紅
ギルド本部。
此処では三人の
ハンターが、する事も無くて暇を持て余していた。
「雨ですねぇ…」
「これからどんどん強くなるみたいです…。粥満のはーちゃん、大丈夫かなぁ…」
「確かに心配ですね。なんでも過去最大の台風だとか」
藤八沙耶、福良練、姫神紅葉(旧日野守桜)の三人は、ギルドの待合室でお菓子を食べながら外を眺めている。
見れど見れども雨は止まず、どころか徐々に強くなっていくようだ。
夏が近づいた今日この頃、色々な事件はあれど、自然災害は久しぶりだ。
しかもテレビでは、過去最大の勢力の台風と噂されている。
そのため依頼はあれど、優先度の低い依頼は紅ギルドの判断で、本日は中止になっている。
ちなみに沙耶は街中の外灯点検、練はベビーシッター、紅葉はむいむいの掃討だったが、全部中止だ。
「戻りましたー…って、三人揃って何やってるんだ?」
「あ!お帰りなさいしののの先輩っ」
「何もしていないのですー」
「びしょ濡れじゃないですか…今タオルお持ちしますね」
そこへ東雲直が依頼を終えて戻ってきた。
郵便局の依頼で、配達の協力の依頼だ。
台風という事もあり、今日は意外な所からの依頼も多い。
「サンキュ、日野守…じゃなかった姫神」
「どういたしまして。それにしても傘はもっていかなかったのですか?」
「いや、持ってったんだけどさ」
これ、とべきべきに折れた傘を見せる。
うわぁ、という声が広がり、今回の台風の雨風の強さを思わせるだろう。
「こんな酷い台風、初めてですね…」
「あ、フェルゼちゃんが言ってたんですけど、気象制御装置が無くなった影響もあるんじゃないかって…」
「え、そしたらこれって、俺達があの装置を止めちゃったからって事?」
濡れた髪をタオルで拭きつつ、直が練に尋ねる。
余り詳しく聞いてなかったのか、それは…と少し困っていた所に、思わぬ助け舟が出される。
「そうとも言えるし、そうとは言えねえぞ。遥か昔、気象制御装置が無いころの大和もこんなもんだったらしいし。まぁ気象制御装置のお蔭で安定したってわけだがな」
「佐治せんせー、タオルいる?」
「おう、くれ」
佐治宗一郎は、傘を畳む様子の義貴つつじと共に紅ギルドにやってくる。
慣れた様子で、給湯室から乾いたタオルを持ってきたつつじは「どーぞ」と佐治に渡した。
どうやら傘に二人で入って来たようで、佐治のデカい図体は入りきらず肩の辺りがびしょ濡れだ。
ちなみに傘はそれなりの形を保っている為、直のコンビニで買った傘よりは高級品なのだろう。
「いやあ濡れた濡れた。おう、侯はいるか?」
「いえ、侯ギルド長は外出中で、私達3人でお留守番をしていたのですよ」
「ああ、もう招集されたんか。だったらいい、とりあえず支部長は本部長の指示待ちで待機しときますかね」
「やっぱり台風ですか?」
指示待ち、という言葉に引っかかった練は、小首を傾げながら聞くと頷く。
紅の地図を取り出すと、大きめのテーブルの上に置く佐治。
「3カ所、赤くマーキングしてあるべ?そこの川が氾濫しそうだから、紅ギルド長にギルドメンバー借りようと思ってな。それと報告だ。学園近くの川以外は、紅ギルドの管轄だしよ」
「ちなみに、今日は学園は休校で生徒は休みやよ」
「だから人手が足りなくて、紅ギルドに来た…って事ですね」
「さすが東雲、呑みこみが早くて助かるわ」
そう言いつつ、ひいふうみい…と今この場にいるメンバーを数える佐治。
頭数に数えられている事に気づき、紅葉がいち早く佐治へと尋ねた。
「具体的にどのような対処を行うのですか?」
「土のうを積む…のは地元の消防団達がやってっから、とりあえず救助がメインになるわ。消防団の連中でも何とかできない水の流れを変えたり、二次災害が起きないように土砂等の撤去とかだな」
「…時間かかりそうな仕事になりそうですね…」
そこで呟いたのは、直だった。
