壱
「暗い部屋で一人~♪テレビはつけたまま~♪」
毛利 晃(モウリ コウ)は上機嫌で暗い道路を一人、自転車を漕いでいた。
黄色のパーカーから、はみ出た紅白の髪が、頭に付けたヘッドフォンと装着した眼鏡を、落とさんばかりに揺れている。
この男、一人とは言え、恥ずかしいほどノリノリである。
何で、こんなに晃の機嫌がいいのか?
理由は、ムサシに頼みごとをされたから。だろう。
「ぼくは震えている~♪何か始めようと~♪」
晃は、一端立ち止まり、周りを見回す。
一回しか行ったことのない場所だといえ、わりと最近に出来たマンションくらい、学校町で育った晃には即判別がつく。
というより、学校町は地区にもよるが建物が建ちにくい。
正確には、建てにくい。
土地神様が関係してるとか、ばっちゃは以前に言っていた。
晃も、何度か土地神様のようなものを、拝見したことがある。
ただ、自分は拝見しただけだ。
自分には、「見える」という、能力しか与えてもらえなかった。
ここは、学校町。そういう、理不尽でオカルティな町なのだ。
「あれ、か」
晃は、キレイめのマンションに目を向ける。
部屋の前のライトが、一つ一つの家家を照らしている。
「反対側に回らんと、部屋の中まで確認できないな」
晃は独り言を言うと、足を進めた。
何階だか確認したくもないが、なんか見えたからだ。
こういうことには慣れっこだが、慣れているからこそ見てないフリをした。
「君は眠りの中~、何の夢を見てる~♪」
自転車の前かごから、武にバイト先に呼び出された際に驕らせた肉まんを取る。
下に、その時に押しつけられた本が隠れていた。
ついでに、その下にはちょっとお高めの双眼鏡がある。
晃の商売道具だ。
自転車の前かごを見ていた目が、視界の端に何かを見た。
「え」
顔を向けたときには、目の前は真っ白な光で多い尽くされ、そして。
あ、の一つも出ないままスローモーションで。
大きなブレーキ音と、傾くヘッドライト。
打撃音と、地面に転がる大きな車体。
金属の固まりが引きずられる音と、火花を散らし滑っていくバイクと人影。
それら、一部始終が終わると。
晃は、煙立つ暗闇の中で「あ、自分はまだ生きてる」と思った。
思った瞬間に、体が跳ねる。
自転車を放り出し、バイクに乗っていただろう人の塊りに近づいていった。
街灯の弱々しい光の下で、バイク乗りの体はひしゃげて曲がりくねっいて、とても生きているようには見えなかった。
晃は、震える手でケータイを取る。
いちいちきゅーか、ひゃくとーばんか。
震えながら、11とダイヤルをプッシュしたときだった。
「よー、悪ガキ。逃げなかったのは、褒めてやんよ」
フルフェイスのヘルメットの下から、くぐもった男の声がした。
「あ、え!!?」
晃は、ケータイの画面から目を離す。
コンクリートの上で、ヘルメットの男の体が再構築されていくのが見えた。
時より、べきっめきっと音を立てながらヘルメットの男の体は、人の形へ戻っていく。
人の形に戻ったヘルメットの男は、コンクリートの地面から勢いよく立ち上がり、何事もなかったかのようにバイクに向かう。
「し、死んでなかったのかよ・・・」
晃は、腰の力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。
「でもよー、実際」
ヘルメットの男は、傷だらけのバイクを起こしこちらを見ていた。
暗い色のスモークシールドで表情は見えないが、確実にこちらを睨んでいた。
「オレ様がフッツーの人間だったら、オマエさん死んでたよ」
「…」
晃は、頭をくしゃくしゃと掻く。
確かに夜だからって自転車乗りながら、ヘッドフォン、よそ見運転、さらに物まで食おうとしてた。
その非は認める、けど。
晃は、少し眼鏡を下にズラす。
周囲の視界は、闇に溶ける水彩画みたいに滲んで見えるのに、ヘルメットの男だけはハッキリと見える。
晃は、「眼鏡を外しても幽霊が見える」の能力者だ。
それが、一度たりとも役に立ったことはない。
「お化けに説教されたくない」
晃は、ふてくされて言う。
お化けに脅かされていることは、ほぼ日常的な事態だが、脅かされた上、説教されたのは初めてだった。
「だよなぁ。オレ様もそう思うわ。でも、ま」
バイクに跨り、ヘルメットの男はハンドルを握るとギアを蹴った。
バイクの重音が、腹の底に響く。
まるで、生き物のような唸り声をあげた大型バイクには、よく見るとヘルメットの男と同じトライバルの紋様が刻まれ、同じく「Voltage」と刻まれていた。
「互いに拾った命だ。大事に使おうや」
ライトと、色を取り戻した蛍光オレンジのペインティングが、闇の彼方に消えるまで、晃は地面の冷たさを感じる以外の感覚が、動かなかった。
毛利 晃(モウリ コウ)は上機嫌で暗い道路を一人、自転車を漕いでいた。
黄色のパーカーから、はみ出た紅白の髪が、頭に付けたヘッドフォンと装着した眼鏡を、落とさんばかりに揺れている。
この男、一人とは言え、恥ずかしいほどノリノリである。
何で、こんなに晃の機嫌がいいのか?
