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こなたルート・The 4th Star

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だれでも歓迎! 編集
 さて、覚悟はいいか。
 着替えて、顔を洗って、そのついでのように俺は鏡に映っている自分に問いかけた。そこにはどこか不満そうな顔をした、十七年間付き合ってきた自分の顔がある。もうちょっとなんとかならなかったものかとはいつも思うが、最近はようやく折り合いがつくようになってきたんじゃないかと思う。どうしようもないことだ、とだんだん諦めていく。ひょっとしたらそれが年をとるということなのだろうか。
 覚悟は決めたか。
 そう問いかけた鏡の中の俺は、覚悟という言葉に相応しい表情はしていなかった。戸惑ったような、不安を抱えた表情。
 そりゃそうだよな。俺はあっさり認める。転校して一週間。どうなることかと思ったが、いきなり文化祭の劇に巻き込まれて、友人も何人かはできた。
 正直に言おう。俺は楽しい。こなたたちと一緒に同じ方向を向いている今が楽しい。うん、認めよう。教室で谷口とどうでも良いことをしゃべるのも楽しいし、高良さんとしゃべってると和むし、柊姉妹は面白いし、こなたとはなんだかよく分からないけど自然と一緒にいる。
 それだけじゃ、ダメか?
 ……たぶん、ダメなんだよな。
 そうなんだな?
 鏡の中の俺は、小さく笑って、頷いた。敗北の味だって、悪くないもんだ。
 それじゃあ、行こうか。





 土曜日。学校は休みではあるが、本番まで残り三日というもしかしなくても非常に厳しい日程を鑑みて、午前中は舞台の練習に当てられている。というか、高良さんが体育館の使用権をどこからともなくもぎ取ってきたのだ。現実的に考えて時間が足りないのはみんな分かっているから、感謝することはあっても、文句が出ようはずもない。悲しそうな顔をしたのは空気を読むのが不得手な劇のもう一人の主役を任されている見た目小学生なアイツだけだ。
 そんなわけで登校し、校門を潜ると、準備のために学校に出てきているのは俺たちだけではないらしいということがわかった。あちこちで同じ制服を着た生徒が走り回って、何かを組み上げたり楽しそうにしゃべったりしている。
 今日は一人での登校だった。よくよく考えたら一人で登校したのは転校初日と二日目だけで、それ以外は全部こなたと一緒だったんだな、とつい感慨に耽ってしまう。まったく、一人で登校するのに違和感すら感じるようになってしまったらどうするんだ。責任取ってくれるのか。
 そのこなたは、今日は俺の家に現れなかった。今日のことは分かっているはずだし、あえて連絡をするのも正直どうなのかと思ったのでそのまま家を出たのだが、大丈夫だったろうか。まさか明け方までネトゲやって寝坊してるとか、そんなことはさすがにないとは思うけど。
 時計を見ると、時間は九時に五分前。ちょうどだ。俺は靴を履き替え、体育館へと向かう。そのまま体育館の中に入っていくと、もうほとんどのメンバーは来ているようだった。高良さんは舞台のセットをしているし、柊姉は役を持ってる人集めて何かしゃべっているし、柊妹は布を広げて同じように小道具を持ち寄っている女の子と何か話している。
 俺はどこに行こうか、と思ったら、柊姉が俺を見つけて手招きしてくる。特にそれを拒否する要素も見当たらなかったので、俺は手招かれるままにそちらに歩いていく。
 おはよう、と挨拶を交わしながら輪の中に混ざる。どうやら今日の流れを確認していたようだった。
「やっと主役が来たわ」
 何故か柊姉に軽く睨まれる。思わず時計を見るが、時間は九時の二分前。集合は九時だったから、俺は遅刻はしていないはずだ。なので、そんな風に非難を込めた目つきで見られる覚えはない。……たぶん、ないはずだ。
「で、こなたは?」
「俺に聞くな」
 そして。ええ? と期待が外れたような顔をしないでほしい。別に俺たちは付き合っているわけでもないし、四六時中一緒にいるわけでもない。ほらそこ、そんな疑惑に満ちた目で俺を見ない。ホントなんだって。信じろ。むしろ信じてください。
「まあ」柊姉は口元に手を当てて、何かを悩むように小さく俯いた。「まだ、時間前と言えば時間前だけど……」
 なんだか嫌な予感が消えないの。そう柊姉はまるで自分に言い聞かせるように呟く。
「嫌な予感って何だ?」
 うん、と柊姉は頷く。
「ひょっとして、こなた、今日のこと忘れて寝てるんじゃないかって。もしくは忘れてないけど、明け方までパソコンやら漫画やらで起きてて、今絶賛熟睡中なんじゃないかって」
 その予感なら、俺はとっくに感じている。朝こなたが来なかった時点で俺はすでにその可能性を疑っている。まあ、確信が持てるほどこなたのことを知っているわけじゃないから予感を感じながらも俺はこうして一人で学校に来たわけだが。
「そう思ったんなら呼んできなさいよっ!」
「いやそこまでするほどのもんじゃないと思ったし。それにそこまで無責任でもないだろ」
「白石くんはっ! あいつのぐうたらっぷりを知らないのよっ!」
 そうなのか。俺が知っている以上にまだ上があるのか。感心したように頷く俺に、柊姉はため息を一つ。スカートのポケットから携帯電話を取り出すと、アドレスを呼び出して通話ボタンを押す。
 そのまま時間が過ぎる。柊姉は大きな瞳の両端を険悪に吊り上げると、通話を切る。別の番号にもう一回。今度はすぐに繋がったようだ。
「もしもし、泉さんのお宅ですか? はい、柊かがみです。はい、おはようございます。それでおじさん、こなたいますか? え? 寝てる?」
 あーあーあ。女王様はお怒りだ。俺はこっそり肩を竦める。うっかり目があった同じ出演者の一人も同じように苦笑い。
「叩き起こして学校行かせてください。はい。今すぐに!」
 通話を切ると、ぱちん、と大きな音を立てて柊姉は携帯を畳む。その動作に彼女の気持ちが嫌になるほどよく表れている。
「とりあえず」ため息を吐きながら柊姉は言った。「こなた来るまで、各自台本読んでて」
 はーい、と不揃いな返事。
 鞄の中から台本を引っ張り出したときに、俺の携帯が震える。メールだ。携帯電話を開くと、メールの送り主と本文がディスプレイに表示される。

