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本当の優しさ

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 クリスマス。運命の日。

 音も無く降り続く雪の粒が視界を綺麗に彩っていた。

 その中を楽しそうに歩いていくカップルや家族達。

 今日という特別な日を大切な人と過ごせることが、本当のクリスマスプレゼントなのかもしれない。



 あたりが少し薄暗くなってきた頃、私は公園のベンチに座っていた。

 大切な人を待つ為に。



つかさ

 呼ばれた方を見ると、こなちゃんは雪が降る中、少しはにかんで笑っていた。

「こなちゃん……」
「おまたせ~さすがに寒いね~」
 こなちゃんは肩を縮こまらせポケットから缶コーヒーを取り出し「はい」と私にくれた。
「ありがと」
 かじかんだ手にその温もりがじわっと沁みこんでいく。
 こなちゃんは「ん」と答えて、私の隣に座った。




   ―本当の優しさ




 同時にたつ、二つの白い息。

 手に落ちた雪がじわっと溶けた。

 少しの沈黙の後、こなちゃんは口をゆっくりと開く。
「あれからずっと考えてた。つかさのこととかがみのこと」
「……うん」

「本当は言いたい事とかいっぱいあったんだけど、回りくどいのは私らしくないと思うから、はっきり言う」



 こなちゃんは大きく息を吸い込む。そして白く変わった息が広がった。



「私はつかさのこと好きじゃない。私はかがみが好き」
「……うん」
「だから私はつかさを選べない」
「……うん」

「だから……ごめん」
 最後のごめんは、消え入りそうなほど小さかった。
 また「……うん」しか言えなかった。

 こなちゃんの横顔を見ると、目尻から顎の下まで涙の線が出来ていた。

 その涙は同情? それとも自分がかわいそうだから?

 最後の希望だったのに、それすら許してはくれないんだね。

 見抜かれていないなんて思っているバカな人に私は微笑んであげた。


「……行って」

「つかさ……」
 こなちゃんは、潤んだ目のまま私の顔を見て、私の名前を呼んだ。しかしそれに続く言葉は出てこない。

「……お願いだから。最後のお願いくらい聞いてよ……」

 こなちゃんは下唇を噛んで、何もこたえずに立ち上がり歩き出した。


 私は空を見上げる。何かがこみ上げてくる事に気付いたから。

 こなちゃんの雪を踏む音が徐々に小さくなっていく。それがわかるほど音は澄み切っていた。



 その足音が聞こえなくなったと思ったら、

「うぅ……」という声が聞こえ、自分が嗚咽をもらすほど泣いてる事に気付いた。


「空をみたら涙が止まるなんて嘘だよ……」

 正面から降り注ぐ雪が滲む。昨日見た雪はもっと綺麗だったはずなのに、今日の雪は昨日とは違っていた。

 わかっていたことなのに……。

 こなちゃんがお姉ちゃんを選ぶことなんて、わかってたことなのに……。


 足元が崩れていくってこういうことを言うんだね。

 息が苦しい、何も見えない、何も聞こえない。
 私は今いったいどこにいるの……?
 たどり着いた場所はいったいどこなの?
 努力はきっと報われるなんて言ったのは誰?
 たとえ遠くても見ていたかったあの背中はもうない。
 私は何を頼りに歩いていけばいい……?

 誰か教えてよ……。ねぇ……誰か、お願いだから……。


 こんなことになるなら好きにならなきゃよかった……。

 私はやっぱり弱いよ……。こんな風に思っちゃう。





 …………。

「――っ」
 納まりかけた涙は、さっきのこなちゃんの表情と共に蘇る。
 こなちゃん泣いてた……。

「ずるいよ……あんなの……」

 こなちゃんの優しさ無駄にしちゃってるね。
 こなちゃんのことこれっぽっちも嫌いになんてなれてないよ。
 だって……、この目も鼻も耳も手も、全部がこなちゃんを覚えてる。


 忘れないといけない。

 忘れたい。

 忘れたくない。

 忘れられない。

 往生際悪いね。



 だけど次に会うときはきっと笑顔で会うから。だからもう少しだけ好きでいさせて……。



 手に握った、こなちゃんに貰った缶コーヒーは、もう冷たくなっていた。 
 カイロ代わりだったそれを開けて、一口飲んだ。

「苦い……」

 飲んでからブラックだと気づく。でもその苦さが今の私には丁度よかった。






       * * *







 頭からぴょんと飛び出したアホ毛をしょんぼりとさせてとぼとぼと歩いてくる人影。

「こなた……」

 私の声に顔を上げたこなたは、酷い顔をしていた。

「か……がみ……。私、私……」

 その表情を見て、ある程度の想像はつく。

「無理に話さなくていいよ」

 その言葉をかけたのは間違いだったのか、こなたの目からは更に涙が溢れ出す。

「あぁもう、あんたがそんなだと調子くるうなぁもう……」
 私はこなたを抱き寄せた。
 こなたは私のコートを子供のようにぎゅっと握り締めた。それでも収まらないくらいに、こなたの肩は
震えていた。それでもこなたは言葉を搾り出す。

