バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

闇を暴け(中)

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kyogokurowa

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「うおりゃあ!!」

雄たけびと共に竜馬の拳が静雄の顔へと振るわれる。
対する静雄は、防御の構えをとることもなく、回避の為に身を捩ることもなく。ただ正面からその拳を受け止めた。
平和島静雄は格闘技の経験がない。その無双の怪力と刃物すら立ち切れぬ頑強な身体を以てして、小細工なしに蹂躙する。それが静雄の戦い方だ。
生半可な攻撃では、返しの拳で地面を転がるのみである。

が、しかし。

「――――ッ!?」

上体が崩れ、数歩後退してしまう。
そのまま間髪入れず放たれる後ろ回し蹴りもまた、静雄の胸板に当たり更に数歩後退させる。
竜馬の攻撃には静雄ほどの派手な破壊力はない。
しかし、空手で培ってきた、確実に相手の急所を捉えられる勘と、人体を破壊する攻撃力が合わされば、静雄とてただではすまない。


だが、ダメージを通しただけで平和島静雄を倒せるのならば苦労はない。
平和島静雄とて生物である以上は痛覚や疲労は確かにある。それでも彼を最強たらしめて来たのは、痛みすら枷にならない闘争心と頑強さ。そして彼に足りない技術や経験を遥かに凌駕する無双の怪力。
これらが組み合わさることで、平和島静雄は如何なる脅威にも打ち勝ってきた。

「オォラァ!!」

技術もへったくれもない、己の身体能力任せに振るわれる静雄の拳を交叉した腕でガードした竜馬はそのまま数メートル後方へと弾き飛ばされる。
流竜馬は、常日頃からゲッターロボでの合体による衝撃や鬼による電撃染みた攻撃にその身を晒し続け、それでも尚平然としていられるほどの頑健さを有する。
その彼を以てしても、静雄の攻撃を受けて直感した。この男の拳を何度も受ければ確実にこちらが沈むと。

「面白ぇ」

だからこそ竜馬の笑みは深くなる。相手が強者であればあるほど闘争心を燃やすのが流竜馬という男だ。
対する静雄は憤怒の表情が崩れない。彼は元々、暴力が嫌いな人間だ。別に強い相手が現れたからといって昂ることなどあるはずもない。

ただ、共通するのは一つだけ。

―――目の前のこいつは絶対にブッ倒してやる。

両者が駆け、空いた距離が一瞬で縮まる。
無造作に振るわれる静雄の腕を竜馬は身を屈めて避け、右のアッパーカットで顎を狙う。
静雄はそれを躱すことなく堂々と受け入れ、振りぬこうとする腕を顎で逆に押し返し、両手で腕を掴み握りつぶそうとする。
それを察知した竜馬は力が籠められる前に腕を引き抜き回避。突然消えた手応えに揺られ、前のめりによろける静雄の頭に踵を振り上げそのまま落とす。
防ぐ術なく、脳天に踵が刺さり、静雄の目がたまらず見開かれる。が、それもほんの数舜。
頭に下ろされた足を掴み、雄たけびを上げながらジャイアントスイングの要領で竜馬を振り回す。
ジェットコースター並の遠心力で振り回され、解放された竜馬の身体は錐もみ状に吹き飛び壁に激突。
苦痛の叫びを噛み殺し、地に落ちながらも顔を上げ前を見据えれば、静雄の足裏が竜馬の眼前にまで迫っていた。
竜馬はそれを首を捻り回避し、静雄の蹴りは背後の壁を破壊し砂ぼこりが巻きあがる。
が、竜馬は怯むことなく静雄の伸びた足を掴み、そこを支点にして跳びあがり、静雄の顔にドロップキックを浴びせる。
静雄はたまらず仰け反るが、しかしそれを敢えて反動として利用し、そのまま竜馬目掛けて頭突きを放つ。
それに対し、竜馬もまた頭突きで迎え撃つ。
ガツン、という鈍い音と共に竜馬と静雄の額同士がぶつかり合う。
皮膚が割れ、血が流れるも互いに引かず。
額同士を合わせたまま、押し切ろうと互いの足に力を籠める。

「んぎぎぎぎ...!」
「んぬらあああ...!」

両者、未だ一歩も譲らず。
互いの身体が弾き合い、怯むのもつかの間、すぐに相手へと殴り掛かる。
獣どもの咆哮は未だ止まない。



(うんうん、これが私の望んでた...どころか、それ以上の展開って訳よ)

