京極堂の声はよく通る。
「鷹野さん、貴女が"雛見沢症候群が実在しない事"に気づいたのはいつですか?」
雛見沢症候群が実在しない?
「貴女はその年齢で国家規模な計画の実質的な指揮権を握っている。
貴女はとても優秀だ、それこそ一瞬たりとも足踏みさえしていない。
貴女は早い段階で、それが、そう云った病原体が無い事を知ったはずだ」
貴女はとても優秀だ、それこそ一瞬たりとも足踏みさえしていない。
貴女は早い段階で、それが、そう云った病原体が無い事を知ったはずだ」
京極堂は云った――あるものを観測するのは難しい話じゃない。
どう云う事だ?
「けれども、貴女にとって、その病原体が存在しない事は受け入れられない現実だった。
だから、貴女は、女王感染者と云われている古手梨花を殺して緊急要項34条を発動させ、
雛見沢村の住民、全ての命を奪う事によって、病原体の存在を確認出来なくしようとしたんだ」
だから、貴女は、女王感染者と云われている古手梨花を殺して緊急要項34条を発動させ、
雛見沢村の住民、全ての命を奪う事によって、病原体の存在を確認出来なくしようとしたんだ」
雛見沢村の住民、全ての命を奪うだって!――私は云った。
「京極堂、そんな馬鹿げた話があるもんか!村人全員を皆殺しにするなんて!!」
京極堂は答えた。
「いいかい関口君、政治と云うのは得てして、最悪の想定をしておく物なんだ。
そして、このアルファベット計画には莫大な資金が動いている。
大きな金を動かすにはそれ相応の説得力が必要なんだ」
そして、このアルファベット計画には莫大な資金が動いている。
大きな金を動かすにはそれ相応の説得力が必要なんだ」
どう云う意味だ?
「彼らは、雛見沢症候群の病原体があると詐称したんだ。
ただし、確認出来るのは自分達だけだと謳ってね」
ただし、確認出来るのは自分達だけだと謳ってね」
「そ、それじゃあ」
私は問い、京極堂は答え。
「そう、出資者達、パトロン達は雛見沢症候群の病原体があると信じ、金を出していたんだ。
そして、その『自分達しか確認出来ないと云う』設定の所為で、雛見沢症候群は歪な特性を持つ。
それが、『その病原体は、雛見沢でしか生息出来ない』であり『生体でないと検体出来ない』だよ」
そして、その『自分達しか確認出来ないと云う』設定の所為で、雛見沢症候群は歪な特性を持つ。
それが、『その病原体は、雛見沢でしか生息出来ない』であり『生体でないと検体出来ない』だよ」
京極堂は続ける。
「二つとも感染経路を空気感染に設定した為だ、
空気感染にしておけば検証の方法は限られる。だが病原体が空気感染だとするとおかしな事がでる。
空気感染にしてはあまりに感染力が弱すぎると云う事だよ、それで出来たのが前者の特性だ」
空気感染にしておけば検証の方法は限られる。だが病原体が空気感染だとするとおかしな事がでる。
空気感染にしてはあまりに感染力が弱すぎると云う事だよ、それで出来たのが前者の特性だ」
京極堂は告げる。
「また、後者もそれに派生する。生体からしか検体出来ない、しかも非人道的な方法で。
そう云う設定にしておくと、検証は容易じゃなくなる。
冷静に考えてみろよ関口君、君も細菌の友達の研究をしていたじゃないか、
わざわざ細菌が死んだ後に存在を隠すなんておかしいだろ?
落語じゃあるまいし、死体が自分の墓穴を掘るなんて馬鹿げた話だ」
そう云う設定にしておくと、検証は容易じゃなくなる。
冷静に考えてみろよ関口君、君も細菌の友達の研究をしていたじゃないか、
わざわざ細菌が死んだ後に存在を隠すなんておかしいだろ?
