大和・
神風学園高等部。
アドラメレクが作り出した異世界から帰還し1年。
3月。卒業の季節がやってきた。
「ねりちゃん、くれはちゃん、一緒にかえろー!」
行成ハナ、福良練、日野守桜…いや、この改編後の世界では彼女の名は『姫神紅葉』という名前で統一されていた。
その理由は後述するとして、3人は卒業式を終え、共に校門へと向かって歩いていく。
最上級生である3年生だったため、これで3人共高等部を卒業。新たな道へと進むことになるのだ。
「それにしても実感が沸きませんね」
「うんっ。あ、でもこうして見ると、やっぱり成長したって実感するよねー…」
練は、紅葉とハナを交互に見ると、ほわぁ、といった雰囲気で和む。
二人は顔を見合わせると、首を傾げた。
「もう18だし成長もするよっ」
「ハナちゃん…そうですね、成長してるかな…」
「紅葉ちゃん!?憐れむような眼でみないでよー!」
冗談を言い合いながら、一歩一歩、高等部への校門を目指しゆっくりと歩く。
少し名残惜しいような、寂しいような表情をしながら、少しずつ。
「ん?3人共まだいたの?」
「あ、しどーくんも今帰り?」
練の声と共に、紅葉とハナも振り返る。
そこには同じく、卒業生である祠堂統がいた。
「祠堂くん、今日も伍代さんの所ですか?」
「伍代さん…には、最近はほとんど教えてもらってないけどね。自宅学習期間は、学校来ない日は大体行ってたなぁ」
「なんか1年前よりも、体がしっかりした感じだもんね!」
異次元から帰ってきた日から、統は土御門流の門下生となり、訓練を重ねていた。
異次元での、いやそれ以前からの地影忍者としての力は、殆どが弱体化していたため、鍛え直すべくだ。
「いやぁ…体のしっかりさ具合でいったら…」
「あー」
「紅葉、筋肉ついたもんねぇ」
「ちょっと、セクハラですよ?」
姫神紅葉。
彼女のベルゼルガーこそ残ったものの、魔改造されたベルゼルガーではなく一番初期のものに劣化していた。
そして、
ハンターカードの効果がなくなったためか、彼女自身それを持てなくなっていたため、この1年間ずっとトレーニングをしてきた。
そのため、クラスも戦術クラスに移って本格的に筋力を付け始めたのだ。
「そもそも筋肉を使っている場所が、違うじゃないですか。私は腕、祠堂くんは足や手先ですし、比較するのが間違っていると思うんですけど」
「う、うわぁん…紅葉、怒らないでよ―…!」
「そういえば、皆進路って決まったの!?」
つーんとした態度の紅葉に焦り、強引に話を変えるハナ。
時期も時期なためか、話の切り替えは強引ではあったが、全員が食いついた。
「わたしは紅
ギルドなんだー!」
「え?ハナちゃんも?」
「えっ…?わたしも!」
就職や進学という選択肢もあっただろうが、ハナ、紅葉、練の3人は全員紅ギルドに所属を希望していた。
この流れはもしかして?と期待の眼差しで、3人は統を見たが、彼はすごくバツが悪そうな顔で苦笑をする。
「なんかごめんな?俺は大学部に進学なのよー。ギルドは蒼ギルド」
「祠堂くんにはがっかりですね」
「ざんねん…ってくれはちゃん、そんな事言っちゃダメーっ!」
「…ねえ、俺姫神さんになんかした?」
わざとらしく涙目になりながら言う統に、普通の態度ですけど、と言い張る紅葉。
彼女を宥めていると、ふと練が気づいたように呟いた。
「あれ…?そういえばしどーくんはハンター一本じゃないんだね」
「私はハンター一本ですね、そういえば。進学しても良かったのですが、将来家督を継ぐのはアイツになりそうなので…」
「もーっ、そんなひどい事言っちゃだめよぅ」
「あいつ?」
統が尋ねると、ちょうど『アイツ』の声が聞こえてくる。
校門の方から、リムジンでのお迎えだ。
「良いタイミングだったな」
「あ、桜ちゃんだーっ!」
「うわ…」
風がそれなりに強い今日。
二つに結った金髪を靡かせ、腰に手を当てた女性が4人の前に居た。
彼女の名は『姫神桜』。
紅葉が日野守桜と名乗れなくなった理由であり、元悪魔のフェルゼその人である。
☆
4人はリムジンで送られながら、フェルゼの言葉に耳を傾けていた。
姫神桜と名乗ってはいるが、このメンバーの間ではフェルゼと呼ばれていた。
紅葉の機嫌もあるが、フェルゼが混乱を招かぬように、との事である。
「だったら最初からフェルゼのままでいればいいのに」
「何か言ったか?紅葉」
「別に」
「そうか。統、伍代殿にこれを渡しておいてくれぬか?」
事あるごとに小言を呟く彼女を、手馴れた様子でスルーするフェルゼに。練やハナは苦笑をしていた。
