気が萎えたので川原に行ってみた。
川原と云っても、そこは都会(まち)中を流れる河川であるから、長閑な景観など望めない。
薄汚い板塀やら黄ばんだ漆喰壁やらの不愉快な影が暗い水面に映り込んでゆらゆらと淀んでいる。
家屋が川岸ぎりぎりまで迫(せ)り出して建っているのである。
川原と云っても、そこは都会(まち)中を流れる河川であるから、長閑な景観など望めない。
薄汚い板塀やら黄ばんだ漆喰壁やらの不愉快な影が暗い水面に映り込んでゆらゆらと淀んでいる。
家屋が川岸ぎりぎりまで迫(せ)り出して建っているのである。
綺麗なものではない。
梅雨時の空は陰鬱で、明るくも暗くもない。見上げると、
お前なぞどうでも良いとばかりに投げ出されてしまったような気怠さが湧いて来る。
凪いでいる訳ではないが風を感じることもなく、寒くもないが暑いこともない。
ならば適温なのかと云うと、これが快適とは程遠い。只管(ひたすら)に鬱陶しい。
お前なぞどうでも良いとばかりに投げ出されてしまったような気怠さが湧いて来る。
凪いでいる訳ではないが風を感じることもなく、寒くもないが暑いこともない。
ならば適温なのかと云うと、これが快適とは程遠い。只管(ひたすら)に鬱陶しい。
それは承知のことだった。
それでも、家にいるよりはマシな気がした。澱(よど)んでいようと穢(きた)なかろうと、
それで一層に落ち込んでしまおうと、私は水辺に行ってみたかったのだ。
それで一層に落ち込んでしまおうと、私は水辺に行ってみたかったのだ。
もう少し歩くと、小振りの橋が架かっている。
そこまで行ってみようと、何故かそう思った。
理由は解らない。ただ朦朧とした意識の上に、橋の架かった模糊とした風景が想起されたのである。
そこまで行ってみようと、何故かそう思った。
理由は解らない。ただ朦朧とした意識の上に、橋の架かった模糊とした風景が想起されたのである。
その橋の袂(たもと)から川岸まで下りることが出来る。
その所為(せい)かもしれなかった。きっとそうだろう。
流れに沿って暫く歩いた。
その所為(せい)かもしれなかった。きっとそうだろう。
流れに沿って暫く歩いた。
橋はいつもと変わらぬ色褪せた粗末な姿を、
同じように色褪せた風景の中に、何の主張もなく曝(さら)していた。
それは、暈(ぼや)けた私の記憶の中のそれと寸分違わぬ暈けた景色であった。
同じように色褪せた風景の中に、何の主張もなく曝(さら)していた。
それは、暈(ぼや)けた私の記憶の中のそれと寸分違わぬ暈けた景色であった。
私は奇妙な安心感を持つ。
恒久的に変化しない絵柄。
代わり映えのしない現実。
進歩がないことは素敵だ。
恒久的に変化しない絵柄。
代わり映えのしない現実。
進歩がないことは素敵だ。
少なくとも――いつまで経っても時間の先端にあることを認めたくない(私のような)臆病者にとって、
或いは世間の矢面に立たされていることを自覚したくない(私のような)卑怯者にとって、
――それは素敵なことなのだ。
或いは世間の矢面に立たされていることを自覚したくない(私のような)卑怯者にとって、
――それは素敵なことなのだ。
泥で顔を真っ黒に汚した腕白そうな児童(こども)が三人ばかり橋を渡って来て、
私の脇を闊達に笑い乍(なが)ら駆けて行った。私は無表情にそれを眺める。
私の脇を闊達に笑い乍(なが)ら駆けて行った。私は無表情にそれを眺める。
眼が渇いている。眠いのかもしれなかった。
瞼を?叩(しばたた)く。矢張り眠いんだ。
瞼を?叩(しばたた)く。矢張り眠いんだ。
――ああ、生きているのは面倒臭い。
そんなことを思う。死にたいと思う訳ではない。
――死ぬ――か。
死ぬなんてとんでもない。
死ぬなんてとんでもない。
死ぬには労力が要る。そんな能動的な行為が今の私に出来る訳もない。
否、そうした劇的な変化を、今の私の神経はまったく受けつけないだろう。
私は橋の上に立って背を丸め、川面を見つめた。
目の奥が濁っているような、どんよりとした倦怠感に支配されている。
否、そうした劇的な変化を、今の私の神経はまったく受けつけないだろう。
私は橋の上に立って背を丸め、川面を見つめた。
目の奥が濁っているような、どんよりとした倦怠感に支配されている。
どこか遠くに行きたい。
――逃げ出したい。
何から逃げる。
幼い頃から私は逃避し続けて生きている。
幼い頃から私は逃避し続けて生きている。
私は不器用で鈍感で、怠惰で、要するに駄目な人間である。
ただ日常生活を送っているだけで、私は自分が何ひとつ"まとも"に出来ないと云う現実に直面し、
恐れ戦(おのの)いて逃避を繰り返してきたのだ。
授業を抜ける、親の目を盗む、仕事を投げ出す――。
しかし逃げ出したところで何をする訳でもなかったし、また何かが変わる訳でもなかった。
ただ日常生活を送っているだけで、私は自分が何ひとつ"まとも"に出来ないと云う現実に直面し、
恐れ戦(おのの)いて逃避を繰り返してきたのだ。
授業を抜ける、親の目を盗む、仕事を投げ出す――。
しかし逃げ出したところで何をする訳でもなかったし、また何かが変わる訳でもなかった。
それでも私は逃げ続けた。
それは幼稚な現実逃避であって、主義主張に基づく抗議活動などではなかったし、
臆病な私には刹那的に享楽を貪るような真似も出来なかった。
逃げ出したところで、私は精精、義務を放棄したことに対する罪悪感を噛み締めて震えるだけだった。
ただ震えるために私は逃げて、震えることで私は自分の境界を再確認した。
臆病な私には刹那的に享楽を貪るような真似も出来なかった。
逃げ出したところで、私は精精、義務を放棄したことに対する罪悪感を噛み締めて震えるだけだった。
ただ震えるために私は逃げて、震えることで私は自分の境界を再確認した。
自分が無能であること。
自分が世界から必要とされていないこと。
自分が世界から必要とされていないこと。
それを実感することで、私は安心した。
私はずっと、逃走し、そしてただ怯えて、
再び元の場所に戻ると云う無為な運動を繰り返しているのである。
卑怯者なのである。
ああ、川の音がする。水が――
再び元の場所に戻ると云う無為な運動を繰り返しているのである。
卑怯者なのである。
ああ、川の音がする。水が――
――
―――
――――
―――――
――――
―――
――
―
―――
――――
―――――
――――
―――
――
―
ああ、遠くで囁くような――
――
―――
――――
―――――ご
――――ご免
―――ご免な
――ご免なさ
―ご免なさい
ごめんなさい
―――
――――
―――――ご
――――ご免
―――ご免な
――ご免なさ
―ご免なさい
ごめんなさい
誰かが・・・謝っている。
誰だ?・・誰が?・・誰に?
謝らなくては、いけないのは私なのでは?
御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免
なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさ
い御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御
免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免な
さい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい
御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免
なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさ
い御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御
免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免な
さい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい
御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免
なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさ
い御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御
免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免な
さい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい
御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免
なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさ
い御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御
免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免な
さい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい。
なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさ
い御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御
免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免な
さい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい
御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免
なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさ
い御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御
免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免な
さい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい
御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免
なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさ
い御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御
免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免な
さい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい
御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免
なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさ
い御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御
免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免な
さい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい。
目が覚めた、覚めてしまった。
時刻を確認する――11時前だった。
頬がひりついている、とても酷い夢を見ていたような気がする。
時刻を確認する――11時前だった。
頬がひりついている、とても酷い夢を見ていたような気がする。
身支度を整えて、下に降りてみる。
言づけをもらった、
言づけをもらった、
――ちょっと出てきます、夕方までには戻りますので、その後どうするか決めましょう。
だ、そうだ。
だ、そうだ。
前にもこんな事があったような――
兎に角、私は部屋に戻った。
どうせ鳥口は写真でも撮りに行ったのだろう――呑気な者だ。
どうせ鳥口は写真でも撮りに行ったのだろう――呑気な者だ。
「鳥口が戻ってきたら東京へ帰る」
声に出して云ってみた――そうしてみると、決まった事柄の様だ。
声に出して云ってみた――そうしてみると、決まった事柄の様だ。
――いいかい関口君、話は解った。
京極堂は云っていた。
京極堂は云っていた。
確かにそうなのだろう。
私の様な無能な人間には解らないのだ。
私の様な無能な人間には解らないのだ。
――とりあえず君の出番は終わったんだ。
京極堂は云っていた。
京極堂は云っていた。
確かにそうなのだろう。
私の様な無用な人間の出番は終わりなのだ。
私の様な無用な人間の出番は終わりなのだ。
私はいつもそうなのだ。
【時刻は6月20日<夕>」】
6月「園崎家頭首代行、園崎魅音です。本日は頭首お魎(りょう)に代わりまして出席させて頂きました。
――さて不幸にして、オヤシロ様のお怒りは5年目にも下される事になりました。大変悲しい事です」
6月「園崎家頭首代行、園崎魅音です。本日は頭首お魎(りょう)に代わりまして出席させて頂きました。
――さて不幸にして、オヤシロ様のお怒りは5年目にも下される事になりました。大変悲しい事です」
辺りに緊張が張りつめる。
「どうして今年も祟りがあったか。わかる方はいますか?
