エピローグ~one year later…13~

桜も散り、初夏を告げる季節。
粥満、カーネリア大聖堂地下。
そこに、四人の者達が集まっていた。

「さて、それでは行ってくる。私が留守の間、参拝客は手順通りに対応するように」
「はいっ、わかりました!ウバルさんもお気をつけて!」
「私には何かないのかな?」
「伍代さんなら、特に気を付けなくても問題ないじゃないですか…」

粥満にある土御門本邸にて伍代との訓練を終えた祠堂統は、彼に付き合いカーネリア大聖堂にやってきていた。
カーネリア…、柳茜が邂逅したという出雲の女騎士。
彼女に興味があったわけでも信仰をしているわけでもない統にとって、この似合わない地にやってきたのは旧友がいたからに他ならない。
カーネリア大聖堂地下の奥深くへと潜っていく二人を見送ると、カーネリア大聖堂の本堂へと戻る統と行成ハナ。

「それにしても行成さんがシスターになっていたとはね」
「えへへ、似合ってるかな?一応、ウバルさんが募集してた長期依頼を請けているって体なんだけどね。私の休みの日とかは、この依頼は別のハンターさんが請けてるんだよーっ。この前は沙耶先輩が私の代わりだったみたいでねー」

会いたかったなぁ、と休みだったため、藤八沙耶のシスター姿を見られなかったのが悔やまれるハナ。
ギルド所属の彼女が、粥満のカーネリア大聖堂の依頼をなぜ請けているのか?
それは依頼主である大神官ウバルの意向により「粥満のギルド『以外』からの応募」が強く希望されていたため、ハナやそれ以外の地方ギルドから依頼を請けたハンターが日替わりでシスターを務めているのだ。
午後4時に帰してくれるため、例えば蒼ギルド所属の人でもリニアモーターに十分間に合うような配慮がされてはいるが…毎日地方からの交通費だけでもバカにならないのに、それが週5でシスターの依頼を求めているというのだから驚きだ。
ウバル曰く、金は悪魔時代に溜め込んだ額がかなり残っているとの事らしい。

「そういや豪華絢爛って感じだったっけ」

統はウバルの居城を思い出す。
白銀の城が根城だったウバルだからこそ、金には困っていないのだろうか。
逆にラウム辺りは貧乏かもしれないと想像し、ちょっと可笑しかった。

「ラウムもこの神殿の隅っこに祀られてるんだっけ」
「そうだよーっ、戦神ラウムとして、カーネリアに同行し暴れまわった戦神(いくさがみ)だよ。彼の格好いい銅像はあちらになります」
「いや、見ないよ。白神さんじゃないんだし」

特に見たくない、とラウム念願の銅像は参拝する人があまりいないせいか、シスターとして営業モードだったハナはがっくりと肩を落とした。
そしてふと思い出したように彼女は呟いた。

「そういえば、しどーくん知ってる?凪先輩、ラウムさんの声が聞こえなくなったって」
「それ、結構前の話じゃない?少なくとも、『この世界では』気象制御装置を止めた時に消滅したって事になってるし、記憶ではその辺りから聞こえなくなったらしいし」
「うーん、よくわからないよね…。12月に聞こえなくなったって皆言ってるけど、わたし達と3月までずっと、異次元にいたわけだし…」
「深く考える必要はないんじゃない?俺達の記憶はそのままだから、俺達が納得できる辻褄なんて無いんだしさ」

うーんうーんと悩み、やがて考えすぎて目が回りそうなハナに助け舟を出す統。
そうだね、と同意しつつ、本堂の常勤のシスターに会釈をして挨拶をして回る。
シスターの数は足りているように見えるのに、わざわざハンターに依頼してまでシスターを雇う必要がどこに?と疑問を覚えながら、ハナに案内されるがままウバルの私室へ。
中は片付けられており、特にめぼしい物は無いように見える。

「ウバルさんと伍代さんが戻るまで、ここで待っててねしどーくん。あ、暇ならチェスならあるよ。やる?」
「いや、いい。そもそも行成さんできるの?」
「えへへ、実はできないの私も!ルールくらいは、ウバルさんが教えてくれたからわかるんだけどね」

一気に何もする事が無くなった二人。
ハナも他のシスターのように、戻って仕事をするよう奨めたが、ウバルが戻るまでの間、統の相手をしているようにと言われた手前か、この部屋から出ていくことはなく。
どうやって暇を潰すかを考えていると、ふと自分のズボンのポケットに写真が入っていた事を思い出した。

