桐石登也や天瀬麻衣達の船が沈没した数日前。
豪華客船エルスール号に、一人の男が乗船していた。
男は夜の甲板に出ると、人気が無いのを確認して背後を振り返る。
「よう、会いたかったぜナンバー5」
「気持ちが悪い台詞は辞めてもらえるかしら?」
ナンバー5と呼ばれた少女は、大気中を急速に冷やしていく。
それはカノンが見せたような魔術と似ているが、それより遥かに上回る程の広範囲で、船の事などお構いなしに全てを凍りつかせていく。
対峙する男、水鏡流星は鼻で笑うとナイフを取り出した。
「悪いが、お前さんと心中する気は全くないんでな!」
「どこに投げているの」
明後日の方向に飛んでいくナイフ。
だが次の瞬間、ナイフは空中で制止し、反転して少女へと向けて奔る!
「だから、どこに投げているのと聞いているの」
しかしそれも焼け石に水。
彼のナイフは彼女に当たる前に凍り付き、粉々に割れてしまった。
それでよかった。
少女は、失態をしてしまった。
「!?…ああああああ!」
「激痛を伴う猛毒。ま、普通の毒ならお前には全く効かないんだろうが、これは特別性だ。すぐに家に帰ってママにでも解毒してもらうんだなfunf」
「こ…の…!できそこないの癖に…!」
「おやァ?毒の配分間違えてましたかァ?」
「いーや、問題ねーよ美作」
少女の背後に、いつの間にかにたにたと下卑た笑いを浮かべている男がいた。
砂金美作。
彼は大和である事件で消息不明になった後、飛鳥の海岸沿いで漂流してた所を水鏡に拾われ、命の恩人という事で同行している。
今現在の水鏡の最強のパートナーだ。
ちなみに助けたのは俺だという事で、敬語無しの対等な関係と水鏡が勝手に決めている。
「いやァ、問題大アリですよォ」
急に両手を挙げる砂金。
砂金は水鏡の投げた、現在進行形で毒をまき散らしているナイフを突きつけられていた。
「大体、お前の毒ってこの範囲だろ?…今回は痛み分けってことで、大人しくお前らも退いてくれないか?」
「…やってる事と言ってる事が、あべこべすぎませんかァ?」
「…分かったよsechs、俺の方が負けだ。美作を解放しろ。その代わり、もうfunfには手を出さない」
「話が分かるね」
人質交換。
まず少女から水鏡が離れる。
すると、sechsという男が毒が蔓延しているナイフごと握り潰した。
毒はピタっと止み、funfよりも格の違いをまじまじと見せられる。
「…面目ございませンねェ」
「気にすんな。どーせあの女の事だ」
砂金と水鏡は、解放されてすぐ、体勢を整えじりじりと近づいてくる少女に押され、船の端まで追いつめられる。
funfに手を出そうものならsechsに迎撃されるだろうし、逆なら勝てる気がしない。
「俺らはfunfに手を出さない。お前は美作を解放する。ったく、割りにあわねーっての」
「選ばせてあげる。氷像になるか、大海原のど真ん中で漂流するかを、ね」
背後は海。風も強くなり、この辺りで有名な台風、ティフォーンが来そうだ。
ついてねーな、と小さく呟くと、砂金の首根っこを掴んで海に向かって飛んだ。
「もし生きて帰ったら、地獄のダンスに招待してやるよ!」
「ちょっとォ、また漂流ですかァ!」
「男の子なら我慢しろ!」
ドボン、と二人分の水の波紋が作られたのを確認すると、funfは沈んでいく水鏡達に追い打ちのように氷塊を生み出し飛ばした。
暫く待つが、彼らは浮かび上がってこない。
となると、死んだか『あの地へ』引き込まれたかのどちらかだ。
おそらく水鏡もこの海のポイント通過を見越して、今funf達をこの甲板へ誘い込んだのだろう。