近場の小型ビルの屋上から望遠鏡で静雄と竜馬の戦いを眺めながらフレンダは内心でほくそ笑む。
彩声の時は空回りしてしまったが、本来は、強いお人よしを竜馬にぶつけていき彼から体力を奪いそのまま竜馬が倒れるならそれでよし、そうでなくても自分が漁夫の利を得るのが彼女の作戦だった。
それがどうだ。二人目に引き当てたのがとんでもない当たりだった。
竜馬と互角に渡り合い、且つ弱者の為に力を振るうお人よし。これならば三人目とは言わずこのまま竜馬と決着を着けられるかもしれない。

(そう考えると彩声の犠牲も無駄じゃなかったって訳よ)

竜馬がここまで辿り着いたということは、彩声と接触しそのまま殺し足跡を辿ってきたということだろう。
大まかな見立て通りに彼女は負けたらしいが、稼いでくれたわずかな時間は静雄たちに情報を提供する猶予を与えてくれた。

(ありがとう彩声。帰ったらお礼にお墓の一つくらいは立ててあげてもいいかなって)

尊き犠牲になった彩声へ密かに合掌するフレンダ。その視界の傍らで、レインが荷物を確認し、纏め、屋上から去ろうとしていた。

「どこいくの?」
「あの喧嘩を止めるんですよ」

思いがけぬ発言にフレンダの思考が停止しかける。

「...はえ?いま、なんて?」
「あの人たちは貴重な戦力です。こんなところで失われるのは惜しいですから」

自分の耳がおかしくなったのかと疑った。いま、この幼気な少女は、あの化け物二人を止めると言ったのか?
それに、止めるということはどう足掻いても自分も巻き込まれるということではないか。

「フレンダさんは逃げててもいいですよ。私だけで充分ですので」

彼女の不安を察してくれたのか、彼女の助力を不要と断ずるレイン。
その言葉にフレンダはホッと胸をなでおろす。


(―――いやダメじゃんそれ!)

安堵は即座に吹き飛ばされる。
レインはいま、『あの人たちは貴重な戦力』といった。それには静雄のみならず、彼と互角に戦える竜馬も含まれている。
つまり、どうやるかは見当もつかないが、レインの言う戦いを止めるとは、あの二人を味方につけるということ。
それが成功すればどうなるか。考えるまでもない。
竜馬がなぜフレンダを襲っていたかという質問に始まり、奴の言い分に納得してしまえば、自分を追う人間が三人に増えてしまう。
ダメだ。竜馬を引き入れることなど絶対にあってはならない。

「待ってレイン!あいつ、女の子を一人殺してるのよ!そんなヤツ信用できるはずないって訳!」
「同行者を殺されたんですか?」
「そうそう、あいつの斧でぐちゃぐちゃのめちゃくちゃにされて!」
「よくそんな現場から逃げられましたね」

レインの真顔での言及に、フレンダの背筋がギクリ、と跳ね上がる。
レインの追求は当然である。なんせ、これから共に行動しようとする人間が、仲間を見捨てて逃げ出したというのだ。
当然、レインからしてみればフレンダは肝心な時に逃げ出す裏切り者だとなってしまう。
竜馬への下手な悪評は、同時に自分の首を絞めつけていきかねないことに、フレンダはようやく気が付いた。

「ぁ、えっとそれは止むにやまれぬ事情があって...」
「いえ、危険人物から逃げるのは当然ですよ。ただ、そんな凶悪な人間からあなたがどうやって逃げられたのかと興味を持っただけです」

ぐっ、とフレンダの言葉が詰まる。

(カマをかけられた...!こいつ、私の狙いに勘づいてるって訳!?)

額から冷や汗が滲み始める。
どこで間違えた。どこから嗅ぎ取られた。自分に目立ったミスはなかったはずだ。
わからない。わからないが、この女を放っておくわけにはいかない。

動揺するフレンダの様子を見たレインは確信する。

(彼女はなにかを隠している...保身かあるいは私たちの同士討ちを狙っているか、そこまではわかりませんが...)

