バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

絶対絶望少女

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kyogokurowa

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朝の陽射しに照らされる殺し合いの会場。
多くの参加者が散在するこの舞台に響くは、創造主たる女神の唄声。
魅惑的な歌姫の声から運ばれる、その曲の名は『コスモダンサー』。
それは、とんでもなく不幸なある少女が産み出した、破壊の慟哭。
怨恨の旋律。憎悪の波動。悲哀の感情。
あらゆる負の想いを詰め込んだかのような、そんな楽曲。

「キャハハハハハハハハハッ!!」

会場に垂れ流される暴力的なその曲調に合わせるかのように―――その作曲者たる少女は踊り、嗤い、狂い、牙を剥く。
今の彼女は謂わば、破壊の権化。
少女が踊れば、爆炎が生じ。
少女が嗤えば、硝煙が漂う。
少女が放つ狂気は、世界のそのものを呪うが如く、災禍の中心となっていた。

「オラオラぁッ!!どうしたよ、臨也おじさんよぉっ!!逃げてばっかじゃ、ゲームにもならねえじゃねえか!!」

その少女―――ウィキッドの狂気の矛先は、今一人の男へと向けられている。
バク転、側転などアクロバティックな身のこなしで、ウィキッドの爆撃を華麗に回避し続け。
時にはナイフを投擲し、手榴弾を打ち落としていく、その男の名は、折原臨也。
一見すると、追い詰められているように見えなくもないが、その表情は尚もポーカーフェースを貫く。

「うんうん…なるほど、君の殺意は、確かに苛烈だね。身をもって実感している。いやぁ、とても恐ろしいよ」

そう言いながら、臨也は宙へとくるりと返り、大樹の上へと着地し、その双瞼で魔女を見据える。
パルクール―――壁や障害物を利用して三次元的に移動し、目的地へ到達する移動術。
池袋の日常の中で、平和島静雄という『怪物』との喧騒において培った技術を駆使し、彼はウィキッドの攻撃を回避し続けたのだ。

「だからこそ俄然知りたくなったよ、君がこの殺し合いにおいて、何を望むのかを、さ」
「減らず口が叩けるとは、随分と余裕じゃねえか!!良いねえ、私としても益々あんた
の顔を苦痛に歪めてやりたくなってきたぜ!!」

μのライブが終わり、ステージの幕が下りると、フィールドは静寂に包まれる。
見下ろす臨也に、見上げるウィキッド。両者の会話だけが、その場に響いている。
そして、二人とも共通して、顔には薄らと笑みを浮かべていた。
魔女はまるで、狩りを楽しむ肉食獣のように。
情報屋はまるで、玩具を与えられた子供のように。
彼らはこの状況を心の底から楽しんでいるようだった。

「まぁ、そう急かないでよ。少し気になったんだけど、さっきμが唄っていたあの曲……『コスモダンサー』だっけ?察するに、君があの曲のコンポーザーってことで良いのかな?」
「あぁ、そうだ!!アレは私が手掛けた自信作だよ。お気に召してくれまして〜臨也おじさまぁ〜♪」

揶揄うような口振りで、ケラケラと嗤うウィキッドに対し、臨也は静かに微笑む。

「うん、素晴らしかったよ。あれは実に俺好みの曲だね。じっくり聴けなかったのが、本当に残念だよ」
「そりゃ光栄なこった。だがなぁ……生憎、あんたがあの曲を聴くことはもう二度とないからっ!」

瞬間、獰猛な笑みと共にウィキッドが手榴弾を投擲。束の間の平穏を取り戻していた筈の森の風景が一変し、爆風によって木々が激しく揺れ動く。

「―――そういえば、君は、霧雨魔理沙や金髪の彼に言ったよね……」

だが、木っ端微塵となった樹の上に、既に臨也の姿はなく、彼の声のみが森に響く。

「『愛』だの『絆』を信じている連中を絶望させて、蹂躙したい、と。さっきの曲の歌詞にも、そういった類のフレーズがあったけど……どうして、そこまで人間の想いを弄ぶことに固執するんだい?」

刹那、ウィキッドの真横よりナイフが飛来し、彼女の足元の地面に突き刺さる。
チィッと舌打ちをして、得物が飛来した方向を睨みつけると、そこには、コートのポケットに両手を入れながら、変わらず不敵な表情を浮かべる臨也が佇んでいる。

――この太々しさ、やっぱり気に入らねえ。

一瞬苛立ちを露わにするウィキッドだったが、すぐにその感情を掻き消すように、彼女はニタリと笑う。

「決まってんじゃねえか。それは――」
「――楽しいからだろ?『愛』だの『絆』なんてものは幻想に過ぎない。そんなものを信じる人間は愚かしく滑稽で、馬鹿らしい。だから、それが壊され、まるで長い夢から醒めたかのように、現実を突きつけつけられた時の人間の絶望が愉快で堪らない……といったところかな?」

臨也の言葉を聞き、ウィキッドは更に口角を上げる。

「分かってんじゃねえか、なら――」
「でもね、俺は君が否定する『愛』だの『絆』に溺れる人間を愛している」
「……あん?」

またしても言葉を遮られ、ウィキッドが眉を顰める。
いよいよもって、不機嫌な表情を見せるウィキッドだが、臨也は臆することなく、言葉を紡いでいく。

「だってそうだろ?『愛』だの『絆』なんていう得体の知れないものの為に、人は時に無謀なことをしたり、命懸けの行動に出たりもする……それもそれで、とても人間らしくて愛おしくて堪らないじゃないか。だから、俺は彼らが好きなんだ、愛している、と胸を張って言える!」
「アンタの下らねえ性癖なんざ知ったこっちゃねえよ!!さっきからベラベラ喋ってんじゃねぇぞ、このクソ野郎がッ!!」

もう沢山だ、早くこの不愉快極まりない男を殺したい。
その一心で、ウィキッドはバックステップとともに勢い良く跳躍し、臨也目掛けて手榴弾を投げ付ける。

「おおっと、怒らせてしまったかな。いやぁ怖いなぁ。流石はオスティナートの楽士ウィキッド、まさに負の感情の化身だね。」

降り掛かる爆弾とそこから生じる爆発をまたしてもアクロバティックに回避。爆発による風圧と土煙を受けながら、臨也は囁きかける。

「でもさ、そんな感情を剝き出しにする君のことも、彼ら同様に、等しく俺は気に入っている。」
―――黙れ。
「今この場で、ゲームに乗った一人の殺人者として、俺を殺そうとしている君も―――」
―――死ね。
「DTMで人間の善性を呪うような曲を作りだす君も―――」
―――消え失せろ。
「電子人形から与えられた力を以って偽りの世界で現実逃避に勤しむ君も―――」
―――壊れちまえ。
「どうしようもなく人間的で、みっともなくて、俺は好きだ。」

プツンと、ウィキッドの中で何かが切れる音がした。
そして、次の瞬間――。

「―――――殺すッ!!」

沸騰した感情の赴くままに、ウィキッドは手に持つ手榴弾の量を増やし、怒涛の勢いで臨也へと投げ付けていく。

「――ごちゃごちゃ、気持ち悪い事吐かしやがって!!最高にムカついたぜ、アンタに私の何が分かるってんだ!?」

その攻撃は先程までの比ではなく、その量と威力は段違いであり、臨也はパルクールを駆使した回避に専念するようになる。
やがて二人の男女による鬼ごっこは森を抜けて、崖上へと舞台を移す。
崖下には急流の川が流れており、落ちることあらば、ただでは済まないだろう。

「うん、分かるよ。少なくとも、君以上には、君の事を理解したつもりだよ」
「――あぁあ“あ”?」

窮地に立たされているも関わらず、臨也は相変わらず、襲い掛かる爆炎から避けつつ、『魔女』に語り続ける。

「そして俺は君という『人間』を理解した上で、こう宣言しよう―――」
―――うぜえ。
「例え、世界が君という存在を拒絶していたとしても―――」
―――クソが。
「俺は君という『人間』の存在を受け入れ―――」
―――反吐が出る。
「君のことも他の『人間』と同様に、愛するよ、平等に。」
―――もう、うんざりだ。

自分の内側にグイグイと土足で入られたような悪寒が走り、ウィキッドの怒りが頂点に達する。

「うるせぇえええええええ!!知った風な口を利いてんじゃねえ!!大人しく死んどけぇええええええっーー!!!」

叫ぶと同時に、ウィキッドは猛攻を仕掛ける。次々と投擲される爆弾はまるで弾丸のように凄まじい速度で、臨也へと迫る。
そんな彼女の怒りすらも愉しむように……否、慈しむように、臨也は尚も薄ら笑いを張り付かせ、これを躱していくのだが――。

「――ッ!?」

次の瞬間、臨也の身体は宙へと放たれていた。
自発的ではない。まるで見えないワイヤーに引っ張られるかのように。
宙に投げ出された臨也は、目を見開く。
彼の視線の先には蒼い空と、こちらを射殺すような視線で見下ろす魔女の姿。