理由は、ムサシに頼みごとをされたから。だろう。
「ぼくは震えている~♪何か始めようと~♪」
晃は、一端立ち止まり、周りを見回す。
一回しか行ったことのない場所だといえ、わりと最近に出来たマンションくらい、学校町で育った晃には即判別がつく。
というより、学校町は地区にもよるが建物が建ちにくい。
正確には、建てにくい。
土地神様が関係してるとか、ばっちゃは以前に言っていた。
晃も、何度か土地神様のようなものを、拝見したことがある。
ただ、自分は拝見しただけだ。
自分には、「見える」という、能力しか与えてもらえなかった。
ここは、学校町。そういう、理不尽でオカルティな町なのだ。
「あれ、か」
晃は、キレイめのマンションに目を向ける。
部屋の前のライトが、一つ一つの家家を照らしている。
「反対側に回らんと、部屋の中まで確認できないな」
晃は独り言を言うと、足を進めた。
何階だか確認したくもないが、なんか見えたからだ。
こういうことには慣れっこだが、慣れているからこそ見てないフリをした。
「君は眠りの中~、何の夢を見てる~♪」
自転車の前かごから、武にバイト先に呼び出された際に驕らせた肉まんを取る。
下に、その時に押しつけられた本が隠れていた。
ついでに、その下にはちょっとお高めの双眼鏡がある。
晃の商売道具だ。
自転車の前かごを見ていた目が、視界の端に何かを見た。
「え」
顔を向けたときには、目の前は真っ白な光で多い尽くされ、そして。
あ、の一つも出ないままスローモーションで。
大きなブレーキ音と、傾くヘッドライト。
打撃音と、地面に転がる大きな車体。
金属の固まりが引きずられる音と、火花を散らし滑っていくバイクと人影。
それら、一部始終が終わると。
晃は、煙立つ暗闇の中で「あ、自分はまだ生きてる」と思った。
思った瞬間に、体が跳ねる。
自転車を放り出し、バイクに乗っていただろう人の塊りに近づいていった。
街灯の弱々しい光の下で、バイク乗りの体はひしゃげて曲がりくねっいて、とても生きているようには見えなかった。
晃は、震える手でケータイを取る。
いちいちきゅーか、ひゃくとーばんか。
震えながら、11とダイヤルをプッシュしたときだった。
「よー、悪ガキ。逃げなかったのは、褒めてやんよ」
フルフェイスのヘルメットの下から、くぐもった男の声がした。
「あ、え!!?」
晃は、ケータイの画面から目を離す。
コンクリートの上で、ヘルメットの男の体が再構築されていくのが見えた。
時より、べきっめきっと音を立てながらヘルメットの男の体は、人の形へ戻っていく。
人の形に戻ったヘルメットの男は、コンクリートの地面から勢いよく立ち上がり、何事もなかったかのようにバイクに向かう。
「し、死んでなかったのかよ・・・」
晃は、腰の力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。
「でもよー、実際」
ヘルメットの男は、傷だらけのバイクを起こしこちらを見ていた。
暗い色のスモークシールドで表情は見えないが、確実にこちらを睨んでいた。
「オレ様がフッツーの人間だったら、オマエさん死んでたよ」
「…」
晃は、頭をくしゃくしゃと掻く。
確かに夜だからって自転車乗りながら、ヘッドフォン、よそ見運転、さらに物まで食おうとしてた。
その非は認める、けど。
晃は、少し眼鏡を下にズラす。
周囲の視界は、闇に溶ける水彩画みたいに滲んで見えるのに、ヘルメットの男だけはハッキリと見える。
晃は、「眼鏡を外しても幽霊が見える」の能力者だ。
それが、一度たりとも役に立ったことはない。
「お化けに説教されたくない」
晃は、ふてくされて言う。
お化けに脅かされていることは、ほぼ日常的な事態だが、脅かされた上、説教されたのは初めてだった。
「だよなぁ。オレ様もそう思うわ。でも、ま」
バイクに跨り、ヘルメットの男はハンドルを握るとギアを蹴った。
バイクの重音が、腹の底に響く。
まるで、生き物のような唸り声をあげた大型バイクには、よく見るとヘルメットの男と同じトライバルの紋様が刻まれ、同じく「Voltage」と刻まれていた。
「互いに拾った命だ。大事に使おうや」
ライトと、色を取り戻した蛍光オレンジのペインティングが、闇の彼方に消えるまで、晃は地面の冷たさを感じる以外の感覚が、動かなかった。
壱 了