時間を気にしているようで、どうしようか迷っているようだった。
彼の妻、旧姓一任梨都の出産が近いのだ。
既に近所の病院に既に入院しており、予定日も後数日だ。
「ああ、東雲は一任の病院行くのか。ご苦労さん、行っていいぞ」
「え、いいんですか?」
「何とかなるだろ。それにてめぇ、明日から依頼入れてねえだろ?ついててやんな」
「すみません、それじゃお先に!」
深く頭を下げると、直はつつじから渡された傘を受け取り、病院へ向けて駆けていく。
それを見ながら、佐治はため息をついた。
「近場っつっても落ち着かねえもんなんだなあ…俺様もそうだったわ」
「だからですか?佐治長先生、いつもより優しい感じがします」
「バーロー、俺様はいつでも優しいいいギルド長だっつの!」
直を見送ると笑って、ソファーへと腰掛ける佐治。
適当に缶コーヒーを(つつじに)買ってきてもらうと、ブルタブを開けて飲む。
すっかりくつろぎモードだ。
とりあえず人数集まるか侯が戻るまで待機、との命令通り、全員紅ギルドで待機していた。
「そういえば、藤八。エストレアと会ってきたんだろ?なんつってた?」
「禅次郎先輩と行ってきた時の事です?」
「それ以外に何があるんだよ…もしかして何回も行ってんの?」
「いえ、一度だけですよー」
じゃあ最初からそれ言えや!と怒声を放つ佐治の大声に、全員耳を抑えつつ沙耶は語り始める。
☆
一ヶ月程前だっただろうか。
沙耶は甚目寺禅次郎と共に、エストレアのいるユグドラシルの大樹へと訪れていた。
禅次郎がエストレアに呼ばれて紅に来た時に、沙耶も連れて異次元にあるユグドラシルの大樹へと一緒に向かったのだ。
―来たか―
「お久しぶりです、エストレア」
「お久しぶりです」
禅次郎の隣で、同じようにエストレアに挨拶をする沙耶。
目の前には、一つ目の竜が大樹の側で寛いでいた。
そして、その周りには今となっては失われた、エストレアの眷属の6体が。
―今日呼んだのは他でもない、最後のお別れを言うためだ―
「え?最後、ですか?」
「い、いきなりですね…」
一呼吸置き、エストレアは瞳を閉じた。
そして、ぽつぽつと語り始める。
―既に悪魔の残党しかいなくなったこの地で、私が手を貸す事ももう既にあるまい―
―ならば、アドラメレクの言うように、後は人の手に任せる。私は、再びこの大陸に悪魔の脅威が訪れた時、目覚めるとしよう―
―何百年、何千年、もしくはその時は来ずに未来永劫、この異次元の大樹にいるかもしれんがな―
「…寂しくないんですか?」
―心配はいらん。お前達が悪魔を潰すために尽力している限り、私はいい夢が見れるのだから―
「とことん悪魔嫌いなのですね…」
―それは当然、そのために造られたのが私だ―
そうですか、と二人はエストレアに返す。
突然の事で言葉が見つからなかったが、それを見越したのか転移するように、6体の者達がやってきた。
巨大な黒衣の骸骨、D189。
銀獅子、ネメア。
金色の巨鯨、ゴルディアス。
炎の狼、ラー。
風の属性の巨大ゴーレム、風神魔鋼兵。
そして人型のカエル、自来也。
「既ニ我ラモ悪魔ト共ニ、コノ世ニハ必要無キ存在」
「エストレア様が眠るならば、我らも同じように眠りにつくことになる」
「長き長き、夢の中へ」
「宿主に挨拶できないのは、ちと寂しくはあるがな」
「シカシ、既ニ時間モナイ」
「そう考えると、俺だけ宿主に会えたのは幸福なのかもしれないな」
6体の召喚者達の中で、自来也が禅次郎の前に来る。
そして、握手を求め手を差し出してきた。
禅次郎は迷わず、その手を握りしめる。
「お疲れさんだったな、善次郎」
「自来也も…あまり使ってあげられなくて、すみません」
自来也は、その返答にゲコゲコと笑う。
彼らの体と共に、エストレアと大樹のある世界が白い光に包まれていった。
「ありがとう、エストレア」
☆
話し終えた後、スッキリとした顔の沙耶に、佐治は目つきを鋭くさせる。
