エピローグ~one year later…12~

茜、裏路地にあるとあるBAR。
そこには貸切の看板がかかっており、中には神崎信が一人でカクテルを飲んでいた。

「…」
「来たか」

入ってきた人物は深海将己。
神崎に呼ばれて来た彼は、神崎に軽い会釈をすると一つ離したカウンター席へ座る。

「どーも」
「指定時刻より僅かに遅れたぞ」
「いや、リニア乗ってこの時間だし普通に無理でしょ」
「冗談だ」

そうですかと鼻で笑って返していると、すぐにバーテンダーが注文を聞いてきたため、適当に注文をする。
本当は桜木有布達と少し会話していたため、リニアに一本乗り遅れたのだが…それを説明するつもりはなく、また神崎も事情までは知らないだろうが、リニアに一本遅れた事は知っている。
大体人をからかう時の神崎信とは、そういう男だ。

「ああ、最初に。今回は私の奢りだから好きなだけ飲むといい」
「じゃあ遠慮なく」

と言っても高額なボトルを一本入れた所で、天下の宮廷魔術師の顔色は変わる筈もなく。
また嫌がらせも兼ねて沢山頼もうかとも思ったが、さすがに飲みきれないのに注文するのは店への迷惑にもなると考えるだけの常識は、社会人として持ち合わせているため、先程頼んだ注文につまみになりそうなものを注文しただけだった。
バーテンダーに注文を終えると、早速神崎が口を開く。

「単刀直入に聞く。深海、お前宮廷に入る気はあるか?」
「…は?」
「宮廷だ。二度も言わせるな」
「本気で言ってます?神崎ティーチャー」

神崎は答えない。
そして、この可能性も将己は予想はしていた。
こんなこと以外で、わざわざ電話をかけてくるならばよっぽどの事態だろうし、依頼ならばギルドに将己指定で出せばいいだけだ。
更に言えば、ハンター業に精を出しているわけでもないため、それ以外の用事ならばわざわざ将己を呼びつける時間よりも、ギルドで暇を持て余している高クラスハンターの方が効率はいい。
突然の言葉に困惑はしたものの、改めて冷静に考えているうちに、神崎は話を続ける。

「宮廷といっても、私の下で数年は働いてもらう。そして、いずれは宮廷魔術師になってもらいたい。返事はそんなにすぐでなくとも構わん」
「…」
「ああ、ちなみに断ってから後で『やっぱりやりたいです』と言っても、もう受け付けないからな」
「まあ、いいですよ。いつから行けば?」

予想以上に早い返答に、これにはさすがの神崎も驚きの表情を見せた。
咳払いをし、神崎は努めて冷静に振る舞う。

「手続きがまだ済んでいないから、来月からだ。もっとも、私には部下が一人もいないからすぐ受理されるとは思うが…」
「何か筆記試験とかあるんすか?実技とかも、宮廷ならなんかありそうなイメージ」
「いや」

そう言って、言葉を切り暫く考えるような素振りを見せる神崎。
直ぐに携帯電話を取り出し、電話をかけ始める。
繋がったと思うと、筆記や実技の試験が宮廷員として採用事項にあるのかを、電話の向こうの相手に問う彼に珍しさすら覚える。
隙が全く無いわけでは無いが、こういう部分で手回しが悪い神崎信を見るのは珍しい。

「そうか、では筆記は免除でお願いします。確か貴方の担当ですよね?人事は」

前言撤回。
改めて確認しつつ、『免除で』というワードを言いたかっただけなのだ、神崎は。
敬語という事は、年上の相手だろうかと思いながら聞いていると、通話を終えた神崎が説明を始めた。

「まず、筆記は免除。実技はあるが、まあ異次元から帰還して弱体化した今の深海でも、問題ないだろう。魔術の操作が主な実技だからな」
「また面倒くさい内容っすね」
「フ、試験は12あり、そのうちの私の所属する部署の試験は結構面倒臭い事で有名だからな」

