バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

炎獄の学園(上)

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kyogokurowa

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駆ける、翔ける、駈ける――。

その姿はまさしく、一心不乱。
決して背後を振り返ることなく、ただひたすらに。
彼女は生存本能に従い、己を害さんとする脅威から逃避する。

彼女が蹴り上げる足場には蔦が入り組んでいる。
だが、彼女は無意識にそれを避け、決して躓くことはない。
身体の末尾には橙色の火が灯っている。
しかし無尽蔵に湧き上がる恐怖が、身を焦がす熱に気付かせない。

逃走の最中、壁に張り付いている蔦にそこが触れる。
たちまち火は植物部分に延焼し、彼女は意図することなく炎獄の配達者となる。

魔法学園――これよりこの地は、血と炎に塗れた地獄と化す。







樹海と化した学び舎。
その廊下を行くのは三人の少女。

「てぇえええりゃああああああーーーーーーーーーッ!!!」


咆哮と共に宙より大剣を振り下ろす小柄な少女は、ヤマトの國の天子アンジュ。
自らを串刺しにせんと地から突き上げた大樹を、一刀両断し無効化する。
彼女が手に持つ大剣アスカロンは全長3.5m、総重量200kgの鋼の塊。
成人男性複数人掛かりで持ち上げるのがやっとの代物であるが、アンジュは特に不自由なくこれを扱っている。



「ここにも罠か……。全く…用意周到なことじゃの。あかり、それにカタリナよ、怪我は無いかの?」
「大丈夫です…助かりました、アンジュさん」
「あ、ありがとう〜アンジュちゃん」


青を基調としたドレスを身に纏い、若干腰が引けているのはカタリナ・クラエス。
今や戦地へと成り果てているこの魔法学院に通う生徒であると同時に、自らの破滅フラグを回避せんと奔走する異世界転生者でもある。

そんなカタリナの手前で、迫る危険から彼女を庇うように身構えていた一際小柄な少女が、間宮あかり。
東京武偵高校1年A組強襲(アサルト)科に所属するEランク武偵である。
ランクこそは低いが、彼女も訓練された武偵。
地より突き抜けた大自然の凶器を、戦場(いくさば)に慣れたアンジュとほぼ同時に察知――瞬時に後退し、「ほえ?」と間抜けた声を発するカタリナを庇う体制を取ったのである。

あかりはチラリと大樹の残骸を一瞥する。

「でも、さっきから罠に遭遇する頻度増えていませんか? 特にこの廊下だけでも――これで3回目ですよ」

振り返ると、三人が通った渡り廊下には、薙ぎ払われた樹木の残骸と断裂の入ったクレーターが飾られていた。
それを目にする誰もが、破壊、衝突――そういった闘争を彷彿させるものがこの地で勃発したのだと悟るだろう。
そして、この闘争の類はあかり達がこの廊下の奥深く進むごとに過剰になってきている。
ここから察するにーー。

「ふむ…もしかすると、余達は敵の根城に近づいているやもしれぬの……。のう、カタリナよ。この学園の地理を把握している其方に問うが、この先に腰を据えるにもってこいの場所はないかの?」
「ええと、確かこの先にはーー」

カタリナは額に指を当て自らの記憶を辿り、すぐにハッとした表情を浮かべる、

「あっ、あります! 一際広くて落ち着ける場所がッ! この廊下の突き当たりを曲がった先に!」

――その場所は、カタリナが学生生活において、友人達と最も多くの時間を共有した場所であった。






「ふむ……」

魔法学園内、生徒会室。
扉、外壁、窓硝子あらゆるものが樹木のバリケードで覆われたその場所は、今や外界とは完全に隔絶されている。
その庭園で椅子に腰掛ける男が一人。

男の名前はヒイラギイチロウ。
植物を自在に操る異能(シギル)を持つDゲームプレイヤーであり、今やこの魔法学園に君臨する支配者である。

ヒイラギは指先から伝う蔦から、学園内に張り巡らせている植物の死活を監視している。
そしてつい今し方、生徒会室前に設けた樹木のバリケードが取り除かれ始めたことを悟る。

「想定よりも早く到着したようだな。あの獣め…務めを果たすことはなかったか……」

彼がいう「獣」とは、先程侵入者を駆逐せんと放たれた巨鳥ココポのこと。
単に侵入者どもと遭遇しなかったのか、それとも戦闘の末敗北を排除されたのだろうかーードローンを破壊された現状、それを把握する術はない。
何れにせよ、あの巨鳥は有用な駒にはなり得なかったということになる。


