バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

炎獄の学園(下)

最終更新:

kyogokurowa

- view
メンバー限定 登録/ログイン




幾多の破壊音とともに崩落していく校舎。
その都度、後者の周辺に大小様々な破片が飛び散っていく。

原型はもはやとどめておらず。
纏わりつく植物と穴だらけの壁からは炎と煙が漏れている。

校舎だけではない。
校舎周辺には幾多の樹木が生い茂っているのだが、そこもまた炎に塗れている。
その光景はまさに炎獄といえる。

その地で立ちつくす男が一人。
何を隠そう、この校舎外を炎に染めたのはこの男の呪法によるものである。

「ふむ…何やら血気盛んな輩が暴れているようでおじゃるが……さてどうすべきか……」

炎獄の創造者であるマロロは、大規模な戦闘音が木霊する校舎を目前に逡巡する。

目下検討すべきは、校舎内にいるであろう参加者への対処についてだ。
介入するにしても、これだけ滅茶苦茶やらかすような連中だ。
手に余るのが目に見える。

マロロは采配師である。
策謀を巡らせて、敵将を討ち取ることを使命とする、盤上の駒を動かす側の人間である。
したがって、この場で徒らに戦場の最前線に打って出るような選択は愚の骨頂。

暫くは様子見に徹して、戦闘の終焉を機に、対象が疲弊しているところを摘み取る-ーもしくは利用するのが上策だろう。

マロロはそのように結論づけ、崩壊していた建物の様子を傍観していたのだが――。

「むっ……?」

ふと背後より何者かの気配を察し、振り返る。

そこにはーー額から汗水を流し、呼吸を乱す栗色の髪の少女がいた。






「あーもう!何してんのよ、私はッ!」

学園の敷地内を駆ける怪鳥ココポ。
その背中に跨る少女カタリナは自らの髪を掻きむしり項垂れる。

今現在ココポが乗せているのはカタリナ一人のみ。
本来そこに居るはずの、もう一人の少女の姿はない。


「アンジュちゃん…、あかりちゃん……」


カタリナは、つい先程のことを回想する。





――それは戦場と化した本校舎からの脱出し、ココポの背中の乗り心地にも慣れた頃。

元いた校舎の方角よりド派手な爆発音が響き、振り返ると慣れ親しん学舎の一部が崩落していくのを目の当たりにした。

校舎だけではない。
それは戦闘の余波なのか、はたまた別の要因によるものなのか――。
ここに到達するまでにはなかった筈だが、
校舎周辺の緑地もメラメラと炎に晒されていた。


カタリナとあかり、それに二人を乗せるココポはその惨状を前にただ呆然と立ち尽くした。

第二の生における青春の舞台が見るも無惨な状態になっていることもショックではあるが、ーーやはり、あの場所では今もアンジュがただ一人であのヴライと名乗る巨漢相手に奮闘していると思うと、胸が締めつけられそうになる。


「――これじゃあ、あの時と一緒だ……」
「えっ?」

カタリナの背後よりボソリと呟いたあかりはココポから飛び降りる。
予期せぬあかりの行動に、目を丸くするカタリナとココポ。

「ちょ、ちょっと、あかりちゃんッ!?」
「カタリナさん、ごめんなさい…。やっぱり、私戻ってアンジュさんに加勢してきます…」
「えっ?そ、それなら私も――」
「駄目です…カタリナさんはこのまま学園の外に。アンジュさんが言っていたオシュトルさん達を探して下さい」
「っ……!」


チラリと自身の負傷した脚の方へと目配せされ、カタリナは口を噤む。
言わんとしていることは分かる。カタリナは多少の土魔法の心得はあるものの、せいぜい土ぼこを発生させる程度だ。実戦にはまるで使えない。
おまけに今は脚も負傷していて、ココポなしでは脚を引きずって歩く始末。
戦場においてはお荷物の他ならない。


「――私はもう嫌なんです、誰かが傷ついていくのを見過ごすなんて…」
「あかりちゃん……」
「そ、それにアンジュさんは、私のせいで怪我もしています!放っておくことなんてできないです!」


この惨状を過去のトラウマ的な何かと重ねたのか、それとも先のヒイラギとの戦闘で植え付けられた罪の意識によるものか。
カタリナを見据えるあかりの両の目は泳いでいた。


少女は何かに激しく怯え、その身体は小刻みに震えていた。


カタリナは今にも壊れてしまいそうな少女に何と声を掛けるべきか、言葉に詰まる。
先程ヴライの圧倒的な力を目の当たりにした手前、「アンジュちゃんならきっと大丈夫よ」等と軽々しく気休めを言うことも憚れる。