「あぁ、そういうことか……」

瓦礫と共に落ち行く中、臨也は己の身に何が起きたかを悟る。
ウィキッドが投げた手榴弾の爆発によって、崖の地面に亀裂を造り、その割れ目が臨也の足場を破壊したのである。

「―――少し熱くなりすぎたか……」

重力に従い、崖下の川へ落下していく臨也は、観念したかのように溜息を漏らすと、そのまま――どぼんと、急流の中へと飲み込まれていったのであった。

「……はぁ、はぁ……」

急流に落ちていった臨也を、崖上から見送り、ウィキッドは荒くなった呼吸を整える。
ようやく怒りが収まったのか、彼女の顔からは笑みが溢れて、狂った笑い声が辺りに響き渡る。

「キャハハッ!ざまあ見やがれっ!!クソ野郎がっ!!」

あの高さと流れの速さならば、助かる可能性は極めて低いだろう。
仮に生きていたとしても、まともに動けるような状態ではあるまい。
そう結論づけ、ウィキッドは大きく深呼吸をし、乱れた髪を手で整える。

「……さてと、あのクソの死体を確認したいのは山々だけど、今はそいつよりも優先すべきことがあるんだよなぁ」

そう呟いたウィキッドはくるりと踵を返し、紅魔館の方角へと向き直る。
思わぬ乱入者によって、当初の予定からは遅れが生じてしまったが、前々から獲物と定めていたカナメはまだ付近にいる筈……。
彼に王への復讐心だけではなく、無力な女の子を気遣う良心があるならば、行方不明のままとなっている自分を探しに、此方に向かってきている可能性がある。先の放送で、魔理沙の死亡が正しくアナウンスされていたのであれば、尚更だ。

「あはっ♪カナメさんったら、私の事心配してくれてるかな?だとしたら、感動的な再会になるかもしれませんね♪」

未だあちこちに小さな炎が点在し、戦闘の爪痕残る森の中。
その中をスキップしながら歩く彼女の口調はもはや魔女のそれではなく、年相応の優等生のそれへと戻っていた。




『情報屋』と『魔女』の闘争が終息し、静寂に包まれている森の中。
紅魔館を出発したカナメとStorkの二人は、木漏れ日に晒されたそれを発見し、足を止めていた。

「……魔理沙……クソッ!!」

黒焦げになって原型は留めていないが、その背格好や周囲に転がっている帽子や箒の残骸から、この亡骸が霧雨魔理沙のものであると容易に判断できた。

「……カナメ君、君達を襲撃した金髪の青年は、炎を操っていたと聞いたけど……」

黒焦げの少女。周囲に散らばる残火。
コウノトリを模したマスク越しに見える凄惨たる光景は、Storkの過去の過ちを刺激せずにはいられなかった。だが、それでもStorkは懸命に平常心を保とうと、努めて冷静に質問を投げ掛ける。

「……ああ、恐らく魔理沙を殺ったのは奴だろうな……」
「そうか……」

状況から察するに、霧雨魔理沙殺しの犯人はウィキッドではなく、金髪の青年のようだ。
だとすれば、ウィキッドは本当に普段の凶暴性を抑えこみ、この殺し合いには乗らないように努めているということになるだろうか。
そうであれば、彼女に対する疑念は杞憂となるのだが―――。
Storkの中でモヤモヤとした疑問が渦巻いていく。

「カナメ君……僕はもう少しここら辺を調べたい。君は、引き続き折原君達を捜索してきてくれないか?」
「……分かった。アンタも無理すんなよ。まだ奴は、近くにいるかもしんねえからよ」
「お互い様にね」

互いに軽く手を振って別れると、現場検証をするStorkを残して、カナメは更に奥へと進んでいくのであった。





「フンフンフンフン~♪」

上機嫌に自分の楽曲を口遊みながら、森の中を歩くウィキッド。
その外見は、臨也と交戦していた時のそれではなく、ネクタイを律儀に結び、整った制服を見に纏い、蒼のリボンで結い合わせたお下げを靡かせた、殺し合いの場に似つかわない真面目な少女の装いであった。
今の彼女はウィキッドではない、真面目で模範的な優等生・水口茉莉絵なのである。
彼女は紅魔館へと戻るべく、山を下っていた。

(あははははははっ、カナメ君ったら、合流したらどんな感じで壊してやろうかな♪)

道中、彼女は頭の中に思い浮かぶ残虐な妄想に耽る。
それはもう、楽しそうな笑顔を浮かべながら。

「--ッ!?」

しかし、呆けているのも束の間、前方から人の気配を察知し、いち早く木陰の裏へと身を隠す。

「…………」

気配を殺し、じっと目を凝らすと、森の奥より姿を現したのは、彼女が焦がれていた男であった。

「……カナメさん!!」
「っ!?水口さん、無事だったのか……」
「はい!私もカナメさんもご無事だったんですね!本当に良かった!」

驚いた様子を見せるカナメに対し、喜びを飾った声を上げ、駆け寄ろうとする茉莉絵。
しかし――。

「動かないでくれ」
「え?」

制止の声を受け、茉莉絵は目を見開き、その場で立ち止まる。
カナメの手には、黒光りする銃が握られ、その銃口は真っ直ぐ、茉莉絵に向けられていた。
茉莉絵に向けられるカナメの視線は以前のそれではなく、鋭く警戒に満ちたものとなっていた。

「……ど、どういうことですか?どうして、そんなものを向けるんですか?」
「確認したいことがある……水口さん……いいや、オスティナートの楽士、ウィキッド……」
「――ッ!」

瞬間、ゾクリと茉莉絵の全身に寒気が走る。
まるで心臓を直接掴まれたかのような錯覚に陥り、思わず身震いしそうになるが、それを堪えて必死に表情を取り繕う。

「アンタがμに楽曲を提供する楽士だということは知っている。それもどんな曲を提供して、メビウスでは普段どんなことを行なっているのかもな……」

思わず舌打ちをしてしまいそうな衝動をぐっと堪え、茉莉絵は静かに息を呑む。
折原臨也と対峙したときもそうだったが、ウィキッドとしての普段の素行と正体について、茉莉絵の預かり知らぬところで、タレ込んでいる者がいるようだ。

楽士側の人間か―――。
それとも帰宅部の連中か―――。

どうやって水口茉莉絵=ウィキッドという情報に辿り着いたかは知らないが、余計なことをしてくれたものだと、心中で毒付く。

茉莉絵は少しの間を置いてから、やがて観念したかのようにため息をついた。

「はい……確かに私はオスティナートの楽士ウィキッドとして、メビウスではμに楽曲を提供していました。先程μが歌った『コスモダンサー』という曲も私が作曲したものとなります。」
「メビウスでのアンタは攻撃的で、どうやって何かを壊そうか考えてばかりと聞いたが……」
「カナメさんがどのような話を耳にしたかは分かりませんが、素行不良だったと言われると否定はできませんね……」

俯きがちに、どこか悲しげに答える茉莉絵。ここは余計に否定せず、肯定した方が得策だろうと、判断した上での態度である。
だが問題の肝はそこではない。

「ですが、誓って言いますが、私は人殺しなんて恐ろしいこと出来ません!そんな事、絶対にしませんっ!!」

カナメが気にしているのは、この殺し合いにおける茉莉絵のスタンスのはず。
幸いなことに、魔理沙殺しについてはジオルドの仕業に見せかけるよう工作しており、唯一の目撃者は先程始末したばかり。ここで茉莉絵が殺し合いに乗っていることを悟られる心配はない。

「……さっき、其処で魔理沙が死んでいたが、あれは---」
「魔理沙さんが亡くなったのは、放送で知りました……彼女は、私を先に逃して、彼と戦うために一人残りました。そして、その後に……亡くなったと……」
「……そうか……」

目に涙を滲ませ、顔を伏せる茉莉絵。哀憫漂うその姿はまさに悲劇のヒロインのそれ。そんな彼女の様子を、カナメはじっと観察するように見つめていた。

「もう一つ確認したい。折原臨也という男に、出逢わなかったか?アンタ達を探しに行ったはずなんだが」

繋がっていやがったか―――と茉莉絵は、内心歯噛みするも、平然を装いつつ答えた。

「おりはら…いざや…さん…ですか? いえ、私、魔理沙さんと別れてからは誰とも会っていないです……」
「そうか……」

キョトンとした顔を浮かべる茉莉絵。カナメの探るような眼差しに気づきながらも、あえて気付かぬフリを決め込む。
暫しの沈黙を挟み、カナメは銃を下ろす。その様子を見て、口元を緩めそうになる茉莉絵だったが、それも束の間―――。

