葵にある高級マンションの一室。
そこに足を踏み入れた六角屋灼達は、生活感が殆ど無い居間を見る。
「コーヒーでいいから」
「…普通家主が出すもんじゃねぇの」
ハンターである藤咲真琴の部屋があるマンション。
彼はこのマンションの所有者でもあり、彼の部屋には幾つものハイスペックコンピュータが置いてある。
ある理由により、藤咲に借りがある灼は、軽く反論をしながらもコーヒーを入れた。
もちろんインスタントだ。豆から用意する程、グルメな人間でもない。
「Bクラスハンターなんだろ?金ならあるんだし部屋の掃除くらい、したらどうなんだ」
「悪いけど、この前株で大損したからね。マンションと最新型のパソコンを数台入れたら、もうお金なんてないんだよ。ついでに帰る時、居間の掃除よろしく」
と灼と彼の隣にいる志島武生に鼻で笑って言う藤咲。
彼の家事能力は壊滅的であり、一瞬キレイで生活感の無い部屋と思いがちだが、それはとんでもない。
基本的に彼自身の寝室兼コンピュータルームに篭ってるせいで、トイレと宅配以外で部屋から出る事はまず無いのだ。
「お前、パソコン買い替える前に家政婦くらい雇ったら…」
「さすがに値段が違いすぎるでしょ…月30万くらい?」
「20万くらいじゃないのか。いや、この家全部ならそれじゃ足りないくらいかもしれないが」
藤咲の言葉に、武生が家と言うよりマンションだけど、と付け足す。
「へぇ」と興味なさそうに相槌を打つ彼に、灼は「違う」と武生に呟く。
「藤咲…お前の買い替えたパソコン、いくらすんの…?」
「2000万くらいかな。色々オプションつけたり、リモート用に各所への監視カメラ設置の許可とか、そういうのも含めての金額だけど」
「それ家政婦くらい雇えるだろ」
「だからそんな余裕ないんだって。家政婦も年収にしたらその10分の1はかかるじゃない?」
これでも色々安くしてもらってる方、と文句を言いながら、灼が入れたコーヒーを飲む藤咲。
美味いともマズイとも言わない。
その代わり、今度は藤咲から質問が二人にとんでくる。
「で、なんで六角屋が志島と一緒にいるのさ」
「偶々大和に帰ってきててな。それで…」
「ああ、いいや。大体わかった。僕も最近、暇つぶしにDTM始めたんだけど、よかったら使っていいよ」
「今はそれよりも、龍の行方について知りたいんだけど…」
「はいはい、わかってるよ。ただ大和全域の検索範囲と言っても、龍志狼の携帯が、電波の届かない位置や
ギルドの衛星塔の受信範囲外にいる場合は無理だから。…簡単に言うと、圏外なら諦めてって事ね」
六角屋はせっかちだな、と息を一つつき、藤咲は部屋の扉を開く。
部屋には沢山のワイド画面のパソコンが置いてあり、その中の一つのディスプレイに人物検索マップが映っていた。
それを見て、武生は顔を顰めた。
「大和だけとはいえ、プライバシーも何もあったもんじゃないな」
「衛星を使ってリアルタイムの自分達の地域の道路情報とか見れるんだし、その延長線上じゃない?コード番号は僕が独自に振ってるから、他人に見られても平気だし」
「結局お前は見れるんじゃねえか…」
そんなやり取りをしていると、ふと藤咲がある番号に気が付いた。
ちなみに番号はD-88965745。
「いた。葵にまだいるじゃん。っていうか、一度僕の追跡を振り切ったくせに、また同じ所に戻ってるのがムカつくね」
「彼奴の事だから、また面倒臭い事でも考えてんじゃねぇの…」
「とにかく、六角屋と志島は今からそこに向かいなよ」
藤咲はディスプレイの一つを見て、パソコンを操作し画面を切り替える。
ソーシャルネットワークの会話画面が出てきて、無料通話のボタンを押した。
相手は、向坂維胡琉だ。
「もしもし、向坂さん?藤咲だけど、今ショッピングモールにいるんですよね?
