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プリンセス・ブライド(3)

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だれでも歓迎! 編集
 体育祭の朝は、慌ただしさから始まった。
 いつもの電車よりも数本早く登校して、教室に荷物を置いたらすぐに保健室へ。

「……おはようございます」
「あっ、おはようございます。ぐっすり眠れましたか?」
 保健室に入ると、いつもの白衣姿で天原先生が立っていた。
「……はい」
「それならよかったです。それでは、用意を始めましょうか」
「……テントのほうは?」
「もう設営されてますよ。あとは荷物を運び出すだけです」
「……わかりました」
 先生の指示通りに、まとめられていた応急措置用のセットを外へと運び出す。
 クーラーボックスに入れられた氷嚢、保冷剤や、包帯や絆創膏、消毒液といったもので、
何回かに分けて持ち出していった。
 少し大変だったけれど、保健室と校庭が繋がっていて助かった。

 外への持ち出しが終わったら、今度は設営。
 机に持ち出したものを並べたり、ビニールシートの上に毛布を敷いたり。
 それが全部終われば、あとは保健委員としてのお仕事を待つだけ。
 でも、最初から来る人はいないわけで……少し、暇。クラスのほうにも顔を出したかったけど、
持ち場を離れるわけにもいかない。


 ――ゆたかは、今日来ているんだろうか。
 数日間休んでいただけに、今日も休んでいるのか。
 それとも、ちゃんと来れたのだろうか。
 休んでいたとしても、泉先輩には勝たないといけない。
 来ていたとしたら、必ず泉先輩に勝って……ちゃんと、謝ろう。
 それから、想いをちゃんと伝えないと。

「よーしっ、みんなちゃんと集まったね!」
 創作ダンスを終えて、午前に残るのは最後のプログラム。
 日下部先輩を始めとした三人の先輩といっしょに、私は入場門に集まっていた。
「ウチらC組・D組連合は今三位! でも、これで勝てば一気に逆転の目もあるよ。
 ここで一気に追い越して、午後の男子競技にバトンを渡そう!」
「「はいっ!」」
「……はいっ」
「まあ、ここまで来たらあとはちゃんとそのバトンを渡すこと。それが一番大事だから、
しっかり繋いでいこうね!」
「「はいっ!」」
「……はいっ」
 他の二人の先輩といっしょに、力強く頷く。
 確かに私は泉先輩と勝負してるけど、これはあくまでも団体競技。和を乱すことだけは、絶対してはいけない。
「それじゃ、最後に行くよっ!」
 そう言って、開いた手の甲を差し出す日下部先輩。
 私たちは、その下に同じように開いた手の甲を差し出して――
「勝つぞーっ!」
「「おーっ!」」
「……おーっ!」
 先輩達につられて、いつになく大きな声。
 これで、気合いも十分。
「岩崎さん、頑張ろうねっ!」
「昨日いっぱい練習したもん、きっといけるよ!」
 そのままの元気で私に話しかけてくる、二年の成瀬先輩と、三年の藤井先輩。
「……はいっ」
 だから、私も精一杯元気を込めて頷いた。
 いつも失敗していた私を温かく見守ってくれていた、二人の先輩。日下部先輩もそうだけど、
二人の先輩にも感謝しないといけない。
「岩崎さん、昨日の成果思いっきり出そうね!」
「はいっ……あの、先輩」
「うん?」
「その……ありがとう、ございました」
 ぺこりと、小さく頭を下げる。
「だっ、だから、そーゆー堅っ苦しいことはやめよ? それにさ」
 困ったように笑いながら、日下部先輩が私の肩にポンと手を置く。
「まだ始まったばっかりだよ。そーゆーのは、全部終わってから」
 そうか……まだ、今は始まりなんだ。
「そんじゃ、がんばろーね!」
「……はいっ」
 私が頷くのを見て、日下部先輩は満足そうに笑いながら入場列に並んでいった。
 私も、それにならって列へと並ぶ。
「……あっ」
 隣には、別のチームの走者として泉先輩が並んでいる。
 だけど、泉先輩は私を一瞥しただけで何も話そうとはしない。
 ――今は、言葉はいらない。
 まるでそう言っているように、すぐに視線をそらす。
『次の種目は、チーム対抗の女子選抜スウェーデンリレー。午前最後の種目です』
 そのアナウンスが流れた瞬間、心がぐっと引き締まる。
 もうすぐ、勝負の時。