「とは言え折角のご来客だ。歓迎せねばなるまい……」

ヒイラギは椅子から立ち上がる。
相手は見たところ、自分の娘と同年代と思われる少女達。
罪悪感を感じないと言えば、嘘になる。

だが、それでも――。

「私は退くわけにはいかぬのだよ…例えこの手を血に染めたとしても……」

確固たる決意とともに異能(シギル)を発動。
忽ちヒイラギの身体に植物が纏わり付き、堅牢な鎧を形成する。

視線を注ぐは、この部屋の入り口となる扉一点のみ。
今まさに雪崩れ込まんとする敵を迎撃せんと、身構えるのであった。






「そろそろ到着する頃合いでおじゃるな……」

夜の市街地エリアを闊歩する二人の男女。
魔法学園の建造物を視界に捉え、まるで現代の歌舞伎座に出てくるような白塗りの化粧で顔を覆う男――マロロは呟く。

全ては、亡き友への復讐のため。
パッと見飄々とはしているが、その眼光は例えるなら炎――憎悪と狂気といった負の感情が激しく燃え上がっていた。


「それでーー」

その傍らを歩むメイド、十六夜咲夜は静かに口を開く。
マロロのものとは対照的に、彼女の眼光は謂わば氷――余計な感情を一切持たず、刃物のような鋭さがある。


「マロロさんはあの学園で何を仕掛けるつもりかしら?」

端的な質問を行う咲夜。
ここまでの道中もそうであったように、互いの利益のため一時的に協力体制を敷いてはいるが、必要以上に馴れ合うつもりはなく、同行者の意図のみを確認しようとする。


「にょほ、にょほほほ……咲夜殿、これは異なことを…。そんなこと、決まっておろうにーー」


完全で瀟洒な従者の射殺すような視線を受けるが、マロロは一切動じる様子もなく口角をグニャリと大きく吊り上げる。


ヒト(・・)狩りでおじゃるよ」







「二人とも下がってーーー!!!」

樹木のバリケードに自分の支給品を設置して退散するカタリナ。
ありったけの声で叫び、アンジュとあかりに退避を促す。
直後--凄まじい爆音ともに突風がカタリナの身体に振りかかり、彼女は数メートルほど空中浮遊を体験した。

「痛っ!」

そのまま額から地に落下して悲鳴を上げるカタリナ。

キンキンキン―――と耳鳴りが激しく鼓膜に残る中、カタリナが振り返ると、其処にあったはずのバリケードは焦げた匂いだけを残して、跡形もなく消し飛んでいた。
辺り一帯には硝煙が立ち込めている。


「す、凄い威力ですね……」
「うむ…まさか、ここまでとはのぉ」

カタリナが使用した支給品は「まほうの玉」。
付属していた説明書によると爆弾の類のようであった。
アンジュがバリケードの伐採に手を焼く中、この支給品の存在を思い出したカタリナは、物は試しと、この支給品の使用を提案し――今へと至っている。


先程の爆発はバリケードのみならず、生徒会室とローカルを隔てる壁や扉をも吹き飛ばしたようだ。
硝煙に包まれているが、壁には穴が開き、廊下側からでも生徒会内部の様子が窺えるようになっている。
やがて、硝煙が晴れると生徒会室側から一つの人影が現れる。

「成る程爆薬の類か…まだ少し猶予はあると見ていたのだが……」

それは男性であったが、その姿はまさに異様――。
身体の至る所が樹木に覆われている。
その様相からして、この学園に張り巡らされた植物を仕掛けた張本人であることは間違いないだろう。

「其方が黒幕の植物使いと考えて良いのじゃな?」
「如何にも…私の名はヒイラギ。歓迎しよう、勇気ある少女達よ。我が城へようこそ…」

視線を交えながら、早くもアンジュとヒイラギの間で剣呑な空気が漂う。
今すぐにでも正面衝突が起こり得ない状況であるが-ー

「ちょっとちょっと、おじさんッ! 黙って聞いていれば、何よ『我が城』って! この生徒会室はね! 私とマリア、メアリ、ソフィア、ジオルド様、キース、アラン様、ニコル様…それに会長……。私達にとっての憩いの場所よッ! 決しておじさんのものじゃないんだからッ!」