「永久の箱庭から出る事ができたなら、その誘いに乗ってあげましょう」
とfunfは笑って、客室へとsechsと共に戻って行った――。
◆水鏡流星
異次元帰還後、各地を転々と渡り歩き『組織』に対抗するべく機会を窺っている。
途中、漂流している砂金美作を助けた事が切っ掛けで、彼が水鏡の旅に同行してくれるようになったため寂しさは無い。
funf達に襲われ、海に飛び込み漂流した先で再び悪魔を巡る大きな事件に巻き込まれる事になる。
☆
出港の日。
メロウの港に停泊している豪華客船エルスール号の桟橋に、荷物を持った天瀬麻衣、桐石登也、烏月揚羽、志島武生の四人は、見送りに来た面々に囲まれていた。
「久遠さん…怒ってる?」
「別に」
麻衣に直接頼まれ、既に
ハンターではない揚羽と武生。
それどころか、揚羽は手配されている身。
だから心配していると思いそうだが、実は違う。
彼女のお腹には新たな命が宿っているのだ。
「でも、なんだかまた大きな事にマイティが巻き込まれそうでさ…。大丈夫、すぐ戻ってくるから!」
「期待しないで待ってるよ」
「ひっどーいっ!」
そんな他愛ない喧嘩をすると、お互いにふっと微笑んだ。
その後ろで、この日のためだけに飛鳥にやってきた紫堂陽人がジト目で二人を見ている。
「イチャつくのはいいんだけど、君達犯罪者だからね?周りの目も気になるし、もっと遠慮してね?」
「あ、いたの、はるちんっ!?大丈夫だって、わかってるよ!…わざわざ見送りに来てくれてありがとね」
「はぁ、づっきーは犯罪者になるし、こんな場面由貴ちゃんがみたらなんていうか…」
「大変だね」
「誰のせいだと思ってるんですか!!てか本当に犯罪者の久遠…さん?」
どうやっているのかはよくわからないが、祈那の光の魔導の力で、一部の人間以外には久遠の顔に見えていない状況らしい。
揚羽にとってはきちんと久遠が見えているので、そこらへんの事はよくわからないが、陽人には別人と揚羽が話しているように見えているようだ。
「久遠さんも、ありがとう」
「メロウに用事もあったからいいよ。行ってらっしゃい」
「すぐカッとなって暴力揚羽になるんだから、冷静さを身につけてこいよー!」
「えへへ、行ってきます!…はるちんは帰国したらグーパンね!」
「ひぇぇ…」
嬉しそうにそう返すと、揚羽は桟橋から船に上がる。
手を振りつつ、他の者が乗るのを待ち。
◆紫堂陽人
異次元帰還後、紅のハンターとして相変わらず健闘中。
Cクラスハンターになったのを切っ掛けに、教師の資格を取り神風学園の教師を目指して勉強も頑張っているようだ。
☆
「あー…えっと」
「…別に無理して話さなくてもいいぞ」
「む、むむ無理なんて…してないですー!」
一方では、武生が英カリンと来海セナと会話していた。
…と言っても、接点があまりないため、ぎこちなさが誰から見ても明らかだったが。
「蒼氷さんの見送りだろ?あっち行ったほうがいいんじゃないの?」
「蒼氷先輩は、エスタルドのお偉いさんと話してて見送りできそうにないから…って違うっすよ!?俺達は志島さんを見送りに…」
それでも見送りに来てくれた二人に、感謝の意を込めて笑うと二人の頭を撫でた。
自分を見ていた水鏡流星も、こんな感じだったのかな、と思いながら。
「そういや、英は行成と連絡とってるんだって?」
「あ、はい。ハナちゃんと、あの異次元空間で仲良くなって…今はお互い忙しいので、来年辺りにまた大和に行こうかと思ってます」
「いいんじゃないか?異文化交流。来海は?」
「俺は別に、連絡とってる人とかはいないっすけど…」
「てっきり、ヨミ辺りと今でも連絡とってるのかと思ってた」
