出雲第四層、
ハンターギルド出雲支部。
その休憩室は、かなりの緊迫感に包まれていた。
出雲騎士団の者と、ハンターギルドの者で、どこまで活動していいか等の協定を結ぶ大事な会議の日だ。
元々、騎士団の邪魔にはならないような活動を行う、騎士団の命令には従う事を義務付けられてきた出雲支部だったが、1ヶ月前に革命軍の残党による殺人事件が4層で起きてしまい、その時に騎士団のギルドは一切活動をしないという命令を破り犯人を捕まえたせいで、その部分が再び問題視された事件があった。
国としてはそのスタンスは一貫しているが、そうはならないだろうと現場のハンターギルド出雲支部のハンターと、4層担当の騎士団の隊長とで協議がされているのだ。
国としてのスタンスが決まっている以上、協議とは言っても非公認の協定になるため、騎士団側の力が強いのは確定的に明らか。
そのため、風見はイチかバチかの賭けとして、第三回目の今回の交渉役を出雲を知る二名と、大和から移籍してきた『戦乙女』に任せる方針にした。
受付で風見と真田が頑張っている一方、こちらでは別のバトルが勃発していたのである。
「だからァ!!言っておるだろうがァ!!!ギルドは我々騎士団の補助役!我々騎士団の命令を無視して動くならば、そんなもの出雲にはふさわしくないとッ!!」
「まだそんな頭硬い事言ってんの?人がそのせいで死んでんのよ!」
「騎士団だって対応できない部分をしてやろうって言ってんじゃねーか!理解しろよクソヒアデス!!」
「貴様ァ~!!神子だからと調子に乗るなよッ!!!大和の女もだッ!!!」
「二人共、落ち着きなって」
「臥龍隊長も、そうカッカしたらダメですよぅ~!」
ハンターギルド代表であるハンター、柳茜と玖珂ベルルム。
一方騎士団の代表は、出雲騎士団第二部隊-Taurus-の部隊長である臥龍ヒアデスと、第三部隊-Gemini-の部隊長である双星ポルックスが本日の担当者だ。
いつもは風見と真田が、第十部隊-Capricornus-の部隊長であり、騎士団の第四層エリア担当でもある山王ナシラと交渉を行っていたが、ナシラの方が一枚上手ともあって、それを打破するべく取った風見の采配だ。
…まさか向こうも代役としてヒアデスを送り込んでくるとは、夢にも思わなかった風見だったが。
「だから最初から私は反対だったのだッ!!!こんな何処の馬の骨とも分からないような、野良犬風情を引き込むなど、出雲の品格を落とすだけにならんだろう…」
「元はと言えば、全部テメーが革命軍の時に失態を起こしたせいで招いた種じゃねーか!」
「そうなの?」
「茜は知らないっけ。革命派って名乗ってた連中が好き勝手やってた時に、他国の人間も絡んだせいで大和や飛鳥政府から散々言われたみたいよ」
「へー、それで出雲支部が開設されたんだ?」
「飛鳥のメンバーはまだいないけど、飛鳥のハンターもそのうち出てくるかもね。2国での協力の賜物によるギルドらしいから」
「この寄生虫がァ!!飛鳥も大和も、我が出雲に堂々とスパイに入りおって許さんッ!!」
「ダメですよぅ~臥龍隊長!国際問題になっちゃいますよぅ~!」
そんな会議の様子を、つい今しがた入生田宵丞と鎮守由衛を送り出した風見次郎が、扉を少し開けてこっそりと見守っていた。
真田斎もそれに便乗している。
「はぁ…本当に国際問題にならなきゃいいけどな…」
「よりによって当たりが強い臥龍さんですからね…」
「玖珂はもちろんだが、柳も沸点低そうだしなぁ」
「いや、意外と柳先輩は冷静ですよ。言う時は結構キツイ事言いますけど…。どちらかというと…」
