バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

闇を暴け(上)

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kyogokurowa

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「すまない煉獄さん、あなたの仲間とも早く合流しなければならないというのに」
「気にすることはない!我ら鬼殺隊の柱は一人でも戦える鍛錬と経験を積んでいる!合流できればそれに越したことはないが、たとえできずともあの男もまた力なき者の為に剣を振るっているのは疑う余地もない!!」

煉獄と梔子の二人は、近場にある警察署を探索する為に北上していた。
本当ならば、煉獄と同じ鬼殺隊である冨岡義勇と認識を共有する産屋敷邸か蝶屋敷に向かう予定だった。
しかし、梔子の『警察署なら一般市民が集まりやすいかもしれない。せっかく遠くない位置にあるのだから、一度足を運んでみるのはどうか』という助言に煉獄は快諾。
己の知る施設よりも先に、警察署へ向かうことと相成った。

―――尤も、梔子の本当の目的は別のところにあるが。

梔子が警察署へ向かおうと考えたのはやはり琵琶坂永至が理由だ。
あの狡猾な男ならば、自分たち楽士が知るような施設よりも一般人の集まりやすい病院や警察署へ向かい、話術で人心を惑わし手駒にするよう立ち回るだろう。
あるいは、警察署には拳銃や警棒のような武器を求めてくるかもしれない。
だからこそ梔子は煉獄の知人との合流よりも先に、警察署へと進路を定めた。

口を開けば常に声を張っている煉獄も、警察署にたどり着けば警戒と共に口数は少なくなる。
いるかもしれない参加者への余計な警戒心を引き立てないため、また、無惨のような参加者がいた場合、こちらの気配を悟らせていては、同行者である梔子へも危害が加えらえるかもしれないからだ。
梔子もそれを察して、煉獄に声をかけるような真似はしない。ただ、前を進む煉獄の背中をじっと見つめて後をついていく。

「――――ハッ――――」

背中を追っていれば嫌でも目に入ってしまう。煉獄の、炎のように雄々しい朱色の髪が。
あれは本物の炎ではない。そんなことはわかっている。だが、瞼に焼き付いた業火は妥協を許さない。
煉獄の髪を炎のようだと思った瞬間。梔子の心臓が激しく動悸する。

「大丈夫か」

梔子の異常を察した煉獄は振り返り、彼女の目を掌で覆い隠す。

「何も見なくていい。呼吸を整えることだけに集中するんだ」
「ハァーッ、スゥッ――スゥッ――」
「吸うよりも吐く。腹部の悪い空気を追い出すように」

乱れに乱れた梔子の呼吸を、煉獄が細やかに矯正し、やがて動悸も落ち着いていく。

「...すまない。迷惑をかける」
「気にすることはない。しばし休むとしよう」
「大丈夫...ただ、できれば裾を貸してくれると嬉しい」
「む?...なるほどそういうことか」

梔子は目を瞑り煉獄の羽織の端を摘まむ。
こうして目を瞑ったまま引かれていれば火へのトラウマを再発させずに済むからだ。
煉獄はその行為を煩わしいなどとは思わない。
これで彼女が苦しまなくて済むのならそれでいいと思うばかりだ。

探索を開始すること数分、ロビーに出たところで煉獄はピタリと足音を止める。
呼吸音を聞き取った。
自分と梔子以外の誰かの呼吸を。
出所は―――中央の柱。人一人ならちょうど隠れられそうな太さだ。その陰に気配を感じる。

煉獄はしばしここで待っていてほしい、と梔子を壁際に寄せて待機させ、一気に駆け出す。

先手必勝。
こちらを狙っているのか怯えているのかはわからないが、奇襲をさせる暇もなく距離を詰める。それが煉獄の選択だった。

「むッ」

果たして、そこにいたのは少女だった。
可憐な顔立ちには似つかわしくない痣が左頬に刻み込まれ、だらしなく開口し、項垂れ柱に寄りかかるように座り込んでいる。
死んでいるのか、と思ったが、しかし呼吸にさほど以上は見受けられない。これは気絶だ。