「つかさ、絶対泣いてる……」
「……だろうね」
「私……ひどいことした」
「そんなことないって」
「つかさ……っ……笑ってた……」
「そう……あの子もがんばったんだね」

 つかさは強い子だ。でもあの子は自分のこときっと弱いと思ってる。
 でも自分を弱いと思える人間は強いってことなんだよ。

「ありがとう、こなた」
「え……」
「つかさの為に泣いてくれて」
「……っ」
「あの子のこと真剣に考えてくれて」
「……うっ……」
「あの子の姉として礼を言うわ」
「うぅあぁ……かがみ……あぁああ……」

 こなたの膝は力を無くし崩れそうになる。
 私はそれを抱き上げるようにもう一度その手に力を入れた。



「それと、ごめん。試すような真似して」
 こなたは私の胸に顔を埋めたまま首を振る。

 どれくらいそうしていただろう。こなたが泣き止むまで私は抱きしめ続けた。


 肩の引きつりもおさまり初め、しばらくして私はこなたをゆっくりと解放した。

「ひどい目だぞー」
 私はこなたの目からあふれ出る涙を親指で拭った。
 こなたの目はお岩さんとまではいかないが、酷く腫れていた。
「家帰る?」
 こなたは首を振る。困ったものだ。いつまでもここに居ては凍え死ぬ。
「とはいってもうちにはつかさがいるし、さすがにね……」
 しかたないか……。
「どっか行く? 24時間やってる漫喫とか」
 こなたはコクンと頷く。

「おじさんに心配かけちゃまずいから、私の家に泊まるとでもメールしときなさいよね。私もあんたんち
泊まるってメール打つから」

 まだ放心状態がとけないこなた。いつもとは違うこなたに正直なところ戸惑っていた。

「……携帯どこ?」
「……カバン」
「あけるわよ」
 またコクンと頷くだけ。

 私はカバンをあけ、携帯を取り出すとこなたに渡した。
「メールくらいは自分で打ちなさいよ」
「……うん」

 私達は何も話さずに駅まで歩いた。手を繋いで。
 正確にはこなたを引っ張る為にこなたの手を掴んでだけど。




 漫喫についてペアシートの席をとり、こなたを部屋に押し込んだ。
 ソファに座ると自然と溜息が零れた。

「いい加減にしゃきっとしなさい、しゃきっと」
「……うん、ごめん」

 謝るだけで全然変わってないんだけど……。

 私は隣に聞こえない程度に声を抑えつつ話し始める。
「ねぇ、こなた。こなたにはまだ、つかさにしてあげないといけない事があるでしょ」
「……え?」
「笑う事。明日からも笑う事。つかさの為を想ってくれるなら頑張ってよ」
「かがみ……」
「それと、つかさの作り笑いに気づかないフリをする事、私達にはつかさを癒してあげる事はできないんだから」
「うぅ……」
 こなたは漏れそうになる嗚咽を必死に堪えていた。

 私はこなたの頭をポンポンと軽く叩いた。

「かがみはつかさのことよくわかってるね……」
「当たり前でしょ。何年双子やってると思ってるのよ」
「……ごめん。かがみだって辛いよね……私以上につかさと向き合わないといけないから……」
「……覚悟してなきゃこうしてないわよ」
「かがみは強いね……」

「私が強いと思うなら、それはつかさの強さよ」
「……え?」

「私は一度諦めたもの。前を向く事も真剣に考える事も。でもつかさが逃げるなって私に言ったの。自分が
不利になるのによ? 見ててわかるでしょ、あの子本当にこなたのこと好きなのよ。好きで好きでしょうが
ないの。なのに……あんたが私を好きなのに、私にちゃんと向き合えって。そんなこと言えるつかさが弱い
って思う? 私は怖いくらいに強いと思った。だから私も強くなったのよ。じゃないとつかさに失礼でしょ」

