多重構造の建物の中を逃げ惑っている。追われているのだ。
振り返ると仲間が次々と殺されて行くのを見ることができる。
私は息を止めて身を屈め、死んだ振りをしてそっとそれを見る。
しかしはっきりは見えない。両目が濁っているせいか。
いや、周りが暗いのだ。真っ暗だ。
振り返ると仲間が次々と殺されて行くのを見ることができる。
私は息を止めて身を屈め、死んだ振りをしてそっとそれを見る。
しかしはっきりは見えない。両目が濁っているせいか。
いや、周りが暗いのだ。真っ暗だ。
比較的都会で育った私は未だかつてこれ程の闇を経験したことがない。
異郷の夜には電灯はおろか松明の灯りさえなかった。藪蚊がいる。いや、蚊ではない。
得体の知れない昆虫だ。油断をすると皮膚の下に卵を産みつけられてしまう。
得体の知れない昆虫だ。油断をすると皮膚の下に卵を産みつけられてしまう。
小隊は全滅した。部下は一人を除いて皆死んでしまった。
私の責任なのだろう。
私の責任なのだろう。
あの気味の悪い声は何だ?鳥だろうか。
――ジャングルの鳥は夜でも啼くのだ。
男がいった。真っ暗で顔などわからない。
明るくなるまでじっとしていよう。右も左も解らない。
明るくなるまでじっとしていよう。右も左も解らない。
――朝までいたらボーイに見つかる。捕虜になって辱めを受けたいか?
それともいっそ自決するか?他の部隊の隊長なら皆そうする。
それが玉砕というものだ。
それともいっそ自決するか?他の部隊の隊長なら皆そうする。
それが玉砕というものだ。
甲高い声で男がいう。死ぬのは嫌だ。
急に怖くなった。日頃からあれ程生きることを厭(いと)い、
この雑駁(ざっぱく)とした日常から逃避することだけを願い、
つまりは死にたいとばかり考え続けていたというこの私が。
多重構造の建物の中を逃げ惑っている。追われているのだ。
振り返ると仲間が次々と殺されて行くのを見ることができる。
私は息を止めて身を屈め、死んだ振りをしてそっとそれを見る。
しかしはっきりは見えない。両目が濁っているせいか。
いや、周りが暗いのだ。真っ暗だ。
この雑駁(ざっぱく)とした日常から逃避することだけを願い、
つまりは死にたいとばかり考え続けていたというこの私が。
多重構造の建物の中を逃げ惑っている。追われているのだ。
振り返ると仲間が次々と殺されて行くのを見ることができる。
私は息を止めて身を屈め、死んだ振りをしてそっとそれを見る。
しかしはっきりは見えない。両目が濁っているせいか。
いや、周りが暗いのだ。真っ暗だ。
比較的都会で育った私は未だかつてこれ程の闇を経験したことがない。
異郷の夜には電灯はおろか松明の灯りさえなかった。藪蚊がいる。いや、蚊ではない。
得体の知れない昆虫だ。油断をすると皮膚の下に卵を産みつけられてしまう。
得体の知れない昆虫だ。油断をすると皮膚の下に卵を産みつけられてしまう。
小隊は全滅した。部下は一人を除いて皆死んでしまった。
私の責任なのだろう。
私の責任なのだろう。
あの気味の悪い声は何だ?鳥だろうか。
――ジャングルの鳥は夜でも啼くのだ。
男がいった。真っ暗で顔などわからない。
明るくなるまでじっとしていよう。右も左も解らない。
明るくなるまでじっとしていよう。右も左も解らない。
――朝までいたらボーイに見つかる。捕虜になって辱めを受けたいか?
