韋晃は、後漢後期の人物。曹操の下で丞相司直だったが、吉本耿紀金禕らと共に叛乱した。敗れて夷三族となった。


情報

韋晃
官歴 丞相司直
死去 耿紀、韋晃らを収め、まさにこれを斬らんとすると、晃は頓首搏頰し以って死に至る。


事跡

二十三年(219年)春正月、許都にて、漢の太医令吉本少府耿紀金禕らと共に曹操に反乱して南の劉備の援けを求め、丞相長史王必の営を焼いて王必は辛くも逃れて南城へ走った。
 しかし、夜明けまでに王必を倒せず、韋晃らの軍は散り散りとなり、王必と潁川県典農中郎将厳匡によって捕えられた。
 まさに斬られようとするとき、韋晃は自ら頓首搏頰(地に額や唇を打ちつけ)して死に至った。
 韋晃ら首謀者達は夷三族となった。


年表




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最終更新:2016年02月25日 04:07