うしろ神は臆病神に
つきたる神也。
前にあるかとすれば、
忽焉として後にありて、
人のうしろがみを
ひくといへり。
―――今昔百鬼拾遺/下之巻・雨
つきたる神也。
前にあるかとすれば、
忽焉として後にありて、
人のうしろがみを
ひくといへり。
―――今昔百鬼拾遺/下之巻・雨
開いた項には海老反りになった女が描かれていた。
女には顔が無い代わりに後頭部に大きな目が在る。
女の下方には松らしき木の幹や傘も描かれているが、何とも統一感の無い不思議な絵だ。
女には顔が無い代わりに後頭部に大きな目が在る。
女の下方には松らしき木の幹や傘も描かれているが、何とも統一感の無い不思議な絵だ。
「ああそれは後神だね」
「後神とはどういう妖怪なんだ?」
「その今昔百鬼拾遺にも書いてあるだろう。文字通り後ろにいる神さ」
「じゃ、じゃあ僕や圭一くんが聞いた足音は…オヤシロ様の正体は後神か?」
「それは違うよ」
「それは違うよ」
「どう違うっていうんだ?」
「後神はそのまま後ろ髪。後ろ髪を引く妖怪だ」
「しかし後ろに居るのなら足音くらいするだろう」
「足音などするわけがない」
しかし──と続ける私を遮るように京極堂は言葉を繋げていく。
「井原西鶴によると後神は伊勢神宮に祀られている」
「伊勢神宮だって?アマテラスと何か関係あるのか?」
「天照大神は伊勢神宮の内宮だ。外宮には豊受大神が奉じられている」
「聞いたことがないな。有名なのか?」
「目潰し魔の件でも関係していたが、羽衣伝説は君も知っているだろう」
「水浴びをしていた天女が羽衣も盗まれて帰れなくなるという、あれか?」
「そう、その天女こそ豊受大神であるという話もあるんだ」
「君の話が回りくどいのはいつものことだが、それと後神がどう関係するっていうんだ」
「天女は隠された羽衣を見つけ天に帰っていくんだ。男と成した子供を残して」
「それがなんだ?」
「いくら君にだって親の気持ちを慮ることくらいでかるだろう。子供を残していくんだ。当然引かれるだろう──後ろ髪を」
「なるほど、それで伊勢神宮に後神が祀られているっていうんだな」
「理由の一つといってもいいだろうな」
「おい、足音の話はどうなった」
「君もせっかちだな。つまり後神はただ物理的に髪を引っ張るだけの妖怪じゃない。
何かに懸念を抱かせる、心情的にも後ろ髪を引く妖怪なんだ」
「そうするとどうなる?」
何かに懸念を抱かせる、心情的にも後ろ髪を引く妖怪なんだ」
「そうするとどうなる?」
「足音などしたら後ろを振り向いてしまうだろう。君もそうだったんじゃないか?」
「確かに足音の元を確かめようと振り向いたな」
「後ろを振り向いたら物理的に髪を引くことができない」
「顔を戻した時に引けばいい」
「その時には足音の正体が気になって他の何かに懸念を抱ける状態じゃない」
「つまり、もし後神だとしたら足音などさせずに近付いてさっさと後ろ髪を引くはずだということか」
「まあそういうことだ」
「じゃあやっぱりオヤシロ様は後神ではないのか」
「しかし後神に憑かれているかもしれない人間はいる」
「誰のことだ?」
「古手神社の御嬢さんさ」
「梨花ちゃんが後神に憑かれてるだって!」
「ああ、彼女は何かを気にして後ろ髪を引かれ続けている。
まるで大量の人の死の上に彼女の人生が成り立っているかのようにすら思える」
まるで大量の人の死の上に彼女の人生が成り立っているかのようにすら思える」
「そんな…大戦で前線にいた僕だってそんなことはないぞ…」
「彼女は────人間ではなく天女なのかもしれないな」