エピローグ~one year later…3~

大和・茜スラム街(第二エリア)。
そこを2人の男女が歩いていた。
そして、彼らの行く手を阻むように男達が囲む。

「鬼ヶ原空…だな?」
「悪いが死んでもらう」

言うが早いが、男達は連携して空へと剣の刃を向ける。
後方にいる男は、銃を構えた。
その数8人。

「シドさん」
「任せてもらおう」

空と同行していたにシドと呼ばれた巨体の男、槐志度は右手を向け力を込める。
するとぱっくりとアイスクリームを切り取ったかのように、前方にいた5人の男達が、地面ごと抉り取られ消えた。

「チイッ!化け物が!」
「一旦撤退だ!ここ第二エリアは俺達の方が把握してる。地の利がある!一旦引いて、一人の所を…」
「そうはいきませんよ!ここで大人しくタカシ君達を返してもらいます!」

後方から聞こえた声に、男の一人が振り返る。
幸村カヤは魔術でダイスを生み出した瞬間だった。
その数字は1。
竜の力は無くなったものの、その後も自身の技の改良を続け、「敵にかける」ハードラックコレクターの強化に成功していた。

「は…!?なんだこれ…!?」
「さて、ファンブルのお時間です」

声が辺りに響くと共に、二人の男の体が粉々に分解される。

「う、うわァッーーー!俺の、俺の体がァッーーー!」
「い、痛くねえ!でもこれじゃあ何もできはしねえっ!!」
「いつ見ても慣れない技ですね…」
「これで命に別状はないって言うから怖いよな」

カヤの近くに移動した空が呟きながら頭上を見上げた。
そこにはスーツ姿の悪魔、クレイ・マッドマンの姿が。
分解された男達の散らばっているパーツの口から悲鳴をあげてはいるが、特に痛くもなんともないようで、徐々に4人への罵倒へと言葉が変化していく。
その言葉を無視しつつ、少し男達に同情を覚える空。

「さすがに悪魔と第三エリアの人間相手じゃなあ…」
「能力的には私達と同じくらいみたいですけど、その二人のお陰で反則ですよね」
「…それよりもいいのか空。残った一人が逃げていくぞ」
「おっと忘れてた」

カヤのサーチアイで、能力的には同じとは言ったものの、加速装置作成を発動し瞬時に追いつき、続けて魔界扉作成で体力を奪い無力化する空。
能力こそ同じ程度とはいえ、ただのチンピラ程度では彼女達の相手にはならない。

「下っ端の中でもかなり下っ端の連中か。幸村、ガキ共見つけたぞ」
「本当ですか!?クレイさんすみません、助かりますっ」

カヤは男達をシドと空に任せると、真っ先にクレイの指定する方向へと駆けて行った。

◆クレイ・マッドマン
異世界から帰還後、兄であるファニーに空の保護を頼まれたため、茜のスラムに潜むように生活をしている。
情報屋として空の助けをしてはいるものの、何かと茜ギルド長である新城抉の使いパシリにされているカヤと絡む事の方が多い。


スラム第一エリアは、多々抗争などはあったものの現在は落ち着きを取り戻している。
第一エリアのボスである灰原は、茜ギルドとも協力する体制をとりつつ、空等の茜所属のハンター達の助力を受けつつスラムの平穏を保っていた。
賛否両論はあったもの、主にスラム出身の空や、スラムの少年達と時折り遊んでいるカヤ達を歓迎する者達も多く、スラム第一エリアと茜ギルドは友好的な関係を築けていた。
それも全て、彼女ら二人を中心としたハンターやそれに関わる者達の努力の賜物だろう。

「B-ライザス?」
「うむ。それが今回、少年達を誘拐した組織だろう」

スラム第二エリア、北東部。
空達が指定した酒場のような施設へ入ると、沢山のスラム住人達に囲まれ、その中心に髪を二つに結った幼女がいた。
彼女はこのスラム第二エリアを統治する4人の支配者の一人で、新城抉とも知っている仲のようだ。
数年前、新城が茜ギルド長に就任した頃に、一度ハンター達に助けてもらった経緯があるのだが…それは今回は置いておき、話を戻そう。
彼女…マリーアは幼女の姿ではあるが、成長不足なだけでこれでも40代のオバサンらしい。
よく見れば、目尻に皺があるのだが、それを指摘して周りのスラム住人に銃撃されたクレイのようにならないべく、空やカヤは沈黙を保っていた。

「この私、マリーアとB-ライザス、enigma、それから死魔火(しゃまか)という四名がこのスラム第二エリアをそれぞれ統治しており、お互い抗争も激しい。
どこからか、私が茜ギルド長の新城と交流がある事を知ったため、その手下であるスラム第一エリアのスラム住人を人質に取ろうとしたのじゃろう」
「手下とは灰原の事か?」
「この場合、そうなのだろう」

