バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

わたしのとくべつ(中編)

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kyogokurowa

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◆◆◆

ーー幸せが壊れるときは、いつも血の匂いがする。

◆◆◆

朧気ながらに顔を出した太陽が、静かに闇夜を照らしてゆく。
微かに吹く風は生暖かく、森林を進む男にとってはそれすらも不快に感じられた。
日光が木々の隙間から差し込む森林に響く足音は、一つ。
ペイズリー柄の優美な曲線が織りなす模様で彩られた着物を羽織る男が一人。
その模様の形は時にミドリムシやゾウリムシなどといった原生動物とも例えられる。
ならばこそ。
ただ生き、ただ己の血で同種を増やす様は正に原生生物が如く。 
服は人を表す、などと言うが、この男ほどその意味が似合う存在もまたいないだろう。
月彦ーー否。
富岡義勇ーー否。
鬼舞辻無惨にこそ、その柄の着物はよく似合う。
古来より陰で生き長らえ続けた悪鬼羅刹が人一人み見当たらない森林を罷り通る。
木々の間より差し込み始めた日の光を業腹ではあるのの、支給された日傘で遮る。
この物品を支給した主催の女供に、日傘を支給されたもともとの持ち主からの他人の施しで自らの安全を繋いでいることに痛烈な屈辱を感じつつもその足は日差しの当たらぬ闇を求めて動き出す。

(そろそろ病院は近いか.......)

無惨が目的地と定めたのは病院。
地図に記載されていることからある程度参加者も集まっている頃合いであろう。
更には病院という場所からして集まる者は手負いの人物が多いと無惨は踏んでいる。
もしも自分の本性が知れても比較的簡単に始末は済むだろう。
幸い、今の無惨にはとても扱い易い人質がある。
他の支給品と共に「ソレ」はデイパックに仕舞われている。
このデイパックには如何なる原理が働いているのかは一切理解は出来ないものの、人間大のモノすらも簡単に中に入っていった。
一応生かしてあるとは言え、満足に動けはしないだろう。
ならばできる内にある程度のことは試して置かねばならない。
現在自分はどこまでの制限をあの女共から受けているのか知るためにも、一度鬼化を試す。 
デイパックに仕舞ってある瀕死ソレーー高坂麗奈は非常に不愉快な女だった。
しかし。
それは今までの話だ。
あの書生は最初から最後まで理解し難い女であったと思う。
だが、それと同時に無惨がこの殺し合いで生き残る可能性を上げてくれる存在でもある。
業腹だがまずは鬼化させ、服従させねばなるまい。
これは最優先事項だ。
その為にも邪魔が入る前に病院の参加者を皆殺しにするーー
そう決めた。
それ程までに、無惨からの麗奈の評価は高いのだ。

病院は、もう目と鼻の先だ。



◆◆◆

ーー時は、少し前に遡る。


『参加者の皆様、ご機嫌よう。ゲーム支配人のテミスですーー』

耳障りな女の甘ったるい声が到来する。
六時間毎に行われる放送はしっかりと無惨の元にも届いていた。

『うふふふ・・・ゲームが始まってからの最初の六時間は、如何だったかしらぁ?』

聞くに堪えない、何一つとして価値の無い話。
いつ情報が提示されるか分からない以上、彼女の言葉を一言一句聞き漏らさぬ様に意識しなければならない。
それで全くもってくだらない話に自分の意識を割かれているという事実に不快感を感じつつも放送の内容に耳をそばだてる。

まず始めに知らされたものは禁止エリアの通知。
地図を片手に示された場所を確認する。
その行為の一つ一つが無惨の胸中に広がる烈火の如き怒りに注がれる油であった。
自身に対してまるで家畜の如く首輪をはめ、あろうことか殺し合いなどというふざけた遊戯を強要し。
あまつさえ主催の女共の決めた規則で。今、奴らの決めた禁止エリアで先の行動の如何が決められる。
他人に自らの選択肢が、生殺与奪の権が握られる。

不快だ。
不愉快だ。

奴らの声を聞くことも。
首から感じる無機質で冷たい感触も。
木々の合間より差し込む茜色の光も。
最早この地に留まるというだけで無惨の怒りは加速度的に上昇してゆく。

それを何とか押しとどめているのが主催連中共の底知れなさだ。
奴らはその気まぐれ一つで無惨をも葬ることができるのが現状だ。
皮肉にもその事実が無惨のマグマの如き怒りを堰き止める防波堤として機能していた。