「大丈夫か!」
「ん、む...」

煉獄が強く呼びかけると、少女はほどなくして呻き声をあげて瞼をうっすらと開けていく。
少女の怪我の程度が深くなかったことに安堵し、煉獄が己の名を名乗ろうとしたその時だ。

「ぃ」
「?」
「嫌アアアアァァァァァァァァッ!!!」

少女は目を見開き、甲高い悲鳴を上げる。
よほどヒドイ目に遭ったのか。それならば驚かせてすまなかった、と煉獄は声をかけようとする。
が、少女の行動は早かった。己の悲鳴が終わる前に身体が光り、その両手に盾が発現する。
さしもの煉獄も、血鬼術の如き業に驚き微かに動きが止まる。
その一瞬の隙と少女の感情任せの攻撃が奇跡的に重なり、迫る少女の盾を煉獄は素手で受け止めた。

途端、全身に走る痺れと痛みに煉獄は目を見開き歯を食いしばる。
それが盾から放たれる電撃だと理解した煉獄は咄嗟に飛び退き盾から離れる。

(あの息の乱れようから半ば錯乱しているようだな)

突然殺し合いに巻き込まれ、恐らく誰ともわからぬ者に襲われて。これでは錯乱しても責められまい。
だが、あのままでは梔子や罪なき人々にまで被害が及んでしまうかもしれぬ。少々手荒になるかもしれないが、抑え込むしかない。

「待ってくれ煉獄さん」

そんな煉獄を呼び止めるのは梔子。先ほどの悲鳴に慌てて駆けつけたのだ。

「天本彩声。私たちに敵意はない。少し話をさせてくれないか」
「あっ...うん、わかった」

梔子の姿を見た彼女―――彩声は、少し考える素振りを見せるとあっさりとそれに従った。


「知り合いだったか梔子少女よ!」
「...まあ、知り合いではある」
「えっと、煉獄さん...でいいのかな。さっきはごめん。取り乱しちゃってつい」
「気にするな!いい電撃だった!自衛の術を身に着けているのは感心する!!」
「は、はぁ...どうも...」

煉獄のテンションに押されつつも、三人の情報交換は会議室で行われることになった。

「それで...梔子はあのμの仲間じゃないんだよね?」

最初に、彩声が遠慮がちにそう切り出した。

「μと楽士の関係性を知る者ならば当然の疑問だと思うが、私は、いや、今回呼ばれた楽士たちは恐らく違うと思う」
「だよね...たしか、μは楽士たちが集める想いで力を手に入れてるようなものらしいし、それを三人も消すなんてただの自殺行為でしかないもんね。...次、質問いい?」
「構わない」
「あなた達の仲間のウィキッドについて教えて欲しい。あいつの正体を」
「...?何を言っている?」
「仲間を売れないって気持ちはわかるけど...私だって仲間を疑いたくないの。だからお願い。正体だけでも教えて欲しい」
「いや、正体もなにも...お前たちは私やウィキッドたちを倒して先へ進んだじゃないか」

梔子も彩声も共に「えっ?」と疑問の表情を浮かべる。
彩声からしてみれば、梔子の答えは意味がわからなかった。ウィキッドによる監禁から抜け出せなかったからこそ、誰が犯人だ裏切り者だと疑念が蔓延った。
なのに、自分たちは既にウィキッドを倒しているという。
梔子からしてみれば、彩声の疑問の意味がわからなかった。強制的に操られた者たちもいたものの、μを護る楽士たちとの全面戦争を経て帰宅部はメビウスを消し去るに至った。
その彼女が今さらウィキッドの正体を教えてくれと頼み込む。

話がかみ合わない。これはいったいどういうことだ。

「時間が違うのかもしれんな!」

張りあがる煉獄の声に、彩声も梔子も思わずそちらに意識を向ける。

「俺は大正に生き、散った身だが、君たちは更に未来で生きる者たちなのだろう!それをそのまま当てはめればいい!」
「...!そういうことか」
「大正...?あなたなに言ってるの?」

煉獄の大正育ちという言葉に疑念を抱く彩声に、梔子は順を追って説明しながら煉獄の言を照らし合わせる。
煉獄と梔子の生きる時代は100年単位で違う。ならば、それは知己の間にも同じことが当てはまる。
同じ時代においても、ほんの数日でもズラせば情報の差異を生じさせることができる。