なにもレインとて、最初からフレンダに絶対的な不信感を抱いていた訳ではないし、竜馬を安全だと判断した訳でもない。
ただどちらにも完全に信頼を置いていないだけだ。

情報屋であるレインは、情報とはそれひとつだけでは信頼に欠けるのを知っている。
ゲームに乗った者をクロだとするならば、竜馬がクロである証拠はフレンダからの情報でしかない。ならば、竜馬本人からも聞いてみればいい。
幸いとでも言うべきか、静雄は竜馬と互角に戦っている。ならば、決着が着く前に自分の異能『世界関数』を上手く利用し静雄と二人がかりで戦えれば抑えることも可能。
そうすれば竜馬本人からも情報が聞き出せ比較し吟味できる。
そのつもりで戦いの仲裁を申し出たのだが、フレンダは予想以上に食いついてきた。彼女がこれまで口にしていなかった同行者の存在まで引き出してだ。
ならばなおのこと、あの二人の戦いを止めなければなるまい。

「...レイン、ひとつ忠告させてもらうわ」
「?」

レインは背中越しにフレンダを見る。彼女は右手を背中に当て、腰を叩くようにもぞもぞと動かしている。


「あの男は本当に強いからそれだけは覚悟しておいてほしい訳よ」
「わかりました。ありがとうございます」

礼を返し、レインが踵を返すのと同時、フレンダは衣擦れの音すら立てぬよう銃を構え、引き金を引いた。
硝煙もなく銃声もなく。
放たれた麻酔の針がトスリ、と静かに突き刺さる。

「...なるほど。あなたがクロでしたか」

異能『世界関数(せかいかんすう)』で麻酔針を躱したレインは、壁に刺さった針を一瞥し、フレンダに向き直った。

「...どこで気づいたって訳?」
「別に確信なんてありませんでしたよ。ただ、可愛らしい女の子だからって油断できるような環境にいなかっただけです」
「なるほどねー、あのバーテンみたいに単純って訳じゃなかったんだね、お利口さん。けど...」

レインが振り返り、出口へと駆けようとした瞬間、フレンダもまた駆け出しレインへの距離を詰めていく。

「そこまで理解してた上で黙って利用されないのは、やっぱりあんたは馬鹿って訳よ!」

フレンダの飛び蹴りを躱し、次いで振るわれる裏拳や回し蹴りもレインの眼前を空振りしていく。
その感触にフレンダは違和感を覚える。

(こいつ...なんで当たらない訳?)

彼女から見て、レインの体捌きや身体つきは少しはマシな一般人程度でしかない。
対して、フレンダはこれでも幾多の死地を生き残ってきた戦の玄人だ。体術とて専門には適わずとも、そこらのスキルアウト程度ならば問題ない程度には心得ている。
そのフレンダの攻撃が全く当たらない。受けられるでもなく、攻撃そのものを見切られている、という訳でもなく。
まるでレインが自分の動きを先読みしているかのような気持ちの悪さを感じている。

(こいつも超能力者?だとしても、反撃にこないということは、麦野や超電磁砲みたいな直接攻撃ができないタイプか、あるいは爆発のような近接では使えない能力の副産物か...なんにせよ、時間を稼がせるわけにもいかないし、このままじゃ埒があかないって訳よ)

フレンダの攻撃を避け続ける一方、レインもまた内心では穏やかではなかった。

(この体捌き...早く離脱しなければ!)

レインの異能、世界関数は万物の動きを予測する能力だ。
しかし、予測できたとしても動きが強化されるわけではない。
フレンダは静雄や先に交戦したミカヅチほどではないが、それでもレインでは太刀打ちできない程度には体術を心得ている。
銃で反撃しようにも、取り出す暇すらない。このままでは先に体力が尽きて敗北するのはこちらの方だ。
どうにかして隙を突き、逃走経路を確保しなければ。

二人の焦燥が募る中、ほどなくして、戦局は大きく変化する。

フレンダのハイキックが空振りし、しゃがみ込んだ体勢を活かし、レインはフレンダへと飛び掛かる。
フレンダはそのまま押し倒され、左袖から球状の何かが零れ落ち、レインは追撃を加えることもなくそのままの勢いで出口まで駆け出そうとする。

「やばっ」

フレンダの漏らした声がレインの耳にも届く。チャンスだとこのまま駆け抜けようとしたその時だった。

「えっ」

レインの世界関数が信じられぬ予測を捉える。

フレンダを押し倒した際に零れた球状の何か。それが膨張するのがスローモーション映像のようにレインの視界の端に映り込み―――


ち ゅ ど っ !


