義士達に更なる試練を ◆cNVX6DYRQU
「二十三人もか」
剣桃太郎は、先程の放送で名前を呼ばれた死者の数を呟く。
先輩である
赤石剛次の名はなかったが、この島で出会った
岩本虎眼の名は呼ばれた。
あれだけ尊崇していた虎眼が本当に死んだのならば、弟子の
藤木源之助のショックはどれ程だろうか。
まあ、死んだ筈の者が実は生きていた、というのも世の中ではよくある事で、彼等が本当に死んだとはまだ言い切れないが、
それでも、人の命を弄び、死を嘲笑うかのような主催者のやり口が許せない事には違いがない。
「ったくよう、いい加減に名前の間違いは直しやがれってんだ。
いくら人斬りなんかやってた馬鹿野郎共でも、死んだ時まで名前を間違えられたんじゃ浮かばれねえだろうが」
いつものように軽い口調で言う
坂田銀時だが、その瞳の奥で怒りの炎が燃えているのを、桃は見抜いていた。
「行くか」
二人が城に着いたのはつい先刻であり、休憩が十分とは言えないが、今は休んでいる気分ではない。
早く主催者を探し出そうと二人は城の外に出かけ、門の所で辺りを探っているらしい二つの人影があるのに気付く。
「何だあ、自分達はイロモノとは縁のない正統派主人公です、みたいな面しやがってよ。
言っとくけど、俺達は天下のジャンプ漫画の主人公だからね。アニメになって、映画化なんかも……」
「銀さん」
出会った二人組がイケメン揃いだったのが気に入らないのか、意味不明な文句を付ける銀時を制して桃が前に出る。
「すまない。俺は剣桃太郎、あんた達は?」
「余は征夷大将軍参議源朝臣義輝。この名に覚えがあるか?」
二人の内、桃達に近い側に居た、水干を着た男が堂々とした態度で答えるが……
「やべえよ、また頭がアレな人が来ちゃったよ。ここはそんな奴ばっかりか?」
「待て、銀さん。名簿には確かに
足利義輝の名があった筈。他にも、
塚原卜伝やら
宮本武蔵やら、過去の剣豪が山盛りだ。
この人が言うのも、ただの冗談や妄想じゃないかもしれないぜ」
ひそひそと話す銀時と桃。その様子を見た義輝は、怒るでもなく彼等の接触に気付いて寄って来た相棒に言う。
「信乃、どうやら、この者達も先程の沖田と同じく、我等より先の時代から来たらしい」
「沖田ぁ!?」
「成程、そなたは新撰組の友なのか。では、正午の会合にはそなたも参加するか?」
「何でだよ!俺は断じて真撰組なんぞと友達になった覚えはねえよ。まあ、精々腐れ縁ってとこか?
それより俺には保護してやらねえといけない奴がいるから、あんな奴等に付き合ってる暇はねえんだ。
あいつ等なら、どうせ自分の身くらいは自分で守れるだろうしな」
「ふむ。口は悪いが、要は沖田等を信頼しているという事か」
「人をツンデレみたいに言うな!ていうか、あんたこそ連中にあんま期待してると実物に会った時にがっかりするぜ?
腕はともかく、あいつ等バカばっかだから。幹部連中はどいつも変態だし」
「うむ、忠告は承った。心配せずとも、表面的な言動で彼等を侮るような事はせぬ」
「だからあ!」
貴人の鷹揚さと、この面子だと自分がツッコミ担当だという自覚がかみ合い、どうにか会話を成り立たせる銀時と義輝。
一方で、桃と信乃はもう少し真面目な話をしていた。
「タイムスリップか死者蘇生か……連中がとんでもない力を持っているのは間違いなさそうだな」
「ああ。だが、それだけでは説明が付かない事もあるんだ。……安房の里見家の事跡を知っているか?」
そのまま歴史談義に入る桃太郎と信乃だが、少し話したところで、義輝との会話に耐えられなくなった銀時が割って入る。
「もう行こうぜ。あんまり長居して、真撰組のゴリラに会っても面倒臭えし」
「そうだな。話し合いじゃ俺達に出る幕はなさそうだし、その間に出来る事をやっておくか」
「俺達もここで漫然と新撰組とやらの長を待つ気はないが……手分けするのもいいかもしれないな」
何となく、再び二手に分かれる方向に話が進む。
殺気が城下のあちこちから感じられる所を見るに、複数の危険人物が城下町にはいるようだ。
