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鬘作戦

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鬘作戦 03/12/05

  さて、彼はある会社で管理職の地位にある。出世の速度は早くもなく遅くもなく、とりたてて目立つ存在ではない。結婚して小学生の子供が二人いる。

  彼は禿げている。若くして禿げていたことによる貫禄は出世の足しにも何にもならなかったと思うが、恰幅がよいので歳より老けて見られる分、交渉事で有利に立てる場合もたまにある。取引先のお偉いさんの葬式に行かされる事もある。

  しかし彼は三十八歳、鬘を付けてみたい。周囲は別に気にしていないように思える。妻は諦めている気がする。鬘を考えたきっかけは上の女の子の「パパ禿げてるよね」の一言だった。今までずっと禿で悪いかと腹の底で叫んでいたのに我が子から言われてみると、少し弱気になって「禿はいや?」と聞いてみると、学校の嫌な先生が禿げていて男子は皆禿げに関する悪口を言っているという。「好きで禿げたわけじゃない」と思いながら、鬘を考え始めた。

  彼は礼儀正しいから体面を気にする。すなわち今まで禿であることに後ろめたさを感じさせずに生きてきたつもりだ。だから突如鬘を装着すれば、それまでの超然としていたつもりである自分を裏切ることになる。「やっぱり気にしていたんですか」と言われるのが特に嫌だ。彼は作戦を考えている。

  まず会社で子供に禿は嫌だと言われたから鬘でも付けたいなと軽く言う。おそらく最初はそのままでいいじゃないですかと言われるに違いない。しかしこれを繰り返す。何かあったら「んなこと言ったら俺鬘付けるぞ」と言い続ける。いい加減周囲がうんざりして「そこまで言うなら付けたらいいじゃないですか」と言わせるまで粘る。そこまでゆけば、「付ける付けると言って結局付けない」と言われるのは体面にかかわるので、そこでやっと正々堂々装着出来る。資金の問題だが、妻に頭を下げるしかないと考える。元々家では体面などない。

  「そういう作戦考えてるんだけどねえ」彼は言う。淀みない語り口であったから、これは持ちネタなのかもしれないと思った。それでも決行される場合、作戦の成功を祈る。
 
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