バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

その座標に黒を打て(前編)

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kyogokurowa

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垣根提督が紅魔館に辿り着く数時間前。
彼はとある失態を犯していた。
それは聡明な彼らしかぬ、しかし激情家の彼らしいともいえる失態だ。

ジョルノ・マギルゥ・リゾット・累・チョコラータ。
五名の参加者が命を落としたこの病院には支給品が多く集っており、その中で使えそうなものは仕分けていた。

しかし、この時の彼の頭の中は無惨への怒りがほとんどを占めていた。
故に、荷物は整理してもその中身まで厳密にはチェックしていなかった。
彼が持ち出した一つのハンディカム。
冒頭だけ見て、興味が無いと判断すると、壊すでもなくデータを消すでもなく乱雑に鞄に仕舞い込んだ。

これが、彼のほんの些細な失態。


魔王が紅魔館を襲撃する数時間前。
夾竹桃は罪歌により従者と化したムネチカと濃厚な乙女本談義を繰り広げる傍らで、首輪について思考を割いていた。
後に麦野たちに語ったように、決して乙女本の定義や在りようについてのみ熱弁していたわけではないのだ。

(この状態のムネチカを持ち帰りたいけれど、もしも岩永琴子の説が正しければそれもできないのよね)

岩永琴子の考察は、『この世界の参加者は全て情報を基に創られた虚像である』というもの。
μや変貌したベルベットの例を見れば、遠からない考察であることは窺い知れる。
しかしそうなると、だ。
仮に首輪を解除して殺し合いを終えても、その時点でいまこの場にいる『夾竹桃』や『ムネチカ』は消えてしまい、ここまで培ってきたものも消えてしまう。
その情報を管理するための首輪なのだろうが、うまく使ってこの『情報』を保管できないものか、と分解したシュカの首輪を弄ぶ。

(シュカ...彼女の首輪だけではやはりサンプル不足ね。岩永琴子たちと折り合いをつける為に渡した首輪が今になって惜しくなってくるわ)

サンプルは多いに越したことは無い。
駅での一件を収めるためとはいえ、もう少し別の案で代替すべきだったかと今更ながら後悔し始める。

(まあいいわ。ベルベットが上手くやればサンプルも多少は増えるはず)

ベルベットこと魔王には、岩永琴子と間宮あかり以外の人間がいて、抵抗した場合は散らしても構わないと伝えてある。
別れ際にいた面子であれば、首輪の解析には役立ちそうにない冨岡義勇やリュージ辺りであれば好ましい。
幸い、どうもハイになっている今の状況から覚めても、シュカを殺した時のように躊躇うことはないだろう。

そこまで考え、ベルベットがシュカを殺した時の記憶が映像として脳裏に過ったその時。

(ん...?)

違和感を覚える。

(待って。よく考えたらおかしくないかしら)

ベルベットがシュカを殺し、首輪を回収した。それはいい。
なら、なんで彼女は。

「......」
「ご主人様?」
「いえ、大丈夫よ。魔王との件が終わったら、またみんなで話したいから。それよりもその深い関係の主従の本なのだけれど———」

ムネチカと本の談義を繰り広げる一方で、夾竹桃は己の違和感をNETANOTEに密かに書き記していた。

垣根と麦野は魔王に対する作戦を練っている真っ最中。
余計なことを考えるのは後にしよう。

そんな彼女なりの気遣いであった。




まずは周辺の施設を見てまわろう。
そう決めた静雄とレインが、崩壊した紅魔館に辿り着くのはさして時間がかかる話ではなかった。

「こいつはひでぇな...」

思わず静雄はそう零す。
崩壊しきった紅魔館は言わずもがな、大地は瓦礫で荒れ果て地面はいたる箇所が傷つき、直径数十メートル規模のくぼみまである始末。
普段から怒りのままに様々なモノを壊してしまう静雄からしても、この惨事は尋常ではない。
先に見た北宇治高等学校跡地にも劣らない。
戦闘があったのは確実として、それこそこれまで戦ってきたミカヅチやヴライ並の破壊力を持った者がいたのも窺える。

