バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

残酷な饗宴のmadness

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kyogokurowa

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数多の星々が煌めく夜天の下。
白のワイシャツに、グレーのジャケットを着込んだスラッとした長身の女性。
弓原紗季は、出会って間もない水口茉莉絵と名乗る少女とともに、山道を降っていた。

「――それで、この名簿に載っている桜川九郎さんという方と、岩永琴子さんという方が紗季さんのお知り合いということになるんでしょうか?」
「ええ、そうね。同姓同名の可能性もなくはないけど……知り合いは、私が知りうる限りその二人だけということになるわね」

紗季から見ると、水口茉莉絵は非常に慎ましい少女であった。
律儀に締められたネクタイに、下半身には膝丈のプリーツスカートに黒のストッキング。
蒼のリボンで結い合わせたお下げを靡かせたーー清廉潔白な少女である。

この「殺し合い」を強いられているというあまりにも異常な状況下。
出会った当初こそ、紗季は最大限の警戒を以って茉莉絵に接触していた。
しかし、茉莉絵が本当に無害且つ現状に怯えきっているということを悟ると、警察官として、民間人である茉莉絵を守らねばならないという使命感にかられるようになる。
まずは自分が警察官であることを伝え、茉莉絵を安心させると、そこからは一気に打ち解けようと努めた。

「それにしても、数年前に別れた彼氏が新しい彼女を伴って、目の前に現れるって何だか運命的ですねー。テレビドラマみたいです。でも、昔の彼氏さんが他の女の子と一緒にいるのってやっぱり思うところはあったりしましたか?」

琴子や九郎の素性までは明かしてはいないものの、九郎が元カレだったことや、その九郎の今の彼女が琴子だということを話すと、興味深そうにあれやこれやと聞いてくる。
やはり年頃の女子高生には、所謂恋バナという話のネタは鉄板のようだ。
正直二人との関係性についてはあまり口外したくないものではあったが、それでも茉莉絵の緊張していた表情が解れたところを察するに、少しは気休めになったのかもしれない。

「それは、当初こそ複雑な気分だったけど……今は踏ん切りがついているわ。結局のところ、九郎君や岩永さんと私は住む『世界』が違ったってね」
「そう、なんですね……」

そう……紗季からして見れば、桜川九郎と岩永琴子は異なる「世界」の人間であった。
だから鋼人七瀬の一件が片付いてからは、もう会うこともないだろう、と思っていた。
だが、こうして同じ悪趣味な催しに巻き込まれてしまった現状、殺し合い打倒のためには彼と彼女が持つ「怪異」の力に頼らねばならない。

「それにしても、どうして魔女(ウィキッド)なの、水口さん」
「うーん……そこまで深い意味はないんですけどね。魔女ってどんなことでも出来そうじゃないですか? 現実では不可能なこととか思う存分、望むがままに……」
「なるほど、ね……そんな、何不自由なくこなせる魔女に憧れてーーってところかしら?」
「まぁ、そんなところですね!」

どういう訳か茉莉絵の名簿上での名前は「ウィキッド」という、インターネット上で彼女が利用するハンドルネームで記載されている。
更に驚くべきことに、茉莉絵は最初の会場にいたμを知っているという。
茉莉絵が言うには、μというのは元々ボーカルソフトウェア上のバーチャドールなるもので、茉莉絵達ネットユーザーによって作成された曲を歌う存在だったという。
最近はそういったボーカルソフトなるもので作成した曲を、インターネット上に公開する文化があるというのは耳にしたことはあるが、それが実体化し、あまつさえ人を殺すなど前代未聞のことである。

(何にせよ、まずは九郎君と岩永さんとの合流ね……)

あまりにも荒唐無稽なあのμという少女。
常識からあまりも逸脱した存在に「怪異」との関連性を疑いながら、足を早める。
二人の行く先は、市街地エリアーー。
そこで九郎や琴子をはじめとする、この殺し合いからの脱出を目論む他の参加者との合流を目指していた。


