蒼
ギルドから出発した次の日。
甚目寺禅次郎と小此木剛毅は、危険区域のとある民家へと来ていた。
この辺りの魔物が凶暴化し、危険区域に指定されたのが先月。
周辺の住人の退去率は1割弱。
危険区域に指定されたので、すぐに退去してくださいと言われても、転居手続き等様々な問題が積み重なる。
国から支援金は出るが、余程現在の暮らしに満足していない者でなければ退去しない者が殆どだ。
そのため国からの支援金を村で持ち寄り、
ハンターに周辺の魔物掃討や警備をお願いする場合が多くなっている。
「しかしまァ、蒼も物騒になったもんだな」
「蒼全土の8割が危険区域、もしくは特別危険区域ですからね…魔物掃討の依頼もここ3ヶ月で7割以上ですし、実績を積むなら蒼ギルドに所属するという人が増えていると聞きますが…」
禅次郎は斜め前先を歩く小此木を見る。
Aクラスハンターであり、雷神の異名を持つ小此木剛毅。
影では戦闘狂と言われるほどのバトルマニアでもある彼が、近年増えてきているとは言え蒼特区ギルドより魔物の質が落ちる蒼ギルドに移籍したのはなぜか。
一時期そういう疑問が浮かんではいたが、何回か依頼を共にすることにより、禅次郎には彼の人となりが見えてきた気がしていた。
「ふぅん…ま、お前みたいな奴も中にはいるみたいだな」
「はは…」
禅次郎は苦笑を浮かべた。
紅ギルドから移籍し、蒼ギルドに来た彼もまた、今自分が言ったように実績を積むために蒼に移籍したわけではない。
今日の依頼も魔物退治ではあるが、彼の目的はそうではなかった。
とある民家の扉をノックすると、「どうぞ」と返事が帰ってくる。
「お邪魔します」と断り、扉を開け足を踏み入れると、そこには二人のハンターの姿があった。
「よく来たね。歓迎するよ」
「これでも忙しいんだ。とっとと
依頼内容を言えよ」
「相変わらずだな小此木剛毅…。それに依頼を受けてくるのは、甚目寺だけだと聞いてたんだが…」
「いいじゃないか兄貴。説明をするから、とりあえず椅子にでも座ってくれ」
小此木と禅次郎を迎え入れたハンターの二人。
それは砂川亮太・瑛太の兄弟のハンターだった。
☆
「変な魔物がいるだと?」
訝しそうな眼で、ハンター兄弟を見る小此木。
対して禅次郎は真剣に話を聞いている。
「だからお前は来なくてもよかったのに…」
「兄貴、前に小此木に魔物と一緒に攻撃された事、まだ根にもってるのは分かるけど抑えて…」
「そんな事してたんですか?」
「しらねェな」
話を戻す、と亮太が言い、説明を再開した。
「そうだ。一応仮に魔物と説明してはいるけど、おそらくは幽霊の類だな」
「俺も兄貴も霊感があるから、結構そういうものと遭遇することがあるんだよ」
「だから小此木、お前は必要ないぞ。どうせ役に立たん。怪異に遭ったことがあると聞いた甚目寺だけでいい」
「あ?」
「兄貴…魔物退治もあるから、小此木はいた方が…」
「いや、こいつは外す。また魔物と一緒に攻撃されてもたまらんからな」
「本当、執念深いぞ兄貴…」
やれやれと言わんばかりに、鼻で笑い大げさに両手を開く小此木。
その様子に頭にきたのか、亮太が更に言葉を捲し立てる。
「何がおかしい?お前のそういう態度が、他の奴から嫌われているんだよ!どうせ砂金も、事故じゃなくお前が殺したんじゃ――」
ガン!とテーブルが思い切りひっくり返った。
小此木が蹴り倒したのだ。
彼は無言で、亮太を睨みつけるように見る。
「…悪い小此木、兄貴の失言だった。兄貴も少し落ち着け、こいつのせいで病院送りになったのは腹立つかもしれないけどさ」
「あの、とりあえず話の続きを」
「おっとそうだったな。悪い甚目寺、説明は今度は俺からするよ」
一部は険悪な空気のまま、話が再開された。
纏めると、退治すべき魔物の中に一体、後方から見ているだけの魔物がいるらしい。
そしてその魔物は、魔術を当てても特に動じる事はなく、いつの間にか消えているとの事だ。
砂川兄弟が怪異も絡んでいると判断し、ギルドに魔物退治の応援がてら、依頼をしたという事らしい。
「とりあえず、チーム分けは俺達兄弟、小此木と甚目寺でいいか?俺達は魔物掃討、甚目寺と小此木はその不思議な魔物だけを狙ってくれ」
「わかりました」
「おい、怪異に遭ったことがあるっていう甚目寺はわかるが、俺達がその魔物を狙った方がいいんじゃないか?」
「それはそうなんだけど…察しろよ兄貴…」
「と、とにかく現地にいきましょう。ここから近いんですよね?」
4人は移動を開始する。
山道を走る車の中、悪い空気を打破しようと瑛太が禅次郎が持つブレスレットに気付いた。
「あれ、甚目寺そのブレスレットってお前の魔導具か?」
「いや、魔導具じゃないだろ。そこまでの力は感じないぞ」
「でもなぁ…武器とかとも違う感じが…」
さすが霊感兄弟、と思いながら、禅次郎はまず首を横に振り否定する。
そしてブレスレットを見て。
「ちょっととある知り合いから貰いまして」
「エストレアか」
「エスト…なんだって?」
「また小此木がワケわかんないことを…」