と言うのは武生なりの冗談だが、誰かしら連絡をとってるものと思っていたから意外だった。
そういえば、彼も大和に帰国していた時に、安全祈願のお守りを買うのを忘れていたのを思い出した。
藤八沙耶の神社で買おうと思っていたので、やっちゃったな、と思いつつ自分のポケットを探る。
「じゃ、はい」
「え?なんですかこれ」
「ナイフ」
いやみたらわかるし…と苦笑するセナに、武生は笑う。
かつて水鏡から託されたように、こういう縁も面白いだろうと。
「また再会したら、返してくれればいいよ。いらなかったら棄ててもいいし」
「はあ…」
と、出港の合図が。
そろそろか、と武生は船へと上がっていく。
「志島さん!」
セナに呼び止められ、振り返る。
何を言うか決まっていなかったのか、暫しの沈黙。
「行ってらっしゃい!」
「行ってきます」
ふっと笑って返すと、愛車に背中を預け、手を振る彼らに手を挙げた――。
◆英カリン
異次元帰還後、軍学校を卒業し軍人に。
大和にいる友人に、時折会いに行っている。
◆来海セナ
異次元帰還後、軍学校を卒業し同じく軍人に。
志島武生と今回の縁がきっかけで、数年後、彼のレースを見に行くことに。
☆
「麻衣…気を付けて行ってきてね」
「なんなら寂しかったら俺が一緒についていくよ麻衣たん?」
「ファニー…一度大和に戻ったんやなかったの?」
ファニー・マッドマンの言葉に、麻衣は呆れた視線を送りつつ「今日は麻衣たんのお見送りに、特別に」と照れながら返す相手に、内心はわざわざ飛鳥まで見送りに来てくれた事に少し感謝しつつも、それを表に出さないようにする。
牧本シュウの方を振り返ると、少し笑んで見せて。
「シュウも私がいない間、元気にやっててね。一人だとバランス悪い食事ばかりになるし」
「ケッ!人前で見せつけてくれますなあ!!夫婦トークとか死ね!」
「そ、そういうつもりじゃないんだけれど…」
心配したつもりが、心配し返されたシュウは悪態をつくファニーに苦笑を返しつつも、少し沈んだ顔になる。
どうしようかと迷っていたようだが、決心したように口を開いた。
「ねえ、やっぱり僕もついて行った方が…」
「ダメだよシュウ。明日から1ヶ月の間、大和であった災害復興支援に行くんでしょ?救助の人手は多い方がいいし、私なら心配いらないよ」
「そうですよ。俺達の分まで頼みますよシュウさん!」
麻衣だけでなく、登也にも頼まれて目を閉じ頷くシュウ。
笑みを向けながら、もう一度強く頷き。
「…うん、そうだね。麻衣達も、気を付けて」
「うん、じゃあ行ってくるね」
「…ファニー、どうした?最後に最愛の天瀬さんに声かけなくていいのか?」
麻衣とシュウが旅立ちの挨拶をしている最中、茶化すように黙っているファニーに声をかける登也。
しかし、彼が麻衣に掛けた言葉は予想外の言葉だった。
「おそらく、そろそろ事件。俺は手助けできないけど、無事を祈ってるよ麻衣たん」
「事件?それってどういう…」
「俺とめっちゃ仲悪い四人の悪魔。何も無ければそれでいい」
「もっと、確信を突いた内容で言ってくれよファニー」
登也に、目を細めて見るファニー。
そして、じゃ。と最後に手を挙げると去っていく。
「なんなんですかねぇ、ファニーの奴」
「まあ、大体の想像はつくけど」
麻衣は自分の聖痕に触れると、そろそろ出向の合図が鳴ったので、桟橋から船に向かう。
登也も一足遅れて、続けて上がっていく。
途中、呼び止められた気がして一度振り返り、意外な人物を見つけて笑みが零れ。
「麻衣!行ってらっしゃい!登也も!」
「行ってきます、シュウ!」
「シュウさんも頼みましたよ!行ってきます!!」
