黄昏になった頃、鳥口は戻ってきた。
私は自分が理解した真相を告げようかとも思ったが、止めにした。
この好奇心の塊のような男に告げれば、物語は続いていってしまう。
今必要なのは一刻も早く、この村から逃げ出すこと、それだけだから。
この好奇心の塊のような男に告げれば、物語は続いていってしまう。
今必要なのは一刻も早く、この村から逃げ出すこと、それだけだから。
夕暮れを車は切り開く。
――このまま帰っていいのか?
ふと、そんな事を思う。
もえる緑が後ろに流れていく。
――本当にこのまま帰っていいのか?
いいに決まっている。
私の様な人間にこれ以上何が出来るのだろう。
私の様な人間にこれ以上何が出来るのだろう。
遠くで蜩が鳴いている。
――本当にこのまま帰ってしまっていいのか?
私は何を拘(こだわ)っているのだ。
今までも、そしてこれからも、私は。
今までも、そしてこれからも、私は。
そう、私はいつもそうなのだ。
西日が差し込んでくる――赤く、赤く、赤く・・・
西日が差し込んでくる――赤く、赤く、赤く・・・
私は少女の顔を思った。あの夕日に染められた微笑みを。
何かが引っ掛かっている。ずっと昔に会ったことがあるような?
何かをしなくてはいけない。そんな気がする、何かをやり残したような。
何かが引っ掛かっている。ずっと昔に会ったことがあるような?
何かをしなくてはいけない。そんな気がする、何かをやり残したような。
私は何を忘れているのだ?
思い出せ。
されど、その時私の頭に浮かんできたのはあの晩の、祭りの晩の彼女との会話だった。
「関口は"見えているのですか"」
「な、何が・?・・」
少女はほんの少しだけ、落胆の表情を見せ、逡巡し、
そして、何かを決心した様な顔になり。
そして、何かを決心した様な顔になり。
「私は見えているの」
今までの稚気のこもった子供のしゃべり方ではなく、大人の喋り方で云った。
「な・何が?」
「羽入が」
「羽入が」
はにゅう?それは何だ?
「そ・それは何?」
「名――名前。呼び名よ」
「そ・それは何?」
「名――名前。呼び名よ」
呼び名?
「い・生き物?」
「そうね――動くし、喋るし、五月蠅いぐらいよ」
「そうね――動くし、喋るし、五月蠅いぐらいよ」
喋る?
「よ・妖怪?」
「うふふ――関口は面白いわね。確かにそうかも、本人はオヤシロ様の化身だと云っているけど。
一応、角もあるし――鬼と云ってもいいかもしれないわね」
「うふふ――関口は面白いわね。確かにそうかも、本人はオヤシロ様の化身だと云っているけど。
一応、角もあるし――鬼と云ってもいいかもしれないわね」
鬼――金棒を持って、虎のパンツを履いたあの鬼か?
「妖怪ね――ふふ――今度云ってみようかしら」
「い・今もいるの?」
「い・今もいるの?」
私は辺りを見回した。
「今はいないわ、多分祭具殿にいるんじゃないかしら。
だから関口も、中で会っているかも――」
だから関口も、中で会っているかも――」
私も会っていた?――そう云えば祭具殿の中で妙な音がしていた。
「きっとふて寝でもしてるんじゃないかしら。
あそこは羽入のお気に入りの場所だから、勝手に入られて怒っているわよ――きっと」
あそこは羽入のお気に入りの場所だから、勝手に入られて怒っているわよ――きっと」
そんな・・怒った鬼が近くにいたなんて――想像したら、ぞっとした。
少し間ができ、そこで彼女は視線を中空に向け。
少し間ができ、そこで彼女は視線を中空に向け。
「関口、未来は決まっていると思う?」
そう彼女は尋ねてきた。
「わ・わからないよ」
「では、過去は?」
「では、過去は?」
彼女は続ける。
「私にとって、今は過去なの」
どういう意味だ?――意味が解らない。
「私は随分長い間、生きてきました」
どういう意味だ?――意味が解らない。
「けど――もうすぐ――また――終わる」
どういう意味だ?――意味が解らない。
「それは運命と呼ぶべきものなのかもしれません。
けど――それでも――私はそれに抗ってみたい」
けど――それでも――私はそれに抗ってみたい」
どういう意味だ?――意味が解らない。
「私を――助けてください」
そう云うと彼女は私を見つめた。
「き・君の力には、なりたいけど僕には意味が・」
私は云った。
私は云った。
「関口――私の云うことを信じてくれますか?」
彼女は云った。
彼女は云った。
私は何故か頷いた。
「私は何度も死んで、何度も生きています――この世界を。
それは羽入の力――彼女には時間を戻す力があるのです」
それは羽入の力――彼女には時間を戻す力があるのです」
時間を戻す――なんだそれは?