何はともあれ、今聞くべきは禁止エリアの放送だ。
湧き上がる怒りを抑えながらもテミスとやらの話を聞く。
運の良いことにどうやら、指し示された座標は全て自らの向かう進路とは被らないようだった。

禁止エリアに指定された場所は三カ所。
B-5。C-4。F-8。

D-7に位置する我々のから見て北に二箇所。南に一箇所。
そしてこれから向かう山ーー大体、Eの4、5くらいの位置とは全くもって無関係。
湯水の如く噴出する怒りに満ちた胸中とは裏腹に無惨の思考は冷静に回っていた。

続けて、放送で提示された情報は鉄道の線路が壊されたこと。
これは把握済みだ。
そもそもこうして山に向かうきっかけとなったのが先の鉄道の線路破壊だ。
故に、注目すべきはその後の対応。
もしも今すぐにでも鉄道が修復されるのであれば再びの進路変更も視野に入れることとなる。
なにせ最寄りの駅と一エリアも距離が離れていない。
大体4エリア程の距離のある山と一エリアも離れていない駅。
どちらが近いかなど言うまでもないだろう。
場合によってはもう一度言いくるめる必要もあるものかーーと必死にテミスの話を聞いている同行者を一瞥する。

高坂麗奈。
外見からしてまだ15といったところか。
凡そ殺し合いといったこの現状を真の意味で理解しているか危ぶまれるところではあるが、人質としてはこの上なく最上級の少女。
鬼殺隊員共が招かれている現状、この愚かな小娘が彼らに対しての牽制として有用な存在だ。
己の生存を最優先に行動する無惨にとっては、なるべく彼女とは穏便に済ませたい。
だがまあ、それでもしつこく縋って来るならば殺すしかないのだが。

状況を分析しつつ、主催の言葉を聞く。
テミスの出した結論として、鉄道の復旧は可能らしい。
それに対しても無惨は何ら驚く事はない。鬼の始祖たる無惨を首輪まではめた主催連中が今更どんな事をしたところで驚くものでもない。
時間に関しても、杞憂だ。
電車が直るのは午前10時。
時間としては4時間。
その間に山を見に行くこともできるだろうと説得も可能と踏んだ。

そのままそれも聞き流し。
そうして、死亡者の発表。

その直後。

一人目の名前が呼ばれた瞬間に。
そこで、がらがらと音がして。
ふと、高坂麗奈を見遣る。
大方、奴の知人の名前でも呼ばれたか。
そう、思いつつ。
死亡者の発表を聞いていた。

『それでは皆様、次は正午の放送でお会いしましょう、ご機嫌よう〜。』

女の声が掻き消えると同時、けたたましい騒音ーーもとい前奏を聞き流しつつ、無惨は今回死亡した13人について振り返る、
運が良かったのか。
無惨が騙っていた『富岡義勇』の名前も。
無惨が探していた『累』の名前も。
呼ばれずには済んだらしい。
もっとも、富岡義勇の名前が呼ばれたところで放心している高坂麗奈にはテミスの声は届いていないだろうし、累の名前が呼ばれたところで高坂麗奈を鬼にして首輪を調べれば良い話なので、何ら問題はないが。
ただひとつ、残念だった点を言えば。
高坂麗奈の知り合いだと言っていた5人の書生の内、二人も既に死亡してしまったという事か。
今も呆然と地面にへたりこんでいる小娘を宥めてやる手間もそうだが、一番は人質候補が減ってしまったことだ。
そもそも、山で累と合流した後は彼の首輪をサンプルとして回収することになるので、処遇を考えるといってもせいぜい鬼化させるかただの人間の首輪のサンプルも回収するか、どのみちそのままで済ませるつもりは無い。
故に、高坂麗奈の代わりとして彼女の知人には目を付けていたのだが。
所詮は戦う力を持たない人間。なんなら、未曾有の脅威が蔓延るこの場にて、非力な人間が少なくとも3人は生き残っている事自体が幸運か。
とにかく。
もう済んだことについては考える事をやめた。潜伏している現状も、首輪を外すまでであるのだから。

と、そこまで思考を進め、ふと、高坂麗奈へと視線をやり、楽器を吹こうとしているのを止めた。
なんと愚かな。
そう見下しつつ、高坂麗奈の支給品を調べるという目的で一旦距離をとった。
当然、彼女に休む時間を与えるという風を装って。