それぞれの宮廷魔術師の機関に応じて試験内容も変わるという事だろう。

「ちなみに、試験監督は別にいるから、私は実技試験に立ち会わない」
「そういえば面接とかないんですね」

立ち合いが面倒くさい、と即答され、思わず笑った将己。
まあお前がヘマをしなければ、採用は間違いないと続けて言われて、疑問に思ったことを神崎にぶつける事にした。

「じゃあ、ちょっと幾つか聞いても?」
「ああ、私に答えられる事ならばな」
「まず一つ目。12人の宮廷魔術師、全員教えてもらう事は?」

言うと思ったぞ、と言わんばかりに鼻で笑うと、「答えられる範囲だけでだが」と神崎は前置きし。

「まず不名誉な派閥名を使われている神崎派から。私や黒塚宮の事は割愛する。
それ以外で残り二名。炎治陽機(えんじはるき)。主に彼の機関は、人事を担当している。
先程の携帯電話にかけたのがそうだ。宮廷魔術師の一人だ。
…というのは表向きで、裏は宮廷のスパイ等を暗殺する部隊でもある。精々目を付けられないようにしろ。彼の火属性魔術は、大和でトップクラスと言われているからな」
「採用も排除もその人次第ってワケか」

笑えない冗談だな、と鼻で笑い、神崎は煙草を吸い一息つく。

「もう一人は神楽屋織姫(かぐらやおりひめ)。裏の顔は無く、表も裏も宮廷での研究機関を担当している。人を喰ったような態度だが、一々態度に苛々したり嫌悪感を出していたらそれこそ彼女の思う壺だろうな。
黒塚と同じような天才タイプ…というと黒塚に悪いか。クセだらけではあるが、それなりに下手に出ていれば、色々と便利なアイテムを作成してくれるオバさんと思っておけばいい」
「オバさん…」

黒塚宮が最年少での宮廷魔術師と、一時期持てはやされた事があったから、やはりそれなりの歳なんだろう。
年増の相手もしなきゃならないのか、と一瞬考えが過ぎった。

「ちなみに、アイテムを作ってほしかったらギブアンドテイクがモットーな彼女だ。
彼女の部署の書類整理だったり、人体実験だったり、彼女の気分次第で変わるからあまり利用はしない方がいいな」
「ろくでもねーな」

人権とか関係ない世界か、と人体実験のくだりで乾いた笑いをする。
これで神崎派の説明は終わり。
続けて中立ではあるが、国木田明夫の説明を受けたが、元ハンターで目に関する術を得意とする変わった宮廷魔術師という事くらいが収穫か。
神崎派でもなければ、行成ハナの祖父という事をどこかで聞いた事はあったが、メディアなどに露出するタイプではないため、余り情報は出てこない。
メディアへの露出が多い神崎、黒塚は元より、御三家である東十常、姫神、土御門もメディアにこそ出ないが、彼らのお膝元である粥満、紅、葵の邸宅周辺の者なら知らない者はまずいない。
神崎派の炎治、神楽屋は同じ派閥という事で神崎も知っているのだろうが、国木田は別。
行成ハナを通じた所で、国木田自身、ハナに宮廷魔術師の内容をペラペラしゃべるような者ではない。

「後は中立と言えば、八神と呼ばれる帝付きの宮廷魔術師か」
「八神?そんな名前、学園の過去の資料で見たような…」
「ああ、それとは別だ。何十年も仕えていて、表の宮廷魔術師筆頭が東十常なら、裏はその八神といったくらいに表にはまず出てこない。私ですら数度しか見たことがないくらいだ」
「へえ」

相槌を打ちながら、学園に過去に在籍していた人物とは違う事を改めて認識した。
話はまだ続き、続けて宮廷魔術師筆頭であり、御三家筆頭でもある東十常一(はじめ)、の説明が。
続けて姫神百合、土御門正宗の説明がされたが、ここら辺は改編前の情報を知る者に聞けば、改めて今特筆すべき事項は無かった。

