バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

炎獄の学園(中)

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kyogokurowa

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此処は魔法学園・東棟――。

ヒイラギイチロウの異能(シギル)による樹海化は広大な学園の敷地の至る所へと侵攻している。無論、この東棟も例外ではなかった。
生徒会室などを含めた本学舎とは、少し離れた場所に位置するこの棟には、豊富な蔵書を保有する図書館がある。
学生達は日々、この知の宝庫にて、講義の予習・復習を行い、己が魔法の研鑽を行なっているわけなのだがーー。


「ハァハァ…ようやく追い詰めたぞ、この害鳥がァッ!」
「コォオオオオオオオオオオオオオオッ!!?」


今この場所にいるのは、ぜぇぜぇと呼吸を乱しながら怒りに表情を歪める男、琵琶坂永至。
そして彼が対峙するのは、逃げ場を失い戸惑いの様子を見せる怪鳥ココポ。

琵琶坂から逃れんと駆けるココポの足はとにかく疾かった。
しかし、彼女が知らぬところで尾についた炎は学園内に張り巡らされた植物に引火。
琵琶坂は所々に散りばめられた火を基に、その足跡を容易に追うことが出来た。

「さぁて…粛清の時間といこうじゃないか!おら、燃えろォオオオオッ!」

掛け声とともに、カタルシスエフェクトを発現。
憤怒の炎を帯びた漆黒の鞭がココポに襲い掛かる。

「コッッッ!!?」

ココポは悲鳴を上げつつ、猛スピードで図書館内を駆け巡り、琵琶坂の攻撃を避けんとする。
ヒイラギイチロウによって掛けられた洗脳はまだ解かれていない。
ココポの頭の中では「侵入者」つまりは目の前にいる琵琶坂を排除せよという指令が反芻されているが、それでも炎と炎を操る男への恐怖に打ち克つことは出来ない。
懸命に逃げ回り、ドタバタとあちこちにぶつかり、机がひっくり返され、書棚が倒れていく。


「デカい図体の癖にちょこまか逃げやがってッ!」
「グゲッ!!」

ココポを追いかけ回す琵琶坂の苛立ちは更に加熱し、鞭を握る手に更に力を込める。
ココポが如何に疾かろうと、琵琶坂の振るう鞭の速度は音速の領域。
繰り出される鞭撃全てを躱すこと叶わず被弾。
文字通り焼けるような痛み、身が焦げる匂いとともに、羽が毟り取られていく。

炎を帯びた鞭が触れるのはココポだけではない。
獲物を狩るべく振るわれた炎撃は館内のあらゆる物に打ち当たる。
書棚や書物…果ては机や椅子の類にも延焼し、瞬く間に図書館内は炎に包まれていく。


――脱出口はもと来た入口のみ。

ココポは入口の扉へと猛進するが。


「逃がすと思ってんのかぁ、ゴルァァァァァァァ!!」
「コオッッッ!!?」

予めその動きを読んでいたのか。
琵琶坂が扉の前へと立ちはだかり、ヒュンヒュンと風を切る音ともに、乱雑に鞭の雨を見舞う。
ココポは悲鳴と共に慌てて踵を返すが、羽根はまたしても毟られ、白を基調とした身体に火傷と切傷が装飾される。

館内はまさに火炎の渦。焦げた匂いが充満している。
琵琶坂のいる入り口付近はまだマシではあるが奥に行けば行くほど、火の手は激しく天井部分にまで延焼している始末だ。

「コォッ!、コォッ!コォォオオオオオオオッーーー!!!」

館内にココポの絶叫が木霊する。
これぞまさに生き地獄。
身体は焼かれ、有毒な煙を吸い込み弱りきったところに容赦なく鞭を打ち込まれるのだ。


「ハハハハハハハハッ!愉快愉快…どうだ苦しいかッ!クソ鳥ッ!」

琵琶坂はのたうち回るココポの姿を見て歓喜の声を上げ、更に嬲り続ける。
さながら動物虐待の様相を呈しているが、琵琶坂はこの殺し合いに参加させられてからの積りに積もった鬱憤を晴らしているのである。

