バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

わたしのとくべつ(前編)

最終更新:

kyogokurowa

- view
メンバー限定 登録/ログイン
人間は弱い。
近しい人間を一人や二人殺された程度でその心は軋み上がってしまう。
人間の死。
誰かが誰かを殺した。もしくは何らかの理由で死んだ。
そんな光景はこの現代ではありふれている。
テレビのニュースで、新聞記事で、インターネット上にて。
様々な媒体から散見されるそれは日常と隣合わせで存在している概念であると実感している人間は一握りもいないだろう。
凡そ現代を生きている人間にとって、赤の他人の死など所詮は対岸の火事である。
ならば、そんな人間達がそれを身近なものとして感じるとしたらそれはいつか?
それは知人の、友人の、身内の死を迎えた時。
それを体験してしまった人間は今までの死に対して無頓着であった態度が嘘の様に変わる。
大いなる傷を、後悔を、苦しみを、涙を。
今までは「よくある事だ」と流していた事柄に対して心を掻き乱される。

そして今彼女達がいるこの場は殺し合い(バトル•ロワイヤル)。
今まで直視せずに済んだ死を誰も彼もむざむざと目の当たりにする事となる。

『田中あすか』
『傘木希美』


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーえ?」



それは。
血を血で洗う殺し合いなとどは無縁の少女に対しても例外ではなかった。

死。
それはいずれは全ての人間が辿るべき末路であり、それと同時にこの殺し合いの場では一つの試練としても機能していた。
身近な人の。今まで苦楽を共にして来た仲間の。この場で出会った本来交わらざる縁の。
その死に直面した人間ーーー特に高坂麗奈の様な一介の高校生にとっては少々負担が過ぎた。
しかし、今この場にとってのそれは試練である。
その苦しみに耐え切れず、それから逃避するのか。
その苦しみと向き合い、殺し合いへの反抗の糧とするのか。
心の持ち様によってはもしかしたらその一歩が生還へと繋がるかも知れない。
少なくとも、彼女の様な一般人であっても生き残るにはこの殺し合いで起こりうる出来事に立ち向かわなくてはならないのだ。
故に、これは試練。
この冷酷無情なバトル•ロワイヤルを生き抜く上での数多の試練の内の一つ。

果たして少女は『死』を乗り越えることができるのかーー

逃避による停滞か。
受容による成長か。

今、その賽の目は投げられた。

◆◆◆

楽観していた。
今まで殺し合いに乗っていない参加者にしか出会っていなかったからか。
いや、そうじゃない。
きっと可能性自体はずっと考えてはいた。
見せしめ、として人の首を爆破するような連中が考えた催しだ。
最初に反抗の意思表示をした少年の四肢が捻じ曲げられる様も記憶に新しい。
そんなものを見せつけてられていたから今まで同じ部の皆と、見知った顔の人達とも早く合流したかった。

フリーズした思考を再び戻そうとする。
目と耳が現実から切断された感覚。
先程自身の聴覚が捉えた衝撃に思考は止まり、あっけらかんと天上より告げられた事実に五感が切り離された錯覚すらしてしまいそうになる。
最早その場に立つことすらままならなくなり、平衡感覚を失ってへなへなと地面へとへたり込んでしまう。
力の抜けた身体が重力に引きずられるのに呼応して、がらがらと。
取り落としたデイパックから支給品が零れ落ちてゆく。
どういう訳か、深みにはまってゆく意識の中、落下して行く支給品の内、咄嗟にトランペットだけは死守し、掴み取ると、そのまま項垂れてしまう。
遠くなった意識でぼんやりと足に冷えた土の感触を味わいながらなんとかぐちゃぐちゃになった思考を総動員して現状を整理する。

確か自分達は月彦さんの付き人がいるという山に向かっている最中で。
禁止エリアや死者の発表だったり、今この場において貴重な情報源にもなるから、と一旦立ち止まって放送を聞くことにして。
そういえば滝先生に渡す手紙はどうしようか?
殺し合いに乗っている輩が自分達を狙っていると月彦さんが言っていたっけ。
ブチャラティさんとヴァイオレットさんは本当に無事なのかな。
でも放送では呼ばれてなかったよね。
本当に滝先生がこんな悪趣味極まりない殺し合いに巻き込まれていなくてよかった。
滝先生が死んでしまったら部の目標だった全国だっていけないだろうし、まだこの気持ちを伝えられていない。
本当に久美子が呼ばれなくてよかった。
殺し合いに巻き込まれていてもなんとか生きてくれてよかった。