だとしたら、情報交換は後回しにして、手分けして戦いの芽を摘むのが賢い選択かもしれない。
「では、ひとまず別れるか。新撰組の者に会ったら、そなたが心配していたと伝えておこう。……そう言えば、名は?」
「だから、心配なんかしてねえから。名前は坂田銀時。ちなみに、坂田金時とは何の関係もないからそこんとこよろしく」
「ああ、俺もまだ名乗っていなかったな。俺は里見家家臣、
犬塚信乃戍孝だ」
「銀さん、どうしたんだ?」
信乃の名を聞いた途端、眉に皺を寄せて考え込み始めた銀時に、桃が声を掛ける。
「いや、こいつの名前に聞き覚えがあるような気がするんだが、設定的に俺が知ってていいのか微妙な気が……」
「よくわからんが、犬塚信乃ってのはさっきの放送で真っ先に呼ばれてただろう?覚えがあって当然だぜ」
「あん?そうだっけ」
「それについては、俺も疑問に思ってたんだ。俺と同じ名を持つ者が他に居るなんて……」
人別帖に信乃の名前が二つあったのは、どうもただの書き間違いなどではなかったようだ。
義輝はもう一人の信乃はこの信乃の親族か、もしくは子孫ではないかと言ったが、それはまず有り得ない。
そもそも犬塚の姓は、信乃の父である番作が、大塚の姓を改めて名乗ったもの。
だから、父が死んだ今となっては、同姓の兄弟を持たない信乃に、犬塚を名乗る親族など居る筈がないのだ。
そしてまた、許婚の浜路を非業に喪った信乃には、他の女子を娶る気はなく、子孫という線も有り得ないだろう。
浜路の霊が、同名の女子に憑依して現れ、自身の代わりにこの者と縁を結べと告げられた際には心が動いたが、
その浜路姫が、主君である里見義成の娘とわかった以上、一家臣に過ぎぬ己と縁を結ぶなど有り得まいし。
「まあ、八犬伝は有名だからな。その好漢に肖った名を持った奴が三人くらいいても不思議はあるまい」
「八犬伝?」
事も無げに告げる桃の言葉に食い付く信乃。八犬伝……名前からして、八犬士に関わりがありそうだ。
もし仮に、それが信乃達の事跡の記録や、それを基に作られた物語なら、その内容を知る事は未来を知る事に繋がる。
未来を知ってしまうのは必ずしも良い事ばかりではないが、信乃は「八犬伝」の事が知りたかった。
何か予感があったのか、信乃を苦しませんとする悪霊の囁きか、或いは、女神が敢えて彼に与えた試練なのか。
「大丈夫かな、犬塚さん」
一通り「八犬伝」について聞いた信乃は、一人で考えたいと城内に入って行ったきり、音沙汰がない。
「信乃ならば大丈夫とは思うが、しかし、先程の話は真なのか?」
「ああ。間違いなく犬塚信乃は曲亭馬琴が書いた小説に登場する架空の人物。実在はしない」
とすると、あの信乃は、架空の人物の名を騙っているか、もしくは妄想に囚われているという事になる。
しかし、信乃が嘘吐きや狂人だとは、短い時間とはいえ同志として過ごした義輝にはどうしても思えないのだ。
それに、人別帖に犬塚信乃や、同じく架空の人物である筈の
犬坂毛野の名があった訳だし。
かと言って、目の前の桃太郎も嘘吐きには見えず、また、義輝と信乃の歴史に関する知識に大きな齟齬があったのも事実。
「とすると……。だが、そんな事が本当に有り得るのか?」
物語に登場する架空の人物が具現化する、などという事が本当に有り得るのか……有り得る、と信乃の知識は告げている。
本朝における巨勢金岡の馬をはじめ、絵に描かれた者が霊を持って抜け出てきたという話は枚挙に暇がない。
ならば、挿絵と文章によって構成される物語の人物が書から抜け出て来るという事も、有り得なくはないだろう。
実際、唐土では、三国志演義の周倉、西遊記の孫悟空、水滸伝の時遷など、架空の人物が神として祀られた例は数多い。
中でも、斉天大聖として信仰される孫悟空は霊験あらたかな神として知られ、
作り話の神と己を誹謗した商人に罰を与え、その者が心を改めたら今度は福を与えた、という話が伝わっている。
このように、元は架空の存在であっても、人の思いが集まれば、それに感じて霊が生まれる事は考えられ、