「つかさが……」

「そもそも私達って、つかさが居なかったらこうやって出会ってすらいなかったんだよ」
「……うん」
 初めてこなたに会った日のことを思い出していた。
 つかさが嬉しそうに、友達ができたーっていうから、どんなやつか見に行ったんだっけ。
「それに、つかさが私に逃げるなって言わなかったら、私はこなたを受け入れられなかった。今があるのは
つかさがいたから……」
 私は自分の手のひらを見た。あの日のことを思い出す。
 あの時のつかさの気持ち。私に頑張れと言ったつかさの気持ち。
 それを考えると目頭が熱くなる。
「――っ」
 自分が泣いているのかと思った。こなたに先に泣かれてしまった。いや、泣いてくれて助かったのかもし
れない。



「本当にあの子は運が悪いというか……、がんばってるのに認められないことが多いのよね……」
 頭の中に小さい頃のつかさがでてきた。無垢な笑顔でお姉ちゃんお姉ちゃんっていつも私の後ろにくっつ
いて……。ドジなとこもあるけど、何にでも一生懸命だったよね。
「でも……かがみはわかってあげてたんでしょ、つかさの努力」
「いつも見てきたからね。つかさがどれだけ頑張ったか、一番わかってるつもり」
「そうだよね……」

「だから、正直言うとね、あの子にあんたを譲ろうって気持ち無かったとは言えない。もちろん、問題が多
いことも理由ではあったけど、それだけじゃなかったと……思う。でもそれってすごく最低。もうムカつく
くらいに。つかさに対してはもちろんだけど、あんたに対してもすごく失礼なことしたって思ってる」

 私は一つため息を吐く。つかさの顔が頭に浮かんだ。いつもの笑顔で。

「そんなつかさだから……きっと笑ってると思うし、こうなることもわかってたはずよ。だから私はあの子
の為に泣かない。あの子に同情だってしない。そう決めたの」
「アハ……二人とも強いや……」
 こなたは乾いた笑いと共に呟く。

「こなたも頑張ったよ」
「え……?」
 こなたはきょとんと少し驚いた表情を見せた。

「人を振ることの辛さは知っているつもりだから」

「かがみ……。うん……、だってつかさの事好きだもん……好きじゃないなんて嘘でも言いたくなかった……」

 きっと、本当につかさのことを考えて、言った言葉だったのだと思う。
 私も人のこと言えないけど、こいつも結構不器用なところがあるから。

 コツンと頭を私の肩に乗せたこなたは、目を閉じた。
 その頭を抱えるように私は手を回し、こなたの頭を撫でた。

 泣き疲れたのか、こなたはすぅすぅ寝息を立てながら眠り込んでしまった。

 そんなこなたの寝顔を見て思う。
 なんで私なんかを好きになったんだ。と。

 初めからつかさを好きになっていれば、みんな上手くいっていたのに。

 私がこなたを好きにならなきゃ、きっとこなたはつかさを好きになっていたのに。

 でも、つかさを選ぶこなたを想像して、少し寂しくなった。

 私はこいつのことを好きになっているのだと自覚する。

 ここまで私を好きになってくれたこなたを愛おしく思う。愛したいと思う。
 つかさが愛そうとした分も。つかさ以上に。

 それがつかさの為でも、こなたの為でも、私の為でもあると思うから……。

 そんな思いを抱きながら、私もこなたの頭に自分頭を乗せて眠りについた。



    ***






   ―本当の優しさ エピローグ―



 誰かに見られている気がしてふと見ると、小さな雪だるまがこっちを見ていた。

「こんなとこ見られてかっこ悪いね」

 話しかけてみる。

「でもね、本当に好きだから、かっこ悪くもなるんだって思うの」

 プライドや建前なんてとっくの昔に置いて来た。

「好きにならなきゃよかった。そう思う気持ちもあるけど、でも……、こなちゃんのこと好きになった私を、
褒めてあげたいんだ。本気で人を好きになれたことを褒めてあげたいんだ」

 雪だるまはただ黙って話を聞いてくれる。


「だけど、私はもう少し君といていいかな?」


 こなちゃんとお姉ちゃんは新しい道を歩き出す。あの二人だから絶対に幸せな道に違いない。
 だって、お姉ちゃんの良さも、こなちゃんの良さも、一番知ってるのは私なんだから。



 だけど私はまだ、ここにいたい。まだ少し怖いんだ、踏み出す事が。

 みんなで作ってきた思い出が私を暖めてくれるから。

 瞼の裏に走馬灯のように鮮やかに蘇る。

 今はまだその温もりの中にいたいんだ。


 雪だるまが微笑んでくれたような気がした。


「ありがとう」



 もう少し、もう少しだけ……。


 そう、雪が溶けて春になるまで……。



 そしたらきっと、こなちゃんとお姉ちゃんに”ありがとう”そして”おめでとう”って

 笑って言えると思うから。



fin ~本当の優しさ~




AfterEpisode繋がっている空へ続く。











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