「おい、藤八。てめぇ何しに行ったんだよ!せめて『今までありがとう!貴方の事は忘れない!』とかヒロインっぽいこと言ってこいや!」
「なっ、失礼な!最後にきちんと挨拶しましたよー!」
「えっ、まさか回想の時の最後のアレって…」
「甚目寺じゃなかったんかや?」
衝撃の真実に、紅葉を除いて驚く3人。
「はい、お茶を淹れましたからどうぞ」
「もりーさん有難うございます」
「沙耶先輩、もう日野守では…」
「ではがみーさん?」
「…いえ、もうなんでもいいです…」
諦め気味に笑うと、紅葉は自分の分のお茶を取る。
佐治が一気に飲み干すと、まるで修学旅行かのように話を振った。
「おう、じゃあ次は福良な」
「ええっ!?私、特に話なんてありませんよぅ~…」
「六角屋と付き合ってんだろ?電話しろ電話」
「佐治先生最低ですね…」
ええ~…と困った顔をしていると、ちょうどタイミングよく練へと電話がかかってくる。
発信者を見ると、六角屋灼の名前が。
おお~!と歓声をあげる沙耶と佐治とつつじ。
「出なくていいんですか?」
「う、うん出るけどっ…」
出ていいのかな、と呟きながらも紅葉に促された練は、周りの期待の眼(主に佐治だが)に小動物のように怯えながら電話に出る。
「あ、あら「はい六角屋残念でした俺~!」あっ、佐治長先生辞めてくださいよぅ~!」
『いい歳して何やってんすか…』
電話に出た練の携帯電話を取り上げた佐治は、言いたい事だけ言って練へと返した。
灼の呆れた声は聞こえなかったのが幸いだろう。
聞こえていたら、佐治がキレて更に厄介な事になっていたからだ。
「どうしたんですか?あれ、今日って休みの日じゃ…?」
『いや…藤咲がネットで見せてくれた紅の様子が酷かったから…。そっちは出動掛かってないのか?』
今日は全国各地で、手の空いているハンターはいつでも出動できるように待機してるんだなあ、と思いつつ、練は待機中である旨を伝える。
そっか…と呟くように言った後。
『葵は崖崩れがあちこちで起きてるから、今向坂さんと一緒に、藤咲の指示で動いてる。その、そっちも気をつけろよ…?』
「…はいっ。あらたさんも気を付けてくださいね?」
分かってる、と返してきた相手に、嬉しそうな顔をしている練。
が、すぐに周り(主に佐治)の眼に気付くと、慌て始める。
「あ、そういえば沙耶先輩もいるんですよっ。代わりますね!」
「えっ、練さん?!」
押し付けるように渡された携帯電話に、一瞬戸惑いの顔を見せたが、すぐにコホンと咳払いをする沙耶。
「おお、六角屋。久しぶりであるな。なんか志島を見かけぬ気がするが、近頃会ったか?」
『あいつなら、また西大陸に行くために飛鳥の港にいるらしいっすけど…』
「ふむ、志島も頑張っているんだなあ」
そうすね…と返され、沈黙。
佐治がたまらず「もっと他の奴の話題を振れ!」と、沙耶に助け舟を出す。
しかし、他に出す話題も特に思いつかない。
「むむむ…」
『六角屋くん、B-32エリアで崖崩れが発生!私達の受け持ちだよ。急ごう!』
『あ、了解…。それじゃ切るから、練にもよろしく伝えといて…』
遠くで向坂維胡琉の声が聞こえたと思ったら、どうやら出動のようで灼に電話を切られる。
「なにがむむむだ!」と佐治から批難されていると、佐治と紅葉、練の携帯が同時に鳴った。
練と紅葉はメールのようで、携帯電話のメールボックスを確認する。
「お、侯からだ。…おう、俺だ。今?紅ギルドにいるんだが…何?」
「大変です!ハナちゃんからメールで、粥満のリニアがストップしたって…!」
「このまま、はーちゃんは粥満ギルドで待機するそうですっ」
「…蒼は人手が足りないみたいで、紅から蒼に向かってるハンターも向こうで活動を続けるみたい。紅の交通機関も止まったらしいから、他にギルドに戻ってくる人はいないかもしれんね」