「静雄さん。戦いはもう終わっています。いいですか、冷静にです。もう一度いいますが、冷静に、ですよ」

静雄がこめかみに青筋を浮かべるよりも早くレインは念押しをする。
この規模の破壊力から下手人は絞れてくるが、もしも静雄が結論に至ってしまえばここまで溜めてきた鬱憤と怒りが爆発してもおかしくない。
そんな彼を宥めるレインの意図を組み、静雄もふーっ、と大きく息を吐き気持ちを落ち着かせる。

(協力できる生存者がいればいいのですが...さてどうなるか)

レインの危惧は正しいと証明するかのように、銃を構える音が背後より鳴る。

(やれやれ。早速ですか)

「動くなよ。ゆっくりこっちを向きな」

背後の来訪者にどう対応するべきか考えていたレインは、その声に目を見開き、はぁと小さくため息を吐く。

「よもやたかだか数日会ってないだけでクランの顔を忘れたんですか、リュージさん」
「おま...ようやく仲間と会えたのにそりゃねえだろ」
「背後から銃を突き付けてくる人に言われたくないんですが?」
「万が一ってこともあるだろうが。相変わらず口のまわるやつだな...けど、会えて嬉しいぜレイン」

レインは振り返り、リュージは銃を下ろすと、お互いのボロボロな姿を見て、それでも変わらないお互いに口元を緩めずにはいられなかった。




リュージが二人を案内した先では、全身を汗と血で塗れさせ、くたびれきった姿で腰を落ち着ける垣根、ムネチカ、咲夜の三人の姿があった。

「リュージ殿、そちらの二人は?」
「こっちのちんまいのが俺の仲間のレインで、もう一人は、えっと...」
「平和島静雄だ」
「だ、そうだ。とにかく、こいつらは安心してもらって構わねえぜ」
「...そうかよ」

垣根は気だるげに起き上がり、レインと静雄に向かい合う。

「俺は垣根提督だ。俺たちに協力する気があるなら話を聞いてやる」
「このゲームから脱出、あるいは破壊する、という意味での協力なら願ったり叶ったりですが」

垣根はレインと静雄の背後に立つリュージを見据える。
リュージはそれにOKのハンドサインで返す。
彼の異能『嘘発見器』で、レインの今の言葉が確実に本音であると密かに裏どりをしていたのだ。

「...オーケーだ。ひとまずお互いの情報を交換するとしようや」
「その前にいいですか」

垣根が席を設けようとする前に、レインが手を挙げ制する。

「恐らく移動しながらの情報交換になると思いますが、行先は私たちが決めていいですか?待たせている人たちがいるので」
「どこだ」
「ムーンブルク城です」

垣根は己の脳内で地図を思い浮かべ、現在地からムーンブルク城までの距離を大まかに測る。
もともと、垣根は病院からここまで歩いてきたのだ。
それ自体は大した負担にはならなかったが、それは疲労が少ない状態での話。
満身創痍の身には大きな負担になるだろう。

「心配しなくても大丈夫ですよ。平和島さん、コシュタ・バワーにお願いしてもらえますか」
「わかった。...なあ、ワリーが、今度は大人数乗れる奴に変形しちゃくれねえか」

静雄が屈み、コシュタ・バワーに頼みかけると、コシュタ・バワーはそれに応えて馬車の形に変形する。
その変形に垣根たち四人は各々で感嘆の声を漏らす。

「ではどうぞお先に」
「ええ」
「イイモン見つけてきたじゃねえか、ウチの解析屋は」

咲夜とリュージは肩の荷が下りたと言わんばかりに大きく息を吐きながら馬車に乗り込む。

「ムネチカ。情報交換は俺たちでやる。お前は屋根で見張りしとけ」
「承知」

垣根の頼みを引き受けたムネチカは、仮面を取り出し装着する。

「————ッ!!」

その姿に、静雄の顔色が変わる。
ミカヅチ。ヴライ。ここまで戦ってきた仮面の者とムネチカの姿が重なったのだ。

「む、どうされた?」
「......!」

固めかけていた拳をどうにか解き、努めて冷静に対処する。
ここまで戦ってきた仮面の者たちは一様に暴力の化身とでも言うべき漢たちであり、静雄が殴らなければ気が済まない連中だった。
しかし、ムネチカが殺し合いに乗っているようには思えない。それが静雄の理性をギリギリ引き留めた。