見慣れぬ楽器と紅白の番傘がデイパックの中に消えてゆく。
ある程度の距離を取った後、持ってきた支給品を確認する。
その過程として参加者全員に配られているルールブックや懐中電灯、既に確認済みの支給品をデイパックに詰める。
麗奈の所持していた支給品ーー参加者が三つは配られるものの内、二つは既に確認済みである。
よって残りは無惨が手に持つこの一つ。
恐らくは度重なる出来事の連続で持ち主の高坂麗奈自身ですら確認できていないもの。

高坂麗奈の最後の支給品は、一枚の紙だった。
真っ白で無機質な紙面に色とりどりの人間の顔がずらりと並んでいる。
どういう選出となっているのか、累やこの殺し合いにて出会ったヴァイオレットにブチャラティと名乗った男、更には無惨までもが記載されているのに対し、何故かそこには高坂麗奈のみが見当たらない。  
いったいこれには何の意味があるのかーーその疑問はでかでかと黒い字で書かれていた『危険人物名簿』という文言が全てを解決した。
どうやら殺し合い以前に人間を一人でも殺した人物の顔とその名前が記されているらしい。

それを見て、さしもの無惨も麗奈の幸運には関心せざるを得なかった。
もしも麗奈が最初に引き当てた支給品がそれならば、無惨の本性を知っていると言う一点のみで殺害されていただろう。
麗奈が最初に出会った人間が全て既に殺人を犯した面子でありながら、事を荒立てずに済んだこともそうだ。
事実、麗奈が無惨やブチャラティと名乗る男に対しての対応を一歩間違えればその時点でスパリゾートでは阿鼻叫喚の地獄が催された事だろう。
尤も、その幸運は彼女の知人には適用されなかったようだが。
いや、それでも麗奈にとって『特別』であった人物は未だに存命なのだから、幸運と言えばそうかもしれないが。

閑話休題。

それはそれとして。
この『危険人物名簿』にはあのブチャラティと名乗った男の顔写真も入っていた。
これに顔が記載されているということは、つまるところ、ブチャラティも過去に殺人を犯しているということになる。
別に自分の預かり知らぬ所で誰がどう人殺しを行おうが知ったことではないが、今この場に至ってはそれが無惨の気に障った。
奴の名前はブチャラティなどではない。
『ディアボロ』ーーこれが奴の本名だ。
つまるところ、あの男はこの無惨の前で堂々と嘘をついたことになる。

不快だ。
非常に不愉快だ。
無惨のこめかみに青筋が走り、手の甲には血管が浮き出ている。
この殺し合いの舞台において今、この瞬間が最も無惨の怒りを刺激したことだろう。

ただでさえあの男は鬼舞辻無惨の前であろうことかただの人間如きを恐れる、という無礼極まりない発言をしておいて。
嘘を、ついたのだ。この無惨に向かって。
自分はこの無惨に対して名を偽っていたと言うのに。
あろうことか、自らを棚に上げてこの無惨に名を露呈される事を恐れているのか、と尋ねておいて。
怒りが、殺意が膨れ上がる。
ディアボロをどうしてくれようか。
頭の中が真っ白に染まるほどの怒りを感じて、思わず手を強く握り締める。
ぽたり、ぽたりと血が滴る。
そして。
痛みが。
確かな痛みが、無惨の掌を襲った。
さしもの無惨も、何が起こったのか、理解するのに数秒の時間がかかった。
そして。
自分の再生能力が低下しているという事実を認識した時ーー
先程の怒りを遥かに凌駕するほどの怒りが沸いて来た。
あの女共は。
傲慢にもこの無惨に首輪をかけ、この体を改悪したと言うのかーー!?
今にも血管という血管が引きちぎれんばかりの怒りを感じていた、そんな矢先に。


「あの、月彦さん。」


高坂麗奈は、無惨へと声をかけた。
鬼舞辻無惨の怒りが最高潮に達していた、そのタイミングで。
これまでの幸運を全て帳消しにしてしまう程の不幸。
ここまで怒り心頭の無惨を前に無造作に近寄ることすら自殺行為と言えるこの状況で。
彼に近づいて、しまった。
鬼舞辻無惨という存在を知っている者からすれば、高坂麗奈が辿る末路は哀れな血袋と化す結末しかあえない、と口を揃えて言うだろう。
事実、無惨は癇癪の一つや二つで辺りの人間を、時には自らの眷属である鬼すら何一つ呵責なく殺してきた。