――結局カタリナには、自身に背を向けて炎渦巻く森へと駆けていくあかりを引き止めることは叶わなかった。


「……。」

焦燥するあかりを宥めることもできなかった。
彼女が過去の出来事から「何か」を抱えているのは察せた。
しかし、出会って間もないカタリナには、その正体を悟るまでには至らなかった。

追いかけて、無理にでも付いて行く選択肢もあった。
しかし、その選択肢は自ら棄却した。

自分が無力だから。
手負いだから。
お荷物だから。

アンジュやあかりにとってマイナスにしかならないと自覚していたからだ。


「『私に出来ること』って何なのよ…」

別れ際にアンジュは言った、「己が務めを果たせよ」と。
しかし、こんな無力なちっぽけな小娘に何が出来るのだろうか。

カタリナ・クラエスには、大剣を軽々と振るい回すアンジュのような腕っぷしの強さはない。

カタリナ・クラエスには、そんな腕っぷしの弱さをカバーする間宮あかりのような器用さと技術は備えていない。

カタリナ・クラエスには、苦手な戦闘を避けつつ、綿密な策謀と知略を駆使して生き残るための駆け引きを行うような頭脳は持ち合わせていない。

カタリナ・クラエスは、彼女の周りの友人たちのように特筆すべき魔法も使えない。


結局のところ、この殺し合いという無法地帯の中で出しゃばると、それ即ち「死」=バッドエンドに直結してしまうのである。


それ故にカタリナは悩む。
結局、カタリナ・クラエスという女はこの殺し合いという異常事態で、どう動くべきなのか、と。


「ホロロロロロ……!」
「どうしたの、ココポ?」


と、ここでカタリナが騎乗する巨鳥ことココポが急に足を止めて、明後日の方向に向けて威嚇のような唸り声を上げるようになり、彼女の思考は否応にも遮られた。
ココポが睨みつけるその方向へと視線を向けると。


「っ!? おじさん!!!」
「――君は…確か、カタリナ君だったかな……」



息も絶え絶え、腐葉土の上でぼろ雑巾のように横たわるヒイラギイチロウの姿がそこにあった。
全身を覆っていた樹木の鎧は既に砕けており、出会った当初のウェットスーツの姿を晒しているが、腹部には大きな打撃痕があり焼き焦げている。
口元は血で濡れており、ハァハァと苦しそうに呼吸をして、自身を見下ろすカタリナを見てから次に彼女を乗せるココポを見据えた。
ココポは険しい顔でヒイラギを睨んでいる。



「その鳥――。成程……私が掛けた洗脳はすっかり解けているようだな……」
「せ、洗脳っ!?」
「その鳥は……元々私の支給品だった……。此方に従う気はなかったようだから、私の異能(シギル)で手駒にさせてもらっーーッ!!?」


その瞬間――。
先の戦いによって内臓が破壊されているのだろうか、ヒイラギはゴボリと盛大に血を噴きこぼした。


「お、おじさんっ!!?」
「フフッ……笑いたければ笑えばいいさ。 これが敗者の末路――。実に…無様なものだろう。」
「……。」
「だが、これも自然の摂理……弱者が強者に沙汰されるーー。ただ、それだけの…単純な
ことだ……」


苦悶の表情を浮かべながら言葉を絞り出すヒイラギ。
カタリナは今にも朽ち果てようとする彼の姿を、悲痛な面持ちで目に焼き付ける。


「――もうじき、こちらにも火の手は周ってくる……君もここから離れた方が良い…」
「……。」

カタリナ達の後方より迫る橙色の波を一瞥し、ヒイラギは忠告する。

ヒイラギイチロウは言うなれば、死神によって首筋に鎌を突きつけられている状態。
間も無く死ぬだろう。
このまま炎が到達する前に息絶えるか、もしくは炎に焼かれて死ぬかの問題だ。


死に行く敗者を前にして、カタリナは一瞬だけ目を閉じて、スーッハーッと深呼吸する。
やがてカッと目を見開くと、ココポから降り、負傷した脚を引き摺りながら、ヒイラギの元へと向かう。




そして。


「よっこいしょ…」
「――何のつもりだ……」


死に体のヒイラギに肩を貸す形で、引き起こす。
いくら常日頃から農作業に従事し足腰が鍛えられているカタリナでも、片脚に傷を負っている状況で成人男性の身体を持ち上げるにはいささか負担が大きいようで、その重さに顔を顰める。