姫神桜は、この改変された世界では姫神紅葉の『姉』であり、姫神家の次期当主である。
つまり、次期宮廷魔術師候補なのだ。
フェルゼは、統にある手紙を渡すともう一つ付け加える。
「くれぐれも見ぬように。まあ、見られた所でどうということはない内容ではあるが」
「見ないよ…」
多少気になった統ではあったが、そう言われて見たい気持ちを完全に失った。
今まで2回ほど、フェルゼに言伝がてら手紙を伍代に渡すように頼まれたが、大体は厄介事なのだ。
その2回とも巻き込まれた身としては、聞かない方がまだ気持ち的に楽だ。
「ねぇ、フェルゼちゃん。迎えに来てくれたのは嬉しいんだけどね…?」
「『また』、何かあったのですか?」
練とハナが尋ねると、彼女は深く頷いた。
そして一人の人相の悪そうな男の写真を見せる。
4人は顔を見合わせるが、誰も知っていそうな者はいない。
それを確認すると、フェルゼは話を続けた。
「佐後下幹夫(さごしたみきお)。葵の板金工に務める男だ。勤務態度は良くはなく、よく無断欠勤もしていたらしい。そして、『呪い憑き』である」
☆
『呪い憑き』。
改変される前にはなかった言葉だ。
というのも、悪魔憑きを指すのがこの言葉だからでもある。
フェルゼが伍代に伝えようとしていた内容であり、これで紅葉、ハナ、練は2度目。
統に限っては3度目となる。
改変された世界では、稀に現れる悪魔のような化物がついた状態を、呪い憑きと呼んだ。
元悪魔だった現象は、形を変え呪いとして残った。
ちなみにラウムやベレトは呪いというよりは、呪い(まじない)の類に分類されるのだが、結局のところ大元は同じノロイとして分類されるのだろう(それを指摘したら、ラウムは烈火の如く違うと怒ると言うのがウバル談だが)。
「話を戻そう。その手紙の内容でもあるのだが、見てしまった以上お主達にも手伝ってもらいたい」
「いや見てませんし!元々巻き込むつもりなのは、誰が見ても明白でしょうが!」
「俺はどのみち、伍代さんに付き合わされるんだろうけど」
怒る紅葉と、もう3度目で慣れてきたせいか、呆れと諦めが混ざったような態度の統。
そして、そんな二人とは違って、練とハナは少しワクワクしていた。
この呪い憑きに関する事象は、フェルゼ達元悪魔の汚点でもあり、悪魔という概念がこの大和に無くなった今、ギルド等におおやけに処理してもらうのもフェルゼのプライドが許さない。
そこで各地に呪い憑きを発見した場合、速やかに『協力者』を率いて処理に当たる事に決めたのだ。
紅はフェルゼ、葵は伍代、茜はクレイ=マッドマン、粥満はウバル。そして最後の蒼はなんと小此木剛毅だ。
協力者とは、つまり悪魔を知る、異次元に行ったことがある者達である。
そのため、あの時のメンバーとの再会のチャンスでもあるのだ。
「葵勤務の男だが、現在は紅に逃亡中との情報が入っている。なので、担当地区が2つにまたがった事により、伍代殿との協力ミッションとなっているのだ」
「えっ…?逃亡中って、その佐後下さん何かしたの…?」
「うむ。強盗殺人を行い、紅に逃亡中に更に2人の者を病院送りにしておる」
「ちょっと!!今までで一番危険じゃないですかフェルゼ!」
「一番も何も、まだ二回目だろう?」
少しワクワクしていた練とハナだったが、その気持ちが一気に萎えた。
参考までに言うと、前回は呪い憑きの少年の保護、そして呪いと呼ばれる元悪魔の解放を平和的に行っていたせいだ。
統は練ハナ紅葉とは別の1件が似たようなケースだったため、驚きはなかった。
「協力者はお主らの他に1名。白神だ。こ奴も案外暇だな…」
ラウムと関わりが強い彼のことだし、この件に関しては積極的に関わってくれている事がわからない筈がないフェルゼを、四人は白い目で見ていた。
リムジンは、こうして望まない現地へと向かうべく、無情に走り続けていたのだった…。
◆日野守桜→姫神紅葉
異次元帰還後、フェルゼが姫神家の長女へとなっていたせいで、色々と複雑な気持ちが爆発。
1年後の今日でもその気持ちは衰えず、反発している。彼女とフェルゼの和解はいつの日か。
また、そのせいもあり将来は姫神家の跡継ぎをしなくてもよくなったため、ハンター業に専念することになった。
◆フェルゼ→姫神桜
異次元帰還後、人間になることを望んだ彼女は、その通り人間へと変化。
姫神家の長女となり、次期宮廷魔術師候補として姫神家の代表となりつつあった。
東十常一、姫神百合、土御門正宗の大貴族御三家の一角として、同じく次期宮廷魔術師の伍代やまだまだ未熟な司と共に連携をしつつ大和の世界に馴染んでいく。
最終更新:2016年05月31日 11:59