架空の人物が神にすらなる事があるのならば、物語から人が生まれるくらいの事はあっても不思議はない。
「もっとも……」
信乃は苦笑する。己が物語から生まれた架空の人物なら、この知識もまた馬琴なるものの創作なのかもしれないが。
そう考えると、信乃は宙に放り出されたような気分になる。
父の遺命、浜路の献身、義兄弟との日々、里見家臣としての戦い……全てが一人の人間の想像による作り事だったのだ。
ならば、自分はこれからどう生きれば良いのか。
いくら考えても結論が出る筈もなく、ぼんやりと窓から外を見た信乃の眼に、その光景が飛び込んで来た。
「なあ、もう行こうぜ。ってか、俺はもう行くから」
「しかし、銀さん……」
確かに、今の信乃に対して、自分が出来る事などないという事は、桃にもよくわかっていた。
あの信乃が本当に小説の世界から実体化したのなら、そんな非現実的な現象は桃の理解の外にある。
より現実的に、彼が洗脳か何かで自分が犬塚信乃だと思い込まされてるのだとしても、打つ手がない点では同じ事。
ならば、ここは多少なりとも信頼関係のある義輝に任せ、自分達は別に為すべき事をするべきなのだろう。
だが、信乃の打ちひしがれた様子や、あの虎眼がやられたらしい事からもわかる城下の危険さが、桃を躊躇わせた。
「ったくよう、ちょっと由緒がある小説出身だからってお高く留まりやがって。
あれか?ガキ向け漫画の主人公なんかとはご一緒できませんってか?」
門の所で振り返ってまたよくわからない事を言い出す銀時に答えようとした桃は、いきなり刀を抜きざま投げ付けた。
「うおお!?いきなり何しや……」
咄嗟に身をかわして文句を言おうとする銀時だが、すぐ後ろで刀が叩き落される音を聞いて事態を悟る。
何者かが忍び寄って背後から銀時を襲おうとし、それに気付いた桃が剣を飛ばして防いだのだ。
「何だ、てめえは!」
銀時が木刀を構え、義輝と桃がそれぞれの得物を手に駆け寄る。
対する男は、武器こそ刀を二本と木刀の計三本を所持しているものの、体は一つ。
三対一という圧倒的に不利な状況でありながら、男は笑みさえ浮かべて嘯く。
「俺は新免武蔵。ふむ……稽古台としては、まあ悪くない腕だな」
そう言いながら武蔵は上段の構えを取った。
「武蔵」の名、或いはその構えに三人は驚愕の表情を浮かべるが、真っ先に立ち直った桃が前に出る。
「あんたがあの宮本武蔵さんか。伝説の大剣豪が実際にどれ程の腕前か、見せてもらおうか」
不適に笑うと、前に踏み出して得物を正眼に構える桃。
「勇ましいこと言ってるけど、手元をよく見てー。それ、武器じゃなくてハリセンだから」
「うむ。それでこの者の相手をするのは難しかろう。ここは余が相手をしよう」
「それを言うなら、あんた達の得物も木刀だろう?俺のと大して違いはないさ」
「全然違えよ!漫才でツッコミ役が相方を木刀でしばき倒した日には、客どん引きだろうが!
ハリセン持った奴に真顔でボケられるとツッコミ辛えよ!」
誰が戦うかで言い争う三人の様子を気に留める様子もなく、武蔵は一歩踏み出すと、手近に居る桃に剣を振り下ろす。
武蔵の振り下ろしをハリセンで受ける桃。
義輝や銀時はああ言ったが、ハリセンは、攻撃力はともかく、防御力に関してはそう馬鹿にしたものでもない。
戦国時代には紙の鎧が実用されていたくらいで、日本刀のように重量ではなく切れ味で斬る武器には紙による防御も有効だ。
加えて、桃は氣を注入する事で、ハリセンであっても、短時間ならかなりの硬度を持たせる事ができる。
だからこそ、桃は木刀を持つ二人を制して前に出たのだが、しかし、桃のハリセンは、武蔵の太刀にあっさりと切り裂かれた。
「何!?」
武蔵がそのまま桃を切り裂こうとした瞬間、激しい衝撃を受けてのけぞる。
横合いから義輝が咄嗟に武蔵の剣を木刀で突き、桃への致命の一撃を防いだのだ。
義輝を睨む武蔵。
未完成とはいえ、あの老人から盗み取った奥義に突きで割り込むなど、軌道を完全に読んでいなければ不可能。つまり……
