単な奴にしましょうよ」
まつりは一瞬「えー」という顔をしたが、つかさ達の手前、普通の表情を取り繕い、
「うう……そーね」
「ごめん、私わかるゲーム少なくて」
つかさが申し訳なさそうに言う。
「気にする事じゃないわよ、それじゃ無難に七ならべでどう?」
「うん、それなら大丈夫」
「私も異論は無いわよ」
「OK,でも勝負は勝負だから手加減は無いわよ」
「それは手加減出来るだけの力量を持ってる人の台詞よ」
「い、いーのよ別にっ!」
こうして私達は夜ご飯まで時間を潰した。
「ねぇお姉ちゃん、これは何?」
と、つかさが自分の手札を見せた。
「ああそれはね、1スリーレオパレスっていってね、ノーペアの一つ上よ」
「あり得ない嘘教えんなっつーの、つかさのはスリーカードね、少なくともまつりお姉ちゃんよりは上よ」
「へー」
唯一勝てそうだったつかさにも敗れ、最下位がほぼ濃厚になったまつりはがっくりと項垂れた。
「じゃ私ね、はい」
かがみが出した手札はKが三枚、Jが二枚、フルハウスだ。
「うわーもう全然駄目じゃん私」
本日何度目になるかわからないまつりの嘆き。
「で、姉さんは?」
「ん」
私も自分のカードを披露する……スペード一色で揃えられた8,9,10、J,Q……。
「ストレートフラッシュ、惜しかったわねかがみ」
「……自信あったんだけどな」
頬をかきながらかがみが呟く。
「一回位負けてくんない姉さん」
「負かしてみなさいよ」
「お姉ちゃん達すごいねー」
つかさ、そう言ってるが果たしてわかっているのだろうか。
「もう一回、今度こそは……」
再び仕切り直して張り切るまつりを私は手で制した。
「まつり、ポーカーはまた後にしよう、今はつかさもいるんだからもっと簡単な奴にしましょうよ」
まつりは一瞬「えー」という顔をしたが、つかさ達の手前、普通の表情を取り繕い、
「うう……そーね」
「ごめん、私わかるゲーム少なくて」
つかさが申し訳なさそうに言う。
「気にする事じゃないわよ、それじゃ無難に七ならべでどう?」
「うん、それなら大丈夫」
「私も異論は無いわよ」
「OK,でも勝負は勝負だから手加減は無いわよ」
「それは手加減出来るだけの力量を持ってる人の台詞よ」
「い、いーのよ別にっ!」
こうして私達は夜ご飯まで時間を潰した。
「うううぅ、姉さんやかがみはともかく、つかさ相手にすら負け越すなんて……」
嘆きながらまつりが夕食の席に付く。
「後先考えなさすぎなのよ」
最もな発言をしながらかがみも自分の位置に座った。
「でもすごいよねお姉ちゃん達(もちろんまつりは除く)、一回も勝てなかったよ」
先ほどまでのトランプ勝負、7ならべ、神経衰弱、大貧民など……。
ババ抜きを除けば、ほぼ全試合私とかがみの首位決戦であった。
まつりとは違い、かがみは流石に頭を使った勝負に強く、私も久しぶりにトランプで熱くなった。
「でもまつりだって一位とったじゃない」
「一回だけでしょ……しかもババ抜きだし」
拗ねた様にまつりが呟く。
「あらあら……随分と楽しそうね」
お母さんが夕食を運んできた。
私が贈ったネックレスを肌身離さず付けてくれている。
結婚指輪代わりに贈ったのだから外されていたら流石にショックを受けたろうが、それでもやはり嬉しいものだ。
「そうかしら」
私はあえて流す様に答える。
そうじゃないと、思わず甘甘な声が出てしまいかねないからだ。
私たちの事を知っているまつりはそんな私を見て、含み笑いを漏らした。
その目はどう見ても「素直じゃないんだから」とでも言いたげだった。
だが考えても見るがいい、ここで私が素直になったらどうなる事やら……夕食どころじゃなくなるのは間違いない。
「ただいま~」
神主の恰好をしたお父さんがゆっくりと腰を降ろす。
「あなた、先に着替えてきてください」
「ああ、そうだったね、ごめんごめん」
お父さんは再び立ち上がり、お母さんと目線を合わせた。
お互いに微笑み合う二人。
嘆きながらまつりが夕食の席に付く。
「後先考えなさすぎなのよ」
最もな発言をしながらかがみも自分の位置に座った。
「でもすごいよねお姉ちゃん達(もちろんまつりは除く)、一回も勝てなかったよ」
先ほどまでのトランプ勝負、7ならべ、神経衰弱、大貧民など……。
ババ抜きを除けば、ほぼ全試合私とかがみの首位決戦であった。
まつりとは違い、かがみは流石に頭を使った勝負に強く、私も久しぶりにトランプで熱くなった。
「でもまつりだって一位とったじゃない」
「一回だけでしょ……しかもババ抜きだし」
拗ねた様にまつりが呟く。
「あらあら……随分と楽しそうね」
お母さんが夕食を運んできた。
私が贈ったネックレスを肌身離さず付けてくれている。
結婚指輪代わりに贈ったのだから外されていたら流石にショックを受けたろうが、それでもやはり嬉しいものだ。
「そうかしら」
私はあえて流す様に答える。
そうじゃないと、思わず甘甘な声が出てしまいかねないからだ。
私たちの事を知っているまつりはそんな私を見て、含み笑いを漏らした。
その目はどう見ても「素直じゃないんだから」とでも言いたげだった。
だが考えても見るがいい、ここで私が素直になったらどうなる事やら……夕食どころじゃなくなるのは間違いない。
