桜が咲き、4月の中頃を告げ始める時期。
ハンターギルド蒼本部では、九重匠が欠伸をしながら、受付で釣り番組を見ていた。
同様に、蒼特区ギルドに所属していた小此木剛毅も、ソファーにふんぞるように座り番組を見ている。
それは蒼の川釣り特集で、ちょうどこの辺りのポイントの釣り場が映っている。
「いやぁ…久しぶりに釣りにでも行きたいねぇ」
「ふぁぁ…こう依頼が少ないと、暇なのはわかるけどな」
「どうだい?これから釣りでもしに行くかい?」
「ま、いいぜ。暇だし付き合ってやるよ」
「アホかーーー!!」
小此木と匠のやり取りに割り込んだのは、尸ヨミだった。
突如ギルド入口から聞こえた大声に、二人は一瞬驚くも挨拶をする。
「なんだ、君か」
「1年ぶりか芸人。なんの用だ?」
「そーですー、ワイですー。ってかワイここ所属やからいるのは当たり前ですー!」
ってちゃうわ!と裏拳で一人ノリツッコミをしつつ、ヨミは匠に指を差しがみがみと叫ぶ。
「アホちゃいますか!?ギルド長が釣りとか、その間ギルドどうすんねん!今日受付の子休みやろ!」
「そうなんだよねぇ…ああ、丁度いい、君が代わりにやらないかい?」
「やらんわアホ!!これから葵行って、オーディションあるんです~!」
「また行くのか?こりねぇ奴だな」
小此木はヨミのカバンからはみ出ているチラシに気が付く。
そこには今日の日付で、葵のテレビ局で『新人発掘!未来の芸能人オーディション』という内容が書いてあった。
ギルドで食い扶持を稼ぎつつ、オーディションをもう10回は受けているヨミに呆れるような視線を向ける小此木。
「そや。11回目のプロコースって番組も昔やってたやろ」
「そんなのあったかな…?って、これ二人一組の参加になってるよ?君、いつもソロでオーディション受けてなかった?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました」
もったいぶるように「知りたい?知りたいか?」と尋ねるヨミ。
明らかに話したがっている相手に、匠は目を細め「知りたいねぇ」と適当に付き合ってやる事にした。
一方小此木は、興味を完全に失い、寝てしまったようだ。
「カモン!ヒロキ!」
と盛大な前フリをしたはいいが、その後ギルドに普通に入ってきた日浦博喜に匠は可笑しそうに笑ってしまった。
「あ、話終わった?」
「打ち合わせとちゃうやん!何やっとんねん!『どもども~ヒロキです~ヒロキという単語を使ってボケを一つ』って入る打ち合わせしとったやん!」
「お、この依頼ええな。ギルド長、この依頼請けたいんですけど」
「ああ、それね。ごめん、小此木くんが達成しちゃったよ、もう。依頼人がもうすぐ来るから、それで解決さ。」
「ワイの話を聞けーーーー!!!」
「あんまりカッカするなや、ヨミ。依頼を受けて金を稼がんと、整体院での修行もできんやろ?」
「うぐ…ま、ヒロキの言う通りやな。正鯛院デビューを目指すには、金が必要やもんな…」
「ん?」
違和感に気付いたのは匠だった。
むしろ小此木は沈黙を貫いているので、彼しかいないのだが。
「久しぶりに見たけど、日浦くん今は何をしているんだい?」
「俺ですか?俺は小原井大学って通信大学でアスレチックトレーナー勉強中なんですよ~。だから、あんまりハンターの仕事をしていないってわけやな」
「へぇ、小原井か。あそこはスポーツ関係で有名になった人も数多く出してるし、トレーナーとしてもそういった選手のサポートをしている者も多いはずだ。いい場所を選んだね」
「お笑い大学とか、二流が行く所やけどな!ワイに言わせれば!!まあそのやる気だけは認めてやらんこともないわ!」
「…」