「一人一人が違う時間からね...俄かには信じがたいわ」
「私も煉獄さんという前例がなければ疑うことしかできなかっただろう...地味だが効果的だな」
「まあ、それで納得するしかないから仕方ないけど...とにかく、あなたの時間ではそうかもしれないけど私はまだウィキッドの正体を知らないの。だから...」
「断る」

懇願する彩声を梔子は掌を立てて遮った。

「忘れて貰っては困るが私たちは敵同士だ。おいそれと仲間の情報を売る訳にはいかない」
「ぅっ...」

いくら呼び出された時間が異なるとはいえ、この彩声も近いうちに梔子の前に立ちはだかる敵だ。
それは彩声にしても同じだ。梔子は比較的話が通じる方だとはいえ、最終的にはやはり戦う運命にある。
故にただで情報を流す訳にはいかない。それを理解しているからこそ、そこを突かれた彩声は口を噤む他なかった。

「これは情報交換だ。知りたいことがあるなら私たちにも情報を提供してもらおう」
「わかった。なにが聞きたいの?」
「そうだな...まずは、なぜあんなところで気絶していたかだな」
「あっ...!そうよ、そのことを伝えたかったのよ!」

彩声は机に掌をつけ、ずいと身を乗り出し梔子へと顔を近づける。

「流竜馬って男にやられたの!平気で女の子を傷つける最悪の暴力男!!あいつは絶対にやっつけないとダメ!!」
「ちょ、ちょっと待て。少し落ち着いて...」
「彩声少女!人を傷つける輩は捨て置けん!今の話詳しく聞かせてもらおうか!」

あまりの剣幕に狼狽える梔子に代わり、煉獄が彩声へと詰め寄った。
彩声も煉獄のテンションに敗けじと声を張り上げ始める。

「ほんと最低なのよあいつ!フレンダちゃんを殺そうと斧持ってストーカーしてくるし!無駄に頑丈だし脳筋だし!私だって思い切り顔を殴られた上にご飯も盗まれた!
きっといまもフレンダちゃんを追いかけてるわ!あんな男、死んじゃえばいいのよ!!」
「なるほどわかった!梔子少女よ!どうやらこのままでは"ふれんだ"という少女が危ないらしい。すぐに出立の準備をしよう!」

いうが早いか、荷物をテキパキと纏めていく煉獄に対し、しかし梔子は数秒の沈黙の後にふるふると首を横に振った。

「煉獄さん。その竜馬という男を探しに行くのなら、私は置いて行ってくれ」
「ム」

突然の別離宣言に、煉獄はひとまず手を止め、梔子の言葉に耳を傾ける。

「さっきもそうだったが、私は炎とそれに類するものを見ると呼吸困難に陥ってしまう。そんな様では着いて行ったところで足手まといになるだけだ」
「しかしそれではきみの方が無防備になる」
「大丈夫」

いうが否や、突如、梔子の身体が光り、彩声のものに酷似した盾が彼女の手に装着される。

「私も彩声のように自衛できるだけの力がある。そこまで強力なものではないが、身を護るくらいなら問題ない」
「それでは足りない。先ほどの城の罠のような代物が他にもあるかもしれん」
「じゃあ私が一緒に残るわ」

思いがけぬ提案に、梔子は戸惑いで目を見開いた。

「天本彩声?」
「実は私、男性恐怖症なの。触れられるどころか近づかれるだけでも取り乱しちゃうくらい。さっきのも、流竜馬と間違えたというよりは、声をかけてきたのが煉獄さんだったからああなっちゃって...」
「...そうか」

煉獄は瞼を閉じ数秒間沈黙する。そして、カッと目を見開き力強く言い放った。

「君たちの事情は理解した!ならばこの施設は君たちに預け、俺は一刻も早くふれんだ少女を保護し連れてくるとしよう!それで構わないか!?」
「ああ、それでいい」
「それと、万が一ここが襲撃されても意地を張って護る必要はない!その時は近くにあるスポーツジム、まだ逃げきれなければ次は魔法学園、公園と傍にある施設を集まる目印としよう!」
「わかった。...なにからなにまですまない煉獄さん」
「それが俺の責務だ!遠慮することはない!彩声少女、ふれんだ少女と流竜馬の特徴は!?」
「あっ、えっと、小柄で金髪で、外国のお人形さんって感じの女の子よ。流竜馬はいかにも粗暴なチンピラって感じ」
「承知した!では行くとしよう!」

