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過失なき死 ◆cNVX6DYRQU




(正に剣聖!)
これが、その老人に出会った時の、犬坂毛野の感想である。
毛野も優れた武芸者と会った経験は数多いが、この老人は他の者達とは一線を画する、一目でそう悟った。
武術を究め、最高の名人として遥か後世まで崇敬を受け続けるであろう事が、はっきり人相に出ている。
分野は違うが、孔老や釈尊に比すべき聖者かもしれないと思える程だ。
「貴方は……」「率爾ながら……」
武田赤音という者を知らぬか?長髪で背は低く声の高い、一見女のような男だ」
老人の威に圧されたせいか、毛野や五百子が話し掛けるよりも、老人の横にいる若い男が問い掛けるのが一瞬早かった。。
かなり切迫した様子だったが、毛野も五百子もそんな男は知らないのでそう答える以外にない。
「女のような男」と聞いて五百子がちらりと毛野を見た気がしたが、そこは敢えて流す。
それよりも毛野の心を捉えたのは、男の相。
卜伝に気を取られて気付かなかったが、よく見れば彼も相当の異相……いや、凶相だ。
毛野の観相に間違いがなければ、この男の剣は既に、罪なき幾人もの人の血を吸っている。
あの老人のような大人物が何故、こんな危険な男を連れ歩いているのか。或いは、大人物だからこそ連れ歩いているのか。

奥村五百子と申します。率爾ながら御名前を伺いたい」
考え込む毛野とは対照的に、五百子はいつもの調子でいつもの言葉を吐く。
「儂の名は塚原卜伝
武田赤音の手掛かりを得られずに落ち込む男を尻目に老人が答え、その一言で場の空気ががらりと変わる。
塚原卜伝……毛野にとっては知らぬ名だが、他の二人にとってはそうではないようだ。
名も知らずに同行していたのか、男の顔にははっきりと驚愕が表れているし、表情に乏しい五百子の眼も僅かに見開かれた。
まあ、卜伝なる老人が相当の達人なのは確かだし、どれだけ名が売れていても不思議はない。
毛野が知らないという事は、五百子の出身地だという九州辺りの剣客だろうか。
もっとも、毛野は五百子の言葉を必ずしも信用していないし、卜伝の言葉にも東国訛りが混ざっているようだが。
そんな事を考えていた為か、五百子が無言で前に進み出ていくのに、毛野は咄嗟に気付けなかった。

「ほう。儂が卜伝と知って挑みたくなったか」
さすが剣聖と言うべきか、彼女の性質を良く知る毛野すら見逃した、五百子が仕掛けようとする気配を卜伝は察知して見せた。
死を己の物とし、死人の如く気配が希薄な五百子だが、もとより死体が動く筈などなく、僅かに生者の部分が残っている。
そのごく僅かな生の残り滓が発する微かな気配を敏感に感じ取り、五百子の動きを事前に読んで見せたのだ。
「あなた様が塚原卜伝とは信じられぬ」
五百子はそう決め付けるが、その言葉に斎藤弥九郎を名乗った老人の時ほどの力強さはない。
卜伝が生きているなど有り得ぬ事だが、彼女も、この老人が塚原卜伝の名に相応しい腕を持つ事を感じ取っているのだろう。
まあ、オボロとの出会いを経て、五百子の側に、普通なら有り得ない事を受け入れる素地が出来ていたという面もあるが。

初対面の相手に己の名を否定されるという非礼を受けた卜伝だが、彼は怒るよりも先に嘲笑した。
「坊主でもあるまいし、剣士に信じる信じないなどという事は無用。儂の素性に疑問があるなら試せば良かろう。
 もっとも、お主に卜伝と騙り者を見分けられるだけの腕がなければそれも出来まいが」
鍋島武士は決して侮辱を看過しない。加えて、卜伝の言葉は、少なくともその前半は確かに合理的でもある。
卜伝の提案とも挑発ともつかぬ言葉に乗せられて更に進もうとする五百子だが、ここで漸く毛野が立ち塞がった。