登也はこの港に響くような声を張る。
おそらく、その声は『彼』に届いただろう。
こうして、皆を乗せた船は出港したのだった――。
◆天瀬麻衣
異次元帰還後、大和で医師免許取得のため勉強を再開。
無事合格した後、飛鳥に渡り牧本シュウに会いにいく。
今回の事件により五ヶ月程消息不明になるが、帰還後は飛鳥
ギルドの救護班に移籍し、最終的には医師免許を活かして開業をする。
☆
太陽の光が照らしつける。
波の音が耳を掠める。
目を開けると、何処かの砂浜だった。
桐石登也は砂を吐き、ゆっくりと起き上がると辺りを見渡す。
「え…?なんだここ…?カノン!」
登也の声に、名前の主の反応は無い。
蒼氷カノンが別のメンバーと合流したとは知らず、登也はつい先ほどまでの出来事を思い返した。
確か、カノンが暗殺者に襲われていたのを助けた。
そう思ったら、ティフォーンと呼ばれる台風に巻き込まれて…。
考え込んでいると、足元に板金が流れ着いた。
その金属には『Elsur』と書かれている。
エルスール号ので間違いないようだ。
「マジかよ…漂流、ってことか…」
おそらくあのティフォーンで難破したのだろう。
だとしたら、一番生存の可能性が高いのがカノンだ。
ハンターカードが無くなり、水中で呼吸ができなくなった今、彼女が水中でも呼吸が可能な魔術アイテムを持っているからだ。
そうなると、彼女も同じようにこの地へ漂流しているかもしれない。
最悪の可能性は考えたくはないが、他の者も同じように漂流している可能性だってある。
登也が無事に漂流…というのも変だが、こうして今、この場に立っているわけなのだから。
「だとしたら、ここで立ち止まってても始まらねぇな…!」
最悪な事に、彼の武器『ブラックドック』は彼の手元には無い。
此処からは体術と魔術で切り抜けるしかないだろう。
自分の現在の状況を確認し、砂浜を駆けていく――。
☆
10分くらい走りぬいただろうか。
思ったより体力が落ちているようで、既にかなり息切れをしている。
しかし走り続けた甲斐もあり、海岸線が終わりを告げ、深い森への入り口に差し掛かろうとした時。
登也の周囲を囲む気配を感じた。
「グルルル」
「…ま、当然魔物もいるよな!」
4体程の狼型魔物。
見た事の無い種類だが、土地勘の無い森に誘い込むわけにいかず、また海岸沿いで見晴らしがいいこの場所では、逃げきるのはまず不可能。
戦うしかないだろう。
先手必勝と言わんばかりに、貫糸を一番手前の狼に発動しようとしたが、彼の魔術は発動しない。
「…な…?!」
「グルァッ」
一瞬狼達も構えたが、何も起きない事を確認すると手前の狼が登也を襲う。
間一髪、回避し狼の頭を拳打で叩き落す。
「グルルルル…」
「うおっ!?なんだこいつ!」
普通の狼なら、登也の一撃で落ちるはず。
雑魚魔物の一種と思われる魔物の癖に、異常な耐久力と言えるだろう。
「なぜかは知らないが、魔術が使えないとなると…体術で切り抜けるしかねえよなあ!」
一斉に跳びかかってきた二匹を、一匹はいなし、もう一匹は近くに落ちてた大きめの岩を口に突っ込んで口を閉じれなくしてやる。
その際腕に傷ができたものの、かすり傷レベルだ。まだ戦える。
口の岩を取ろうともがいている狼の頭上に蹴撃を放ち昏倒させる。残り三匹。
「くそっ、きついな…」
「ガルァッ!」
体力が落ちるのが早い気がする。
先程まで走っていたせいか、それとも漂流で体力が奪われていたのか。
三匹同時に跳びかかってきた狼達に、一匹は回し蹴りで対処。倒しきれてはいないが、遠くに吹き飛ばしたため少し余裕ができる。