「決まっているわ…。おじさんと一緒にここから脱出する。見殺しになんか出来ない」

この言葉に、それまでヒイラギを威嚇していたココポはギョッと目を見開く。

無理もない。
自分が乗せていた少女があろうことか自分を洗脳を施した危険人物を助けようとしているのだ。
「お前は一体何をやってるんだ?」と言わんばかりに翼を拡げて、抗議する。


「その鳥の言わんとしていることは分かる…私は君達を殺そうとした人間だぞ……。そんな人間を君はーー」
「あーもう! うっるさいわね!! ええ、そうよ! おじさんが私たちにしたことは最っ低よ! 後で怪我をさせたアンジュちゃんにも、酷い言葉をぶつけたあかりちゃんにも謝って貰うわ! だけど、おじさんには病気の娘さんがいるんでしょ? おじさんが死んでしまったら、きっとその娘は悲しむわ! 誰かが死んで、誰かが悲しむバッドエンドなんて御免被るわ!」


声を張り上げるカタリナに思わず萎縮し、ココポは騒ぐのを止める。
同時に、カタリナに肩を貸しているヒイラギも口を噤いた。


(鈴音……)

第三者の口から発せられた娘の存在……。
ヒイラギイチロウにとって、たった一人の娘の存在こそが生きる理由であり。
彼を殺人者たらしめようとしていたのも、娘のためでもあった。


(確かに…鈴音のためにも、まだ死ぬ訳にはいかないな……)

満身創痍の脱力状態でカタリナに運ばれるがままのヒイラギであったが、
生きる事を諦めていた先ほどまでの自分を戒めた。


そんなヒイラギの心の変化など知る由もなく、カタリナは高らかに宣言する。

「私はこんな殺し合いに絶対屈しないッ! 屈してなるもんですかッ!
私は魔法もろくに使えないし、機転も効かない小娘だけど――私は、私なりに精一杯ッ!
この最っ底最悪の破滅フラグをへし折って、バッドエンドを回避してみせる!
だからおじさんにも――私にとってのバットエンドを回避するために、ここは何がなんでも生き残ってもらうわッ!」


ヒイラギは一瞬だけ呆気にとられた。

そして――

「君は――実に愚かだ……」


思うがままの率直な感想を告げた。
能天気で我儘な女の戯言――見方によってはそう切り捨てられる。

しかしこのカタリナの宣告に、ヒイラギは思わずその脚に力を込めるようになる。

不思議な少女だ、とヒイラギは思った。
取るに足らない弱者と踏んでいたが、まさかそんな少女に命を拾われ、奮起させられるとは思いもよらなかった。


「ええ、愚かで結構ッ! 馬鹿で結構ッ! だって私は『カタリナ・クラエス』よ!
私は、私が出来うる全てを駆使して迫り来るバットエンドを跳ね返してみせるわ!」


ヒイラギからの侮蔑の言葉も、カタリナは意に介さずぶっきらぼうに言い放ち、ただ前だけを見据えて前進する。


(さぁ、かかって来なさい、破滅フラグッ! 私は絶対に負けないんだから!)

満身創痍のヒイラギイチロウとの邂逅は、カタリナ・クラエスに強固な決意をさせるきっかけを与えた。
誰かが死んで、誰かが哀しむ――そんなバットエンドを回避するために、非力ながらも自分なりに最善を尽くす。

カタリナ・クラエスは殺し合いにおいても、悲惨な未来を打破するため抗い続けるのであった。








止めどなく爆音が轟く魔法学園本校舎。
幾多の戦闘が繰り広げられてきた学園ではあるが、今まさにこの場所で最も苛烈な戦闘が繰り広げられている。


「ぬんッ!!!」
「はあああああああッーーー!!!」

衝突を繰り返しているのは二人のヒト。
仮面の巨漢ヴライは怒号とともに炎槍を創出し、眼前の敵に向けて投擲する。
それは――言うなれば小型ミサイル。
猛烈なスピードで直線上にいる対峙する少女へと差し迫る。

皇女アンジュもこれまた超人的な反応速度で身体を反らして、これを回避。
炎の槍はそのままアンジュの背後の壁を吹き飛ばし、建物にまた一つ大きな風穴が生じる。
アンジュはそこに気を取られることはなく、ただ眼前の敵ヴライに意識を集中。
大剣アスカロンを片手にヴライの元へと果敢に駆けていく。