今までは五百子の行いを見過ごして来た毛野だが、それは相手が胡乱な人物であったからこそ。
卜伝は、毛野の風鑑によればこの上なく立派な人物であり、それに切り掛かるのを見過ごす訳にはいかない。
そもそも、仮に卜伝が名を偽っていたとしても、こんな状況で初対面の相手にはそれも仕方ない事ではないか。
毛野の話がそこに及ぶとと、五百子の足が止まった。
彼女の認識では、毛野もまた本名を秘めて物語の登場人物の名を名乗る役者ということになっている訳で、
その毛野を同行者として受け入れておきながら卜伝を斬るというのは、確かに筋が通らない。
珍しく五百子が躊躇した隙に、毛野はさり気なく卜伝を促して、共にその場を少し離れる。

毛野が卜伝だけと話す態勢を作ったのは、五百子や伊烏という剣呑な二人が話をこじらせないようにする意図もあったが、
それ以上に、現在の混沌とした状況や、五百子の事、そして、ずっと感じていた違和感についての助言を求めたかった。
まずはこの島に来てから今までの出来事を掻い摘んで話し、伊烏の事をさり気なく警告する。
伊烏の危険性は卜伝も認識しているようだったが、毛野がそれを伊烏の人相から読み取った事に話が及び、
更に、五百子の相から読み取れる人物像と実際の行動の間の齟齬を毛野が持ち出すと、卜伝は
「人相見か」
と侮蔑的に言ったきり黙ってしまう。これは毛野にとっては意外な展開であった。
卜伝程の剣客ならば、武のみならず文にも通じているのが当然で、風鑑の有効性を知らぬなど考えにくいからだ。
更に違和感が増すのを感じつつ、毛野は和漢の故事を引き、人の性が如何に人相に表れるかを説き明かす。
卜伝は興味なさそうに聞いていたが、しばらくしていきなり「頃合か」と呟いた。
毛野が何の事か聞き質そうとした瞬間、いきなり卜伝がしゃがみ込み、光が毛野の眼を射抜く。
二人が話している内に時が過ぎ、夜明けが訪れたのだ。そして、卜伝が立っていたのは毛野の東。
はじめから卜伝には毛野の話を聞く気などなく、日の出を利用して隙を作る機会を待っていただけ。
一瞬視界を失った毛野に下方から卜伝の刃が襲い掛かり、毛野は咄嗟に身をよじるが僅かに胸元を掠られる。
夜明けを告げる鐘と太鼓の音がここでも響き、開戦を告げる銅鑼の代わりとなった。

(また返り血を浴びる事になるな)
状況を読み、己がどう動くべきかを目まぐるしく計算しつつ、頭の片隅で、伊烏はそんな事を考えていた。
同行者である卜伝が毛野を襲った以上、伊烏も一味だと、毛野や五百子に思われるのは避けられまい。
卜伝の暴走に巻き込まれた形だが、この程度の事は、伊烏の予想の範疇でもある。
この傲岸不遜の老人が、ただの親切で伊烏の赤音探しを手伝ってくれる筈もないのだから。
五百子は好戦的な女のようだし、毛野は伊烏を怪しんでいた様子だから、卜伝がいなくても彼等とは闘っていたかもしれない。
それを考えれば、卜伝のお蔭で機先を制して戦闘に入れた訳だから、卜伝には感謝してもいいくらいだ。
もっとも、卜伝が城下を出て北に向かう事を主張しなければ、彼等と出会う事もなかったと思われるのだが。