ブレスレットの話は、小此木にもしたことが無かったためよく気づいたな、と驚きの視線を送りつつ、どう説明したものかと砂川兄弟を見やる。
この二人は、エストレアという竜を知らない。
そのためそれ以上は語らず、また今はエストレアとの最期を語る時間も無かったため「それについては今度」と小此木を納得させた。
車から降りた後も他愛もない会話をしつつ、山道を更に進んでいく。
「お二人さん、ここが目的のポイントだぜ」
「8…いや9か。獣にしては手際がいいじゃねぇか」
先導している瑛太が、すぐ後ろを歩く禅次郎と小此木に声をかけた。
すると待っていたと言わんばかりに、突如四人を取り囲む亜人タイプの魔物。
それらも見た事の無い種であったが、それとは別に後方に一体。
小此木が言い直した数の9体目。
「…あれですね」
「ああ。おそらく幽霊の類だと思うんだが…」
亮太が言い終わる前に、急に辺りに雷光が迸る。
そしたら一瞬で辺りの魔物は消滅し、その一体だけが残った。
亮太は驚きから怒りの表情へ、その顔は小此木に向けられた。
「小此木ィ!またお前は勝手に…!」
「あれは…!」
怒号を遮るように、瑛太が9体目の亜人を見た。
その亜人の体はバチバチと雷を奔らせ、一瞬狼狽した様子を見せる。
禅次郎は「成程」と言うと、手帳を取り出して確認をする。
「機械を使いこなすなんざ、人間みたいな亜人もいたもんだ」
その亜人は消えた。
他の亜人がやられたからではないのだろう。
おそらく、正体を見破られたから。
「お、おい!わかるように説明してくれ!」
他の亜人の殲滅という仕事を取られた亮太が、二人に問いかける。
説明は禅次郎の口からされた。
「以前、葵方面で出回っていた機械ですね。その時も幽霊騒ぎになりましたが、実際は機械によるホログラフだったようです」
「ホログラフだァ?」
「はい。それを小此木さんがスキャンしてみて把握したというのが、今の形です」
改めて説明をしつつ、禅次郎は小此木の規格外っぷりを理解する。
要は雷光でダメージを与えつつ、サーチアイをかけているようなものだ。
サーチアイは魔術だから、あまり機械の幻影等の把握は難しいが、彼にとってはそんなものはお構いなしらしい。
なぜ禅次郎とよく同行してくれるのかは謎だが、一緒の時はその能力に助けられている。
「は、はあ。まあつまりその機械を見つけて壊せば、一件落着ってことか。幽霊ではない…ってことか」
「そうなりますね。小此木さん、場所は分かりますか?」
「あっちだ」
小此木が指し示す方角へ、全員は歩き出した。
あくまで小此木が感じた電磁波の把握のため、魔力とは違い機械を放って逃げられてしまっては、機械を動かしていた本体の撃破はできない。
「まあ、その時は破壊すればいいんだろ?」
「い、いいのかな…」
簡単に破壊という瑛太に苦笑を浮かべる禅次郎。
おそらく安い機械ではないはずだ。
そんなものを簡単に壊してもいいのだろうか、とも思ったが、ここは依頼主である彼らに判断を任せる事にした。
だが、そんな事よりも禅次郎には気にかかる事があった。
「…」
「どうした?」
「いえ、杞憂だったらいいんですけど…」
禅次郎も霊感自体は有る方ではないが、亮太と瑛太のいう事が事実なら、霊感で幽霊と判断したような印象を受ける発言だった。
それなのに、今はそういった感じは全くなかったし、亮太と瑛太もこちらの機械発言に納得してしまっている。
少々妙だ。
その引っかかりがまさか大事件になるとは、今の四人には思いもしなかった。
◆砂金美作
異次元帰還後、とある依頼で嵐の日に、子供を助け庇った時に崖から落ちて急流へと放り込まれる。
捜索もされたものの、以後彼の姿を見た者はいない。
◆小此木剛毅
異次元帰還後、砂金と共に受けていたとある依頼を機に蒼ギルドへと移籍した。
禅次郎だけでなく、桐石登也の稽古にも付き合ったりと、面倒見がよくなったという噂があるが、真偽は不明。
☆
「…で、その後はどうなったのだ?」
「続きは今書いてるよ。今回の話の小説を持ち込んだら、とりあえず後編を読んで面白ければ掲載するって言ってくれたしね」
それから数か月後。
禅次郎は恋人である藤八沙耶と電話で近況報告をしていた。
あの時の幽霊騒ぎを参考にした小説を執筆し、とても小さな出版社ではあるが、面白い、後編も読んで判断したいと言ってくれた事だけを報告。
本当なら先の事も話たくはあったのだが、彼女も本という媒体で見たいと言ったため、これ以上の話は語らない事にした。
昨年の事件と比べると、ほんの小さく不思議な怪異。
だが、確かにそこにあった怪異。
禅次郎は、これからもそういった類の依頼を受けて、体験し、それを元に小説を書いていくのだろう。
◆甚目寺禅次郎
異次元帰還後、蒼ギルドへと移籍する。
そこで依頼の傍ら、ホラー系の小説作家としても活躍する事になっていくのだが、それはまだ先の話。
そしてそうなるにつれ、ハンターとしての活動も少なくなるが、こういった調査にはハンターの肩書は便利なため、小説家として生活出来るくらい売れるまでは続けていくのだろう。
最終更新:2016年09月05日 08:31