「その技は一の太刀。それを伝授される程の剣士が、どうしてあのような者の言葉に乗せられる!」
やはり一の太刀か。武蔵は、義輝の言葉のその部分にのみ着目し、一人納得していた。
老人の動きから、新当流かその分派の剣士である事は推測でき、新当流の奥義と言えばやはり一の太刀。
用心深さを認めて跡継ぎとした嫡男彦四郎にすら、流祖卜伝がついに伝授を許さなかったという秘伝中の秘伝。
加えて、足利義輝など、一の太刀を伝授されたというごく少数の高弟達が揃って横死を遂げ、失伝したとも言われていたが、
ひそかに使い手が生き残っていたとは、さすがに歴史ある香取神道流の裔だけあって層が厚い。
そうした剣士を連れて来て技を盗む機会を与えてくれた主催者には、武蔵はむしろ感謝しているくらいだ。
だが、武蔵はこのような心中の呟きを表に出す事はなく、無言で義輝に剣を叩き付けた。
一の太刀を見抜いた事から、義輝が新当流に縁のある人物である事は明らか。
その口から、武蔵が一の太刀を盗んだ事があの老人に伝われば、折角の優位があっさりと崩れ去ってしまう。
故に武蔵は義輝を第一の目標に定め、問答の手間も惜しんで斬り伏せんとする。
「くっ!」
武蔵の強烈な一撃を義輝は受け止めるが、その勢いをいなしきれず、刃が木刀に僅かに食い込む。
そのまま鍔迫り合いになると、武蔵は左手を剣から外し、腰に差したもう一本の所に持って行く。
この間、義輝は両腕で武蔵の片腕で押し合う事になったのだが、尋常でない武蔵の膂力に簡単には押し切れず、
また、武蔵の刀が木刀に切り込んでいる為に、そこが引っ掛かって剣を外す事も難しい。
「でりゃあああぁ!」
武蔵が刀を抜いた瞬間、銀時が掛け声と共に木刀で殴り付ける。
大仰な声を上げた為に、簡単に留められるが、銀時の目的は武蔵の気を逸らして義輝を救う事なのだから問題ない。
これで義輝と銀時は二人掛かりで武蔵を挟撃する形になり、明らかに有利、の筈なのだが……
(動かねえ!どんな化け物だ、こいつは)
銀時が心中で毒づいたように、武蔵は右の剣で義輝、左の剣で銀時と、それぞれ片手対両手で鍔競り合いしながら、
岩の如く堅固に二人の圧力を支え、少しも押される様子を見せず、逆に押し返して行く。
武蔵の膂力が尋常でないのもあるが、二対一でも優勢を保っていられる最大の要因は真剣と木刀の差。
無闇に押し込めば武蔵の剣によって木刀が切断される危険があり、そちらに神経を使いながらでは全力が出し切れない。
それでも、木刀での闘いに慣れている銀時はどうにか武蔵の刃筋をそらしつつ力を加えているが、義輝は苦戦していた。
堕ちたりといえども将軍であった義輝には、木刀で真剣に立ち向かう羽目になった経験はないし、
松永の兵に襲われた際、無数の名刀を取り換え取り換え戦ったという話からもわかるように、刀を労わる戦い方とは無縁だ。
為に、鍔競り合いの中で武蔵の刀が義輝の木刀に切り込んで行き、遂に、木刀が切り落とされようとする。
二対一の戦いならば、そのまま武蔵の剣が義輝を斬り捨てていたかも知れないが、この場に居る剣士は三人ではなく四人。
投げた刀に続いてハリセンを失った桃は、一時的に身を引いたが、義輝の危機を見ると、拳を固めて飛び掛った。
それを見た武蔵は落ち着いて鍔競り合いを外して後ろに跳び、桃の拳をかわす。
そして、いきなり支えを失った義輝と銀時が、飛び込んで来た桃を打たない為に動きを止めたのを確かめると、今度は前に跳ぶ。
義輝を救わんとして焦った為に、拳撃を放った後の体勢が崩れていた桃の胸に、武蔵の渾身の体当たりが決まる。
並の剣士ならば死んでもおかしくない一撃だが、無手の体術に関しては桃の方が一枚上手。
瞬間的に胸に氣を集中させる事で桃は身体を硬化させ、武蔵の肩を受け止めた。
それにより桃はダメージは免れるが、同時に、肉体の変形で衝撃を逃がせない為、数間も跳ね飛ばされる結果を生む。
こうして桃を追い払った武蔵は、二本の刀を回転させ、義輝と銀時を分断しに掛かる。
素早く飛び退いてかわす二人だが、義輝は門扉に身体を打ち当てて体勢を崩し、その衝撃で傷んでいた木刀が折れた。