「ただいま~」
神主の恰好をしたお父さんがゆっくりと腰を降ろす。
「あなた、先に着替えてきてください」
「ああ、そうだったね、ごめんごめん」
お父さんは再び立ち上がり、お母さんと目線を合わせた。
お互いに微笑み合う二人。
……そんなお父さんとお母さんのやり取りを見て、私は再び懺悔の心に駆られた。
お父さんとお母さんの間に割って入った私。
理由はどうあれ、私は間違いなく間男ならぬ間女だ、お父さんからお母さんをかすめ取ろうとしている。
先ほどまでの楽しい空気が一転して、私の中に暗い風を吹き込む。
真実を知れば、お父さんは私を許しはしないだろう、浮気うんぬんというよりは、道徳的にも許されはしない。
そして、それ以上に妻と娘に裏切られた……そう思うかもしれない。
実際に「私は」裏切っているのだから、私には返せる言葉などあるワケもない。
仕方がないじゃないか、と開き直るつもりもない、だけど、ならどうしろと言うのだろう。
諦められるのだったらとっくの昔に諦めている、わざわざ家族を崩壊の危機に晒してまで関係を繋ごうとは思わない。
それが出来ないから、こうまで苦しんでいるのではないか。
それに……お母さんの気持ちだってある。
私の思いを受け入れてくれたとはいえ、お父さんとお母さんはお互いに想い合って夫婦になった仲なのだ。
そうして、今でも今までもその関係が続いている、その「夫婦としての繋がり」はわざわざ確認するまでもなく固い。
それを考えた上でお母さんの心がお父さんより私に傾いていると、どうして断言出来ようか、お母さんが再びお父さんを選んだ所で何ら不思議は無い
思いたくは無いが、むしろその可能性の方が高いだろう。
お父さんとお母さんの間に割って入った私。
理由はどうあれ、私は間違いなく間男ならぬ間女だ、お父さんからお母さんをかすめ取ろうとしている。
先ほどまでの楽しい空気が一転して、私の中に暗い風を吹き込む。
真実を知れば、お父さんは私を許しはしないだろう、浮気うんぬんというよりは、道徳的にも許されはしない。
そして、それ以上に妻と娘に裏切られた……そう思うかもしれない。
実際に「私は」裏切っているのだから、私には返せる言葉などあるワケもない。
仕方がないじゃないか、と開き直るつもりもない、だけど、ならどうしろと言うのだろう。
諦められるのだったらとっくの昔に諦めている、わざわざ家族を崩壊の危機に晒してまで関係を繋ごうとは思わない。
それが出来ないから、こうまで苦しんでいるのではないか。
それに……お母さんの気持ちだってある。
私の思いを受け入れてくれたとはいえ、お父さんとお母さんはお互いに想い合って夫婦になった仲なのだ。
そうして、今でも今までもその関係が続いている、その「夫婦としての繋がり」はわざわざ確認するまでもなく固い。
それを考えた上でお母さんの心がお父さんより私に傾いていると、どうして断言出来ようか、お母さんが再びお父さんを選んだ所で何ら不思議は無い
思いたくは無いが、むしろその可能性の方が高いだろう。
どれだけ私が愛していても、どれだけ想っていても、結局私はお母さんの「娘」。
それを覆すことなど出来ない。
私への娘としての愛を省いても、それでもお母さんは「娘としての愛情とは別の愛」で私を選んでくれるのか……まるきり自信が無い。
もちろん母娘だって固い繋がりに違いは無いのだが、私が欲している繋がりは、それとは他にあるのだ。
それを得る為には……やはり、どの道を通ったとしても、犠牲が出る。
怖いものなど無くなった……そう唱えた筈の私の心が、再び不安と恐怖にジワジワと苛まれる。
何故私は皆と違ってこうも辛すぎる愛なのか……思わず愚痴が胸に広がる。
これは神が私に与えた罰なのか?私が何かをしてしまったのか?
そこまで考えて、急に言いようもない怒りもが沸き立つ。
笑わせないでよ、神様が一体いつ私の味方をしてくれた?始めから敵だったじゃないか。
私だけは挑戦権すら与えられないの?そんなの認めない、認められない。
ここまで来て、自分からお母さんを手放す真似をする位ならば、
文字通り、死んだ方がマシだ。
私の中で中立を保っていた天秤が、家族からお母さんへと傾いた瞬間だった。
もう、神様も神事も何も知ったことじゃない。
やる事をやって後悔するか、やる事をやらずに後悔するか、二つに一つだ。
誰も傷付く事の無い愛なんぞ存在しない、だから、私は間女らしくお母さんを奪う、一切奇麗事を言うつもりも無い。
……そうやって強硬な考えを保っていないと、今の私の心はすぐさま折れてしまいそうだった。
それを覆すことなど出来ない。
私への娘としての愛を省いても、それでもお母さんは「娘としての愛情とは別の愛」で私を選んでくれるのか……まるきり自信が無い。
もちろん母娘だって固い繋がりに違いは無いのだが、私が欲している繋がりは、それとは他にあるのだ。
それを得る為には……やはり、どの道を通ったとしても、犠牲が出る。
怖いものなど無くなった……そう唱えた筈の私の心が、再び不安と恐怖にジワジワと苛まれる。
何故私は皆と違ってこうも辛すぎる愛なのか……思わず愚痴が胸に広がる。
これは神が私に与えた罰なのか?私が何かをしてしまったのか?