「あ、忘れてた。これ、卒業式の時の写真」
「あーっ!これしどーくんが撮ってくれたやつ!見ていい?」

いいよ、と言うが早く、食い入るように写真を見始めるハナ。
最初の写真は、卒業式に駆けつけてくれた天文部の先輩達とハナを一緒に撮ってあげた写真だった。
ちなみにこの写真撮影は、呪い憑きの事件でフェルゼのリムジンに乗る前に、日野守桜…この世界では姫神紅葉に押し付けられるように託されたカメラで撮影したものだ。
なのでその後、その一件で忙しくなんだかんだで同級生に会っていなかったので、写真を渡すのが今になってしまった。

「ん?天文部?卒業式後にいたっけ?」
「あ、これくれはちゃんが撮ってくれたんだよっ」

そうなんだ、と相槌を打ちながら、よく見る。
すると卒業式後ではなく、式前の朝の写真だ。太陽の位置が東にある。
天文部の人達も、彼女の卒業を祝うために集まったのだろうと思うと、色々と凄いという感情しか沸いてこない。
その中に、天文部の先輩の沙耶や入生田宵丞の姿も見える。
やはり凄いなという感情が沸いてくる。文科系というより体育会系に近いんじゃないか、と薄く思いながら。

「あれ?この写真しどーくん写ってるよ」
「あ、ホントだ。伍代さん勝手に撮ったな…」

次の写真は、伍代と統が組手をしている写真だった。
鉄線を交えた組手という事もあり、躍動感があってハナには高評価だったが、メイド辺りが伍代から頼まれ勝手に撮ったのだろう。
他にも様々な写真があったが、割愛。
最後の一枚は、紅葉の要望により撮影した写真だ。

「これ、しどーくんが撮ってくれたやつっ!卒業おめでとう、わたし達ーっ!って場面の!」
「三人だけで撮りたいって時の」

思い出すように写真を見る。
そこには笑っている福良練と紅葉、そして彼女らに抱き着くハナの姿が写っていた。
よく見ると、昔より彼女の髪が伸びている事に気が付いた。

「髪、伸ばしてるんだ?やっぱり卒業したから大人っぽく見えるから?」
「そうだよーっ、理由はないしょっ」

自分の髪を指先で弄りつつ、大切そうにその写真を見て微笑むハナを見て、統は息を吐いて笑うと「全部あげるよ」とカメラごとハナへと渡す。
いいの?という表情の彼女に、いいよと笑って。
最後に自分と伍代の組手の写真だけは、抜きとる事を忘れずに――。


薄暗いカーネリア大聖堂の地下深く。
伍代とウバルは、鉄線や魔力の刃を用い、魔物を排除しつつ奥深くへと進んでいった。
会話は伍代から声をかける程度で、ウバルは特に会話をしようとはしない。
元々、親しい間柄ではない上、あまり伍代に好意を持っていないウバル。
やれやれ、と言うようにため息をつくと、伍代は近くの腰掛ける事が可能な段差に座り込む。

「少し休憩をしたらどうかな?悪魔ではなく、人の身で戦い詰めは厳しいだろう?」
「余裕そうな貴様に言われるのは面白くはないが…そうだな、想像以上に、以前とは体の使い勝手も違う」

ウバルも同様に、伍代とは離れた段差に腰かけた。
アンデットが多いこの地下迷宮。
伍代は辺りを見渡すと、こんな所があるのは初めて知ったと前置きをして。

「やはり、世界改編の影響によるのだろうか?」
「おそらくは。そしてここのアンデットは、少し特殊だ」

そう、伍代がいくら核を狙って攻撃しても、倒れない。
ダメージを与える事はできても、トドメはさせないのだ。
そのため伍代が無力化し、ウバルがトドメを刺すという方法でここまで進んできた。
およそ倒したアンデットは500体近く。

「ウバルの閃剣でのみ通用するアンデット…って所かな?」
「違う。おそらくは、この聖堂の加護を受けた者で無ければトドメを刺せないのだろう」
「聖堂の加護?」

話を聞けば、この世界でのカーネリア大聖堂の役割は、以前の世界の内容に加えてもう一つ。
それは、地下迷宮のこのアンデットを封じ込めるという役割だ。

「ウバルの居城へと導かれる空間が消滅したと思えば、まさかこんな大迷宮が広がっているとは」
「この地下深くに何があるのか、それは私にもわからない。それ故に、この大迷宮の調査・アンデットの殲滅を行わねばならないのだ」
「だがウバルの言葉で言うなら、聖堂の加護が無ければ倒せないアンデット…。探索は困難を極めそうだね」

