大和から遥か東方、東晋。
大陸の広さこそ大和と同程度だが、東にある国の中で一番の力を持つ地と言えるだろう。
「確か、幾つもの国が合わさってできた国、だったか」
白神凪は、確認するように隣にいる眼鏡の大男に聞いた。
彼はAクラス
ハンターという肩書のみならず、
神風学園大学部教授のため、そういった歴史関係も詳しい(主にそういった専攻だからでもあるが)。
「そうですね~。この東晋は古くから戦乱が続いており、その中で『晋』という国が数十年前に治めたため、国名も東晋に統一したようです~」
「その割に、余り統一感は無い気がしますね」
「ん~板垣君、よく気が付きましたね~」
板垣勝猛の言葉に、城ヶ崎憲明は頷く。
東晋の地図を取り出し、説明を始めた。
「確かに、晋は統一しました~。ですが、それをよく思わない勢力も多々いまして~。
これでも近年はマシになった方で、そりゃあもう統一当時は血で血を洗うような戦いが幾度も繰り返されたようですよ~」
「よくみたら、この地図…3方面に仕切られてますね」
「ええ、統治している国こそ地図でいう南西の『晋』ですが、北側の『圏』、南東の『涛』は有力な豪族として、かなり力を持っているようですよ~」
「…そうか、だから今はこの圏って場所にいるから、その圏って国の主張が強い場所になってるってことか」
「冴えてますね~白神君。その通りです~。ただ今は国ではなく、いち地方名となっているようですがね~」
彼ら3人は、涛の地から東晋へと入国。
それから北側経由で、晋へと進むルートを歩いていく。
涛の和っぽさとは違い、エスニックな様式の家や服装、果てには料理まで違う。
その不安定なバランスこそが、東晋の特徴であり魅力でもあるのだ。
☆
彼らが圏の地の北西部、山間を通っている時だった。
「ん?なんだ?」
「おやぁ~?」
「若い女性…みたいですね」
走って逃げているような一人の女性が、3人に気が付くと一目散にそちらへと方角を変え向かってくる。
「旅のお方…!お、お助けを!」
「落ち着いてください、一体何があったっていうんです?」
「そ、それが…」
「あれは…」
女性が説明をしようとした時。
凪が前方から来る3人の男達に気がついた。
なめし革で作った兜と鎧に身を纏った、こちらと同じ数の3人の男。
手には剣を持っており、兵士を彷彿とさせる容貌だ。
「そこのお前達。旅の者だな?
その女は大罪人だ。こちらに引き渡してもらおう」
「い、嫌!」
女性の怯えように、勝猛と凪は顔を見合わせる。
そして男達に向き直った。
「ちょっと待ってください。いきなりそう言われても、そうですかと引き渡すことはできませんね」
「せめて理由を説明してもらえないすかね…?」
「そんな暇は無い。いいから早くこちらに引き渡すのだ!」
「いや、だから理由を…」
「二人共、ここはおとなしく従っておきましょう」
「え…?」
嫌がる女を、強引に兵士達へと渡す城ヶ崎。
勝猛と凪は腑に落ちない表情ではあったが、ここは異国の地。
旅人として来ているだけで、ハンター活動ができるはずもなく、仕方なく彼らは兵士の言うことに従う事にした。
「協力、感謝する」
「いやっ!!!いやぁー!!やめてぇー!!」
「ほら歩け!」
女の首に殺しかねないくらい、きつく締めた縄をかけると引っ張って連れて行く。
―カシャ。
3人は後味が悪そうな表情をすると、まず聞いたのは凪だった。
「別に、理由くらいは聞いてもよかったんじゃないすか?」
「俺も同感です。若い女性の方が、ああして乱暴にされているのを見るのはちょっと、いい気分ではないですね」
「二人は助手として同行してもらっていますが、白神君は見聞を広めるため、板垣君は行方不明の父親の手がかりを探して同行したのでしょう?でしたら、あまり揉め事は起こさない方がいいでしょうね~。それに」