卜伝の目的が他の参加者を殺し尽しての御前試合優勝であるのに対し、伊烏の目的は武田赤音一人を討つ事のみ。
一見、伊烏の目的の方が達成し易そうに思えるが、必ずしもそうとは言えない。
伊烏はあくまで自分自身の手で赤音を殺す事を望んでおり、赤音が他の者に殺されてしまえば、その時点で終わりだ。
赤音が簡単にやられるとも思えないが、この島には達人が溢れているし、赤音の手元には愛刀である「かぜ」がない筈。
故に、伊烏は少しでも早く赤音を見付けねばならず、その為には他の参加者への情報収集が欠かせない。
すると、今の卜伝や伊烏の、返り血に塗れた恰好は、あまり望ましいものではない、という事になる。
出来れば着替えたいところだが、卜伝ははじめ、難色を示していた。
何処に敵が潜んでいるかわからない状況で着替えなどしたら、襲撃の隙を作るだけだと言うのだ。
血を恐れて警戒するような軟弱者は、力尽くで情報を吐かせれば済む事だろうとも言う。
そんな卜伝が意見を変えるきっかけとなったのは、地図を見ながらの会話。
「何故、旅籠などがわざわざ地図に特記してあるのか」
それが疑問だと、卜伝は言ったのだ。
伊烏にしてみれば、旅人の利便性を考えれば、地図に旅籠の位置が書いてあるのがおかしな事だとは思えない。
まあ、そもそもこんな小さな島で、宿屋の需要がどれだけあるのか、という問題はあるが。
……今思えば、卜伝は「旅籠」が宿屋の意である事を知らなかったのかもしれない。
もしも、己が塚原卜伝だという名乗りが妄言でないのならば、十分に有り得る事だ。
とにかく、伊烏と話す内に旅籠という物を理解したのか、卜伝は急にそこへ向かうと言い出した。
宿ならば着物の一つくらい置いてあるだろうし、地図によると「やませみ」なる宿の周囲に他の建物はなさそうに見える。
つまり、あらかじめ「やませみ」内を捜索しておけば、奇襲の恐れなく着替えられると言うのだ。
そうして北に向かう途中で、卜伝と伊烏は五百子と毛野に出会い、闘う事になった。
彼等を斬ればまた血を浴びる事になるが、着替えた後にまた血塗れになるよりはずっと良い。
(旅籠に行ったら、替えの着物を何着か調達しておくべきだな)

そんな事を考えていた伊烏だが、振り向いた途端に叩き付けられて来た刃を、辛うじて抜き付けて受ける。
五百子が伊烏の予想より遥かに早く、驚愕も躊躇もなく、駆け寄って切り付けて来たのだ。
更に続けざまの斬撃を放って来る五百子……この時には、彼女が恐ろしく厄介な敵である事を、伊烏は悟っていた。
激しい攻撃にもかかわらず、闘気も殺気もまるで感じられない。まるで死人のように。
伊烏のように精緻な剣を使う者にとって、気を読んで相手の動きを予想できないのは致命傷になり得る。
打つ手があるとすれば抜刀術により先の先を取る事だが、既に伊烏は後手に回ってしまった。
一瞬、このまま守勢に回って救援を待とうという弱気な考えが頭を過ぎるが、すぐにそれを打ち消す。
あの老人が、そんな役立たずをわざわざ救ってなどくれるものか。
相手の動きが読めないのなら、こちらで動きを誘導してやれば良いだけの事。
伊烏が僅かに隙を作ると、五百子は見事に餌にかかり、思い切り剣を振り下ろして来た。
如何に激しい攻撃でも、あらかじめ来る事がわかっていれぱそうそうやられはしない。
後に跳躍して皮一枚でかわした伊烏は、剣を振り切って隙を見せた五百子に対して反撃に出る。

五百子が足を引いて反撃をかわす気勢を示したのを見て、伊烏は手の中で剣を滑らせて間合いを稼ぐ。
これで致命傷を与えるまでは行かずとも、守勢に回らせる事が出来ればそのまま押し切れる筈。
伊烏がそう考えた瞬間、剣が強い衝撃を受け、柄が伊烏の指を叩き折って手から飛び去る。
衝撃の元は五百子の蹴り。そう、五百子が足を引いたのを見て防御の姿勢と取ったのは伊烏の誤認。
足を引いたのは防御ではなく攻撃の準備動作であり、五百子は伊烏の剣の側面を思い切り蹴飛ばしたのだ。
五百子にしてみれば、剣を空振りした直後で再度の斬撃では間に合わぬと見て、足で伊烏を迎撃したに過ぎない。
しかし、如何に間合い騙しの為に握りが甘くなっていたとはいえ、刀を足で迎撃するなど無謀の極み。
今も、伊烏が咄嗟に刀身を捻って刃を五百子の足に向けた事で、五百子の足は深く傷付いた。
五百子自身はその痛みを感じた様子も見せないが、足に傷を受ければ必然的に身体の機能は損なわれる。
刀を失った伊烏に対する五百子の追い討ちにおいて、踏み込みが甘くなったのは当然であろう。
並の相手ならそれでも問題なかったのかもしれないが、五百子が闘っている相手は伊烏義阿
素早く井上真改に無事な左手を掛けると、そのまま逆手による抜き打ちを放つ。
足の傷による遅れの分だけ伊烏の居合いが先行し、五百子の刃が届く前に、その両手首を断ち切る。
その時、大きな水音が響き、ちらりとそちらを見やると、卜伝の剣を避けた毛野が川に飛び込むのが見えた。