それともいっそ自決するか?他の部隊の隊長なら皆そうする。
それが玉砕というものだ。
それともいっそ自決するか?他の部隊の隊長なら皆そうする。
それが玉砕というものだ。
甲高い声で男がいう。死ぬのは嫌だ。
急に怖くなった。日頃からあれ程生きることを厭(いと)い、
この雑駁(ざっぱく)とした日常から逃避することだけを願い、
つまりは死にたいとばかり考え続けていたというこの私が。
――あんたは取り返しのつかないことをしてしまった。
もう後には戻れないんだ。だから先へ進むしかない。
この雑駁(ざっぱく)とした日常から逃避することだけを願い、
つまりは死にたいとばかり考え続けていたというこの私が。
――あんたは取り返しのつかないことをしてしまった。
もう後には戻れないんだ。だから先へ進むしかない。
甲高いこえが告げる。この、生き残った部下の名前は何といっただろう?
取り返しのつかないこと。
折れそうな程細い腰。
蝋細工のような白い肌はひんやりと冷たい。
そして赤い、赤い・・・
蝋細工のような白い肌はひんやりと冷たい。
そして赤い、赤い・・・
私は壊したかった。
簡単に壊れる癖に、一度壊れてしまったら二度と元には戻らない何かを。
簡単に壊れる癖に、一度壊れてしまったら二度と元には戻らない何かを。
急がなければ、こんなところにはいられない。臆病な私は逃げなければならない。
どこへ?
あそこだ。
あの四角い明りは神社の鳥居なのだ。
あそこだ。
あの四角い明りは神社の鳥居なのだ。
――何をしている?
体が思うように動かない。足が縺れる。闇が纏(まと)わりついて来る。
これ程の闇夜は経験したことがない。いや、違う。あの日もそうだった。
あの、夏の夜。
これ程の闇夜は経験したことがない。いや、違う。あの日もそうだった。
あの、夏の夜。
ああ、何かが泣いている、鳴いている、啼いている。
ああ、あれは・・・せみ?・・・ひぐらし?・・・とり・・・とり!?
「鳥!!」
目が覚めた、目を覚ました。
目が覚めた、目を覚ました。
運転席では鳥口がいびきをかいている。
辺りはもう暗く夜が訪れていた――時刻は10時過ぎだった。
そして、私は気付いた――少女がいないことに。
そして、私は気付いた――少女がいないことに。
なんて事だ――奴らだ――奴らの仕業だ。
鳥口を起こそうと試みたが、起きなかった。
外傷は無いようなので大丈夫だとは思うが。
私は鳥口にもしもの為の書き置きを残した。
外傷は無いようなので大丈夫だとは思うが。
私は鳥口にもしもの為の書き置きを残した。
車は前部が大破しており、動かす事は無理そうだ。
私は走り出した。
急がなければ、こんなところにはいられない。
どこへ?
あそこだ。
あそこだ。
古手神社だ。
私は先へ進むしかない。
――何をしている?
私は走る。
私は走る。
体が思うように動かない。息が切れる。
足が縺れる。闇が纏わりついて来る。
足が縺れる。闇が纏わりついて来る。
私は走る。
夜と云うのは、こんなにも暗いものだったろうか。
比較的都会で育った私は、未だかつてこれ程の闇を経験した事がない。
ざわざわと森が騒ぐ。闇の中では木々は明らかに生きている。
いきなり恐怖心が湧いた。
比較的都会で育った私は、未だかつてこれ程の闇を経験した事がない。
ざわざわと森が騒ぐ。闇の中では木々は明らかに生きている。
いきなり恐怖心が湧いた。
――何故、走る?
闇と云うのは、これ程畏ろしいものだったのか?
光を失っただけで、世界はこれ程に違った様相を示すものなのか。
そんな、空恐ろしい世界に私達は目を瞑り、知らぬ顔をして、のうのうと暮らしていたのか。
光を失っただけで、世界はこれ程に違った様相を示すものなのか。
そんな、空恐ろしい世界に私達は目を瞑り、知らぬ顔をして、のうのうと暮らしていたのか。
――何で、走る?