 こなた>か、かがみ怒ってる?

 俺は何故か可笑しくなって口元を歪めると、そのメールに返信する。本文はこうだ。『女王様に貢ぎ物を献じる必要有りと愚考する。具体的には甘い物。俺にはジュースでいいぞ。あと、お茶全員分』
 そのメールを送信してしまって、台本をめくりながらシーンごとの動きを確認していると、また携帯が震える。

 こなた>ドクターペッパーでいいよね。答えは聞いていない!

 そんなもんまだ売ってんのか、おい。

 こなた>うん、通り道にある自販機に

 それはそれで果てしなくレアなような気はする。飲みたいかと聞かれたら丁重にお断りするが。
 返信の言葉を返し、発声練習も兼ねた本読みに入る。こなたが来るまで三十分以上はかかるだろう。そう思っていると、一通り通して読み合わせをした頃に、体育館のドアが開く。
 全員の目が一斉にそちらを向く。
「私、ようやく参上!」
 あれ、以外と早かった。と、俺は思ったのだが、なかなか空気読まないいきなりの一言に体育館は固まっている。やたら耳に痛い沈黙だ。大きな、まるでペットボトルが何本も入っているかのような膨らみ方をしているビニール袋を肩に担いだまま、その空気読まない一言を放ったそいつ――まあ、こなたなんだけど、こなたは片手を上げた状態のままひく、と頬を引き攣らせると、そのままがばっと頭を下げた。
「……遅刻して、ごめんなさい」