「使え!」
武器を失い隙を見せた義輝に武蔵が向き直るのを見た銀時は、己の木刀を投げ渡す。
武蔵はこの展開も予測していたのか、剣を振りかぶると、木刀が傍を過ぎた瞬間、それを追う軌道で手裏剣打ちに投げる。
大きく身をかわせば木刀を取れず、武蔵のもう一本の剣を素手で受けなければならなくなる公算が高い。
そう判断した義輝は、手を伸ばして木刀を取ると、柄を回して武蔵が投げた刀を強く打つ。
「くっ!」
辛うじて剣の軌道を変える事に成功した義輝だが、逸れた剣は義輝の袖を貫いて門扉に深々と刺さり、縫い止めた。
この手裏剣打ちは、武蔵にとっては、義輝が一瞬でも防御に気を取られてくれれば十分、という程度の意図での布石。
偶然とはいえ、袖を縫い止めて義輝の動きを封じられたのは望外の成果だ。
そして、武蔵は本命の一撃……振り向きざまの、木刀を失った銀時に対する片手斬りを放つ。
だが、銀時は武蔵の必殺の一撃を読んでいた。むしろ、その一撃を誘う為に、わざと木刀を投げ無手になったと言うべきか。
身をかわしつつ足を蹴り上げると、地面から刀が跳ね上がり、銀時の手に納まる。
この戦いの始めに、桃が銀時を守る為に投げ、武蔵によって叩き落された備前長船だ。
物干竿をしっかりと両手で握った銀時は、片手斬りを空振った武蔵の刀に思い切り叩き付けた。
片手斬りは間合いでは優るが、精密さや衝撃を受けた時の耐性では、どうしても両手で剣を握るのには及ばない。
「ちいっ!」
……にも関わらず、銀時の渾身の一撃は、武蔵の太刀を折る事も叩き落す事も出来ず、跳ね返される。
五本の指を巧みに使って衝撃を受け流し刀の破損を防ぎ、同時にしっかりと保持して剣が失われるのを防いだのだ。
片手による剣の扱いを長年研究しただけあって、武蔵の器用さ、握力は図抜けていた。
続いて、武蔵が素早く腰の木刀を抜いての一撃を、地に転がり辛うじてかわす銀時。
しかし、武蔵は追撃の暇もなく振り向き、袖を破って突進して来た義輝と剣を交わす。
「木刀に気を付けろ!」
銀時の叫びが終わらない内に、二人の身体が交錯し、入れ違って向き直る。
義輝の額に浮かぶ汗……銀時の忠告がなければさすがの義輝も無傷では済まなかったかもしれない。
武蔵の刀に木刀を切られた記憶も新しい義輝は真剣の方に気を配りがちだったが、真に恐ろしいのはむしろ木刀の方。
二刀流で知られるだけあって、武蔵は片手でも、両手を使う場合に近い速度・精密さで真剣を扱える。
そして、真剣より軽い木刀の場合、片手でも両手で真剣を持つのを上回る程に速く正確な一撃を繰り出せるのだ。
更に、刃を持たず刃筋を立てる必要のない木刀は、打突の瞬間に不規則に軌道を変え、受け手を惑わす事も可能。
自身も木刀を持つ義輝だが、彼にとって木刀は真剣の代用品に過ぎず、木刀への理解・工夫では劣る事を認めざるを得ない。
ここで銀時が立ち上がり、跳ね飛ばされた桃も物干竿の鞘を抜きつつ帰って来る。
再び三対一の態勢となるが、自分達が有利だという認識は、義輝達にはなかった。
「言っとくが、この話の主役は俺だからな。これでも化け物退治には慣れてるんでね」
義輝と桃を牽制する銀時。
天人が闊歩する世界からやって来た銀時が、人の範疇から外れた怪物達と闘い慣れているのは事実だ。
しかし、戦闘種族だの光の戦士だの宇宙怪獣だのがいる天人の基準で考えても、武蔵の強さは明らかに規格外。
それでも、銀時は、この戦いでは唯一真剣を持つ自分が前面に立とうと決意していた。
使い慣れない木刀や、鞘なんていう武器とも言えない武器で、武蔵と真っ向から打ち合うのはあまりに無謀。
さっき武蔵が投げた刀を義輝か桃に取らせる事が出来れば状況は一変するが、その刀は今、武蔵の後ろにある。
あれだけ深く刺さった刀を抜くには一手間かかりそうだし、固執すると逆に隙を作る結果になりかねない。
自分が活路を切り開くしかないと、銀時が前に出ようとし、その気配を察した武蔵は二刀を上段に構える。
(あの構えは!?)