扉を開けかけたところで煉獄は顔だけ振り返り、梔子と彩声に笑みを向けた。
迷いも己への自負も損なわぬ、自信に満ち溢れた笑みを。

「君たちの無事を祈る」

その言葉を発した瞬間、ドン、と地鳴りするほどの激しい音と共に煉獄の姿が消えた。
衝撃に身体のバランスを崩した二人は傍のものをとっさに掴み体勢を立て直し、慌てて部屋の外へ出て煉獄の背を追おうとする。
が、もはやそこには人影はあらず。煉獄の背中は遥か彼方の闇に消え去っていた。

「す、すごっ...速い...」
「...よほど私の存在は枷になっていたようだな」

煉獄の残した存在感により驚愕で思考が停止する二人。
やがて、思考が先に回復したのは梔子だった。

(...この分では煉獄さんが帰ってくるまでには終わらないかもしれないな)

梔子が煉獄への同行を拒否したのには、トラウマの件以外にも理由がある。

琵琶坂永至。
梔子の怨敵であるこの男を探し、然るべき報いを与えさせること。
この件に煉獄を絡ませたくはなかった。
琵琶坂永至は確かにとんでもない悪党だ。しかし、煉獄は鬼のような化けものでなければ殺すような真似はしないだろう。
奴を追い詰めた時、煉獄が傍にいれば彼に邪魔をされ、復讐の機会は永遠に失われてしまうかもしれない。

(そう...あいつが生き返らせられたという保証はなくなってしまったのだから)

煉獄の唱えた仮説により、この会場の琵琶坂は蘇らせられたのではなく、梔子からしてみれば過去から連れて来られた人間である可能性が高くなった。
つまり、殺し合いを止め元の世界に戻ったとしても、そこには死んだ家族は当然ながら、怨敵である琵琶坂もいないということになる。

それでは駄目だ。やはり、少なくとも琵琶坂には然るべき報いを与えねば気が済まない。

故に、利用できるものは利用し、微かにでもあの男への足掛かりにするべきだ。

「天本彩声、まずは礼を。共に残ってくれてありがとう」
「気にしないでいいよ。どちらにせよ、あの人に着いていけるとは思えないし」
「わかった。それで、先ほどの情報交換の続きというわけじゃないんだが...私の求めるモノに応えてくれたら、ウィキッドの正体も教えたいと思う」


彼女は気づいていない。
己に不都合な"善良な者"から距離を置き、手段を問わず目的に邁進する。
その行動原理は彼女の憎む琵琶坂永至と酷似していることに。



コイントスの結果、静雄とレインの二人は公園より東へ徒歩で移動することになった。

「大丈夫かレイン。疲れたらいつでも言えよ」
「平気です。もうこれで三度目ですよ」

レインはぶっきらぼうに返事を返す。
別に、これまでのやりとりで静雄を嫌っている訳ではない。
静雄は短気ではあるものの、怒っていい相手と怒るべきでない相手の分別はついているし、会って間もないのに気を遣ってくれるのは有難いとは思う。
だが、静雄の気遣いは紳士が淑女をエスコートするソレではない。
いうなれば保護者。まだ幼い妹へ見せる兄の振舞いだ。
やはり、まだ子供に見られている。
どうにか"ちゃん"付けは止めさせられたのはいいが、まだ歩いて15分程度なのに5分おきに体調を気遣われては、少々ばかり不機嫌になっても致し方ない。

「平和島さん。さっきも言いましたが私たちはあくまでも対等な同盟です。だから子供扱いは」
「止まれ」

もう一度釘を刺しておこうとしたレインの言葉は、眼前に掲げられた腕に遮られる。
身を屈め、静雄の腕の隙間から覗けば、ふらふらとした足取りで何者かがこちらに向かってきていた。
かと思えば、やがてドサリと前のめりに倒れこんだ。