「侯らも粥満ギルドに缶詰らしく、そっから指示を出してるみてえだな。とにかく、俺達も出るぞ!紅の被害状況と対応を送ってきやがったから、俺達で何とか対処しなきゃならねえ!」
タブレットを見ながら、つつじが佐治に伝えるように言う。
佐治は頷くと、面々の顔を見て考え込む。
「やっぱりさっき俺様がマーキングしてた三カ所がヤバいらしいんだわ。
で、義貴の臨時ギルド員バイトはここで打ち切るから、俺と共に三好町へ向かう。
一番距離が遠いから、俺のバイクでぶっ飛ばしていくぞ!」
「…りょーかい」
要するにこんな雨風が凄い中、バイクで二ケツという事らしい。
他の者も心配そうに見ていたが、「何とかなるよ」と余り芳しくない表情で応えるつつじ。
「それよりも、なんで佐治先生と一緒にいるのかと思ったら、義貴先輩も依頼だったのですねー」
「おう、神風支部は来年で潰れっから、ギルド員とか週2で紅ギルドから頼んでんのよ。知らんかった?」
「は、初耳です…。あ、じゃあ私もその依頼を…」
「福良はダメだ、ガキ共にいいように言いくるめられる」
「そんなぁ」
少し笑い声が響き、緊迫した状況が和む。
気を取り直し、佐治が咳払いをして沙耶と紅葉を見た。
「藤八と日野守はここから一番近い淡嶋町へ。ダムが決壊して、地元の消防団が食い止めてるんだが、水棲系の魔物が出てるらしいんだわ。
消防団を守りつつ、魔物の排除がメインだな。ダムはどうしようもねえ、下手に水の流れを操作しようなんざ、二次災害になるからほっとけ。
幸い、ダムの下にある3軒の家の住民は、既に避難したみたいだしな」
「了解です!ではもりーさん行きましょう!」
「はいっ!」
紅葉と沙耶は、雨合羽を着こむとギルドから出て行った。徒歩でも20分の距離だ。
佐治達がバイクで1時間と考えたら、近いと言えるだろう。
「あ、あの佐治長せんせいっ…」
「おう、福良。てめえは一人で西蘂町って場所に向かえ。紅のギルド員が車をそこまで出してくれるらしいから、それに乗ってな」
「私一人です…?」
「安心しろ、東雲にも来れたら来いってメールいれてっから!川が氾濫してっけど、西蘂町に先に向かったハンターのお陰で被害が最小限でおさまってるらしい。てめぇはとりあえず怪我人の救護と、避難場所になってる教会には子供がいっぱいいるらしいから、てめぇが適任だろ」
「は、はいっ…頑張ります!」
「何かあったら、すぐに連絡してね」
緊張している練に、つつじが優しく声をかけた。
そして、すぐにギルド員がやってきて、練と車で現地に向かったのを確認すると、佐治とつつじも現地に向かうのだった――。
◆義貴つつじ
異次元帰還後、紅ギルドに変わらず所属。
主に遺跡探索に興味を示し、よく城ヶ崎憲明と共に各地に出向いている(が、大和の遺跡のみ)。
紅では今回のように、神風学園支部の要請でギルド員の助手として手伝う事も。
恋人と変わらず同棲している。
◆佐治宗一郎
異次元帰還後、神風学園ギルド支部の支部長として働いていたが、アドラメレクの改編のせいか、予算的にもきつい神風学園支部の廃止が決定する。
最近のガキは神風出ても就職しかしねえ!と怒りつつも、ハンターがそこまで必要のない時代が来ているのかな、と少し嬉しくもあったり。
支部長解任後は、引退も考えていたがギルドのハンターとして復帰。
Aクラスハンターの一人として、他のハンターをけん引していく立場となる。
☆
その日の夜。
淡嶋町では、ダムの上流の方で二人のハンターが戦っていた。
「もりーさん!八時方向に3、二時方向に2です!」
「了解です!やあっ!」
沙耶の天照大神の狼二匹も、子犬程度に可愛く劣化していたが、霊感少女ならぬ五感を高め、狼に周囲を走らせることにより真っ暗な周囲を把握していた。
紅葉は彼女の言う通りに、アサルトライフルを振るう。
銃撃がメインで、沙耶に近づいた魔物はブレードに切り替えて切断していくという戦闘方式だ。