そのあとの言葉に、二人は驚愕の表情を見せた。
終わったはずの事件。
城ヶ崎憲明による著、『滅びの星ハミルトン(上中下)』の中に出てくるアドラメレク。
今となっては、御伽噺となったアドラメレクではあったが、こうして城ヶ崎により空想の存在として後世に語り継がれていくことになった。
そのアドラメレクに匹敵する悪魔の爵位を持つ存在。
一部研究家には、『三公』と呼ばれている、強大な力を持つ悪魔(アドラメレクは消滅したため、正確には二公だが)だった。
☆
公爵の爵位を持つ悪魔の一体、『オロチ』。
それは『魔の因子』と呼ばれる文様を与え、自分の眷属とすることで周りから命を少しずつ奪っていく。
眷属にされた本人に自覚はなく、人間が命を吸い尽くされるのは、それこそ毎日同じ家で生活を送ったとしても10年はかかると言われている。
自身に影響はないものの、魔の因子が発現した者が死ねばその肉体は魔の眷属として姿を変えるようだ。
「…まさかまた悪魔関係に巻き込まれるとはな」
「あはは~運命でしょうかねぇ~」
「自分にはそこらへん、よくわからないんですが…悪魔は消えたんじゃなかったんです?」
「正確には、大和・出雲・飛鳥を掌握していた悪魔、アドラメレクは消えたというのが正しいですね~」
「確か三公、だったか。一体がアドラメレクで、ここの東晋の国はオロチ、と」
三人は、女が連れて行かれた村へとやってきており、情報を集めていた。
意外な程、あっさりとオロチの名は出てくることになる。
それは、この遠雛(えんすう)村と隣村の呂善(ろぜん)村、それから大分二つの村から離れた所にある智凱(ともがい)村の3つの村がそのオロチ信仰に深く関係した村だからだ。
「遠呂智でオロチね…この様子じゃ、三つの村の頭文字もそれ由来か?」
「しかし、古くからの言い伝えで悪魔のオロチの名は簡単に出るものの、それぐらいですか」
「ふーむ。もしかしたら、そのオロチは直接は関わっていないのかもしれませんね~」
城ヶ崎の言葉に、二人は首を傾げる。
言いたい事は何となくはわかるが、現に魔の因子という物が出ている以上、アドラメレクのようになんらかの企みをもくろんでいるのではないのかと。
「どちらかと言えば、呪術に近い感じでしょうか。上条家が引き起こしたという例のアレですね~。元々、呪いは悪魔自身がもたらしていたモノですが、上条家が使っていた呪術という力は、悪魔の呪いをモチーフにしたというだけであって、元々の由来は東方から伝わったという話をどこかで聞いた事があります~」
「お前さん達、何かよからぬことを企んでいるのかい?」
その時、声をかけてきたのは60歳くらいの初老の男性だった。
城ヶ崎がひょえーと驚いた声をあげていたが、凪や勝猛が視認できていたため、彼が気づいていないはずがない。
案の定、彼は大げさに驚いた素振りをしつつポケットに忍ばせたボイスレコーダーをONにしていた。
「いや…ただの旅だし、好奇心ってだけでな。俺らの国にも呪術というのがあって、魔の因子…だったか?それが似てるって話をしてたんだよ」
「そうかい。あんまり深入りはしない方がええ」
「忠告、感謝しますよ」
凪は大和とは違う言語を、一つ一つ確認するように答える。
聞き取りは城ヶ崎が、最悪わからない部分は訳してくれるし、簡単な受け答えは可能だが『呪術』などと言う特異な単語の訳し方が未だに慣れない。
その辺りは、どちらかと言えば勝猛の方が得意だ。
もっと勉強するか…と立ち去ろうとした老人を見送ろうとすると、「お爺さん」と呼び止める声が後方からした。
城ヶ崎だ。
「一つ、よろしいでしょうか~」
「なんじゃ?」
「こちらの方、見ませんでしたか~?」
先程の兵士のような男達に、首を引きずられる女の画像を。
携帯のカメラ機能で、連れて行かれる時に撮影したようだ。
「いつの間に…」
