木場「俺の知り合いに大石って麻雀の滅法強い親父がいるんだがよ。
あいつの管轄の雛見沢村―ほら、ちょっと前にダム作るだ作らないだで騒いでたろ―その村で連続怪死事件が起きてやがんだ。
綿流しってぇ祭が来る度に毎年二人も消えてるってのに犯人がわからねぇ上に害者に共通点も全く見つからねぇ。
地元じゃオヤシロ様の祟りだなんて呼ばれてる始末だ。」
鳥口「うへえ。祟りとは薄気味の悪い話で。師匠、オヤシロ様なんて妖怪いるんですか?」
京極「僕は弟子を取った覚えなどないよ鳥口君。
それに雛見沢のオヤシロ様は妖怪ではない。」
あいつの管轄の雛見沢村―ほら、ちょっと前にダム作るだ作らないだで騒いでたろ―その村で連続怪死事件が起きてやがんだ。
綿流しってぇ祭が来る度に毎年二人も消えてるってのに犯人がわからねぇ上に害者に共通点も全く見つからねぇ。
地元じゃオヤシロ様の祟りだなんて呼ばれてる始末だ。」
鳥口「うへえ。祟りとは薄気味の悪い話で。師匠、オヤシロ様なんて妖怪いるんですか?」
京極「僕は弟子を取った覚えなどないよ鳥口君。
それに雛見沢のオヤシロ様は妖怪ではない。」
関口「じゃあなんだっていうんだい。その、オヤシロ様ってのは」
京極「煩いなぁ君は何をそんなに興奮しているんだ。
いいかい、元々雛見沢村は鬼ヶ淵村と言う名前だったんだが名称の由来となる少し変わった伝承があるんだ。
長くなるから簡単に話すが、村にはその名の通り鬼ヶ淵と呼ばれる沼があったんだがその沼から人喰い鬼が湧き出てきて村中を荒らしまわるようになったそうだ。
その鬼たちをオヤシロ様―お社様、あるいはお八代様と記されているようだね―が調伏し、鬼たちに人の姿を与え村人と仲良く共に暮らせるように見守った…とされているのさ。
オヤシロ様は古手神社に村の守り神として奉られている存在と言うわけだ。」
鳥口「うへえ。今度は人喰い鬼ですか…くわばらくわばら。
でも何故その守り神が村人を守るどころか祟るんで?」
木場「そうだぜ京極堂。神さんが祟るったぁどういう了見でぃ。奉っても祟られるんじゃ道理が通らねぇ本末転倒じゃねえか。」
京極「それは旦那だって公僕の身であってもすべからく国民の味方…ってわけじゃないでしょう。」
木場「当たりめぇだ!俺はあくまで遵法者の味方だからな。」
京極「それと同じですよ。村の守り神だからって無条件で村人を守るわけじゃない。僕だって只働きは御免です。
…鳥口君、君はさっきからガツガツ羊羹を食べているが食うのに困ったことはあるかい?」
鳥口「い、いえ、これは僕なりの流儀みたいなもんで…お陰様で毎日しっかり三食食べれてますからおかわりはおかまいなく。」
京極「そんなことは聞いていないし残念ながらおかわりもないよ。それはともかく君は餓死するようなことはないわけだ。
日本は今、この関口君でさえ食いっぱぐれることはない時代になったが昔は飢饉なんて起きようものなら文字通り死活問題だ。
そんな時代の中、地方の村が生き抜くためには個人の習慣より村の慣習が優先される。そうでなくては生きてゆけないからね。
今のご時世では時代錯誤だなんだと騒がれるんだろうが個人の自由なんてものを掲げて足並みを乱していては村全体が損害を被ることになりかねない。苦しくとも団結しなければ立ち行かない時代だったのだ。
村人一人一人が明後日の方向を向いてちゃお話にならない。
そこで村の権力者たちは村を一枚岩にまとめるべくその土地で力を発揮する絶対的な戒律、ルールを必要とした。