凄まじい量の煙が、屋上を包み込んだ。



竜馬の右拳と静雄の左拳が交叉し、互いの頬に減り込む。
静雄の顔がぐらつき、竜馬は身体を回転させながら数歩後退する。
すぐに体勢を立て直し、追撃に移る静雄だが、背を向けながらも放たれた後ろ蹴りに顎をかちあげられ僅かによろめく。
その隙を突き、竜馬は静雄へと飛び掛かり押し倒す。そのままマウントをとり、静雄の顔を何度も殴りつける。
竜馬の拳が十発を超えたところで、静雄の腕が竜馬の腕を掴み、その腕力だけで彼の身体は放り投げられる。
宙を舞い、自由のきかなくなった竜馬は落下しながらも眼前で両腕を交差し、乱雑に振りぬかれる静雄の蹴りを受け、彼方へと吹き飛ばされ、壁に激突した。

力では静雄が勝り、技と手数では竜馬が勝り。それらが積み重なり、戦況は一進一退の様相を醸し出していた。
だが、この戦いにも終わりが近づきつつある。

ぜえ、ぜえ、と荒い息遣いが町に染み渡る。


初めてだった。全力で殴っているというのに、ここまで倒れない人間は。
久しぶりだった。自分と対等以上に殴り合えるという人間は。

静雄と竜馬。二人の獣は全身を汗と埃や泥に塗れさせ、服はズタボロ、身体のところどころから出血しているという誰が見ても満身創痍な出で立ちになっていた。
だが、傷ついた両者の眼光には微塵も恐れはなく、未だ闘争心が萎えることはない。

もはや彼らの目には眼前の男しか入っていない。
ただただ、眼前の敵を排除する為だけに彼らの力は振るわれる。

これが最後の衝突だと言わんばかりに、互いにあらんかぎりの咆哮を挙げながら、拳を握り駆け出す。

握りしめられた拳が衝突するその刹那。

―――炎の呼吸、壱の型 不知火

二人の視界に、一筋の炎が奔った、気がした。

「そこまで!この勝負、煉獄杏寿郎が預かった!」

彼らが炎だと思ったのは、燃えるような赤を身にまとった男―――煉獄杏寿郎だった。




煉獄はフレンダを探しに走る最中、彩声の話を聞いてから抱いた疑問について思考を巡らせていた。

『なぜ彩声は生かされたのか』

竜馬という男が彩声を殴ったのは本当だろう。事実、彼女の頬にはしっかりと痣が残っていた。
だからこそ不思議なのだ。
竜馬が殺し合いに乗っている以上彩声を見逃す道理はない。
己の手を汚すのを嫌ったか?だがそれなら彼女の食糧意外に手付かずなのに理由がつかない。
普通ならデイバックごと持ち去るはずだが、支給品は食糧以外は何一つ取られていなかった。
それに、わざわざ彩声をすぐには見つからない場所に放置したのも疑問を抱く。
彼女を誰かに殺してもらうのならば、見つかりやすい正面入り口にでも捨て置けばよい。

それらをしなかったということは、竜馬は殺し合いに乗っていないのか?
そうとも限らない。
彩声を見逃がしたのは、手っ取り早く参加者を集めるスピーカー役にしたかったからかもしれない。
あるいは、彼女を生かしたことで自分は乗っていないと思わせて油断させるつもりなのかもしれない。

現状、断ずるには情報が足りない。
ならば本人に聞くのが一番早いだろう。そう考えた煉獄は、やがて走った先に、争う男二人を発見。
進路からいっておそらくあのどちらか、さらに絞るなら袖の破れた青のジャケットを着る男の方が彩声の語った風貌に合致する。
煉獄は躊躇わず喧噪の中に割って入り、彼らの拳をその両腕でそれぞれ受け止めた。

「君が流竜馬だな!?」

左腕で竜馬の拳を、右腕で静雄の拳を受け止めながら、竜馬へと顔を向け問いただす。

「なんだてめえは。なんで俺のこと知ってんだ」
「君のことは彩声から聞いている!」
「あや...誰だそいつ」
「君が殴り飛ばした少女だ!なぜ彼女を殴ったか聞かせてもらおうか!」
「...ああ、あいつか。ヘッ、向こうから喧嘩ふっかけてきたから返り討ちにしてやっただけよ」

「...おい」

突然の乱入の上に、自分を無視されていることにただでさえ煮えたぎった感情が爆発しそうになる静雄だが、煉獄も竜馬も構わず話を続ける。

「つまりきみは殺し合いに乗ってはいないのだな!?」
「ざけんな、誰があのクソアマ達に従うかよ!」
「そうか!ならば君を信じよう!」

力強く言い放たれた言葉に、竜馬は思わずポカンと口を開ける。
今まで散々話もロクに聞かずに疑われたのが、今度はロクに話も聞かずに信じると言われたのだから、呆けるのも無理はないというものだ。