 門が開いて、まわりからの歓声が聞こえてくる。
 自分の出番が終わってまわりで遊んでいた人たちも、客席に集まって私たちのことを見ていた。
 ……まるで、焼き付くような緊張感。


 その中で、私は泉先輩に個人的な勝負を挑もうとしている。
 決して許されないことだけど、もう、決めてしまったから。
 絶対に、泉先輩には負けないと。

『各チーム、走者はスタート地点についてください』
 アナウンスとともに、走者ごとにそれぞれ異なるスタート地点へと散っていく。
 最初に走る藤井先輩はスタートラインに。200mを走る成瀬先輩はその反対側に。300mを走る私は
成瀬先輩についていって、最後に400mを走る日下部先輩は、藤井先輩についていった。
 そして……私の隣には、同じ走者の泉先輩がいる。
 私が今、絶対に勝たないといけない人が。
 スタートラインのほうを振り返ってみると、藤井先輩はもうスタートラインについていた。
私たちのチームは現在三位ということで、三番目のレーンをとることが出来たみたい。
 それを確認しているうちに、最初の走者がクラウチングの体勢を取り始めた。
 さっきまでざわめていた生徒席も、今はもう静まりかえっている。
 もうすぐ、始まるんだ……
『位置について……よーい――』
 アナウンスから一瞬間を置いて、

 パァンッ!

 ピストルが鳴るのと同時に、一斉に走者が飛び出していった。
 静まりかえっていた生徒席が、また歓声を取り戻す。
 ……もう、後戻りは出来ない。
 バトンゾーンでは、もう成瀬先輩がスタンバイしている。

 コーナーに差し掛かって、藤井先輩は二位に上がっていた。
 そのままコーナーを曲がりきって、バトンゾーンへと駆け込んでいく。
 成瀬先輩も、軽くバトンゾーンを走り始めて――
「……あっ!」
 そう思った、次の瞬間。
 手を伸ばした藤井先輩が、追い抜こうとした別のチームの人に煽られて……

 カランッ

 バトンが、先輩の手からこぼれていった。
「先輩っ!」
 私が叫ぶのと同時に、藤井先輩がすぐさま振り返る。
 慌てて走り出して、バトンを拾いに行って――
「ごめん、成瀬!」
 渡したときには、最後のバトンリレーになっていた。
「せ……先輩……」
「どうしよう……やっちゃった……」
 呆然と座り込む、藤井先輩。
 あれは、不可抗力のはずなのに……先輩のせいなんかじゃ、ないのに……
「ごめんなさい、岩崎さん……」
「藤井先輩……」
 先輩はうなだれて、そのままうずくまってしまった。
 どうにかしないとと思ったけど、私は次のランナーで……
 それに気付いた私は、慌ててトラックを見やった。
 第一コーナーを曲がりきっても、まだ成瀬先輩は最後尾を走っている。一位のA組・
B組連合はもう第二コーナーを曲がっていて、泉先輩がバトンゾーンに立っていた。
 その走者が、バトンゾーンに差し掛かろうとした直前……
「っ!?」
 泉先輩が、挑戦的な視線で私を見つめてきた。