高騰してゆく脳髄に様々な思いが駆け巡る。
それとは反対に少しづつ冷静さを取り戻してゆく思考。
そうして改めて現状を見つめなおしてやっと。

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ」

あすか先輩と希美先輩が死んだ、という事実に思考が追いついた。
けれども。
既に冷やされた思考からは最早動揺すらしなかった。
それはあまりにも冷淡な事だ。
あまりにも冷徹だ。
例え関わりが薄かろうが同じ夢に向かって共に練習に励んでいた人達だというのに。
部の練習で毎回見かける顔ぶれが二人も居なくなってしまったというのに。

それでも。
あまりに現実感がなかった。
仲良しとまでは言えないけれど顔見知りの先輩達が何処とも知れずに死んでいたのに。
どうにもあの人を舐め腐った様な態度でおちゃらけていた放送は、今自分が殺し合いに参加させられているという事実と相まって二人が死んだという事実から得られる実感が薄い。
まるで、テレビのニュースでも見せられているかのような感覚。
人伝に聞いた先輩達の死はどうにも事実と認定するには現実味が無い。
名前を聞いてすぐの時はその衝撃で立ったままの姿勢すら維持できなかったというのに。
どうにも冷静になってしまうと知人が死んだという事実すらどこかドライに捉えてしまっている。

「......死んだんだ。本当に。」

確かに放送の声ーー部の先輩達の名前が呼ばれた事実で名前すら忘れてしまったが、彼女は確かに二人の名前を呼んでいた。
もしかしたらこれは嘘かも知れない、参加者を混乱させるための罠でまだ二人は生きているかも知れないというちっぽけな希望的観測も、主催側がわざわざ死者を偽る理由がこれっぽっちも浮かんで来ない事に呆気なく否定された。
だから確かに二人は死んだのだろう。

そうして漸く現状の整理を済ませた私は。
胸の中にふつふつとした感情が湧き上がって来るのを感じていた。
いくら冷静に努めようとしても止めどなくせり上がって来る、どこか憂鬱で、それでいてどこか燃えたぎるような。
自分の体を押し上げる様な激情と、自分の体に纏わりついて沈んでいくように物憂げな感情。
もしもそんな感情を名付けるとしたら。
それはきっと、自己嫌悪。

先輩達が死んだと知らされて。

ーー本当に滝先生がこんな悪趣味極まりない殺し合いに巻き込まれていなくてよかった。

混乱していた思考の中で確かに。

ーー本当に久美子が呼ばれなくてよかった。

心の底から安堵していたから。

親友が、久美子が呼ばれなかったことに。
ずっと好きだった滝先生がここにいなかったことに。
本当に。本当にどうしようもなく、安堵してしまったから。
同じ部で曲がりなりにも同じ夢を追いかけた先輩が二人も死んでいるのに、最初に考えることが「特に親しい人達が死ななくてよかった」と考えてしまっている。
死んだ二人は自分からしたらただの顔見知りで。自分の大事な人達がまだ生きていることの安堵に流されてしまう程度のものだと否応なく突きつけられた気分だ。

(.......もう久美子に性格悪い、なんて言えないなぁ)

それでいて。
自分が特別になれずに死んだら、この場にいる大多数に彼女達みたいに死んでも大したことのない存在、と思われることに何よりも動揺してしまった私は本当に、性格が悪い。

胸の中に鬱屈とした感情がじわじわと侵食してゆく。
その感情はなんとも気味が悪くて、それでいてどこかが燃えている様な自己嫌悪が自分を襲っている。
今の心持ちでは、どうにも気が晴れなくて。
襲い掛かって来る黒い感情から逃れる様に視線を這わすと。
ふと、手に持っていたトランペットにその目が行った。

胸の中にある鬱屈とした感情。渦巻く激情。
それらを吹いて叩きつけてやらないと気が済まなかった。
漸く戻って来た冷静さも何処へやら。
湧き上がる感情のままトランペットに口をつけようとしたところでーー

ぱしり、と。
その手を掴んだ者がいた。

「麗奈さん。.....どうか、落ち着いて下さい。」

穏やかな語り口とは対象的に、有無を言わせない雰囲気を伴って。
高坂麗奈のやけっぱちの行動を止める者として。
月彦ーー冨岡義勇と名乗った男が、そこにいた。
後先考えずに行動を起こしてしまった私を止めた一連の所作は、彼が役者だからか。何処か芝居がかっている様にも感じる。