依頼、丁度片付けた所でしょ?一件、追加で受けてもらえませんか。簡単な人探しなんだけど」
『あ、ごめんね。今ベレトを追跡中で…』
「ベレト?向坂さん都市伝説なんて信じてるの?鎧の中身は誰もいません。なのに火事場に現れて喧嘩両成敗して去っていきます。そんな3流ホラーなんて今どき流行らないから、こっち優先してもらえませんか?」
『ベレトはいるよ。藤咲君の後ろにいるかも…』
スピーカー会話だったので、藤咲の近くにいる武生や灼にもその会話はダダ漏れだった。
凄い形相で後ろを振り返った藤咲に二人は驚く。
「だーかーらー、そんなものは暇な奴が作り上げた都市伝説なんですって。向坂さんがダメなら、他の奴に頼みます」
『あっ、冗談だから…』
「じゃあ頼みますからね!こっちが依頼の話をしてるんですから、あんまりふざけないでくださいよ」
『別にふざけてるわけじゃないんだけれど…』
維胡琉が話終わる前に、切断ボタンをタッチし通話を切る。
ベレトは確かに、突然現れるんだよなあと思っている武生と灼だったが、数秒間を置いて睨むように二人を見る藤咲。
「…なんだよ。二人もさっさと現地に行けば?また逃げ回るかもよ?」
「別に何も言ってねえよ…」
「とりあえず行ってくるわ」
「何かあったら六角屋の携帯に連絡をいれるから、電源は入れておいてよ。ほら」
藤咲は携帯電話用の携帯充電器を投げ渡す。
灼はキャッチし、頷いた。
「…ああ、行ってくる」
二人を見送りもしないで、パソコン前の椅子に腰かけて背を向けたまま手を振る藤咲。
いつもの事なので、二人もそのまま振り返らずに出て行った。
☆
現地であるショッピングモールについたのはそれから1時間後。
二人は維胡琉と落ち合うと、ターゲットである龍志狼が入ったのを見たという喫茶店に入った。
「ごめんね二人共…。確かに、ここに入ったのは見たんだけど…」
「別に向坂さんのせいじゃないでしょ。なんか俺達の追跡も、最初から分かってたみたいだし」
フォローを武生が入れるが、「でも…」と維胡琉の表情は浮かない。
灼は目を細めつつ、話題を変えた。
「そういやなんで志島、藤咲の事知ってんの…」
その言葉に、ああ、と気づいたように武生は呟く。
「去年、ネットにアップするのに、編集とか上手い奴を教えてって水鏡さんに頼んだら、紹介されたのが藤咲だったんだよ」
「お前の動画、あいつが編集してんの…?」
「えっと…そもそもなんで編集とか…?確かバイクでのレースだったっけ」
「正確にはフリースタイルモトクロス(FMX)って言うんだけど、まあ、大体そんな感じ。スポンサーを得るなら、編集技術とかもいるかと思って」
「スポンサー向けはわかるけど、俺の所にも来たよなお前…」
「生のバンド演奏とかしてもらいたいじゃん?」
「へえ、本格的なのね。ハンターの傍ら、大変なんじゃない?」
福良練の紹介もあって、動画のテーマソング等も、灼のバンドの曲が使われている。
今回武生が海外から帰国したのも、そのあたりの権利等の話し合いもあった。
去年はFMXが活発な海外の国に渡ったりと何かと多忙で不参加だったが、大和でのFMX大会やフェスティバルも年に何回かあり、今年は参加するつもりらしい。
確かに本格的ではある…。
「そろそろ付き合うのも面倒臭くなってきた…」
「既にハンターは辞めてるんだよ龍。維胡琉さんもそれは知ってる」
「あっ…私としたことが…」
しまった、と言わんばかりに維胡琉の姿をした龍志狼は笑顔を二人に向けた。
「…本当の向坂さんはどうしたんだよ」
「彼女なら心配いりませんよ。ちょっと気絶してもらっているだけですから」
「本当自由な奴だな…」
呆れた様子に心外だ、と言いたそうな龍だったが、彼は維胡琉の姿のまま一つため息をついた。
「やれやれ、私の負けですね」
「それにしては、今回はやけにあっさりだな…。変装も今回は分かりやすかったし」
「おや、お気づきになられましたか」
ウザいと言いたくなるような笑顔で言い放つ龍に、二人は無言の威圧を与える。
やがて根負けし、龍はもう一つ大きくため息をついた。
「はいはい白状しますよ。今回はちょっと、六角屋君にお願いがありましてね。ああ、志島君もついでに一緒でいいですよ」
「まあ、今日は付き合えるけど」
「いいけど…約束は守れよお前…」