『その前に、決着をつけよう。みなみちゃんと私が戦うことで』

 あの時と同じ、挑発的な目。
 一瞬感じたその視線を残して、泉先輩はバトンを受け取って走っていった。


 不安になんか、なっていられない。
 私は、泉先輩に勝たないといけないんだから。
「……行ってきます」
 私は藤井先輩の肩に一瞬手を置くと、何人もの走者が走り去っていったバトンゾーンに立った。
 最後のコーナーを、成瀬先輩が全力で駆け抜けてくる。
 それを見て、軽くバトンゾーンを走り出して――
「岩崎さんっ!」
 先輩の言葉とともに、バトンを力強く受け取った。
 そのまま、大きなストライドでストレートを駆け抜けていく。
 ただひたすらに、足に力を込めて。

 第一コーナーに差し掛かって、五位の選手の背中が近づいてくる。
 少し大回りに走って、私はその選手を抜き去った。
 でも、まだあと四人。
 バックストレートで団子になっている人たちを、なんとか抜き去ろう。

 向かい風の中、呼吸も忘れてバックストレートに向かう。
 関係者席の前を駆けて、もう一人の間近に迫る。
 今しないといけないのは、歯を食いしばって抜き去ること。
 次に、泉先輩を抜き去ること。
 その前の一人一人は、ただ邪魔なだけ。

 100mを過ぎて、三位に立つ。
 それでも、まだ泉先輩との距離は10mぐらいある。
 次の第二コーナーで、少しだけでも差を詰めておかないと……
 だけど、先輩は二位の走者を引き離し始めている。
 大きなストライドを保って、私は先輩に食らいついていこうとした。

 でも、差はほとんど縮まらない。
 とんでもない速さで、先輩がバックストレートに入っていく。

「……はぁっ」
 食いしばっていた歯が開いて、呼吸が漏れる。
 速く走るための無呼吸が、終わってしまう。
「はぁっ、はぁっ」
 それでも……先輩に負けたくない。
 ストレートに入って、勝負をかけて……
 でも……全然、縮まってくれなくて……体中が、悲鳴を上げていく。
 足も痛くなって、肺も急に全力で動き出して……
 意識が……遠のきそうに……
 ――みなみちゃんっ!
 まさか……幻聴まで聞こえてきて……
 ――みなみちゃん、がんばって!
 あれっ……声が、鮮明……?
 千々切れになりそうな意識をつなぎ止めて、前のほうを見ると――

「がんばって! もう少しだよっ!!」

 ゆたかが、救護テントから身を乗り出していた。
 しかも、大声を張り上げて。

 ゆたかが……応援してくれてる……

 そう思った瞬間、体に力が戻っていく。
 まるで、ゆたかの言葉が染み渡っていくように。

 大きなストライドのまま、最後のコーナーを曲がる。
 先輩とは、ほんの少しだけ差が縮まっていた。
 あとは、このコーナーで仕掛けよう。
 せっかくのゆたかの応援を、無駄にしたくない!


 六メートル、五メートルと先輩の背中が近づいてくる。
 でも、決定的には捉えられない。
 あともう一歩なのに……もう少しで、届くのに!
 じりじりと近づくうちに、私たちはバトンゾーンに突っ込んだ。
 もう、時間がない。早く、先輩を抜かさないと……勝たないと!
 また、ほんの少し差が縮まる。
 その向こうでは、日下部先輩が手を伸ばしていて……
 ――お願い……届いて!

 でも、その願いも虚しく……
 私よりも少し早く、泉先輩に先にバトンを渡されてしまった。

「…………」
 先にバトンを渡されたということは……私は、負けたということで……
 トラックの内側へ倒れ込みながら、その事実を確認する。
 負けたということは……
 私は、ゆたかには想いを伝えられない……ということ……?
「はぁっ、はあっ……はあっ……」
 肺が、酸素を求めるために激しく波打つ。
 荒い呼吸と、額を幾筋も流れる汗。
 それといっしょに……涙が、流れ出てくる。
 ゆたかへの想いを、捨てないといけない。
 私のことを、応援してくれたのに。
 想いを通わせられると……そう、思ったのに……
「ううっ……」
 やだよ……そんなの、やだ……
 想いを告げられないまま、友達のままでいるだなんて……
「――なみちゃん、みなみちゃん」
 遠くから、聞こえてくる声。
 顔を覆っていた手をどけると、そこには泉先輩がいた。
「泉、先輩……」
 さっきまでの挑発的な顔が嘘みたいな、いつも通りの穏やかな笑顔。
 ――その笑顔は、勝ち誇った笑顔なんですか?
 そう言いたくなる心を抑えて、私は先輩のことを見上げた。
 ゆたかのことを守れて、安心したんだろう……
 私に絶望を与えられて、よかったと思っているんだろう……
 暗い感情が生まれる中、先輩はいつものようにネコ口を見せると――