「それで一旦最後のようです!もりーさんお疲れ様でした」
「いえいえ、沙耶先輩も。指示助かりました」
豪雨で視界が悪い中、お互いに笑みを見せたのはなんとなくわかった。
少し安堵をしつつ、その場で休憩をとる。
このダムの上流では、魔物避けの柵が今回の台風によって壊れ、魔物がなだれ込んでいるのだ。
1時間近く交戦を続け、やっと休憩。
豪雨での戦闘経験が薄い二人は、疲労も強く感じていた。
「はあっはあっ…」
「もりーさん、大丈夫ですか…?」
「はい、平気です…」
沙耶も疲労が無いわけではないが、実際に重たいライフルを振り回している紅葉の疲労は計り知れない。
沙耶は回復もできるわけではないし、既に回復なら休憩最初にオーラを自分に使っているのを見た。
それでも回復しないとなると、体力よりも精神的な問題だろう。
「そういえば、もりーさんは神風学園に行ったりしていますか?」
「え?…いえ、卒業後はめっきり」
「週に一度、もしくは隔週に一度のペースで
神風学園高等部、天文部に茶菓子を届けてお茶をするのが習慣でして。そうしていたら最近、学園で妙な噂を聞いたのですよ」
「妙な噂、ですか?」
緩く頷き、沙耶は目を閉じる。
すうっと息を吸い込むと、彼女に狐耳と尻尾が生えてきた。
「最近、妖狐が出ると」
「明らかに沙耶先輩の事じゃないですか!」
「こうしている方が、第六感というんですかね、それが働くんですよー」
朗らかに笑いつつ、息を整える沙耶。
実際キュウビの特殊技は、今の彼女には数分しか持たない。
発動条件も変わり、持続性が無くなった今、彼女が紅葉のためにできる事は、少しの間だけでも雨を彼女にあてないことだった。
効果も大分変わったキュウビ中は、周囲に火の力の結界を生み出す。
絶系統の魔術と同じように、水の効果を防ぐ力が生まれつつ、沙耶の火属性魔術のブーストを行うのだ。
「沙耶先輩…有難うございます」
反応があったようで、狼が吠えている。
紅葉は礼を言うと、再びアサルトライフルを構えた。
沙耶が言わなくても、キュウビの力で周囲の雨が止んでいたため分かった。
いや、雨が止んでいたためか。
周りを既に何匹の魔物に囲まれている事が。
「ふう…いつでも行けます!」
「ファン九号として、此処だけは死守しなければ…。私達の日常を守りましょうっ!」
気合を取り戻した二人。
再びライフルを持ち暴れる紅葉に、辺りを感知しつつ、的確に指示を出していく沙耶。
そんな沙耶の携帯電話には、甚目寺禅次郎の先程届いたメールが入っていた――。
◆藤八沙耶
異次元帰還後、大学部へと進学。ハンターはそのまま紅ギルドへ。
蒼の実家に頻繁に帰るようになったが、依然紅の叔父の木蓮神社から通っている。
怪異探知ができる自身の特性を活かし、甚目寺禅次郎の助けになっている事も。
最近の悩みは、天照大神の狼が成犬から子犬になってしまったこと。
☆
練は、西蘂町の川へと来ていた。
既に町の大多数は、高台にある教会への避難が完了している。
被害が出ないよう、辺りに結界も先に来ていたハンター、安土優が行っていた。
このままなら氾濫しても、民家の被害はあっても人的被害はないだろう。
「何か胸騒ぎがします…」
一人だからもあるだろう。
だがそれよりも、嵐の前の静けさと言ったように、何かハンターとしての勘が働いているのだろうか
「勘ってやつか。おそらく間違ってないぜ」
「はい…安土さんもですか?」
ああ、と頷くと安土は最後の符を町の入り口に張る。
今張っている符は、周囲100メートルの範囲に水を寄せ付けない符らしい。
それを等間隔で氾濫しそうな場所に張っていくことで、町への水害の被害を最小限に抑えるようだ。
「こういう時は何かあるもんだ。それがハンターの勘って奴さ」
「よくわからないですけど、なんだかこう…不安になってくるというか…」