「私は必ず、今年の6月に死にます。その理由は解りません、
けれども、それは間違いなく起こるのです」
けれども、それは間違いなく起こるのです」
彼女が死ぬ――なんだそれは?
「そ・それは、雛見沢連続怪死事件の・・5年目の祟り・・と云う事かい?・・」
「それは違います。雛見沢連続怪死事件などは存在しないのです」
「それは違います。雛見沢連続怪死事件などは存在しないのです」
存在しない――なんだそれは?
「そ・存在しない、それはどう云う意味・・」
「雛見沢連続怪死事件は、連続してはいないのです」
「雛見沢連続怪死事件は、連続してはいないのです」
連続しない――なんだそれは?
「今から、雛見沢連続怪死事件事件の――いや、この村にある惨劇の真相を語ります」
そう云うと、彼女はゆっくりと息を吸った。
少女の事を考えていたら頭が痛くなった。
少女の事を考えていたら頭が痛くなった。
匤――パンドラの匤――開けてはいけないもの。
車は速度を上げる――逃げていく。
風景は流れていく――逃げていく。
風景は流れていく――逃げていく。
あのとき、
"あのとき"なぜ私はあんなにも少女を畏れたのか。
"あのとき"なぜ私はあんなにも少女を畏れたのか。
少女は笑っていた。
白いブラウス。暗い色のスカート。そこから覗いている二本の白い脛。
そして真っ赤な、真っ赤な・・・―――頭が痛い。
そして真っ赤な、真っ赤な・・・―――頭が痛い。
――――――――――死にたくない。
少女はそう云っていた。
私があの娘(こ)にしてやれる事はないのだろうか?
真相が私の想像通りだとして、彼女はこのままでいいのだろうか?
私があの娘(こ)にしてやれる事はないのだろうか?
真相が私の想像通りだとして、彼女はこのままでいいのだろうか?
冷静になれ。
どうすればいい。
何をすればいい。
何をすればいい。
そうだ――私は天啓を受けた。
「鳥口君、引き返してくれ。あそこへ――古手神社へ!」
【いつかの会話】
「例えば、思想を病気と置き換えなさい。完治するまで退院させない、
触れた物は感染の疑いがあるから焼き捨てる。家族にも感染の疑いがあるから強制入院。
――結局は同じ事だ、入院という言葉が弾圧に変わっただけの話だよ」
触れた物は感染の疑いがあるから焼き捨てる。家族にも感染の疑いがあるから強制入院。
――結局は同じ事だ、入院という言葉が弾圧に変わっただけの話だよ」
「でも、思想なんて個人の自由なんでしょ?ペストとは違う」
「そうだ。しかし人間の思想が、感染能力を持ったある種の生命体によって
生み出されていると仮定すると、ペストとまったく同じ意味になるのだよ。
つまり、思想は治療不可能な伝染病と置き換えられるのだ」
生み出されていると仮定すると、ペストとまったく同じ意味になるのだよ。
つまり、思想は治療不可能な伝染病と置き換えられるのだ」
「じゃあ――、異なる思想を持った人を、えっと、重症患者と同じに扱う?」
「そういうことだ。この考えを延長すると、無差別、そして無秩序な大量虐殺が起こる」
「――そうすると、人類は大規模な粛正を肯定してしまう論調になりかねん。
だから脳内で宿主を支配する生命体を語ることは、今の時代では禁忌なのだ」
だから脳内で宿主を支配する生命体を語ることは、今の時代では禁忌なのだ」
「禁忌って・・?」
「触れてはならない、考えてもならないと云う事だな。だから、誰も研究せん。
いや、それどころか、脳内に侵入し、影響を及ぼす存在がいると考える事すら忘れている。
――万物の長たる霊長類を支配する未知の生命体などいるはずがないと頭から決めつけている」
いや、それどころか、脳内に侵入し、影響を及ぼす存在がいると考える事すら忘れている。
――万物の長たる霊長類を支配する未知の生命体などいるはずがないと頭から決めつけている」
「あははは。何だかお粗末な話。いない事の証明なんて『悪魔の証明』。絶対不可能なのに」
「その通り。悪魔がいる事を証明する事は容易い。悪魔を連れて来ればいいのだからな。