「―――だそうだぞ、アンタはどう思う?」

と、カナメが背後を振り向く。
「えっ?」、とそれを目で追う茉莉絵。
すると木陰から黒い影が一つ、ゆらりと現れる。
日に照らされ徐々に明らかになるそのシルエット。

「なっ!?」

茉莉絵が驚愕するのも無理はなかった。何故ならその人物は――。

「折原……臨也……!?」

つい先程、崖下に落として始末したはずの男だったのだから。

「……。」

いつもの黒衣を纏った情報屋は能面のまま、コートの両ポケットに手を突っ込みながら、じっと茉莉絵を見据えていた。

「な、何で……、どうして……!!」

想定外の事態に、驚愕し混乱に陥る茉莉絵。

―――あり得ない。どう考えたってあり得ない。

目の前の光景を否定しようとする。
しかし、彼女の目の前にいるのは紛れもなく、あの折原臨也その人。
見間違うはずもない。

「……っ!!」

必死に頭を回して状況を整理しようとする茉莉絵。
そんな茉莉絵の様子を、臨也とカナメは無言を貫いたまま眺め、そしてゆっくりと彼女に近づいていく。
その圧に、思わず後退る茉莉絵は、葬り去ったはずの男に向かい叫びだす。

「お前ッ!?どうして生きてやがるッ!?」
「……。」
「ふざけんなよ……!!アンタは確かに崖下に落ちたはずだろうがッ!?」
「……。」
「例え一命は取りとめても、無事じゃ済まねえはずだろッ!?」
「……。」
「さっきの無駄な問答も、お前の入れ知恵ってわけかよッ!?全てを分かったうえで、私の反応を楽しもうといった魂胆か!?悪趣味なお前らしい、クソみてえな発想だなぁ!!ああ”あ”あ”あ”?」

ハァハァと呼吸を乱して、ドスの効いた声で捲し立てる茉莉絵。
もはや彼女の口調は清廉潔白な少女のそれではなく、野蛮で暴力的な魔女のそれへと変貌していた。

そんな少女の豹変ぶりを、冷ややかに見届けた臨也とカナメ。
そして、臨也はカナメの肩にポンと手を乗せ、口を開いた。

「カナメ君、分かっただろ?これが彼女の本性だよ」
「……あぁ。まさかこれほどまでとはな……」

カナメは臨也の言葉を受けて、静かに目を瞑り、深いため息をつく。
そして得心の言った顔で茉莉絵を睨みつける。

「―――アンタを信じたかったぜ、水口さん」
「はっ?はっ?はっ?」

状況を飲み込めず困惑する茉莉絵。
だが、次の瞬間―――彼女は信じられないものを目撃する。

「―――ッ!?」

カナメの横に佇む折原臨也の姿が、変貌していくのであった。
黒から白へと。まるで靄が晴れていくかのような調子で、彼の服装と背丈は変わっていき、最後には顔までもが仮面に覆われていく。
その面貌にウィキッドは覚えがあった。
嘴を携え、紅い瞳を模したそのペストマスクは、忘れようもない。
ウィキッドと同じく、メビウスを守護する『オスティナートの楽士』の一人。

「―――お前……Storkッ!!」

白のタキシードに、赤の蝶ネクタイ、黒のポケットチーフといった、如何にも紳士的な格好をした仮面の男・Storkがそこに佇んでいたのであった。




時は遡る―――。
それは、Storkがカナメと別れて、霧雨魔理沙の殺害現場付近を調べていた頃。
彼は、霧雨魔理沙のものと思わしき脚の彼は、霧雨魔理沙のものと思わしき脚の欠片を検分していた。
遺体そのものは黒焦げとなり、原型も留めていなかったが、不思議と飛び散っていたこの脚については、そういった形跡は見当たらない。
カナメたちを襲撃した青年は、細剣を所持していたというが、この欠損ぶりからすると、切って落とされたのではなく、何か爆発のようなものに巻き込まれて吹き飛ばされたかのような印象を受ける。

―――爆発……。

その単語を脳裏に浮かべた時、Storkの脳裏では、彼女のことが浮かび上がった。
手榴弾などの爆発物を自らの得物として、ラガードを狩る彼女の姿が……。
そして、更に足を進めて、森の奥地へと進む彼の視界に、あるモノが入り込む。

「……これは……」

戦闘の跡と思わしき、撒き散らされた炎の近くに、落ちている複数の銀色の得物。
Storkはその傍まで歩み寄り、手に取って確認する。

「やはりそうだ……これは折原君の……」

Storkが手にしたそれは、折原臨也が所持していた投擲用のナイフ。
テレビ局を出発する前に、互いの装備を確認した際に、臨也が若干ドヤ顔気味に「俺の武器はこれになるかなぁ」と、見せびらかしてきたのが記憶に新しい。
そのナイフがここに落ちているということは、恐らく、彼はここで何者かと交戦したのだろう。
そしてこの場所には、先の爆発跡から、魔女がいたことも推測される。
霧雨魔理沙、殺し合いに乗った青年、ウィキッド、そして折原臨也。
四人がこの場所で、どのように接触し、何が起こったのか―――。
それを、はっきりさせるためには、やはり当人達の口から聞かないことには何もわからない。
中でも注視すべきは、ウィキッドがどういった行動を行なったかについてだ。
彼女がメビウスに蔓延る噂通り、奸計を用いて、他参加者を抹殺するべく行動しているのであれば、被害者が増える前に、その悪意を暴き、正さなければならない。

Storkは大急ぎで、カナメを追いかけ、彼の協力の元、策を講じるのであった。


「――そして僕は、カナメ君と相談して、君が接触するようなことがあれば、折原君に擬態して、君の前に現れるようにしたんだ。君が、折原君を見て、どのような反応をするのか探るためにね……」

擬態能力―――。覗きの道を究めて、求め続けたStorkに与えられし力。
ある時は腰掛に擬態してはJKの太ももを、ある時は自販機に擬態してはJKのうなじを、ある時はライオンのオブジェに擬態しては女湯を……。
一見、無機物にのみに特化して擬態できるかに思えるが、その実は人間に擬態することも可能な万能の力である。
そんな擬態能力を駆使したStorkの術中に、まんまと嵌った茉莉絵は、悔しそうに拳を握りしめ、ワナワナと怒りに震えていた。

「結果はStorkの危惧した通り、クロだった訳だ。なぁおい、お前折原をどうした?」

カナメは再び銃口を茉莉絵へと向けて、冷たい視線を向ける。

「……。」

そんな彼に対して、茉莉絵は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「―――答えろ」
有無を言わさぬ迫力で睨みつけてくるカナメに対し、茉莉絵は暫しの沈黙を挟み。

やがて。

「キャハッ……」

グニャリと口角を吊り上げた。

「キャハハハハハハハハハッ!!折原臨也ぁ?さっきも言っただろ?あの変態野郎なら、この先の崖下に突き落としてやったよ!!今頃川底でくたばってんじゃねえのかぁ!?いやぁ〜いちいち癇に障ることを、ペチャクチャ喋るイケ好かねえ野郎だったわぁ」

果たして人間とはここまで変わるものだろうか。
それまで大人しそうな見た目だった少女は、悪魔のような笑みを浮かべ、饒舌に自らの犯行を語ったのである。

「……霧雨魔理沙さんを殺したのも、君なのか……?」
「ピンポーン♪察しが良いねえ!アイツは私が『金髪の大将』と手組んで、ぶっ殺してやったってわけよ!!いやぁ私に裏切られたと悟った瞬間の、あの女の泣き顔、THE絶望って感じで傑作だったわぁ」
「お前ッ―――!!」
「カナメ君ッ!?」

激昂するカナメ。
怒りに震えながら、拳銃の引き金を引こうとし、Storkがそれを諫めようとするが――。
二人よりも速く、『魔女』は行動を起こした。

「爆ぜろッ!!」
「なっ!?」

ポイと投げられたのは、拳サイズほどの塊。
弧を描きながら、己が方向に飛んでくるそれを見上げるカナメ。
恐らくは爆弾の類―――。
であるからには、何かしらの回避行動を取らねばと、カナメが動き出そうとする。

「―――させないよっ!!」

咄嗟にStorkが鞭を振るって、それを叩き落とした。
地面に落下したと同時に、爆発が巻き起こり、爆風が二人を襲う。

「ぐっ――」
「うおっ!?」

Storkとカナメは身を屈めてやり過ごす。
辺りに漂う煙幕が徐々に晴れ、二人の目に飛び込んでくるのは、森の奥へと走り出す茉莉絵の後ろ姿。

「待ちやがれッ!!」
「駄目だよ、カナメ君。ここは冷静に―――」
「うるせえっ!あいつだけは絶対に許さねえッ!」

制止しようとするStorkの手を払いのけ、カナメは茉莉絵を追って駆け出した。
一人ポツンと残されることとなったStorkだが、やがて―――。

「……あぁもうっ!仕方ないなっ!!」

髪を掻きむしりながらも、カナメの後を追うべく、走り出すのであった。




―――許さねえ。

カナメの心は憎悪で溢れ返っていた。

折原臨也に、霧雨魔理沙。

彼らがカナメと接したのは、ほんの僅かな時間であり、その素性もろくに知れてはいない。
知るには、時間が足らなすぎたのだ。
だがそれでも。彼らには還るべき場所があった筈だし、彼らの帰りを待つ者もいたはずだ。