「よぉ……。 姉ちゃんたち、そんな急いで何処へ行くつもりなんだァ……?」

不意に野太い第三者の声が聴こえた。
紗季と茉莉絵が踏みしめている山道の左右は、森林地帯となっているがその声は左の茂みの中から聴こえた。

「だっ、誰っ!?」

紗季は茉莉絵を庇うように前に一歩前に踏み出し、声がした方向を睨みつける。
バチリ、バチリと、木を踏みしめる音が聴こえてくる。
怯える茉莉絵と、見構える紗季。
二人の前に姿を現したのはーー
ドレッドヘア―が特徴的で、蛇のように鋭い目付き。
黒のスリーブのジャケットを身に纏う、大柄な男性。
良く言えば、ストリートの若者。悪く言えば、ガラの悪いはぐれ者。
紗季は、過去に拘束してきたヤンキー達を思い出した。

「おいおい、そんな警戒することはねえだろォ……。 俺様ちゃんも、こんな訳の分からないゲームにぶち込まれて、困ってるわけよォ……。」

男は、ケラケラと嗤いながら近づいてくる。

――この男は、危険だ。
そう直感した紗季は男に対し警告を発する。

「真倉坂警察署交通課巡査の弓原紗季です。それ以上は近づかないで。止まりなさい」
「うほほほぉ~!! お姉さん、婦警だったのォ……。 いやぁ良かったぁ、警察なら怖い人から僕ちゃんのこと守ってくれるよねェ……。」

紗季が発した警告など知ったことかとばかりに。
男は尚も下品な笑みを浮かべ。
一歩、また一歩と近づいてくる。

止むなしか、と紗季は一呼吸置いて。
懐から支給品である拳銃を取り出す。
銀色に輝くそれを見て、茉莉絵はビクりと震える。

「さ、紗季さん…」
「――止まりなさい」
「いやいやいやいや~~!! !それはおかしいでしょ、お姉さん。警察が善良な市民である僕ちゃんにそんな物騒なもの向けちゃって良いわけェ……? それに心配しなくても、俺はこの通り丸腰だぜぇ」

男は舌なめずりをしながら、両手を上げる。
しかし、尚も足を止める気配はない。

確かに何かしらの武器を携えているようには、見えない。
しかし、それでも紗季は本能的に、男に気を許すことはなかった。

「まずは止まりなさい、話はそれからよ。それ以上近づくとーー」
「……何をしてくれるのかなぁ、お姉さぁん♪」
「えっ?」

瞬間、紗季の全身に悪寒が走った。
10メートルは離れていたはずの男は、ほんの一瞬で紗季の真横へと立ち、耳元で囁いてきたのだ。男は、硬直する紗季を嘲笑うかのように、その耳たぶに息を吹きかける。

「……っ!!」

ねっとりとした不快な感覚に、紗季は思わず後退る。
表情こそ男を睨みつけたままではあるが、内心では得体の知れない男への恐怖が溢れかえらんとしていた。

――だが、それでも。

「ギャハハハハハハッ!! さっきまでの威勢はどうしちゃったのかなぁ~? あれれ~
もしかして! もしかすると! もしかしちゃうと! 怖くなってきちゃったぁ―? キャワイイねぇ、お姉さぁんーw」

紗季はチラリと、視線を後方へと向ける。
茉莉絵はガタガタと震えて、今にも泣きだしそうな表情を浮かべている。

――紗季は逃げるわけにはいかなかった。

「――ッ! 舐めるなァッーーー!!!」
「おっ?」

男の懐へと一気に踏み込み。
拳を構える。

拳銃はあくまでも威嚇用。大怪我でもしたら大変だ。
紗季が考えているのは、眼前の男の無力化及び拘留。殺害ではない。
紗季がこれまで軟派な犯罪者達をシメてきたように。
男の土手っ腹目掛けて、拳を撃ち込んだ。