だが、いない事を証明する事はできん。『いない』を連れて来る事などできんのだからな」
だが、いない事を証明する事はできん。『いない』を連れて来る事などできんのだからな」
「あははは。何だか、脳を支配する生命体が、自分たちの存在を秘密にするために、
その宿主の人間を操っているみたい」
「お前は、神様と云うものをどうのように考えている?」
その宿主の人間を操っているみたい」
「お前は、神様と云うものをどうのように考えている?」
「えっと、そうだね。信じるものは救われる、なんて聞いた事はあるけど。どうなんだろ。
さっきの悪魔と一緒で、いない事が証明できないからとりあえず『いる』って信じるしかないけど」
さっきの悪魔と一緒で、いない事が証明できないからとりあえず『いる』って信じるしかないけど」
「ふむ、なるほど。しかし神の存在を教えて回ったかつての予言者達は、そうは答えなかった。
『いる』と信じ続ける事で、その存在は本物へと昇華されてゆくと説いたのだよ」
『いる』と信じ続ける事で、その存在は本物へと昇華されてゆくと説いたのだよ」
「――どうして?実際に『いる』って事が証明されない限り、
それが嘘か本当かなんて誰にもわからないじゃない」
それが嘘か本当かなんて誰にもわからないじゃない」
「はははは、それは確かにそうだが。つまり彼らは、大切なのは神の存在を確かめる事ではなく、
神の存在を信じて言動を律する節度そのものなのだ、と伝えたかったのだよ。
ほとんどの予言者達は、当時の支配者によって疎まれ、追放されたり迫害を受けたりもした。
だが、彼らは神を信じ続けて、救いを乞う人々に手を差し伸べ、希望と幸福を説いた。
その結果、神を信じる人々はいつか、自分達が絶望と苦悩から解放される事を期待して邪心を捨て、
苦境からの脱却に力を振り絞っていた。
そうして、正しく導かれようとする人々は自らの幸せを手にする事ができたのだ。
それこそがつまり、神による正しき導きの結果。
信仰する人々の心の中に神は宿る。その時、神という存在はすでに地上にはない。
心の中にある。――つまり、神が絶対の存在となって復活した瞬間なのだ」
神の存在を信じて言動を律する節度そのものなのだ、と伝えたかったのだよ。
ほとんどの予言者達は、当時の支配者によって疎まれ、追放されたり迫害を受けたりもした。
だが、彼らは神を信じ続けて、救いを乞う人々に手を差し伸べ、希望と幸福を説いた。
その結果、神を信じる人々はいつか、自分達が絶望と苦悩から解放される事を期待して邪心を捨て、
苦境からの脱却に力を振り絞っていた。
そうして、正しく導かれようとする人々は自らの幸せを手にする事ができたのだ。
それこそがつまり、神による正しき導きの結果。
信仰する人々の心の中に神は宿る。その時、神という存在はすでに地上にはない。
心の中にある。――つまり、神が絶対の存在となって復活した瞬間なのだ」
「だから、強くいつまでも、信じ続ける事が必要なんだ。例え死後であっても、
同じように信じてくれる人々によって正当な評価を受けられたなら。その偉業は必ずや蘇る。
その時、私の体が朽ち果ててしまっていても、私の存在は蘇って評価を受けるのだ」
同じように信じてくれる人々によって正当な評価を受けられたなら。その偉業は必ずや蘇る。
その時、私の体が朽ち果ててしまっていても、私の存在は蘇って評価を受けるのだ」
「それはおじいちゃんが、神様になったと云う事・・・?」
「そうだよ。私の研究はいつか必ず認められる。その時、お爺ちゃんは神様になれると云う事なんだよ。
その時が訪れるのが、私が生きている内なのか、そうでないのか。それは神様にもわからない。
だが、その日は必ず訪れる。だからその日の訪れを疑わずに、努力を続けなくてはならないのだよ」
その時が訪れるのが、私が生きている内なのか、そうでないのか。それは神様にもわからない。
だが、その日は必ず訪れる。だからその日の訪れを疑わずに、努力を続けなくてはならないのだよ」