そこまで考えて、急に言いようもない怒りもが沸き立つ。
笑わせないでよ、神様が一体いつ私の味方をしてくれた?始めから敵だったじゃないか。
私だけは挑戦権すら与えられないの?そんなの認めない、認められない。
ここまで来て、自分からお母さんを手放す真似をする位ならば、
文字通り、死んだ方がマシだ。
私の中で中立を保っていた天秤が、家族からお母さんへと傾いた瞬間だった。
もう、神様も神事も何も知ったことじゃない。
やる事をやって後悔するか、やる事をやらずに後悔するか、二つに一つだ。
誰も傷付く事の無い愛なんぞ存在しない、だから、私は間女らしくお母さんを奪う、一切奇麗事を言うつもりも無い。
……そうやって強硬な考えを保っていないと、今の私の心はすぐさま折れてしまいそうだった。
お母さんを放せず、家族も手放せない、そんな弱弱しい私の精一杯のあがきだった……。
「よいしょっ……と」
平服に着替えたお父さんが上座に座った。
今はまだ、このままでいいのよね、こうやって皆で夕食をかこむ、このままで……。
「……」
「姉さん?」
「お姉ちゃんどうしたの?」
「いのり?どうかしたのかい?」
ハッ、と気づけば、皆が私を不安げな表情で見つめていた。
「え?ううん、ちょっと考えこんじゃって、何でもないの」
すぐさま普通の仮面を取り繕う。
だが……。
「お姉ちゃん……泣いてるの?」
つかさにそう指摘され、私はその時初めて右頬が涙で濡れている事に気づいた。
「え……あ……」
こんな顔を全員の前で見せてしまった、言い訳が浮かばない。
『目にゴミが入った』嘘ですと言ってるようなものだ、『目薬さしたばっかりで……』嗚咽している理由が無い。
頭が上手く回らない、更に心配そうな顔つきになる皆。
「なぁ、いのり、一体……」
お父さんが第一声を発そうとした時だった。
平服に着替えたお父さんが上座に座った。
今はまだ、このままでいいのよね、こうやって皆で夕食をかこむ、このままで……。
「……」
「姉さん?」
「お姉ちゃんどうしたの?」
「いのり?どうかしたのかい?」
ハッ、と気づけば、皆が私を不安げな表情で見つめていた。
「え?ううん、ちょっと考えこんじゃって、何でもないの」
すぐさま普通の仮面を取り繕う。
だが……。
「お姉ちゃん……泣いてるの?」
つかさにそう指摘され、私はその時初めて右頬が涙で濡れている事に気づいた。
「え……あ……」
こんな顔を全員の前で見せてしまった、言い訳が浮かばない。
『目にゴミが入った』嘘ですと言ってるようなものだ、『目薬さしたばっかりで……』嗚咽している理由が無い。
頭が上手く回らない、更に心配そうな顔つきになる皆。
「なぁ、いのり、一体……」
お父さんが第一声を発そうとした時だった。
「ちょっと姉さん、また泣いてんのぉ~~?」
急にまつりが呆れたような顔をして言った。
「「「え……?」」」
全員がまつりに素っ頓狂な顔を向けた、無論私も例外ではない。
「昨日一緒に「セカチュー」のDVD借りてきて二人で見てたのよ、そしたら姉さん隣でバカみたいにボロッボロ泣いてさぁ……」
ここに至って私はようやく、まつりが助け舟を出してくれている事に気付いた。
―――――私は姉さんの味方でいるから。
あの時の台詞を思い出す。
本当に、この子は……。
「あ……ごめん、どうしても最後のシーン思い出しちゃって……」
何とか嗚咽をこらえ、まつりに返答を返す、心の中で何度もお礼を言いながら。
「いい加減一日経ったんだから泣くのやめなよ、姉さん涙腺脆くなっちゃったんじゃない?」
「ご、ごめん、気を付けるわ……」
皆の顔が安堵した表情に戻っていた。
「急に泣き出すからビックリしちゃったよぉ」
「何だ、お父さんもビックリしたよ」
「ごめんごめん……」
今度はまつりの心遣いに泣きそうになりながらも、そこは何とかこらえ笑顔を搾り出した。
「さ、じゃ冷めない内に食べようか」
皆で手を合わせて、ご飯に箸を付ける。
まつりのおかげで、この場を凌げた、感謝しないと。
そしてそのまつりに対して、恩を仇で返すような真似は……やはり避けたい。
先程の間女宣言はどこへやら、私は改めて一人では無いのだな、と実感した。
そうよ、例え神様が味方じゃなくても、この子は私の味方じゃないか―――――。
急にまつりが呆れたような顔をして言った。
「「「え……?」」」
全員がまつりに素っ頓狂な顔を向けた、無論私も例外ではない。
