小早川ゆたかと岩崎みなみは私立陵桜学園一年D組のクラスメイトである。
いや、単なるクラスメイトと呼ぶのは相応しくないだろう。
彼女達は心で繋がりあった友なのだ。
知り合ってからの時間は短くとも、
二人の友情はもう何年も付き合ってきた親友のようにとても強いものとなっていた。
「おはよーみなみちゃん」
「おはよう、ゆたか」
今日も二人はいつもの教室でいつもの挨拶を交わす。
そして席につき、先生が来るまでの間、とりとめのない話題に花を咲かす。
そんな何の変哲もない日常は彼女達の友情を少しづつ、少しづつ深めていった。
お互いの好きなこと、嫌いなこと、
ふとした時に見せるそれまでは見られなかった新しい表情……。
時は二人の気付かない間に着実に二人の思い出を築いていた。
いや、単なるクラスメイトと呼ぶのは相応しくないだろう。
彼女達は心で繋がりあった友なのだ。
知り合ってからの時間は短くとも、
二人の友情はもう何年も付き合ってきた親友のようにとても強いものとなっていた。
「おはよーみなみちゃん」
「おはよう、ゆたか」
今日も二人はいつもの教室でいつもの挨拶を交わす。
そして席につき、先生が来るまでの間、とりとめのない話題に花を咲かす。
そんな何の変哲もない日常は彼女達の友情を少しづつ、少しづつ深めていった。
お互いの好きなこと、嫌いなこと、
ふとした時に見せるそれまでは見られなかった新しい表情……。
時は二人の気付かない間に着実に二人の思い出を築いていた。
「次の体育は外で短距離のタイム測定だってー」
膝下まではある長い黒髪をなびかせ、田村ひよりがゆたかとみなみにそう告げる。
彼女もまた、二人にとってかけがえのない親友である。
「今日は太陽が照ってて暑そうだねぇ。小早川さん、大丈夫?」
体の弱いゆたかを気遣い、ひよりが問い掛けた。
ひよりの言うとおり今日は雲一つ無い快晴であり、
外は昼前の強い太陽の光と焼けた地面の熱で熱気に包まれていた。
クラスの中には下敷きをうちわ代わりにパタパタとしている生徒も見受けられる。
「うん、今日は体の調子もいいみたいだし授業に出るよ~。あんまり休んでばっかりもいられないしね」
「具合が悪くなったらすぐに私に言って、ゆたか……」
えへへとほほ笑むゆたかにみなみが少し心配そうにして言った。
みなみはクラスの保健委員であり、クラスメイトの体調を気遣うのは当然のことなのだが、
もちろんみなみはそういうつもりでゆたかに心配の言葉をかけたのではない。
みなみはクラスの保健委員という立場の前に一人の友人として、
ゆたかの良き理解者としてゆたかに頼ってほしいのである。
それは紛れもなくみなみの本心であり、
ただただゆたかを守ってあげたいという気持ちから出た言葉なのだ。
そんなみなみの胸中を知ってか知らずか、
ゆたかは嬉しそうに「ありがとう、みなみちゃん」とほほ笑んだ。
ちなみにこのやり取りを見てあらぬ妄想を繰り広げている友人も近くにいるようだったが、
彼女の頭の中はゆたかには到底理解出来そうにもない世界である。
膝下まではある長い黒髪をなびかせ、田村ひよりがゆたかとみなみにそう告げる。
彼女もまた、二人にとってかけがえのない親友である。
「今日は太陽が照ってて暑そうだねぇ。小早川さん、大丈夫?」
体の弱いゆたかを気遣い、ひよりが問い掛けた。
ひよりの言うとおり今日は雲一つ無い快晴であり、
外は昼前の強い太陽の光と焼けた地面の熱で熱気に包まれていた。
クラスの中には下敷きをうちわ代わりにパタパタとしている生徒も見受けられる。
「うん、今日は体の調子もいいみたいだし授業に出るよ~。あんまり休んでばっかりもいられないしね」
「具合が悪くなったらすぐに私に言って、ゆたか……」
えへへとほほ笑むゆたかにみなみが少し心配そうにして言った。
みなみはクラスの保健委員であり、クラスメイトの体調を気遣うのは当然のことなのだが、
もちろんみなみはそういうつもりでゆたかに心配の言葉をかけたのではない。
みなみはクラスの保健委員という立場の前に一人の友人として、
ゆたかの良き理解者としてゆたかに頼ってほしいのである。