こそこそ話しながら、真田は休憩室を再度覗き込む。
するとちょうど、テーブルをバン!と大きく叩く音がした。
「は?誰が寄生虫?誰がスパイだって?黙って聞いてりゃ好き勝手言ってんじゃねーよ!」
「ちょ、ちょっとエレナ…」
「松原博士の孫娘…ちょっぴり大和に精通してて、ちょっぴり機械に詳しいだけの貴様が出しゃばるんじゃあないッ!!貴様が出しゃばってもこの会議は進まないッ!!」
「知ってんの!?そういう所のせいで、アンタが騎士団で一番嫌われてんのよ!」
「き、き、貴様らァ~~!!ッ!!この臥龍ヒアデスをどこまでおちょくれば気がすむのだッ!!さすがの私もそろそろ堪忍袋の緒が切れるッ!!限界だッ!」
「松原さんも臥龍隊長も、抑えてください~!」
苦笑をしつつ、仲裁しているポルックスを見る真田と風見。
先に呟いたのは風見だった。
「いや本当になんでヒアデスが来るんだよ…もっとマシな人選あっただろ…。いやそれを言ったらうちもか…。松原、あんなに沸点低いの?」
「あの中で一番冷静そうに見えて、おそらく一番キレたら手がつけられないのは彼女かなと思います…。柳先輩だけに交渉させた方が、まだよかったんじゃあ…」
「どの道ヒアデスだしなぁ…。今回は捨て日として、次回会合の場を山王とつけておくか…」
「お、お疲れ様です」
こそこそ見守ってた二人だったが、突然ギルドの電話が鳴った。
真田が受話器を取る。
「はい、ハンターギルド出雲支部です。…はい、はい?」
「ん?依頼か?」
「風見さん!3層エリスタワーにて立て籠もりテロ発生です!」
「なにィ!?つっても3層だし、双星の管轄だろ?」
「そ、それが…現場にて鎮守君と入生田君が、人質になっているそうで…」
「…ほんっと鎮守の奴はトラブルしか舞いこまねーな!!」
涙目で風見はタブレットを弄る。
さすが機械都市とも言える天下の出雲。3層のライブ映像が、テレビを通してネットで公開されているようだ。
そして、既に休憩室の面々は準備をしていた。
「よいか双星ッ!!まず貴様は空から偵察ッ!その間に私の主力部隊がエリスタワーを包囲するッ!」
「私の管轄なんですけど~!了解です!」
「こっちも行くよ。風見さん、緊急依頼って事でいいですよね?」
「ああ。ポルックス隊長、アルヘナ隊長からは許可を取ったので、ギルドの遊撃隊としての同行を認めてもらいますよ」
「あ、わかり…」
「ギルドが出しゃばるんじゃあないッ!!」
ポルックスの返事に被せるように叫ぶヒアデスに、またかよ…と頭を抱えるのは風見。
だが彼はすぐに言い返す。
「いいのか臥龍隊長殿。柳達、もう出ていっちまったけど」
「なぁにィ~!!?いつの間にッ!素早いッ!」
「私たちも急ぎましょう~!」
先にギルドから出て行った茜達の後を追うべく、ポルックスとヒアデスも急ぎギルドから立ち去った。
残された風見と真田も、パソコンやタブレットをフルに使いつつ、茜達と通信を繋ぐ。
「情報出ました!テロ組織『朱紅き檻』です!」
「!!10年くらい前に、大和でテロ活動を行ってた奴らか!真田は至急、大和ギルドから当時の情報を引っ張ってくれ!」
「了解です!」
「柳達も聞こえてたな?後で「例のブツ」は届けてやるから、それまでは無茶するなよ。相手はAクラスの賞金首達だからな!革命派と同レベルからそれ以上と思っておけ!」
『了解!』
緊急シグナルを出しつつ、3層へと飛行ブーツにより飛んでいく遠目で見えるポルックスを、同じく3層へ向かうリニアモーターに乗り込んで追う茜達は羨ましそうに見つつ、風見に返事を返した。
こうして、エリスタワー解放作戦が開始された…!