話していると、突如轟音が響く。教会からだ。
「なっ――!?福良、急ぐぞ!」
「はいっ!」
二人が豪雨の中、全速力で教会まで駆けてくる。
するとそこには巨大なゴーレムのような魔物が出現しており、教会の壁を叩き壊していた。
「魔物!?どうやって入りやがった!?」
「…安土さん、結界張ります!」
言うが早いか、すぐに練は辺りに青い花を咲かせた。
常世の蒼花。
ダメージを軽減する効果の持つ結界を発動する。
ガンガン攻撃するゴーレムの攻撃を軽減はしているが、このままでは教会に避難した住民達が作ったバリケードはあっという間に破られてしまう。
安土はそれを阻止すべく、ゴーレムにハルバードで攻撃を始める。
「福良!後方から支援を頼む!」
「…はい!」
アドラメレクがいた世界ならば、あの頃の強さならばこんなゴーレムもすぐに倒せただろうが、今はそれがいない世界。
力もかなり落ちている。
このままではゴーレムがバリケードを破るのが早いか、安土が倒すのが早いか微妙な所だろう。
もし、こんな時に他の魔物が現れでもすれば…。
「シャアー!」
「グゲゲゲ」
「グルルル…」
「う、嘘…」
練が振り返ると、背後に無数の魔物がいつの間にか出現している。
クワガタ、カエル、狼と多種で大量の魔物だ。
本当に、いつの間に出現しているのか分からない。
こうも気配を感じさせずに、やってこれるものなのか。
「福良!俺がこっちを専念している間、お前はそこを何としてでも死守しろ!」
「は、はい!」
相手は雑魚魔物と言っても、余りにも数が多すぎる。
多勢に無勢。それでも、町の住民のためにやらねばならない。
「えいっ!」
魔力で生み出した鎌を振るい、近くの魔物を二体撃破する。
しかし、狼型の魔物は回避し練に反撃。
ダメージはそれほどでもないが、このままでは安土がゴーレムを倒す前に練が持たない。
もう一度鎌を振るい、今度は三体撃破した。
まだまだ大量にいる魔物の数体は、練の横を素通りし安土へと攻撃を始める。
「ッ…!」
「ああっ…安土さん!」
「バカ野郎!俺なんか気にしないで、そっちに集中しろ!」
そう、安土に向かった魔物を構っているうちに、魔物の大群の防衛ラインが押されてしまう。
そうならないためには、練が踏ん張らねばならないのだ。
だが、練には範囲攻撃が無い。
色々な特殊技が、改編と共に消えた今、こうしてソウルディスサイズで少しずつ倒すしかない。
…いや、一つだけ方法はあった。
「安土さん…!」
安土の返事は無い。
ゴーレムだけでなく、練が漏らした魔物の排除も行っているため余裕がないのだ。
練はきゅ、と唇を噛み決心したように息を吸い込む。
次の瞬間、鎌を自分へと振るい、結界の効果を消滅させた。
「福良!?」
ダメージ軽減効果が消滅した事に驚いている安土に、練は凛々しい顔つきで言った。
効果は以前と比べるとかなり落ちてはいるが、自分にも使えるようになった鎌。
それで魔力を回復した練は、大技の発動準備のため魔力を練り上げる。
「安土さん、倒しきれなかったらすみませんっ!白薔薇ちゃん…きて!」
練の体から魔力が抜けていき、限界以上の魔力放出のため練の体が持たずその場にへたり込む。
彼女の頭上には、白い薔薇に包まれた少女の姿があった。
言うまでも無くこの特殊技も劣化はしている。
だが、それでも。
「グアアア」
「ゴゲゲゲ」
「キャイン!」
巨大な剣閃が辺りを薙ぎ払う。
魔物だけを排除し、建物や安土には当たらず。
その一撃は全ての魔物を排除した。
「ハッ、根性見せたじゃねえか!」
「安土さん、後はお願いします…」
残るは、ゴーレムだけ。
この魔物だけ異常に耐久力が高い。
この魔物達のリーダー的存在なのだろう。
しかし、そんな魔物でも、何者かに動かされているような様子がある。
「ギョアアアア!」
「そ、そんな…」
「おいおい、マジかよ…!」