「東十常は義理の息子である剣(つるぎ)が、改編後の世界でも『死なない』という点以外は役割は同じだったため、殺しきれなかった土御門正宗に捕まったせいで牢獄の中だ。
東十常の孫息子も、祖父のようなカリスマは持ち合わせていないから没落するのも時間の問題だろう」
「メガネ十常っすか」

将己は過去に少しだけ、孫息子に関わったことがある。
だがそれを改めて、今ここで言うつもりはなく。

「問題は姫神と土御門。父である土御門正宗は大和最強ともいわれているが、脳筋で政治に関しては大した頭は回らん。その息子である伍代の狡猾さはお前も何となくは知っていると思う。
そして姫神。ここはノーマークだったが、あの悪魔が人間になり、姫神桜と名乗り姫神家の長子になったという事だけは厄介だな」
「フェルゼって悪魔でしたっけ。そういえば悪魔ってどうなったんすか?」
「悪魔ラウムは、悪魔という概念が無くなった今、神と同等の存在として祀られている。以前のように姿は見せる事はないが、この大和のどこかで我々を見ているかもしれんな。
悪魔ロノウィは元々存在しない悪魔として、改編後は処理されている。
悪魔ウバルは粥満の小さな教会で、神父としてひっそりと暮らしており、こちらからどうこうしない限り、我々と接点を持つことはまず無いだろう」

ラウムの説明が終わった段階で、メモを取り出して書いていく将己。
最初のフェルゼから、これで四人。

「後一人は?なんですっけ、あの鎧だけの」
「悪魔ベレトか。あいつは悪魔のままだ」
「…悪魔という概念自体無くなったって、さっき言ってませんでしたっけ?」
「そう、悪魔という概念は無くなったのにベレトは悪魔のまま。矛盾が生まれている」
「は??」

混乱している将己に、神崎は「これはラウムに改編前最後に聞いた事だが」と前置きをして。

「この世には3つの大きな悪魔が存在しており、今回悪魔という概念が消え去ったのはこの大陸を管理していたアドラメレクという悪魔の管轄だけの話らしい。つまり、アドラメレクの管轄外の残り二つのエリアで悪魔は活動を続けている。此処までは分かるな?」
「何となくは。でも答えになってねーんじゃ?」
「お前も要請を受けたかは知らんが、現在フェルゼや土御門伍代が中心となり、大和に潜む悪魔の残党の処理を行っている。それにより、大和で男爵以上の…高レベルの悪魔は数えるくらいしかいなくなってきた。悪魔には爵位があり、アドラメレクは公爵、ラウム達五大悪魔は伯爵だ。男爵以上の爵位を持つ悪魔は、この世の歴史になんらかの影響を与えた事がある悪魔と言ってもいいだろう。
だが、悪魔という概念が消えた今、その高位の悪魔は何らかの存在として置き換えられている。少なくとも、アドラメレクの管轄だった悪魔については。
ラウムは神と同等の存在に。正確には、ロノウィは大昔に討伐されたという『てい』らしい」
「じゃあ、ベレトは?」
「あの悪魔がそれこそ問題なのだ。悪魔から置き換わった者は、少なからず何らかの影響が出始めている。ロノウィは『現代に存在しない』、ラウムは『神へと昇華し存在自体が我々に触れる事ができなくなった』と。しかし、あの悪魔ベレトはどうか」

目を閉じ、一息つくようにカクテルを神崎は飲み干した。
話が回りくどく長いな、と将己は思ったが、どうやらラストスパートに入ったようなので口にはせずに黙って聞いて。

「ベレトは空間転移を駆使し、悪者退治ごっこをしているらしい。つまり、改編前と変わらず悪魔のままなのだ。
話を最初に戻す。悪魔という概念が消滅したこの地で、悪魔が存在しているという矛盾。
やがてくる『揺り戻し』で突如消えてしまわないよう、『最後の刻』をフェルゼや土御門伍代は与えているにすぎない。
即ち、悪魔ベレトという存在は――」
「やがて、消えてしまう。ってことですよね?」