光が欲しい、明かりが欲しい、灯りが欲しい。
陽光でも月光でも構わない、私の心に纏わりつく、
私の後ろから、憑きまとってくる闇を、祓って欲しい。
陽光でも月光でも構わない、私の心に纏わりつく、
私の後ろから、憑きまとってくる闇を、祓って欲しい。
――どうせ、無駄なのに。
無駄なのかも知れない、けれども私は走る。
躰は悲鳴をあげだした、けれども私は走る。
心の内の虫が叫びだす、けれども私は走る。
躰は悲鳴をあげだした、けれども私は走る。
心の内の虫が叫びだす、けれども私は走る。
――お前の様な人間が。
お前の様な人間が。
この言葉は堪(こた)えた。
確かに私の様な無能な人間が走ってどうなる?
私が行ったところで何かが変わるのだろうか?
確かに私の様な無能な人間が走ってどうなる?
私が行ったところで何かが変わるのだろうか?
私は走っている。
本当にそうだ、私に何が出来る?
少女がいなくなってから何時間経っている?
今さら行ったところで手遅れに決まっているじゃないか?
少女がいなくなってから何時間経っている?
今さら行ったところで手遅れに決まっているじゃないか?
私は走っている・・。
何故?
何で?
何の為に?
何で?
何の為に?
私は―――
その時、足下に小さな障害。
慣性に任せて前進しようとする躰。
手をつくことも出来ずに叩きつけられる。
慣性に任せて前進しようとする躰。
手をつくことも出来ずに叩きつけられる。
そして――
私は立ち上がる事が出来なかった。
私は倒れて、
萎えて、挫けて、折れて、潰れてしまった。
私は倒れて、
萎えて、挫けて、折れて、潰れてしまった。
ああ、愚鈍な躰だ、すぐに息切れがする。
ああ、胡乱な心だ、そんな躰を支配も出来ない。
ああ、胡乱な心だ、そんな躰を支配も出来ない。
そう、無駄な行為だったのだ全て――無為だ。
京極堂が云う様に何もせずに帰ればよかったのだ。
私の様な人間が出しゃばるべきではなかったのだ。
私には英雄の様な活躍など出来るはずがないのだ。
私の様な人間が出しゃばるべきではなかったのだ。
私には英雄の様な活躍など出来るはずがないのだ。
私はいつもそうなのだ。
間抜けな話だ、自分の分もわきまえず。
奔走し、迷走し、失速し、失敗する。
奔走し、迷走し、失速し、失敗する。
もし、神の様な全てを見通せる存在がいるとして、私を見て嘲笑っているのだろうか?
まるで、釈迦の手の上で、弄ばれる孫悟空の様だ。
まるで、釈迦の手の上で、弄ばれる孫悟空の様だ。
と云っても、私は無能な猿なのだが。
私は大いに笑った。
そして、少し泣いた。
それは、とても滑稽で。
それは、とても惨めで。
それは、とても惨めで。
それは、とても私だった。
汗が冷たくなり、頬がひりつきを覚える頃。
踏み潰された座頭虫の様に、私は空を眺めていた。
月は雲に隠されていたが、空には数多の星が煌めいていた。
踏み潰された座頭虫の様に、私は空を眺めていた。
月は雲に隠されていたが、空には数多の星が煌めいていた。
ああ、あれは私なのだ。
灯りとしては役にたたず。
ただ、そこに存在している。
とても小さな、かすかな光だ。
灯りとしては役にたたず。
ただ、そこに存在している。
とても小さな、かすかな光だ。
胡乱な心が動きだす。
愚鈍な躰に心が戻る。
愚鈍な躰に心が戻る。
私にはまだしなくてはならない事がある。
道化師として、最後まで役目を果たそう。
道化師として、最後まで役目を果たそう。
――ご免なさい。
謝らないで欲しい、謝らなければならないのは私の方だ。
遠くで、気味の悪い声がする。
ここらの鳥は夜でも啼くのだ。
ここらの鳥は夜でも啼くのだ。
行こう、行かなくてはならない。
私は取り返しのつかないことをしてしまった。
もう後には戻れないんだ。だから先へ進むしかない。
私は取り返しのつかないことをしてしまった。
もう後には戻れないんだ。だから先へ進むしかない。
そして――
私は立ち上がった。