しかし。


「――えっ?」

紗季の拳には肉を穿つ感覚はなく。
眼前から男の姿はまたしても消えていた。

「え~と、紗季ちゃんだっけか、お姉さんの名前。それじゃあ、この俺様ちゃんから紗季ちゃん達にスペシャルな提案がありまーす!」
「「――っ!?」」

気付けば男は、紗季と茉莉絵の背後に立っていた。
驚愕し振り向く紗季と茉莉絵。
そんな二人の姿を見下ろし、男は実に愉しそうな表情を浮かべる。

「これから鬼ごっこを開始しまーす! 鬼はこの俺様! 逃げるのは紗季ちゃん達ね。もしも俺様に捕まっちゃうとーー」
「貴方何を言ってーーっああああッ!!!!」
「紗季さんっ!!?」

男に掴みかかろうとした紗季は、突如として右手の先端から熱いものを感じ、悲鳴をあげる。

「散々ブチ犯された挙句、バラバラに解体されるから、気を付けな……。」

そんな風にな、と男は先の足元へと指差す。
紗季は視線をそちらへ向ける。
そこには人の指が無造作に五本散らばっていた。
そして、紗季の右手先端の五つの穴からは鮮血が滴り落ちている。
これが意味するところはーーー。

「ッああああああああああああああああああーーーーー!!!!!」

身体の一部が欠損してしまったという絶望と、焼けるような激痛から絶叫を上げる紗季。
そんな紗季の様子を見て、男はゲラゲラと嗤う。
茉莉絵は「嘘、そんな…、紗季さん…」と声をがたがたと震わせ、唖然としている。

「さぁさぁ、楽しい楽しい鬼ごっこの始まりだァ! これから10数えるから、その間に精々俺から離れることだなァ、お姉さん達ぃ~!!!」
「――このっ!」

紗季は歯を食いしばり、痛みを堪えーー
まだ指がある方の手で、懐から拳銃を取り出す。
そのまま、男へと銃口を向ける。
先程は威嚇の為であったが、今度こそ撃ち抜く覚悟がある。
しかし、男はそれを冷めた目で一瞥すると、

「あーもうそういうの、いいから」
「――っ!?」

紗季が握りしめていた拳銃は一瞬で先端から細切れとなった。
地面に転がる拳銃の残骸を見て、紗季は呆然とする。

「それじゃあ今度こそカウント始めるから、頑張って逃げてねェ……」

気を取り直した男はそう言い放つと、淡々とカウントを始める。
もはや紗季たちに残された道は、唯一つ。
男の言うように、逃げるしか他はない。
紗季は、指がある方の手で茉莉絵の手を引っ張る。

「水口さん、逃げるわよ! 走って!」
「紗季さん………でも、紗季さんの指が……。あの、わ、私……。」
「今は余計なことを考えないで! ただ逃げることだけを考えなさい!」

紗季の決死の気迫に圧されたのか、茉莉絵はただただコクリと頷いた。






「ぎゃははははははは!! 走れっ、走れー!!! 紗季ちゃんも、お下げちゃんもチンタラしてると、食べられちゃうぞォ~!!」


山道から外れた森林の中。
ドレッドヘアの男―――王は、狩りを楽しんでいた。
獲物となるのは、今もなお懸命に逃げ続ける二人の女性である。
紗季と茉莉絵は一心不乱にただひたすらに駆けるーーー迫り来る捕食者から逃れるために。

しかし、追う者と追われる者のその距離は一向に開くことはない。
紗季と茉莉絵がどれだけ大地を駆けようとも、その距離は一瞬にして縮まる。

虚空の王(ベルゼブブ)―――ダーウィンズゲームにより与えられた異能(シギル)は、この殺し合いの舞台においても健在。
王は、この異能(シギル)により空間転移を行使し、二羽の脱兎との距離を一定のものにキープしているのだ。
やろうと思えば、一気に距離を詰め捕らえることなど容易いが、そんな無粋なことはしない。
汗だくになりながら此方へと振り返り、距離が縮まっていないことを確認しては焦燥する二人の反応が非常に楽しいからである。


