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朝帰り

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朝帰り 04/09/16

  聞いた話だ。

  あるところに古風な気質の父親を持つ一人っ子の女がいた。当然の如く門限は厳しく制定され、一寸した飲み会でもいよいよ盛り上がろうかといった最中に帰らねばならない不便であった。遊びの経験の少ない親であるから溺愛して大変に縛る。

  携帯電話を武器にその包囲網を突破して無事に虫が付いたわけだが、当然父親には機密扱いであり、門限が必然的に清い交際を強制していた。しかしそこは燃え上がる恋心、ある日ついに覚悟を決めて、泊まる臥所を共にする方の覚悟は遥か以前より出来てはいたが、いざ帰らない覚悟を決めて、とりあえず母親に電話で心配する必要のないことを告げ、恙無く貫通式は執り行われた。

  そして波瀾が待ち受けている家へと朝帰りするわけだ。普段の縛り具合からして悶着することは確実だ。いざとなったら家を飛び出して彼氏の家に転がり込んで、味噌汁とんとんもいいなあと妄想しつつ、それでもやはり重い足取りに勇気を奮い立たせて「もう大人なんだから」と何度も呪文の練習をしながらついに帰り着いてしまった。いっそのこと今日の用意も持って泊まればよかったと後悔し、扉を開けようかどうしようか迷う。出来の悪いドラマならここで玄関に父親が仁王立ちで怒鳴られる状況だ。まさかうちの親に限って。母に電話はしておいたし。

  それでもやはりゆっくり把手を廻して数センチだけ開いて中を覗き込む。居た。右半身ぎりぎりしか見えないが、その様子から玄関に座り込んでいるようだ。他に入口はないし仕方がない。玄関で待ち受けているならゆっくり廻した把手も少しだけ開けた扉も全て見られているのだろう。ここで何も声がかからないということは、開けて顔を合わせた瞬間に何か言おうと待ち構えているに違いない。変態親父め。一旦閉め、静かに深呼吸してから、もう一度「もう大人なんだから」と呟き、決然と、しかし静かに扉を開けて対決の時だ。

  やがて開け放った扉の中、玄関には父親が座り、腕を組んで・・・・・・眠っていた。

  呆然としながら「寝てるしっ!」と心の中で突っ込み、気を取り直して泳ぐように横をすり抜け、母が掛けたらしき毛布を肩に纏っている姿に少し同情しながら、ともかく無事に自分の部屋に篭った。しかし緊張感の弛緩と諸々の事情により便所に行き、起きていた母と顔を合わせると「ふっ」と笑って横を向いた。玄関の置物についてどうすべきか声を潜めて話しながら、朝御飯のようなものを食べていると、やがて置物が戻ってきた。そこからは怒鳴る父親と呪文を繰り返す娘の三文芝居が進行し、拳骨を二発投下して悲しみの父は仕事へ出掛けた。拳骨の内訳は、一発目が父に黙ってこっそり外泊したこと、二発目がこっそり帰ってきたこと、「『起こせ馬鹿』は絶対に八つ当たりだ」とのことだが、手前もそう思う。

  その後、家を出る・許さん・結婚する・許さん・子供作る・許さん・じゃ彼氏ぐらいならと、父の関心を取り戻したい母との共同戦線を無事に戦い抜いた。

  対面させた彼氏とはとうに別れた今でもそいつを口実にして遊び廻る一丁前の女が誕生したのは、父親の心配が的中したことを物語っている。なお、家を出ないのかとの問いに対して「一人暮しで家を出たらパパが可哀想」とまで言い放つあたりは、過度な束縛からの急激な解放による反動かと思われる。

  聞いた話だ。がんばれ父親。
 
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