そこに発破を掛けたのが、カタリナ・クラエス。
先のヒイラギの発言に不満を覚え、声を荒げて抗議する。

「ちょ、ちょっと、カタリナさん!? お、落ち着きましょう…」

興奮するカタリナを、あかりはまぁまぁと諫めている。
そんなカタリナの主張に対し、ヒイラギはピクリと眉根を寄せた。

「君は…この学校に通う生徒なのかね?」
「ええ、そうよ! 私はカタリナ・クラエス! 正真正銘この魔法学園に通うしがない学生よ!」

胸に手を当て、高らかに宣言するカタリナ。
自分のことを「しがない学生」と評する割には、何故だか若干得意げな表情を浮かべていることに、あかりは違和感を覚えるがーー弾劾されているヒイラギ当人は、そこには言及せずに。

「そうか…それならば、君にとって私こそが侵略者ということになるな。先程の発言は取り消そう、すまなかった」

素直に謝罪をした。
この反応はカタリナも予想外だったらしく、「ま、まぁ分かれば良いのよ」と若干困惑気味に返す。
二人のやり取りを見守っていたアンジュとあかりも呆気に取られた様子だ。

何れにせよ、それまでピンと張り詰めていた場の空気は少しだけ緩んだ。


「少女達よ…事を始める前に、少しだけ話をしよう、いや話を聞いてくれるだけで良い……。」


三人の少女に相対するヒイラギは実に穏やかな口調で語り出す。
アンジュ、あかり、カタリナは頭に「?」マークを浮かべながら、ヒイラギの言葉に耳を傾ける。
勿論、男が何か仕出かすのではないかという警戒を怠ることはない。

「私には娘がいてね…丁度君達くらいの年頃だーー本来であれば、この学園のような学び舎へと通い、同級生たちと晴れ晴れしい日常を謳歌している頃合いだろう」

「本来であればーー?」

その発言の意味深な部分にカタリナが反応すると、ヒイラギは静かに頷く。

「ああ…娘は心臓に重い病気を患っていてね……今は入院中で、助かるにはとても難しい手術が必要だそうだ……。だからこそ、私はーー」
「この殺し合いに勝ち残り、その報酬で娘を救う……。そういうことじゃな?」
「そ、そんな……」

アンジュの指摘にヒイラギは首を縦に振り、その悲壮なる覚悟と背景に、カタリナとあかりは息を呑む。

「(この人にも救いたい人がいるんだ……)」


――あかりは振り返る。
大怪我を負ってしまった憧れの先輩アリアのこと。
突然倒れてしまった妹ののかのこと。

危機に瀕した彼女達の姿を目の当たりにしたからこそ――。
大切な人を救いたいという切なる願い、痛いほど分かる。

そして、あかりと同じように「大切な人がいて、その人のために尽くそうとする」ヒイラギとこれから相争わないといけないという事実がとても哀しく、胸が締め付けられそうになった。


「恨んでくれても構わない。蔑んでくれても構わない。
私の戦う理由を聞いて、どうこうしてほしいというわけではない……。
ただ私はこれから殺し合いをする君達に、君達を葬り去らなければならない理由と、覚悟を聞き届けてほしかったーーただそれだけのことだよ……」

「ーーあいわかった。其方に退けぬ理由があるということは理解した。
けれど、余達もおいそれと『はい、そうですか』と大人しく殺されるわけにはいかぬのじゃ。其方がこの殺し合いに勝ち残らなければならない理由があるように、余達にも、生き残らねばならぬ理由があるからのぉ」

「勿論、それは重々承知しているつもりだ。だからこそ君達にこう告げたい。
懸命に抗ってくれたまえ、と……。私も退くつもりはないからね。
それでは、私という存在と君達という存在……どちらかが朽ち果てるその瞬間まで存分に殺し合おうじゃないかッ!」

言うが早いか、ヒイラギは地面を踏み抜き三人の元へと突貫する。
アンジュが素早くこれに反応。大剣アスカロンを振り抜き最前線へと躍り出る。
「ま、待って」とあかりの叫びも虚しく、樹木で覆われたヒイラギの拳と、アンジュの斬撃が衝突。


