エピローグ~one year later…10~

4月下旬。
桜がほぼ散り、新緑がぽつぽつと色づき始めるこの季節。
帰国した入生田宵丞は、葵にあるテレビ局へとやってきていた。
受付に来ると、誰を呼び出すでもなく受付嬢にちょっかいをかけていた。

「ばめ、出雲ぶりー」
「あれ?りゅーじゃない。桃李達に用事?残念でした、まだリハーサル最中で一般人はお会いさせることはできませーん」

親し気に宵丞が声をかけたその受付嬢こそ、土御門伍代のコネでテレビ局の受付嬢へと転身していた燕沢凛桜である。
しかしここで働いている事を宵丞は知っており、凛桜もまた、彼をはじめとした他の者ともプライベートで偶に会っているためか、そこに再会の感動はない。

「受付さーん」
「そっかー。じゃああらたの方に、近くのカフェで待ってるって伝えておいてくれる?出雲土産あるのよ」
「てゆーか、『出雲ぶり』って私出雲に行ってないんだけど」
「シズモがそう言っといてって」
「は?…意味わからないんだけど。あ、りゅーちょっと退いてて」

相変わらずの鎮守のつかめなさに脱力したのもつかの間、他の客が来た途端に宵丞を横へ追いやり、笑顔で客の応対を始める凛桜。
土御門で働いていた経験や茜のメイド時代の経験が活きているのか、応対も手慣れたものだ。
一通り客を捌ききると、再び会話にもつれ込む。
昼過ぎのこの時間帯は、意外と人の出入りは少ない。
そのため暇な事も多く、宵丞もそれをわかって話し込んでいた。

「話は聞いてたけど、スーツ姿のばめって見慣れないな」
「私も~。伍代様が紹介してくれたのはいいけど、メイド服の方が着慣れちゃってるわねー」
「でも央なら、写真とか撮りそうだけど」
「なんなら今度同窓会でもする?しずもりんも元気そうだったし――」
「受付さーん!!」

その時、今気づいたように凛桜が視線を横へ向けた。
宵丞もつられるように視線を向けると、桜木有布が少し怒ったような顔をしていた。

「…なによアル。ちょっと待っててって言ったでしょ」
「桜木いたの」
「いたよ!トイレ行ってたんだよっ!」
「あー、どうりで最初見なかったわけだ」

俺の方が先に来てたのに、と不満気に語る有布を宥めていると、宵丞はある人物がエレベータで降りてくることに気が付いた。
そして相手も気づいたようだが、特に挨拶する事無く受付を通り過ぎる。
用事があったわけでもなかったが、「深海さん」と声をかけたら、彼は立ち止まった。

「お前か」
「依頼ですか?」
「いや、仕事。」
「どう違うんすか…」

凛桜がちょうど客の応対を始めたため、少し離れた所にいる三人。
有布が最後にツッコミを入れたら、将己は目を一度瞬かせる。

「こいつ誰?」
「あれ、深海さん知らないでしたっけ」
「俺も知らないけど…」

そういやいなかったか、と12月末から続いた異次元での事件に、有布がいなかったことを思い出した宵丞。
将己が知らないのも当然だが、元より彼はいなかったのだ。
有布を将己に紹介したが、彼は「ふーん」とあまり興味をもってはいなかった。

「えーっと、深海さん?依頼じゃなくて仕事なんです?」
「ああ。意外に食いつくなお前」
ハンターは辞めたんですか?」
「葵ギルドに所属してる。もうほとんど受けてねーけどな」
「へー、俺は紅ギルドなんすよねー」
「そうか」

あまり話が噛み合わない有布と将己。
将己にとって、知り合いでもなければ利益も興味も引く要素が無い有布。
有布にとって、接点がハンターという肩書のみという将己。
どうしたものか、と困っていたら将己の携帯電話が鳴りだした。
「ちょっと悪い」と携帯電話に出て通話する。
その通話時間は短いもので、用件だけ伝えると腕時計を確認した。

「知り合いですか?」
「まーな。時間だし、行くわ」
「お疲れ様です」
「ああ」

そう言ってターミナル方面へと、立ち去る後ろ姿を見送る有布達。
と同時に、ふとした疑問を隣の宵丞にぶつけてみた。

「そういえば、深海さんって何の仕事してんだ?」
「…なんだろ」

首を傾げる彼に、「知らないのかよ」と呆れた笑いをしながら、既に目の前にいない将己の姿を眺める二人だった…。

◆燕沢凛桜
異次元帰還後、土御門伍代の紹介で葵の有名テレビ局の受付嬢として働き始める。
桜木有布とは、異次元帰還後に呼び出し互いに告白し付き合う事になる。
喧嘩をする度「あーあ、伍代様は優しかったのになー」と挑発していたせいか、彼が土御門によからぬ感情を持っている事には気づいていないようだ。