各々がそれぞれの想いを抱いて、今日まで生きていたはずなのだ。
そんな彼らを殺害し、嘲笑い、あまつさえ貶める。
自らの蛮行をまるでゲームのように愉しそうに語り、悦に浸るあの女の姿は、『奴』に酷似していた。

『そうだカナメ!! 全部お前のせいだ!!』

『お前が弱いくせに俺をコケになんてするから!』

脳内に、あの時の『奴』の言葉が鮮明に響く。

『無関係な子豚ちゃんがこんな哀れな姿になる!』

『可哀想に!!』

俺への復讐の為に、無関係な俺の友達を殺したあの野郎の声が。

『子豚ちゃんにはやりたい事はたくさんあっただろう!! 家族だっていただろう!!』

『将来の夢も! 人生の喜びも! 彼はカナメ君のせいで全て失ったのです!!』

俺はあの時に覚悟を決めた。人を人とも思わないコイツらは人間じゃない。
コレは誰かがやらねばならないゴミ掃除だ。

「だから俺は―――」

カナメは銃口を、前方ひた走る『魔女』へと向けて、躊躇なく引き金を引いた。
パァンと乾いた銃声が響き、硝煙の匂いが鼻腔を刺激する。

「お前達を『人間』だとは思わない。全力でお前という存在を否定する。」

背後から放たれた銃弾に、茉莉絵ことウィキッドは、超人的な反応速度で、真横へと飛び跳ねて、これを躱す。
そして振り向けざま、お返しとばかりに、複数の手榴弾を投擲してきた。
手榴弾が自身に降りかかる前に、カナメは木陰に転がり込み、その衝撃から逃れる。
爆発音が立て続けに起こり、木々が薙ぎ倒されていく。

「アハハハハハハハハ!!良いねえ、カナメ君。殺る気満々じゃねえか!!そうこなくっちゃ、壊し甲斐がねえよなぁ!?」

狂気じみた笑い声をあげながら、ウィキッドは獲物を仕留めるべく、跳躍。
上空から狂気の笑みと共にカナメを見出すウィキッド。
その外見は、いつの間にか、髪はボサボサで、着込んだ制服も無駄に開けさせた『魔女』の姿へと変貌している。

「そーら!たっぷりと痛めつけてやるから、惨たらしく踊れよぉ!!」

凶悪な笑みを浮かべながら、両手に先ほどよりも小型の爆弾を大量に取り出し、カナメ目掛けて投下する。
その姿はさながら爆撃機―――。カナメは舌打ちと共に前方へ猛ダッシュし、空から振り返りる暴力の雨をどうにか掻い潜るも、勢い余って転倒。
地面に着地したウィキッドは、その隙を見逃さない。

「キャハハハハハハハっ!!」

高々と笑い上げ、再びカナメ目掛けて、無数の小型爆弾を投げ込む。
カナメも起き上がり、回避しようとするが間に合わない。
だが―――。

ビュン!と風を裂く音とともに、爆弾は空中で爆発。

「カナメ君、無事かいっ!?」
「水差すんじゃねえよ、変態鳥仮面っ!!」

カナメを救ったのはStorkの鞭であった。ぜぇぜぇと呼吸を乱しながらも駆けつけた彼のファインプレーにより、間一髪のところで、カナメは爆撃から逃れたのである。

「……ウィキッド、こんなことは止めるんだ。ここで僕らが殺し合って何の意味がある!?」
「あはははっ、何?ここで私が『はい、分かりました』って言ったら、あんたら私とまた仲良しこよししてくれるわけ?もう既に何人も殺してる私と?あははっ!」

説得を試みるStorkであるが、ウィキッドは聞く耳を持たず。
「あ〜この際だから言っとくけど―――」

今度はStork目掛けて、爆弾を投げつける。

「前々から、お前のことは気に入らなかったんだよ!お前が作るラブソング、聞いてるだけで耳が腐り落ちちまいそうになるからなぁ!!」
「――っ」

Storkは後退しつつ鞭を振るって、飛来してくる爆弾を叩き落としていくが、ウィキッドは軽い身のこなしで木々を行き交いつつ、四方八方あらゆる方向から爆撃を加える。

「お前の反吐が出るほどの甘っちょろい曲も、アイドル路線でメルヘンチックな曲も、ひたすら憂鬱な引きこもりの曲も、無駄にゴージャスで奔放な曲も、うるさいだけの軽薄な曲も、ジメジメした薄っぺらいラブソングも、全部クソ喰らえだ!!」

爆音と爆炎が絶えることなく巻き起こる中、ウィキッドは攻撃の手を緩めることはない。
Storkは防戦一方だ。ただひたすらに鞭を振るい続け、迫り来る爆弾を叩き落とさんとする。

「てめえら屑どもが作る曲なんかよりも、人間が内に秘めている欲望。執着。狡猾さ。破壊衝動。それを自由に解放できる私の曲こそ、トップを飾るに相応しいんだ!!」

そう言うや否や、ウィキッドはStorkの正面に着地し、それまでと比べられないほどの大きさの爆弾を顕現。
狂気に染まった笑みを浮かべたまま、Storkに向かってそれを放った。
その巨大な爆弾もまた、Storkの鞭によって、叩き落とされるが―――。

どがん、と。

これまでとは比べ物にならないほどの大爆発が巻き起こる。
直撃こそは避けられたものの、嵐のような瞬間風速により、Storkは吹き飛ばされた。まるで宇宙の塵のように。

「うぐっ……」
「キャハハハッ!!」

無様に地面へと転がったStorkの息の根を断たんと、ウィキッドは次の爆弾を取り出す。
しかし、そうはさせまいと、地面から這い上がったカナメが、彼女に銃口を定める。
だが―――。

「おーっとぉ♪」

ウィキッドはそれをいち早く察知。
手に持つ爆弾を、今度はカナメの方へと投げつけた。

「―――っ!?」

爆弾はカナメの手前に落下し、炸裂。
衝撃と熱波がカナメを襲い、彼の身体は数メートル後方へと投げ出される。そして、衝撃で拳銃を手離してしまう。

「カナメ君っ!」
「アンタはデザートってことで。この変態鳥仮面をぶっ殺してから、たっぷりと遊んであげるから。ちょっと、待っててね、カナメ君♪」

カナメの無力化を確認したウィキッドは愉悦に浸りながら、再びStorkへと向き直り、爆弾を顕現させようとする。

が、その瞬間ーーー。

ヒュン!という風切り音と共に、彼女の手の甲にナニカが生えた。

「――っ!?」

目を見開くウィキッド。
その瞳に映るは、銀色のナイフ。
投擲された刃が、ウィキッドの手の甲に突き刺さっているのだ。

「――あまり調子に乗るなよ、ウィキッド」
「……っ、てめえ……」

ウィキッドが怒りの形相を浮かべ振り向くと、そこには腐葉土の上に座りながらも、ナイフの投擲を完了したカナメの姿があった。

「……お前に突き刺さったそのナイフ、俺のではない。たまたま、吹き飛ばされた此処の地面に落ちていたものだ。恐らく折原がお前とやり合った時に投げたものだろうな」

そう告げた瞬間、カナメは自身異能、火神槌により、手元に新たな拳銃を顕現させる。

「――っ!」

ウィキッドも慌てて、反撃せんと試みるが、それよりも早くカナメは引き金を引き絞る。
パァン!と乾いた銃声と共に、ウィキッドの右腕が鮮血に染まる。

「――うぐっ……!?」
「痛いか?だがお前がやってきた事と比べれば、まだまだ温い方だろう?」

灼熱の痛みに顔を歪ませるウィキッドを睨みつけながら、カナメは銃口を向ける。

「その気になれば、俺はお前の脳天を撃ち抜くこともできた。だが、それはしない。お前みたいな外道は楽には死なせない。お前が散々弄んできた人間と同じ苦しみを味わせてやる」
「――っ、ざけんじゃーーー」

パァン!と再び乾いた銃声が鳴り響く。

「―――っ!?」

左肩口を撃ち抜かれ、顔を顰めるウィキッド 。
既に血まみれとなっている手で、傷口を押さえ込み、どうにか止血しようと試みる。
カナメは銃口から硝煙を立ち上らせながら、言葉を続ける。