それでも。

「どうかしましたか?」

例え麗奈が取った行動がどれ程不幸であったとしても。
それでも。
高坂麗奈は幸運だった。
鬼舞辻無惨が怒りを抑えているのだ。
あの、鬼舞辻無惨がだ。
彼を知っている人物たちがこの光景を見たら驚愕すること必至の光景が、そこでは繰り広げられていた。
ビキビキとその怒りを主張していた青筋が見えない方向に体勢を変え。
手に浮き出た血管もなんとか麗奈に見えないように隠し。
今にも溢れんばかりの怒りを抑え。
急ごしらえの人の良い微笑みを浮かべ。
その怒りを見事に覆い隠して見せた。
ーー鬼舞辻無惨は生存を第一に考える存在である。
高慢という言葉ですら表現するには事足りぬその高いプライドを放り投げてしまえるほどには『生きる』ということへの渇望は強かった。
もはや人質として取れる人数がごく僅かであること。
自らに弱体化が課せられているということ。
つまり、自らに死、の可能性があること。
皮肉にも、無惨を踏みとどまらせていたのはディアボロに指摘された、恐怖にも似た感情だった。

「ーー身勝手を承知で、頼みたいことがあります。」

その一言を聞いても、無惨は必死に怒りを抑える。
殺してやりたいほどの怒りを噛み締めて、麗奈へと視線を向ける。
まるで何か腹を括ったような表情で、麗奈は無惨へと言葉を続ける。
たかが矮小な一人間如きが覚悟を決めたところで、何一つ変わりやしないのに。
今までただの幸運で生きながらえて来たただの小娘が何を悟った気でいるのか。
怒りでいっぱいだった。
そんな無惨に、麗奈は続ける。

「ーーどうか、私の演奏を聴いてくれませんか?」

抑えろ。

「危険だということはわかっているんです。それでも、どうか……!」

それをして何になる。ふざけているのか。

「ーーすみません、何か、匂いませんか?ちょっと、鉄くさいっていうか。血、の匂いみたいなーーもしかして月彦さん、怪我したんですか?」

うるさい。貴様如きが私を慮るな。貴様の助けなど要らんのだ。

「いえ、少し紙で切ってしまっただけですよ。どうか、ご心配なく。」

抑えろ。
抑えろ。
抑えろーー!

「そう、ですか……でも、何か困ったことがあれば私にも言って下さい。」

「ええ。わかりました。ありがとうございます、麗奈さん。……私は大丈夫ですので、演奏を始めて下さい。」

♫♫♫

高坂麗奈が楽器を取り出し、演奏をする体勢に入った。
掌に走る痛みは5分経った今でも治らない。
それへの怒りを感じつつ、麗奈へと向き直る。

すう、と息を吸って、吐いて。
瞬間、無惨の耳に大音量の音が襲う。
先の主催共が流した騒音と女の声ど同じくらいの雑音によって強い不快感を感じるも、まだ怒りを抑えている。

大丈夫だ。

まだ、大丈夫だ。

演奏は続く。

大丈夫だ。

さっさと終わってしまえ。

演奏は続く。

貴様如きがくだらない用でよくも私の時間を浪費させてくれたな。

必ず殺してやる。

演奏は続く。

おかしい。

傷が突如として治り始めた。

演奏は続く。

体が、動かない。

まるで、奴の演奏とやらを聴くことを強要しているとでもいうのかーー

一歩も、動かない。

演奏は続く。

やめろ。

私の中に入って来るな。

演奏は続く。

やめろ。

動かない。

演奏は続く。

やめろ。

貴様は、一体ーー

◆◆◆

「それならーーよかった。」

その言葉と共に、私の意識は覚醒した。
そこからは、一瞬だった。
躊躇なく、私は、高坂麗奈の腑を、貫いた。
ごぽり、と音を立てて。
何が起こったのか、未だに気付いていないような表情をして。
高坂麗奈は、倒れた。

なんとか冷静になった思考で、考える。
傷が治った掌。
何かが、ある。
あの書生には、何かがあるのだ。
血鬼術とも違う、何かがーー
それを知らなければ。
そうだ。知らなければーー


ーーここまでが、高坂麗奈と鬼舞辻無惨の話よ。
皮肉よねぇ?やっと流されるままだった麗奈ちゃんが自分で立って決める力を得たというのに。今度はそのせいで、墓穴を掘っちゃったんだから。

前話 次話
触らぬ神に祟りなし 投下順 「会えてよかった」

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わたしのとくべつ(前編) 鬼舞辻無惨 わたしのとくべつ(後編)
わたしのとくべつ(前編) 高坂麗奈 わたしのとくべつ(後編)
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