既に匠は気づいた様子だったが、面白そうだから黙っておくことにしたようだ。
そして、小此木も微妙に食い違っている話に顔を上げ、視線を一度だけ向けたが…まあいいか。と言わんばかりに再度寝に入ってしまった。
「それじゃ、頑張ってね。もうそろそろ葵に行くリニアに乗らないといけないんだろう?」
「おっとそうやった!ほなな!ギルド長サボんなよ!いくでヒロキ!」
「OKヨミ!」
慌ただしく、二人が出て行った後に小此木が再度顔を匠の方へと向けた。
「お前も人が悪いよな。教えてやればいいじゃねぇか。あの阿呆に」
「こういう事は人が指摘するより、自分で気づかないと。それにもし、勘違いしたままでオーディションに受かったら、それはそれで面白いと思うよ僕は」
「ま、俺にはどうでもいいけどな」
もう一度、嵐のように去って行った博喜とヨミの方を見ると、欠伸をもう一つして小此木は眠り始める。
匠も、その後は真面目に受付の仕事をやっていくのだった――。
◆日浦博樹
異次元帰還後、蒼ギルド所属としてハンター活動の傍ら、通信制の大学でアスレチックトレーナーを勉強中。
紅の整体院で修行と称したバイトをしている所を、ちょうど東雲直に発見され、ひょんなことからヨミにその話が伝わりコンビを組むことになる。
整体院に詳しく、また通信大学の小原井にも精通している事を知り、コンビを組んでヨミからその情報を引き出している。
◆尸ヨミ
異次元帰還後、蒼ギルド所属のままハンター活動を行う。
一方で芸人になる事を諦めておらず、たくさんのオーディションを受けているが落選。
そんな中、友人である東雲直との雑談中に、博喜が正鯛院というお笑い番組を目指している事を知り、スカウト。
今はお笑い大学の通信制を受けている博喜の本気に応えるべく、なぜか整体の知識も揃えさせられつつ立派なコンビを組むべく勉強中。
このすれ違いは、そう長くは続かないだろう。
☆
「…おや?珍しいね。君が来るなんて…」
「お久しぶりです、九重ギルド長」
相も変わらず、受付に長期休みを与えてしまったため受付に立つ匠の前に現れたのは、珍しいハンターだった。
甚目寺禅次郎。
匠も、彼の顔を見るのは1ヶ月ぶりだった。
博喜は久しぶりではあっても、通信学校へと入ったという情報はギルドでも把握していたため問題なかったのだが、禅次郎はハンターとしての活動も月に1回あるかどうか。
少し心配混じりに「最近どう?」と聞こうとした匠だったが、それを遮ったのは小此木だった。
「やっと来たか。とっとと行くぞ」
「あ、待ってください小此木さん。それじゃギルド長、また解決したら来ます」
「ん?…ん?」
呆気にとられながら見送る匠。小此木と共に、禅次郎は慌ただしくギルドから出て行ってしまった。
暫くそうしていると、ギルドの電話が鳴る。
依頼の電話かととると、紅ギルド神風学園支部からの電話だった。
『おう、九重。今日もどうせ暇だべ?風見が今日大和に帰国してるみたいだから、飯でも食いにいかねぇか?佐治会だ佐治会!』
「…ええ。いいですよ。どうせ暇になったので、蒼ギルドでやりません?」
『お、そうか?んじゃ21時過ぎると思うから、泊まれるように布団用意しとけや!!』
自分の伝えたい事だけ伝えると、電話を切る佐治宗一郎。
一人取り残された匠は、煙草に火をつけると、寂しそうにテレビを見始めた――。
◆九重匠
異次元帰還後、蒼ギルドでのんびりと変わらずギルド長を務めている。
時折り、サボりながら。
最近、すぐに解決するため依頼待ちの小此木と駄弁る事が暇つぶしになってきていた。
そのため(?)、結婚はもちろん浮いた話すら現在の所、無い。
最終更新:2016年06月21日 22:04