先程、桃のハリセンを一撃で破壊した技の構え。
……こう書くと何も凄くないように読めるが、一の太刀なる技が、必殺技と言うべきものである事を、銀時は悟っていた。
もっとも、本来一刀の技である一の太刀を二刀で使えば、十全の威力は発揮できまい。
だから、物干竿で防御に徹すれば防ぐのはそう難しくなかろうが、その選択は銀時には有り得ない。
今までの短い戦いだけでも、武蔵が恐ろしく狡猾な剣士である事はわかっている。
銀時が防御の構えを見せれば、武蔵は迷わず、二刀で義輝と桃を狙うだろう。
不完全であっても、木刀や鞘で一の太刀を防ぐのは至難。
故に、銀時としては、卜伝が他の二人を狙えば隙を衝ける構えを見せつつ、真っ向から二刀一の太刀に立ち向かうしかない。
決死の覚悟を固めた銀時に武蔵が剣を振り下ろそうとした時、それが天から降って来た。
「信乃!」
悩みながら城の外を眺めた時、仲間達を襲おうとする武蔵の姿が見えた事は、信乃にとって幸運だったと言えよう。
自分の今までの人生が架空の物語だったと聞かされ、拠って立つ足場を失った信乃。
親も仲間も主も実在しない可能性を知り、生きる意味も、行動する指針も、全てを失ったような気すらしていた。
しかし、義輝が危機に曝されようとしているのを見て、己には未だ最も大事な物、即ち、仁義の心が残っている事に気付く。
仮に主、親、義兄弟も架空の存在ならば忠孝悌は無意味になるかもしれないが、五常の徳まで揺らぐ事はない。
親に人道を教わった思い出は幻かもしれず、この世界では神仏が正義の人を助けてはくれない可能性もあるだろう。
だが、信乃が人道を尊ぶのは親に教えられたからだけではなく、ましてや神仏の援助を期待してのものでもないのだ。
古人曰く、仁義礼智は心の外に存するに非ず、人が固有に持つ性なりと。
これが全ての人間に当てはまるかどうかは議論のある所だが、信乃個人に関しては全面的に正しいと言える。
たとえ、信乃の今までの人生全てが否定されたとしても、持って生まれた本性までが消え去る訳ではない。
そしてまた、義輝の信乃に対する好意と、彼を守るという誓いも、間違いなく現実。
よって、義輝の危険を悟った瞬間、信乃の悩みは消え、窓から飛び出した。
無論、迷いが信乃の脳裏を去ったのは一時の事であり、再び状況が落ち着けば、信乃はまた悩む事になるだろう。
それでも、自身の本性を肌で実感できた事は、今後も信乃が己の未来を定める上で欠かせぬ道標となる筈だ。
これらの事を明示的に認識した訳ではないが、活き活きとした軽快な動きで信乃は城の屋根を駆ける。
都合良く傍に張り出していた樹の枝に飛び乗ると、闘いが門付近で行われているのを見て塀の上に跳ぶ。
そのまま戦場に駆け寄り、闘いが膠着したのを見ると、武蔵が背にしている門扉の上から躍り掛かった。
咄嗟に足元の行李を蹴り砕いて目くらましとして義輝等を牽制すると、武蔵は十字受けで頭上からの攻撃を留める。
そのまま振り回して義輝達にぶつけようとするが、信乃が鳩尾を蹴り付けてきたので、投げ放さざるを得ない。
それでも、信乃が空中に居る間が攻撃の好機。
一瞬だけ振り向き、斬り込んで来た銀時の剣を受け止めると、向き直って未だ着地していない筈の信乃に剣を向け……
武蔵の予測に反して、彼が体勢を戻した時には既に、信乃は着地していた。
いや、着地という表現は適切ではないか。信乃は、地面ではなく、門扉に突き立った刀の上に降り立っていたのだから。
信乃の剣と武蔵の木刀が交錯する。
先に述べたように、武蔵が片手で振るう木刀は速く、信乃の全力の一撃にも決して劣るものではないだろう。
しかし、足場の高低差から、信乃が切り下ろしで武蔵を狙えるのに対し、武蔵は木刀を切り上げなくてはならない。
この条件が加わった事により、信乃の剣が紙一重だけ先行し、武蔵は後退を余儀なくされた。
初めて隙を見せた武蔵に義輝と桃が殺到し、銀時も武蔵の剣を弾いて間合いの内側に踏み込んだ。
一瞬の攻防の後、塊の中から武蔵が弾き飛ばされ、地面を二転三転して立ち上がる。
その隙に信乃も地に降り立ち、義輝は信乃の足場になっていた刀を素早く抜き取って、桃に手渡す。