「ッ!!?」
「こ、これほどとはッ……!」


先の爆発に引けを取らない轟音が響く。
激突の衝撃で両者は数メートル後退。
相手が想像以上の力量を持つことに、互いに驚愕の表情を浮かべるが、すかさず態勢を立て直す。

アンジュは前屈みに――。
ヒイラギは上体を大きく振りかぶり――。
両者は再度猛然と接敵。
風を切る音とともに剣と拳が激しく交錯する。


「てりゃあああああああッーー!!!」
「ぐおおおおおおッーー!!!」


アンジュとヒイラギイチロウ。
対峙する両雄の咆哮が学園の廊下に鳴り響く。

異能(シギル)により大自然の恩恵を受けたヒイラギイチロウの拳は岩をも砕く。
しかし、この場では霊装アスカロンとアンジュの剛腕を粉砕することは叶わず。

戦闘民族ギリヤギナの血と天子の名を受け継ぐアンジュの剛腕に掛かれば、大地をスイカのように割ることは容易い。
しかしその剛腕と大剣アスカロンを以てしても、堅牢なるヒイラギの鎧を両断することは出来ない。

両者は一歩も譲らず、退かず。拮抗。
ただ眼前の敵を睨みつけ、相対するものを滅ぼさんと斬撃と打撃を無尽蔵に繰り出す。
繰り返される衝突で、大剣の霊装が軋む。
鎧の一部分が弾かれ樹木の破片が飛び散る。
風圧で窓硝子が砕け、地には裂け目が生じる。


「ならば、これならどうかねッ!? 獣耳の少女よッ!」
「ッーー!?」


ヒイラギの肩口からまるで触手のように樹木が伸長する。
それは弾丸のようにアンジュの顔面を突き破らんと差し迫るが、アンジュは振るわんとする大剣を引っ込め後方へと宙返り。これを躱す。
更に空中で大剣を振りかぶり、咆哮と共に追尾する樹木を両断。


「まだまだ終わらんぞ、少女よッ!」
「クッ……!!?」

着地するアンジュに、呼吸を整える暇は与えられない。
ヒイラギの鎧から発せられた複数の大樹が襲い掛かる。
まるで獲物をに喰らいつく肉食獣かのようにーー。
複数の大樹は、猛スピードでアンジュに差し迫る。

アンジュは額に汗を浮かべ側転し、寸前で回避。
躱された樹木はそのまま廊下の床を貫通。土埃とともに破壊の音が連続する。
一部は躱すことは出来た--しかし、他方で残りの樹木はまるで自ら意志を持つかのように、アンジュを追跡する。


「こんのォオオオオオオオオッッッーーーーー!!!」


アンジュはアスカロンを振り回して、それらを伐採していく。
呼吸が乱れるアンジュ。
必然的に生じる隙。
Dゲーム常勝プレイヤーであるヒイラギがそれを見逃すはずもなく、一気に距離を詰め肉薄。
幼き皇女の顔面目掛けて拳を振り下ろさんとする。





しかしーー。


「――アンジュさんッ!!!」


この戦場にいるプレイヤーはアンジュとヒイラギのみにあらず。

その瞬間――これまでカタリナとともに蚊帳の外から傍観に徹していたあかりが動く。
アンジュとヒイラギがあまりにも超人的な動きで戦闘を行っていたため、下手に援護射撃もままならない状況ではあったが、アンジュのピンチを悟ると、その手に握る銃をヒイラギに向けて撃ち放った。

ヒイラギは素早く反応。
両腕に纏わりつく樹木を肥大化させ盾として、剥き出しの顔面を庇うかのように銃撃を防ぐ。

「猪口才な真似をッ!」


攻勢から一転、防御へと切り替えるヒイラギ。
あかりは、尚も銃を連射する。
当然意識は眼前のアンジュではなく、あかりの銃撃へと向けられる。
その刹那、アンジュはがら空きとなったヒイラギのボディへと大剣を叩きこむ。


「ぬっ!? ぐおおおおおおッッッーーー!!?」

ヒイラギの身体は左方向、生徒会室内へと吹き飛ばされる。


「やれやれ……恩に着るぞ、あかりよ」
「アンジュさん、援護します! 連携して戦いましょう!」
「ふむ…良いじゃろう! それでは後方よりの支援、其方に任せようぞ」


アンジュはニヤリと笑みをこぼし、大剣を構え直す。
あかりの提案を受け入れ、目の前の脅威に対する戦法についても考えを改める。
それ即ち、闇雲に突っ込み敵を討ちにいく個人プレイではなく、後方からの味方の遠距離射撃を意識したチームプレイに努めるということになる。