――それは祭具殿の禁を犯し、土足で聖域を踏み荒らし、穢れを持ち込んだからです」
――それは祭具殿の禁を犯し、土足で聖域を踏み荒らし、穢れを持ち込んだからです」
――なんちゅーーーことをッ!!
――あほんたれが・・!信じられん小僧どもだ!!
――ハラワタ引き裂いても飽きたりんガキどもしゃあん!!
――あほんたれが・・!信じられん小僧どもだ!!
――ハラワタ引き裂いても飽きたりんガキどもしゃあん!!
辺りは怒号に包まれる。
――オヤシロ様、お怒りをお鎮めください―――なむなむなむなむ。
――なんて事を、なんて事を―――オヤシロ様オヤシロ様―――――
――なんて事を、なんて事を―――オヤシロ様オヤシロ様―――――
辺りは苦悩に見舞われる。
――大体、あんな、ちゃっちい鍵に変えなければよかったんじゃ!!
――そうじゃ公由さん、あんた甘いからじゃ、責任の一端はあんたにもある。
――すったら事云っても、梨花ちゃまにはあの大きい閂は難儀だったじゃろうに。
――そうじゃ公由さん、あんた甘いからじゃ、責任の一端はあんたにもある。
――すったら事云っても、梨花ちゃまにはあの大きい閂は難儀だったじゃろうに。
辺りは狂騒に囚われる。
【時刻は6月21日<朝>】
「僕もお邪魔でしょうから、梨花が呼ぶまで消えていますのです」
「僕もお邪魔でしょうから、梨花が呼ぶまで消えていますのです」
「――気が利くのね」
「――百年生きていても、梨花は梨花です。百歳の仙人には成れないのです。
――梨花には年相応に悩んで、考える時間があってもいいと思います。
――僕が梨花に、背伸びを強いたこともあるかも知れませんのです」
――梨花には年相応に悩んで、考える時間があってもいいと思います。
――僕が梨花に、背伸びを強いたこともあるかも知れませんのです」
「――僕とおしゃべりしたい時は呼んでくださいです」
「もう泣きつかないの?私がこの世界で終わりにするのを撤回してほしいって」
「――梨花は頑固な人ですから。云えば云う程、逆効果になりますのです」
「くすくす。――流石、付き合いが長いだけの事はあるわね」
「――もう梨花も悟っている様ですから云います。――今日です」
「梨花が何をしても、しなくても、この世界は終わります。でも梨花が望めば次の朝も訪れる。
――それはまたしても今年の6月かも知れないけれど、――朝は朝」
――それはまたしても今年の6月かも知れないけれど、――朝は朝」
「――もっと小さい頃。毎日が退屈で、毎朝起きても
同じ日が繰り返されているんじゃないかって思った事がある。――それが本当になるだけの事だしね」
同じ日が繰り返されているんじゃないかって思った事がある。――それが本当になるだけの事だしね」
「・・・今日を有意義に生きてくださいとだけ、云いますのです。これ以上は何も云いませんのです」
「多分、今日だろうと思っていたけど、――あんたにはっきり云われると堪(こた)えるわね。
――――矢っ張り終わるのね、今回も」
――――矢っ張り終わるのね、今回も」
「はい。今回も終わりますのです。――いつもと同じ様に」
【始末の支度(肆)】
木場はある建物前にいた。
少し憂鬱な気持ちになっていた。
木場はある建物前にいた。
少し憂鬱な気持ちになっていた。
ビルの入り口のプレートには榎木津ビルヂングと書かれている。
――あいつを連れ出すのは一苦労だからな。
木場は思う。
――戦争の後はますます酷くなっている。
木場は考える。
――昔は、ガキの時分は、可愛い奴だったのにな。
木場は嘆く。
ふと、テーラーの硝子に、四角い顔をした厳つい男を見つけた。
――まあ、俺も人の事は云えねえか。
木場は呟いて、
幼なじみに会いに行った。
(支度の完了)