練の不安を煽るように。
再び大量の魔物が出現した。
そして、その中央に巨大な一つ目の化け物がいる。
この辺に棲息する魔物ではないその化け物に、練は見覚えがあった。
数人を殺害し、卒業式の後に行成ハナ、紅葉、祠堂統と共に戦い、倒したはずの悪魔の残党。
おそらく復讐しに来たのだろう、ゴーレムだけに任せ、他の魔物は練だけを狙っている。
『ゴエエエ』
「グルルルアア!」
「福良ァッ!」
一つ目の悪魔が指示のような言葉を発すると、練の周りの魔物が一斉に練に襲い掛かる。
安土はゴーレムで手いっぱいのため、そちらに手を貸すことはできず。
練が目をぎゅっと思い切り瞑った時、彼女の頭上から剣閃が放たれた。
「あ…」
「大丈夫か?福良」
「し、しののの先輩…!」
「っと、話は後だな!」
今にも泣き出しそうな福良の目の前に、直が駆けつけてくれた。
直は仕留めきれなかった魔物の攻撃を回避すると、魔力の刃を生み出し構えを取る。
その構えを見ても恐れず、勇敢で無謀な魔物達は直へと襲い掛かった。
「神剣流初伝、滅紫!」
横一閃。
襲い掛かってきた魔物を一掃すると、練へとすぐに符を張り付ける。
ダメージを防ぐ符だ。
「遅いぞ直!」
「すみません安土さん!背後は任せてください!桜御、安土さんの援護を!」
「任せたまえ!」
その声に、安土に加勢するべく縦一閃。
ハンターである桜御亮が駆け付けた。
「その代わり、そちらは任せるよ師範代」
「いや、それはもう返上したから!」
苦笑しつつ、直は次々に魔物を倒していく。
だが、悪魔がいる限り魔物は永久に生み出されるのだ。
「いい加減手伝ってくださいよ!」
直が悪魔の背後に向かって叫ぶ。
そこにはかつて悪魔だった女性、姫神桜が。
「フェルゼちゃんっ…!」
「よく頑張ったな、練」
泣きだしそうな練に微笑みかけると、桜は悪魔の眼に手を触れた。
「うっかり私も騙されてしまったよ。前に仕留めきれていなかったとはな。だが――今度は確実に仕留める」
眼から巨大な芽が出てきて、悪魔の体を瞬時に拘束。
続けて練と同じ鎌を生み出すと、その胴体を真っ二つに切り裂いた。
「直、せっかく連れて来たのだから、時間がかかりそうだから帰るというのは無しだぞ?」
「さすがにそんなことは言いませんよ…。一段落したら、病院に戻りますけどね」
「さて、では残りの魔物も片付けるとしようか!」
豪雨の中、ずぶ濡れになりながらも各地で奮闘するハンター達。
やがて台風も過ぎ去りった頃、佐治や紅ギルド長、侯の元には無事を知らせる連絡が相次いだという。
◆福良練
異次元帰還後、紅ギルドに所属となる。
ギルドでも救護班所属となり、主に怪我人の救助や手当を扱う事になるため、暇な時はギルドの受付も無給で代わったりもしている。
沢山の人々と繋がりを作りながら、恋人の灼と共に少しずつ歩んでいく。
大体の技が使えなくなったものの、威力は劣化やかなり変わったが以前と同じ技名や発現描写の魔術や特殊技を復元する。
数年後には保育関係の資格も取り、紅ギルドに託児所も開設したいと思っている。
◆東雲直
異次元から帰還後、紅ギルド所属のまま活動を続ける。
神剣流と符術のハイブリッドハンターとして有名になるが、奥さん一筋でこの台風事件の後、暫く育休で姿を見せなくなる。
が、その間も桜御道場には通い続けていたようで、今でこそ免許皆伝を返したので師範代の任を解かれたものの、いずれは再び神剣流の師範代に。
安土にも相変わらず符術を学んでいるため、ハンターに正式に復帰した後も大したブランクは無かった。
晩年はBクラスハンターにまでなるが、生涯紅ギルドから動かなかったためそれ以上になる事はなく。
一部のハンターからは「もっと積極的に事件に関わればAも夢じゃない」と言われていたが、本人は今のままで幸せをかみしめているようだ。
最終更新:2016年09月01日 08:35