 お代官様お納めください、と柊姉にポッキーを差し出してとりあえずのお許しをもらったこなたは、何故か俺の隣に座り込んで、ふあー、とまるで奈落まで続いていそうに思えるほど大きなあくびをする。大口開けるな、飲み込まれそうだ。
「……食べてもいいの?」
 お断りだ。生憎と俺はそんな趣味を持ち合わせてはいないんだ。
「じゃあ」なぜかこなたはにんまりと笑って、自分を指さして言う。「食べる?」
 また今度な。
「今度?」
 俺は肩を竦める。
 それよりも、マジで寝てたのか?
「うん」悪びれもせずにこなたは答える。「いやーいちおう昨日台本見てたんだヨ。でさ、いざ寝ようとしたらなんか寝つけなくって。ついついパソコンの電源を」
 それは死亡フラグだな。
「だよねー。パーティメンバでクエスト始めちゃったら抜けるに抜けられなくて。空気読むのって大変だよね。抜けるなんて言ったら白けちゃうしね」
 漢字の書き取りからやり直してこい。く・う・き。はいこれどんな漢字ですか? ちゃんと読めますか?
「うー、馬鹿にしてるなー」
 それにしても、もっと時間かかるかと思ったけど。意外と学校まで早く着いたんだな。走ってきたのか?
「ううん、おとーさんに送ってもらった」
 納得。
 だから大量のペットボトルも買って来られたのか。
「そだヨ。はい」
 こなたは俺にペットボトルを一本差し出す。なんとなくそれを受け取ってから、そのラベルに目を落とす。おいこら、マジで買ってきてくれやがったのか。
「遠慮無く飲んでネ」
「遠慮してもいいか」
「だーめ」
 答えは聞いてないとか意味が分からないよ助けてモモタロス。無理か。
「つまみにコレもあるんだけど」
 ハバネロか。最悪じゃないか。
「狙ってみました」
 教えてくれ、これはいったいなんの罰ゲームなんだ。俺はそんな罰ゲームを受けるようなことした記憶はないぞ。今日だって遅刻しないでちゃんと来たし。むしろ罰ゲーム受けなきゃいけないのはこなたの方じゃないのか。
「さ、今日も練習がんばろうー」
 こなたはすでに立ち上がって無意味に大きく手を振り上げている。誤魔化したな。誤魔化しやがったな。調子の良さに苦笑いしながら俺も立ち上がると、ステージの近くから柊姉の声が飛ぶ。
「そこの二人ー。通してやるからラブラブしてないでさっさと来なさい」
 このところ、なんか柊姉の俺の扱いが酷い。なんだかんだでセット扱いにされているように思うのは俺の気のせいではないだろう。これは俺の基本的人権に対する挑戦ではないだろうか。俺にだって静かに生きる権利くらいあるはずだ。
「ストロベリってる、とか甘そうでいいよね。こう、貫け、オレの武装錬金! って感じで」
 よくありません。自重しろ。むしろハラワタをブチ撒けろ。
 俺はため息を吐いて、ステージに向かって歩いていく。気が合うのは確かなんだ。一緒にいて楽しいのは確かなんだ。間違いなく、俺はこなたといるのが好きなんだ。
 ん? と俺の視線に気付いてこなたが首を傾げる。
 何でもない、と俺は視線を逸らした。
 何でもない、と思おうとした。