残り二匹を倒すべく、すぐに体勢を戻そうとする登也だったが、その場にずっこけた。
思った以上に体力の消耗が激しく、疲労で体が思い通りに動かない。
「グルルルル…」
「ハハ…こんな狼風情にやられるなんて…カノンに申し訳が立たねえよ!」
倒れこんだ登也の体が、狼二匹に押さえつけられる。
そのうち頭の方にいた一匹が、登也の喉元を食いちぎろうと牙を突き立てようとした瞬間を見計らって、登也はヘッドバッドを狼に繰り出した。
さすがの狼も鼻骨をやられたせいか、苦しそうに暴れ出す。
だが、もう一方の狼は足を狙って牙を突き立てようとした。
足をバタつかせても、器用に回避する狼。
もう一匹の状態を見たせいか、頭に近づくことはしない。
「獣の癖に知恵が回るなあ…!」
回し蹴りで跳ばした狼がいつの間にか登也の腹付近にいる。
これで1対2。
絶体絶命を覚悟した時、錆びた剣が飛来し腹傍にいる狼を貫いた。
「これを使え!」
「お前…!?…今は礼を言っておくぜ!」
声のした方を見ると、そこには予想外の人物が立っていた。
すぐに右手で狼に突き刺さっている剣を抜き、横一閃。
ウバルはもちろん、諏訪戒人にも訓練で教え込まれた剣術。
使う機会は無いと思っていたが、意外にもその機械は巡ってきたようで。
足下にいた狼には回避されたが、回避したのを見計らい助けてくれた人物が双刀で切り刻んだ。
どうやらいつの間にか残りの一匹もその人物が片付けてくれたようだ。
「ふう…何とかなったな…。ありがとう。でも、なんで助けてくれたんだ?ええっと…」
「エスタルド軍機密部隊、ダンテ・トルナード二等兵だ」
素直に言ってくれちゃうんだ!?って突っ込みたかったが、まあ助けてくれた相手に無粋だと思ったので言わず、自分も名乗りながら差し出してくれる手を取り立ち上がる。
「桐石登也。ハンターだ」
「ほう。ハンターとは珍しいな。飛鳥でも最近、ハンターギルドができたとは聞いたが…」
「知ってるのか?って、外国語が上手いね」
普通に大和語――というと同じ言語の飛鳥や出雲の人に怒られるかもしれないが、それで話が通じる事に驚きつつ褒める。
すると男は得意げに鼻を鳴らす。
「俺は軍で一番頭がいい。これでも世界十八言語のうち十一をマスターしている。ただし古代語は除く」
「お、おう…」
変わった奴だなあ、と思いつつこれからどうする?と自然に聞いてしまった登也。
一度は命を狙われたとは言え、こうして和やかなムードなら殺しに来ることは無いだろう。
「そうだな…キリイシ、と言ったな。俺もついて行こう」
「俺としちゃあ助かるんだが…その、いいのか?」
「何がだ?」
本当にわかっていないようで、不思議そうに聞き返す相手に「いや、なんでもない」と笑って返す。
これから深い森に入るというのだ。仲間は多い方がいい。
暗殺者として裏切る可能性があるとしても、だ。
「…なあ、もし暗殺対象を見つけたらどうするんだ?」
「愚問だ。その時は再度暗殺を実行するだけだ。それが俺の任務であり、使命なのだ」
余程暗殺者に誇りを持っているのか、得意げに語る相手。
まあ嘘をつかれるよりは素直でいいか、と諦めながら、彼と共に深い深い森の中へと登也は進んでいった――。
◆桐石登也
異次元帰還後、飛鳥ギルド支部へと移籍。
大和には足しげく通い、ウバルとチェス勝負だったり、天城宗次郎に面会だったり、小此木剛毅や諏訪戒人に訓練をつけてもらっている。
蒼氷カノンの依頼により、護衛として今回の件に同行。
漂流に遭い、5ヶ月間行方不明となる。
最終的なハンタークラスは「A」で、晩年は後輩の育成に励む。