王は人殺しが大好きだ。この殺し合いにおいても、彼の趣向は変わらない。
殺しを楽しみつつ、優勝を目指す。それが【エイス】のリーダー、王が下したこの殺し合いにおける行動方針であった。
目に留まったものは殺す。殺しがいのあるような人間は徹底的に痛めつけて殺す。
王にとって、他の参加者など所詮は自分の快楽を満たすためだけの玩具に過ぎない。


弓原紗季と水口茉莉絵の二人は、まさに極上の玩具であった。
か弱い女性でありながら、迫り来る死から逃れ、生を渇望するその姿。
時折此方へと向ける、人ではないものを見るような、怯えきった瞳が加虐心をくすぐられる。
息切れを起こし、荒くなる彼女たちの息遣いもまた興奮を覚えさせる。


「あ~、もう堪んねえわァー!!」

王は歓声を上げると、虚空の王(ベルゼブブ)を発動させる。
狙うは学生服を着込んだ、如何にも優等生ですよ、といった雰囲気を醸し出す少女。
その真後ろへと転移し、背中から抱き込むような形で取り押さえる。

「―――ッ!」
「お下げちゃん、つ~かまえたァ♡」
「水口さんっ!!!」

羽交い締めのような格好で拘束された茉莉絵を救出すべく、慌てて駆け寄ってくる紗季。
そんな紗季を、王は嘲笑う。
そのまま見せつけるかのように、茉莉絵の白雪のような頬へと細長い舌を這わせる。
ねっとりとした唾液が茉莉絵の顔を侵していくが、囚われの茉莉絵は、俯いたまま特に反応は示さない。

「あれれ~? お下げちゃんは恐怖のあまり縮こまちゃったのかなァ? 不感症の女は好みじゃないけどォ……。まあいいや、これからお下げちゃんには、僕ちんのスーパー如意棒でたっぷりと女の悦びを教えてあげ―――ウゴォェッー!!」

その瞬間、下衆な笑いを浮かべていた王の表情は一変。呻き声と共に、苦悶の色を浮かべることとなった。
原因は彼のみぞおちに撃ち込まれている茉莉絵の肘にある。
茉莉絵は、か弱い少女の身体からは想像もできないような俊敏な動きで王の拘束を解き、この一撃を叩きこんだのである。
想像だにしなかった重い一撃に、王はみぞおちを押さえ数歩後退。
完全に解放された茉莉絵の元に、紗季が辿り着く。


「大丈夫、水口さん?」
「――――。」
「水口さん……?」

心配そうに尋ねる紗季であったが、茉莉絵は変わらず俯いたままであった。
やはり先程から茉莉絵の様子がおかしいと、紗季は戸惑う。

そんな二人を恨めかしそうに睨みつける王。
その心は、屈辱と怒りにより煉獄のように燃え上がっている

(クソがァ……完全に油断した。あのガキ、格闘経験者か、何かかァ……。 だったらよォ!)

王の視線の先で。
とにかく逃げましょう、と紗季が茉莉絵に手を伸ばした瞬間。
ヒュン、という風を切る音がした。
連鎖するようにボトリと何かが落下する音がした。

そして次に鳴り響いたのはーー。

「イヤぁああああああああああああああああああッーーー!!!! 私の腕がァあああああああああッーーー!!!」

左腕を欠落し悶える紗季の絶叫であった。
欠損した左腕からは、鮮血が線香花火のように撒き散らされ。
大地を赤く染め上げる。

また風が吹いた。
指のない片腕で、傷口を押さえのたうち回っていた紗季は突然バランスを失い。
ドサリと地面へと倒れる。

「ひいッ、いぎや”あ”あ”あ”あ”ああああああああああああああああッ!!!!」

自分の身体からまた一つ。右脚というパーツが切り離されていることを悟った紗季は、泣き叫び、腐葉土の上を転がりまわる。
整った顔立ちも涙と鼻水と涎に塗れ、ぐちゃぐちゃになっている。