「えー、それじゃあ、今日の練習はこれで終わりまーす」
 集合した関係者の前に立って、高良さんが宣言する。いつもなんか一生懸命なところが可愛らしいかもしれない。
「それでですね、すっかり言うのを忘れていたんですけど」
 彼女は一枚の紙をみんなに見えるように開く。綾桜祭プログラム、と書かれたその紙には、俺たちの演劇もちゃんと組み込まれている。こうやってプログラムをみると、ああやっぱりやるんだなぁ、となんだか不思議な気分になる。
「この舞台、生徒会ともクラスとも部活とも違う形ですることになってるので、なんて表記したらいいか前に聞かれまして」
 そうなのか。まあ、そうじゃないと俺が入ることはなかったのかもしれない。
「ん?」柊姉が首を傾げる。「『陵桜祭ステージ発表特別実行委員会、チーム・Lucky☆Star』……?」
「え、えっと、その、適当な名前が思い浮かばなくて」高良さんは手をひらひらと動かしながら、話す。「ちょうどその場にいたこなたさんに」
「おまえかっ!」
「それも私だっ」
 何故かない胸を張って誇らしげに答えるこなた。
「へえ、かっこいいね、こなちゃんすごい!」
 柊妹が素直にそう喜ぶと、あちこちから声があがる。まあいいじゃん? うん、なんか可愛いし。チームってなんかいいよね。ちょっと燃えてきたかもー!
 チーム。
 チーム、ね。
「それじゃあみゆきさん、みんなに披露したところで音頭をー!」
 テンション高くこなたが告げる。目があった柊姉は苦笑い。まあいいんじゃないの、とその視線と態度が告げている。まあいいんじゃないか。俺も苦笑いで答える。
「というかだな、こなた」
「何?」
「決まってたならもっと早く言えよ」
 あう、と口元を引き攣らせるこなたに、笑いが起きる。やっぱりこういうのはみゆきさんからがえええ私ですか? そうだよ早く言えよー。ていうか相談して欲しかったー。
 ざわざわとどうにもまとまりそうにない雰囲気を収めたのは、ぱんぱんと打ち鳴らされたハンドクラップだった。全員がその方向を見る。視線を集めた柊姉はにこりと笑って腕を組むと、高良さんに視線を送る。
「はいはい。それじゃ、みゆきに締めてもらおうよ。体育館も空けないといけないし」
 柊姉に向いていた視線が、いっせいに高良さんに移動する。
 その高良さんは少し戸惑う様子を見せたものの、こほん、と一度咳払いをしてから言葉を紡ぐ。
「あと三日間になりました。あと三日間だけのチームになりますが、いいものができるように、精一杯、がんばりましょう!」
 しん、とそこに沈黙が降りた。それは、言葉にできない思いがいくつもいくつも漂った沈黙だった。言葉にしてしまうと壊れてしまう想いを丁寧に丁寧に両手で包み込むような沈黙だった。
 少なくとも、俺にはそう思えた。
 高良さんは少し困った様子で視線を左右に振る。違う。そうじゃないんだ。そう言いたいのに言葉にならない。言葉を発することで何が壊れてしまうことが恐ろしい。
「最後まで」沈黙を破って声が響く。「がんばろうー!」
 右手を突き上げて声を上げたのはこなただった。その一言が、まるで呪縛を解く呪文のようだった。一拍遅れて、声が上がる。一斉に、思い思いに、思い思いの言葉で。ああまったく、敵わない。空気読まない奴は強い。
 みんなきっと同じ気持ちで、みんなきっとその言葉が言いたかったんだ。
 俺も笑って、手を上げた。その手に、別の手がぶつかる。はちん。ぱちん。はちん。
 ぱちん。