「白帝王」「雷帝」「撃墜王」と様々な異名を持つくらい、生涯をハンターへと捧げていた。
☆
「もっと全力で走れよ武生!」
「やってるよ!ってか無理に二人乗ってるからスピード落ちてるんだよ!」
武生の愛車を、二人乗りで走らせる。
一人漂流していた武生を、水鏡が見つけたのが事の始まりだった。
感動の再会もあったもんじゃなかったが、彼は巨大な竜に追われていた。
大和の五大竜とは違い、知能などあったもんじゃない、野生本能しかない竜に。
「おーおー、昔は可愛げがあったってーのに、今はこんなになっちまってからに」
「水鏡さんのお陰でね」
お、言うじゃん。と水鏡は笑うと、ナイフを取り出して竜の目をめがけて投げる。
見事命中させると、竜は怯み追ってくるスピードが落ちた。
「っし命中!今がチャンスだぞ!」
「了解!」
ある程度振り切ったのを確認すると、山道をそのまま下り続ける二人。
会話をする時間はあると判断したのか、走行したまま水鏡が武生に叫ぶ。
「そういや、お前のレース見たぞ!素人な感想しか言えねーけど、よかったじゃん!灼の曲か?お前ら有名になったなあ!」
「それはどうも!それよりも、ここはどこなんだ!?」
「知らねー!美作も無事だといーんだけどなー!!」
「え!あの人もここに来てんの!」
「多分な!つーか俺にはお前のバイクも一緒に来てんのが驚きだわ!」
漂流物として、武生が流れ着いた海岸に一緒に流れついていた彼の愛車。
と言うより、愛車の積み荷を守るように抱えていたから、積み荷が浮き輪代わりになっていたのかもしれない。
「商売道具だしね!」
「言うじゃん武生!今はそれのおかげで助かったぜ!」
ドゴォン、という轟音と共に、竜が跳んできた。
一度何が起こったのかわからず、水鏡が振り返り、叫ぶ。
「武生!もっと出せ!!追いつかれるぞ!!」
「やってるってば!」
「って前!!崖!!」
「…しっかり捕まっててよ!」
バイクを少し右側にあった段差から跳ばし、向こう側の崖に着地する。
しかし、それでも竜は跳び越えて追ってきた。
「死ぬかと思ったわ!ってかしつけーな!!」
「なんとかならないの!?」
普段ならば、サウザンドフラクタルですぐに仕留めるはずだった。
だが、この地はどうやら魔術も特殊技も使えないらしい。
簡単に言えば、レベルが今までが100なら1になったような感じだろうか。
身体能力も基礎的な部分はそれなりにあるものの、日々魔力を運動能力に変えている部分もあったため、今までより圧倒的に能力が落ちているのを二人は実感していた。
「まあ任せな!」
そう言って取り出したるは、やはりナイフ。
また目を狙うのかと問い質そうとした時、懐からもう一つ小瓶を取り出し、走行中のバイクの上で器用にナイフの先端に塗っていく。
「…それってまさか!」
「その通り!分量は美作に聞いてるから、こんなのが目にあたったらそりゃあもう苦しいはずだ!」
「ざっくりしすぎててよく分かんないんだけど!」
「猛毒ってこと!」
と言った瞬間、一滴地面に落ちる。
シュワーという音と共に地面が少し溶けた。
「バイクの上に落とさないでよ!!」
「心配すんな!大丈夫だって!武生、Uターン!」
チラチラと水鏡を見つつ、Uターンする。
目の前には大型の竜。
「覚悟決めろよ武生!」
交差する瞬間、水鏡は再度器用に竜の目めがけてナイフを投げる。
そして、武生も竜の足の隙間を縫うようにバイクを走り抜ける。
「グギャアアアア!」
ナイフは見事に命中し、竜は悲鳴をあげその場に倒れた。
「っしゃあ!」
二人は歓喜し、ハイタッチをし勝利を喜んだのだった――。
最終更新:2016年09月01日 08:19