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「男が外に位を正し、女が内に位を正す。男女の正しきは、天地の大義なり」(易経
天子に妃が后と謂は何か? 后は、君なり。天子の妃は至尊にして、故に后と謂うなり。(白虎通
 后妃とは、、帝王の配偶者である。妃はの正妻の称として使われてきたが、秦漢以降、至尊である天子の妃を特にとし、王太子妃・諸王妃と区別している。
 史書では多く、歴代の皇后と主だった夫人の業績を「后妃伝」に編纂するが、漢書外戚後漢書本紀の最後に皇后紀としてまとめている。
 皇后より下の側室を夫人と総称し、その地位は官吏爵位に対応されるが、時代によって変遷が大きい。


前漢代の皇后と夫人

漢初 武帝 元帝 地位
皇后
昭儀 - - 位は丞相(なぞら)え、爵は諸侯王(なぞら)える
倢伃 - 上卿に視え、列侯に比える
娙娥 - 中二千石に視え、関内侯に比える
傛華 - 真二千石に視え、大上造に比える
美人 二千石に視え、少上造に比える
八子 千石に視え、中更に比える
充依 - 千石に視え、左更に比える
七子 八百石に視え、右庶長に比える
良人 八百石に視え、左庶長に比える
長使 六百石に視え、五大夫に比える
少使 四百石に視え、公乘に比える
五官 三百石に視える
順常 二百石に視える
無涓、共和、娛靈、保林、良使、夜者 百石に視える
上家人子、中家人子 有秩斗食に視える


後漢代の皇后と夫人

地位
皇后 玉璽黄赤綬(皇帝と同じい)
貴人 金印紫綬三公に相当)、奉は数十斛に過ぎず
美人 爵秩は無く、歳時に賞賜して充給するのみ
宮人
采女


魏代の皇后と夫人

武王 文帝 明帝 太和中 地位
皇后 王后 皇后
貴嬪 - 位は皇后に次ぐ
夫人
淑妃 - - 位は相国(なぞら)え、 爵は諸侯王(なぞら)える
淑媛 - 御史大夫に視え、 県公に比える
昭儀 県侯に比える
昭華 - - 郷侯に比える
脩容 - 亭侯に比える
脩儀 - - 関内侯に比える
倢伃 中二千石に視える
容華 真二千石に視える
美人 二千石に視える
良人 - 千石に視える
順成 - - - 不明


儀礼

 宮廷が皇帝を頂点とした百官諸侯儀礼秩序によって成立しているように、後宮では皇后を頂点とした儀礼世界が構築されている。ここでは皇后の位格は皇帝に準じ、官吏諸侯に対するのに準じた礼をもって諸夫人と応対した。上の表での「地位」は、それぞれの夫人が対応している官位・爵位の位階の示す。
 例えば、前漢に於いては、
皇后が輿に乗っている際に婕妤(まみ)えると、皇后は礼を払って輿を下り、大長秋が「皇后が婕妤の為に輿をお下りなされました」と称えた。皇后が座している際には起立して礼を取り、大長秋が「お起ちになられました」と称え、その他の礼も皇帝と丞相との関係に(なぞら)えられた。
娙娥に見えると、皇后はそのままで礼を払い、女御長が「謝なさいました」と称え、その礼は将軍御史大夫に比えられた。昭儀に見えた時も同じようであるが、その礼は中二千石に比えられた。
貴人に見えると、女御長は「皇后は(みことのり)して(よろしい)(のたま)われました」と称え、礼は二千石に比えられた。*1


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関連項目・人物

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最終更新:2016年10月16日 02:31

*1 漢官旧儀下巻、他より総合