それは紛れもなくみなみの本心であり、
ただただゆたかを守ってあげたいという気持ちから出た言葉なのだ。
そんなみなみの胸中を知ってか知らずか、
ゆたかは嬉しそうに「ありがとう、みなみちゃん」とほほ笑んだ。
ちなみにこのやり取りを見てあらぬ妄想を繰り広げている友人も近くにいるようだったが、
彼女の頭の中はゆたかには到底理解出来そうにもない世界である。
「いちについて、よーい……」
パーンというグラウンドの端まで響く銃声と火薬のにおいと共に、みなみがスタートラインから走り出す。
そして端麗な容姿からは想像も出来ない抜群の運動能力で、先頭となってトラックを駆けていく。
(うわぁ……すごいなぁ、みなみちゃん……)
ゆたかはそんなみなみの姿を体育倉庫の屋根の下の日陰から見つめていた。
太陽はほぼ真上の位置にあり、日陰の部分はほとんど残されていないが、
ゆたかの小柄な体にはちょうど良いほどの大きさであった。
断続的に聞こえるセミの鳴き声が一層暑さを感じさせる。
ゆたかは子供の頃から体が弱く、どうしても休みがちになってしまう体育の授業はあまり好きではなかった。
しかし今は違う。
こうして何もしていないときでも、ゆたかにとって体育の時間は特別なものとなっていた。
もちろんそれはみなみの所為に他ならない。
ゆたかはみなみの活躍している姿を見ることが嬉しく、なによりも楽しみなのだ。
「ほえー、やっぱり早いねぇー岩崎さん」
ゆたかのそばにいたひよりが間の抜けた声を出す。
「ホント、みなみちゃんはすごいよ! あ、みなみちゃ~ん!」
ゴールラインのほうからタオルで汗を拭いながら帰ってくるみなみに、
ゆたかは小さく手を振って駆けていった。
「お疲れ様! 早かったねぇ、みなみちゃん」
「そんなこと……ないよ……」
みなみはそう言うとふいと横を向いて黙ってしまった。
ライトグリーンの髪が目を隠し、どの様な表情なのかはあまり分からない。
おそらくみなみをよく知らない人から見れば落ち込んでいるか、怒っているように見えただろう。
「ううんっ、みなみちゃんは勉強もできるし綺麗だし、ホントにすごいよ~」
しかしみなみの表情がどの様な意味であるか一番良く分かっているゆたかは、
これでもかというほどに無邪気な笑顔でみなみを褒めちぎった。
ゆたかがそんな風にするのでみなみの顔はみるみるうちに赤くなっていき、
手を胸の前の辺りでもじもじさせながら固まってしまった。
パーンというグラウンドの端まで響く銃声と火薬のにおいと共に、みなみがスタートラインから走り出す。
そして端麗な容姿からは想像も出来ない抜群の運動能力で、先頭となってトラックを駆けていく。
(うわぁ……すごいなぁ、みなみちゃん……)
ゆたかはそんなみなみの姿を体育倉庫の屋根の下の日陰から見つめていた。
太陽はほぼ真上の位置にあり、日陰の部分はほとんど残されていないが、
ゆたかの小柄な体にはちょうど良いほどの大きさであった。
断続的に聞こえるセミの鳴き声が一層暑さを感じさせる。
ゆたかは子供の頃から体が弱く、どうしても休みがちになってしまう体育の授業はあまり好きではなかった。
しかし今は違う。
こうして何もしていないときでも、ゆたかにとって体育の時間は特別なものとなっていた。
もちろんそれはみなみの所為に他ならない。
ゆたかはみなみの活躍している姿を見ることが嬉しく、なによりも楽しみなのだ。
「ほえー、やっぱり早いねぇー岩崎さん」
ゆたかのそばにいたひよりが間の抜けた声を出す。
「ホント、みなみちゃんはすごいよ! あ、みなみちゃ~ん!」
ゴールラインのほうからタオルで汗を拭いながら帰ってくるみなみに、
ゆたかは小さく手を振って駆けていった。
「お疲れ様! 早かったねぇ、みなみちゃん」
「そんなこと……ないよ……」
みなみはそう言うとふいと横を向いて黙ってしまった。
ライトグリーンの髪が目を隠し、どの様な表情なのかはあまり分からない。
おそらくみなみをよく知らない人から見れば落ち込んでいるか、怒っているように見えただろう。
「ううんっ、みなみちゃんは勉強もできるし綺麗だし、ホントにすごいよ~」