「精々、生き地獄を味わいながら、お前が殺してきた人達への懺悔をするんだな」
「――クソが……」

憎悪に満ちた視線を向けてくるウィキッド。
カナメは、そんな彼女を冷ややかに見据えながら、再び引き金に手を掛けようとするが―――。

「……駄目だよ、カナメ君っ!」

Storkがカナメの前に立つことで、それを阻止する。

「……退け、Stork」

カナメは静かな口調でそう告げる。
すると、Storkは首を左右に振った。

「確かにウィキッドのやったことは許されない。だけど、それでも、ここで彼女を殺してしまうと、それこそテミスの思う壺だ」
「……」
「それに……彼女は一応僕の仲間でもあるんだ。見捨てることはできない」
「そうか……。」

カナメはゆっくりとため息をつくと、手に持つ銃を下ろす。
そして、無言のままStorkに一歩近づくと。

「分かってくr---ごふっ!?」

銃を下ろしたことに安堵していたStorkの鳩尾に拳を打ち付けた。

「……悪いな、Stork。それでも、俺は人を玩具のように扱うこいつらだけは絶対に許さない。」
「……カ…ナ…メ君……」

Storkは腹部に受けた衝撃と、吐き気に思わず膝をつく。
その隙にウィキッドは傷口を抑えながら、逃亡する。

「逃がすと思うか……!」

カナメは即座に拳銃を構えると、逃げるウィキッドの追跡を開始する。
その姿は正に処刑人。古に行われた『魔女』狩りの如く、罪人の背中を追い続けるのであった。



――ちくしょう……。

森の中を駆け抜けながら、ウィキッドは窮地とも言える現状に歯噛みする。
ぽつりぽつりと、身体に出来た穴から零れる血液が、彼女が通った道筋を赤く染め上げていく。

カナメに追われているという点で言えば、先程も似たような状況ではあったが、今回はあの時と訳が違う。
先程のそれは、折原臨也と交戦した際に見知った場所へ誘い、地の利を活かして連中を蹂躙するため―――狩りを楽しむために、獲物を自らの狩場に引き摺り込むための策であった。

しかし、今はウィキッド自身が手負いの獲物---狩られる側として、追い詰められている。
故に逃走経路も、ただ闇雲に逃げているだけに過ぎない。
背後を振り返ると、銃を構えたカナメが冷徹な表情で追いかけてきているのが見える。
その気があれば、ウィキッドを撃ち抜くことも可能なはず。しかし、敢えてあの男はそれをしない。あくまで追い立てるだけだ。
その行為が、ウィキッドにとってはまた堪らなく屈辱であった。

やがて、ウィキッドの逃走劇も終着点を迎える。森を抜けて、折原臨也を葬ったあの断崖絶壁の場所まで戻ってきたのだ。

「……ちっ」

舌打ちしながら、ウィキッドは振り返ると、カナメは銃口をこちらに向けながら、近づいてくる。

「随分と逃げ回ってくれたが、これで終わりだな」

――ここで終わる?私が?

ふざけるな。冗談じゃない。こんなところで終わってたまるか。
折角メビウスに招聘されて、手足を自由に動かすことが出来るようになり、好き放題に遊ぶことが叶ったというのに、それを奪われてなるものか。
まだ私は満足していない。まだまだ遊び足りない。
もっと沢山壊せる。もっともっと面白いものを目にすることが出来る。

「―――ふざけんじゃねえぞ!!」

そう唸ると同時に、ウィキッドは一転攻勢。
傷に痛む身体に鞭打って、両手に爆弾を顕現させる。

「殺すっ!!絶対に殺してやるっ!!」

そう叫びながら、ウィキッドはカナメに向かって爆弾を投げつけた。
咄嵯に後退することで回避するカナメ。
爆炎と土煙が巻き上がる中、ウィキッドは更に追撃を加えるべく、次なる爆弾を取り出す。

「二度と調子に乗れねえよう、バラバラに吹き飛ばしてやるよ!!」

ウィキッドは跳躍。空中からカナメに照準を合わせるべく、索敵を始める。
しかし――。

バァン!
と乾いた銃声が響く。

「―――っ!?」

瞬間、ウィキッドの右脚の太腿に伝う灼熱感。
カナメはいち早く、ウィキッドの行動を予見し、狙撃したのだ。

「―――んの野郎!!!」

ウィキッドは空中で苦悶の表情を浮かべつつも、カナメに反撃すべく、爆弾をオーバハンド気味に投擲。
爆弾はカナメの足元に落下すると同時に炸裂するも、カナメは咄嗟に真横へと転がり、これを躱す。
ウィキッドはバランスを崩した態勢のまま、落下。
右脚を撃ち抜かれているため、受け身を取ることが出来ず、そのまま地面へと叩きつけられる。

「――っ、がっ……」

ウィキッドは苦痛に顔をしかめつつ、どうにか立ち上がろうとするが、彼女の前にポンと何かが放り投げられた。

「お前言ったよな―――」
「―――っ!?」

カナメの手から離れて、投げ出されたソレは、手榴弾。
彼の異能によって創生されたものだ。

「折原の奴を、崖から落としてやったって……」

慌てて地面を這うように後退するウィキッドだったが、もう遅い。
安全圏内に避難する前に、ドカンッ!と爆発音が響くと、爆風と衝撃波がウィキッドの身体を弾き飛ばす。

「――ぐっ!?」

ウィキッドは悲鳴を上げる間もなく、その華奢な身体を宙に舞わせ、吹き飛ばされた。
そしてそのまま、断崖絶壁の上空へと投げ出される。
その遥か下には急流が待ち構えている。

「これは報いだ。せめて、あいつと同じ苦しみを味わって、死ね」

まるでゴミを見つめるような目で、こちらを見据えるカナメの姿。
忌まわしいその顔が段々と遠のいていく。

(はんっ!正義の味方気取って天誅のつもりかよ、気持ちわりい)

そんな情景を目に映しながら、ウィキッドは乾いた笑いを漏らす。

(結局あの時と同じじゃねえか)

全身に纏わりつく気色の悪い浮遊感。
落ちていく。スローモーションのように崖下へと落ちていく、その感覚に。
ウィキッド―――否、水口茉莉絵はかつて現実世界で、自身を脊椎損傷患者にした、歩道橋からの転落事故を想起した。

―――どうして。

いつもそうだ。
後、一歩のところで邪魔が入る。
あと少しで、自分の思い通りに事が運ぶはずだったのに。
それが何故だか、いつも最後の最後で、こうなってしまう。

―――どうして。

いつもそうだ。
理由もわからず毎日のように肉親にぶん殴られ、学校でも腫物扱いされ、友達も出来ず、誰も助けてくれなかった。
だからこそ、他人をドン底に突き落とし、悦に浸ることで自分を満たすようになった。
他人が苦しんでいる姿を見ると、とてつもない快感が押し寄せる。
どうしようもなく不幸な自分にとって、他人の不幸は蜜の味だった。
だけど、最終的にはそれすら奪われてしまう。

――どうして、私ばっかこんな目に。

神様なんか信じちゃいない。
そんな存在がいるのであれば、自分のような不幸な人間は生まれてこないはずだから。
だけど、もしどこかで、このクソみたいな人生を綴る何者かがいるとすれば、こう言ってやりたい。

「いい加減にしろよ、クソったれ……。」

ありったけの憎しみを込め、恨み言を吐き捨て。
ウィキッドは引力に吸い込まれるようにして。
奈落へと堕ちていく











「ウィキッドッ---!!!」


筈だった。

「……は?」

ぴしりと足に巻きついた鞭が、なす術なく重力に従って落下していく彼女を辛うじて繋ぎ止めたのだ。

「なん……で……」

訳もわからず、崖の上に視線を送ると、そこには崖下へと懸命に手を伸ばして、鞭を伸ばすStorkの姿があった。

「お前何やってんだよ!そんな奴助ける価値なんてねえだろうが!」

隣に佇むカナメから怒号が飛ぶも、Storkは首を左右に振り、鞭を引っ張っていく。
それに伴いウィキッドの身体は引き上げられていく。

「ごめんよ、カナメ君。それでも僕は彼女を救いたいんだ」
「何故だ!?同じ楽士とはいえ、コイツはアンタのことも殺そうとしたんだぞ!?」

まるで釣られた魚のように、逆さ吊りとなり、引き上げられていくウィキッド。
カナメやStorkから見ると、下着も丸見えといった滑稽な格好ではあるが、ウィキッドは混乱の渦にあり、そんなことを気にする余裕はない。

――訳が分からない。

何故Storkはこんなにも必死になって、自分を助けようとするのか。カナメの言う通り、奴が自分を助ける義理なんかないはず。立場上、メビウスでは同じ陣営にいたとは言え、元々オスティナートの楽士なんざ、メビウスの維持だけを目的としただけの集団。
互いの利益のためだけに、手を組んでいるだけに過ぎず、仲間意識などはなかったはず。