両手首を失うというのは、殆どの剣士にとって、致命傷と言っても過言でない痛手であろう。
常人ならその衝撃だけで即死しかねないし、そうでなくてもすぐに手当てしなければ確実に命を落とす。
また、剣を持つ手が無ければ殆どの剣技は使えず、手を使わぬ剣術を新たに編み出すまでほぼ無力化される。
故に、この島にいる達人達であっても、両手首を落とされれば、その場は退く以外に生き延びる方策は有るまい。
だから、水音によって伊烏が一瞬だけ五百子から意識を逸らしたのを過失と言うのは酷だろう。
相手が奥村五百子……鍋島武士でさえなければ、伊烏が命を落とす事などなかったのだから。

「!」
伊烏が卜伝達に注意を移した瞬間、五百子は肩を伊烏に押し付け、相撲でやるような足技でその足を払う。
これだけの傷を受けて尚、五百子が反撃してくるのは伊烏にとって予想外であり、身体をぐらつかされる。
無論、伊烏もこの程度で容易く倒されるような事はないが、体勢が僅かに崩れるだけで五百子には十分だった。
伊烏が立ち直るよりも早く、五百子は首を伸ばし、歯で頚動脈を噛み切る。
葉隠に伝わる佐賀藩老臣の言葉に曰く、
「刀を打折れば手にて仕合ひ、手を切落とさるれば肩筋にてほぐり倒し、肩切離さるれば、
 口にて、首の十や十五は喰切り申すべく候」
これが誇張でもなんでもなく、その精神が幕末まで確かに受け継がれた事を、五百子は証明して見せたのだ。
文字通り喰切られた伊烏の首から大量の血が噴き出し、血と共に全ての想いも、妄念も飛び去る。
かくして、復讐に生きた男は、敵とは全く関係のない剣士によって命を失い、物言わぬ骸となった。
その時には既に五百子は卜伝に向かって疾走を始めてしている。
これだけの傷を受けて手当てもせずに闘い続けるのは自殺行為だが、五百子は止まろうとしない。
命と引き替えに卜伝を討ったとしても、他の参加者は助かるかもしれぬが、彼女自身には何の意味もないと言うのに。
だが、それも当然。タイ捨流の剣士に「退」の文字はなく、鍋島武士に「犬死に」という概念はないのだから。


【伊烏義阿@刃鳴散らす 死亡】
【残り五十五名】


生き残る機会を自ら放棄し、死へと向かい疾走する奥村五百子。
しかし、彼女の死は過失によるものとは言えない。そもそも、鍋島武士にとって死は決して忌避すべきものではないのだ。
死を厭い生を求めるのは生物として当然の本能。
しかし、鍋島武士はその本能が人の判断を狂わせ、生き恥を曝させる元凶だと考える。
そして、恥を避ける為に、生か死か二つの道があった時は、迷わず死ぬ道を選ぶのが鍋島武士という存在なのだ。
故に、五百子が退いて生き延びるより闘って死ぬ事を選んだのは当然であり、彼女の死は決して過失ではない。

