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べんつ
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べんつ 03/11/03
「がばばばばば」と喧い車が通った。
ポルシェのような形をしている。車には疎いからそれぞれ特徴的な形や紋章でやっと区別がつくわけだが、このアマガエルのような形はおそらくポルシェ一族に違いあるまい、この音は名高い空冷式とやらであろうと考えていると、ちらりと見えたナンバープレートが「・911」であった。大変判り易くてよい。こういう馬鹿なら許せる気がする。
やはり物心ついて以降植え付けられている印象とは強烈に固定されているもので、久々に角目のベンツを見て「そうそうそうそうベンツはやっぱりこれやないと」と不思議な感動に貫かれた。
最近目にするベンツは悉く丸目であって、あれはどうにも見た瞬間照れる。ベンツとは、無骨な外観でありながら素晴らしい加速性能と安定感を内に秘め、そして乗り手を極端に選ぶ車であった。泡踊りの時代、小金持ちが皆こぞって乗っていたせいで希少価値は全くなかったが、ありふれてはいても値段は高いままであって、そこがベンツのベンツたる所以でもあるが、ただの販売戦略でもあるが、ベンツに乗る事がすなわち羽振り良き者の勲章であり、そしてその勲章は極道諸氏の過剰なる宣伝行為により、威圧感という付加価値を帯与された角目が一層の迫力を持って周囲を慄かせていた。その迫力はある種の共同幻想であったが、しかしそれを棄てる勇気が誰も持ち得ず、「石を投げればベンツに轢かれる」と揶揄されるがままにベンツは増え続け、中古車市場にだぶついても貧乏人が共同幻想を必死で支えて、支えながら縋り、なのに丸目のベンツがあっさり角目を駆逐してしまったのだ。
日本に於いてベンツとは、「金持ち」の印象を形にした車であるから、金持ちを演ずる為には逸早く乗り換えればならない。こう考えた者が多すぎたのだろう、また初めのうちなら希少価値があるだろうとも考えたのだろう。こんなに急速に氾濫するとは思わなかったに違いない。
それに加えて丸目は印象が軽いのだ。ほぼ垂直にそそり立つ角目は空気力学を無視してなお安定して高速を出すことへの崇拝観念もまた、丸目の登場によって消失した。今や丸目のベンツを見ても威圧感など微塵もない。あれを見て連想するのは厳いチンピラがサッカーのユニフォームを着て困惑している図だ。
久々に見た角目のベンツが実に懐かしくて威容あることを感じて、それは上の世代が何かと言えば「昔の何々は良かった」と言う姿そのままであるということにも思いを致し、少し情けなくなって一気に酔いが回った。
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