「昨日一緒に「セカチュー」のDVD借りてきて二人で見てたのよ、そしたら姉さん隣でバカみたいにボロッボロ泣いてさぁ……」
ここに至って私はようやく、まつりが助け舟を出してくれている事に気付いた。
―――――私は姉さんの味方でいるから。
あの時の台詞を思い出す。
本当に、この子は……。
「あ……ごめん、どうしても最後のシーン思い出しちゃって……」
何とか嗚咽をこらえ、まつりに返答を返す、心の中で何度もお礼を言いながら。
「いい加減一日経ったんだから泣くのやめなよ、姉さん涙腺脆くなっちゃったんじゃない?」
「ご、ごめん、気を付けるわ……」
皆の顔が安堵した表情に戻っていた。
「急に泣き出すからビックリしちゃったよぉ」
「何だ、お父さんもビックリしたよ」
「ごめんごめん……」
今度はまつりの心遣いに泣きそうになりながらも、そこは何とかこらえ笑顔を搾り出した。
「さ、じゃ冷めない内に食べようか」
皆で手を合わせて、ご飯に箸を付ける。
まつりのおかげで、この場を凌げた、感謝しないと。
そしてそのまつりに対して、恩を仇で返すような真似は……やはり避けたい。
先程の間女宣言はどこへやら、私は改めて一人では無いのだな、と実感した。
そうよ、例え神様が味方じゃなくても、この子は私の味方じゃないか―――――。
……そんな安堵の中で私はご飯に夢中になっていた、だから、
その時のお母さんの思いつめたような、何かを決意したような表情に、気付く由も無かった……。
その時のお母さんの思いつめたような、何かを決意したような表情に、気付く由も無かった……。
お母さんが食器を洗っている。
私は手伝おうか?と声をかけたものの断られ、テレビを一人で見ていた。
「いのり?明日は会社あるんでしょ?早めに寝なさいね」
相も変わらずニコニコと、やんわり言うお母さんに、私は照れくさそうに頷いてみせた。
確かに明日は早いしね……これ以上遅刻すればまたあの課長が黙ってないか。
「じゃ、今日は布団に潜るわ……お母さん、お休み」
「お休み、明日は起こさなくて平気?」
「ああ、大丈夫よ、携帯で起きれるから」
「そう、それじゃあお休み、いのり」
私の頬に軽くキスをすると、再び食器洗いに戻るお母さん。
背を向けたお母さんの頬にキスのお返しをして、私は部屋へと戻った。
私は手伝おうか?と声をかけたものの断られ、テレビを一人で見ていた。
「いのり?明日は会社あるんでしょ?早めに寝なさいね」
相も変わらずニコニコと、やんわり言うお母さんに、私は照れくさそうに頷いてみせた。
確かに明日は早いしね……これ以上遅刻すればまたあの課長が黙ってないか。
「じゃ、今日は布団に潜るわ……お母さん、お休み」
「お休み、明日は起こさなくて平気?」
「ああ、大丈夫よ、携帯で起きれるから」
「そう、それじゃあお休み、いのり」
私の頬に軽くキスをすると、再び食器洗いに戻るお母さん。
背を向けたお母さんの頬にキスのお返しをして、私は部屋へと戻った。
携帯のアラームをセットする。
そのまま横になり、小説を読みながら眠気がやってくるのを待った。
……そのまま三十分位読みふけり、ようやく睡魔が眠りへと誘う。
睡魔と共に、この先待ち受けるであろう事への不安も一時的に溶けていき……。
読みかけの小説を頭の上に置き、私は静かに眠りに落ちた……。
そのまま横になり、小説を読みながら眠気がやってくるのを待った。
……そのまま三十分位読みふけり、ようやく睡魔が眠りへと誘う。
睡魔と共に、この先待ち受けるであろう事への不安も一時的に溶けていき……。
読みかけの小説を頭の上に置き、私は静かに眠りに落ちた……。
起きる。
アラームが元気よく私の耳元で騒いでいる。
うるさいな、もう少し静かに鳴れないのかしら。
自分でセットしておいて何をか言わんや、だが安眠を妨害された私の頭の中は不当な訴えを主張した。
まだ重い頭を軽くふって、アラームを止め、起き上がる。
服を着替え、鞄を持つと、リビングへと向かう。
アラームが元気よく私の耳元で騒いでいる。
うるさいな、もう少し静かに鳴れないのかしら。
自分でセットしておいて何をか言わんや、だが安眠を妨害された私の頭の中は不当な訴えを主張した。
まだ重い頭を軽くふって、アラームを止め、起き上がる。
服を着替え、鞄を持つと、リビングへと向かう。
「おはよう」
「あら、おはよう」