「――成る程…相応の度量は備わったようだな、小娘」
「ほざけ逆賊ッ! 余が手ずから成敗してくれるッ!」


駆ける速度は殺さず、アンジュは身体をくるりと回転。
遠心力を伴った斬撃をヴライの胴元目掛けて振るう。


「――遅いぞ、小娘」

しかし、ヴライは素早く後方へと退避。
結果としてアンジュの渾身の斬撃は、轟ッという風の唸りとともに空振りとなる。

「くっ…! 巨体に似合わず素早い漢よ…!」
「――(うぬ)の太刀など、我には止まって見えるぞ」


ヴライは再び炎槍を握り締め、先程よりも大きく振りかぶる。

「――やはり(うぬ)では役不足……。早々に消え失せいッッッ!」

咆哮とともに、炎槍をアンジュへと投擲。
全身の筋肉をフル稼働させたその一投は、まさにレーザービーム。
光の速さでアンジュの元へと射出される。


「っ!?」


回避が間に合わない――。
そう判断したアンジュは大剣を前へと掲げ、一時の盾とする。

紅色の光線はそのまま大剣へと直撃――。
瞬間――大爆発が生じる。


「ぐはっ!!!」


防御には成功したものの、アンジュは大剣に掛かる衝撃を抑え込むことは出来ない。
幼き皇女の体躯は小さな悲鳴と共に、弾丸のように後方へと一気に吹き飛ばされーー壁を貫き、校舎の外へと投げ出される。


宙へと放り出されたアンジュ。
すぐさま歯を食いしばり、爆発の衝撃で麻痺している五感を呼び起こしてから、空中で身を翻して中庭の地面へと着地する。

しかし、アンジュの受難はここで終わらない。


「っ!!?」

並々ならぬ殺気を察知し、天を仰ぐと此方に落下するヴライの姿を視界に収める。
ヴライはあくまでも無表情。
自身を見上げるアンジュの頭蓋を貫かんと拳を振り上げている。

「くっ……」

アンジュは歯噛みし、慌てて横転――追跡者の拳を回避する。
ヴライの拳は、勢いそのままアンジュがいた地面へと叩きつけられる。


その瞬間、大地は震え、穿たれ――。
庭園には風圧と土煙と瓦礫が飛び散り――。
地に突き立てた拳を中心に、半径十メートル超のクレーターが出来上がる。


ヴライが地に刺さる拳を抜かんとしたその矢先。


「ぬおおおおおおおッーーー!!!」

今が好機と見たか、咆哮と共にアンジュが突貫。
跳躍と共にヴライの脳天目掛けて、大剣を振り下ろす。


迫りくる太刀の影。


「覚悟せよ、ヴライっ!」
「――小娘がッ!」


顔に血筋を浮かべ、天を仰ぐヴライ。
咄嗟に己が頭蓋を守らんと、もう片方の腕を前に掲げて防御の姿勢を取る。

まるで暴風が吹き荒れたような、豪快な音と風圧が中庭を包みこむ。

と同時に、鮮血の花が咲いた。

アンジュが握る大剣の霊装アスカロンは確かにヴライの腕を捉えていた。
しかし怪物の腕にその刃を喰い込ませることは出来ても、それを斬り落とすことは叶わず。――。


「くっ……。」
「ぬっぐおおおおおおおおおおおおおおッーーーーー!!!」


獣のような雄叫びを上げるヴライ。
刃の侵入を許し鮮血が滴る剛腕を、強引に振るい回すと、もう片方の腕に闘気と炎を纏わせる。


「ええい、なんと頑強な漢よーー!」

アンジュは、速やかに大剣をヴライの腕を引き抜くと反撃に備えて、空中で身構える。
その頭蓋を破壊せんとヴライの拳が差し迫るが、身体を反らして紙一重でこれを回避する。
結果的にヴライの拳は空を切るが、「ヤマトの矛」と呼ばれた漢の猛撃はまさに疾風怒濤――この一撃だけでは収まらない。

アンジュが地に着地したと同時に、今度は全身に炎を纏って弾丸のように突進する。
特攻してくるヴライはそれだけでも全身凶器――アンジュは大剣で猛撃を受け止めようとする。

だがしかし、このヴライの突貫の威力はアンジュの想像を遥かに凌駕していた。
ドカンと、豪快な衝突音と共にアンジュの身体は後方へと大きく投げ出されてしまう。

――ヴライの攻撃は尚も続く。
その両腕に二つの炎の槍を創出すると、立て続けに宙に浮かぶアンジュの身体目掛けて投擲したのであった。


「っ……!!!!」

目を見開いて、接近する槍を認識するアンジュ。






直後、一際甲高い爆音が校舎周辺に鳴り響いたのであった。







「おいたわしや…今あの建物では皇女殿下がヴライ相手に奮闘されているというのでおじゃるか」
「――アンジュさんは私達を逃すためにあの場所に残って戦ってくれています…。私のせいで酷い怪我もしてしまったのに……。だ、だから、私…私はッ……!」