「...ありゃ知り合いか?」
「いえ。確かにシュカさんは小柄で金髪ですが、雰囲気からして違いますね」

距離を置き、しばらく様子を眺めるも、倒れこんだ者はロクに動く気配も無し。
このままでは埒があかないと、二人は駆け寄り抱き上げた。
倒れた少女は衣類はズタボロで、全身を汗や埃で塗れさせ、右の耳たぶも損傷している。

レインは、彼女を極度の疲労困憊だと判断し、このままでは情報を得ることもできないと、薬草を一枚細かく破り、無理やり水で流し込んだ。

「ブハッ!?」

ある程度流し込んだところで、少女は思い切り水を吐き出し、苦いよ苦いよ~などと涙をにじませながらのたまい始めた。
やがて、疲労で重くなっていた己の身体が軽くなったのを実感すると、ようやく己の意識が朦朧としていたことに気が付いたのか、キョロキョロと辺りを見回す。
そして、自分が静雄に抱きかかえられているのだと認識するとひゃああ~などと悲鳴を上げ、バタバタともがき始めた。

「よーしよし、恐かったなー。大丈夫だぞー、俺たちは敵じゃないぞー」

少女のもがく手足が顔や足に当たろうとも、静雄は額に青筋を浮かべることもなく、優し気な声音で子供をあやすように宥め続ける。
それは年頃の少女にする対応ではないでしょうに、とレインは呆れるが、それが功を為したのか、少女は次第に落ち着きを取り戻していく。

「もう大丈夫か?」
「あー...うん、アリガトウゴザイマス」

錯乱して宥められていた自分が恥ずかしくなったのか、少女はすぐに静雄の腕からおろしてもらい、頬を赤く染めて佇まいをただす。

「あなたの名前は?」
「...フレンダ=セイヴェルン」
「フレンダさん、あそこまで疲労するなんてなにがあったんですか?」
「ッ!そ、そう!聞いてほしい訳よ!」

フレンダが落ち着いた頃を見計らいレインが質問すると、堰を切ったようにフレンダの口は回り始める。

「最初の会場で滝壺って友達が殺されて!流竜馬って暴漢に襲われて!!それで」

必死に捲し立てるフレンダを宥め、数秒間をおいてから静雄が口を開く。

「その竜馬ってのは仮面を着けたガタイのいい奴か?」
「ううん、ガタイはいいけど仮面は着けてなかった訳」
「そうか」

竜馬という男が先のミカヅチではないことにレインはほっと胸を撫でおろす。
まだロクに彼への対策もロクに思いついていない上に戦力も揃っていないのだ。彼との再戦は出来れば避けたいものである。
とはいえ、その流竜馬が未知数である以上はなるべく接触は控えたいが...

そんなレインの危惧を吹き飛ばすかのように、何処からかなにかを叩きつけたような音が響き渡った。

「ひゃあっ!?」

その音を聞いたフレンダは悲鳴と共に飛び上がりガタガタと震えだす。

「いる...あいつが近くに来てるって訳...!」

その姿を。
非力な少女が恐怖に身を縮こませる姿を見た静雄は。

「...おし。ちょっと行ってくるわ」

恐れなど微塵も見せず、少女たちに背を向け轟音のもとへと向き直る。

「平和島さん」
「確認するだけだ。レイン、フレンダちゃんを頼んだ」

呼び止めようとするレインへと片手を挙げて牽制し、そのまま足を進めていく。

レインは察している。静雄は、口では確認するだけだと宣っているが、必ず戦闘を行うだろうと。
だが、武器もない彼女に静雄を止める術はなく、目と鼻の先にいる殺人者に怒る彼を止める理論も持ち合わせておらず。