お母さんは台所で昨日と同じ様に食器を洗っていた。
今日はいつもより更に早く起きたというのに、既にお母さんは洗い物をしている、一体いつ寝ているのかと問いたくなる位に。
「ご飯、用意するわね」
お母さんが皿を出し、味噌汁を沸かそうとした瞬間、私は不意をついて後ろからお母さんに抱きついた。
「……」
一瞬体を硬直させただけで、お母さんは何の反応も起こさない。
昨日の言い知れない恐怖を味わったせいで……今まで以上に肌の温もりが恋しい。
「お母さんは、私のお母さんよね」
「いのり、どうしたの?」
「ごめん、もう少しこのままでお願い」
「……」
どれだけ、どれだけ気丈に心を打ち立たせても、すぐに後から湧いてくる恐怖。
この温もりを強制的に離されてしまう時が、来るかもしれないという、恐怖。
ああ、私って、まだこんな弱かったのか。
長女として、大人として、十分成長してきたように感じていたのは、まるで錯覚だったのだと、再び思い知らされた。
このまま二人で、お母さんを道連れに溶けてしまいたい、私の全てがそう叫んでいる。
そんな想いをぐっと抑え、私は静かにお母さんから離れた。
「ありがと」
「……」
一瞬、本当に一瞬、お母さんの顔に悲の感情がよぎったのを私の眼は捕らえてしまった。
気のせいだ、きっと、全然そう思えていなかったが、これ以上お母さんを心配させる訳にもいかず、無理やり笑顔でやり過ごした。
お母さんは、再び朝食の準備に取り掛かる。
時間はまだ6時過ぎたばかりだから、かがみ達が起きてくるのはもう少し後の話だろう。
「……はい」
コト、と私の前に置かれるご飯、沢庵、焼き魚に味噌汁。
食欲をそそられる匂いに私は少し、落ち着きを取り戻せた。
「あら、おはよう」
お母さんは台所で昨日と同じ様に食器を洗っていた。
今日はいつもより更に早く起きたというのに、既にお母さんは洗い物をしている、一体いつ寝ているのかと問いたくなる位に。
「ご飯、用意するわね」
お母さんが皿を出し、味噌汁を沸かそうとした瞬間、私は不意をついて後ろからお母さんに抱きついた。
「……」
一瞬体を硬直させただけで、お母さんは何の反応も起こさない。
昨日の言い知れない恐怖を味わったせいで……今まで以上に肌の温もりが恋しい。
「お母さんは、私のお母さんよね」
「いのり、どうしたの?」
「ごめん、もう少しこのままでお願い」
「……」
どれだけ、どれだけ気丈に心を打ち立たせても、すぐに後から湧いてくる恐怖。
この温もりを強制的に離されてしまう時が、来るかもしれないという、恐怖。
ああ、私って、まだこんな弱かったのか。
長女として、大人として、十分成長してきたように感じていたのは、まるで錯覚だったのだと、再び思い知らされた。
このまま二人で、お母さんを道連れに溶けてしまいたい、私の全てがそう叫んでいる。
そんな想いをぐっと抑え、私は静かにお母さんから離れた。
「ありがと」
「……」
一瞬、本当に一瞬、お母さんの顔に悲の感情がよぎったのを私の眼は捕らえてしまった。
気のせいだ、きっと、全然そう思えていなかったが、これ以上お母さんを心配させる訳にもいかず、無理やり笑顔でやり過ごした。
お母さんは、再び朝食の準備に取り掛かる。
時間はまだ6時過ぎたばかりだから、かがみ達が起きてくるのはもう少し後の話だろう。
「……はい」
コト、と私の前に置かれるご飯、沢庵、焼き魚に味噌汁。
食欲をそそられる匂いに私は少し、落ち着きを取り戻せた。
「今日は私も食べちゃう事にするわ」
そう言ってお母さんは自分の分も朝食も用意し、私の向かいに並べた。
お母さんと二人で朝食をとるのは久しぶりの事だ。
「「いただきます」」
二人で手を合わせ、私は焼き魚をつつく。
二人、何の言葉を交わすでもなく、唯黙々と箸を進める。
私と、お母さんだけの時間。
私と、お母さんだけの空気。
これ以上無い程に喜ぶべき状況では、ないのか?
なのに、何で、こんなに……。
私の体は「痛い」って言ってるのかしら……。
そう言ってお母さんは自分の分も朝食も用意し、私の向かいに並べた。
お母さんと二人で朝食をとるのは久しぶりの事だ。
「「いただきます」」
二人で手を合わせ、私は焼き魚をつつく。
二人、何の言葉を交わすでもなく、唯黙々と箸を進める。
私と、お母さんだけの時間。
私と、お母さんだけの空気。
これ以上無い程に喜ぶべき状況では、ないのか?