同意するように頷くウバル。
一体どれくらい深く潜っただろうか、と腕時計を確認すると、もうすぐ16時になる。
時間だな、と小さく呟き立ち上がる。

「今日はこの辺にしておこう。依頼時間はきっちり守らねばな」
「やれやれ…人間になってもそういう部分は律儀だな」

伍代も立ち上がり、二人は来た道を引き返し始めた。
戻る途中は、先程の会話が切っ掛けになったか、ぽつらぽつらと会話がされるようになる。

「大聖堂の加護、という事は…ハンターをシスターとして雇っている理由、だね?」
「その通り。その中で、行成ハナはそろそろこの聖堂の空気に多く触れ、充分に潜れると判断したから、貴様と潜る時に同行させたのだ。今までは黙って一人で潜っていたからな」
「しかし、彼女はあまりこういった依頼を好まないだろう?」
「…それでも、行成ハナを通じ他のハンターへと、この依頼が広く浸透することを望んでいる」

成る程、と感心しつつウバルと話をしながら、足は止めない伍代。
おそらく大聖堂の加護というものは、よくわからないが一朝一夕には身につかないのだろう。
長期的計画として、粥満ギルド以外のハンターの協力も欲しい。
そのため大聖堂の加護を受けた、幅広いハンターの協力が必要なため、粥満以外のハンターを希望していたというわけだ。

「…しかし、それならば粥満のハンターでもいいのでは?」
「既に一部のハンターには協力をしてもらっている。桐石登也をはじめとして、ギルド員ではあるが、戦闘力がある諏訪戒人等といった者達のな」
「…桐石君はともかく、諏訪さんがカーネリア大聖堂に通っているとは驚きだな」
「あの男には、私が人間になり弱体化したため、剣術の特訓に付き合ってもらっている。あの男の独特な剣術は、大和では他に類を見ないからだ」

此処で言う粥満のハンターでも、というのは彼らだけではない。
それ以外にも沢山のハンターがいるはずなのだが、人付き合いが相変わらず悪く、心を簡単に開かないウバルに苦笑を見せる伍代。
彼にとってのこの地下へ潜るための仲間の条件とは、「カーネリア大聖堂の加護を受けた存在」だけではなく「異次元で共に苦難を乗り越えた存在」なのだ。
彼の人付き合いの悪さには呆れで苦笑しか出てこない。
要は、他のウバルを知らない者とはこの地下に潜るつもりはないため、ギルド広域に依頼を出しているのだろう。
粥満ギルドで、異次元で共に戦ったハンターはあまりいない。
それこそ、伍代でもすぐに思いつくのは、移籍をしていない登也くらいか。
そこに拘らなければ、粥満のハンターだけで事足りる事態なのだ。

「そういう貴様こそどうなのだ?」
「私?」
「祠堂統の事だ。師弟の関係は構わないが…フェルゼ嬢のように、政界に絡ませる事だけは辞めておいた方がいいだろう」
「ああ、その事か。もちろんそのつもりだよ。彼に宮廷は向いていない。これでも、祠堂君には普通に彼が決めた道を歩いてほしいと願っている者の一人だからね、私は」

違う考えをしていたためか、伍代は一瞬驚いた表情を見せたが、話の内容を理解して余裕の笑みを見せた。
だといいがな、と余り信用を見せないウバルの表情。
嫌われたものだと冗談めかして笑うと、当然と言わんばかりに鋭く睨まれる。

「地影景勝。おそらく、あの男はそれに興味を示している。ならば、『よく知る貴様が』教えてやるべきだろう」

意外というように可笑しそうに伍代は笑うと、「それは違う」とウバルの言葉を一蹴した。

「私はそこまで詳しくはないよ。それに、歴史という物は本人の眼で見た事こそ価値がある。祠堂君の大学部で歴史科を専攻していたり、蒼ギルド所属を選んだり。
彼の探求心で調べた物や、行動こそ彼が知りたい事への一歩なのだ。私が知っていう事が、正しいという保証もないしね」
「全く…祠堂統も大変だな」