しかしみなみの表情がどの様な意味であるか一番良く分かっているゆたかは、
これでもかというほどに無邪気な笑顔でみなみを褒めちぎった。
ゆたかがそんな風にするのでみなみの顔はみるみるうちに赤くなっていき、
手を胸の前の辺りでもじもじさせながら固まってしまった。
「じゃあ、私も頑張ってくるね」
「うん……頑張って、ゆたか」
測定の順番が周ってきたゆたかをまだ少し赤みの残った顔でみなみが見送った。
小走りで駆けていくゆたかの小さめのツインテールがかわいらしくぴょこぴょこと跳ねる。
その横を少し強い風が通り過ぎ、グラウンドの砂を巻き上げた。
そしてせわしなく聞こえていたセミの鳴き声が不意に止まった、その時だった。
「うん……頑張って、ゆたか」
測定の順番が周ってきたゆたかをまだ少し赤みの残った顔でみなみが見送った。
小走りで駆けていくゆたかの小さめのツインテールがかわいらしくぴょこぴょこと跳ねる。
その横を少し強い風が通り過ぎ、グラウンドの砂を巻き上げた。
そしてせわしなく聞こえていたセミの鳴き声が不意に止まった、その時だった。
――突然の視界の歪み。
ゆたかは一瞬自分の体がどの方向を向いているのか分からなくなった。
やけに自分の周りの動きが遅く感じ、気がつくと目の前には地面が迫ってきていた。
ぶつかる、とゆたかは直感的にそう思った。
しかし、ぶつかる寸前で柔らかい何かが自分の体を支えてくれたのが分かった。
そして聞き慣れた、どこか安心できる親友の声が自分の名を仕切りに呼んでいるのを聞いたことを最後に、
ゆたかの視界はゆっくりと暗転していった。
太陽は二人の姿を相変わらず静かに見下ろしていた。
やけに自分の周りの動きが遅く感じ、気がつくと目の前には地面が迫ってきていた。
ぶつかる、とゆたかは直感的にそう思った。
しかし、ぶつかる寸前で柔らかい何かが自分の体を支えてくれたのが分かった。
そして聞き慣れた、どこか安心できる親友の声が自分の名を仕切りに呼んでいるのを聞いたことを最後に、
ゆたかの視界はゆっくりと暗転していった。
太陽は二人の姿を相変わらず静かに見下ろしていた。
「んっ……」
一体どれほどの時間が経った後だろうか、
ぎらぎらと照りつけていた太陽が夕日に変わり始めていた頃、
ゆたかは見慣れた天井とかぎなれた匂いのする部屋で目を覚ました。
そしてすぐに自分があの時倒れてしまったのだと気付き、ゆたかは自分の体の弱さに少し嫌気がさした。
はぁ、と溜め息をつくのと同じくして、ゆたかは誰かが保健室のドアを開いた音を聞いた。
そして自分の居るベッドのカーテンの隙間から、元気のない顔でこちらに向かってくるみなみの顔を見た。
「ゆたか……? もう大丈夫なの……?」
少し驚いたようになって、みなみがゆたかに駆け寄る。
その手には水の入ったボールが収められていた。
それを見てゆたかは初めて自分の額に濡れたタオルが乗せられていることに気がつく。
「みなみちゃん……ありがとう、看病してくれたんだね。うん、もう大丈夫みたいだよ」
「そう……なら、良かった……」
みなみがほっとした表情になり、ベッドの横に置いてあった背もたれの無いイスに腰掛ける。
きっとみなみはそこに座りずっとゆたかのことを看病していたのだろう。
「失礼しまーす。あっ、小早川さん、もう体の具合は良くなったの?」
入口の方を見ると授業を終えたのであろうひよりが、
少し重たそうに三人分のカバンを持って保健室に入ってきていた。
「うんっ、もう大丈夫だよ。ありがとう、田村さん」
「お礼なら岩崎さんに言ってあげてよ。
岩崎さん、小早川さんが倒れてからずーっと付きっきりで看病してくれてたんだよ」
「みなみちゃん……そうだったんだ……」
「そうそうっ。小早川さんが倒れちゃった時の岩崎さんの迅速な対応ったらすごかったんだから。
特にゆーちゃんをおぶって保健室に向かうみなみちゃんの勇姿はかっこよかったねぇ」
「田村さん……それは、ちょっと……言い過ぎ……」
ひよりの言葉にみなみはまたすっかり顔を赤くして俯いてしまった。