「―――人を無視して勝手に話を進めるなゴラァああああッー!!」

ここにきて、遂に平和島静雄の怒りが爆発する。
彼の耳にはもはや竜馬と煉獄の会話など届いていない。彼の怒りの発散を無理やり止めれば必ずそのしわ寄せはやってくる。それがいまだ。
静雄の止められていた拳が、踏み込みと共に力を増し、煉獄の腕を無理やり押しのける。

「ムゥッ!」

押しのけた/押しのけられた勢いで、静雄と煉獄の体勢が大きく崩れ、即座に互いに立て直す。


再び顔へと振るわれる静雄の拳。
煉獄はそれをまっすぐ見据えていた。己を破壊せんとする拳を、その眼前に迫るまで。

「バカヤロ、何ぼさっとしてやがる!!」

静雄の拳が煉獄へと届く寸前、竜馬が煉獄の首根っこを掴み無理やり後退させることで拳は空を切った。
竜馬が無理に割り込んだ為に、煉獄にも竜馬にも隙が生じ、追撃にはこれとないチャンス。だが、静雄は動かなかった。

(...なんだこいつ。なんで助けやがった)

流竜馬は暴力的で気性も荒く、殺し合いに乗った男だ。
そんな男が、参加者を減らすチャンスをわざわざ潰した。なぜ。
その疑問が、静雄の怒りを抑え、脳は思考を取り戻した。

「てめえ死ぬつもりかよ!?」

竜馬はその身を以て思い知らされていた。
平和島静雄の拳は鬼なんぞよりも数段強い。
一時的とはいえ、自分と静雄の拳を同時に受け止めたその手腕から煉獄が手練れであることは伺いしれるが、静雄の拳をノーガードで受けようものならばただでは済むはずもない。
煉獄ほどの実力者が躱せないにしても防御すらとらないのは流石に見過ごせず、無理やり救うハメになった。

(状況は理解できた)

煉獄はいまのやり取りで察した。
殺し合いに乗っていないはずの竜馬がなぜ闘争を繰り広げているのか。
平和島静雄がなぜ追撃しなかったのか。
なぜ二人はこんなところで戦っていたのか。その裏にある事情を。

各々の思考が戦況を停滞させる。

「そこまでですよ...平和島さん」

そして、少女の登場により戦況は一変する。

「レイ...」

かけられた声に返答をしようとした静雄は思わず息を呑んだ。
少女、レインは全身を埃と擦り傷に塗れさせ、身体が痛むのか、時折顔を引きつらせながらふらふらと歩いていたからだ。
今にも倒れそうな彼女を腕で支え動揺のままに呼びかける。

「どうしたレインちゃん、おい!それにフレンダちゃんは...!」
「ちゃんでは...いえ、この有様なら相応しいですか...彼女は逃げました。私に狙いを悟られたが為に...」
「なっ!」

傷ついたレインとそれを抱き抱える静雄を見て、竜馬は舌打ちする。

「...あのガキ、とことん舐めた真似しやがる」

静雄との喧嘩は中々に楽しいものではあったが、その裏でフレンダがレインを痛めつけていたとなれば話は変わってくる。
これ以上胸糞悪いモノを見せつけてくるというのなら、確実に殺しておかねば気が済まない。

「おい、あの金髪チビはどこ行った?」

傷ついたレインにも構わず乱暴な口調で問いただす竜馬に、静雄は不快気な視線をぶつけるが、レインはそれをなだめつつ首をふるふると横に振った。

「...そうかい。なら早いもん勝ちって訳だ」

竜馬はデイバックを担ぎ、何処へと歩き出す。

「待ってくれ流竜馬」

煉獄がレインの怪我を簡易的に看つつ、去ろうとする竜馬を呼び止める。

「少し話がある」

先ほどまでのテンションとは打って変わって放たれた低めの声音に、竜馬は訝し気な目を向けた。



(あー失敗した失敗した!!)