その後は一切会話もなく、二人は黙々と地上へ向けて歩みを早めた――。


「お帰りなさいっ」
「ただいま、ハナ君。祠堂君といい子にしていたかな?」

軽口を交えつつ、地下迷宮から帰還した二人。
とりあえず今日の探索は何も分からなかった事を伝えると、ハナが不思議そうに地下迷宮の方を眺める。

「ほんと、不思議な場所ですよね…。今日までこんな所があるなんて知りませんでしたしっ」
「教えていないから、当然だ。施錠もしっかりとしてある」
「よかったら、潜ってみたらどうだい?ウバルも戦闘に備えて、瞳術を教えてくれるかもしれないよ?」
「…言っておくが悪魔の力を失った今の私に、剣術以外の力はもう残ってはいないぞ」

余計な事を、とウバルが鋭く伍代に睨みを利かせた。
伍代は笑って誤魔化すと統へと振り返る。

「さて、そろそろいい時間だ。祠堂君、今日は蒼に用事があるため、送ってあげよう。君の母さんも心配しているだろうしね」
「…じゃあお願いします」
「行成ハナもそろそろ帰るといいだろう。いくら紅と粥満間のリニアが定期的にあると言っても、次は5時過ぎだ」
「大丈夫ですよっ、今日はおじーちゃんの所に泊まる予定なんです!」
「国木田先生によろしく言っておいてくれたまえ」

それではこれで、とどさくさに紛れて最後にハナの祖父への挨拶をすると、伍代は統と共に大聖堂から出て行った。
ウバルの表情の堅さに気が付いたハナは、彼にどうしたのかを聞くが。

「いや、大したことではない。彼女がどういう道を選ぶかは、彼女次第なのだから」
「?」

早く帰れ、というように背を向け本堂へと歩き出すウバルに、今日もお世話になりましたーっと深々と頭を下げる。
そしてタクシーをつかまえ、粥満郊外にある国木田明夫宅へと向かうのだった――。

◆行成ハナ
異次元帰還後、日常へと戻り無事学園を卒業する。
卒業後は紅ギルドに所属し、日常的な依頼を中心に受けるハンターを目指して日々奮闘中。
異次元の中での生活で英カリンとも親交があり、飛鳥から遊びに来た彼女と遊んだり、ペンフレンドとして交流を続けているようだ。
祖父であり瞳術の師である国木田明夫から、ハンターの事も含めた様々な技術を学ぶも、ハンターを辞める日まで攻撃魔術を持つことは無かったという。
最近の悩みは、紅ギルド長の侯心宿の呼び方。

◆祠堂統
異次元帰還後、土御門流に正式に門下入りをする。
卒業後は土御門流を学ぶ事を続けつつ、進学の道を選ぶ。
進学と同時に蒼ギルドに所属し、毎日数時間かけて神風学園大学部へと通う。
学科は文学部の歴史科専攻で、将来は曾祖父の跡目を継ぐと同時に、ルーツである地影景勝の事を知るため。
文献が殆ど残っていないため、学科での調査だけでは分からないのが現状の悩み。

◆悪魔ウバル
異次元帰還後、彼は悪魔ではなく人間として生きる事を決意し人間へと変化した。
カーネリア大聖堂の大神官となり、人々を導きつつ戦神ラウムも仕方なく祀る。
悪魔の力の象徴だった瞳術は無くなったが、その剣術の鋭さは健在で、東十常家が扱う閃剣を使いこなす。
よくチェスを挑みに来る桐石登也や、海外から帰還した時に必ず寄る志島武生とも親交があるが、その辺を語る事はまずない。
現在はカーネリア大聖堂の地下に広がる謎の大迷宮の調査を進めている。

◆悪魔ラウム
異次元帰還後、彼は悪魔のまま生きる事を決意。
したのだが、なぜか紆余曲折あり戦神として祀られることになった。
既に彼の声は誰にも聞こえず、やがて数百年後に悪魔の力を完全に失い、彼は消滅することになる。
しかし、その日まで白神凪をはじめとした、人間を優しく見守っているだろう。

◆土御門伍代
異次元帰還後、宮廷魔術師から宮廷員と変化していたのは、土御門正宗がこの世界で健在のため。
そのため画策し正宗を合法的に引退へと追い込み、自身が宮廷魔術師へと返り咲く。
イーストセントラルタワーの件で、権威が弱まった東十常家に代わり、姫神桜(フェルゼ)を従え貴族派筆頭として台頭する。
貴族派の権威拡大、また神崎派に対抗するため、月城家の政界復帰を目論む。
最終更新:2016年08月31日 23:05