「ぎゃははははははははは!! 何だ、その踊りは!!」

そんな地獄絵図を見て、王は手を叩いて爆笑している。まるでコントを楽しむ観客のように。
茉莉絵は硬直。ただただ、激痛に悶える紗季を見下ろしている。
王は、更に腕を二回振るう。

「あ“がぐぎが、あ”あ“あ”あ“あああああああああああああああああああッーーー!!!」

まるで火山の噴火のように、紗季の身体から同時に二箇所、血が噴き上がる。
残っていた左脚と右腕も切断されたのである。
四肢全てをもがれた紗季は、掠れた呻き声をあげながら、まるで芋虫のようにうねうねと這いずる。
もはや以前の凛とした婦警の姿はどこにもない。

王は、片手で紗季の後ろ襟を強引に掴む。
そのまま「ほーら紗季ちゃん、高い高いー」と赤ん坊をあやすように持ち上げて、その哀れな姿を茉莉絵へと見せつける。

「ジャジャジャジャーン! 紗季ちゃんダルマの完成で~す!! 性欲を持て余している思春期男子には持って来いのお手軽サイズとなりましたぁ! ――っとやべ、意識失いかけてんな、こいつ。そろそろ出血多量で死ぬかな、これ」

紗季の瞳は白目を剥き掛け、口からは涎と共に「ぅ…ぁ……」という掠れた呻き声が漏れている。
また欠損部分からはボトボトと、血が止めどなく滴り落ちている。
胸が上下に動いていることからまだ息はあるようだが、このままでは息絶えるのも時間の問題である。

「なぁなぁ、お下げちゃんッ! 何もかもお下げちゃんが悪いんだよォ~。 お下げちゃんが俺様ちゃんを怒らせるから、紗季ちゃんはこんなコンパクトなサイズになっちゃったんだよォ~。ねえねえ、良心とか痛まない? 痛むよねェ……?」

王の狙いは、茉莉絵の心をズタズタにすることにあった。
自分のことを命を賭して護ってくれていた婦警が、自分のせいで目の前でズタボロにされるーーー良識のある人間なら、それだけでも胸が張り裂けるであろう
婦警を殺した後は、絶望と罪悪感で苛まれている中で、ゆっくりと拷問し、解体する。
止めてください、と泣き叫ぼうが容赦はしない。
徹底的に犯した挙句、ぶち殺してやる。

と息巻く王ではあったが、それでも茉莉絵は目立った反応は見せない。
ただ虚ろ目で、ジーっと王と紗季を見つめだけであった。

「おいおいおいおい、何だんまりしちゃってんのよォ……? お下げちゃんって、薄情だねぇ……! そこはさぁ『お願いです。紗季さんを助けてください! 何でもしますからぁ』とかお涙頂戴の展開だろう……? ほらっ、紗季ちゃんもなんか言ってやりなよォ……? ――うん? 紗季ちゃん?」

王が問いかけても、紗季から反応はない。
ぐったりとして既に意識を失っていたのだ。

「おいこら」
「がッ!!? いぎがあ“あああああああああああああああああああああああああっ!!」

紗季の顔からポロリと鼻が落ちたと同時に、激痛により彼女の意識は無理やり覚醒させられる。鼻があった場所からドクドクと血が溢れ、顔半分は真っ赤に染め上げられている。

「はははははははっ!! 良かった、まだ生きてんじゃん。ほらっ、お下げちゃんに何か言いたいこととかないの? あるよね?」
「――げで…」
「あん? 聴こえねえよ……」
「に”げでぇ! み、ずぐぢさァんッ!」

血に塗れた顔面で、呼吸すらままならない状況下で、紗季は声を振り絞り少女に訴えた。
せめてものこの娘だけでも、生きてほしいと。
秩序を守るものはいる。 願わくば彼女がその者たちに拾われ、この理不尽から生還してほしいと、願いを込めて。