そんな静雄の様子から、彼の抱いた感情を察したレインは代わりにムネチカに告げる。

「ムネチカさん、でいいですね?貴女の知り合いに仮面を着けて雷や火を放つ漢たちはいますか?」
「うむ。まさか、奴らと会ったのか?」
「ええ。隠すようなことでもないので今のうちに伝えておきますが、私たちはその二人に襲われました。最初は雷の方に、次に火の方に、ですね」
「!!」

ムネチカの胸が締め付けられる。
雷を放つ仮面の者と火を放つ仮面の者。
これらはそれぞれ、ミカヅチとヴライにおいて他ならない。
そして、奴らがレインたちを襲った理由も察せる。
形や思い描く理想は違えど、ヤマトに戻り忠義を果たさんとしたのだろう。
それを理解したムネチカがとった行動は

「済まぬ!」

両膝・額・掌を地に平伏させる姿勢。
間髪入れぬ土下座であった。

その予想外な行動とその勢いにレインと静雄の二人の目が思わずギョッと驚愕に見開かれる。

「我が同郷の者が其方たちにとんだ迷惑をかけた。心より謝罪させていただく!」
「あの、ムネチカさん?」
「水に流せとは言わぬ。其方らが怒りを抱くのも当然...亡き同胞・ミカヅチに代わりこの小生、身命を尽くさせていただく。どうか同行を許して欲しい」
「ムネチカさん、私は別に貴女を責めるつもりで言ったわけではないですから」

レインはムネチカを宥めるも、それでは気が済まんと言わんばかりに頭を上げようとしない。
彼女はサンセットレーベンズの中でも理知的且つ合理的な思考をするタイプだ。
こういった感情に従うままの行動に対処するのは苦手であり、困ったような顔で隣の静雄を見上げる。

「......」

静雄はしばしなにかを考えこんだあと、片膝を着きムネチカへの距離を詰める。

「顔を上げてくれ」

静雄の言葉に従いムネチカは顔を上げる。

「...傷だらけだな。あんた、こんなになってまでここの連中を護ったんだな」
「護れた...とは言えぬ。皆にも傷を負わせ、命を散らした者たちもいる」

夾竹桃と麦野沈利。
ここで散った二人の姿を思い浮かべ目を伏せる。

「...立派じゃねえか。それでも前向いて身体を張ろうなんてよ」

静雄の脳裏に、目の前で散った彩声の姿が過る。
彼女も致命傷を負いながらもずっと前を向き最期まで抗った。
自分よりも弱い身体で、それでも一度も折れずに立ち向かった。

静雄はそんな彼女の心の強さが羨ましかった。
心が強くなりたい。
それは静雄が殺し合いに巻き込まれる前から思っていたことだ。

彼女だけでなく。
ムネチカもそうだ。
身内の所業から逃げることなく向き合い、その分まで戦うために頭を下げる。
容易くできることではない。

「疑って悪かった。これからよろしく頼む」

だから、静雄にはもう彼女への敵意はなくなってしまった。
むしろ、その心の強さを学びたいと素直に思った。

「かたじけない...!」

ムネチカが顔を上げると、レインと静雄も馬車に乗り込み、ムネチカがその屋根に上るのを合図に馬車がゆっくりと動き始めた。




馬車の中、静雄とレイン、垣根とリュージと咲夜がそれぞれ横に並び、二つの組が向かい合うように座っている。


「貴女が咲夜さんでしたか」
「ええ。それが?」
「ムーンブルク城で会った人に名前を聞いていました。それと、同じく学校にいたはずの黄前久美子さんの居場所は知りませんか?」
「悪いけれど知らないわ。私は一足先に気を失ってて、目を覚ました時にはもういなかったもの。残念ながら皆目見当がつかないわ」

咲夜はこう言うものの、実際は嘘である。
ひとつだけ一目散に逃げだしていく足跡。それを辿れば追いかけること自体はできた。
けれど、追いかけるメリットがないため止めた。
そんな当時の咲夜の心境を知る者はいないし、知ったとしてもそれで責められることもない。
久美子の話はいったん置いて話は続けられる。