村人が村から出ること、外部の者が村に入ることは許されないと神官が神の定めた戒律として村人に伝える。この禁忌を犯せば祟られるぞ…とね。
つまり守り神だったオヤシロ様は村をひとつの共同体として円滑に作動させるためのシステムとして組み込まれたんだ。
事実、御三家と呼ばれる園崎家、公由家、古手家は堅固なヒエラルキーを作り上げダム戦争の際には村はひとつの共同体、一枚岩としてまとまり国から見事ダム計画の凍結なる結果を勝ち得たわけだ。
こうした流れの中で元々の守り神としての性質に祟り神としての側面が加えられていったのだろう。
それがオヤシロ様の祟りと言うわけだ。まぁ神様自身からしたら迷惑な話だろうけどね。」
いいかい、元々雛見沢村は鬼ヶ淵村と言う名前だったんだが名称の由来となる少し変わった伝承があるんだ。
長くなるから簡単に話すが、村にはその名の通り鬼ヶ淵と呼ばれる沼があったんだがその沼から人喰い鬼が湧き出てきて村中を荒らしまわるようになったそうだ。
その鬼たちをオヤシロ様―お社様、あるいはお八代様と記されているようだね―が調伏し、鬼たちに人の姿を与え村人と仲良く共に暮らせるように見守った…とされているのさ。
オヤシロ様は古手神社に村の守り神として奉られている存在と言うわけだ。」
鳥口「うへえ。今度は人喰い鬼ですか…くわばらくわばら。
でも何故その守り神が村人を守るどころか祟るんで?」
木場「そうだぜ京極堂。神さんが祟るったぁどういう了見でぃ。奉っても祟られるんじゃ道理が通らねぇ本末転倒じゃねえか。」
京極「それは旦那だって公僕の身であってもすべからく国民の味方…ってわけじゃないでしょう。」
木場「当たりめぇだ!俺はあくまで遵法者の味方だからな。」
京極「それと同じですよ。村の守り神だからって無条件で村人を守るわけじゃない。僕だって只働きは御免です。
…鳥口君、君はさっきからガツガツ羊羹を食べているが食うのに困ったことはあるかい?」
鳥口「い、いえ、これは僕なりの流儀みたいなもんで…お陰様で毎日しっかり三食食べれてますからおかわりはおかまいなく。」
京極「そんなことは聞いていないし残念ながらおかわりもないよ。それはともかく君は餓死するようなことはないわけだ。
日本は今、この関口君でさえ食いっぱぐれることはない時代になったが昔は飢饉なんて起きようものなら文字通り死活問題だ。
そんな時代の中、地方の村が生き抜くためには個人の習慣より村の慣習が優先される。そうでなくては生きてゆけないからね。
今のご時世では時代錯誤だなんだと騒がれるんだろうが個人の自由なんてものを掲げて足並みを乱していては村全体が損害を被ることになりかねない。苦しくとも団結しなければ立ち行かない時代だったのだ。
村人一人一人が明後日の方向を向いてちゃお話にならない。
そこで村の権力者たちは村を一枚岩にまとめるべくその土地で力を発揮する絶対的な戒律、ルールを必要とした。
村人が村から出ること、外部の者が村に入ることは許されないと神官が神の定めた戒律として村人に伝える。この禁忌を犯せば祟られるぞ…とね。
つまり守り神だったオヤシロ様は村をひとつの共同体として円滑に作動させるためのシステムとして組み込まれたんだ。
事実、御三家と呼ばれる園崎家、公由家、古手家は堅固なヒエラルキーを作り上げダム戦争の際には村はひとつの共同体、一枚岩としてまとまり国から見事ダム計画の凍結なる結果を勝ち得たわけだ。
こうした流れの中で元々の守り神としての性質に祟り神としての側面が加えられていったのだろう。
それがオヤシロ様の祟りと言うわけだ。まぁ神様自身からしたら迷惑な話だろうけどね。」