☆
エリスタワー。
出雲第三層に聳え立つ30階建てのビルで、実質ここが双星部隊の拠点となっている。
「ポルックス!それに皆さんも」
「ディオスさん!今の状況は?」
ポルックスに続き、茜、エレナ、ベルルムと続く。
エレナは到着するなり、腕から小型の時計サイズの空撮用の小型ロボットを飛ばす。
普段は芸能関係の彼らのマネージャーを兼務している、副長である三神ディオスが双星アルヘナと共に空撮写真を見せる。
「エリスタワー全域、テロリストの手によって掌握されています。1階、12階だけでなく、25階、屋上に敵部隊が展開していますね。この写真と照らし合わせて見る限りは」
「人質も、その辺りかな。皆も捕まってるから、全フロア合計100人以上になると思う」
「マジかよ…中々骨が折れそうだな」
ディオスとアルヘナの後に、ベルルムが緊迫した様子で呟く。
そして…と続け。
「私達騎士団に対して、脅迫声明が出されているよ。身代金100億を明け方までに用意できないと、人質全員殺すって」
「また、進攻が確認され次第、同じように人質を殺す…との事です」
「そんな身代金は用意できないし、テロに屈するわけにもいかない」
でも、とポルックスは言葉を続け。
「人質も全員無事に助け出したい。屋上はディアスさんと部隊の人達、25階は私とアルヘナ二人で突入します。1階も私達の部隊が担当するとして、12階はお願いしてもいいですか?」
「急襲を掛けるなら、大勢だと動き難いんじゃないですか?それに第三部隊の人達は、主に空戦が得意…そしたら、1階も私達が受け持ちますよ」
茜の言葉に、ポルックスはアルヘナやディオスと顔を見合わせ、困った表情をする。
「情報によれば、敵の幹部のうち3人が1階にいるそうです。有名な武装テロ組織のようですし、かなり手強いですよ?」
「…だってさ。どう?真田くん。12階は入生田君達が捕まってるし、エレナ一人でも何とかなるんじゃない?」
『先程騎士団からもらった情報と照らし合わせると…そうですね。幸い名のある幹部は12階と屋上はいないみたいで。いや、屋上はその分、機械兵器が多いですね』
エレナが飛ばした空撮用のロボットが、ギルドへと情報を送りながら調査を行った。
熱源を調べた所、電熱が屋上、12階は特に強いらしい。
ちなみにエレナの装着しているバイザーの音声認識により、飛行をやめ二足歩行で地上歩行も可能な、松原クリストフ制作の偵察用の小型ロボットだ。
『ですが、1階はかなり厳しそうですよ。幹部5人のうち3人の姿が目撃されています』
「残り二人は25階か。私も空からの急襲は可能ですけど」
「…わかりました。では作戦変更し、25階は私とアルヘナが。12階は松原さんに。1階は玖珂さんと柳さんにお願いします」
少し悩んだポルックスだったが、エレナを見てそう決断をする。
12階は機械兵器が多い分、熱源感知で人質以外の熱源は少なめのようだったからだ。
となると、機械兵器を一瞬で無力化できる機械装置を持っているエレナに最適のエリアと言えなくもない。
また、茜やベルルムの戦闘力は、おそらく地上戦で考えれば彼女らも含めた部隊のメンバーの誰よりも適していると判断したからだ。
「現在12時15分前。12時ジャストに作戦を開始しますので、全員指定位置についてください!」
「了解!」
こうして、全員それぞれの作戦開始ポイントへと移動した――。
☆
12時ジャスト。
『作戦開始!』の合図と共に、屋上にディアス達第三部隊の数名が降下した。
「こちらアヒルチーム!どうやら愚かな騎士団は、人質を殺したいらしい。…?おい!イルカチーム、サソリチーム、モリモトチーム!応答せよ!」
「残念でしたね、既に貴方達の通信は妨害させていただきました!」
「くっ!ならばアラートを鳴らせ!そして人質も見せしめに殺すがいい!」
「ダメです隊長!アラートは鳴らしましたが、こいつら早い…!」
人質を保護し、既にテロ組織のメンバーは騎士団のディアスのチームに取り囲まれていた。
個人としてはもっと速い者も他部隊にはいるが、第三部隊の部隊としての行動力は一番高く、統率されている。
「あまり騎士団を舐めないでもらいたいですね」
「フン…拠点を我らに呆気なくとられた無能騎士団風情が…調子に乗るのも今のうちだ!」
ガションガション、という音を立てながら、大人一人分のサイズはある二足歩行の機械兵器が現れる。
エレナが感知した電熱の正体だ。
「でぃ、ディアス隊長…!」