アンジュの救援へと踵を返したあかりは、道中で白塗りの男マロロと出会った。
その凶々しい異様な風貌に一瞬臆したあかりだったが、男が会話を呼びかけてきたのを皮切りに戦闘の意思がないことを察すると、軽い自己紹介とこれまでの経緯を簡潔に説明した。
その過程であかりの口からアンジュの名前が発せられると、マロロはギョッとした表情を浮かべる。

マロロが言うには、マロロはヤマトの國の采配士であり、アンジュは彼が仕える主君にあたるという。
その後、あかりが語る事の経緯を、苦渋をなめるような表情で喰い入るように聞き続けた。


「あかり殿…嘆くのはまだ早いのでおじゃる。マロもヤマトに身命を捧げる身――急ぎ姫殿下の窮地を救いに参りましょうぞ」
「マロロさん…。ありがとうございます。」

人は見た目によらず、とよく言う。
初見時は、その外見からマロロのことを奇人変人の類ではないかと疑っていたあかりではあったが、それは浅はかな考えであった、とあかりは反省する。
この予期せぬ味方の増援は、素直に心強いものだとあかりは感じたのであった。


「ところで、もう一人の同伴者…カタリナ殿でしたかな?彼女は今何処に…?」
「カタリナさんは怪我をしてしまっているので、学園から避難してもらうことになっています。アンジュさんが言っていたオシュトルさん達を探しに行ってもらおうかと――マロロさん?」


瞬間、マロロの異変を察知するあかり。
白に塗られた表情は強張り、プルプルと全身を震わせている。


「あかり殿…今『オシュトル』という名前を出していたが、姫殿下が『オシュトル』を探せと……そう申されたのでおじゃるか……?」
「は、はい…オシュトルさん達は信頼できる人達だから合流せよ、と――」
「にょほ…にょほほほほほほほほほほ!そうか、そういうことでおじゃるか!どうりで話がおかしいと思ったでおじゃる!」
「マ、マロロさんっ!?」


突如口元をグニャリと歪めて破顔するマロロに、あかりは困惑する。
マロロは一頻り笑うと、何ともすっきりしたいう表情で語り出す。

「あかり殿、救援は無用でおじゃる…。あの建物の中でヴライと闘っているという皇女殿下は偽物。逆臣オシュトルが立てた偽りの皇女でおじゃる」
「えっ、アンジュさんが偽物って…?それってどういう事ですか…?」
「にょほ。そうですな…あかり殿はヤマトの人間ではないと見受けられる。それでは説明するでおじゃる。我らヤマトの國で何が起こっているのか…そして、彼奴らがどれほどの大罪人であるかを……」


そして、マロロは語り聞かせる。

曰く、マロロが仕える國ヤマトは國を二分する戦乱の最中にあるという。
曰く、対峙するは朝廷軍と反乱軍であり、反乱軍を率いるのは右近衛大将オシュトルという。
曰く、本物の皇女が帝都にいるにも関わらず、オシュトルは自らの野望のため、偽の皇女を立てたうえで、ヤマトに攻め入っているという。

直ぐにでもアンジュの元へと向かいたいというはやる気持ちをどうにか抑え、あかりはマロロが語る内容に耳を傾けた。

そして――

「事情は把握しました。つまり、私達が出逢った『アンジュ』さんはマロロさんが言う反乱軍側が立てた偽物の『アンジュ』さんということなんですね」
「おおっ流石はあかり殿!理解が早くて助かるでおじゃる。ヴライも偽皇女もヤマトに仇なす逆賊――ここは放置し共倒れするよう工作するのが賢明でおじゃる」
「――ですが、私はあの場所にいるアンジュさんを助けに行きます」


迷いなき意思を瞳に宿して、あかりはマロロに告げた。
途端にマロロの表情は凍り付き、その場は静寂に包まれた。


「…はて?あかり殿はあの場所にいる皇女殿下がオシュトルが立てた偽物であると理解されたはず……それでも何故、大逆の徒に手を貸そうとするのでおじゃるか?実に不可解でおじゃる」
「あそこで戦っている『アンジュさん』が本物の皇女か偽物の皇女かなんて関係ありません!私はこの場所で出会って、今も私達のために戦ってくれているあの『アンジュ』さんに死んで欲しくないんです!」
「何と…何と愚かな……」
「マロロさんのお立場から、アンジュさんに手を貸すのは難しいと思います。だから、私は――私一人でもアンジュさんの元へ向かいます」