その顔は夕日に照らされ、ますます赤く見える。
「おっとっと、ごめんごめん……。あっ、二人のカバン持ってきておいたからここに置いとくね~。
授業のノートも取ってあるからいつでも言ってね。じゃあ岩崎さん、後はよろしくぅっ」
みなみは少し首を傾けて頷き、ゆたかはひよりに別れの挨拶をした
一体どれほどの時間が経った後だろうか、
ぎらぎらと照りつけていた太陽が夕日に変わり始めていた頃、
ゆたかは見慣れた天井とかぎなれた匂いのする部屋で目を覚ました。
そしてすぐに自分があの時倒れてしまったのだと気付き、ゆたかは自分の体の弱さに少し嫌気がさした。
はぁ、と溜め息をつくのと同じくして、ゆたかは誰かが保健室のドアを開いた音を聞いた。
そして自分の居るベッドのカーテンの隙間から、元気のない顔でこちらに向かってくるみなみの顔を見た。
「ゆたか……? もう大丈夫なの……?」
少し驚いたようになって、みなみがゆたかに駆け寄る。
その手には水の入ったボールが収められていた。
それを見てゆたかは初めて自分の額に濡れたタオルが乗せられていることに気がつく。
「みなみちゃん……ありがとう、看病してくれたんだね。うん、もう大丈夫みたいだよ」
「そう……なら、良かった……」
みなみがほっとした表情になり、ベッドの横に置いてあった背もたれの無いイスに腰掛ける。
きっとみなみはそこに座りずっとゆたかのことを看病していたのだろう。
「失礼しまーす。あっ、小早川さん、もう体の具合は良くなったの?」
入口の方を見ると授業を終えたのであろうひよりが、
少し重たそうに三人分のカバンを持って保健室に入ってきていた。
「うんっ、もう大丈夫だよ。ありがとう、田村さん」
「お礼なら岩崎さんに言ってあげてよ。
岩崎さん、小早川さんが倒れてからずーっと付きっきりで看病してくれてたんだよ」
「みなみちゃん……そうだったんだ……」
「そうそうっ。小早川さんが倒れちゃった時の岩崎さんの迅速な対応ったらすごかったんだから。
特にゆーちゃんをおぶって保健室に向かうみなみちゃんの勇姿はかっこよかったねぇ」
「田村さん……それは、ちょっと……言い過ぎ……」
ひよりの言葉にみなみはまたすっかり顔を赤くして俯いてしまった。
その顔は夕日に照らされ、ますます赤く見える。
「おっとっと、ごめんごめん……。あっ、二人のカバン持ってきておいたからここに置いとくね~。
授業のノートも取ってあるからいつでも言ってね。じゃあ岩崎さん、後はよろしくぅっ」
みなみは少し首を傾けて頷き、ゆたかはひよりに別れの挨拶をした
ひよりが扉を閉める音が聞こえ、保健室は再び二人きりとなった。
放課後であることを示すかのように外ではたくさんの話し声が集まり、不安定な音色を奏でている。
「本当に、ありがとうね、みなみちゃん……」
ゆたかがやや視線を下に落として言う。
「私、みなみちゃんに助けてもらってばっかりだよね……。
今日だって……ちょっと調子がいいかな、と思ってた途端にこれだもん……」
「ゆたか……」
「私、きっとみなみちゃんに迷惑かけてるよね……」
夕日が雲に隠れ、部屋に射していた光が弱まる。
新たに出来た影がゆたかの表情を隠すようにして覆った。
保健室に少しの間沈黙が訪れる。
時間にして数秒程度であろうが、二人にとっては長い長い沈黙だ。
ゆたかはこの間、何を考えただろう。
迷惑だと、みなみにバッサリ切り捨てられる自分を思い浮かべたのだろうか。
凡そみなみがそんなことを言うとは思えないが、
ゆたかは大切な友を困らせているのではないかという自責の念に囚われているような、
そんな思い詰めた表情をしているように見えた。
薄暗くなった部屋の中、先にみなみが沈黙を破いた。
「そんなこと、ない」
その口調はいつもの落ち着いたものとは違い、少し感情がこめらめているようだった。
「迷惑なんかじゃない。それに私も……ゆたかに助けられてる」
その整ったまなざしはまっすぐにゆたかへと向けられている。
「上手く説明できないけど……ゆたかは、私の心の支え」
「心の……支え?」
「うん……。私は、ゆたかが居るとすごく安心する……。