「構いません。君達はテロリストのけん制や人質を守る事を優先してください」
「バカが!アリッサ博士が作った、フジヤマ三号は装甲・破壊力共に高性能の――」
リーダー格のテロリストが説明中に、そのフジヤマ三号という機械兵器は一体破壊された。
「なあっ!?」
「残念でしたね、その聞いた事も無い博士なんかより、もっと有名な博士が作った強いロボットを相手に、訓練を積んでいるんですよ我々は」
ロボットの頭部を、強化ブーツで踏みつぶすディオス。
そのまま、横に跳び次のフジヤマ三号を撃破する。
「…容赦なく、一片の慈悲も無く貴方達を殲滅させてもらいます」
『電光石火』。
三神ディオスは、この一件以来そう呼ばれるようになった。
☆
「ジャミング完了っ」
『ピーガガガ…』
「なあっ!?フジヤマ三号が!?」
「ふっふーん。松原クリストフの孫娘がいたのが、あんた達の運のツキねっと!」
作戦が成功し上機嫌なエレナ。
テロリストの攻撃を回避しつつ、人質を守るような立ち回りで次々にテロリストを、スタンガンのようなもので倒していく。
「くそぉーーー!」
「これで終わりっ!」
三人いた最後の一人を倒すと、得意気な顔で辺りを見回す。
「あれ?何か忘れてるような…ま、いっか」
人質に怪我がないことを確認しつつ、ギルド、騎士団へと12階の制圧完了を伝えるのだった。
☆
25階。
「やられたー!」
残念ながら朱紅き檻の幹部の一人、ジャッカルという男達は瞬殺だった。
もちろん殺してはいないが、双星姉妹の突入から撃破まで僅か5秒。
ちなみにジャッカルは幹部ではあるが、得意とする内容は輸送。
密輸も含め彼の成功率は9割と、かなりの高さではある。
しかし今回に限っては、そんなスキルがあっても何の役にも立ちはしない。
もっとも、今回の機械兵器等を極秘裏に持ち込んだのは彼の功績だが、それは置いておこう。
「大丈夫ですか?もう安心ですよっ!」
「怪我のある方はいますか?」
二人が人質の所へと歩み寄った時、影から一人の男と人質の計二名がぬっと現れた。
根暗そうな男、手配書ではレイスと言う男と、人質は鎮守由衛である。
「そこまでだ。一歩でも動けば、この少年の首がとぶ」
「うわー助けてー殺されるー!」
「貴方は…!え!?なんでここに!?」
12階にいるはずの鎮守。
なぜ彼がここにいるのか、それは彼と入生田宵丞が12階で拘束を振り切って上に逃げて来たからに他ならない。
ちなみに宵丞は他の人質達と一緒に、この光景を何とかしようと見守っている。
そうとは知らず、レイスは髪を掻き上げて得意気だ。
「わかる、わかるよ。僕にびびっているんだろ?ククク…そうさ。僕はセブンスナイトの中でも最強。迂闊に飛び込めないんだろう?わかる、わかるよ」
「セブンスナイト?いい歳こいて厨二病かよ、さすがの僕でもそれはないわあ」
「…君、人質の癖にうるさいね」
鎌を取り出し、鎮守の首筋にあてる。
鎮守は「ひえっ」と悲鳴をあげると、レイスは満足そうににんまりした。
ポルックスは、アルヘナに視線だけを向ける。
「アルちゃん、他の人質の人達を連れて、安全な所に避難してて」
「でも…」
「大丈夫だよ」
「…わかった」
アルヘナが人質達と共に、避難しているのを見つつレイスは髪を掻き上げた。
「どうやら僕の事は知っているみたいだね?有名だからそりゃあそうか。一応名乗っておこう、僕はレイス。朱紅き檻の幹部セブンスナイトの一人」
「いえ、知っているので結構です!」
「ちなみに、出雲の者にわかりやすく言えば…臥龍ヒアデスクラスの実力者さ。あの日も、今日と同じような曇天の日だった…」
「話を聞いてください!」
「ちなみに大和の者にわかりやすく言えば?」
「そうだね、今なら天城宗次郎クラスと言えばわかるかな?」
「鎮守さんも話振らないでください!」
ツッコミ役になっている事に気付いたポルックスは、首を横に振ってキリッとした表情に戻す。
「他の階の応援にも行きたいので、今すぐ選択してください。おとなしく捕まるか、抵抗して捕まるか、です!」
「やれやれ…まだ立場がわかっていないようだね。学の無い奴はこれだからやだね…」
「でも厨二発言してる君も、十分バカっぽく見えるぜ?」
「いちいちうるさいな!!人質なら沢山いるんだし、君を殺してもいいんだぞ!?」
話進まないなー、と苦笑を浮かべつつ、じりじりと相手に近づいていくポルックス。
こちらに注意が向いていない今がチャンス!