「ああ、マオの事かい。彼女なら、先程戻り今は――」
「そちらじゃあ、ありません。私はこの男達の行方を聞いているのです~」
「「!?」」
一瞬にして張り詰める空気。
周りの通行人も、鎖鎌や刀を構えた。
「そういえば、あれだけ派手に女性を引きずって行った割には…」
「全然話題にもなってねえな」
「…やれやれ…そのまま気づかずにおればいいものを…。勘のいいガキは嫌いじゃよ」
老人のその言葉の直後、一斉に襲い掛かってくる村人達。
「おそらく、彼らは操られているだけでしょう~!板垣君、余り傷つけないようにお願いします~」
「キヨオキ!」
勝猛は人形を出すと、人形と共に地面を叩きつける。
すると辺りに超振動が起こり、村人の姿勢を不安定にし、更には転ばせた。
土御門流の武術の型である「波」。
文字通り、衝撃波や振動が特徴の型だ
「なんじゃと…!?貴様ら…何者じゃ…!?かくなる上は…来い、マオ!」
『シャギャー!!』
老人が指笛を吹くと、上空から巨大な漆黒の翼を持った化け物が降ってくる。
「先ほどの女性の成れの果て、と言ったところでしょうか~」
「教授…そんな悠長な事を言ってていいんすか?あの爺さん、逃げていくぜ」
「おやぁ~!?白神君、彼はぜひ捕まえてください~!」
化け物を呼んだ直後に、まるでチーターのような速さで逃げる老人。
老人らしからぬ脚力に呆気に取られて見ていたが、すぐに化け物の剛腕がとんできたため、回避をしつつそれぞれの行動を取った。
他の村人の相手は勝猛に任せて。
「ったく…人使いが荒いな」
凪は戦闘態勢を一旦解き、息を整えると辺りの風を自身へと集める。
次の瞬間、彼の体は白を基調としたライダースーツのような姿へと変化した。
「風神化…まさか現実に戻ってからも見られるとは~」
「悪いが話は後にしてもらうぜ。効果時間は1分も持たないんすよ」
そして連続使用はできないという欠点。
一日に一回、といった所だろうか、
もちろんあの異次元の頃よりも劣化した今では、前程の能力は出せないが、それでも圧倒的な速さを以て一瞬で老人に追いつき、前方を立ち塞ぐことは容易だった。
「な、なんじゃ…!?このワシが足で敵わないじゃと!?ぷぎゃあ!」
老人を風を纏った玉、風雪の玉で軽く一撃。
すると老人は吹き飛び、気を失った。
「おお~、やはり操られていましたか~」
「これで一安心…って所ですね」
勝猛と戦闘を行っていた村人も、バタバタと連鎖するように意識を失う。
そして、化け物は再び先程男達に連れ去られた女の姿へと変化し、女も意識を失って倒れた。
「生きてるのか…?」
「ふむぅ、どうやらそのようですね~。死んで化け物になったというよりは、魔の因子を暴走させられて化け物と化していた、といった所でしょうか~」
「すいません、理解できてないんですが…」
「安心してくれ板垣先輩。俺もだ」
城ヶ崎は一人で納得しつつ、彼女をおんぶすると宿の方へと向かって歩き出す。
「連れて行くんです?」
「女性をこんな所で、一人にするわけにはいかないでしょう~?さあお二人も手伝ってください~」
「いや他にも女はいるんだが…」
明らかに好奇心から連れていくつもりだ。
なぜなら、勝猛が戦っていた村人の女性には脇目すら振らないからだ。
二人は顔を見合わせ、やれやれというようにため息をつくと城ヶ崎へと付いていった――。
☆
それから色々あって、この三村の問題を解決した三人。
帰りの船の中には、今回の件で助けたマオという女性が同行していた。
「しかし、あんたも来るのか」
「故郷はあの一件で、もうありませんから。城ヶ崎さんの所でお世話になろうと思います」
「そうですか。それはよかったですねぇ」
行きとは違い、一人増えた船内。
無事、とは言えないものの、オロチの復活も阻止し謎の教団の企みの一つを潰した今となっては、微々たる事とはいえよかったと思う。