「コォッーーー! コォオオオオオオオオオオオオオオッーーー!!!」

それはまさに、断末魔の叫び。
退路を塞がれ絶体絶命に陥ったココポ。
地に着く脚の底すらも焦げ、黒い煙が漂い、全身を焼き焦がれる激痛に表情を歪ませる。
それでも、琵琶坂のカタルシスエフェクトは執拗にココポの肉を抉っていく。

しかし、ココポは自身の生存を諦めていない。
洗脳状態に陥りながらも、自らの生存欲求にしたがい、どうすればこの窮地から逃れるのかを逡巡し、やがて――

「コォッーーー!!!」
「なっ!!?」

入り口付近で鞭を振るう琵琶坂から遠く離れ、館内端の壁に突進を仕掛ける。
壁は既に火に包まれているが、そんなことはお構いなしに、自身の身体を激しくぶつけた。
そしてその結果、炎により耐久力を失っていた壁は倒壊。
外気が館内に入り込むと同時に、火ダルマ状態のココポは外へと飛び出していった。

「あの鳥ッッ―――!?」

琵琶坂は咄嗟にココポを追いかけようとするが、燃え盛る館内の状況を鑑みて踏みとどまる。
あの鳥が破壊した壁に向かうには、そこに立ちはだかる炎の勢いがあまりにも強過ぎる。
獲物をしつこく付け狙った挙句、自分が撒いた火種によって自滅するなど、滑稽もいいところだ。

振り返ると、逃げ出したあの鳥は火ダルマになっていた。
あの状態が続くのであれば、そう長くは持たないはず。
わざわざここでリスクを被るよりは、安全に回り道をしながら学園内を探索し、あの鳥の死骸を探せば良い。

琵琶坂はそのように結論付け、メラメラと燃え盛る館内を後にして、東棟の廊下を渡り歩く。
そして、忌々しい鳥の姿を再度脳裏に浮かべ吐き捨てた。

「……精々無様な死体を晒すがいいさ」
「――それは誰の死体のことかしら?」
「なッ!? ぐわぁあああああああッ!!?」


気が付くと、琵琶坂の右肩にはナイフが生えていた。
内部を侵す焼けるような痛みーー。
琵琶坂は苦悶の表情を浮かべ、負傷した肩を抑え、膝をつく。
一体何が…と思考を巡らす琵琶坂に迫る影が一つ。

「まずは質問に答えて貰いましょうか……」

見上げると影の主は、メイド服を着込んだ若い女だった。
女は両手に手投げナイフを携え、冷徹な目で琵琶坂を見下ろしている。


「何だ、貴様はァッ!?これは貴様の仕業かぁッ!!!」
「質問をしているのは此方。質問を質問で返さないでくれる?」
「巫山戯るんじゃねぇぞォオオオッ!このクソメイドがぁッ!」


咆哮とともに琵琶坂はカタルシスエフェクトを発現。
正体不明のメイドに、自身の感情を具現化した鞭を振るう。
メイドはほんの一瞬だけ面食らった素振りを見せたが、すぐに表情を整え、後方へと跳躍。火の粉とともに振りかかる鞭撃の攻撃範囲から逃れる。


「下等なメイド風情が俺に指図してんじゃねえぞォオオッ!!!」

琵琶坂にとって、メイドなるものはキャバ嬢やホステスなどと同じ存在。
客または主人に対して酒や茶などを注いで奉仕し、その機嫌を伺う、底辺に等しい職種の人間だ。
そんなド底辺の人間に自分が傷を付けられる? 見下され指図される?
そんなことは絶対に許されない、あってはならない。
自分は勝ち続ける人間――。決してこのメイドや鳥、鎧塚みぞれなどといった無知で無能で無価値なド底辺どもがよって集って逆らっていい存在ではない。