「その前に、貴方を逮捕します!」
ブーツが火を噴き加速し、一気にレイスとの間合いを縮めたポルックス。
レイスもまさかこんなに速いとは思っていなかったのか、驚愕の表情を向けた。
「これで終わりです!」
しかし、ポルックスの渾身の蹴撃はレイスをすり抜けてしまう。
レイスもこれには、口もとがニヤリと笑んだ。
「バカにも分かるように説明してあげよう。これは何を隠そう、特殊なアイテムの力なんだよ!!そう、僕の特殊技は体をすり抜ける効果を付与するアンデット化だ!」
「ならこれならどうですっ!」
ポルックスは大きく後方へと跳躍し、大気中の風を集め、蹴撃からカマイタチを生み出し飛ばす。
だがその一撃も、例外なくレイスをすり抜け後方の壁へとぶつかった。
「そ、そんな…」
「フフ…ようやく僕の強さに気が付いたか。いかに隊長格とはいえ、セブンスナイトの幹部の一人である僕にとっては赤子の手をひねるも同然なのだよ…」
「でもさあ、アンデットって火と光に弱いよね。自分から弱点を晒すとは、やっぱりバカなんじゃないかなあ?」
「弱点?いいや違う!個性だよこれは!!!そんなことも分からないとは、さすが学が低い…!!」
焦りながら言うレイス。
その態度が明らかに弱点だと教えているようなものだろう。
人質になりながらも、まるで勝利を確信したように鎮守は叫ぶ。
「さあポルックスちゃん!今がチャンスだぜ!」
「わ、私、風属性以外は無属性ばかりなんですけど…」
「…は?」
「ククク…これは残念だったね。勿論それも想定済みだったよ」
「嘘つけよ!」
火と風属性を持っておらず、更におろおろし始めたポルックスを見て、自身もおろおろし始める鎮守。
逆に勝利を確信したレイスは、笑いを止めて鎌を振り上げた。
「さて…そろそろ漫才も終わりだ。君はいらないや。死んでくれるかな」
「…えっ」
そして、そのまま鎮守の首が鎌で貫かれる。
「鎮守さん!」
「心配ないよポルックスちゃん。ハードラックを発動していたからね!!!」
説明口調で鎮守は、ポケットからサイコロを取り出した。
地面へと落ちたサイコロは、コロコロ転がりダイスの目を出す。
「ま、ダイス1~5ならちょーっと不幸な目にあうだけで、こんな致命傷だってこの通…り?」
「鎮守さん!!血が止まってないよう!」
「ハハハハハ!だから言っただろう?僕らはハンター・騎士団の主要メンバーは全員把握済みだと!当然これも想定していた!」
「あががが」
鎮守が地面を見ると、そこにはなんとサイコロに目が全くない、真っ白なサイコロがそこにあった。
「僕の特技、ホワイトペーパー。鎌に触れた者は、全ての技や魔術の効果が『白紙』となる。フフ、特技というより、異能と言った方がよかったかな?」
「あががががが」
「ハハハハ!そのまま死ね!死ね!!死んでしまえ!!」
その場に倒れた鎮守を見下しながら、笑い声をあげるレイス。
やがて鎮守の体は動かなくなる。
「さて、双星隊長。次は君だ。大人しく人質になるなら、彼のように殺しはしないが…」
「え?僕のようになんだって?」
「え?」
ポルックスとレイスが同時に足下を見た。
そこには鎮守の体は無く、あるのは衣服だけだった。
「はい動かないでね」
サイドワインダーを発現しながら、レイスの背後には入生田宵丞の姿があった。
その後ろに、パンツ一丁の鎮守の姿も。
「な、なんでこいつ生きて…!確かに鎌が喉を貫いたはず!致命傷だったはず!なのになぜ!?って顔をしてるから説明してあげるよ。
僕がハードラックを発動したタイミングで、イリューダがハードラックエコーで鎌の…なんだっけ、ブラックペッパーだっけ?その効果を肩代わりしてくれたお蔭で、僕はハードラックを使う事ができたんだぜ」
「いえーい」
得意気な様子の鎮守の隣で、サイドワインダーの魔力を出しつつピースサインを見せる宵丞。
レイスは驚きのあまり、固まっていたものの、すぐに冷静さを取り戻す。
「だが!僕の体はアンデット!その魔術は出雲の魔素が低い効果も相まって弱い上、どう見ても光や火属性ではないだろう!」
「え?本当に火でも光でもないって思ってるの?どーするイリューダ、こいつイリューダのサイドワインダーがあたかも闇属性だと思ってるみたいだぜ?」