「ぎゃははははははは!! いやぁ本当感動的だねぇ! 警察官としての義務……? それとも女の友情ってやつゥ……? まあどっちにしろ、紗季ちゃんもお下げちゃんも逃がすつもりはないんだけ「おいっ!」

ドスの利いた声が、王の蔑みを遮った。
声の主はそれまで黙りこくっていた茉莉絵であった。
訝しむ王の視線に、茉莉絵は冷酷な笑みで応える。

「――黙れよ、クソ共……」
「アん?」
「ぇ”っ…?」

その場は静寂に包まる。
王も、紗季も茉莉絵の変貌に目を丸くした。
二人の反応などお構いなしに、茉莉絵は言葉を紡いでいく。

「優等生モードはもう止めた……。くっだらねえ茶番見せつけやがって、最っ高に気分悪いわ。まぁ、とりあえずお前らーー」

茉莉絵は自らの内ポケットに手を忍ばせる。
そこから何やら金属の球体を取り出す。
球体に付属している輪っかを引き抜く。
そして、それを二人に向けて放り込み。

「仲良く死んどけよォッー!!!」

真夜中の森林地帯に爆炎が噴き上がった。






鋼人七瀬の一件が解決した後も、彼女は夜が怖かった。


それでも秩序を守るものは必ずいる、と思えば一歩踏み出すことは出来た。


世の中には理不尽はあるけれども、秩序を守るものがいる限り、でたらめになることはない。


彼女はそう信じ勇気を振り絞り、殺人鬼へと立ち向かった。


だが彼女の瞳に最期に映し出されたのは、


護ろうとしていた少女――


水口茉莉絵が、理不尽へと変貌した姿であった。



【弓原紗季@虚構推理】死亡






水口茉莉絵(ウィキッド)は人を壊すことが大好きだ。特に「愛」だの「信頼」だの「仲間」だのそういった反吐が出るような絆を信じるような連中を虐げる時は、極上の瞬間といっても良い。
自分たちが信じていた絆とやらが、如何に下らなく他愛もないものだったのかを知らしめ、絶望させた状態で、地獄へと叩き落す快感は病みつきになってしまう
したがって、この殺し合いにおいても、彼女の趣向は変わらない。
最初のホールでは、μ(ポンコツ)の様子がおかしかったり、同じ楽士である少年ドール(引きこもり)が殺されているが、そんなことはウィキッドにとっては、些末なことだ。

思うがままに、殺戮と蹂躙を楽しむーーー。
結局のところ、水口茉莉絵(ウィキッド)は、どこにいたとしても彼女のままであった。
それが例え殺し合いの場であったとしても、だ。

ウィキッドが最初に出会った婦人警官の弓原紗季は、彼女にとって格好の獲物であった。
殺し合いを強要されている異常事態の中で恐怖を押し殺して、警官の務めを果たさそうと、茉莉絵を保護する姿勢は何ともいじらしい。
また元カレとその今カノの二人が参加しているということにも、非常に興味をそそられた。
元カレと今カノとやらと合流した暁には、元カレの手足を切り落として監禁し、助けてほしければ今カノと元カノに互いに殺し合えと脅せば、最高の愛憎劇を鑑賞できたかもしれないーー。
または全員を監禁したうえで、女どもを拷問にかけていき、元カレにどちらを助けるか命の選択をさせるのもまた面白いかもしれないーー。
ウィキッドは、弓原紗季という人間と彼女を取り巻く人間関係を、如何にして蹂躙しようかあれやこれやと思案し、胸を高鳴らせていた。

しかし。

「――それもこれもお前のせいで台無しだァ! 人様の獲物、横取りしてんじゃねぇぞ! 爬虫類野郎ッ!」
「ハンッ! テメエの事情なんざ知ったことかよォ!!」


真夜中の山林に爆音が絶えずに轟く。
相対するは二人の捕食者。
二人が踏みしめる戦場の彼方此方には血肉が飛び散っている。
それは且つて「弓原紗季」と呼ばれていたものの残骸―――。