対して、卜伝の方は死ぬつもりなど全くない。
この御前試合においても、他の参加者を皆殺しにして勝ち残る事を、卜伝は己に課している。
そして、駆けて来る五百子を見た時、その目的を果たす上で、彼女が大きな障害となる事を、はっきりと悟った。
両手と刀を失った五百子の姿を見れば、大抵の者は彼女はほぼ無力化されていると判断するだろう。
しかし、流石は剣聖。卜伝は、これほどの傷を負っていても、彼女の戦闘力は少しも減少していない事を一目で見抜く。
それどころか、燃え尽きる間際の蝋燭の如く、今の五百子は常よりも更に恐るべき戦士となっているようだ。
手がなくては剣を防ぐ事など出来ず、今の五百子に致命傷を与えるのは、卜伝でなくても容易い事。
だが、彼女は元々ほぼ死人のような存在であり、それを完全な死人にしたところで大した意味はない。
たとえ死しても五百子は止まる事なく、卜伝の喉笛に喰らい付き、噛み切るであろう。
ここは逃げるか……五百子と違って敵に背を見せるのが恥などという観念を持たぬ卜伝は思案する。
見れば五百子は足にも傷を負っており、彼女の血が流れ切るまで逃げ続けるのはさして難しくはあるまい。
但し、逃げた先に他の参加者などがいて足を止めさせられれば、その時は五百子の牙を防ぐ術がなくなるが。

「……奥義を尽して……」
戦いの途中から頭の中に響き始めた男の声。
まともに聞いている余裕などなかったが、そのなかに「奥義」という語が出て来た時、卜伝は上段の構えを取っていた。
一の太刀――奥義をもって身体を完全に破壊してしまえば、五百子と雖も為す術は無い筈。
しかし、この島に来て以降、卜伝の剣は精彩を欠き、特に奥義は一度も放てていないのだ。
伊烏との立ち合いの時のように、奥義の発動に失敗すれば、今度の相手には舌先三寸など通用するまい。
一の太刀による迎撃は危険な賭け……だが、逃げた場合も危険があるのは同じ事。
逃げて逃げ切れるかを決めるのは卜伝の運。対して、迎撃が成功するかを決めるのは卜伝の剣。
ならば、どちらを選ぶべきかは明らかだ。
そもそも、ここで卜伝が討たれれば、剣を究めるという使命を誰が果たすのか。
信綱か、それともあの不動明王か……否、そのどれもが究極の剣術を編み出すには不足!
真の剣術を創始するに足る剣客は、過去未来十方世界を見渡しても、この塚原卜伝ただ一人!
故に、卜伝は剣術にとって欠かす事のできない存在であり、故に、剣が大事な時に卜伝を裏切る事は決してない。
五百子の気迫が伝染したか、漸く己の剣への確信を取り戻した卜伝は、裂帛の気合と共に太刀を振り下ろした。

卜伝は五百子が使っていた刀を拾うが、切断された二つの手がしっかりとその柄を握っているのを見ると、放り投げる。
投げられた刀と手首は回転して飛び、五百子の……一の太刀で縦に両断され倒れた五百子のすぐ傍に突き刺さった。
その気になれば無理に手首を引き剥がして刀を己の物とするのはさして難しくないだろうが、卜伝はそうしない。
死を恐れず闘った様への敬意か、一の太刀を目覚めさせてくれた事への感謝か、その刀を五百子の墓標代わりとしたのだ。
同様に、伊烏の死体が握る井上真改もそのまま残して置いておいてやる。
「運が良ければ、お主の恋焦がれた赤音とやらが、己の剣に招かれてここに現れるであろう」
こうして五百子と伊烏に一本ずつ残した為、卜伝が持っている剣は二本のみ。だが、それで十分だ。
一の太刀を放った時、五百子と同時に、今まで卜伝の動きを束縛していた何者かも切り裂かれた。
神域に行けば気分が変わるかと、伊烏を適当に言いくるめて神社の方角に向かっていた卜伝だが、
結局のところ、剣士の悩みを解決できるのは神などではなく、ただ剣を振る事だけなのだろう。
そして悩みを克服した今、卜伝の心身はかつて無い程に充実している。
今の己の一の太刀を持ってすれば、数十人程度の剣客を殺し尽くすには刀一本でも十二分。
漸く技と自信を取り戻した最強の剣客は、屍山血河を築く為に歩み出すのであった。