なのに、何で、こんなに……。
私の体は「痛い」って言ってるのかしら……。
「ご馳走様」
私達はほぼ同時に食べ終わり、食器を運ぶ。
そしてお母さんは後片付け、私はバッグから化粧道具を取り出し、薄く化粧を施す。
鏡を見て準備が整ったのを確認すると、後ろからお母さんに声をかけた。
「じゃあ、お母さん、行って来るわ」
お母さんは首だけをこちらに向け、
「いってらっしゃい」
いつもより静かな声が響いた。
「……」
私は玄関に向かう。
靴を履き、外へと出る。
私達はほぼ同時に食べ終わり、食器を運ぶ。
そしてお母さんは後片付け、私はバッグから化粧道具を取り出し、薄く化粧を施す。
鏡を見て準備が整ったのを確認すると、後ろからお母さんに声をかけた。
「じゃあ、お母さん、行って来るわ」
お母さんは首だけをこちらに向け、
「いってらっしゃい」
いつもより静かな声が響いた。
「……」
私は玄関に向かう。
靴を履き、外へと出る。
風が、冷たい。
私にこれから起こる事を警告しているかのような、容赦ない冷風が私を冷やす。
何か、今までの冷たさとは根本的な違いがあるような。
それは、今までの私と違うからなのかもしれない。
切符を買う時も、小刻みに指が震えているのがわかる。
歩く、ただホームを目指して。
「あの」
後ろから、同じ位の年齢の女性に声をかけられる。
「切符、落としましたよ」
「あ……」
言われて初めて自分の手から切符が消えている事に気付いた。
「すみません、ありがとうございます……」
軽くお礼を言い、女性の手から切符を受け取って足早に駆ける。
私にこれから起こる事を警告しているかのような、容赦ない冷風が私を冷やす。
何か、今までの冷たさとは根本的な違いがあるような。
それは、今までの私と違うからなのかもしれない。
切符を買う時も、小刻みに指が震えているのがわかる。
歩く、ただホームを目指して。
「あの」
後ろから、同じ位の年齢の女性に声をかけられる。
「切符、落としましたよ」
「あ……」
言われて初めて自分の手から切符が消えている事に気付いた。
「すみません、ありがとうございます……」
軽くお礼を言い、女性の手から切符を受け取って足早に駆ける。
「おはようございます」
「おう」
課長との軽い挨拶の後、私はサエの表情が暗く沈んでいる事に気がついた。
正直私も他人に気を回せる程余裕があった訳では無かったが、知らぬ顔をするのもどうかと考え直し、サエに向き合う。
「サエ、暗いわね」
「え……そう見える?」
「あからさまにそうとしか見えないわよ」
普段は明るい彼女なだけに、わかりやすい。
「どうしたの?何かあった?」
「うん……」
彼女は、少し間を置いて、
「フられちゃった」
そう告げた。
「……坂上君?」
「あれ、私、いのりに話したっけ……」
「聞いたわよ」
と、嘘をついた。
「そっか……」
何を言うでもない。
まだ、私の事が振り切れてないのかもしれない。
だとしても、今の私にとってはどうでもいいこと。
前の私であれば、こうも薄情では無かったと思う。
だが、もう私もいっぱいいっぱいなのだ。
そんな思いから、サエがつら憎くなった。
失恋できるだけでも恵まれてるじゃないか、私なんか――――。
……。
もう、思うのが苦痛にしか感じない。
私は考え事から逃げる様に仕事に打ち込んだ。
「おう」
課長との軽い挨拶の後、私はサエの表情が暗く沈んでいる事に気がついた。
正直私も他人に気を回せる程余裕があった訳では無かったが、知らぬ顔をするのもどうかと考え直し、サエに向き合う。
「サエ、暗いわね」
「え……そう見える?」
「あからさまにそうとしか見えないわよ」
普段は明るい彼女なだけに、わかりやすい。
「どうしたの?何かあった?」
「うん……」
彼女は、少し間を置いて、
「フられちゃった」
そう告げた。
「……坂上君?」
「あれ、私、いのりに話したっけ……」
「聞いたわよ」
と、嘘をついた。
「そっか……」
何を言うでもない。
まだ、私の事が振り切れてないのかもしれない。
だとしても、今の私にとってはどうでもいいこと。
前の私であれば、こうも薄情では無かったと思う。
だが、もう私もいっぱいいっぱいなのだ。
そんな思いから、サエがつら憎くなった。
失恋できるだけでも恵まれてるじゃないか、私なんか――――。
……。
もう、思うのが苦痛にしか感じない。
私は考え事から逃げる様に仕事に打ち込んだ。
「……」
私は屋上にいた。
普段は吸う事等無い煙草を加え、火をつける。
どう味わっても不快な苦味にしか思えない吸煙が私の肺を満たしていく。
だが今の私にとっては、この苦味すらもが心地よかった。
何で、こんな風になったのかしら。
「柊」
後ろから、声が聞こえた。
振り返らずとも判る、坂上君、か。
私は屋上にいた。