「ーーすみません。私ちょっと、動揺してたみたい。」

唐突に腕を掴まれた驚きをよそに舌はなんとか回っていた。
その動揺も、なんとか隠しながら険しい顔をした同行者へと言葉を返す。
今まで部のメンバーが二人も呼ばれた衝撃で月彦さんの方にも気が回せていなかったようで。
いつどこで誰から襲われるか分からない状況にも関わらず無防備な姿を晒していた自分がどこか情けなく感じてしまう。
バトルロワイヤル開始から早六時間。
私と同じ参加者に出会うことはあっても、三人共が殺し合いに乗っていなかったこともあって、自分を狙う参加者の存在が示唆されていても、直接自分に死の危険を味わう経験は無かった。
それは当然のことながら幸運であるはずなのに、今現在殺し合いに巻き込まれているという事を直視できていないという事実がここに来て重く感じられる。
もちろん。そんなものを経験せずに済むのが断然良いことには変わりないが。
どうにも危機感というものが薄れてしまっている様に思う。

「麗奈さん。もしも良ければ、一度休みませんか。放送に関しては聞き漏らしていないので後で情報を共有しましょう。」 

お互いに心の整理が必要でしょうし。と言うや否や私から距離を取る月彦さん。
月彦さんから提示された提案はとても魅力的だった。
大切な親友が生きていることもわかった。
二人が死んでしまったことにも整理をつけるべきだし。
そう思って、一旦少し離れた位置で考えることにした。。

今の私の脳内には一つの考えがぐるぐると回っていた。
それは他でもない、これからのこと。
まず、当然ながら私は死にたくない。
やっぱり死ぬことは怖いし。
まだ私は滝先生にこの燃える様な心を伝えられていない。
それに。
この場にいる大多数に死んでもどうでもいい人みたいに。ニュース越しに見るみたいに自分が死んだことには大した衝撃を与えられないことが私には耐えられない。
私は特別になりたいんだ。
滝先生。
大事な大事な好きな人の特別に。
他の有象無象とは全く違う。
特別な私に。

「......はぁ」

ふと、ため息が零れる。
二人の死を知らされてから私はずっと同じ事を考えてしまっている。
特別になりたい。
私がトランペットを続ける理由であり、いずれ辿り着くべき到達点。
でも今。
その特別までの道にこれまでで最高と言っていい程の壁が立ち塞がっている。
それはこの殺し合い。
順当にゲームが進めば生き残れるのは75分の1。
訳も分からずこんなものに参加させられてましてや命がけで殺し合え、というのだ。
その中に部のメンバーや親友もいたというのに。
そんな中で出会えた三人は誰一人として殺し合いに乗ってはいない。
その中でも殺そうと思えばいつでも殺せるはずで、何一つとして役に立てていない自分を助けてくれた月彦さんには頭が上がらないな、とふと思う。
事実、今私が先輩達の死を突きつけられて放送もろくに聞けていない事にも配慮してくれている。
彼が出してくれた提案といい、何から何まで助けて貰ってばかりだ、と思ってしまう。

(ほんと、私って助けられてばっかり.....)

そもそも。
戦う力も無ければこの殺し合いに生き残る、という点において高坂麗奈は論外だ。
彼女が生き残っているのは幸運にも殺し合いに乗っていない人と出会えた事だけ。
その一点のみである。
高坂麗奈が今この場で生存している、という事実すら幸運によるものでしかない。
その事を考えただけで再び黒く燃え上がる様な感情に襲われる。
それは。
今の状況のどこか怒りを感じている自分がいるーーそんな事に気がついたのがきっかけだった。

「あの、月彦さん。」
「どうかしましたか?」
「ーー身勝手を承知で、頼みたいことがあります。」

♫♫♫

すう、と息を吸って、吐いて。
胸の中に荒れ狂う感情にあてられつつも、どこか落ち着いた心持ちで。
トランペットのマウスピースに口をつける。
聴衆はたった一人。
それでも私のやる事は変わらない。
例え殺し合いの真っ只中であっても。
何一つとして変わらない。
この殺し合いも、薄情な自分も。
絶対に乗り超えて、私は。

♫♫♫


怒っている。
今、高坂麗奈は今までの人生に、いや、これからの人生に於いても二度とないくらいに怒っている。

もちろん、この殺し合いに。
親友が。
部のメンバーが。
巻き込まれているこの殺し合いに。
既に部のメンバーに死人が出た今、全国大会への道はさらに遠のいてしまっている。
そして何より、二人の死を他人事の様に感じていた自分に。
この殺し合いに招かれた直後の様なーーいや、それ以上に今、高坂麗奈は。
ただーー怒っていた。