頬に手を当て狼狽えるマロロを横目に、あかりは今尚破壊音が連鎖する校舎の方へと足を進めようとする。

しかし――


「させぬでおじゃるッ!」
「なっ!!?」


脳天を突くような甲高い叫び声が上がると同時に、あかりの行く手には複数の炎の柱が顕現し、彼女の進行を阻んだ。
噴き上がる炎から飛び退き、背後を振り返るあかり。
そこには先程とは打って変わり、鬼のような形相を浮かべるマロロが睨みをきかせていた。


「偽皇女に手を貸すということは、逆賊オシュトルに手を貸すのと同義でおじゃる…。で、あるならば、オシュトルに繋がる不穏分子はここで摘ませてもらうでおじゃるー!!」
「っ!? マロロさん、聞いてください! 私は別に反乱軍に肩入れするという訳では――」
「黙るでおじゃる、オシュトルに与する大罪人がぁっ!天子様になり代わりマロが誅してくれるぅ!!!」
「きゃあっ!!?」


怒号とともに再び足元から噴き上がる炎柱。
あかりは寸前でこれを回避する。

もはや狂気に支配された復讐鬼にあかりの訴えは届かず、話し合いでの解決は望めない。


「――邪魔を……」


銃を握る手に力を込める。
この状況で、あかりに残されている手段はただ一つ。

「邪魔をしないでくださいッーーー!!!」


武偵として殺人は犯さない。
目的は敵戦力の鎮圧ないし無力化。

この場を打開し、アンジュの元へと辿り着くためにーー。
あかりはその銃口を他参加者へと向けるのであった。








魔法学園敷地内にある学生寮。
学生の生活拠点となる寮は出自によって異なっており、王族・公爵・侯爵・伯爵の高位、子爵・男爵の下位出身者が入る建物で分かれている。
その学生寮一帯も今や紅葉色の炎に覆われている。


「こんなところで良いわ、次はあちらの建物に移動しましょう」
「ああ、そうだな…」


燃え盛る建物を背景に移動しているのは二人の男女。

(クソッ、何が『協力しよう』だ……やってることは、ただの使い走りだろうがァ!!!)


琵琶坂永至は、心中で毒づきながら傍を歩くメイドを一瞥する。
視線を受けるメイド――十六夜咲夜は、琵琶坂とは対照的に涼しげな面持ちでただ前方だけを見据えて闊歩している。
琵琶坂からの憎悪と苛立ちに満ちた視線に気付いていないのか、それともそれを悟ったうえで取るに足らないものと判断しているのかまでは、そのポーカーフェースから読み取ることは出来ない。

その咲夜の余裕たっぷりの態度が、更に琵琶坂の神経を逆撫でにしていた。



琵琶坂は思い返す。

あの時――琵琶坂と咲夜の前に現れた白塗りの男マロロから「協力」と称し依頼されたのは、放火による学園内施設の根絶であった。
目的としては、今この施設内にいる参加者の炙り出しと、複数の参加者がこういった広大な施設を根城として徒党を組みことを未然に防ぐためとのことである。
マロロ自身も発火能力に覚えがあるが、全ての建造物を燃やし尽くすには手に余るため、琵琶坂の能力に目を付けたとのことのようだ。

今後、他参加者を欺き利用しようと目論む琵琶坂にとっては、積極的に殺し合いに乗っているような連中と明示的に手を組むことは、リスクが大きく抵抗はあったのだがーー既に咲夜に完封され傷も負っていた手前、あの場は首を縦に振るしか他なかった。

そこから学園を放火するにあたって、マロロからは二手に分かれての実行を提示された。
マロロは本校舎を含んだ半分のエリアでの放火。残る半分のエリアについては琵琶坂の担当となった。
そして、咲夜については琵琶坂のサポート役として同行することになった。


琵琶坂は手負いーーいざという時のための戦力として咲夜を同伴させると、あたかも琵琶坂の身を案じたようにマロロは進言しているのだが、それは結局上辺だけの口述にすぎない。


(お前らの魂胆は見えてんだよぉッ……!!!学園を火の海にした後で用済みになった俺を消すつもりだろうがぁッ…!!!)


自身の半生において散々他人を利用し蹴落としてきた琵琶坂だからこそ、マロロ達の思惑は理解できる。
あの二人にとって、琵琶坂は謂わば使い捨ての駒に過ぎないのだ。


メビウス然りーー元来、支配する側の人間である琵琶坂永至にとって、何かに束縛されるということは耐えがたいものである。
琵琶坂にとって偽りの協力関係の名のもと従属させられているこの状況は屈辱の極みといっても過言ではないだろう。

(今に見ていろよ、クソメイド……。必ずその顔を苦痛に歪めて、腸を引きずり回してやるからなァッ!)