【奥村五百子@史実 死亡】
【残り五十四名】

【にノ参 川岸/一日目/朝】

【塚原卜伝@史実】
【状態】左側頭部と喉に強い打撲
【装備】七丁念仏@シグルイ、妙法村正@史実
【所持品】支給品一式(筆なし)
【思考】
1:この兵法勝負で己の強さを示す
2:勝つためにはどんな手も使う
【備考】
※人別帖を見ていません。

  • 奥村五百子の死体の傍に突き立った無銘の刀(五百子の手首付き)
  • 伊烏義阿の死体が握っている井上真改@史実
  • 伊烏義阿の死体の傍にある、伊烏の行李の中に入れられた藤原一輪光秋「かぜ」@刃鳴散らす
が放置されています




参加者の多くはまだ気付いていないが、彼等は異なる多数の世界からこの島に呼ばれている。
それらの世界の殆どは、少数の相違点を除けばよく似ているのだが、中には他の世界と大きく異なる世界も含まれていた。
犬坂毛野がいた世界はそうした世界の最たるものだと言えるだろう。
そして、この世界間の齟齬こそが、毛野がこの御前試合で本来の技量を発揮できずにいる最大の原因なのだ。
これは、毛野の過失に負う部分が大きいように思えるかもしれない。
異なる世界から来たオボロや奥村五百子と出会いながら、彼等を信じきれぬ故に、出身世界の違いに気付けなかったのだから。
しかし、それでは毛野が彼等に心を開いていれば、世界間の致命的な差異に気付けたかと言うと、それは難しかっただろう。

仏教では三千世界、十万億土、十方世界などと言い、世界は一つではなく、無数に存在すると考えられている。
そうした教養に親しんだ毛野ならば、自分達が別々の世界から来たという事自体はすぐに受け入れられた筈だ。
しかし、そこに気付いたとしても、己の世界と他の世界との本質的な差を理解する事が出来たかどうか。
恐らく、文化や歴史といった、表面的な違いを発見するのが精々と考えるのが妥当であろう。
毛野の世界では、他の世界ではなかった戦が起きたり、鉄砲が他の世界より早く普及するなど、歴史の流れにも特色はある。
だが、その程度の差異は本質的なものではなく、他の参加者の世界には、もっと独特な歴史を持つ世界が幾つもあった。
そんな世界の中で、毛野の世界が最も異色だと述べた理由は、世界の理にあるのだ。

毛野の世界には、神仏が実在する。
まあ、それ自体はさして珍しくもないが、問題は、彼の世界の神仏には勧善懲悪を好む強い性向があった事。
その世界では多少に曲折はあれ、最終的には、善行には善果、悪行には悪果がもたらされるのだ。
卜伝を剣聖と見抜いた毛野が、彼が剣の腕のみならず道徳的にも優れていると信じ込んでしまった原因も、ここにある。
無論、毛野の世界でも、悪人が修練の末にそれなりの武芸を身に付け、無知な大衆に持て囃される例は幾らでもあったろう。
しかし、剣聖と呼ぶに相応しい腕を身に付けるには神の加護が欠かせず、必然的に剣聖は有徳の人という事になるのだ。
また、勧善懲悪の世界では、正義を貫いた男が世界の為に心正しい主に刃を向けざるを得なくなる悲劇は有り得ないし、
鍋島武士のそれのような、儒教的な道義と相容れない独自の道徳観の存在は、毛野の理解の外にある。
この根本的な理の違い、そこから派生した世界に対する認識の差が、毛野自身に気付かれる事なく彼を束縛していた。
それに気付けなかった事を毛野の過失と言うのは、あまりにも酷だろう。
仏の教えは無数の世界の存在を説いてはいるが、どの世界でも、因果応報の理は共通である筈なのだから。
それに、善行善果、悪行悪果の観念は決して毛野の世界にだけあるものではない。
むしろ、そのような考えは社会の中で生きる人間という生物が必然的に持つべき倫理観であり、
違いは、因果応報が他の世界では願望もしくは努力目標なのに対して、毛野の世界では神仏に保証された事実だという事のみ。
いや、そもそも、八犬士以外の者達の世界でも、因果応報の理が働いていないと証明された訳ではないのだ。
毛野の世界の神仏ほどあからさまにではなくとも、最終的には、善人には賞、悪人には罰が与えられている可能性だってある。
しかし、他の世界ではどうあれ、この島においては、毛野がいくら正義を為しても神仏の加護が与えられる事は決してない。
この、妖人怪僧悪霊狂君が支配する魔の島には、如何なる神仏の力も届く事は有り得ないのだから。
また仮に、神仏の力が届いたとしても、この島には神仏すらねじ伏せる強烈な自我と技を持つ剣客が存在しているのだ。
毛野を襲って川に落とした塚原卜伝もその一人。そして、この男もまた……