「……ふうっ。やー、お姉さん、すっかり負けちゃったよ」
「……え?」

 って、えっ……? どういうこと……?
 私は、先にバトンを渡せなかったのに……
「ほら、見てごらん」
 先輩に促されて、私はトラックのほうを見た。
「あっ……」
 日下部先輩が、わずかにリードしたまま走っていて――

 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 大歓声の中、真っ先にゴールテープを切った。

「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 大はしゃぎで、私のところに駆け寄ってくる日下部先輩。
「ありがとう岩崎さんっ! ううんっ、みなみっ、ホントにありがとっ!」
 強引に引っ張られるまま、私はその場に立たされた。
「えっ? ……あの、その」
「すごいよ岩崎さん、あの差をあそこまで詰めるなんて!」
「ありがとう岩崎さん……私、あのままだったらどうしようって……」
 藤井先輩と成瀬先輩も駆け寄ってきて、私に抱きついてきた。


「えっと……先輩……?」
「なにボーッとしてるの! 一位だよ、一位! 喜ばないとっ!」
「さっすがウチのエース!」
「なんてったって、MVPは岩崎さんだよ!」
 え、えっと、優勝……?
 なんだか、よく把握出来ないというか……
「やいちびっ子、ウチのみなみの実力を見たか! 文句は言わせないぞ!」
「やー、負けました負けました。まさかあそこまでみなみちゃんに迫られるとは」
 確かに差を詰めはしたけど……でも、それで……勝ちで、いいの?
 頭の中で、さっきまでの落胆と戸惑いと驚きが混ざっていく。
「約束通り、柊は一週間ウチのだかんなっ!」
「ええっ?! ちょっとみさきち、これは私とみなみちゃんの個人勝負なんだよ?」
「なーに言ってるんだ。これは代理戦争、仁義なき戦いだ!」
「ちょっ、おまっ、そ、それはないよーっ!!」
 るるるーと涙を流してる泉先輩だけど……私のほうは、もういいの?
 なんか、どうしたらいいかわからない……
「みなみちゃんっ!」
「えっ……?」
「おや、勝利の女神様のお出ましですかナ?」
 泉先輩の言葉に振り向いた瞬間、
「みなみちゃん、すごいよっ!」
「わっ!」
 ゆたかが、凄い勢いで私に抱きついてきた。
「ゆ、ゆたか……?」
「おおっ、ちびっ子妹! って、ウチのチームの子なんだよな。同じちびっ子なのに、感心感心」
「あのさーみさきち、ウチのゆーちゃんをちびっ子呼ばわりはやめてよね」
「ちびっ子妹はかわいさいっぱいなちびっ子だけど、お前はかわいげのないちびっ子だ!」
「なにをーっ!」
 わははと笑っている日下部先輩に、ぷんすか怒っている泉先輩。
「……くすっ」
「あはははっ」
 それにつられて、私もゆたかも思わず笑ってしまった。
 本当、ゆかいな人たちだ。
「あー、楽しいところ悪いんやけど」
 って、黒井先生がどうしてここに?
「これから表彰と中間得点発表やから、とっとと並んでくれへんかなー?」
「あっ!」
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
 黒井先生の額に浮かぶ青筋を見た私たちは、慌てて表彰台のほうに並び始めた。
「みなみちゃん」
 その途中に、ゆたかが声をかけてくる。
「うん?」
 私がゆたかのことを見下ろすと、ゆたかは両手で私の右手を包んでくれた。
「おめでとうっ!」
 それは、久しぶりの感触。
 私が大好きな、ゆたかの少し冷たい手。
 そして、あたたかいゆたかの言葉。
「……ありがとう」
 私は少しだけ笑って、ゆたかに小さく頷いた。