激昂する魔王はメイドに向けて罵声を浴びせながら前進。
尚も鞭と炎を振るい続ける。


「おらっ死ね、クソメイド!」
「まずは尋問して情報を…と思ったけど、これはお仕置きが必要のようね」


側転。
反り身。
宙返り。
そして再度の跳躍。

メイドは尚も冷静な表情を保ちながら、器用に琵琶坂の猛撃を躱していく。
琵琶坂の攻撃は廊下の張り巡らされた樹木や壁を削り、炎を痕跡として残していく。

メイドは反撃として投げナイフを数本投擲するが、それらは悉く鞭によって撃墜される。

「ハハハハハハ、無駄なんだよォ!ちんけな小細工で俺のカタルシスエフェクトを打ち破ることなんかできねえんだよォ!!!」
「では、本当のーー」

その瞬間、琵琶坂の視界からメイドの姿は消失した。

「『小細工』を使ってみたけど、如何かしら?」
「ぐがッ!!!!」


背後から囁かれた言の葉がメイドによるものだと認識した刹那、琵琶坂は背中から複数の焼けるような痛みを知覚し、悶える。
振り返るとメイドは表情一つ変えずにその場所にいた。
じりじりと痛む背中に手を伸ばすと、複数のナイフが生えていたことを確認する。

「き、貴様ァあああああああ!!!何をしたぁあああああ!?」
「さっきも言ったでしょ。『小細工』をしたってね、貴方人の話を理解できないのかしら?」
「こ、このクソアマ――。ガァッ!!?」

尚も反抗の意志を見せ、一歩を踏み出そうとする琵琶坂の足の甲にナイフが突き刺さる。
思わず身を屈み、足を押さえる琵琶坂。
メイドはというと、やれやれといった感じで溜息をつく。

「もういいわ、貴方。まずは情報を引き出したうえで…と思ったけど、話にならなそうだし、今ここでーー」
「待つでおじゃる、咲夜殿」

突如響き渡る第三者の声。
琵琶坂の眉間目掛けて、ナイフを投擲しようとしていたメイドの動きは止まった。


「だ、誰だ。お前はーー」
「お初にお目にかかる。マロはマロロでおじゃる」

近づいてくる足音に、琵琶坂はそちらを凝視。
廊下の奥から姿を現すその男の顔は、まるで歌舞伎役者のような白と禍々しい赤で塗りたたられていた。


「お主に問いたいのだが、この所々に散りばめられた炎……。これはお主が生み出したものでおじゃるか?」

予期せぬ第三者の登場で、琵琶坂も少し平静を取り戻したのか、質問に応じる。

「――ああ、そうだが……それがどうかしたのか?」

その言葉を聞いて、男はグニィと口角を吊り上げた。

「そうか、そうでおじゃるか……にょほ、にょほほほほほ。これは良き巡り合わせでおじゃる……其処の者どうでおじゃるか?これまでのことは水に流して、ここはマロたちと協力してみぬか?」
「な、何……?」
「……。」

男からの予想だにしない提案に、琵琶坂そしてメイドは顔を顰めた。







魔法学園敷地内の深緑地帯――。
この場所は、異能(シギル)によって張り巡らせた人造の緑とは異なり、正真正銘の天然の緑によって覆われている。
魔法学園で勉学に勤しむ学生達にとっては、勉強の息抜きの散策などに持ってこいのロケーションではあるが、今は月光の下で不気味な静けさを漂わせている。
そんな場所の一角に位置する小さな池にて。


「クポッ!!!」

水面から勢いよく顔を出したのは怪鳥ココポ。
先刻まで琵琶坂永嗣に追い詰められ、燃えゆく図書館から脱出した彼女は、全身火達磨になりながらも、運良くこの池に辿り着き、勢いそのまま飛び込み今へと至る。

「ホロ、ホロロロゥ……」

池から上がったココポは見るからに不安そうな表情を浮かべ、森林内を弱々しく歩いていく。
ヒイラギイチロウの異能(シギル)に脳を侵していた植物は炎によって取り除かれ、彼女の意識は覚醒状態となっている。
しかし、彼女の思考は今まさに混乱と不安の渦中にある。