「はあっ、はあっ」
川に飛び込む事で塚原卜伝の奇襲をかわした毛野は、少し離れた川岸に辿り着いて大きく息を切らした。
水練にも長けた毛野がこの程度の泳ぎで疲れる筈はないし、卜伝との闘いもごく短時間で体力の消費は少ない。
にもかかわらず彼が消耗しているのは、肉体的なものではなく精神的な理由によるもの。
立て続けに理解できない出来事が起きた為に、それを受け入れる事が出来ずにいるのだ。
何故、卜伝ほどの剣客があんな卑劣な騙し討ちをしたのか、彼を剣聖と読んだ風鑑に誤りがあったのか。
そんな事を思い悩んでいる毛野の耳に、この島の仮借なき現実を告げる妖術師の言葉が入って来る。
「……御前試合開始より日の出までの間に亡くなられた方は以下の通り。犬塚信乃殿……」
「何だと!?」
毛野は叫ぶ。信乃が死んだ……そんな事が有り得る筈がない。
信乃は武芸に優れているのみならず、義に篤く道義を尊ぶ優れた武士だ。それがこんな所で命を落とすなど……
混乱する毛野が己を取り戻すよりも早く、哄笑が聞こえ、不動明王を思わせる容貌の男が駆けて来る。

(この男も剣聖だと!?)
毛野の風鑑ではそう読めた。
男が不動明王に似ていると言うより、不動明王がこの男に似ていると言う方がしっくり来る。それ程に稀有な相だ。
しかし、卜伝の事もあり、今の毛野は自分の風鑑を信用し切れない。
そして、男の言動は、毛野の己の技術に対する不信を後押しするものであった。
「おお、いたか。俺の剣を高める為の礎となれること、喜ぶが良い」
そう言って剣を上段に構える不動明王のような男……宮本武蔵
咄嗟に剣に手を掛ける毛野。そこへ武蔵必殺の剣が振り下ろされた。

「ちっ」「くう!」
凄まじい速さと強さを兼ね揃えた武蔵の剣。
辛うじて脇差で受ける毛野だが、脇差はあっさりと砕け、武蔵の刀が身をかわそうとした毛野の肩に切り込んだ。
毛野は痛みに耐えながら武蔵の剣を素手で掴み、そのまま切り下げられるのを防ぐ。
すると武蔵はあっさりと打刀を放し、腰に差したもう一本の刀に手を掛けて居合いの構えを取る。
(こんな所で、死ぬ訳には……!)
必死に武蔵から奪った刀を振り、居合いの軌道に割り込ませる毛野。
しかし、居合いを放った武蔵の右手はそれに少しも邪魔される事なく振り切られた。
それもその筈、武蔵の右手が握っているのは剣の柄だけで、刀身は付いていなかったのだから。
毛野がそれを知った瞬間には、武蔵の左手が動き、毛野の心臓が貫かれていた。
武蔵の刀の仕込み柄の仕掛けに、毛野が気付けたかどうか。
どちらにせよ、次の瞬間には武蔵が刀をもう一抉りし、毛野の魂魄は永遠にその身体を離れる。
最後まで、世界の理の違いを克服することが、それどころか、気付く事すら出来ないままに。