 *   *   *

「「ごめんなさいっ!!」」
「……あ、あの?」
 午前の部が終わった、その直後。
 泉先輩に連れられて裏庭に来た私は、何故か先輩と田村さんに頭を下げられていた。
「あの……よく、わからないのですが」
「えーと、その……ですねー」
 おずおずと顔を上げる、泉先輩と田村さん。
「ここ最近の、ゆーちゃんとのことなんだけどね?」


「……はあ」
 その当のゆたかは、裏庭の入口近くで待ってもらっている。
 でも、なんで私だけここに……?
「実は、その……全部、私とひよりんで仕組んでたことなんだ」
「……はい?」
 えっと、仕組んでいたって……今回の勝負のこと?
「実は、みなみちゃんにゆーちゃんのことを聞く前からひよりんから連絡があって、
どうしてゆーちゃんが泣いてたかを聞いたんだけど……それで、みなみちゃんに
ゆーちゃんへの迷いを晴らしてもらおうと、おねーさんが一肌脱ごうと思って」
 それって、もしかして……
「だから、あの勝負を仕掛けた……と?」
「ほ、本当にごめんね! みなみちゃんにゆーちゃんへの気持ちを再確認してもらおうと
思ったんだけど、あそこまで落ち込むと思わなくて……でも、なんか引っ込みがつかなく
なっちゃってさ……あのね、最初からゆーちゃんとみなみちゃんを引き離そうとは思って
なかったんだ。だけど、その、今日もみなみちゃんが本気を出してたから、私も本気を
出しちゃって……えっと、本当にごめん。私、みなみちゃんのことを煽るような真似しちゃったよね」
 いつになく、しおらしく頭を下げる泉先輩。
 ぴょこんと飛び出ている髪の毛も、まるで私に謝っているみたい。
「私もごめんね、岩崎さんの気持ちを探るような真似しちゃって……でも、このまま二人が
ぎくしゃくするの、どうしても見てられなかったから……」
 田村さんも、半泣きになりながら私に頭を下げる。
「……謝らなくて、いいです」
「えっ?」
 そう言うと、二人はきょとんとした顔を私に向けた。
「私こそ、ごめんなさい……自分の勝手な気持ちで、二人を振り回してしまって」
 一旦言葉を句切って、そのまま話を続ける。
「むしろ……感謝させてください。私は、泉先輩と田村さんのおかげで、ゆたかへの気持ちに
向き合うことが出来ました」
「みなみちゃん……」
私は……ゆたかのことが、好きです。でも、それに対する迷いでゆたかを傷つけるのは、もう嫌です。
だから……ちゃんと、伝えようと思います。その上で、ゆたかが望むなら……友達のままでも、
私はいいと思っています」
 自分で確かめるように話す私を、暖かい目で見つめてくれる二人。
 二人とも、私のことを心配してくれたんだから……感謝こそすれ、怒ることなんて一つもない。
「これから……ゆたかに、ちゃんと話そうと思います」
「……そっか」
「がんばってね、岩崎さん」
 頷く泉先輩と、両手で拳を握る田村さん。
「……うん」
 せっかく、二人が私に想いを気付かせてくれたんだ。
 この想いを、無駄にはしたくない。
「じゃあみなみちゃん、あとはお二人で」
「また、後でね」
 泉先輩と田村さんは、手を振りながら昇降口のほうへと向かっていった。
 ここに残されたのは、私と……入口にいる、ゆたかだけ。
 高鳴り始めた胸を心の中で押さえながら、ゆっくりと歩き出す。
 やがて、だんだん見えてきた木のアーチの下には――
「あっ、みなみちゃん」
 いつもの笑みを浮かべたゆたかが、私のことを待っていた。