彼女の記憶の中で鮮明に残っているのは、見知らぬ男が植物を使って自身の内側へと入り込んできたところまでとなり、以降はまどろみの中の出来事となり、曖昧なものとなっている。
何か――とてつもなく恐ろしいものに追い立てられていたという記憶はあるのだが、具体的に何が起こったかまでは思い出せない。
しかし、全身にヒシヒシと残る火傷の痛みが、記憶の欠如した間にろくでもない出来事に遭遇したことをココポに悟らせる。
火傷の爪痕は臓器にまで達しているようで、息を吸って吐くという生命維持に必要な最低限の活動ですら内側より痛みが生じる。


一体全体、これから自分はどうすればよいのか。
満身創痍の状態で途方に暮れるココポ。
行く先の当ても目的もなく、ただただ歩み続ける。


だが。


「――ホロッ!!?」


進行方向より鳴り響く地鳴りのような低い轟音を知覚すると、その脚は自ずと速まっていく。

衝突――。
爆発――。
破壊――。


そういった類を連想させるーー何より物騒な音響ではあるが、目的地の定まっていないココポからすると、今この地で何が起こっているのか、自身がどういう状況に陥っているのか、
其処へと向かえば真相に辿り着けるのではないかという淡い期待を生じさせるには十分なものであった。

轟音は絶えず鳴り響く。
その音を辿り、森林地帯を駆け抜けるとココポの眼前には大きな建造物が現れる。
その建物は魔法学園の本校舎となるが、ココポにとっては知る由もない。



そしてーー。


ココポは其処で、額から血を流し地に伏せる“彼女”を見つけた。







魔法学園、本校舎。
生徒会室前の廊下にて、瓦礫と埃とガラス片、それに植物の残骸が散乱する此の地で衝突するは二人の漢。

初動は仮面の者(アクルトゥルカ)のヴライであった。
ヴライは名乗りをあげて間もなく、眼前の三人に向けて突貫。
まずは一番手前にいるヒイラギ目掛けて、その鍛え抜かれた拳を振るわんとした。

それまであかりとカタリナの二人の少女を排除しようとしていたヒイラギも即座に反応。
差し迫るこの巨漢を一番の脅威と認識し、少女二人をそっちのけ、迎撃すべく樹木で覆われた拳を放つ。

「ぬんッ!!!」
「ぐっ、うおおおおおおッーー!!」


咆哮と共に両者の拳は正面衝突。
闘争心に満ちた両雄の拳は唸りを上げ、空間が軋む。
激突によって生じた風圧は間近にいる二人の少女の身体にも伝い、カタリナはというと「きゃっ!?」と悲鳴を上げ、思わず後退る。

そんな場外のカタリナの反応を他所に、睨み合う二人の漢は対照的な表情を浮かべる。

仮面の漢ヴライは一切動じる様子もなく、冷徹に拳を引き戻し第二撃を撃たんとする。
それに対し、鎧に覆われしヒイラギイチロウは表情を歪め、間髪入れずに攻撃を繰り出さんとするヴライを見据える。


「(重いッ……! 先程の獣耳の少女の剣撃も相当のものだったが……この男の拳はそれ以上かッ!)」


ヴライと名乗る乱入者の腕力に驚愕しつつも、どのように対処すべきかをシミュレートする。
その拳は例えるなら、鋼鉄。
事実――今の一撃で拳を固めていた樹木のグローブはごっそり弾き飛ばされて生身の拳が剥き出しとなっている。
弾き飛ばされていた部分は異能(シギル)で再生させることは容易いが、今の一撃を鑑みるに、殴り合うのは得策ではない。


「チィっ!」
「……」

舌打ちをしつつ、ヒイラギはヴライを視界に収めたままステップバック。
ヴライの剛腕が及ばぬ距離へと間合いを取る。
ヴライもこれを追わんと地を踏みしめるが、ヒイラギは即座に攻撃へ転じる。
迫り来る武士(もののふ)の懐に向けて鎧の腹部から複数の樹木を伸長させる。