琵琶坂は怒気と殺意を胸に秘め、逆襲の機を窺うのであった。







魔法学園本校舎の中庭。
本来であれば、入念に手入れされ美しく整ったロケーションである筈だが、今は瓦礫と埃煙塗れとなっており見る影もない。


そんな中庭の中央に、瓦礫に紛れて無造作に倒れ伏せている骸が一つ。
否――それはまだ胸を上下に動かし呼吸はしているので、骸とは呼べない。
しかし、その瞳に宿す光は消えかけており、彼女が骸に成り下がるのは時間の問題と言える。


「終いか…この我に手傷を負わせただけでも称賛に値しよう」

彼女と対峙していた巨漢は決着を確信して、踵を返す。
彼女は薄れゆく意識の中、その後ろ姿をぼんやりと見つめている。


(駄目じゃ…身体に力が入らぬ……)

防御が間に合わず、二つの炎槍の餌食となってしまったアンジュ。
その傍らには霊装アスカロンを握り締める片腕が転がっている。
その他の部位については辛くも身体から分離することはなかったが、彼女の全身は焼き焦げており、一部は炭化している状況である。

見るも痛々しい姿と化しているが、当のアンジュにはもはや痛覚は残っておらず、身体を動かそうと脳が信号を送るが、全身の筋肉が指令に追いつけてない。


(ぐっ、おのれ…もはや、ここまでなのか……)

もはや視界は淀み、消灯しかけている。
どうにか気力で持ち堪えているが、これ以上意識を持続させるのは至難の業だ。

(お父上……。オシュトル……すまな――)

――――おいおい、もう諦めちまうのか?

(ハ、ク……?)

それは夢か幻か。
しかし、その声はアンジュの脳裏に鮮明に響き、手放しかけていた意識を繋ぎ止めた。


――――ほらほら、どうした? 皇女さんは、本当にここで終わって良いのか?

(駄目なのじゃ、どんなに力を込めても身体が動かぬのじゃ……)

脳裏に響く声はアンジュを小馬鹿にしたように煽り立てる。
しかし、アンジュは怒りもせず、ただただ自分の非力を嘆くばかり。

――――ったく、らしくもねえ。俺達の知っている皇女さんは、最後の最後までみっともなく足掻いて駄々を捏ねていたぞ。はぁ~、今思い返せば、あんたの我儘にはいつもいつも振り回されていたよなぁ。

(……。)


アンジュは特に反論もせずに押し黙る。
そしてその言葉に釣られる形で”彼”がいた「あの頃」を思い返した。


嗚呼、懐かしいーー。
「あの頃」は本当に愉しかった。
帝都の旅籠屋、白楼閣を根城とした”彼”の周りは愉快な仲間がたくさんいて、毎日がハチャメチャで冒険のような日々を過ごしていた。

お菓子を盗み喰いしては、激高したクオンに追いかけ回されたこともあった。
ムネチカと共に、ルルティエから漢の友情の素晴らしさを学ばせてもらったこともあった。
ノスリを巻き込んで、偽りの誘拐騒動を引き起こしてもらったこともあったかと思えば、のほほんと皆で双六に興じたこともあった。

その全ての思い出が箱入りの皇女アンジュにとっては、かけがえのないものとなっていた。


そんな懐かしさに揺れるアンジュの思考を読み取ったのか、”彼”は次なる言葉を紡いだ。


――――それとも何か? あんたが取り戻したいと願っていた「あの頃」とは、あんたにとってはその程度のものだったって事かい? はんっ、こいつはお笑いだね。

その瞬間、アンジュの閉じかけていた意識は覚醒する。

(――違う…まだじゃ……)

――――はん? 何だって?

(まだ、余は戦える! ヴライを倒し、この不愉快な遊戯を打破して、帝都に戻って……そして、取り戻すのじゃ……あの愉しかった日々を!)


自身に発破をかけーーそして脳裏で彼女に呼びかける”彼”に向けて宣告する。


(余はまだここからなのじゃッ! 勝手に余の前からいなくなりおった不届きものめッ! 其方なぞに笑われてなるものかぁッ!)

決意を露わにしたアンジュに”彼“はハハッと笑い声を上げた。

――――それでこそ、俺達の皇女さんだ!