「3日以内に私を探し出さないと、無関係な人が呪いで死にまーすってメールですか?やだなあ、あれ冗談ですよ冗談!」
「いいから本題に入ったら?」
龍の態度に二人はウザさを感じつつも、放置したら放置したで実際に呪いで殺してしまいそうだと改めて面倒くささを感じた。
呆れながら話を聞いていたが、次の龍の言葉により、事態は急変する。
「これを見てください」
すっと一枚の白黒の写真を見せる。
そこには知らない人物が3人写っており、一人は足、一人は首から上、もう一人は体右半分が消えている。
そして、それを見た後に龍を見た。お前がやったのかと言わんばかりに。
「違いますよー!失礼ですね。これは、とある知らない人の火葬の時に、火葬場から拝借したものなんですが…」
「火葬場ってお前…」
「いつか罰が当たるぞ」
「話は最後まで聞いてください。いいですか?火葬場から拝借したものなんですが、この3人は何らかの呪いを受けているようでしてね」
結局、他人の火葬場に居て他人の私物の写真を盗みだした理由は無かったが、それよりも呪いという言葉に訝し気な顔をする二人。
誰が見ても、さすがによくない感じというのはわかる。
灼は武生よりも、それを強く感じていた。
「でも、この写真はかなり古いものだし、その仏さんの私物なんじゃないの?」
「武生君、正解です。その仏は足が無かった。ですが、話はこれから。その家族も、1ヶ月後に死んでるんですよ。全員。わざわざ調べました」
「全員って…」
実際に見ているだけで寒気がしてくるような写真だ。
だがそれだけ。
一家全滅を招くような呪いを振りまいている写真には到底思えない。
「そんなわけで、この全滅した家は仕方ないとして、残りの右半分と首から上が無い人達を探してみようかと」
「人助け?珍しいな」
「…手がかりとかは?」
「え?そのための君達と交友の広さでしょう?私は教えてあげた。それで終わり」
人助けするつもりがあるのか、ないのか。
手がかりも無いため、やる気が全く起きない灼だった。
「わかったよ…。その代わり、解決したら今度こそ約束守れよ…?」
「解決できなくても約束は守りますよ。下手をすれば、もう全員死んでるかもしれないし」
「縁起でもねえ…」
「今日中に終わらなさそうだな…」
二人はため息をつくと、まず喫茶店のトイレの個室(男女共用)で気絶していた維胡琉を救出し、怪異にも関わったことがある彼女にも手伝ってもらう事になった。
しかし、4人はまだこれが、大変な怪異による事件の序章という事にまだ気がついてはいなかった…。
◆六角屋灼
異次元帰還後、藤咲真琴への借りを返すべく、彼の要請によるハンター業もそれなりにしつつも、彼がギターボーカルをしている『inflammation』の練習とライブに明け暮れている。
王貴桃李との『Iris+』の活動も積極的に行っており、バンドマンの中では彼の知名度も高い。
龍志狼の事は気にかけており、今回の新たなる怪異の事件の解決後は、暫くは安堵の日々を過ごす事だろう。
入生田宵丞、東雲直、甚目寺禅次郎とも交流があり、柳茜は出雲のため厳しいものの、義貴つつじや福良練等も含め、自身のライブに招待するくらい交流を続けているようだ。
◆志島武生
異次元帰還後、ハンターを辞めフリースタイルモトクロス(FMX)を学ぶべく海外へと飛ぶ。
その際にプロモーション等の作成を藤咲真琴に手伝ってもらったことが切っ掛けで、彼には今もパソコン関係の協力はしてもらっている。
大和での大会やフェスティバルには、積極的に参加している姿が見れることだろう。
また、西大陸を主要支援国に世界の紛争地域や救助が必要な所に援助ボランティアを派遣する団体に所属し、支援物資の運搬や現地支援や、子供達との交流などの活動にも参加しているようだ。
◆龍志狼
異次元帰還後、灼から逃げるように各地を転々としつつ、物騒な事件を起こしては灼の気を引く構ってちゃん。
時折り今回のような人助けのようなこともするが、基本的にはいい人ではないため、飽きたら灼をはじめとした解決できそうな人間に押し付けて逃げだす。
しかし新たな怪異の事件の解決後、約束通り灼の紹介した寺に1年間は住み着いていたという律儀な部分も見せた。
最終更新:2016年08月12日 23:54