本人に聞けば、絶対に違う!と言い張りそうではあるが、この場に彼はいないため空は何も言わない事にした。
ちなみに、灰原は子供達を守ろうとして銃撃を受け、命に別状はないが負傷中である。
第一エリアのボスも、本人はノリノリではあったが、他にやりたがる者もおらず、消去法で祭り上げられているという事は皆黙っていた。

「では、私はタカシ君達を第一エリアに送るので、これで…」
「ん、助かったよカヤさん」

そのまま皆がカヤを見送る視線だったが、そこに彼女にタイミングよく電話が入る。
電話相手は新城抉。茜ギルド長であるその人だった。

「…はい、もしもし」
『ああ、幸村さん。今どこにいらっしゃいますか?少し、お願いしたい事がございまして』

携帯電話から漏れた声に、この場にいる全員が顔を歪めた。
直接新城から電話が入る=嫌な頼み事に決まっているからだ。
ちなみに断った者は、向こう1ヶ月は依頼を一切回してもらえない。
茜中心に動く者にとって、恐怖の電話でしかなかった。

「いや~…今ちょっと依頼中でして」
『ええ、スラム第二エリアですよねぇ?ちょうどよかった。今人手が足りなくて、少しお手伝いをしてほしいのですがねぇ…』
「ですから依頼中で!」

その新たな依頼内容はこうだ。
B-ライザスの拠点を潰す。
手段は問わず、生死も問わないらしいが、もちろんカヤは忙しいと理由を付けて断った。
新城への対抗策ではないが、依頼完了報告前に、新たな依頼を頼んできた時は、その旨を伝えれば新城も渋々引き下がり、ペナルティは無いからだ。
だがしかし。

『そうですかぁ…ならばその件は、塚田マキさん一人の担当になってしまいますねぇ…。いや、貴方は彼女と親交もあるので、ペアで行わせたかった依頼だったのですが…それなら仕方がない』
「えっ!?マキさんに向かわせてるんですか!?」

マキとは奇妙な縁で、色々と絡んだ事が多いカヤ。
その彼女が一人で、さすがに先程のような下っ端の強さではない者達と戦う事を想像したら…いかにマキがカヤや空よりも強いハンターと言っても、無謀というものだろう。

『それに、報酬は今現在、貴方に請け負わせている報酬の10倍は用意しているというのに…いやあ残念ですねぇ。他の方…黒野何とかさんというハンターにでも、お願いしましょうかねえ』
「~~~っわかりました!行きます!その依頼受けますよ!」

涙目になりながら、魅力的な報酬と世話になっている者の窮地を脅しにかけられ、カヤは返事をした。
同情するような視線を向けられながら、カヤは務めて明るく、行きましょうかと皆へ声をかける。

「場所は南東部。スラム第一エリアと繋がるエリアだな。そこがB-ライザスの統治するエリアらしい」
「私もいくぞ。元々それが目的だしな」
「異論はない」
「皆さん…助かりますっ」

一致団結した4名。
しかし、彼女らを見る周りの視線は暖かくはなかった。
タカシ少年達をマリーア達に任せ、カヤ達出て行った後マリーアは小さく呟く。

「新城にいいように使われておるな…」

と。

◆幸村カヤ
異次元帰還後、茜ギルド所属を中心とし、ハンター活動を続けている。
ここ数年でお世話になった人達の依頼は、格安か無料同然で受けていた所を茜ギルド長である新城に目をつけられ、利用されるようになる。
そのせいでスラムでの活動も多く、クレイ・マッドマンとはその度に助けたり助けられたり。
また特殊技に関しての研究も行っており、特殊技の改良が得意な風見やその道のエキスパート達に教えを請けにいくように。
スラムのタカシ達とは、月に2,3回、食事をつくったり遊んだりしてあげるくらい、スラムに根強く関わっている。


第二エリア、南東部。
B-ライザス統治エリア。
そこにカヤ、シド、クレイの三名はいた。
粗大ゴミの山の上に、シルバーアクセやピアスだらけのチャラそうな男―B-ライザスが3人を見下ろしており、彼女らの周りには先ほどのゴロツキより遥かに強そうな者達に取り囲まれていた。
先程のカヤとクレイのコンボも、彼の特殊な力によって阻まれている。
そして、同じように彼の特殊な力によって捕まったマキは、人質に取られていた。

「ハァ。第三エリアの人間が来るっつーから、少しは期待してたが…俺の『クラック』の前には手も足も出ねェ、ションベン共じゃねェか」
「カヤ…!すまない、あたしがヘマをしたばっかりに…」
「マキさん!うぅっ…この力は一体…」