落語じゃあるまいし、死体が自分の墓穴を掘るなんて馬鹿げた話だ」
確かにそれはそうなのだが・・・――私は云った。
「じゃ、じゃあ雛見沢連続怪死事件はどうなるんだ、
あれは個別に雛見沢症候群が発症した結果の偶然の産物なんだぞ!」
あれは個別に雛見沢症候群が発症した結果の偶然の産物なんだぞ!」
京極堂は述べる。
「関口君、雛見沢連続怪死事件は偶然の産物ではないんだ、神は賽を振らない。
雛見沢連続怪死事件は、連続している、"連続殺人事件なんだ"」
京極堂は顔を一瞬、鷹野三四の方へ向けた。
彼女の顔は月の光の下で、蒼く、妖しく、光っていた。
雛見沢連続怪死事件は、連続している、"連続殺人事件なんだ"」
京極堂は顔を一瞬、鷹野三四の方へ向けた。
彼女の顔は月の光の下で、蒼く、妖しく、光っていた。
「関口君、君が信じているのは誰かが考えた一つの筋書きに過ぎないんだよ。
この雛見沢連続怪死事件は別の視点を加える事によって、"ある形を示す"」
この雛見沢連続怪死事件は別の視点を加える事によって、"ある形を示す"」
京極堂は云う。
「まず、1年目の事件、ダム工事の現場監督が殺された事件だ。
これはバラバラ殺人と云う、かなり衝撃的な殺し方になっている。
結果から云うと、この事件のおかげで雛見沢はダムに沈む事がなくなった」
これはバラバラ殺人と云う、かなり衝撃的な殺し方になっている。
結果から云うと、この事件のおかげで雛見沢はダムに沈む事がなくなった」
京極堂は問う。
「次に2年目の北条夫妻の転落死、関口君、君は古手梨花が実験体にされていたのは知っているね。
古手梨花が女王感染者ある事を調べる為に必要なものは何かな?」
古手梨花が女王感染者ある事を調べる為に必要なものは何かな?」
女王感染者である事を調べる為に必要なもの?――私は答えられなかった。
「関口君、必要なのは比較対照になる"者"だよ、出来れば、同じ年齢、同じ性別が好ましい。
そして、それに選ばれたのは北条沙都子だ」
そして、それに選ばれたのは北条沙都子だ」
北条沙都子が検体に選ばれた?――なら・・・。
「そう、北条夫妻は娘を検体に取る為に殺されたんだ」
京極堂は吐く。
「3年目の古手夫妻も2年目と同じ理由だ、
最初は納得していたのかもしれないが心変わりしたんだろう、親にとって子供は可愛いものと云うから、
あまりに酷い目に遭わされているのが、目にあまったのかもしれない。
いや――最初から納得などしていなかったのか」
最初は納得していたのかもしれないが心変わりしたんだろう、親にとって子供は可愛いものと云うから、
あまりに酷い目に遭わされているのが、目にあまったのかもしれない。
いや――最初から納得などしていなかったのか」
「4年目の北条玉枝殺害事件は、少し様相が変わる。
北条沙都子の両親が亡くなった後、玉枝は里親となった。
その時も入江の研究の為などと偽って、北条沙都子を定期的に観察、実験していたはずだ。
もちろん玉枝にはある程度の、付け届けはしただろうが。
もしかしたら玉枝は沙都子の様子から邪推――いや推測をしたのかも知れない。
だが結局その口封じの為に玉枝は殺されたんだ」
北条沙都子の両親が亡くなった後、玉枝は里親となった。
その時も入江の研究の為などと偽って、北条沙都子を定期的に観察、実験していたはずだ。
もちろん玉枝にはある程度の、付け届けはしただろうが。
もしかしたら玉枝は沙都子の様子から邪推――いや推測をしたのかも知れない。
だが結局その口封じの為に玉枝は殺されたんだ」
私は尋ねた。
「そう云った干渉を受けたくないなら、
2年目の時に沙都子ちゃんを拉致して、施設にでも監禁しておけば良かったじゃないか?」
2年目の時に沙都子ちゃんを拉致して、施設にでも監禁しておけば良かったじゃないか?」
京極堂、曰く。
「感染経路も解ってないんだ、比較対照と見る時、
検体はそれぞれ、同じ環境に置かれていた方が良かったんだよ。
だから北条沙都子にはこの雛見沢で日常生活を送る必要があったんだ」
検体はそれぞれ、同じ環境に置かれていた方が良かったんだよ。
だから北条沙都子にはこの雛見沢で日常生活を送る必要があったんだ」
私はまた尋ねた。
「なら、鬼隠しで消えた人達はどうなったんだ?死体はなかったんだぞ」
京極堂、再び曰く。
「1年目は殺害の実行犯で工作員なのだろう。
2年目以降は、北条沙都子の実の母、古手梨花の実の母、北条沙都子の実の兄。
並べてみると解らないか?――彼らは研究材料として魅惑的だと」
2年目以降は、北条沙都子の実の母、古手梨花の実の母、北条沙都子の実の兄。
並べてみると解らないか?――彼らは研究材料として魅惑的だと」
京極堂は云った。
「"雛見沢連続怪死事件は、全て雛見沢症候群の研究の為に行われているんだよ"」
京極堂が云った言葉に世界は色を変えていく。
それは謎の奇病などと云う、非科学的な色ではなく、
あまりに現実的で、科学的で、残酷な色になっていく。
それは謎の奇病などと云う、非科学的な色ではなく、
あまりに現実的で、科学的で、残酷な色になっていく。
「そして、その筋書きを書いたのは鷹野三四さん、貴女だ」
京極堂は鷹野三四の方に顔を向けた――私は尋ねた。
「じゃ、じゃあ、今年の富竹さんの事件は一体何なんだ?、喉を掻きむしって自殺してるんだよ!」
京極堂は顔を動かさず。
「富竹さんは喉を掻きむしって自殺したんじゃない、"喉を掻きむしって殺されたんだ"」
喉を掻きむしって殺された?