「...まずは私たちの方から情報を話しましょうか」

垣根・リュージ・咲夜の三人に向けて、レインは話し始める。
最初に電撃を操る仮面の漢と静雄と共に戦ったこと。
その次に逃亡していたフレンダとそれを追いかける竜馬に出会ったこと、竜馬との戦闘の最中に煉獄が割って入り仲裁し、彼がフレンダの後を追い別れたこと。
煉獄の遺した情報に従い警察署に向かい、竜馬とはそこで別行動になり、自分たちは西側で向かったところ、炎を操る仮面の者と、梔子・彩声と会い、彩声の犠牲もあり敵を退けられたこと。
見つけた喫茶店で幾らか身体を休めた後、梔子とも別れしばらくしてからムーンブルク城で神隼人と出会いその頼みで北宇治高等学校に向かい、そこで神崎・H・アリアと遭遇。彼女からも高坂麗奈という少女を探してほしいと頼まれたこと。
そして、隼人の頼みも失敗に終わったことで、手ぶらで帰るよりはこちらも協力者や情報を持ち帰るべきだと判断しここまで辿り着いたこと。

その全てを三人に向けて打ち明けた。

「ここまでが私たちのこれまでの道程ですが...どうしました?」

一様に眉を潜め険しい顔つきになる三人に、レインは思わず首を傾げる。
これが彼女の首輪とこの世界に対する考察を聞かされた、などならわかる。
自分が自分じゃないかもしれない、なんて考えは生理的に嫌悪しても仕方ない代物なのだから。
けれど、梔子と静雄に話した経験から、その説はまだ明かしていない。
だというのにこの反応はなんなのだろうか。

「...話してやれ。俺もまだお前の言ってたことはイマイチピンときてねえんだからよ」
「ああ。わかった」

垣根に促され、リュージは語り始める。
先ほどの紅魔館で起きたこと、そしてリュージが『視た』ものを。

「レイン。俺は『ゲッター』を垣間見た」
「ゲッター?たしか、竜馬さんがそんなことを言っていたような...」
「俺が視たのはその竜馬についてだ」

リュージは語る。
『ゲッター』は全てを滅ぼす災厄の光であり、齎される未来は機械が生命を侵食し、命が命を互いに食らい合うことで無限に成長していく、まさに地獄の世界であること。
その『ゲッター』を支配するのは、否、支配され地獄の忠臣にいるのは流竜馬であり、放置すれば確実にあの男は宇宙を滅ぼす悪魔と化すこと。
そんな彼の語った『ゲッター』についてのあれこれに、レインは。

「頭でも打ちましたかリュージさん」
「んなっ!?」

あっさりとそう切り捨てた。

「あのですねえ。いくら私たちがダーウィンズゲームという非現実的なゲームに巻き込まれているにしてもですよ。そんな一個人で世界や宇宙を滅ぼすどうのうなんてことができるはずもないでしょう。それに、その情報も根拠が夢を見た、なんて説得力に乏しいなんてものじゃありませんよ」
「正論だな。どんな事象であれ、物事にはちゃんとした理屈が伴うもんだ。正直、俺もこいつよりはそっちの考え寄りだ」

ため息を吐くレインに垣根も同調する。

「垣根、あんたまで...」
「常識で考えるなら、な。もうこの殺し合いにおいて常識なんてルールは通用しねえだろ」
「と、言うと?」
「宇宙云々はともかくとしてだ。少なくとも竜馬ってやつがとんでもねえ災厄だってのは確かだ」

垣根は紅魔館での一部始終を大まかに語る。
魔王との戦いの最中、琵琶坂を手土産に乱入し、まるでなにかに突き動かされるように破壊の限りを尽くしていった竜馬のことを。

「あれが『ゲッター』だかなんだかのせいかは知らねえが、少なくとも俺の知る化学だけじゃ説明がつかねえ領域だ」
「そんなまさか...」

思わずレインの口からそんな言葉が漏れる。
レインは竜馬について詳しく知っている訳ではないし、深い信頼を抱いている訳でもない。
しかし、静雄との件からブレない強い男だとは思っていた。
そんな彼がしでかしたという破壊と殺戮は衝撃が大きかった。