体が鉛のように重く、そして魔術・特殊技を一切使えない。
そんな状況にクレイは焦りを見せた。

「クラック…また異能の一種か」
「おそらく奴も俺と同じ第三エリア出身の人間だろう。…そうと分かっていれば、もう少し警戒をしてかかったのだが」
「今更気づいても遅いんだよションベン!」

無数のナイフを取り出し、三人の頭上へと投げる。
B-ライザスはそれを見て不敵に笑みを浮かべ、叫んだ。
その一言により、ナイフは強大な加重の力を得て、カヤ達を貫く凶器へと変わる。

「クラッ…!「そうはいかんよ」」

勝利を確信したB-ライザスの喉元に、これ以上言わせまいとスティレットが当てられる。
ルシィラ、空専用の武器であるそれを見下ろし、B-ライザスは息を呑んだ。

「ガキ…どうやって?」
「野良猫にゃおーん♪」

無表情のままそういう彼女だったが、すぐにその言葉は歌へと変わる。

「グアアアアアやめろおおおおおおおおお!」

既に耳を塞いでいたカヤ達。
彼女達以外のゴロツキは全員、空の地獄歌に耐え切れず倒れていた。

「クラック、キャンセルっと」
「そういう事ができるなら、もっと早くやってほしかったですクレイさん」

小型のタブレットを取り出し、鼻歌を歌いながら弄っているクレイ。
クレイの真の能力であるパソコン操作は、タブレット操作へとこの1年、時代と共に変わっていた。
原理は不明だが、彼がタブレットを弄ると、色々な事が変化するらしい。
もっとも兄と同じく弱体化しており、異次元でやったような能力操作等はできないというのは本人談だが…。
話を戻し、解除された隙をついてカヤが、空の地獄歌に合わせてグッドラックを発動していたのだ。
いわばグッドラックと言うよりは、セブンズラッキーとも言うべきその力。
空の地獄歌も、その威力を遥かに増しており、異次元の時には及ばないまでも強力な一撃と化していた(名誉なことではないが)。

「ふむ…俺はただ立っていただけ、か」

3人の活躍に、寂しそうに眉を落とすシド。
そんなことない、と言わんばかりに背中を叩く空。
このやり取りが、この1年間の二人の絆を表しているのだろう。

「せっかくだし登也達にも聞かせてやりたかったな」
「やるなら兄者だけにしておけ、音痴姫。で、この男どうする?」

注目は地獄歌を間近で聞き、瀕死状態のB-ライザスに向けられる。
彼は最後の力を振り絞り、こう告げた。

「このションベン共が…俺が死んでも、他の二人…特にenigmaが、テメェらを狙ってんだよ…!」
「そうか」

カヤとシドは、負傷したマキを運び出していた。
話を振ったクレイも、兄者であるファニー・マッドマンへと悪魔の力というべき特殊な能力で、連絡をとっていた。
話を聞いていたのは、淡白な反応しかしない空だけだった。
虚しさと切なさに押しつぶされ、B-ライザスが気絶するのを見届ける空だった――。

◆鬼ヶ原空
異次元帰還後、茜ギルド所属のまま、スラムを中心に活動を始める。
腐れ縁の灰原がひょんな切っ掛けから第一エリアのボスになったため、彼もまた新城ギルド長にいいように使われており、その繋がりで空にスラム関係の依頼が回る事も多くなった。
槐シドとは帰還後2ヶ月くらいしてから、彼の相方の尸ヨミがお笑い芸人を目指してスラムから消えたため、彼が戻るまで知った仲の空に協力することにしたらしい。


場所は変わり、茜ギルド。
報告に来ていた空とカヤは、新城に笑顔で迎えられる。

「いやぁ、さすがでした。失敗したら、出雲支部から柳さんを呼び戻す所でしたが、これならこのまま依頼を続行しても問題なさそうですね」
「え?報酬は!?」
「嫌ですねぇ、幸村さん。私は『B-ライザスの拠点を潰したら』と言ったのですよ?本人は倒しても、まだ拠点は潰れていません。
それどころか、北西を統治しているenigmaチームに占拠されてしまったようで」
「…じゃあ、次はそのえにぐまを倒せって事か…」
「その通りです鬼ヶ原さん。ああ、塚田さんは負傷して休養中で、他のハンターも手が回らないそうなので、この件は引き続きお二人に請けて戴くことになりますので」

にっこり笑みを向けて、enigmaの知りうる情報を話し始める新城。
あーあ、と呆れ気味の空に対し、カヤは自分の財布を出して、見る。

「あのー、ギルド長。前金とかは…?」
「あると思います?」
「理不尽だぁぁぁ」

今月もピンチ確定。
スラム関係だから空は問題無かったが、こうしてカヤは新城ギルド長にいいように使われていくのだった…。
最終更新:2016年06月06日 22:54