「もう、お話は終わったの?」
「……うん。二人とも、教室に戻っていった」
「そっかあ。私たちも、教室に戻ろっか」
「いや、その……」
「うん?」
 今は、教室には戻れない。
「……ちょっと、いっしょに散歩しようか」
「そういえば、久しぶりに会うんだもんね。うんっ、いいよ」
 かわいらしく、こくんとゆたか。
 ……ゆたかの仕草ひとつひとつが、心の琴線にふれていく。

 そのまま、私たちは裏庭を歩き始めた。
 いろんな植物がある小高い丘には、秋桜がたくさん咲いている。
 木々は少しだけ色づいていて、みんな静かに風にゆられていて……二人きりで話すには、
とてもいい場所だった。
「その……調子は、大丈夫?」
「朝はちょっと悪かったんだけど、寝ていたら気分が良くなったから。それで、天原先生に
頼んで救護テントで見させてもらったんだ」
「……そっか」
 だから、あの場にゆたかがいたんだ。
「みなみちゃんが走るって言ってたから、絶対応援しなくちゃって思って」
「……ありがとう」
 ゆたかの言葉は、いつも私の心を暖かくしてくれる。
 高鳴っていった鼓動も、少しだけ落ち着いて……
「その……ゆたか」
「なあに?」
「……この間は、ごめん」
 植物の小径のまっただ中で、私は話を切り出すことにした。
「ゆたかの手を、突然払ってしまって……」
「えっ、えっと、それはあの、突然の事故で、私のほうが悪かったから――」
「ううん、違う」
 ゆたかの言葉を遮って、首を横に振る。
「あれは、私の心の迷いのせい。私が、はっきりしなかったから……ゆたかを、傷つけてしまった」
「そ、そんなことないってば! みなみちゃんは、何も悪く――」
「ううん、私が悪い。もっと早く、自分の気持ちに気付くべきだった」
「……えっ?」
「初めて会って、採寸の日に再会して……それから、ゆたかはずっといっしょにいてくれた。
私も、いっしょにいたくて、守ってあげたくて……気付いたら、ゆたかの姿を追っていた。
休んでる日はさみしくて、来てくれると嬉しくて……でも、会えなかったこの数日間、
ずっと心が痛かった。あんな形で別れたまま、仲直りもできないだなんて」
「みなみちゃん……」
「その中で、私はやっと気付いた……いつもゆたかが、私の心の中にいたということ。
ゆたかに、いっしょにいて欲しかったということを」
 私はそう言いながら、小高い丘から見える校門を指さした。
「あの場所でゆたかに『三年間よろしく』と言われたとき、いい人と巡り会えたと思って
……それは、間違ってなかった」
 そして、ゆたかのほうに向き直る。
「ゆたかは、いつも心をぽかぽかさせてくれて、笑顔をくれて……私は……」
 言わないと。
 今、ちゃんと想いを伝えないと――

「私は……ゆたかのことが、好き。
 一人の女の子として……大好き」

 さあっと、冷たい風が通り抜けていく。
 私とゆたかの髪を、わずかになびかせて……
「あの……えっと……」
 それに反発するように、頬が赤く染まっていった。
「私は、ね」
 やがて、視線をさまよわせていたゆたかが私の目を見つめた。