「うん、そうだね。彼女は僕を殺そうとした。それに同じ楽士とはいえ、メビウスにいた頃は、彼女から交流を持とうとしたことはなかったし、僕自身も彼女のことはあまり知らなかった」
「だったらーーー」
「でもね、カナメ君。僕は彼女のことはよく知らないけど、彼女もμに招かれたメビウスの住人。きっと彼女もまた現実で悩み、苦しんできた人間のはずなんだ」

Storkはそう言いながら、鞭を引き上げる腕に力を込める。ウィキッドの身体もそれに比例して、上へ上へと運ばれていく。

「僕の友達μは彼女をきっと救おうとしたはずーーー。だから僕もただの傍観者にはならず、μが救おうとした彼女に手を差し伸べたいんだ」
「お前―――。」

――そう言うことかよ。

ようやく崖上の二人の顔がはっきりと見えるようになった頃、ウィキッドは呆れたようにため息をつく。
あの変態仮面は、ただのお人好しだけじゃない。ポンコツドールとの友情を貫いた上で、私自身も救い出そうとしている大馬鹿だ。
カナメもStorkの想いが伝わったのか、それ以上は何も言わず、ただ黙って成り行きを見守っている。
やがてウィキッドの身体は崖上まで、後数メートルのところまで引き揚げられた。

「さぁウィキッド 、この手を掴むんだ。」

鞭を掴む手とは別の方の腕をStorkは差し出す。

ーーこの手を掴めば……。

もしかしたら、自分のこれからは大きく変わるかもしれない。
もしかしたら、彼が真摯に自分の不幸を受け止めてくれるのかもしれない。
これまでの人生において、一度も感じたことのないものが、その先にあるかもしれない。

ウィキッドは逆さまの状態から、上体を起こし、鮮血滴る腕に動かさんとする。


そして―――。






「私を哀れむんじゃねえよ!!クソがああああああああ!!」


顕現させた爆弾をStorkの顔面目掛けて放り投げたのである。


――そうだ、同情なんてクソ喰らえだ。


Storkが悲鳴を上げる間もなく、爆弾は見事に直撃。
彼の上半身はその威力により、吹き飛ばされ、下半身だけがぐちゃりと地面に転げ落ちると同時に、鞭から解放されたウィキッドの身体はまた急流へと落ちていく。

「てめえぇえええええーーー!!!ウィキッドぉおおおおおおっ!!!」

激昂するカナメ。
そんな彼を挑発するように、少女はひたすらに愉快そうに笑い声を上げ、叫ぶ。

「あはははははっ!ざまあみろっ!!哀れみなんざいらねえんだよ!!バーカ!!」

カナメの表情が歪むのを尻目に、ウィキッドは心の底からの嘲笑を浴びせて、落下していきーーー。

ド ボ ン!!

とかつてないほどの衝撃を全身に浴び、その意識は闇に堕ちていった。




男は悔いていた。

燃やされる家屋を前に、傍観者のままであり続けたことを。

男は苦しんでいた。

尊き三人の命を燃やされるその瞬間に、ただ傍観者であり続けた罪悪感に。

だから今度こそ、傍観者のままでいることをやめ、手を差し伸べた。

しかし結果として待ち受けていたのは、あまりにも残酷な結末であった。

最期の瞬間。

迫りくる爆弾をマスク越しに眺めながら、彼の頭によぎったのは、自身の行動に対する後悔でもなければ、少女に対する恨み節でもない。

ただ申し訳ないという気持ちだけ。

死神と化した目前の少女と、バーチャドールの友人に向けたー――。

救ってあげられなくて、ごめんよ、という謝罪の言葉だけが頭の中で反覆していた。


【Stork@Caligula Overdose -カリギュラ オーバードーズ-死亡】




気が付いたら、闇の中にいた。
体は動かない。
全身に感じるのは、ひたすらの無重力。
手足の感覚もなく、途方にくれていると声が聞こえた。

『茉莉絵はいい子だよ。あたし、知ってる』

ああ、クソったれ。
忘れもしない。あの女の声だ。
こいつと同じ名前の花が咲いているのを見ると、本当に反吐が出る。

『茉莉絵はあたしの親友。いまでも、心からそう思ってる』

何が親友だ。あんなことをされて、まだそんなことが言えるのか。
温室育ちのお前と、泥水をすすりながら生きてきた私。
対等になんかなれやしない。

『いろんなこと、いっぱい話そうよ。ね』

馬鹿かお前は?話し合えば分かり合えるとでも思ってんのか?
お前に私の何が分かる?お前はただの偽善者だ。
お前なんかが、私の気持ちを理解してたまるか。

『この子はいつ死ぬんです?』

また別の声が聞こえる。このしおれた声も覚えている。
うちの祖父の声だ。

『どうして死んでくれなかったんだ……!』

咽びながら医者に泣きつく祖父。
だったらさっさと殺せよ、と思う。
肉親に早く死んでほしい、と願われる忌み子―――それが私だ。

『さぁウィキッド 、この手を掴むんだ。』

うぜえぞ、トリ公。
同情も哀れみもいらない。仲良しこよしなんざ虫唾が走る。
だから、あいつのことはぶっ殺してやった。
ざまあみやがれ。

『お前達を『人間』だとは思わない。全力でお前という存在を否定する。』

ああ、上等だよ。元から私は社会から弾き出された最底辺の嫌われ者。
お前らにどう思われようと知ったことじゃない。
私のことを肯定する奴なんざ、一人もいな―――。


―――いるよ。

……あん?誰だお前?
突然出てきてしゃしゃりでるんじゃ―――。

―――君の存在を受け入れる人間は此処にいる。

っ!? 何気持ち悪いこと言って―――。
いや、待て。この声っ!? お前まさか……!!

動揺が走ると同時に、私の視界は真っ白な光に包まれていく。
そして、ふわりと意識が浮上していくのを感じた。

「うっ……。」

目を覚ますと、こちらを覗き込むようにして見下ろしてくる男の顔があった。

「―――俺は、君に言ったはずだ。」

「お前……。」

得意げな顔で、こちらをねっとりと眺めるその男の面を見ているだけで、不快な気分になる。
仕留めていたと思っていた男が目の前に現れたことで、思わず歯軋りをする。

「俺は君という『人間』を受け入れ、そして他の『人間』同様に愛するってね」


その男―――折原臨也はしたり顔を浮かべて、クソ生意気な戯れ言をほざいてきやがった。




G-5の川辺、折原臨也が見守る中で、ウィキッドは目を覚ました。
川の流れる音だけが響き渡る中、彼女は自分の状態をすぐに確認し、違和感を覚える。

「……どういうことだよ……、こいつは……。」

今の彼女は下着だけの姿。
彼女が来ていた制服の類は、すぐ近くの木の枝に干されてある。
対する臨也もシャツ一枚と下着一枚。彼のコート類も茉莉絵の制服と一緒に乾かされている。
しかし、ウィキッドが違和感覚えたのは二人の容姿ではない。
今は何故か手足を五体満足に動かせる………。転落による強打による鈍痛こそ感じるが、身体に撃ち込まれた銃創の類は全て塞がっており、あの灼熱感は嘘のように引いているのだ。。

「何をしやがった、折原臨也……。」

臨也を睨みつけ、問うウィキッド。
対する臨也は、相変わらずの不敵な笑みを崩さずに答える。

「いやなに、調べてみると、君の身体にあちこち穴が開いていたからさ。こいつを使って治療してみたのさ」

ドヤ顔をしつつ、臨也が見せびらかしてきたのは小さなお守り。

「こいつは俺の支給品なんだけどさ。何でも、傷口を塞ぐ効果のある、ありがたい代物らしいんだよ。
いやまあ、俺も最初は疑い半分だったんだけど、いざ君の傷口にかざしてみると、これがもうすごいのなんの―――」
「……なんで私を助けた……?」

上機嫌に語りだす臨也を遮るように、ウィキッドは言葉を被せる。

「俺はどこかの誰かさんと違って、殺し合いには乗っていない善良な一般市民だよ。
そりゃあ川の上流から血まみれの女の子が流れてきたら、良心あれば助けるのが普通ってもんでしょ?」
「……っ!?てめえっ!!」

瞬間、ウィキッドは起き上がり、臨也の首元を掴んで、その身体を持ち上げる。

「ボロボロの私を見て、哀れんだっていうのかよ、おい!!お前は危うく私に殺されかけたんだぞ!!」

激昂したウィキッドは、そのまま力を込めて、臨也の首を締め上げようとするが、それでも臨也は涼しい表情のまま。

「さっきも言ったよね、俺は『人間』を愛していると。例え相手が、君のような殺人者だろうが、霧雨魔理沙さんのような善人だろうが、分け隔てなく愛するよ。
うん?これだけじゃ理由にはならないかな?まあ、他にも理由はあるけどさ。
例えばそうだね……、いけ好かないと思っていた人間によって一命をとりとめたことに気付いた君がどんな反応をするのか、興味があった……。ってのはどうかな? 」
「……ふざけんな……!」