(竜馬さんが私たちと行動している時に猫を被っていたとは思えない。垣根さんの話では暴走しているようだったと聞きますが、ならば原因は?少なくとも平和島さんと同等の戦力を失うのは惜しい。彼を動かすなにかを突き止めれば———)
「悪い、止めてくれ」

レインが考えを巡らせる傍で、静雄が静かに告げ、コシュタ・バワーはそれに従う。

「おい?」
「ちょっと待っててくれ。すぐ終わる」

静雄はそれだけ告げると、馬車の戸を開き降りていく。

(———あ、この流れは)

レインの目が引きつり細められる。
静雄の顔色は至って平穏。語気も荒くなく、血管も浮かび上がらせていない。
誰が見ても冷静沈着そのものだ。

だが、レインは察していた。
いつものヤツが来る、と。

「なんだあいつ...小でも催したか?」
「まあ...似たようなものです」

止めるのも億劫だと溜息混じりにレインがそう言った直後だった。


ズ ド ン


爆撃のような音が響いた。

「なっ、なんだぁ!?」
「...やっぱり」

音の出所はすぐ傍。
馬車に背を向けている静雄の眼前の地面に、巨大なクレーターが出来ていた。

「な、あっ」
「おー、派手にやるじゃねえか。なんかの能力か?」

あまりの威力に咲夜は言葉を失い、垣根は思わず興味をそそられる。

(はぁ...まだ続きますよね、この流れ)

レインは数秒後に来るであろう疾風怒濤の如き暴威に備え、耳を塞ぐ準備をする。
が、しかし、音は鳴らず。

「悪い、時間を取らせちまった」

そのまま静雄は馬車のもとへ戻り、謝罪の言葉を口にした。

「ムネチカ。見張り変わってくれるか」

(あれ...?)

静雄の様子にレインは違和感を抱く。
今までの流れであれば、静雄が怒りに任せて咆哮と共に暴れ狂い、木々や岩などが四方八方縦横無尽に飛び交っているところだ。
それが、たった一撃ぶつけただけで怒りが収まり、いまもこうして冷静さを取り戻している。
別に怒ったわけではないのか?いや、だとしたらそもそも最初の一撃を放つことすらないくらいには、平和島静雄は無用な暴力を嫌っている。

「レイン。あいつはひとまずぶん殴る。それで構わねえな」
「え、ええ。まあ、現状、そうする他ないでしょうから」

違和感は静雄自身も抱いていた。
普段の静雄の怒りは、文字通りの怒りだ。
理不尽への激怒。やり切れぬ感情への沸騰。折原臨也への憎悪。
そんな、凡そ人がイメージしやすい怒りに直接繫がる感情が起点だった。

だが、今回は違う。
彼が竜馬の話を聞いて抱いた感情は、失望。
静雄の怒りの根源としては初めての感情。

静雄にとって暴力とは忌むべき手段である。
己の怪力を無暗に見せびらかしはせず、重ねてきた勝利を誇ることもせず。
叶うならば、己のキレやすい性分を直し、暴力なんて振るう時が来なければいいとも思う。
静雄は、誰にも受け止められない己の力が大嫌いだった。
消してしまえればいいと何度も思った。

そんな静雄にとって竜馬は初めての人種だった。
己の全力を、全てを受け止めてくれた唯一の人間だった。
この会場には、他にも静雄と互角の人間は存在する。
敵として戦ったミカヅチとヴライ。
拳を受け止めた煉獄。
だが、彼らとは違う。前者は怒りと殺意で戦い、後者はそもそも彼の側から戦おうという意志がなかった。

臨也のように敵意と殺意だけでなく。
サイモンのようにある程度の怒りを受け止めてくれるだけではなく。
ただ何も考えず、ぶつかり合い、感情を曝け出し合える男。
そんなこれまでにない特別。
それが流竜馬だった。