勿論、この演奏がもたらす危険性など百も承知だ。それでも麗奈は吹かずにはいられなかった。
いつ自分が殺されるかわからない状況で、せめて自分の演奏を同行者へと刻みつけたいところもある。
この行為がどれ程身勝手な行いなのかもわかっている。
今の今まで他の参加者達におんぶにだっこといった具合にただ助けられて過ごして来た。
それでも。
この胸の感情をぶつけるべきだと思った。



その感情をぶつける様に、吐き出す様に。
トランペットの音色が木々の間に吹き抜ける。
麗奈の慣れ親しんだトランペットの手触りは殺し合い、という非日常の現実さえ忘れてしまう程に演奏に没頭させる。

甲高い音が吹き荒れる。

高坂麗奈はクールな雰囲気に似合わず、その心の内は熱血である。
自分の求める目標をひたむきに、一直線に追い求める。
ソロを巡った部内の空気、プレッシャー、
目標を求める過程でぶち当たった壁の数々を麗奈はその音色で捻じ伏せ、先へと進んでゆく。
ならばこそ。
この殺し合いに於いてもそのスタンスは、その心意気は変わらず。
高坂麗奈はどうしようもなく恋する乙女で。どうしようもなく、まっすぐなのだ。
先輩達が死んだ。
それに心は揺らいでも、結局は高坂麗奈にとっては親友や想い人の無事に比べたら霞んでしまう。
これはそんな己との決別。
高坂麗奈は「他人の死」という壁も、「他人に対して冷たい自分」という壁すらも自らの演奏でぶち破ろうとしている。
この殺し合いに招かれた参加者達に自らの演奏を刻み付け、また自分もそこにいた他人を心に刻む。
きっと。
それは今までの麗奈では出来なかったことであろう。
コンクールを、ソロパートを乗り越える前の麗奈ならば。
しかし。
今の高坂麗奈には親友がいた。
黄前久美子との友情があった。
いってしまえば彼女が考えたことは久美子の在り方の受け売り、模倣でしかない。
それでも真摯に他人に向き合う久美子の姿を見てきた麗奈もまたーー変わろうとしている。

吹き荒れる。
新たに湧き上がる怒りが。
吹き荒ぶ。
今になって、今更になって。
あすか先輩を。希美先輩を。
二人を殺すきっかけとなったこの殺し合いを。
無力だったであろう二人を殺した殺人者に。
確かな怒りを感じる。
ふつふつと。煮えたぎってゆく。
その怒りのまま。
麗奈のソロは吹き荒れる。
そうしてーー

「ーーありがとう、ございました。」

息も絶え絶えになって。
麗奈は見事、吹き切った。
肺活量限界まで吹き切り、必死に息を継ぐ。

そこに響いた拍手。
皺を寄せ、仏頂面をかましながらも拍手をする月彦の姿があった。

「ーーどう、でしたか。月彦さん。」
「ええ。とても、とてもーー素晴らしい演奏でした。」

今まで何処か芝居がかった話し方を感じていた麗奈。
しかし。今眼前にいる男にはそれが感じられず。
少なからず自分の演奏が影響を与えられたのかーーと思う。

「それならーーよかった。」

そこに一抹の満足感を感じて。
少なくとも、月彦さんにとってこの演奏が特別であったならばよかったと思わずにはいられない。
演奏をやり遂げた麗奈にとって、その事実がーー一いちばんの報酬だった。

♫♫♫

今更だ。
本当に今更、先輩達が死んだことで怒れた。

関わった時間は久美子に、滝先生には遠く及ばないけれど。
確かに、彼女達の死が自分を変えた。
だから。
だから、せめて。

(ーーあすか先輩、希美先輩。今まで、ありがとうございました。)

今まで部を曲がりなりにも部を支えてくれた二人にそっと、感謝をした。

◆◆◆

「ーーすみません、何か、匂いませんか?ちょっと、鉄くさいっていうか。血、の匂いみたいなーーもしかして月彦さん、怪我したんですか?」
「いえ、少し紙で切ってしまっただけですよ。どうか、ご心配なく。」


前話 次話
Go frantic 投下順 『xxxx/xx/xx』

前話 キャラクター 次話
賽の目は投げられた 高坂麗奈 わたしのとくべつ(中編)
賽の目は投げられた 鬼舞辻無惨 わたしのとくべつ(中編)
ウィキ募集バナー