「こいつを喰らうがいいッ!」

大自然の凶器が、ヴライの鍛え抜かれた肉体を串刺しにせんと高速で押し迫る。
しかし仮面の巨漢は動じず。
目前になだれ込む樹木群をじっと見据え。

「――実に下らん術だ、ぬぅんんッッッ!!!!」
「ッ!!?」

瞬間――その拳におびただしい炎を乗せて、闘気をはらんだ掛け声とともに樹木を焼き払った。
樹木は一瞬で消し炭となり、大気の中へと消えていく。
その様子を見てヒイラギは苦虫を潰したような表情を浮かべる。

「(先の爆発からある程度察してはいたが、やはり炎の使い手か――。私にとっては最悪の巡り合わせとなってしまーーなっ!!?)」

ヴライがその拳に炎の槍を創出し投擲したのを見て、ヒイラギは咄嗟に思考を中断――。
目を見開いたまま、紙一重でそれを躱す。

直後、これまでで最大級の爆発音が魔法学園内に生じた。

消し飛んだ学園の廊下の壁を背景に、ヴライはヒイラギに向けて第二、第三の炎槍を投げつける。
ヒイラギは苦い表情のまま、異能(シギル)を駆使して即席で樹木の防壁を作るが、豪速の炎は易々とこれを貫通。

さらに爆発音が連続して周囲一帯に鳴り響く。
校舎内は爆炎と黒煙に包まれる。


「ぐッ……、このままでは――ッ!!?」
「どうした……それが(うぬ)の限界か?もっと我を楽しませよ……」

辛うじて炎槍を躱したヒイラギの眼前にヴライの巨体が肉薄。
鋼の拳は闘争の炎を宿し、ヒイラギに目掛けて振り上げられる。


「(ま、まずいッ! 防御をッ!)」

ヒイラギは慌てて鎧で覆われた両腕を前へと突き出し、盾とするがーー。

「笑止ッーー!」
「っ!?」


ヴライの身体から発せられた炎が樹木の盾を一瞬で焼き落とす。
轟ッ!と風が鳴り。
闘神の拳はヒイラギの腹部を直撃――。

「グハッアアアアァァァァァッッーーーーー!!!!」


絶叫を上げて。
全身の骨が砕ける感覚と共に。
まるで弾丸のように。

ヒイラギの身体は穴だらけの校舎の外、遥か彼方へと吹き飛ばされていく。

それに連なり、校舎の外にて――何本の樹木が続けざまに倒壊する。
その倒木は、たった今その場所をヒイラギの身体が通過したという証――。
ヴライの一撃が如何に強烈であったのかを物語るには十分な惨状であった。


「他愛なし。これで終いか…。さてーー」

炎に覆われ半壊した校舎。
ヒイラギを葬ったヴライは、肉を穿つ感覚残るその拳を収めて、ギロリと視線を後方へと向ける。

「|汝等《うぬら》は我を楽しませるに足る存在か?」
「――ッ!?」

その視線の先にはビクリと震える二人の少女の姿があった。

ヴライとヒイラギーー二人の漢による激しい戦闘の最中、その巻き添えを喰らわぬよう、あかりとカタリナはお互いを支え合いながら避難をしていた。
あかり自身は先の出来事があってまだ気が動転している様子ではあったが、そこはカタリナがリードして、負傷した片脚を引きずりながら懸命に退避していた。

しかし、ヴライはヒイラギとの戦闘中においてもそんな少女達の動きはしっかりと認識しており、こうして取りこぼすことなく二人をその視界に収めている。
ヴライは、その何とも浅ましいーー敵に背を向けることを恥とも思わぬ弱者たる逃避行に強い不快感を覚えていたのであった。