ゆたかが笑っているのを見ると……私も楽しい」
少し何かを思い出したような表情になって、みなみが続ける。
「私は……こんな性格だから、今まで仲良くしてくれる人はあまりいなかった。
私は上手く笑えないから……冷たいとか暗いって言われることもあった……。
でも……ゆたかはこんな私でも仲良くなってくれた。私を必要としてくれた。
私はそれがすごく嬉しい……。ゆたかは私の人生を変えてくれた」
「そ、そんなっ、人生だなんて大袈裟だよぅっ」
「ううん、大袈裟なんかじゃない。私はゆたかに感謝してる。
ゆたかがいなかったら……きっとこの高校生活も全然違うものになっていたと思う……。
だから私のほうこそ、ゆたかにたくさん助けてもらってる……」
「みなみちゃん……」
先ほどまで雲に隠れていた夕日が顔を出し、再び部屋の中へと光が射す。
夕日はゆたかの顔を眩しく写しだし、みなみに安心したようにほほ笑むゆたかの顔を見せた。
「私がゆたかを助けるのは……きっとゆたかのことが好き、だからかな……」
いつもと変わらない落ち着いた表情でみなみが言う。
それとは対称的に、言われた側のゆたかの頬は少し赤みがかっているようだった。
「ゆたかには笑顔が似合うから……いつも笑顔でいてほしい……」
「な、なんだか照れるな……。
でもありがとうね、みなみちゃん……。私もみなみちゃんのこと、大好きだよ」
そう言ってゆたかはこの上ないほどのとびきりの笑顔をみなみに向けた。
それに対して「ありがとう、ゆたか……」と言うみなみの顔には柔らかい、自然な笑みが浮かんでいた。
保健室に再び沈黙が訪れる。
だがその沈黙は少し前の時とは違い、二人にとってとても心地よい時間であった。
床に伸びる二つの影が寄り添うようにして仲良く並んでいる。
暖かい静寂が流れる部屋は青々と繁っている木が風に吹かれて鳴らす葉の音を、優しく響かせていた。
放課後であることを示すかのように外ではたくさんの話し声が集まり、不安定な音色を奏でている。
「本当に、ありがとうね、みなみちゃん……」
ゆたかがやや視線を下に落として言う。
「私、みなみちゃんに助けてもらってばっかりだよね……。
今日だって……ちょっと調子がいいかな、と思ってた途端にこれだもん……」
「ゆたか……」
「私、きっとみなみちゃんに迷惑かけてるよね……」
夕日が雲に隠れ、部屋に射していた光が弱まる。
新たに出来た影がゆたかの表情を隠すようにして覆った。
保健室に少しの間沈黙が訪れる。
時間にして数秒程度であろうが、二人にとっては長い長い沈黙だ。
ゆたかはこの間、何を考えただろう。
迷惑だと、みなみにバッサリ切り捨てられる自分を思い浮かべたのだろうか。
凡そみなみがそんなことを言うとは思えないが、
ゆたかは大切な友を困らせているのではないかという自責の念に囚われているような、
そんな思い詰めた表情をしているように見えた。
薄暗くなった部屋の中、先にみなみが沈黙を破いた。
「そんなこと、ない」
その口調はいつもの落ち着いたものとは違い、少し感情がこめらめているようだった。
「迷惑なんかじゃない。それに私も……ゆたかに助けられてる」
その整ったまなざしはまっすぐにゆたかへと向けられている。
「上手く説明できないけど……ゆたかは、私の心の支え」
「心の……支え?」
「うん……。私は、ゆたかが居るとすごく安心する……。
ゆたかが笑っているのを見ると……私も楽しい」
少し何かを思い出したような表情になって、みなみが続ける。
「私は……こんな性格だから、今まで仲良くしてくれる人はあまりいなかった。
私は上手く笑えないから……冷たいとか暗いって言われることもあった……。
でも……ゆたかはこんな私でも仲良くなってくれた。私を必要としてくれた。
私はそれがすごく嬉しい……。ゆたかは私の人生を変えてくれた」
「そ、そんなっ、人生だなんて大袈裟だよぅっ」
「ううん、大袈裟なんかじゃない。私はゆたかに感謝してる。
ゆたかがいなかったら……きっとこの高校生活も全然違うものになっていたと思う……。
だから私のほうこそ、ゆたかにたくさん助けてもらってる……」