――ネコネ、ノスリ、キウル、ウルゥルとサラァナ……。
所謂後方支援、援護射撃を主とする彼の者達とともに幾多の戦場を駆けてきたアンジュにとって、それは慣れ親しんだもので、あかりとの連携について拒む理由はなかった。

「あかりちゃん、アンジュちゃん! わ、私も戦うよーー」
カタリナさんは退がって下さいッ!(カタリナは退がっておれッ!)
「ひゃ、ひゃいッ!」

出しゃばろうとするカタリナを二人はほぼ同時に一喝。
カタリナはしゅんとして、後方へと退がるのであった。


「そうか、私とした事が…失念していたよ……あの時ドローンを撃墜した、君の銃撃についても警戒すべきであった」
「………ッ!」


瓦礫と植物に塗れた生徒会室。
崩れた本棚を押し除け、ヒイラギはゆっくりと起き上がる。
先程のアンジュの一撃が効いたのか、ゴホリと咳き込むと口から赤い鮮血が溢れる。
だが、その瞳に宿る闘争心は健在。
あかりとアンジュ二人を見据え、まるで陸上競技のクラウチングスタートのような前傾姿勢を取る。


「来るぞ、あかりッ! 余に合わせるのじゃ!」
「はい、アンジュさん!」


ヒイラギは地を蹴り上げ、二人との距離を縮める。
迫るヒイラギに向け、あかりは銃の引き金に掛けた指に力を込める。
次の瞬間には乾いた発砲音と共に、硝煙が舞う。

あかり自身は、未だにヒイラギと交戦するのには躊躇いがある。



だがーー


武偵憲章第一条
仲間を信じ、仲間を助けよ。



武偵として、いや間宮あかりという一人の人間として。
仲間が難敵と戦っている場面を、ただただ眺めることなどできなかった。


――狙うは肩口と手足。
そこを負傷させ敵としての脅威を無効化。
その後アンジュと協力し拘束するつもりだ。




しかし。



「緩いッ! 緩いぞッ、少女よ! 鉛の弾で私の鎧を貫くなど笑止千万!」
「っ!?」


生身となっている顔面を両腕で覆ってはいるが、大自然の侵攻は、銃撃をものともせずに前線のアンジュへと肉薄。
表情を一切変えず、冷徹に必殺の拳を振るい上げる。
アンジュは瞬発的に右後方へと跳躍し躱す。
空を掠めた拳は、勢い殺さず廊下の外壁を突き抜け――学園の廊下に冷たい外気が入り込む。


「あかり!!!」
「はいッ!」


反撃に転じる好機。
ヒイラギが施設外に飛び出した片腕を引き戻す前に、アンジュは空中で身を翻し、アスカロンとともに身体を回転させ、ヒイラギの正面から斬撃を繰り出す。
さらにそこへ重ねる形で、あかりは素早くヒイラギの側面へと駆け出し、別面から銃を連射する。

二方向からの同時攻撃――。
即席にしては、息の合った連携プレイと言えるだろう。

「ぬっ!!!」

ヒイラギは銃弾に備えて、自由の利く片腕を自身の顔前に突き出し防御の姿勢を取る。
銃撃は絶えることなく、ヒイラギの鎧に着弾していき、木片が飛び散る。
防御に専念する傍ら、ヒイラギは差し迫るアンジュに対して、不動のまま脇腹から樹木を伸張させてこれにぶつける。


「それは――お見通しじゃッーー!!!」

先程の戦闘からその攻撃を予見していたアンジュは大剣を握り直し、難なく樹木を両断し無効化。
地に着地した刹那、アンジュはヒイラギに肉薄。
あかりの銃撃は尚も続いており、ヒイラギの片腕は尚も顔を庇うため塞がっている。


「そらっ、おかわりの時間じゃぞッ!」

アンジュはガラ空きとなっているヒイラギの土手っ腹目掛けて、大剣を振るわんとする。


――勝負が決まる
端から見れば、将棋でいうところの王手、チェスでいうところのチェックを掛けている状況である。


「まだだッ! まだ終わらんよッ!」
「っ!!?」


しかし、ヒイラギイチロウという異能(シギル)使いはまさに不撓不屈。
救うべき命のため……最後まで足掻き続ける。
ヒイラギは咆哮と共に脇腹から樹木を伸ばし、霊装アスカロンに絡みつかせ、その進行を阻む。