 ぶつかったところで、その手が止まる。背伸びして俺の手に自分の手をぶつけている。小さくて、丸っこくて、そのまま握ったらすっぽり隠れてしまいそうな手。
「がんばろうね、みのる」
「ああ」俺は笑う。「なにせ、チームだからな」
「そう」こなたは笑って、人差し指を立てる。「幸運の星がついてるんだヨ?」
 その興奮が、例えこの一瞬だけのものだとしても、俺たちは、間違いなく、同じ瞬間を共有しているんだ。そんなことを思って、その恥ずかしい考えに俺は苦笑した。
 でもさ。
 そういうのも、悪くないだろう?



 何故か明日は俺が必ずこなたを引っ張ってくることを柊姉に約束させられ、俺はそのまま帰途についていた。
「ねえねえ、ゲマズよって行こうよ。いろいろ見たいし、今週行く暇なかったし」
 訂正。俺たち――俺とこなたは二人で帰途についていた。てっきりこいつは柊姉妹や高良さんと一緒に帰るもんだと思ってた俺はびっくりだ。なんで二人で帰っているのか。
 一人で帰りたい気分だったんだけどな、と俺は思う。何故そう思うかは分からないけれど、何故かそう思うのだ。ひょっとしたら、言わなくてもいいことをつい言ってしまいそうになるからかもしれない。
 思うことは、いくつかある。うん、今更否定してもしょうがないから認めよう。いくつかは、あるんだ。でもそれは、今言わなきゃいけないことじゃ、きっとない。文化祭が終わってからだってきっといいことなんだ。たぶん、そのはずだ。
 跳ねるようにバスを降りると、こなたはくるりと振り向いて俺を見る。
「ね、行こ?」
 何が楽しいのか分からないほどの笑顔でそんなことを言うこなたを、はね除けるほどの強い精神力は俺にはなかった。苦笑いのように口元を歪めて、ああ、と答えることしかできない。
 そのまま楽しそうにどことなく弾みながら歩くこなたの後ろについて、改札をくぐる。ホームへ行くと既に電車が入っていて、発車待ちだった。休日の昼間の電車はさほど混んではいなかったが、空席があるほど空いているというわけでもなかった。
 ドアの付近に二人で立つ。俺は吊革に掴まり、こなたはドアの脇にある銀色の手すり(で、いいんだろうか?)に掴まる。なんかこの前みたいにしたそうだったが無視だ、無視。恥ずかしくてかなわない。
「こないだはオッケーだったじゃん?」
「なんかが違うんだよ、たぶん」
 自分でもよく分からない言い訳だったが、そっか、とこなたはあっさりと納得したようだった。何に納得したのか俺には分からなかったし、聞こうとは思わなかった。
「明日はちゃんと起きて来いよ」
 お願いだから、そこで悩むな。深刻な顔になるな。たぶん無理☆ みたいな顔をするな。
「なんかさ、休みだって思うと起きれなくない?」
「わからなくもないけど」
「もう体が休みだから起きなくていいよって指令をだしてるんだヨ、きっと」
「平日だと思うんだ」
「無理」
「無理とか言うな」
「不可能?」
「不可能でもない」
「……絶望的?」
「言葉的にはあってるが、それを言ってはいけない」
「どうして?」
「諦めたら、そこで試合終了だからだ」
 唇を尖らせながら、スリーポイント・シュートの真似。
「安西先生、ネトゲが、したいです……」
 ネトゲがしたいとか、なんてダメダメな告白なんだろう。ミッチー泣くぞ。手すりから手を離してそんなことをするもんだから、電車が揺れた拍子にこなたの体はバランスを崩しふらつく。思わず手を出して支えた俺を見て、
「ありがと」
 とこなたは言った。