蛇に睨まれた蛙とはこの事か。
あかりとカタリナは恐怖と緊張のせいで動けずにいた。

「――どうした? 抗いもせぬか?
つくづく見下げた|蠅《はえ》共よ……。
これでは先の漢の方がまだ見どころはあったというもの……。」

そのヴライの言葉に、カタリナは「えっ…あっ…」と何か喋ろうとするが、それでも上手く舌が回らないようだが、其の実――。


―ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい……。

カタリナは心の中でそのように反芻していた。
人生史上最大最悪のピンチ到来に冷や汗を浮かべ、心臓がバクバクと早鐘を打ち、すぐに逃げろと全身が警鐘を鳴らしている。
しかし、恐怖にすくんでか身体が硬直している。

カタリナの手を握るあかりの身体も小刻みに揺れている。
武偵として、多少の荒ごとに慣れているあかりだからこそ、ヴライとの絶対的な力の差を悟り、絶望しているようにも見える。


「戦場に弱者たる汝等(うぬら)など無価値、無意味。早々に消え失せいッ!」

ヴライは憤怒の表情を浮かべ、創成した炎の槍を無抵抗の少女二人へと容赦なく投擲した。

――高速で飛来する必殺の凶器。

(あっ、これ私死んだわ……。)

まさに絶体絶命。
最強最悪の破滅フラグの到来にカタリナは成す術もなく必死を覚悟する。


思い返せば数奇な人生であった。
8歳の時にひょんなことから頭を強打し、前世の記憶を取り戻して--。
転生先があろうことか、前世でハマっていた乙女ゲーム『FORTUNE LOVER』に登場する破滅フラグしかない悪役令嬢であったことを悟り――。
自らの破滅フラグを回避するためにあれやこれやと奔走し――。
そんなこんなで始まった学園生活でも慌ただしい日々を送っていた。

しかし、そんな破滅フラグへと立ち向かったカタリナの奮闘の日々も、理不尽なまでの圧倒的な暴力の前によって水泡に帰そうとしている。


「――もっと皆と一緒にいたかったな……。」

爆音が木霊し、視界が白へと染まる。
凄まじい爆圧により、身体が宙に浮く感覚を覚える。

(まぁ、私にしては頑張ったほうよね……)


そう自分に言い聞かせーー。


全身で感じる浮遊感に身を委ねたままーー。


カタリナはそっと目を閉じた。








「――ホロ……。」
「ホロっ?」


耳に入った不可思議な声に、カタリナは訝しげに瞼を開けると、彼女の目の前には一羽の大きな鳥がいた。
巨鳥は首を傾げながら、仰向けに倒れているカタリナを見下ろしている。


「大丈夫ですか、カタリナさん?」
「あ、あかりちゃん!? えっと……あれ? 私、生きているの……?」


傍にあかりがいることも認識して、カタリナは呆然としたまま自分の手と脚それに顔に触れ、自身が五体満足でいる事実に困惑する。
一体何が…と起き上がり視線を前へと向けるとーー。

「全くーーいつまで呆けておるのじゃ、カタリナよ!」


“彼女”がそこにいた。
大剣を盾のように構えて、カタリナ達を庇うように巨漢の漢と対峙している。
周辺の床には凄まじい亀裂が生じており、一帯には大小問わずの炎が散らばっている。


察するに炎の槍は“彼女”が喰い止めてくれたようだ。

「アンジュちゃん! 無事だったのね!」

カタリナは安堵の表情を浮かべて、“彼女”の名前を呼んだ。
それに呼応して、アンジュもまたチラリと後ろを向いて、笑みを返す。


「愚か者め、勝手に殺すでないわ…。まぁ余もココポに叩き起こされた手前、偉そうなことは言えんがの」
「こ、ココポ?」
「そう、そこにいる其奴はココポ…。信のおける余の仲間の一人じゃ」
「アンジュさんの仲間……?」