【犬坂毛野@八犬伝 死亡】
【残り五十三名】



「やはりそう簡単には会得できぬか。だが、端緒は掴んだぞ」
粘り強く塚原卜伝を尾行した結果、武蔵はついに一の太刀を盗み見る事に成功したのである。
もっとも、武蔵は尾行の相手が卜伝である事も、その技が一の太刀である事も知らないのだが。
だが、名は知らずとも、それがとんでもない技である事は武蔵には一目でわかった。
と言っても、技の型自体はごく単純なものだ。剣を上段に構え、真っ向から斬り下ろすだけなのだから。
しかし、振り下ろしの一瞬、全身の筋肉と神経全てがその一撃の為に連動し、奥義と呼ぶに相応しい質を与えている。
一度放たれてしまえば、受け手が使い手より余程上手でない限り、止める事も避ける事も不可能だろう。
つまり、剣士として究極に限りなく近い位置にまで達した卜伝が使えば、何者にも防ぎようがないという事だ。
かと言って、一の太刀を使う隙を与えずに闘うとしても、そんな縛りを受けつつ卜伝と渡り合うのがどれだけ無謀な事か。
初見で武蔵が感じた通り、凄まじい達人であった塚原卜伝。
だが、あらかじめその奥義を盗み見た事で、武蔵には勝算が生まれていた。
あの老人の奥義を自分も身に付け、来るべき対決の際に使ってやれば良い。
同じ技、そして恐らくは剣士としての力量も五分。そんな勝負では、髪一筋程の隙が致命傷となる。
老人は自分の秘奥義を武蔵が使うとは予想もしていない筈で、驚きが老人に勝負を分けるに足る隙を作ってくれるだろう。

「だが、まだ先の事だな」
犬坂毛野との対決で見よう見真似の一の太刀を使ってみたが、脇差で受けられ、急所を外された。
疲れ負傷した毛野を、奇襲に近い形であったのに仕留め切れないようでは、とても奥義と呼べる代物ではない。
まあ、一の太刀のような最高峰の秘技を、一目見ただけで簡単に会得できる方がおかしいのだが。
それでも、あと二、三人に試せば一の太刀をモノに出来るという自信が武蔵にはあった。
技巧を凝らした技よりも単純な技を奥義とする卜伝の考え方が武蔵の性に合う事もあるし、もう一つはこの島の環境。
妖気が島全体を覆い、そちこちで剣気がぶつかり合うこの環境に在れば、剣士は総じて好戦的な気分になるもの。
武蔵も例外ではなかったが、卜伝の技を盗む為、戦いたいという衝動を必死に抑え込んで来た。
毛野と闘い、蓄積され熟成された剣気を開放した今、武蔵は人生最高に充実した状態にある。
今なら、奥義の一つくらい身に付けるのはさして難しい事ではあるまい。
「…… 以上二十三名の方々、既に修羅界へと昇られました。……」
島の状況を知らせる果心居士の話はまだ続いているが、武蔵はほとんど気にも留めない。
今の武蔵の関心事は、奥義を身に付けて己の剣を高める事のみであり、かつての好敵手の再度の死にすら心は動かなかった。
「なら、これで二十六人だな」
それだけを言って薄く笑うと、武蔵は次なる獲物を求めて歩き出す。

かくして、伊烏義阿、奥村五百子、犬坂毛野は命を落とした。
しかし、彼等の死は決して彼等自身の過失によるものではない。
塚原卜伝、宮本武蔵、これら剣鬼中の剣鬼達に行き会った時点で、どう足掻こうとも彼等の死は不可避だったのだから。

【にノ肆 川岸/一日目/朝】

【宮本武蔵@史実】
【状態】健康
【装備】打刀、中村主水の刀@必殺シリーズ
【所持品】支給品一式
【思考】
最強を示す
一:老人の奥義(一の太刀)を己の物とする
二:老人(塚原卜伝)を倒す
【備考】
※人別帖を見ていません。



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焦燥の中で 塚原卜伝 義士達に更なる試練を
焦燥の中で 宮本武蔵 義士達に更なる試練を
焦燥の中で 伊烏義阿 【死亡】
忠誠いろいろ 奥村五百子 【死亡】
忠誠いろいろ 犬坂毛野 【死亡】

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最終更新:2010年07月23日 02:26