「やー買った買った」
 大きな紙袋を抱えたこなたと一緒に電車を降りる。ぶっちゃけ買いすぎだろうと俺は思うのだけれど、こなたに言わせればこのくらいはいつものことらしい。いくら使ったのだろうか。計算したくもないな。よくそんな金があるもんだ。
 俺としてはあの手の店が初めてだったからいろいろと圧倒されっぱなしだったけれど。
「ふふふ、どうだった?」
 うえるかむとぅーにゅーわーるど。なんだか知りたくないというか知ってはいけないにゅーわーるどだったように思えてしまうのは俺の気のせいではないだろう。人はこうやって道を踏み外していくのだ。たぶん。
「はやくこっちにくるといいよ」
 それもそれでどうなんだろうと思いながら、定期を見せて改札を出ると、駐輪場から自転車を引っ張ってくる。
 こなたが持った紙袋を見る。その荷物籠に入れちゃえよ。
「いいの?」
 いいさ。その代わり俺の鞄肩にかけててくれ。そう言って俺は自分の鞄をこなたに渡す。こなたはそれを、たすき掛けのように肩にかける。荷物なんてほとんど入っていないから重さは無いはずだ。
 スタンドを蹴り上げ、サドルに腰を乗せる。こなたの手が俺の肩にかかる。地面を蹴ると、肩にかかる重さが一瞬増した。駅前の景色がゆっくりと加速しながら流れていく。
「もし、私が起きれないヨって言ったら」こなたの声が後ろから聞こえる。「みのるが起こしに来てくれるの?」
 いいぜ。
「え?」
 起こしにくらい、行ってやるさ。
「マジで?」
 マジで。
 それも悪くないかな、なんてこなたの声。ああ、たぶん俺だって悪くない。それはそれできっと楽しいだろう。めんどくさくても、それはそれ、これはこれだ。
 そのまま、こなたはしゃべるのを止めた。俺も言葉をどこかに置き忘れてきてしまったようにしゃべらなかった。自転車だけがチェーンを軋むような声を出して走り続けていた。なあ、俺の代わりに喋ってくれないか。いろんなことを、こなたに伝えてくれないか。言葉にできない断片みたいなものだって、その車輪で転がしてくれないか。
 いつの間にか、俺の家が見える。肩に置かれた手に、ほんの僅か、力がこもるのが俺には分かる。
「……あのさ」
 最初からそんな予定などなかったかのように、俺は自分の家の前を通り過ぎた。ペダルを踏む足に力を入れて、自転車を加速させる。風が耳元で何かをがなり立てる。
「前にさ、演技だって言ったの、覚えてる?」
 ああ、覚えてるさ。忘れるとでも思ってたか?
「おもわ、ない」
 もっと簡単に忘れられたら楽だったのかもしれないけどな。
「そうかもネ」
 お互い、もっとアホならよかったな。何も考えないで、だらだら生きて、意味のない会話して、楽しけりゃいいやって開き直って、そんな風に。
「そうしちゃう?」
 今更無理だろ。俺は無理だな。
「そっか」
 こなたはできるのか?
私は……ごめん、やっぱ無理かも」
 だろ?
「無理とか言うなって言ったのみのるじゃん」
 そうだっけか。
「そうだよ」
 気がついたらこなたの家が見えている。俺はちゃんと自転車を運転していたのかどうか自信がもてなかった。どんな道を通ってここまで来たのかよく思い出せない。そんなことを思いながらスピードを緩める。よく事故らなかったもんだ。
 自転車が止まる。
 こなたが自転車を降りる。
 じゃあな、とか、また明日、とかそんな言葉で別れるはずだった。けれど、自転車を降りて振り返ったこなたが何も言わなかったから、俺はそれらの軽い挨拶の言葉を言う機会を無くしてしまった。
 なんでそんな顔してる。
 言わなくていいことまで、言いたくなるじゃないか。
「なあ、ゲームって、どうなったら終わりなんだ?」
「え?」
「最初に言っただろ? 俺を攻略するって」
 うん。こなたは視線を逸らして、俯く。
「それって、ゴールはどこなんだ?」
 どうやったら終わるんだ?
 俺とおまえが、どうなったら終わりなんだ?
「おまえのそのゲームは、どうやったらクリアになるんだ? 教えてくれないか」
 なあ、一番のハードルだった舞台中のキスはもうやっちまったぞ。あの一回だけだけど、きっと本番でだってまたできる。一回もうやったものを、二回目で躊躇う理由なんてないだろう?
 本当は。
 文化祭が終わるまではこのことに触れない方がよかったのかもしれない。今俺たちがいる輪を壊さないように、脳天気に、でも真剣に、俺たちは俺たちに求められている役を演じていれば良かったのかもしれない。
 でも、無理なんだ。そうだろう?
 俺が言わなかったら、オマエが言ってただろう?
 こなたはゆっくりと頭を揺らして、目を閉じて、顔を上げて、目を開いた。その目の中で小さな光が流れていったのを俺は見た。夜空に浮かぶ星のような光だった。
 幸運の星。
 こなたが自分で言った言葉だったか。そんな今この場面に関係ない言葉がなぜか俺の思考を支配する。
「みのるが、私に、好きだ、って言うまで」
「俺はこなたが好きだ」
 口にしてから、俺は自分が今何を言ったのか理解した。その言葉がいったいどんな意味を持つのかも理解した。その言葉が、きっと、何かを終わらせてしまうんだろうということも、理解した。
 俺はこなたを見ていた。こなたがどんな顔をしているのかを、見ていた。その顔が何かを堪えるように一瞬揺れて、すぐにいつもの顔に戻った。
「あー」こなたは苦笑いのように笑う。「終わっちゃった」
「終わっちゃったな」
「けっこう、あっけないもんだネ」
「まったくだ」
 俺たちは同時に、同じような仕草で空を見上げて、同じような声で笑った。
 そして、同じように視線を下ろした。そのままゆっくりと、夜の帳が降りるように、俺たちの間を静寂が満たした。まだ昼間なのにやけに暗いな、と俺は思った。それに、暑い。
「じゃあ」
 どのくらい時間が経ったのか分からなかったけれど、口を開いたのはこなただった。
「また、明日」
「ああ、また明日」
 くるりとこなたは俺に背中を向ける。彼女の髪が一瞬前まで彼女がいた位置で翻る。そうして、こなたは自分の家に入っていった。俺はそれを見送ってから、自転車を降りて、そのまま自転車を押して歩き出した。
 一人になりたい時だってある。
 一人で歩きたいときだってある。
 以前こなたが俺に言った言葉。自転車を押して歩きながら、まったくもってその通りだな、と俺は思った。




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  • 不自然な改行がなくなってきました。
    GJです。 -- 名無しさん (2007-07-25 19:42:43)
  • すばらしいです -- 名無しさん (2007-07-13 23:25:04)
  • GJ!こなたと小ネタにニヤニヤできたよ。
    それにしても、「白石」のキョンっぽさにますます磨きがかかってきたなw -- 名無しさん (2007-07-13 22:11:29)

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