「ぐっ…、このっ……」


ヒイラギが繰り出した最後の悪あがきに、アンジュは顔を顰める。
樹木からアスカロンを奪い返そうと腕を引っ張り上げるアンジュに、ヒイラギは野球のピッチャーの如く、拳を大きく振りかぶる。
これ即ち捨て身の一撃であり、諸刃の剣。
自ら防御を棄て、銃撃を続けるあかりに自身の生身の部分を晒すことを意味する。
だが、追い詰められたヒイラギにそこまで考慮する余裕は残されていない。
眼前の脅威を完全排除するべく、全身全霊の力を込めて、アンジュに殴りかかる。


――目前に迫る、拳という凶器。
アンジュはカッと目を見開き、植物に絡めとられている大剣をあっさりと手放す。


「それがーー」


得物を放したその拳をぐっと握りしめ、くるりと身体を器用に回転させ、ヒイラギから繰り出された打撃を掻い潜る。
そして、そのまま彼の懐へと潜り込み――



「どうしたというのじゃァッーーー!!!」


鳩尾に向けて直突きを放ったのであった。



「グハァッ……!!!」


完全なる詰み(チェックメイト)
真正面からアンジュ渾身の正拳をくらったヒイラギ。
アンジュの拳によって齎された痛覚は五臓六腑、肺へと体内へと拡まり、ゴボリと吐血。

身体が浮遊感を覚えるのと同時に、視界が黒へと塗り替えられていく。



意識が遠のいていく。
あろうことか、救うべき娘と同年代の少女の拳によって。



意識が遠のいていく。
それと共に銃声と鎧が砕ける音もフェードアウトしていく。



意識が遠のいていく。
それに相まって、自身の五体の感覚も喪失していく。



――私は、ここで敗退するのか。


ヒイラギは色褪せていく世界の中で、自身の敗北を悟った。







だが。



『お父さん』


――鈴音……!



それは夢か幻か、はたまた走馬灯か。
どこからともなく、娘の声が脳内に響き渡り――その瞬間、ヒイラギは、地に着く脚に力を込め踏みとどまり、ブラックアウト寸前の意識を引き留める。


「それでも――」
「なッ!!?」


手応えあり、と感じていたアンジュの顔が今度こそ驚愕に染まる。

「それでも、私は敗れるわけにはいかないのだよッ!!!」

ヒイラギはそのまま水平チョップのような要領で、アンジュの額に向けて腕を振るった。
正面からの全体重を乗せた拳撃と比べると、モーションは小さく。
そのため威力は衰えるが、相手に回避行動を取らせる余裕は与えない。
それ故、アンジュも即座に回避行動を取ろうとするが間に合わない。


「ガッーーー!!?」


全力の攻撃ではないにしろ、異能(シギル)の鎧に纏われたその一撃の威力は言うに及ばず。
アンジュの小さな身体は真横へと薙ぎ払われ、壁を貫通。学園の外へと弾き飛ばされる。
土煙越しに見える幼き皇女は、倒れたままピクリとも動かない。


「アンジュさんッ!?」


血相を変えたあかりは銃を下ろし、アンジュの元へと駆け寄ろうとする。
当然それをヒイラギが見過ごすわけもなく――


「あっ……」


と、あかりが気付いた頃には、時すでに遅し。
ヒイラギの鎧。その尻尾部分が伸張し、あかりの胴体を貫かんと先端が飛来していた。
まさに絶体絶命。


「あかりちゃん、危ないッーーー!!!」


しかし、そんなあかりの窮地を救ったのは、これまで蚊帳の外にいたカタリナ・クラエスであった。
勇気を振り絞りあかりの元へと駆け込んで、彼女の小柄な身体を突き飛ばす。