普段は吸う事等無い煙草を加え、火をつける。
どう味わっても不快な苦味にしか思えない吸煙が私の肺を満たしていく。
だが今の私にとっては、この苦味すらもが心地よかった。
何で、こんな風になったのかしら。
「柊」
後ろから、声が聞こえた。
振り返らずとも判る、坂上君、か。
「屋上に来るなんて珍しいじゃない」
「そういう柊こそ、煙草吸ってる所なんて一度も見た事無かったぞ?」
「たま~に、ね……」
言葉だけ返し、相変わらず私の視線は屋上から下を見ている。
下は道路、ミニチュアみたいな車が暇なく動き、ごまつぶ程度にしか見えない人の群れがわらわら動く。
もう一度、煙を吐き出した。
高い所は苦手だった私が、屋上から身を投げ出しているような体勢であるにも関わらず、まるで恐怖を感じない。
隣で、坂上君もポケットから煙草を取り出し、火をつける。
しばし、二人の間に沈黙の時間が続く。
沈黙を破ったのは、私が先だった。
「フったんだってね」
「……え?」
「サエの事」
下を見続けていた顔を坂上君の方に向け、確認する。
「……本人から聞いたのか?」
「相手が誰かまでは聞かなかったけどね、あの子、坂上君好きだったみたいだし」
「そうか……」
本人は考え込んでいるような素振りを見せたが、私の興味をまるで惹く事は無い。
そもそも会話が見つからないが故の話題だ、話が途切れてしまえばそれまでだろう。
「もったいない事したわね、あの子、今時珍しい位いい子よ、親友の私が言うんだから間違い無いわ」
話を繋ぐ為に言わなくてもいい事を言う私の口。
だが、サエをいい子と言った私の言葉に嘘は無い。
あの子とは大学来からの付き合いになるが、他の人間より素直で、明るくて、初めて会った時から好感を持てた。
「そうだな、もったいない事したかもな……」
「そうよ」
坂上君が、何か言葉を繋ごうとしている、その表情は必死にすら見えた。
そして――――。
「……未練たらしく思われるだろうけど、まだ、お前の事吹っ切れてないからだろうな」
「……」
「こんな事言われたって迷惑なのは判ってる、でも、中々上手くいかないんだよな、吹っ切ろうとは思っても」
……そう言われた私の心境を一言で語れば。
「迷惑」を通り越して「怒り」だったのかも知れない。
何を、何を言ってるのこの男は。
それを私に宣言してどうなる訳?
不安、苦しみ、恐怖……全てが私を怒りへと掻き立てる。
それをぶつける相手を見つけたと言わんばかりに、私は坂上君に対して、さも滑稽だと言うような顔を作ってみせた。
「本当に迷惑ね、アンタさ、それを私に話して何を望んでんの?」
「あ……俺は別に望んでるとか」
「ハッ、ずっと待ってればいつか私がアンタに傾くとでも思ってんの?バッカじゃない?」
私じゃない何かが、体を乗っ取ってしまったかの如く、攻撃の対象となった人物を容赦なく責め立てる。
「そういう柊こそ、煙草吸ってる所なんて一度も見た事無かったぞ?」
「たま~に、ね……」
言葉だけ返し、相変わらず私の視線は屋上から下を見ている。
下は道路、ミニチュアみたいな車が暇なく動き、ごまつぶ程度にしか見えない人の群れがわらわら動く。
もう一度、煙を吐き出した。
高い所は苦手だった私が、屋上から身を投げ出しているような体勢であるにも関わらず、まるで恐怖を感じない。
隣で、坂上君もポケットから煙草を取り出し、火をつける。
しばし、二人の間に沈黙の時間が続く。
沈黙を破ったのは、私が先だった。
「フったんだってね」
「……え?」
「サエの事」
下を見続けていた顔を坂上君の方に向け、確認する。
「……本人から聞いたのか?」
「相手が誰かまでは聞かなかったけどね、あの子、坂上君好きだったみたいだし」
「そうか……」
本人は考え込んでいるような素振りを見せたが、私の興味をまるで惹く事は無い。
そもそも会話が見つからないが故の話題だ、話が途切れてしまえばそれまでだろう。
「もったいない事したわね、あの子、今時珍しい位いい子よ、親友の私が言うんだから間違い無いわ」
話を繋ぐ為に言わなくてもいい事を言う私の口。
だが、サエをいい子と言った私の言葉に嘘は無い。
あの子とは大学来からの付き合いになるが、他の人間より素直で、明るくて、初めて会った時から好感を持てた。
「そうだな、もったいない事したかもな……」
「そうよ」
坂上君が、何か言葉を繋ごうとしている、その表情は必死にすら見えた。
そして――――。
「……未練たらしく思われるだろうけど、まだ、お前の事吹っ切れてないからだろうな」
「……」
「こんな事言われたって迷惑なのは判ってる、でも、中々上手くいかないんだよな、吹っ切ろうとは思っても」
……そう言われた私の心境を一言で語れば。
「迷惑」を通り越して「怒り」だったのかも知れない。
何を、何を言ってるのこの男は。
それを私に宣言してどうなる訳?