「みなみちゃん……」
先ほどまで雲に隠れていた夕日が顔を出し、再び部屋の中へと光が射す。
夕日はゆたかの顔を眩しく写しだし、みなみに安心したようにほほ笑むゆたかの顔を見せた。
「私がゆたかを助けるのは……きっとゆたかのことが好き、だからかな……」
いつもと変わらない落ち着いた表情でみなみが言う。
それとは対称的に、言われた側のゆたかの頬は少し赤みがかっているようだった。
「ゆたかには笑顔が似合うから……いつも笑顔でいてほしい……」
「な、なんだか照れるな……。
でもありがとうね、みなみちゃん……。私もみなみちゃんのこと、大好きだよ」
そう言ってゆたかはこの上ないほどのとびきりの笑顔をみなみに向けた。
それに対して「ありがとう、ゆたか……」と言うみなみの顔には柔らかい、自然な笑みが浮かんでいた。
保健室に再び沈黙が訪れる。
だがその沈黙は少し前の時とは違い、二人にとってとても心地よい時間であった。
床に伸びる二つの影が寄り添うようにして仲良く並んでいる。
暖かい静寂が流れる部屋は青々と繁っている木が風に吹かれて鳴らす葉の音を、優しく響かせていた。
家に帰り夕飯をとった後、みなみは自室で今日のことを思い返していた。
今日自分がゆたかに伝えた一つ一つの言葉。それには一つの嘘も含まれてはいなかった。
みなみがゆたかに馳せる思いは間違いなく本物のものである。
しかしそれは異性でいうところのそれとは全く違う。
なぜならみなみが目を閉じ、ゆたかのことを思い浮かべても胸が高鳴るということはないからだ。
では何の感情も沸き起こらないかと言われればそれも違う。
みなみがゆたかの、特に一番好きな表情であるゆたかの笑顔を思い描いた時、
みなみはどうしようもなく安心する。そしてみなみ自身は気付いていないが、
とても穏やかにみなみの顔はほころんでいく。
ゆたかは自分に友達とはなんなのかを教えてくれた。
「手をかけてくれるだけじゃなくて友達との距離をもってくれるのが嬉しいから」と、
ゆたかはそう言ってくれた。
みなみの中で、ひょっとしたら家族以上に大切な存在となっているゆたか。
みなみは小さく、しかしその思いだけは本当にゆたかに届きそうだと思わせるほど優しい感情を込めた声で、
保健室にいたときと同じく「ありがとう、ゆたか……」と呟いた。
窓の外に広がる星空を見上げ、みなみは思う。
星の数ほど居る人々の中で、
ゆたかのような人物と出会えたことは果たして単なる偶然なのだろうかと。
そして偶然ではないとしたら、このすばらしい出会いはどうして自分にもたらされたのだろうかと。
使い古された陳腐な言葉を使うとするならば、それはきっと『運命』というものなのかもしれない。
みなみはらしくないかなと思いながらも、この二文字の言葉が本当であればいいなと夜空を見上げながら思った。
星空では二つの隣り合った星が、決して強くはないが穏やかな光を発している。
しかしみなみの目にはそれが他のどの星よりもずっと輝いて見えた。
そしてその光だけは目を閉じてもみなみの中でいつまでも光り続けていた。
今日自分がゆたかに伝えた一つ一つの言葉。それには一つの嘘も含まれてはいなかった。
みなみがゆたかに馳せる思いは間違いなく本物のものである。
しかしそれは異性でいうところのそれとは全く違う。
なぜならみなみが目を閉じ、ゆたかのことを思い浮かべても胸が高鳴るということはないからだ。
では何の感情も沸き起こらないかと言われればそれも違う。
みなみがゆたかの、特に一番好きな表情であるゆたかの笑顔を思い描いた時、
みなみはどうしようもなく安心する。そしてみなみ自身は気付いていないが、
とても穏やかにみなみの顔はほころんでいく。
ゆたかは自分に友達とはなんなのかを教えてくれた。
「手をかけてくれるだけじゃなくて友達との距離をもってくれるのが嬉しいから」と、
ゆたかはそう言ってくれた。
みなみの中で、ひょっとしたら家族以上に大切な存在となっているゆたか。
みなみは小さく、しかしその思いだけは本当にゆたかに届きそうだと思わせるほど優しい感情を込めた声で、