カタリナとあかりは互いに顔を見合わせてから、怪鳥に視線を移す。
「信のおける仲間」と紹介を受けたココポは若干得意げな表情を浮かべて、「ホロロロー♪」と鳴いた。


「ココポよ、二人を任せるぞ。余はこの漢の相手をする」
「コォッ…!?」
「ちょっ……アンジュちゃん!?」
「一人で戦うつもりなんですか!?」


刃をヴライへと向けるアンジュに狼狽するココポ、アンジュ、カタリナ。
無理だ、相手はあのヒイラギですら子供扱いした怪物――傍から見ても勝てるわけがない。
それも一人で挑むなんて正気の沙汰ではない。
あかりとカタリナは慌てふためき、ココポもイヤイヤと首を横にフルフルと反復させる。

ヴライは、そんな少女たちのやり取りに一切興味がないようで、静かに腕組みをし、ただ目を瞑っている。

「この漢とは少々因縁があっての…。此奴(こやつ)の実力と性分は否が応でも知っておる……故に、この場を預かるのは余が相応しいじゃろう。
それに、其方達を守りながら戦うのは厳しい。其方達は早々に学園から離脱し、会場の何処にいるオシュトル達と合流せよ。
オシュトル、クオン、ムネチカ…。彼奴らは真なる忠臣――何があっても道を違えることのない信のおける者たちじゃ」
「で、でもーー」
「くどいぞ、カタリナよ! 其方達には其方達が為すべき務めがあるはずじゃ! 其方達の志、務めはこの場で果てるものでは断じてないはずじゃ! 己が務めを果たせよ! ココポっーーー!!!」


アンジュの一喝にココポはビクリと頷くと。
そのまま嘴で近場にいるカタリナと啄み、宙へと放り投げた
「きゃあ!?」と宙に浮いたカタリナは重力に引っ張られて、ココポの背中に跨る形で着地する。
そして同じ要領であかりもまたココポの背中へと乗せられる。

ココポはヴライに相対するアンジュの背中を一瞥すると、「待って、ココポ」と叫ぶカタリナの静止の言葉を聞き入れることなく、その場を後にした。





半壊し燃えゆく校舎の中に取り残されたのは、アンジュとヴライのただ二人。


「――話は終わったようだな」
「意外じゃの……。貴様に我らの会話を許すほどの器量があったとはな」
「あのような小蠅(こばえ)共――捨て置いても勝手に朽ち果てるだけだろう。それよりも、まだ闘う気概のある貴様と、後腐れもなく殺し合った方が退屈凌ぎにはなるというもの……」


バチバチと音を鳴らし、地に這う植物が燃えていく。
それ以外に聴こえるのは互いが発する言葉と呼吸の音のみ。

アンジュとヴライーー二人のヒトは殺気と敵意を瞳に宿し、睨み合う。

アンジュは大剣を大振りに構えーー。
ヴライは炎を纏った拳を後方へと引かせるーー。


「退屈凌ぎで、余の皇道は止められぬぞ、ヴライっ!!!」
「何も出来ぬ小娘が皇道を語るなど、笑止ッ! 我が最強の拳で塵芥してくれよう、皇女アンジュっ!!!」


咆哮と共に、まるで息を合わせたかのように地を蹴りだす両雄。


皇と叛逆者――。
皇道と覇道――。
未来に生きる者と復讐に生きる者――。
民を背負わんとする秩序と全てを奪わんとする暴力――。


少女は、自分と自分を信じる者の想いを剣に乗せて。
漢は、ただひたすらの憎悪と果てしのない殺意を拳へ宿して。



激突と共に、炎獄と化した校舎は大いに揺れ動いた。

前話 次話
炎獄の学園(上) 投下順 小さな反逆

前話 キャラクター 次話
炎獄の学園(上) カタリナ・クラエス 炎獄の学園(下)
炎獄の学園(上) 間宮あかり 炎獄の学園(下)
炎獄の学園(上) アンジュ 炎獄の学園(下)
炎獄の学園(上) ヒイラギイチロウ 炎獄の学園(下)
炎獄の学園(上) ヴライ 炎獄の学園(下)
炎獄の学園(上) マロロ 炎獄の学園(下)
炎獄の学園(上) 十六夜咲夜 炎獄の学園(下)
この情熱、この衝動は自分を壊して火がつきそうさ 琵琶坂永至 炎獄の学園(下)
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