不安、苦しみ、恐怖……全てが私を怒りへと掻き立てる。
それをぶつける相手を見つけたと言わんばかりに、私は坂上君に対して、さも滑稽だと言うような顔を作ってみせた。
「本当に迷惑ね、アンタさ、それを私に話して何を望んでんの?」
「あ……俺は別に望んでるとか」
「ハッ、ずっと待ってればいつか私がアンタに傾くとでも思ってんの?バッカじゃない?」
私じゃない何かが、体を乗っ取ってしまったかの如く、攻撃の対象となった人物を容赦なく責め立てる。
「それでも僕は諦めないよ――、って?今時凄いわねアンタ、呆れを通り越して賞賛に値するわ」
「そんな事言ってねえだろっ!」
思わず声が荒くなる坂上君に対して私は逆に冷めた表情になる、顔に失笑すら貼り付けて。
「じゃあ何よ、同情でもしてほしい訳?いいわよ別に、女にフラれてそれを理由に別の女をフって申告しに来た可哀想な坂上君―――」
坂上君の手から煙草が落ちる。
「これで満足でしょ?良かったわねー好きな女に慰めて貰えて、……だからもういい加減諦めたら?想い一つ断ち切れませんだとか、女々しい事言ってんじゃないわよ……!!」
その言葉は、同時に私にも向けられていたが故に、私の心をも酷く抉った。
坂上君の手が、私の腕を掴みあげる。
抵抗しようと思えば出来ただろう、だが、私は動かなかった。
……そのまま動かぬ事、一分経っただろうか。
暫く私を睨み付けていた目が、急に力を失った様に下を向き、掴んでいた手も、私から離れた。
「お前、変わったな……」
落胆したような、失望したような、そんな響きを含んだ声。
「ええ、変わったわよ」
軽蔑したければ、すればいい、そんな些事、今の私にとっては問題になり得ないんだから。
「変わるに決まってるじゃない……」
その呟きは、坂上君に向けたものと言うよりは、独り言に近かった。
「わかったら、もう放っておいて……私はアンタに回してやれる心なんてこれっぽっちも残ってないのよ」
「……」
俯いたまま、この場を去っていく坂上君。
これで一人、友達を失くしたわね……私の何処かが無責任にそう思った。
じく……と今更になって胸が痛み出す。
攻撃対象が消え、後に残った物は、喪失感と疼きだけだった。
坂上君でこの痛みだ、果たして、お母さんを失う時の痛みはどれ程のものだろうか。
考えただけで、気を失いそうだ。
「つ……」
強くなっていく疼きに思わず声を漏らす。
一歩踏み出すも、足がもたれる様に膝から崩れた。
「……」
ああ、ここまで参ってるなんて。
片方の膝に力を入れ、なんとかもう一度立ち上がると、振り返らずに屋上を後にした。
「そんな事言ってねえだろっ!」
思わず声が荒くなる坂上君に対して私は逆に冷めた表情になる、顔に失笑すら貼り付けて。
「じゃあ何よ、同情でもしてほしい訳?いいわよ別に、女にフラれてそれを理由に別の女をフって申告しに来た可哀想な坂上君―――」
坂上君の手から煙草が落ちる。
「これで満足でしょ?良かったわねー好きな女に慰めて貰えて、……だからもういい加減諦めたら?想い一つ断ち切れませんだとか、女々しい事言ってんじゃないわよ……!!」
その言葉は、同時に私にも向けられていたが故に、私の心をも酷く抉った。
坂上君の手が、私の腕を掴みあげる。
抵抗しようと思えば出来ただろう、だが、私は動かなかった。
……そのまま動かぬ事、一分経っただろうか。
暫く私を睨み付けていた目が、急に力を失った様に下を向き、掴んでいた手も、私から離れた。
「お前、変わったな……」
落胆したような、失望したような、そんな響きを含んだ声。
「ええ、変わったわよ」
軽蔑したければ、すればいい、そんな些事、今の私にとっては問題になり得ないんだから。
「変わるに決まってるじゃない……」
その呟きは、坂上君に向けたものと言うよりは、独り言に近かった。
「わかったら、もう放っておいて……私はアンタに回してやれる心なんてこれっぽっちも残ってないのよ」
「……」
俯いたまま、この場を去っていく坂上君。
これで一人、友達を失くしたわね……私の何処かが無責任にそう思った。
じく……と今更になって胸が痛み出す。
攻撃対象が消え、後に残った物は、喪失感と疼きだけだった。
坂上君でこの痛みだ、果たして、お母さんを失う時の痛みはどれ程のものだろうか。
考えただけで、気を失いそうだ。
「つ……」
強くなっていく疼きに思わず声を漏らす。
一歩踏み出すも、足がもたれる様に膝から崩れた。
「……」
ああ、ここまで参ってるなんて。
片方の膝に力を入れ、なんとかもう一度立ち上がると、振り返らずに屋上を後にした。
「いのり……何か食べてく?」
サエがやはり朝と同じ調子で私に声をかける。
恐らくサエは、本当はそんな気分では無いのだろうが、私への義理として声をかけたのだろう。
そして、その私は、その義理にすら答えられる元気も残っていなかった。
「遠慮しとくわ、食欲も無いし……」
「そっか」
お互い、それ以上言葉を交わす事も無く、私は足早にロッカールームへと足を運ぶ。
サエがやはり朝と同じ調子で私に声をかける。
恐らくサエは、本当はそんな気分では無いのだろうが、私への義理として声をかけたのだろう。
そして、その私は、その義理にすら答えられる元気も残っていなかった。
「遠慮しとくわ、食欲も無いし……」
「そっか」
お互い、それ以上言葉を交わす事も無く、私は足早にロッカールームへと足を運ぶ。
着替え、外に出てみると、朝以上に冷たい風が私の体を攻撃してきた。
「……」
これ以上、外の冷気に己の体を晒していたくない。
早く、家に帰ろう、私の足は風に逆らうようにして駅へと急いだ。
「……」
これ以上、外の冷気に己の体を晒していたくない。
早く、家に帰ろう、私の足は風に逆らうようにして駅へと急いだ。