保健室にいたときと同じく「ありがとう、ゆたか……」と呟いた。
窓の外に広がる星空を見上げ、みなみは思う。
星の数ほど居る人々の中で、
ゆたかのような人物と出会えたことは果たして単なる偶然なのだろうかと。
そして偶然ではないとしたら、このすばらしい出会いはどうして自分にもたらされたのだろうかと。
使い古された陳腐な言葉を使うとするならば、それはきっと『運命』というものなのかもしれない。
みなみはらしくないかなと思いながらも、この二文字の言葉が本当であればいいなと夜空を見上げながら思った。
星空では二つの隣り合った星が、決して強くはないが穏やかな光を発している。
しかしみなみの目にはそれが他のどの星よりもずっと輝いて見えた。
そしてその光だけは目を閉じてもみなみの中でいつまでも光り続けていた。
翌日、ゆたかが教室に入るとひよりがだるそうに机に突っ伏しているのが見えた。
「おはよー田村さん、なんだか眠たそうだけど……どうしたの?」
「おはよ~小早川さん……いやー、夕べかなりテンションの上がることがあって……。
それについてもうs……考えたり、漫画にして描こうと思ったりしてたんだけど……
気付いたら朝方近くになっちゃってて……」
「ええーっ!? 一体何があったの?」
「いやー……甘い甘い蜜を飲んだといいますか……なんといいますか……。
……立ち聞きなんてするんじゃなかったかなー……」
ひよりの言っていることの意味がよくわからず頭にクエスチョンマークを立てているゆたかを他所に、
ひよりは静かに百合の花咲き乱れる夢の世界へと入っていった。
「……田村さーん? 寝ちゃったのかな……あ、みなみちゃん、おはよう!」
「おはよう、ゆたか」
そうこうしている間にみなみが教室に入り、二人はまたいつもの挨拶を交わした。
今日は一体どんなことが二人を待ち受けているのだろうか。
おそらく何も大それたことは起こらないのであろう。
しかし、それでいいのだ。
そんな日常の一つ一つは、また二人の絆をより強くしてくれるのだから。
「おはよー田村さん、なんだか眠たそうだけど……どうしたの?」
「おはよ~小早川さん……いやー、夕べかなりテンションの上がることがあって……。
それについてもうs……考えたり、漫画にして描こうと思ったりしてたんだけど……
気付いたら朝方近くになっちゃってて……」
「ええーっ!? 一体何があったの?」
「いやー……甘い甘い蜜を飲んだといいますか……なんといいますか……。
……立ち聞きなんてするんじゃなかったかなー……」
ひよりの言っていることの意味がよくわからず頭にクエスチョンマークを立てているゆたかを他所に、
ひよりは静かに百合の花咲き乱れる夢の世界へと入っていった。
「……田村さーん? 寝ちゃったのかな……あ、みなみちゃん、おはよう!」
「おはよう、ゆたか」
そうこうしている間にみなみが教室に入り、二人はまたいつもの挨拶を交わした。
今日は一体どんなことが二人を待ち受けているのだろうか。
おそらく何も大それたことは起こらないのであろう。
しかし、それでいいのだ。
そんな日常の一つ一つは、また二人の絆をより強くしてくれるのだから。
「そういえば昨日、みなみちゃんが夢に出てきてね……
なんでか分かんないんだけど、みなみちゃんはありがとうって言ってて……」
なんでか分かんないんだけど、みなみちゃんはありがとうって言ってて……」
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- GJ以外言葉が浮かんできません。 みなみちゃんがかぁいいので眠れないよぅー -- らきすた of みなみ (2010-02-10 23:32:07)
- 互いを思い合う気持ちが優しく描かれていてとても良い作品でした。GJです -- 名無しさん (2008-02-22 20:17:20)
- よかったです
百合じゃなくて原作に忠実な感じで
自然と話に入っていけました
感情の表現もすごくうまくて
読んでいて楽しかったです -- pino (2007-12-16 23:12:47)