そんな、自分が認めた男が、ゲッターだのわけのわからないモノに操られているのが腹立たしかった。
無様を晒しているのが我慢ならなかった。
ただの一方的な期待と我儘でしかないとは解りつつも、一度竜馬を殴らなければ気が済まないと思わざるをえなかった。


静雄が屋根に登り、代わりにムネチカが席に着くと再び馬車は動き出す。

レインからの情報提供が終わり、次いで垣根たちの側からの情報提供となる。

垣根からはジョルノたちやライフィセット達から得た情報の提供と鬼舞辻無惨という怪物の存在を。
ムネチカからは魔王と化したベルベットと、首輪を分解して得た情報のことを。
リュージからは渋谷駅での騒動と魔王や琵琶坂の危険性を。
そして咲夜は。

(下手に間宮あかりだのカタリナ・クラエスだのの悪評を撒けばフレンダとかいう娘の二の舞になりそうね...)

自分がゲームに乗っていることは伏せつつ、ゲームに乗っている『琵琶坂』と学園でひと悶着あったこと、北宇治での破壊神やジオルドとの戦い、そしてヴライに襲われたことをレインに伝えた。

「なるほど。これでだいたいの生存者のスタンスがわかってきましたね。私たちが戦った仮面の炎使いの名前もわかりましたし...纏めると」

脱出派:レイン 静雄 垣根 リュージ 隼人 クオン 久美子 早苗 咲夜 ムネチカ 琴子 ブチャラティ ライフィセット 麗奈 カナメ 九朗 あかり 梔子
危険:無惨 ヴライ 竜馬 琵琶坂 ベルベット
不明:ディアボロ ウィキッド オシュトル 臨也 ヴァイオレット ロクロウ

「こんな感じでしょうか」
「ん?臨也ってやつは不明側なのか?」
「あくまでも静雄さんといがみあってるだけですから。...しかし、この世界のことは予想はしていたことですが、これでほぼ確定してしまいましたか」

何度目かわからない溜息を吐く。
自分が自分じゃない可能性は喫茶店で考えていた。
しかし、首輪を解体してみた上で改めて突きつけられるとやはり気が重くなる。
脱出の為に抗っていることすら嘲笑われているような感覚すら覚え始めてくるというものだ。

「......」

そんなレインの様子に、ムネチカは軽く握った拳を口に添えながら考える。

(情報が足りない中でも、よもやここまで首輪についての真相に辿り着きかけていたとは...幼き身でありながら恐れ入る)

ライフィセットも聡明な子供であったが、レインは更にその先を進んでおり舌を巻いた。
首輪の解析。それは、いくら武に優れようとも、専門外の自分にはできない領分だ。

「レイン殿。垣根殿。それと咲夜殿とリュージ殿もこれを」

ムネチカは懐から一冊のノートを取り出す。
夾竹桃のNETANOTE。彼女を介錯した際に譲り受けたものの一つだ。

「夾竹桃が後で皆と相談したいと書き記していたモノだ。小生にはとんと真意が解らなかったが...其方たちならばわかるかもしれぬ」

ムネチカはNETANOTEを捲っていき、該当するページを開き、一同に見せる。

そこに記されていたのは———



『タイトル【楽園からの逃亡】


私は幻惑の毒花 夾竹桃。私の香りは嘘味の毒。鏡のように人を惑わす


貴女はこんな私でも手を引いてくれますか?
繋ぎ止められた私でも愛してくれますか?
この想いを叶えてくれるなら
「枷を外すのは一緒がいい」。


byクリスチーネ桃子』

前話 次話
導火線に火をくべろ 投下順 その座標に黒を打て(後編)

前話 キャラクター 次話
魔獣戦線 ー生命の輝きー 垣根帝督 その座標に黒を打て(後編)
魔獣戦線 ー生命の輝きー ムネチカ その座標に黒を打て(後編)
魔獣戦線 ー生命の輝きー リュージ その座標に黒を打て(後編)
魔獣戦線 ー生命の輝きー 十六夜咲夜 その座標に黒を打て(後編)
天翔けるもの ―偽りの仮面― 平和島静雄 その座標に黒を打て(後編)
天翔けるもの ―偽りの仮面― レイン その座標に黒を打て(後編)
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