煙幕の暴発の最中、どうにかレインのデイバックを奪い逃走したフレンダは薬草を咥え、その苦みに涙目になりつつも走る。
こんな筈ではなかった。本来ならばここで竜馬との鬼ごっこを終えて、一時期の安寧を得る筈だった。
それがどうだ。今やフレンダを疑う参加者は三人に増えてしまった。
まさか、あそこまで疑り深い子供がいるとは思わなかった。こうなってしまっては、竜馬の悪評をバラまくのもこれ以上は恐らく無理である。

こうなれば、麦野に泣きつき処理をしてもらうしかない。
竜馬にしても静雄にしても、麦野の原子崩しを受ければ流石に一たまりもないはずだ。
尤も、麦野本人からは私に尻ぬぐいをさせるなとキツイお仕置きをうけるかもしれないがそれでも死ぬよりはマシというものだ。

だが、現状、麦野がどこにいるかもわからないなか、果たしてあの三人に追いつかれる前に合流できるだろうか?
可能性は低い。やはり時間稼ぎとしてぶつけられる駒は欲しい。その駒が敵に回っても、麦野ならば多少相手が増えても問題ないだろう。

(っと、そういってる間に早速発見)

眼前になにやら蠢く影が見えたフレンダは、さっそくいかにも『襲われて逃げてきた哀れな少女』といった雰囲気を醸し出し近づいていく。
フレンダの存在に気が付いた影はジロリ、と目線を向ける。
大柄な身体と顔の半分を覆う仮面に尻込みしかけるも、むしろそれを利用し、より一層、無力な少女を演じ接触する。

「た...助けて...人殺しに追われてて...」
「...続けろ」

涙目になりながら訴えかける少女に思うところがあったのか、男―――ミカヅチはフレンダに話の続きをするよう促す。
してやったりと内心の喜びを隠しながら、同情を買うような手ぶり素振りで男に竜馬たちの悪評を語っていく。
目を瞑ったまま、ミカヅチはフレンダの話に耳を傾ける。

「...そうか」

ミカヅチはフレンダの話を聞き終えると、そう小さく呟き。

「情報を寄越した礼だ。...残す言葉はあるか」

目にも留まらぬ速さで、フレンダの頸筋に刃をあてた。
「へ?」と間の抜けた声が漏れ、ようやく今の自分が置かれている状況を理解すると、ドッと全身から冷や汗が溢れだした。

自分は死ぬ。数十秒後に、この男に首を落とされて。
手元に隠した拳銃を抜こうとすれば、ミカヅチの刃が微かに首に食い込み血が滲む。

「余計な真似はすれば...わかっているな」

これだけのやり取りで、フレンダはミカヅチとの実力差を悟った。
自分はどうあがいても助からない。
この男がゲームに乗っているとしても、これだけ実力差がある以上は協力する提案も無意味だろう。

もう、観念するしかない。

「嫌...」

フレンダの頬を涙が伝い、口からは小さな声が漏れる。

「嫌...死にたくない...」

それは残す言葉などという綺麗なものではなく。

「お願い...助けて...なんでもするから...だから助けて...!」

ただただ本心からの言葉だった。

そのあまりにもか弱い願いを聞かされたミカヅチは目を見開き、口元を怒りに歪ませる。

「こんな...こんなか弱い存在を俺に斬らせるというのか...!」

ミカヅチのつぶやきはフレンダの耳には届かない。
彼女は、ただただうわ言のように「嫌だ」「死にたくない」と繰り返すばかりで。
男は、これ以上は聞きたくもないと言わんばかりに刀を握る手に力を籠める。

瞬間

「ッ!!」

フレンダとミカヅチの間に炎が奔る。
炎はミカヅチの刃を弾き、その身体を後方へと押しやる。

「く、オオォォォ...!」

ミカヅチは雄たけびと共に力任せに刃を振るい、炎を逆にはじき返す。

―――ゴ オ オ オ ォ ォ ォ

燃え盛る音と共に、炎は勢いを失っていき、やがて中心から人の影を象る。

「弱き者に刃を振るうその蛮行!炎柱の名において見過ごすわけにはいかん!」

炎―――煉獄杏寿郎は、左近衛大将ミカヅチにも何ら臆することなく言い放った。

前話 次話
闇を暴け(上) 投下順 愛されるよりも、愛したい真剣(マジ)で

前話 キャラクター 次話
闇を暴け(上) 天本彩声 闇を暴け(下)
闇を暴け(上) 梔子 闇を暴け(下)
闇を暴け(上) 煉獄杏寿郎 闇を暴け(下)
闇を暴け(上) 平和島静雄 闇を暴け(下)
闇を暴け(上) レイン 闇を暴け(下)
闇を暴け(上) 流竜馬 闇を暴け(下)
闇を暴け(上) フレンダ=セイヴェルン 闇を暴け(下)
疾風怒濤 ミカヅチ 闇を暴け(下)
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