◆桜木有布
改編後の世界でも、特に変わったことは無かったハンターの一人。
1年前くらいに凛桜に呼び出され、互いに告白し付き合う事になった。
が、付き合っても劇的な変化は無く、彼の恋は前途多難。


「はい、オッケーでーす!」
「お疲れ様でしたー!」
「…お疲れっす」

王貴桃李、六角屋灼はそれぞれギターとベースを置き、近くにあった飲み物を手にする。
葵のテレビ局でのスタジオ収録が終わり、彼ら二人のバンド、Iris+の今日の活動は終了といった所だ。

「灼、この後予定は?」
「…あ、俺ちょっと用事があって」

携帯電話にメールが入っていたので確認すると、すまなそうに桃李に言う灼。
画面を見ると、入生田宵丞、甚目寺禅次郎、義貴つつじや福良練からメールが入っていた。
当初は彼らに会う用事…だったのだが、現在の用事とは一番最後に来ているメールだ。
差出人は藤咲真琴。
元、灼と同級生という事だったが、灼と一度も会話をしたことがなかったため、本格的に交流を続けているのはハンターになってからという奇妙な関係である。
そんな彼から送られてきたメールの内容は、灼の期待した通りの内容だった。
藤咲に電話をかけると、ワンコールで彼は出た。

『遅いよ六角屋。メールは見たんでしょ?』
「…見たけど…この情報は本物?」
『90%って所かな。僕、1時間前にメール送ったはずなんだけど』
「…悪い、収録中だった…」

電話の向こう側からため息が聞こえる。
『だから移動した可能性があるから90%』とトゲのある言い方で言われつつ。

『一旦うちに来なよ。もう一回サーチかけてみるからさ。この後用事ないんでしょ?なんだったら金髪の先輩も連れてきていいし』
「って言ってますけど…」
「じゃあ俺も行こうかなっ」

灼が他の者達へ、今日は無理、とかまた後日でいいか?とか返信している途中に桃李からの返事。
一旦携帯電話を上着の中へと入れ、頷いたら二人とも立ち上がる。
そして藤咲真琴の家…彼の場合、自宅が仕事場となっているのだが、そこへ向かおうとした時だった。

「桃李くーん、2時間後に紅でライブあるんだけどー」
「げっ、マネージャー…!」
「うわ、出たよ…」

立ち塞がるように、上条森羅が立ち塞がった。
今の彼は土御門邸から追い出されたものの、土御門伍代のコネにより大手芸能事務所にマネージャーとして潜り込んでいる。
王貴桃李のマネージャーは、伍代から受けた絶対条件として仕方なく請け負っているが、それ以外はプロデューサー兼務で、この1年で15人のアイドルを輩出してきた。
そこだけ見れば敏腕プロデューサーだ。そこだけを見れば。

「僕だってさっさと他の子の様子見に行きたいから、さっさと移動してくれる?」
「あ、じゃあ30分だけ行って、それから急いで紅に向かえば…」
「却下。今すぐに。タクシー待たせてあるんだから、早くしてよ」

いつも以上に険しい表情の上条だったが、やっぱり男のマネージャーは気に入らないらしい。
仕方ない、とがっかりした様子でギターをケースに入れて、持ち上げる。

「ごめん、また今度ってことで!次は1週間後だっけ?」
「そうですね、桃李さんも気を付けてください…」
「はやく!待たせるんじゃないよ!」
「灼もね!じゃあまた!」

慌ただしく走り去っていく桃李に手を上げて見送ると、灼もその足でテレビ局を出て、藤咲の家に向かうのだった――。

◆王貴桃李
異次元帰還後、芸能事務所にスカウトされる。
鎮守由衛とは偶に連絡を取り合ってはいるものの、最近は仕事が忙しくなり頻繁には連絡をとれてはいない。
六角屋灼とのバンド、Iris+だけでなく、彼個人も人気アイドルとしてテレビで引っ張りだこである。
この夏から始まる情報バラエティで、レギュラーを獲得し忙しさが落ち着くどころか増す日々だ。

◆上条森羅
異次元帰還後、土御門邸から追い出した伍代に泣きつき、何とか職を手に入れる。
そこで自由奔放にプロデューサーとしての再起を図っていたが、伍代の策略により王貴桃李のマネージメントを行う事が必須となり落胆中。
しかし断れば自分のクビなど、土御門の財力と影響力を持ってすれば簡単に飛ぶので、今は大人しくいう事を聞いている。
仕事はそれなりにできているものの、桃李の甘いマスクに惚れた女性スポンサーには「歳考えたら?ブス」等をはじめとした暴言がまずとぶため、過度に華やかな仕事はまず来ない。
最終更新:2016年07月01日 07:43