怒声と共に臨也の身体を放り投げるウィキッド。
臨也は空中でクルリと回転して、着地すると、ウィキッドに向けて一指し指を向ける。

「正解っ!」
「ああ”あ”っ!?」

怒号のような声でウィキッドは威嚇するが、臨也は尚も言葉を続ける。

「君が、今この場で俺の首をへし折らなかったのは、少なからず俺に対しての利用価値を期待しているからだろ?
激情に流されるまま、俺を殺そうとしなかった君の判断も、実に『人間』らしく、称賛に値するよ」
「てめえ――」

舐めた口調で語る臨也に対し、ウィキッドは再び怒りをぶつけようとするが、寸前で踏みとどまった。このままでは、いつまで立っても臨也のペースのままであると悟ったからだ。
そして、一呼吸おいてから問いただす。

「―――それで、結局アンタは私に何を望んでんだよ、臨也おじさんよぉ」

尚も殺意と憎悪の眼差しを向けてはいるものの、ウィキッドの姿勢は、攻撃のためのそれではなく、対話のための姿勢へと変わっている。
そんなウィキッドの様子を、臨也は満足そうにうんうんと頷きながら見つめると、ゆっくりと口を開いた。

「なに簡単なことさ。俺に、もっと君という『人間』を『観察』させてほしいんだよ。」

彼の口から発せられたのは、ウィキッドにとっては察しがついていた回答だった。
予想通り、予定調和の回答。
故に特に反応示すことはないが、臨也は特に気にも留めず、わざとらしく両手を広げながら、更に続ける。

「楽士ウィキッド、いいや、水口茉莉絵さん―――。」

臨也は語る。新しい玩具を見つけた子供のように。

「俺は君という『人間』がこの殺し合いの場で、今後どのように行動し―――。」

臨也は語る。新しい遊び場を発見した少年のように。

「どのような選択をし、どのような結末を辿るのか―――。」

臨也は語る。新しい娯楽を手に入れた青年のように。

「それを間近で見届けたいんだよ、この眼で、さ」

臨也はそう言うと、ニタリとした笑みを浮かべた。
それは、紛れもなく純粋な好奇心による笑顔であった。
そして、そんな臨也の熱烈なラブコールを受けたウィキッドはというと、

「……アハッ……」

思わず、笑いを漏らしたかと思えば。

「……アハハ、アハハハハハハハハハハハハ!!!」

堰を切ったように、腹を抱えて笑いだした。

「アハハハハハハハハハハハハハハ!!私に殺されかけたというのに、まだそんな戯言を言い続けるとか、本当にイかれてるよ、あんたは!」

笑いながら、魔女は思う
目の前の男は、本当にどうしようもなく弱い奴なんだと。
人間の生み出すすべてを『愛』と言って、人間のやる事なす事全部『理想』にして、一貫して受け流さそうとするその姿勢は、どこまでも滑稽だなと。

だけど―――。

「いいぜえ、出血大サービス! 特等席でお前に見せてやるよ」

この男の徹底した「弱さ」は利用できると考えた。
こいつ自体は信用できないが、こいつの「弱さ」は信用に足ると思った。

「私が演出する最高にイカれたグッチャグチャのヒューマンドラマってやつをよお!!」

「仲間」といった反吐の出る枠組みでもない。
「共犯者」というほど趣向や目的が一致しているわけではない。
ただ単純に折原臨也の「弱さ」を「駒」として利用していくだけの話だ、とウィキッドは割り切った。
本来の彼女であれば、ここまで不愉快でいけ好かない男と行動を共にするなど、考えただけでも虫唾が走るところだが、今は違う。
先程カナメ達に煮え湯を飲まされた手前、使える駒は出来うる限り取り込んで、徹底的に利用していく。
それが、彼女が今後この殺し合いで生き残り、遊んでいくために下した決断であった。

「うん、話は決まりだね。それじゃあ、これから仲良くやろうね、茉莉絵ちゃん」

臨也は、ニコニコしながら手を差し出す。
ウィキッドはというと、笑顔を張り付けながら、パチンとその手を払い除け、

「はい、宜しくお願いしますね♪折原さん」

と、所謂優等生モード、水口茉莉絵の口調で返すのであった。




「悪いな、お前ら……。今の俺には、これくらいしかしてやれない」

火神槌で創出したスコップを用いて、土を掘り起こして作った二つの穴。
そこに、Storkと魔理沙の遺体を埋めたカナメは、静かに言葉を洩らす。
既に魔理沙の墓標には、彼女のトレードマークでもあった帽子が置かれている。
Storkの墓の上にも彼のトレードマークでもあった、ペストマスクを供える。
爆発によって既に原型を留めていないそのマスクを。

「大莫迦野郎だよ、アンタは……」

魔理沙と同様に、カナメはStorkのこともよく知らない。
彼がこの殺し合いに巻き込まれる前の日常で、何を考えて、何に悩み、どんな風に生きていたかなんて、数時間程度の付き合いでは知る由もなかった。
だが、彼には信念があり、それを曲げずに行動していたのだけは確かだ。
その信念がどのような過程で培われてきたものなのかはわからないが、決して揺るがぬ強い意志があるのは伝わっていた。
そして、彼はその信念によって足元を掬われて、こうして無残な最期を遂げてしまった。
死んだら元も子もないのに。あの悪辣な女に手を差し伸べてしまった結果がこれだ。
結果だけ見れば、大莫迦野郎としか言いようがない。
だけど、彼は此処で死ぬべき人間ではなかったのもまた事実だ。

「魔理沙、Stork……。お前らの死は無駄にはしない」

カナメは、先程回収した二人の首輪をギュッと握り締める。
その双瞼に氷のような冷たい怒りと、固い決意を宿して。

「必ず主催者を潰して、このクソゲーを終わらせてやる」

カナメはそう言い残すと、踵を返して、先を進む。

為すべきことは二つ―――。

まずは、言わずもがな首輪の解析。
二人の遺体から回収した首輪。決して無駄にするつもりはない。
とは言え、カナメは技術者ではない。
工具の類は火神槌で幾らでも工面できるが、解析する技術はカナメ自身にはない。
だから、そういった技術に明るい参加者を見つけだし、解析させる。

そして、会場に蔓延るゴミ掃除。
ウィキッドは手足を撃ち抜かれた状態で、あの高さから急流へと転落した。
助かる見込みはまずないだろう。
だが、この会場にはもう一人の巨悪・王がいるはず。
ウィキッドと対面して改めて確信した。ああいう手合いは必ず消さなければならない。
シノヅカを殺したあいつにも、必ず報いを受けさせる必要がある。

やるべきことはたくさんある。
前途多難と言っても過言ではない。だがカナメは立ち止まらない。立ち止まるわけにはいかない。
死んでいった者たちのためにも、こんなふざけたゲームを終わらせるためにも、今はただひたすら突き進んでいくしかないのだから。


【F-6/西部/午前/一日目】

【カナメ@ダーウィンズゲーム】
[状態]:疲労(極大)、王とウィキッド への怒り、全身打撲(小)、肋骨粉砕骨折(処置済み)、全身火傷(治療済み) (シュカの喪失による悔しさ)
[服装]:いつもの服装
[装備]:白楼剣@東方Project
[道具]:白楼剣(複製)、機関銃(複製)、拳銃(複製)、基本支給品一式、不明支給品2つ、救急箱(現地調達)、魔理沙の首輪、Storkの首輪、Storkの支給品(0~3)
[思考]
基本:主催は必ず倒す
0:ひとまずは周辺探索。王を見つければ殺す。
1:回収した首輪については技術者に解析させたい
2:【サンセットレーベンズ】のメンバー(レイン、リュージ)を探す
3:王の野郎は絶対に許さねぇ
4:ウィキッドのような殺し合いに乗った人間には容赦はしない
5:ジオルドを警戒
6:折原の安否が気がかり。ウィキッドの口ぶりからすると望みは薄いか……。
[備考]
※シノヅカ死亡を知った直後からの参戦です




「―――そうか……Stork君は逝ったのかい」
「あぁ、ざまあねえよな。死ぬ間際のアイツの表情、どんな風に歪んでいたか拝みたかったけど、マスクのせいで見えなかったのが残念だよ。本当に馬鹿な奴だったよ、あの変態」

乾かしていた服を着込みつつ、カナメ達との間で何が起こったのかを、ウィキッドから聞かされた臨也は少しだけ寂しげに呟いた。

「俺も残念だよ。何かを引き摺りつつも、本性に抗い、愚直に突き進む彼もまた『人間』
らしい、非常に興味深い存在だったからね。彼の最期を見送ることが出来なかったのは、痛恨の極みと言える」
「はんっ!!あいつの死を悼むんじゃなくて、『観察』し損なうことを悔やんでいやがるとは、『善良な一般市民』とやらが聞いて呆れるな」