「...ひとつだけ忘れないでください。あなたが死んだら私たちも死んだも同然だということを」

彼女に出来るのはこうして楔を打ち込むことだけ。平和島静雄という猛獣を繋ぎとめるには心許ない、力なき弱者という楔を。

「ああ」

短い返事と共に静雄は去っていく。

その背中を。
静雄と彼を見つめるレインの背中を見てフレンダは心中で嗤う。
これでようやく自分にも少しばかり風が吹いてきたと。



民家の立ち並ぶ小さな町。

「チッ、犬かよ」

煉瓦の壁に撃ち込まれた鉄球の真下にいる犬を摘まみ上げ、ポイと放り捨てる。
逃げていく犬にも構わず、竜馬は鉄球を回収し、今しがた破壊した壁付近に腰をかける。
彩声を退けた後、彼女がやってきた方角を辿ってきたはいいが、フレンダと思われる痕跡は途中で無くなっていた。
仕方なく感頼りに進み、やがてなにかの気配を察知したのはいいものの、その正体が野生の犬では気力も削がれてしまうというものだ。

「―――おい」

「...あ?」

かけられた声に、竜馬はふてぶてしく顔を上げる。
声をかけてきた青年―――平和島静雄は、竜馬の傍らに置いてある日輪刀を見て、ズレたサングラスを中指でかけ直す。

「あの壁、その武器で壊したのか」
「だったらなんだってんだ」

竜馬の返答に、静雄の右こめかみに青筋が走り、そっとレンガの壁に手が添えられる。


「...なあおい。お前、その武器を女の子に向けたんだよな。建物壊せるようなモンぶつけたら死んじまうってのはわかってやってたんだよなあ?つまりお前はあの子を殺すつもりでやってたんだよなぁ?」
「なにをごちゃごちゃ言ってやがる」

ミシリ、ミシリ、と静雄の握力に壁が悲鳴をあげていく。
異常を察知した竜馬は日輪刀を構え戦闘態勢をとる。

「だったらなにされても文句は言えねえよなぁ!!」

ボコリ、と明らかに静雄の掌には収まりきらないサイズの塊が、壁から引きちぎられた。
そのどう見ても片手では持てないであろう重量のレンガを、静雄は竜馬目掛けて力づくで投げつけた。
迫りくるソレを、竜馬は飛び退き躱し、お返しと言わんばかりに鉄球を放つ。

ドスリ、と鈍い音と共に静雄の腹部に撃ち込まれる棘着き鉄球。
鬼ならいざ知らず人間相手ならばこれで勝負は決したも同然だ。

「――――ってえなゴラアァァァァ!!!」
「んだとぉ!?」

だが、この池袋最強の男はとても『人間』の範疇に収まる存在では非ず。
静雄は腹部へのダメージなどなんのその、鉄球をそのまま投げ返した。

さしもの竜馬もこの反撃には面食らい、驚愕で止まった僅かな時間は彼から回避の選択肢を奪う。
舌打ちと共に竜馬は斧を盾にして鉄球を受け止めるも、勢いは殺しきれず、彼の身体は押し出されるように後退し、壁に叩きつけられる。

「まだ終わりじゃねえぞゴミ野郎がぁ!!」

激昂と共にずかずかと歩み寄ってくる静雄を、竜馬は痛めた首を鳴らしながら睨みつける。

「へっ、あのクソガキ。今度はちったあマシな奴を送り付けてくるじゃねえか」

竜馬は、今は日輪刀は役に立たないと判断し、デイバックへとしまい込む。
代わりに構えるは拳。右肩を前に突き出し、左ひじを後ろに引き、浅く腰を落とす。
空手の基本的な構えである。

「来な。拳(こいつ)でやってやらあ」
「上等だゴラァ!!」

思わぬ強敵に戦意を昂らせ凶悪な笑みを浮かべる空手家と、激情のままに怒りに顔を歪ませる池袋最強。
月光照らす中、二匹の獣の拳が交叉する。


前話 次話
「あなたが、その気持ちを伝えられますように」 投下順 闇を暴け(中)

前話 キャラクター 次話
殺伐感情戦線 天本彩声 闇を暴け(中)
梔子の世界わ終っている。 梔子 闇を暴け(中)
梔子の世界わ終っている。 煉獄杏寿郎 闇を暴け(中)
どうしようか? 平和島静雄 闇を暴け(中)
どうしようか? レイン 闇を暴け(中)
殺伐感情戦線 流竜馬 闇を暴け(中)
殺伐感情戦線 フレンダ=セイヴェルン 闇を暴け(中)
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