「どう云う意味だ、京極堂!?」
京極堂は瞳を動かさず。
「関口君、そのままの意味だよ。富竹さんの遺体には外傷の後があった、意識を失わせて――」
喉を掻きむしって殺す?――生きている人間の――人の――喉を――頸動脈を――
「そ!・そ・そんなの常軌を逸している」
「確かに非人道的だ、だが非現実的ではないよ。
喉を掻きむしって自殺する謎の病気の存在よりもね」
「確かに非人道的だ、だが非現実的ではないよ。
喉を掻きむしって自殺する謎の病気の存在よりもね」
人間が――人間の――生きている人間の――喉を――頸動脈を――刻みこむ――爪で――
「自分で触って確かめればいい、一寸(ちょっと)そう一寸(いっすん)もせずに触れる事が出来る」
人の喉を掻きむしって殺す。
想像しただけで、何かがこみ上げてくる気がした。
想像しただけで、何かがこみ上げてくる気がした。
「で、でも何故そんな事を、そんな残刻な殺し方をするんだ」
私にはそんな事をしなくてはいけない"理由"がわからなかった。
「それはね、4年目までの事件と今年の事件はまったく別の理由、必要性があるんだ」
京極堂は鷹野三四を見据えたまま云う。
「もう間もなく雛見沢症候群の研究は終了する事が決まっていた。
これにはさっき云った、雛見沢症候群の軍事的研究価値が失われているのと、
さらにアルファベット計画の理事会、勢力図が大きく変わった事も関係している」
これにはさっき云った、雛見沢症候群の軍事的研究価値が失われているのと、
さらにアルファベット計画の理事会、勢力図が大きく変わった事も関係している」
京極堂は鷹野三四を見詰めたまま云う。
「新しく権力を手に入れた連中は、
結果も出せない様な奇病の研究を渋ったんだ。
研究の終了は即ち、雛見沢症候群の存在の否定に繋がる。
だから貴女は、緊急要項34条を発動させ全てを無に帰そうとした」
結果も出せない様な奇病の研究を渋ったんだ。
研究の終了は即ち、雛見沢症候群の存在の否定に繋がる。
だから貴女は、緊急要項34条を発動させ全てを無に帰そうとした」
京極堂は鷹野三四を見留めたまま云う。
「だから、貴女は本部、東京との連絡係っであった富竹氏を、古来の口伝に見立てて殺した。
それは、雛見沢症候群の存在を示唆する為にです。
そして、古手梨花を殺して緊急要項34条を発動させるつもりだった」
それは、雛見沢症候群の存在を示唆する為にです。
そして、古手梨花を殺して緊急要項34条を発動させるつもりだった」
京極堂は鷹野三四を見たまま云う。
「いいですか、鷹野三四さん、例令(たとえ)筺(はこ)を壊して観測不可能にしても、
雛見沢症候群の存在が証明されるわけではないんですよ」
京極堂の一方的な口撃に、
それまで沈黙を守っていた鷹野三四が口を開いた。
雛見沢症候群の存在が証明されるわけではないんですよ」
京極堂の一方的な口撃に、
それまで沈黙を守っていた鷹野三四が口を開いた。
「中禅寺さん、雛見沢症候群は存在します。
ただ、今の技術では観測出来ないだけです。
今、観測出来ないとしても存在は否定出来ない」
ただ、今の技術では観測出来ないだけです。
今、観測出来ないとしても存在は否定出来ない」
京極堂は反口する。
「いいですか鷹野三四さん、科学とは既知の技術に依って、未知の領域を観測していくものです。
"未知の技術に依って、未知の領域を推測する様なものではない"」
"未知の技術に依って、未知の領域を推測する様なものではない"」
京極堂は更に口を開く。
「人間の脳に寄生して支配する生物がいると云う、高野一二三先生の仮説は大変面白いものでした。
もしそれが本当に存在するなら、第4の衝撃に成りえたと云えるかもしれません」
もしそれが本当に存在するなら、第4の衝撃に成りえたと云えるかもしれません」
科学が破壊した人類の自己愛、コペルニクスの地動説、ダーウィンの進化論、フロイトの精神分析。
「高野先生はこの雛見沢に伝わる民間伝承に着想を得たそうですが、
高野先生はこの伝承の読み解く事を誤ってしまった」
高野先生はこの伝承の読み解く事を誤ってしまった」
あの、オヤシロ様と鬼と村人が共存したと云う話か―――。
「高野先生は雛見沢に、いや当時は鬼ヶ淵村か、鬼が湧いたと云う件を風土病の発現と読み解きました。
けれど、この伝承は見方を変えればもっと単純な解法が見つかるのです」
けれど、この伝承は見方を変えればもっと単純な解法が見つかるのです」
京極堂は顔を振り、私を向き。
「関口君、君はあの昔話を知っているね、知らない人もいるからあらすじを話してくれないか」
京極堂は話を振った。