奥の方から、そう呟くように現れたのは幸村カヤだった。
一瞬、将己も神崎も驚きはしたが、なぜお前がいると言わんばかりの目つきで彼女を見る。
彼女はその視線の意味に気付き、抗議するように聞いてもいない事を喋り始めた。

「ギルド長の依頼で、ここの皿洗いのバイトだったんですよっ…!!やけにまともな依頼だと思ったのに…」
「同情するが、盗み聞きはダメだろ」
「私だってしたくて盗み聞きしてたわけじゃ…!」
「それよりも、よく知っているな。あの双子の悪魔の片割れか?」

話を戻す神崎に、「はい」とカヤは頷いて見せて同意する。
双子の悪魔。二人共、悪魔であることを望んで今を生きるファニー・マッドマンとクレイ・マッドマンの弟のクレイの方の事をここでは指す。

「確かクレイさんは侯爵クラスの力はあるって聞いてますが、力を無理に使わなければ人間よりも長寿で100年くらいは生きるって話で」
「それより格が落ちて、バンバン空間転移をしてる悪魔は」
「その半分以下…いや10年持てばいいところかもしれんな」

それをベレトが知っていても知らなくても、ここの3人にどうする事もできないし、特に神崎にはどうするつもりもなかった。
席を立ち、二人分の会計を済ませるため、カヤに会計を頼み、彼女は奥へと再度引っ込んだ。

「向坂に知らせてやったらどうだ?同じ所属ギルドだろう?」
「…そこまでしてやる義理も無ければ、教えた所で絶望なだけでしょ」
「悪魔の寿命、と言った所か。まあ、私にも関係がない話だ」
「俺にも関係ないですけどね」

お互いにドライな態度に笑いながら、席を立つ。
此処ではこれ以上の話は、よろしくないと判断したからだ。
そんなことを思いながら、二人は共にBARから出て行った。

「…でもまさか、深海さんが宮廷入りするなんて…」
「ああ、幸村。この事は他言無用だ。言ったらお前のギルド長もろとも、蒼の海に沈むと思え」
「ひぃやあ!い、いたんですか!?わ、わかりました!言いません!ぜーったい言いませんから!!!」

出て行ったと思った後に呟いた言葉が、まさか警告に来た神崎に聞かれてるとは思わず、飛び出しそうな心臓を抑えて深呼吸するカヤ。
BARの入口を開けて、今度こそ神崎と、ついでに将己も帰ったことを確認し、彼女はマスターに業務の終了を報告するのだった――。

◆深海将己
異次元帰還後も変わらず、葵ギルド所属の兼業ハンターで、旧い馴染みと起こした会社の経営を行っている。
非常勤役員という立場で、且つ従業員も雇った事で、ある程度自由が利く身に。
週一で休みをもらう事を条件に、神崎の宮廷への誘いも受諾した。
神崎の部下として、政治だけでなく国の暗部や派閥抗争にも触れる事になる。

◆神崎信
異次元帰還後、宮廷魔術師として未だ宮廷に所属する。
将己には言っていないが、彼を勧誘する前に一人の宮廷魔術師を失脚させた。
愛国心が強い一方で、大事のために小事を犠牲にするような冷酷な判断も行える男。
彼の身辺警護として、包帯に身を包んだ黒服の男を一人雇っている。

◆悪魔ベレト
異次元帰還後、悪魔として自分自身の意志でこの世に干渉することを選んだ。
悪魔の力で、犯罪者を懲らしめては逃亡を行っている。
時にやり過ぎる事もあるため、ギルドでは要注意人物(?)として手配されている。
最終更新:2016年08月21日 14:05