「みなみちゃんのこと、友達として好きなんだ」
 ――そうか。
 やっぱり、ダメか……
 その言葉が、私の心の中に影を落としていく。
「だけど……」
「……えっ?」
 一瞬外しかけた視線が、またゆたかへと戻る。
「みなみちゃんはいつも、私のことを守ってくれて、いっしょにいてくれて……この間、
私が自分のわがままで倒れたときも優しく抱きしめてくれたよね」
 それは、まっすぐな瞳。
 私が大好きな、ゆたかの意志。
「私のことを保健室に運んでくれて、ずっと手を握ってくれて……その時のみなみちゃんの
手のぬくもりが、どうしても忘れられないんだ。みなみちゃんが、そばにいてくれるみたいで」
「ゆたか……」
「でもね、休んでる間にそのぬくもりが消えていって……さみしくて、みなみちゃんとお話ししたくて……
 みなみちゃんは私が心をぽかぽかにしてるって言ったけど、みなみちゃんも、私の心を
ぽっかぽかにしてくれてたんだよ」
 ゆたかの言葉、一つ一つが私の心を高鳴らせていく。
「今、みなみちゃんに好きだって言われて、すっごく嬉しかった。みなみちゃんも、私と同じなんだって」
「……っ!」
 突然、ゆたかが駆け寄ってきて……私の真っ平らな胸に、ぽふんっと抱きつく。

「私も、大好きだよ。
 みなみちゃんのことが、大好きっ!」

 私が、ずっと待ち望んでいた言葉。
 それが、花咲くような笑顔といっしょに私の心を包んでいった。
「ゆたか……」
 震える右手で、ゆたかの肩に手を回す。
 それから、左手も肩に手を回して……
「ゆたかっ……!」
 たまらなくなった私は、ゆたかのことをぎゅっと抱きしめていた。
 ダメだ……もう、嬉しすぎて泣きそうになる。
「えへへっ……大好きだよっ」
 すっぽりと私の腕に収まったゆたかが、幸せそうに笑いながら私のことを見上げた。
「私も……大好き」
 私も、精一杯の笑顔をゆたかに向けてみる。
 ちゃんと笑えてるかわからないけど、ゆたかの笑顔を見てると大丈夫そうだ。
「みなみちゃんの体、あったかいね……」
「ゆたかの体も……あったかいよ」
 短い間触ってなかっただけなのに、ずっと待ち望んでいたゆたかの温もり。
 大好きな温もりを、体で受け止められる日が来るなんて。
 体の中がぽかぽかしてきて、幸せだらけになっていく。
「ねえ、みなみちゃん」
「……なに?」
「私たち、好きな人どうしなんだよね……?」
「……うん」
 ゆたかの言葉に、顔がどんどん熱くなっていく。
 まさか、ゆたかにそれを先に言われるとは。
「だったら……」
 私のことを見上げながら、目を閉じるゆたか……って、えっ?
 これって、まさか……まさか……!?
 だけど、ゆたかは私に顔を向けたままで、顔を真っ赤にしてる。
「……いいの?」
 私の問いかけに、ちょこんとうなずくゆたか。
 その仕草が愛おしくてたまらなくなって……私も、目を閉じた。
 それから、そのままくちびるを近づけて――

「……んっ」
「ふぁっ……」

 ふれあったくちびるから、ぬくもりが流れ込んでくる。
 体中で感じられる、ゆたかの温もり。
 私だけの、大切な温もり。

 このぬくもりを、ずっと守っていこう。
 いつも、ゆたかが笑顔でいられるように。
 いつも、ゆたかが元気でいられるように。
 ずっと、ゆたかが私といられるように。
 だって……
 ゆたかは、私の恋人なんだから。

 風に吹かれて、植物たちがざわめく。
 まるで、私たちを祝福しているかのように。

 *   *   *

 見上げてみれば、高い青空。
 風も少しずつ冷たくなって、秋の気配が深くなっていく。
「みなみちゃん、寒くないですか?」
「はい……大丈夫です」
 いっしょにバス停に並ぶみゆきさんの問いに、私は小さく頷いた。