ウィキッドが最初の手榴弾を放ったあの瞬間――。
王は即座に空間転移を実施し、爆心地から避難した。
しかし、紗季はその地に置き去りにされたまま、爆撃の餌食となってしまったのである。

結果的にウィキッドが紗季の命を平らげたこととなるが、彼女の腸は依然として煮えくり返っている。怒りの矛先は王。

「人が丁寧にお膳立てしているところに蜂蜜ぶちまけやがって! 早漏か、お前はよぉ!」
「良く分かんねえが、チンタラしていたテメェが悪いんだろうがァ!! 笑わせんじゃねえぞォ!」

ウィキッドと王―――。
共に弱者を痛めつけたうえで虐殺することを悦とする点においては、通じ合うものはあるかもしれない。
しかし、王が対象を肉体的に虐げることに重きをおいているのに対し、ウィキッドは、肉体と同時に対象の人間関係を破壊することを重視する。
平たく言えば、ウィキッドの方が何かと注文が多いのである。

もしも、王が最初から水口茉莉絵という少女の本質に気付いていれば、また違った展開になっていたかもしれない。
同好の士として仲良く手を取り合う未来も起こりえたかもしれない。
だが、それはあくまでも、もしもの話。
今回はあまりにも出会いが悪すぎた。
言うなれば、ウィキッドが腕によりをかけて食材に仕込みを始めようとした矢先に、王が横から掻っ攫い、つまみ食いをした形となる。


「とっとと、死ねェッ!!」
「いい加減ウゼえぞォ、テメェッ!」


魔女の怒りは収まらない。
怒声とともに、爆撃は尚も続く。
雨あられと飛び交う爆弾を、王は空間転移で回避していく。
と同時に、ウィキッドがいた場所の座標を試みる。
1mの射程圏内にさえ入れば、空間切断能力で爆弾女を細切れにして決着だ。
だが、ウィキッドは爆弾を投擲してはバックステップで即座に移動し、接近を許さない。
オスティナートの楽士の身体能力は常人のそれとは、一線を画す。
彼女が一つ地を蹴るだけでも、王の空間転移の射程圏外へと離される。

「チッ! ちょこまかと動き回りやがって……!!」
「アハハハハハハハハハッ!! いちいちワンパターンなんだよォ、お前は! オラッ、爆ぜろッ!」

ウィキッドは必要以上に王に接近しようとせず、まるでダンスを踊るかのように爆弾を投擲し続ける。

「ワンパターンはテメェも同じだろうがァ! このイカれ爆弾女がァ!
(この女、俺の異能(シギル)の有効範囲に気付いていやがる……。)」

王の推測は当たっていた。
王の異能(シギル)、『虚空の王(ベルゼブブ)』の能力――。
空間転移の有効範囲は10m、空間切断の有効範囲は1mである。
ウィキッドは件の『鬼ごっこ』の際に、王の動きを観察し、空間転移の移動距離を計測していたのである。
紗季の五体を切り裂いた空間切断の有効範囲についても、遠距離であの能力を行使されておらず、先程からウィキッドに接近を試みていることから、至近距離でないと発動できないというものであると推測できていた。

故に虚空の王(ベルゼブブ)魔女(ウィキッド)を捉えることは出来ない。
手品のタネが割れてしまっている以上、短期決着は難しい。
ウィキッドと雌雄を決するには、相手方の爆弾(リソース)が枯渇し、爆撃が止むまで付き合う必要ある。
だが、一向にその爆撃が止む気配はない。

派手な爆音は絶えず轟いている。
土埃と焼き焦げた匂いが辺り一帯へと蔓延する。
爆炎から逃れながらも、王は思考する。

(クソがっ……。見境なくドンパチやりやがって、アイツの爆弾(おもちゃ)は無尽蔵にあるのかァ……? いやそれとも、爆弾を生成する異能(シギル)か、何かか……?)