何より、被害者だった彼女が生きていたのだから。
「そういえば…板垣さん、私が小さいころ、どこかでお会いしていませんか…?」
「マオさんと…ですか?失礼ですが、一体お幾つで?」
18、というマオに、若いな…という反応を見せる一同。
そして間違いなく、勝猛は彼女とは会っていない。
東晋から彼女は出た事が無いと言うし、勝猛もまた、今回が初の東晋だったからだ。
「人違いかもしれませんね。雰囲気というか、今はもっと老けていてもおかしくないですし…」
「…まさか、ね」
勝猛の旅の理由である、父の足跡を探す事。
他人の空似かもしれないが、もしかすると異国に足を運んでいる可能性もあると、彼はここで改めて考えた。
「さて!一先ず話は後にしましょう~!久方ぶりの大和が見えてきましたよ~!」
無事帰国した3人と女性一人。
まさか、これが縁となり城ヶ崎の旅にこれからも同行するとは、今の二人には想像もつかない事だろう。
そして小説としてこの冒険が、多大な脚色を加えつつ発表されるとは、夢にも思わなかっただろう。
一先ず、彼らの『二つ目』の冒険はこれでおしまいとなる。
次の冒険も、そう遠くない日に――。
◆城ヶ崎憲明
異次元帰還後、定期的に異国へと旅に出る事になる。
そこでの経験を活かし、冒険を小説として書き起こし発表。
代表的な作品は、『滅びの星ハミルトン(上中下)』『東晋の黒き悪魔(上下)』『烈火の砂塵原』『空の檻歌』。
彼の小説では、彼をモチーフにした『ジョウ』というキャラが登場するが、一作品を除いて『ラギ』や『タケ』の人気キャラのどちらかとの冒険しか小説に書かなくなったのは、単純にジョウ一人の冒険作品が爆死レベルの売れなさのためだ。
ちなみにその小説のタイトルは『エジンバラの巨獣』。
ジョウが52歳の頃の冒険を描いた最後の作品『幻の古都スノーバレー(上中下)』まで、20余冊もの小説が書かれたという。
余談だが、勝手にモチーフとしたキャラを出すため、城ヶ崎を訴える人もいたとか。
◆板垣勝猛
異次元帰還後、ハンターとして茜
ギルド所属としてそのまま活躍を続ける。
一方で、同じハンターで任務中に行方不明になった父親捜し、今回の城ヶ崎の冒険に付き合った事が切っ掛けで、今後も深く関わっていくとは夢にも思わなかっただろう。
彼をモチーフにしたキャラクター『タケ』が登場しているのは8作品あるが、中でも『東晋の黒き悪魔(上下)』『遠き地のフラメンコ』『灼眼の紅魔』は彼の父親関係の話も少しされており、彼の知り合いでもある、とある宮廷魔術師からの他愛もない依頼が始まりとなり、壮大なスケールで描かれた『異界の月の葬送曲(上中下)』で再会を果たす頃になるが、現実ではどうなったかは誰もわからない。
また、最終巻である『幻の古都スノーバレー(上中下)』では、東晋の黒き悪魔以来の競演となったもう一方の人気キャラクター、ラギとコンビを組む話となっているため人気も高い。
◆白神凪
異次元帰還後、紅を中心にハンターとして活動を行う。
一方で異国を主とした冒険を城ヶ崎と行うようになり、彼の書く小説の人気キャラクター『ラギ』のモチーフとなるくらい、一番城ヶ崎と同行した数は多い。
14作品を『ジョウ』と共にし、『タケ』と共に相棒論争が行われているとかいないとか。
彼の出る作品は、一作目の『滅びの星ハミルトン(上中下)』とのキャラとの再会も多く、中でも彼のライバルでもある飛鳥のハンター『トール』と絡む『水底のマージナル』。
出雲支部のハンターで戦乙女と呼ばれている『スカーレッド』との共闘を描く『烈火の砂塵原』。
『タケ』との久しぶりの冒険を描いた『幻の古都スノーバレー(上中下)』が特に人気を集めている。
また、彼の出る作品は料理が特に描写される事が多く、食い倒れの旅と一部では言われている。
最終更新:2016年06月15日 23:04