臨也の言葉を聞き、鼻で笑うウィキッド。

「いやいや、少なからず、俺は彼の死に心を痛めているよ。だけど、それ以上に、俺は彼の死も愛したいと思っている。彼は最後まで己の意思を貫き通したんだろ?だったら、彼という『人間』を愛する者として、その顛末にも敬意を持って見届けるべきだった…と思うんだよね」
「あっそ」

これ以上聞きたくもないといった口調で、臨也の語りを一蹴したウィキッドは、制服のネクタイを結び終えると、「それで」と、人区切りおいて、今後の行動方針について話を切り出す。

「これから、どうするつもり?私としては、直ぐにでもカナメ君に仕返ししにいきんだけどさぁ」
「まぁまぁ、そう焦らないでよ。その機会は必ず用意してあげるからさ。そうだね、まずは他の参加者を探してからの情報収集と行こうか。
どこかの誰かさんが大暴れしてくれたせいで、放送の死亡者発表以降の内容を聞き逃しちゃったからさ。
『情報屋』を名乗っている以上、その辺の情報は押さえておかないとだしね。
君が本気で勝ち残りを考えているのであれば、そういった情報も疎かにしてはいけないよ―――とアドバイスはしておくよ」
「一々説教くせえんだよ、おっさん。けど、まあいいや……今だけは、アンタの口車に乗ってやるよ。今だけはな」

舌打ちしつつも、臨也の提案を受け入れたウィキッドに対して、情報屋は「あ、そうだ」と思い出したかのように言葉を続ける。

「これから出会うであろう参加者には、君が不利になるような『情報』は売らないでおくよ。
だから、安心していいよ。君は君らしく考えて、あるがまま立ち振る舞ってくれればいいさ」
「はっ!アンタに言われるまでもねえよ!それと、もし裏切るような素振りを見せたら、その時は遠慮なくぶっ殺すかんな!」
「あらら、俺って信用がないんだね。少し傷ついたよ」
「けっ!どの口がほざきやがるんだ、口先野郎」

軽口をたたき合いながら、二人の男女は次なる目的地に向けて歩きだすのであった。


結論から言わせて貰うとね、彼女―――水口茉莉絵さんは、どうしようもなく弱い『人間』なんだよ。

川上から流れ着いた彼女を拾い上げたとき、彼女は呻いていたんだよ。
何て言ってたと思う?
どうして……、何で私だけ……と。
普段は暴力的かつ残忍な振る舞いをする彼女の本心が垣間見えた気がしたんだ。

彼女は言っていったよね。人間が育む『愛』や『絆』といったものを壊して、それらを信じていた連中を絶望させるのが、自分の願いだと。
だけど、俺にはこうにも聞こえるんだよね。
羨ましいー――。悔しいー――。私も『愛』してほしいー――。『絆』が欲しいとー――。
彼女はそういったものを憎み、壊すことを愉悦としている節はあるけど、その裏返しとして、誰よりも『愛』や『絆』といったものに飢えて、憧れて、渇望しているんだよ。
そして誰よりも寂しがりやの彼女は、楽曲という形で、いつも泣き喚いているんだ。
痛い。怖い。寂しい。くやしい、と。
あの『コスモダンサー』という曲。一見すると破壊的かつ攻撃的な曲にも聴こえるけど、実際は可哀想で、不幸で、惨めで、無力な、女の子の慟哭なんだよ。

あはははははははははははははっ!!だけど彼女は気付かない、いいや、気付こうとしていないんだ。
心の中では、誰よりも『愛』や『絆』に飢えているというのに、それに気付こうとせずに、狂気と憎悪を振り撒いて、虚勢を張っている。
さも「私は独りでも平気です、仲良しこよししているお前ら馬鹿じゃねえの?」みたいな顔をしながら、その実、誰かに愛されたくて、認められたくて、仕方がないんだよ。
だからこそ、彼女はあんなにも孤独で、悲しくて、惨めで、とても『人間』らしいんだ。
とても愛らしいと思わないかい?
俺は、そんな彼女の「弱さ」をもっと見てみたい。彼女という『人間』の「弱さ」が、『人間』達にどんな影響を与えるのか、そして彼女自身がどんな結末を迎えるのか、非常に興味があるんだ。だから、彼女が他の『人間』に交われるように、手引きはしてあげようと思う。どんな化学反応が起きるかが楽しみだからね。

ああ、もちろん、必要以上に彼女に肩入れするつもりはないし、彼女の殺しに加担するつもりもないよ。俺は善良たる一般市民だし、何より、俺の目標はあくまでも主催連中に一泡吹かせることにあるしさ。
でも、もしかしたら、そっと彼女の背中を押すこともあれば、逆に周囲の『人間』に彼女に疑いが向くよう仕向けるかもしれないけど、そこは勘弁してくれよ。
俺は『人間』が大好きだからさ。それこそ、喜劇だろうが悲劇だろうが関係ない。
もっとも効率よく、彼らを『観察』できると思ったら、そうさせて貰うだけさ。

いやぁしかし、Stork君といい、彼女といい、この殺し合いに参加させられている『人間』は、誰もかれも素晴らしいね。興味が尽きないよ。
水口茉莉絵を取り巻く『人間』模様。これからどうなっていくのか、本当に楽しみで楽しみで楽しみで仕方がないよ!!



かくして、『情報屋』と『魔女』は本格的に交わり、行動を共にすることとなった。

方や『人間』を平等に愛する男。
方や『人間』が生み出す絆や想いを、破壊する女。

相反する二人は互いの「弱さ」を理解した上、それを利用し己が願望を成し遂げることを目指すのであった。


【G-5/川岸/午前/一日目】

【ウィキッド@Caligula Overdose -カリギュラ オーバードーズ-】
[状態]:疲労(大)、右腕に銃痕(回復済み)、左手甲に刺し傷(回復済み)、左肩口に銃痕(回復済み)、右太腿に銃痕(回復済み)、全身強打、王、カナメへの怒り。臨也への苛立ち。
[服装]:いつもの制服(濡れている)
[装備]:
[道具]:基本支給品一色、不明支給品0~2
[思考]
基本:自らの欲望にしたがい、この殺し合いを楽しむ
0:臨也と共に、他参加者を見つける。壊しがいのある参加者だと良いなぁ
1:壊しがいのある参加者を探す。特に『愛』やら『仲間』といった絆を信じる連中。
2:参加者と出会った場合の立ち回りは臨機応変に。 最終的には蹂躙して殺す。
3:金髪のお坊ちゃん君(ジオルド)は暫く泳がすつもりだが、最終的には殺す。
4:さっきの爬虫類野郎(王)は見つけ次第殺す。
5:舐めた真似してくれたカナメ君には、相応の報いを与えたうえで殺してやる
6:暫くは利用していくつもりだが、臨也はやはり不快。最終的にはあのスカした表情を絶望に染め上げた上で殺す。
[備考]
※ 王の空間転移能力と空間切断能力に有効範囲があることを理解しました。
※ 森林地帯に紗季の支給品のデイパックと首輪が転がっております。
※ 王とウィキッドの戦闘により、大量の爆発音が響きました。


【折原臨也@デュラララ!!】
[状態]:疲労(中)、全身強打
[服装]:普段の服装(濡れている)
[装備]:
[道具]:大量の投げナイフ@現実、病気平癒守@東方Projectシリーズ(残り利用可能回数6/10)、不明支給品0〜2
[思考]
基本:人間を観察する。
0:茉莉絵ちゃんと一緒に他の参加者を探すとしよう、第一放送時の死亡者情報も知りたいし。
1:茉莉絵ちゃんを『観察』する。彼女が振りまくであろう悪意に『人間』がどのような反応をするのか、そして彼女がどのような顛末を迎えるのか、非常に興味深い
2:茉莉絵ちゃんは本当に面白い『人間』だなぁ
3:平和島静雄はこの機に殺す。
4:新羅はまあ、気が向いたら探してやろう。セルティは別に...
5:佐々木志乃の映像を見た本人と、他の参加者の反応が楽しみ。
6:主催者連中をどのように引きずり下ろすか、考える。
7:『帰宅部』、『オスティナートの楽士』、佐々木志乃に興味。
8:Stork君は面白い『人間』だったなぁ。最期を見届けられなかったのは非常に残念だ。
[備考]
※ 少なくともアニメ一期以降の参戦。
※ 志乃のあかりちゃん行為を覗きました。
※ Storkと知り合いについて情報交換しました。
※ Storkの擬態能力について把握しました
※ ジオルドとウィキッドの会話の内容を全て聞いていました。
※ どこに向かっているかは、次の書き手様にお任せします。


【支給品紹介】
病気平癒守@東方Project
傷を癒す守矢神社のお守り。
このロワ内では、これを傷口にかざすことで、みるみるうちに該当箇所を回復させることが可能。
但し、利用回数は有限で、10回利用すると回復力はなくなってしまいます。

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病院戦線、終幕(後編) 投下順 詐謀偽計

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