派手に転げた割に武蔵に目立った負傷はなさそうだが、四対一、しかも四人中三人が真剣を持っているのでは圧倒的に不利。
にもかかわらず、武蔵の闘志はいささかも衰えていなかった。
信乃の参戦まで三人相手に優勢に戦った武蔵だが、それは、最初の奇襲で得た武装の優位を巧みに利用したからこそ。
純粋な腕前においては、武蔵と、義輝達一人一人を比べても、差は殆どない。
信乃の斬撃で隙を作られた武蔵が、三人と乱戦になりながら、無傷で切り抜けるなど、まず出来る筈がないのだ。
なのに武蔵が無事だった原因は、武蔵ではなく、その敵達の側にある。
一つは即席の集団である故の連携の齟齬。そしてもう一つ、より大きいのは、彼等の殺気が不足していた事。
事情も聞かずに武蔵を殺す事への躊躇いか、或いは大勢で一人を殺す事を卑怯と考えているのか、
どちらにせよ、三人の刀には僅かに鋭さが欠けており、そこを衝く事で、武蔵は死地を脱したのだ。
そして今、彼等は武蔵を生け捕りにする事も不可能ではないだけの優位を手にしている。
大きすぎる優勢さは余計な欲と油断を生み、作戦次第では逆転も十分可能。武蔵は、そう計算していた。だが……
「ちっ」
舌打ちと共に武蔵は大きく後ろに跳躍すると、打刀の鞘を投げて牽制に使いつつ、身を翻して駆け去った。
漸く不利を悟った、という訳ではないし、義輝達がむざむざ彼を逃がした主原因も、武蔵が投げた鞘ではない。
全ての原因は城の外から近付いて来る剣気、そして白刃を引っ提げた男の姿。
剣気に含まれる威、そして、こちらの人数を知りながら殺気を隠そうともしない余裕が、義輝等の警戒心を喚起する。
距離が近付くにつれて緊張が高まり、開戦かと思われたその時、彼等は互いの顔を見分けた。
「卜伝か!」
「公方様!?生きておわしたのか!」
かくして、主催者に対抗する集団の要たらんと志す義輝は、島を血の海にせんとする修羅の最強の者の一人と再会した。
志では全く相容れず、しかし剣の上では父とも言える師と邂逅し、義輝は、そして仲間達はどう行動するのか。
【ほノ参/城の外/一日目/朝】
【宮本武蔵@史実】
【状態】健康
【装備】中村主水の刀@必殺シリーズ、木刀
【所持品】なし
【思考】
最強を示す
一:一の太刀を己の物とする
二:一の太刀を完成させた後に老人(塚原卜伝)を倒す
【備考】
※人別帖を見ていません。
【ほノ参/城門の前/一日目/朝】
【塚原卜伝@史実】
【状態】左側頭部と喉に強い打撲
【装備】七丁念仏@シグルイ、妙法村正@史実
【所持品】支給品一式(筆なし)
【思考】
1:この兵法勝負で己の強さを示す
2:勝つためにはどんな手も使う
【備考】
※人別帖を見ていません。
※
師岡一羽の死体の傍にあった木刀は宮本武蔵が持ち去りました。
【ほノ参/城門の内側/一日目/朝】
【足利義輝@史実】
【状態】打撲数ヶ所
【装備】木刀
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者を討つ。死合には乗らず、人も殺さない。
一:正午に城で新撰組の長と会見する。
二:卜伝、信綱と立ち合う。また、他に腕が立ち、死合に乗っていない剣士と会えば立ち合う。
三:上記の剣士には松永弾正打倒の協力を促す。
四:信乃の力になる。
【備考】※黒幕については未来の人間説、松永久秀や果心居士説の間で揺れ動いています。
※犬塚信乃が実在しない架空の人物の筈だ、という話を聞きました。
【犬塚信乃@八犬伝】
【状態】顔、手足に掠り傷
【装備】小篠@八犬伝
【所持品】支給品一式、こんにゃく
【思考】基本:主催者を倒す。それ以外は未定
一:義輝を守る。
二:義輝と卜伝、信綱が立ち合う局面になれば見届け人になる。
三:毛野、村雨、桐一文字の太刀、『孝』の珠が存在しているなら探す。
【備考】※義輝と互いの情報を交換しました。義輝が将軍だった事を信じ始めています。
※果心居士、松永久秀、柳生一族について知りました。
※自身が物語中の人物が実体化した存在なのではないか、という疑いを強く持っています。
※玉梓は今回の事件とは無関係と考えています。
【剣桃太郎@魁!!男塾】
【状態】健康