「え?俺のサイドワインダーって闇属性だったの?」
白々しく疑問を投げ合う二人を見つつ、レイスは考えた。
実際に光か火属性ならば、自慢ではないが彼の肉体はとてつもなくその属性に対してだけは、この状態では弱いのだ。
万が一の可能性があるならば、ここは手を出さない方が――。
「――いや、ここは攻めだ。その蛇の矢、撃ってみればいい!」
レイスは振り返り、宵丞目掛けて鎌を投げ飛ばす。
鎌は宵丞の額に命中した。
宵丞は自分の額を見上げようとしつつ、呟いた。
「やっちゃったね」
「ああ、賭けは負けちまったぜ。その通り、イリューダのサイドワインダーは闇属性だよ。だから…」
「ふはあっ!?」
ダメージを受けたのはレイスの方だった。
彼の額がパクリと開き、大量の血が流れだす。
下手をしたら脳にまで達しているのかもしれない。
死ぬ。
そう考えたら、レイスは頭がおかしくなりそうだった。
「なぜだ!?なぜ!?いつ攻撃を受けた!?光!?火!?いや、今のは違う…!」
「久しぶりに使わせてもらったよ、初見殺し(キラースナイパー)を!!」
「あれ?初見殺しってシズモの受けたダメージを返す技じゃなかった?」
「そうだっけ?じゃあ『初見殺し改』で」
「ど、どっちでもいいですけど!え?何が起こったんですか!?」
宵丞と鎮守の会話へと、ポルックスが割って入るように声をかける。
既にレイスは気絶し、倒れた。
「簡単だよポルックスちゃん。この技は1度だけ、受けた攻撃を相手に返すことができるんだ。ただ、一度返したらその後は耐性ができて、一生通じなくなるんだけどね」
「シズモ大変だ、花束がめちゃくちゃになってる」
「マジで~?しょうがない、仲裁は花無しで行くしかないね。ついでにこのレイスってのは、ポルックスちゃんに任せるね。出雲の医療技術なら、脳に達してなければ後遺症とかも出ないでしょ」
宵丞が残念そうに、このゴタゴタで誰かに踏まれた花束を拾い上げると、鎮守は説明中でもそちらへと気を移した。
「じゃ、僕ら依頼あるし行くねー」
「お疲れ様でした」
「えっ、ちょ…!」
マイペースに言う二人を見送ると、とりあえずポルックスは足下のレイスを見下ろし、微妙そうな顔をする。
作戦完了の合図と共に、彼をこのエリアに人質となっていた騎士と協力しつつ、このエリアから撤退を始めた――。
◆入生田宵丞
異次元帰還後、茜ギルド所属としてハンター活動を続ける。
国の有事や権力が絡む依頼は請けないものの、それ以外の裏をメインとした依頼を受ける事が多いため、ギルド長の新城抉曰く「彼は茜に無くてはならないハンターの一人」らしい。
紅にあるリサイクルショップ「墨本堂」に間借りし、依頼が無い時は店番を手伝っているとか。
高等部の天文部の面々や、義貴つつじ達等、高等部時代の知人友人や同級生とも連絡を取り合っている。
実は城ヶ崎憲明とも交流があり、一度だけ彼の旅にも同行した事があるらしいが、それは本にはなっていない。
また高等部の教師、曾木正美とはつかず離れずの関係と本人が思っているだけで、曾木に関しては「年々ステキになってくるわ」と狙われている事をまだ彼は知らない。
◆鎮守由衛
異次元帰還後、暫くした後ふらっと消息を消す。
(宵丞が連絡をとっていたため、生存確認はされていたが)誰とも連絡をとらず、出雲にふらっと流れ着き、生活に困っていたため出雲支部に所属を移しハンター活動を再開。
生粋のトラブルメーカーで、出雲支部に鎮守と関係した厄介な依頼が無かった事はないくらい、不幸を舞い込む。
一方で無償で困った人には手を貸しているが、そのせいで請けている依頼の解決が遅いため、それを知った上で出雲支部長の風見の頭を悩ませている。
◆双星ポルックス
異次元帰還後、アイドル活動は休止し騎士団の隊長としての活動を重視するようになった。
真面目で隊長としての器は低く、また一方で臥龍ヒアデスとなぜか組まされる事が多くなり、『ヒアデスのお守り役』と最近ではネット上で言われている。
今回のエリスタワーの一件で、3層管理の騎士は批難を受けていたものの、その後は彼女と妹であるアルヘナが隊長であるうちは3層で大きな犯罪も起こらず、『難攻不落のエリスタワー』と呼ばれるようになるのはまだ先の話。
最終更新:2016年06月28日 12:39