「きゃッ!」


悲鳴を上げて地に転がるあかり。
お陰で一命を取り留めた。
しかし――


「うっ…痛ッ!」
「カタリナさんッ!?」


飛び込んできたカタリナの方は樹木の直撃こそは避けたものの、脚の太腿部分を掠めて肉を抉る。
負傷した箇所から血が滴り落ちている。


「えへへっ……ごめんね、ドジ踏んじゃった…」
「カタリナさん……」


思わず駆け寄るあかりに対して、カタリナは苦笑いを浮かべる。
そんな二人の少女に差し迫る影が一つ。


「あかり君と言ったかね?この結末を招いたのは他ならぬ君の弱さのせいだ」
「私の、せい……?」


ヒイラギは冷ややかな目であかりを見下ろし宣告する。


「君とアンジュ君の同時攻撃…見事な連携であったよ。
ああ確かに、本来であれば私は敗北していた。君の技量であれば私の眉間を撃ち抜くなど容易かったはずだからな…。
だが、君はあえてそれを行わなかった!」
「……ッ!」


ビクリとあかりの身体が震える。
ヒイラギから突き付けられた指摘は的を得ていた。

先程の戦闘…いや、当初からあかりはヒイラギイチロウを殺すつもりはなかった。
主たる目的はアンジュの手助け。精々は撹乱。
こちらに注意を逸らし、動きをある程度封じるための手段。
あかりが放つ弾丸には、殺意は込められていなかったのである。

だからこそ、ヒイラギが防御を棄てて攻撃に全集中したあの瞬間――剥き出しとなったヒイラギの顔面を撃ち抜くことは叶わなかった。



武偵法9条
武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない



これを犯してしまえば、「戦時が来たら人々を守るために戦って欲しい」という母との約束を守るためーー全てが必殺である間宮の術を封印してきた、間宮あかりという少女の半生を否定することになる。
だからこそ、あかりはヒイラギとの戦闘においても必殺の狙撃も封じていた。

だが、その結果がーー。


「私は言ったはずだ! 懸命に抗え、そして存分に殺し合おう、と! 結果として君の生半可な覚悟と弱さが味方の足を引っ張り、窮地に晒したのだ。
殺す覚悟もない人間が私の前に立ち塞がるなッ!」


突きつけられる残酷な現実に、あかりは頭を抱え小刻みに揺れる。
絶体絶命の状況。
負傷した二人の仲間。


「あああ……わ、私が…私のせいで……アンジュさんも、カタリナさんも……!」
「あっ、あかりちゃん、しっかりして……!」


後悔、重責、絶望―――。
様々な負の感情があかりの少女の心を蝕んでいく。
カタリナがあかりの体を揺すり、必死に呼びかけるもそれに応じる気配はない。

そんな二人を仕留めるべく、ヒイラギイチロウは大きく拳を振り上げる。
尚も、その眼には揺るぎない殺意が宿っている。


「これで決着だよ、少女達よ。せめてもの一瞬で葬り去って――ッ!!?」


その刹那ヒイラギの後方、生徒会室より、激しい爆音が轟いた。
緑に覆われていた生徒会室は瞬時に、紅蓮の炎と漆黒の煙に包まれる。

あかり、カタリナ、そしてヒイラギ。
先程まで相争っていた三人は思考停止。
呆気にとられ、ただひたすらに爆炎に覆われる室内を凝視する。

やがて、燃え盛る炎の中より一人の男が姿を表す。

その男を一言で表すならば、筋骨隆々。
剥き出しとなっているその鋼のような肉体は、一目で強者であるということを匂わせる。

「我はヤマト八柱将…否、次期(オウロ)ヴライなり。汝等(うぬら)か、先程から耳障りな羽音を立てている小蠅(こばえ)共は――」


火炎を身に纏う鬼神は名乗りと同時に、その圧倒的な背丈からカタリナ、あかり、ヒイラギの三人を睨み付けた。


――これより戦場はより苛烈な炎獄へと化す。

前話 次話
撫子乱舞 -凛として咲く華の如く-(前編)- 投下順 炎獄の学園(中)

前話 キャラクター 次話
私、もう不用意にフラグは建てないって言ったよね! カタリナ・クラエス 炎獄の学園(中)
私、もう不用意にフラグは建てないって言ったよね! 間宮あかり 炎獄の学園(中)
私、もう不用意にフラグは建てないって言ったよね! アンジュ 炎獄の学園(中)
私、もう不用意にフラグは建てないって言ったよね! ヒイラギイチロウ 炎獄の学園(中)
奇跡はいつだって不幸から -Liz et l'oiseau bleu- ヴライ 炎獄の学園(中)
盤上の支配者たち マロロ 炎獄の学園(中)
盤上の支配者たち 十六夜咲夜 炎獄の学園(中)
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