その瞬間、背中をポンと押された気がした。
何とも心地の良い気分になると同時に、アンジュは全身を奮い立たせて、よろよろと立ち上がる。
満身創痍の身なれど、その瞳には凛とした意志が込められていた。


「――まだじゃ、まだ勝負はついておらんぞ……ヴライっ!」
「――貴様……。」


全身ズタボロの状態で吼えるアンジュに、ヴライは歩みを止めて振り返る。
アンジュの予想だにしない奮起に面を喰らったのか、ヴライはその唇を噛みしめ険しい表情を浮かべている。

(うぬ)はもはや死に体の筈……。その状態に陥ってまで、何故貴様は抗い続ける?」
「――天子とは身分にあらず…その在り方である……」
「――(うぬ)は何を言っている…?」
「これはお父上から学んだヤマトを統べる者としての指針じゃ……天子とはこれ即ち、自国を護り繁栄させ、その威光を以って民を導く者。故に如何なる苦難にも後退することはない! 余は天子として、最期までヤマトの敵に喰らい付いてみせようぞッ!」
「ぬっ…!?」

アンジュが発したその言葉に、ヴライは目を見開いた。
傷だらけの死に体となっても、その瞳には揺るぎない覇気を宿し、自らの皇道を示すアンジュ。
その威風堂々とした立ち振る舞いはまるで……。

「――帝。」


ヤマトの矛とうたわれた最強の武人(もののふ)は、眼前にいる――今まさに朽ち果てようとする少女に、かつて己が絶対の忠誠を誓った主の姿を重ねた。


「征くぞっ、ヴライッ!!!」

僅かばかりの動揺が生じたヴライのことなどお構いなしに、アンジュは咆哮と共に駆け出す。
しかし、先刻ほどのスピードはない。
ボロボロで傷だらけの身体に鞭を打ち、引き摺るような形でヴライへと迫っていく。
隻腕となったその手には獲物は握られていない。
しかし、その拳を鉱物のように固く握りしめて猛進する。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッーーー!!!」
「――皇女アンジュ…。」

まるで獣のように突貫するアンジュを迎え撃つべく、ヴライも拳を握る。


「――我はあの夜、貴様を『帝の器にあらず』と断じて捨てた。しかし、それは誤りだったやもしれぬ…」

ヴライの吐露はアンジュには届かない。
アンジュはただひたすら眼前の敵の喉元を喰らわんと猛っている。

「――しかし、解せぬ…。」

ヴライが拳を振るう。
そこに加減は一切なし。
全てを終わらせんとする必殺の拳だ。
アンジュは歯を食いしばりながら、左へと転ぶようにそれを躱す。

そして、そのまま跳躍。
ヴライの顔面を穿たんと拳を引き寄せ、全力の一撃を叩き込む。

「貴様は何故(なにゆえ)…」
「っ!?」


鈍い音が轟いた。
ヴライはアンジュの一撃を避けもせずに、額で受け止めており、アンジュは愕然とした表情を浮かべている。
ギリヤギナの血を組み込んだ選ばれし“神の子“の渾身の一撃--然しものヴライと言えど、無傷にあらず。
額からドクドクと出血をして、まるで赤鬼のように顔面を紅色に染める。
しかしヴライは特に気にもとめず――。

何故(なにゆえ)あの時に、その片鱗を――その威光を我に示さなかった!!!」

怒号とともにヴライはアンジュの胸元を抉るように拳を振るう。
差し迫る拳――しかしアンジュにはもはや避ける術なく。


(お父上――。ハク――。)

闘神の拳は、少女の心の臓を捉え。

(皆の者、すまぬ――――。)

その活動を停止させたのであった。





【アンジュ@うたわれるもの 二人の白皇 死亡】





「見事なり、皇女アンジュ…。貴様は紛うことなきあの御方の後継者よ」

先程までの喧騒が嘘のように鎮まりかえる中庭で、ベチャリと少女だったものが倒れ伏せる。
ヴライはただひたすらにその亡骸を見下ろしている。

「そして、礼を言おうーー(うぬ)のおかげで、久方ぶりにあの御方の威光に触れることができた…」


餞別の言葉を投げかける武人(もののふ)の表情は崩れない。
しかしながらーーその瞳には僅かながらの悔恨を秘めていたのもまた事実であった。

前話 次話
緊急!バトルロワイアル特別番組『エイスチャンネル』前編 投下順 緊急!バトルロワイアル特別番組『エイスチャンネル』後編

前話 キャラクター 次話
炎獄の学園(中) カタリナ・クラエス 炎獄の果てに
炎獄の学園(中) 間宮あかり 炎獄の果てに
炎獄の学園(中) アンジュ GAME OVER
炎獄の学園(中) ヒイラギイチロウ 炎獄の果てに
炎獄の学園(中) ヴライ 炎獄の果てに
炎獄の学園(中) マロロ 炎獄の果てに
炎獄の学園(中) 十六夜咲夜 炎獄の果てに
炎獄の学園(中) 琵琶坂永至 炎獄の果てに
ウィキ募集バナー