【装備】打刀
【道具】支給品一式
【思考】基本:主催者が気に入らないので、積極的に戦うことはしない。
1:銀時に同行する。
2:向こうからしかけてくる相手には容赦しない。
3:赤石のことはあまり気にしない。
※七牙冥界闘終了直後からの参戦です。
【坂田銀時@銀魂】
【状態】健康 額に浅い切り傷
【装備】備前長船「物干竿」@史実
【道具】支給品一式(紙類全て無し)
【思考】基本:さっさと帰りたい。
1:危ない奴と斬り合うのはもう懲り懲り
2:新八を探し出す。
※参戦時期は吉原編終了以降
※沖田や近藤など銀魂メンバーと良く似た名前の人物を宗矩の誤字と考えています。
宮本武蔵・塚原卜伝という、狡猾さでも殺意でも最高級の剣士に立て続けに出会った四人の剣士達。
彼等がこんな試練を受ける事になったのは偶然か、城という目立つ施設に立ち寄った為か、主人公格が揃っていたせいか。
ただ、少なくとも、己に逆らおうとする者を叩き潰そうという主催者の差し金、という訳ではなさそうだ。
何しろ、実際に主催者の一人に重傷を負わせた彼が、強敵とぶつけられるどころか、またも助け人に出会ったのだから。
「橋だ。足元に気を付けよ」
「どうも。本当に助かりました」
「何、困った時はお互い様よ」
言葉を交わしているのは
富田勢源と
辻月丹。
しぐれが待つ道祖神の祠を目指し、傷付いた足で急いでいた勢源は、伊庭寺を発った月丹に出会った。
勢源の事情を聞いた月丹が先導役を買って出、二人は並んで南に向かっている。
その代わりに、という訳ではないが、勢源は月丹に先程の体験を話す。
夜明けと共に島中に響いた声の主に会った事、そして、その者が白洲で少年を殺した技の正体を。
最後に、あの妖人が残して行った服を見せると、黙って話を聞いていた月丹が呟く。
「その者は、果心とやらかもしれぬな」
「御存知の者ですか?」
「そうではないが、これにな」
言って、月丹は懐から一冊の書物を取り出す。
そう言えば、勢源と出会った時にも、月丹は何かを読みながら歩いている風だった。
一瞬、それを勢源に見せようとする月丹だが、彼の眼の事を思い出し言葉で解説を始める。
「これは寺にあった日誌での。未だ読めたのは一部だけだが、後半部分に島が襲撃された事が記されておる。
そして、唐人服を着た者が賊と親しげに話しており、首領に果心と呼ばれていたとか」
果心……確か、大和国にそのような名の凄腕の術者が居るという噂を聞いた覚えがある。
あの左道使いがその果心なら、主催者の頭目は別に居るということか。
「では、首領とは何者ですか?」
「首領についてはこの日誌の主もさして知らぬようだ。恐ろしく残忍だという他は、名しか書いておらぬ」
「その名は?」
「伏姫、と呼ばれていたそうだ」
【はノ漆/街道/一日目/朝】
【富田勢源@史実】
【状態】足に軽傷
【装備】蒼紫の二刀小太刀の一本(鞘付き)
【所持品】なし
【思考】:護身剣を完成させる
一:
香坂しぐれと合流する
二:死亡した
佐々木小次郎について調べたい
※
佐々木小次郎(偽)を、佐々木小次郎@史実と誤認しています。
【辻月丹@史実】
【状態】:健康
【装備】:ややぼろい打刀
【所持品】:支給品一式(食料なし)、経典数冊、伊庭寺の日誌
【思考】基本:殺し合いには興味なし
一:富田勢源をにノ陸の道祖神まで送る。
ニ:
徳川吉宗に会い、主催であれば試合中止を進言する
三:困窮する者がいれば力を貸す
四:宮本武蔵、か……
【備考】
※人別帖の内容は過去の人物に関してはあまり信じていません。
それ以外の人物(吉宗を含む)については概ね信用しています(虚偽の可能性も捨てていません)。
※椿三十郎が偽名だと見抜いていますが、全く気にしていません。
人別帖に彼が載っていたかは覚えておらず、特に再確認する気もありません。
※1708年(60歳)からの参戦です。
※伊庭寺の日誌には、伏姫が島を襲撃したという記述があります。著者や真偽については不明です。
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最終更新:2011年03月30日 20:24