いずれにしろ、幾重にも爆音が響き渡るこの場所――。
これだけ派手に爆発が続いているのであれば、周囲のエリアから騒ぎを聞きつけた参加者が押し寄せる可能性がある。
特に爆発など物ともせず、自信満々にやってくる【殺し合い乗った側】の参加者が。

序盤も序盤。いまここでそういった参加者達と殺り合うのは得策ではない。
このイカれ女がそういった参加者達と潰し合ってくれるのは結構であるが、巻き添えを喰らうのは御免である。


「はぁああああああああああっ!? お前逃げてんじゃねえぞォ!」
「ハンッ馬鹿がァ! 頭の良い俺様ちゃんは、テメェみてえなイカれ女といつまでも付き合う暇なんざねえんだよォ。 テメェはここで勝手に死んどけやァ……。」


くるりと踵を返した王に、ウィキッドは怒声を浴びせ追いかける。
王の逃走する方向に爆弾を次々と投げ入れ、爆発するたびに森は揺れる。
しかし、王はその悉くを空間転移で回避していく。
結局、怒れる魔女の炎は最期まで王を捉えることはなく、王は夜の闇へと姿を消した。


「クソがァああああああああああああああああああああああああーーー!!!」

独りきりになった魔女は、月へと咆哮する。
魔女の怒りは尚も収まらない。



【F-6/森林地帯/深夜/一日目】
【ウィキッド@Caligula Overdose -カリギュラ オーバードーズ-】
[状態]:健康、王への怒り
[服装]:いつもの制服
[装備]:
[道具]:基本支給品一色、不明支給品3つ
[思考]
基本:自らの欲望にしたがい、この殺し合いを楽しむ
1:壊しがいのある参加者を探す。特に『愛』やら『仲間』といった絆を信じる連中。
2:参加者と出会った場合の立ち回りは臨機応変に。 最終的には蹂躙して殺す。
3:さっきの爬虫類野郎(王)は見つけ次第殺す。
[備考]
※ 王の空間転移能力と空間切断能力に有効範囲があることを理解しました。
※ 森林地帯に紗季の支給品のデイパックと首輪が転がっております。
※ 王とウィキッドの戦闘により、大量の爆発音が響きました。






「――ったく、とんだイカれ女だったな……」


壊しがいのありそうなか弱い参加者二人を見つけ、遊んでは見たものの。
其の実、自分と同じ「狩る側」の人間が紛れ込んでいたとは、夢にも思わなかった。
可愛いらしい外見とは裏腹に王ですらドン引きする凶暴性を秘めていたのだから、人は見た目によらず、とはよく言ったものだ。

「さてと、王さんは王さんのやり方で優勝を狙いますよーっと……」

虚空の王(ベルゼブブ)』は無敵の異能(シギル)だ。
そこは、疑いようがない。
しかし、だからと言って異能(シギル)だけを頼りとして闇雲に暴れ回るだけでは、優勝など出来はしない。
序盤は、先程の女のような厄介な敵との戦闘はなるべく避け、確実に殺せるような玩具を見つけ嬲り殺しを楽しんでいこう。
それこそ、スマートな戦い方と言えるだろう。

――殺人狂は次なる標的を求め、歩みだす。


【E-6/平原地帯/深夜/一日目】
【王@ダーウィンズゲーム】
[状態]:健康
[服装]:いつもの服装
[装備]:
[道具]:基本支給品一色、不明支給品3つ
[思考]
基本:人殺しを楽しみつつ、優勝を目指す
1:人が集まりそうな場所へ移動する
2:【サンセットレーベンズ】のメンバーは殺す。特にカナメ君は絶対に殺す
3:イカれ女(ウィキッド)に次会うことがあれば、凌辱した上で殺す
[備考] 
※参戦時期は宝探しゲーム終了後、シノヅカを拉致する前となります。


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ほんとのきもちはひみつだよ 投下順 禍ツ華が哭くころに

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