 体育祭という忙しい日々が終わって、いつもの日常が戻ってきた。
 二人での登校も、本当に久しぶり。
「あっ、ほら、みなさん来ましたよ」
 みゆきさんに促されて駅のほうを見ると、泉先輩に柊先輩たち、それにゆたかがこっちに向かっていた。
中でも、ゆたかは私のほうにとてとてと駆け寄ってきて……
「みなみちゃん、おはようっ!」
「……おはよう、ゆたか」
 ぽふんっと、また真っ平らな胸に抱きついてきた。
「あらあら、仲良しさんですね」
「ほんと、二人とも仲がいいよねー」
 にこにこと、私たちのことを暖かい目で見てくれるみゆきさんとつかさ先輩。
「もうっ、ゆたかちゃんったら朝から甘えちゃって」
「しょーがないよ。二人は完全無欠の仲良しさんなんだから」
 手を繋ぎながら、こっちに向かって歩いてくるかがみ先輩と泉先輩。
 ――……先輩たちも、とっても仲良しだと思います。
 ということを言ったら、また体育祭の午後みたいなことをされそうだから黙っておく。
 まさか、あんな罠が待ってるとは思わなかった。しかも、先輩たち二人とも、それを喜んでやるなんて……
もしかしたら、かがみ先輩のことを見る目が変わるかもしれない。
「だって、今日からまたみんなでお弁当を食べたりできるんだもん。ねっ、みなみちゃん」
「……うん」
 あどけない笑みを浮かべるゆたかに、私もうなずいてみせる。
 抱きついてくっついてる場所から、ゆたかのぬくもりが伝わってきて気持ちいい。
「はいはーい、桃色空間を広げるのはそこまで。ほら、バスがそろそろ来るから、ちゃんと準備しましょ」
「はーいっ」
 かがみ先輩の言うとおり、スクールバスがバス停に滑り込んできた。
 ドアが開くと、ぞろぞろと中に入っていって……でも、
「……ゆたか、このままじゃ乗れない」
「あ、そっか。ごめんね?」
 そう言うと、ゆたかは名残惜しそうに私から離れた。
 抱きついたままだと、ゆたかがバスのボディにぶつかってしまうかもしれないけど……
「これだったら、大丈夫」
「あっ……」
 代わりに、ゆたかに右手を差しのべる。
 それを見たゆたかは、一瞬ぼうっとした顔になったかと思うと、
「うんっ!」
 笑顔で頷いて、左手を私の右手に絡めてきた。
 私も頬をゆるめて、その手を優しくにぎる。



 ぬくもりからは、ゆたかの優しい想いが伝わってくる。
 私の想いも、ゆたかに伝わっていてほしい。
 そう思うほど、このぬくもりは気持ちよかった。

 まだまだ、幼い私たちの想いだけど……
 少しずつ、二人のペースで育てていこう。

 想いをのせた手をいっしょに繋いだまま、

「行こう、みなみちゃん!」
「……うんっ」

 私たちは、ゆっくりとバスに乗り込んだ。


                           プリンセス・ブライド 完













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コメント:
  • 素晴らしい!◆cj23Vc.0u.君、君は英雄だ
    大変な功績だ -- 名無しさん (2010-07-12 18:36:10)
  • 純粋な愛って、それだけで作品になるなぁ。
    この作品と出会ったことを、一生忘れません。 -- 名無しさん (2009-09-20 22:13:34)
  • 久しぶりに読みに来た。
    良い作品は何回読んでも良い。自分にもこういう文章が書けたらなあ。 -- 名無しさん (2008-12-18 07:02:13)
  • ちょい泣きました、なんという神・・・・・
    -- 名無しさん (2008-06-28 12:58:22)
  • 途中から感動しすぎて泣きっぱなしでした。
    まさに理想のみなゆたで本当に最高です!
    こなたとひよりはベテラン策士www -- 名無しさん (2008-03-02 02:26:50)
  • そこらへんの下手な恋愛ものよりずっと心を動かされました。やっぱりみなゆたは純愛やっても臭くない! -- 名無しさん (2007-12-07 13:38:39)
  • この様な所で この様な小説に巡り逢えるとは 思いませんでした。実にいい内容だったので 久々に感動して 涙を流しつつ 最後まで 読まさせていただきました。これを読んで より ゆたか×みなみと言うカップリングが好きになりました。今後も これと同じくらいの小説をお書きになって下さい。応援してます。 -- エルン (2007-09-25 04:36:47)

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