テスト中
賽銭
最終更新:
Bot(ページ名リンク)
-
view
賽銭 03/07/03・04
基本的に田舎育ちなので遊んでいたのは野山である。蝉を取り、甲虫を取り、鍬形虫を取る。もちろんそれだけではないが、彼らを相手にする夏はどうしても行動範囲が絞られる。すなわち椚、椈などのある森や林であって、しかし通常は森の奥深くまで踏み込むことはない。林の一角が主戦場であるが、その林は自然にあるものではなく、人の手で管理されている。当然民家などではなく、神社・寺なのであって、神社・寺である以上、賽銭箱が存在する。賽銭箱が存在する一方で小遣いを使い果たした小学生も存在する。そしてこの方程式は誰でも簡単に解くことが出来る。
さて、いろいろやり方はあるが、試した順に紹介してみよう。いろいろな方法を試してみたということは、つまり全て失敗したということだから、犯罪教唆には相当しない筈である。
標的は木製の賽銭箱、エアコンの室外機程度の大きさで角材を張り渡した格子の奥にぶっ違いの板が二枚。つまり賽銭を投げた場合、まず格子に当たってむこうかこちらに跳ねて落ち、手前側から奥に向かって傾斜している一枚目の板を滑り、縁から落ちると今度は向こうからこちらに傾斜しているぶっ違い二枚目を滑り、やっと底に落ちる。Wの文字が右に起き上がった稲妻の形が、左横から見た賽銭の動きだ。
今思えばもう少し簡単なものから挑戦して腕を上げてからの方が良かったと思う。手強すぎるのだ。しかしその神社は無人でありながらも地域の人が朝夕かなりの頻度をもってお参りしていることを知っており、週末にだけ神社関係のらしき人が掃除にくることを知っており、しかも二方を畑、一方を田圃、一方を池に囲まれた防御上かなり優秀な立地条件にあったので、昼間は完全に子供の天下であって遊び疲れて腹を空かした時、そこに賽銭箱があれば迷うことはない。
金が入っているかどうかは判らなくても小学生なりに一週間分溜まったであろう金曜日を狙って信用できる友人と二人きりで作戦は遂行された。まずは格子から指を突っ込んでみるが当然ぶっ違いの板まで届かない。それは見ただけでわかるからまずは試してみただけだ。「何かの棒やな」木の枝を拾ってきて突っ込むとぽきりと折れて中に落ちてしまった。折れたら駄目だと今度はススキを一本持ってきて葉を剥がし先を折り取って突っ込む。茎の方を持って押し込むと撓ってするする入ってゆき、底に到達した感触がある。しかしぶっ違いの二枚目の板に沿って伸び、「奉」と書かれた正面の板の下の隅しか探れない。一度引き抜いて先を輪に結び、掬い取ってみることにした。しかしこれも失敗に終わる。真っ平で中央に穴の開いた柄の長過ぎるスプーンで見えない硬貨を掬える筈などないのだ。しかもその柄は柔らかく、どころか途中で折れてもいて、いくら探ってみても硬貨に当たりさえしない。
一旦家に戻って作戦を練り直すことにする。家に戻った以上親の財布から抜いたほうが楽な上に額も保証されているのだが、なんとしても賽銭を抜きたい。磁石はどうか。糸の先に磁石を吊り下げたらと考えてみても都合よく磁石などない。磁石に硬貨がくっつかないことをまだ知らない小学生である。しかし糸というアイデアは捨て難く、結局セロテープを裏輪にして試してみようとなる。糸とセロテープだけを持って再び神社に出撃したのは単なる馬鹿だからであって、何か錘になる物がないと賽銭箱のぶっ違いの板を通過するのは不可能なことにやっと思い至り、平たい石を探してきて、裏輪で包む。セロテープを裏輪にすると当然内側は粘着しないので、辛うじて引っ掛かっていただけの石はぶっ違いの一枚にぶつかるとセロテープは板に張り付き、石だけ賽銭箱の奥深く滑り落ちる。
しかしその石が、金属の響きを立てたことで硬貨の存在を認知し、俄然やる気がでて「これいけそう」とひとしきり騒ぐ。糸を引くとセロテープは板に残ったままになるが、気にせず次の石はまず糸を石に巻きつけ、その上からセロテープでぐるぐる巻きにして裏輪にする際にも複雑に折り返し、絶対に落ちないようにする。しかしそれだけ手の込んだことをすれば指先でいじりまわすことになり、粘着力はかなり衰えている。それでもぶっ違いの間を狙って落とし込む。二枚目を滑り落ちたのは相当粘着力が落ちていたからであろう。数回底をとんとんと突いてから引き上げるが、今度は二枚目の縁に引っ掛かってぶっ違いを潜り抜けられない。どうしても出せないので強引に引くと糸が切れて石は墜落する。しかしまたもや甘美な音を立てて興奮が高まり、しばらく同じやり方を繰り返してみる。一度も賽銭が取り出せないが、縁を通過する為には少し下げてから勢いよく引くと飛び出してくることを学ぶ。それでもセロテープには全くくっつかないので次第に低調子となり、ついには「もうな、これひっくり返してザーといこか」
ところが持ち上がらない。見ると底が金属で地面のコンクリートと接合してある。「これどうやって出してるんやろ」「わからんなあ」使われている木はかなり古く雨風に晒されて神社の規模に似合わず風格があるが、全ての面を見ても鍵などなく、取出し口がない。本当にどうやって賽銭を回収しているのだろう。
取り敢えず木製だからとはいえ、鋸やなにかで壊したりするつもりはなかった。証拠を残したくないと小学生なりに考えたのだろうと思う。ただし折れた小枝、平たい石、セロテープでぐるぐる巻きにされて切れた糸が付いている平たい石数個、ぶっ違いの一枚目にセロテープとこれ以上ない明瞭な証拠が既に残っているのだが、そのことは気にも留めない。
まだ平たい石で繰り返してみるがやがて飽きてしまい、甲虫取りを始める。コクワガタを見つけて糸を顎に結び、振り回しているうちに閃く。「こいつで掴ませる?」「やろやろ」コクワガタの首に糸を巻き直し、賽銭箱に落としてみる。無事に着陸していればよいが、ひっくり返っていては意味がない。それでも少し待って引き上げてみるが、やはりぶっ違いの二枚目で引っ掛かる。「登ってくるんちゃう?」登ってくるならば脚を使っている筈であり、賽銭を掴んでいるわけはないことに気付き、もう一度落とす。しばらくするとかすかに「チャリ」と鳴った。その瞬間二人は動きを止めた。蝉も鳴き止んだ気がする。何故か小声で「そーっと」「そーっと」と言い、ゆっくり引き上げる。縁に引っ掛かって少し戻して遊びを作り、勢いよく引き抜く。
ギロチンであった。「あああ」「わあああ首」思わず糸を離してしまい、首は賽銭箱の中に滑り落ちた。吸い込まれてゆく糸の残像が鮮やかに目に焼きつき、しばらくして「・・・もうやめとこか」
結局その後は「針金の先にセロテープ」で一円玉と五円玉ばかりを延々と引き揚げ続けて厭になった。紙幣を一度でも引けば今でも続けているかもしれないが、中が見えない賽銭箱には紙幣など入っていないことを学んだ小学生は、その後、自動販売機の前の溝、パチンコ屋の溝などを攻めることになる。まずは平均的な小学生だった。
TOTAL ACCESS: - Today: - Yesterday: -
LAST UPDATED 2025-11-08 09:41:05 (Sat)
TOTAL ACCESS: - Today: - Yesterday: -
LAST UPDATED 2025-11-08 09:41:05 (Sat)